示された場所

 



「もう出かけるのか?オリヴィア」
白い服をまとった和尚が大きな木を見ながら声をかけた。
その時、強い風が吹き、大きな木についている葉が風に揺れ、ザワザワという音を立てた。
寺院の玄関側に、黒服で茶色いリュックを床に置いたオリヴィアはうなづいて
「もうそろそろ出ないと、出発の時間に間に合わなくなりますから」とリュックを右手に持った。
すると和尚は後ろを振り返って
「トイヴォからはまだ何の連絡もないのに、セントアルベスクに行くのか?」とオリヴィアを見た。
オリヴィアは和尚の厳しい顔つきを見ながら
「・・・・・何も連絡がないから、今から行くんです。セントアルベスクで何が起こっているのか
 どうしても行って知りたいんです」
「今、セントアルベスクに行くのは危ないぞ・・・・・どうしても行くのか?」
和尚は行くなとばかりにオリヴィアに念を押すと、オリヴィアはうつむいて黙っている。
2人の会話はここで途切れ、部屋には風の音だけが聞こえていた。



和尚はオリヴィアの顔を見ながらしばらく様子を見ていた。



小さい時からそうじゃったが、一度言い出すと聞かない子じゃ・・・・・。
ここで反対しても、行くつもりじゃろうな。



和尚はそう考えながら、静かに口を開いた。



「・・・いくらここで私が反対しても、お前のことじゃ。行くつもりなのじゃろう」
「和尚様・・・・・」
オリヴィアが顔を上げると、和尚はオリヴィアに近づいた。
「今セントアルベスクに行くのはどれだけ危険なのかは分かっているな?」
「はい・・・・・」
「着いて、トイヴォに会えたらすぐ手紙を出しておくれ・・・・充分、気を付けるようにな」
「ありがとうございます、和尚様」
オリヴィアは和尚に頭を下げると、玄関のドアを開けた。
そしてオリヴィアの姿が部屋から消えると、和尚は後ろを振り返り、大きな木を見ながら言った。
「向こうで何かよくない事が起こっていなければいいのじゃが・・・・・・」



「やっと出口に着いた・・・・洞窟を抜けたぞ」
暗い洞窟から先に外に出てきたアレクシは、右手に持っているランプの灯りを消した。
外はまだ曇っているが、雲間から柔らかい日差しが出てきている。
「やっと出られた・・・・長い洞窟だったね」
ヴァロが外に出ると、フワフワ浮きながら後ろを振り返った。
エリアスも外に出ると、背中に寝ているトイヴォを抱えながら後ろを振り返った。
洞窟は何もなかったかのように、静かにぽっかりと大きな口を開けている。



「ところでエリアス、トイヴォをおんぶして大丈夫か?重たくないか」
背中で眠っているトイヴォの姿を見て、アレクシがエリアスに声をかけた。
エリアスは背中にいるトイヴォの顔をちらっと見て
「ああ、今のところは大丈夫だ・・・・」
「まだ集落までは少し歩く、ここで替わろうか?」
「いや、まだいい」エリアスは首を振った。
そして眠っているトイヴォの寝顔を見た。
「それにここで替わったら起きるかもしれない・・・・モンスターから逃げて疲れたんだろう。
 集落に着くまでゆっくり寝かせてやりたいんだ」
ヴァロは寝ているトイヴォの側に近づいてトイヴォの寝顔を見ながら
「本当だ。すっかり寝ちゃってる。とても疲れてるんだね」
「でも、無事でよかった」アレクシもトイヴォの寝顔を見てほっとした表情を見せた。
そして続けてヴァロにこう言った。
「それじゃ、寝ている間にお目当ての場所に行こうか。ヴァロ、トイヴォが持っている地図を出せるか?」
「うん、出せるよ」
ヴァロがトイヴォにさらに近づいて、トイヴォのズボンの両側のポケットに小さい手を入れると
左側のポケットから小さく折りたたまれた紙を出した。
そしてアレクシにその紙を渡すと、アレクシは紙を広げて地図を見ている。
「今は洞窟を出たところだから、しばらくはまっすぐだ。行こう」
アレクシが再び歩き出すと、あとの2人も続いて歩き始めた。



しばらく歩いて行くと、小さい家が密集している場所に辿り着いた。
「集落に着いた・・・・占い師がいるところはどこだ?」
集落の入口で立ち止まり、アレクシが地図を開いて見ている。
するとヴァロが右横に近づいて地図を見ている。
「その地図だと、奥から二番目の家みたいだね」
「奥から二番目か・・・・このまままっすぐ行けばいいのか?」とエリアス
「うん、そうだね」
ヴァロがうなづくと、エリアスはゆっくりと歩き始めた。
あとの2人も歩き始めると、アレクシは辺りを見回しながら
「でも、久しぶりにここに来たけど、相変わらず静かな町だ・・・採掘場があった時は人が多くて、
 外には多くの子供が遊んでいて騒がしかったのに」
「アレクシさん、ここには何回も来たことがあるの?」とヴァロ
「ああ、採掘場があった頃はここは景気がよくて、ここには何度も取引に来たことがある。
 住民達がここで青い石を売っていたんだ」
「ここで青い石を売ってたの?」
「ああ、それでこの集落の人達は生活をしていたんだ。採掘場がなくなった今はどうやって生活をしてるんだか」
すると2人の少し先を歩いていたエリアスが立ち止まり
「ここだ・・・・着いた。ここが奥から二番目の家だ」と2人に声をかけた。
あとの2人もエリアスがいるところで立ち止まると、エリアスはその建物を見た。
白い壁に、中央に茶色い木製のドアがあって、その右側には店の名前なのか文字が書いてある。
エリアスは中に入ろうと、茶色のドアに近づき、ドアノブに手をかけた。



中に入ると、目の前にはカウンターがあった。
丸い椅子が何個か横に並べられており、カウンターの向こう側には1人の男が立っていた。
エリアスはその男の顔を見るなり声をかけた。
「こんにちは・・・・ここに占い師がいると聞いて来たのだが、今、占い師はいるのか?」
するとその男はエリアスの方に近づきながら
「いらっしゃい・・・・占いをしに来たんですか?奥の方にいますよ」と部屋の奥を見た。
エリアスは男につられるように、部屋の奥を見ると、奥の赤いカーテンが揺れて
1人の老婆がゆっくりと姿を現した。



「おやおや。珍しいお客さんだね」
藤色のワンピースに身をまとった白髪の老婆は、細い目でエリアスを見てゆっくりと声をかけた。
「あなたが占い師ですか?占いたいことがあるのですが、今占ってもらっても大丈夫ですか」
エリアスの後ろでアレクシが聞くと、老婆はゆっくりとうなづいて
「ああ、大丈夫じゃ・・・・奥の部屋で準備をするから、それまでここでゆっくりしてください。
 準備ができたら呼びますから」
「ありがとうございます」
老婆がカーテンの奥に姿を消すと、カウンターの男は3人に声をかけた。
「準備ができるまでの間、何か飲み物でもいかがですか?」
「それじゃ、コーヒーでももらおうか。子供の2人はジュースがあればそれをもらおう」
アレクシが男にそう言うと、エリアスは後ろに長い椅子があるのを見つけた。
長い椅子の前まで行くと、ゆっくりと腰を下ろし、寝ているトイヴォに声をかけた。
「トイヴォ、そろそろ起きろ・・・・占い師のいる店に着いた」
するとヴァロがそれに気が付いてトイヴォの側まで移動し、
「トイヴォ、起きて。占い師がいる店に着いたよ!」とトイヴォの肩を小さい手でたたいている。



ヴァロが何度かたたいていると、ゆっくりとトイヴォが目を覚ました。
「・・・・あれ、ここは・・・・・・?」
トイヴォが眠そうに辺りを見回していると、側にいるヴァロが答えた。
「占い師のいる店に着いたよ。トイヴォが寝ている間に見つけたんだ」
「え・・・・・・?」
「え、じゃないぞ」アレクシがあきれた顔でトイヴォに近づいてきた。
そして続けて
「それに洞窟からここまでずっとエリアスがお前をおんぶしてきたんだから、お礼を言わないと」
「え・・・・・?」
トイヴォが前を見ると、エリアスの背中が目の前にあった。
トイヴォは慌ててエリアスの背中から離れると、バツが悪そうな顔でエリアスに言った。
「エリアスさん、すみません・・・・・迷惑ばかりかけてしまって」
「いや、いいんだ」エリアスはトイヴォの方を向いて首を振った。
そしてトイヴォの顔を見ながら
「モンスターに襲われて疲れていたんだろう。それに無事にここまで来たんだ。あまり気にするな」
「先にオレンジジュース、お待たせしました」
カウンターの男がジュースが入ったグラスをカウンターに置くと、アレクシがグラスを一つ取って
「これを飲んで目を覚ますんだ」とグラスをトイヴォに渡した。
トイヴォはうなづいて、渡されたグラスを口元に近づけると、ジュースをゆっくりと飲み始めた。



しばらくして4人は占い師に呼ばれた。
部屋の奥に入ると、中央には四角い正方形のテーブルが置かれていて
テーブルの上の中央には透明の水晶玉が、紫の敷物の上に置かれている。
水晶玉の奥にはさっきの老婆が座っていた。



「椅子におかけください・・・・」
老婆が4人に声をかけると、4人の前に椅子が4つ並んでいた。
水晶玉の手前に2つ、その後ろに2つ椅子が並んでいる。



トイヴォとエリアスが水晶玉の手前に座り、あとの2人が後ろに座ると
老婆はゆっくりと話を始めた。



「今日はどんなことを相談しに来たんじゃ?」
「これからどうすればいいのかを聞きに来ました」
トイヴォはさっきアレクシに返してもらった地図を広げながら、老婆に答えた。
そして地図をテーブルの上に置き
「オリヴィアさんにどうすればいいのか聞いたら、ここに行くようにと手紙で返ってきました」
すると老婆は大きくうなづいて
「ああ・・・・あの森の和尚のところにいるお弟子さんのことじゃな。よく知っているよ。
 今はなかなか姿を見せないが、昔はここによく来てくれたもんじゃ」
「今、セントアルベスクは闇の魔王が支配していて・・・魔王を倒すには赤い石と青い石、伝説の剣が
 揃えば魔王を倒せるという話を聞いて、伝説の剣を探しているんです」
「それで伝説の剣がどこにあるのか、それで魔王を倒せるのかどうか占って欲しいんです」
エリアスが途中割り込んで老婆に話をすると、老婆はしばらくしてから聞いた。
「・・・・ということは、すでに赤い石と青い石は揃っているということじゃな?」
「青い石はトイヴォが持っているのがそうです」
エリアスが答えてトイヴォを見ると、トイヴォは少し戸惑いながら
「ま、まだ僕が持っているのがそうだとは思っていませんけど」
「持っている本人は否定しているみたいじゃが」老婆はトイヴォの服に下がっている青い石をじっと見た。
「ちょっと見せてみなさい。本物かどうかは私も分からないが・・・・・嫌なら見せなくてもいい」
「わ、分かりました。今外します」
トイヴォは首から下げているひもを外し、青い石を右手に持つと、前にいる老婆に渡した。



老婆は左手で青い石を受け取ると、高く手を上げて天井の灯りに青い石をかざした。
そして水晶玉の前に青い石を置くが、青い石からは強い光が発することもなく何も起こらない。
「この石を持っている時、何か変わったことが起こったことはありませんか?」
老婆がトイヴォに聞くと、トイヴォは洞窟での出来事を思い出しながら
「さっき洞窟でモンスターに襲われた時、その青い石から強い光が出たんです。それでモンスターが
 動けなくなって助かりました」
「それだけじゃないよ」後ろでヴァロがフワフワ浮きながらトイヴォの右横に移動した。
「ポルトで人さらいに襲われた時も強い光が出たんだ。それにエリアスさんがいる城の壁画が完成した時も
 強い光が出て、エリアスさんの記憶を戻したんだよ」
「何だって」それを聞いたエリアスは思わず驚いた。「それじゃ、あの強い光はその青い石から出た光だったのか」
「分かりました」老婆はうなづいて、青い石を左手で取ると、トイヴォに返した。
そしてトイヴォに渡した青い石を見ながら続けて
「その石は本物かもしれない・・・・古い書物によると、青い石は所有者の思いに応えるよう力を発揮すると
 書かれている。本人は自覚がなくとも、心の底で思っていることが叶えられるように力を発揮するんじゃ」
「え・・・・・それじゃ、悪い人が青い石を持つと、悪いことが起こるっていうこと?」とヴァロ
「そういうことだ。魔王にだけは渡したくない・・・・魔王が手に入れたらこの世の終わりだ」
トイヴォが青い石を再び首から下げると、エリアスはそれを見ながらヴァロに言った。



「それじゃ、さっき言っていた伝説の剣がある場所を見てみよう・・・・」
老婆は水晶玉を見ると、目を閉じて小声で何か呪文のようなものを唱え始めた。
そして呪文を言い終えると、目を開き、水晶玉をじっと見つめている。
しばらくすると水晶玉の中央に、雪山の頂上に立つ建物が見えた。



「・・・・見えた。見えたぞ」
老婆が水晶玉をじっと見つめていると、エリアスは何か見えないか目を凝らしながら水晶玉を見ている。
「何が見えたんだ?場所はどこなんだ?ここからは何も見えない」
すると老婆はエリアスをなだめるように
「そんなに慌てることはない。ここからかなり遠いところじゃが、そなたが知っている場所じゃ。
 セントアルベスクとタンデリュートの間にある山脈の頂上にある城に行けば、伝説の剣のありかが分かるかも
 しれないと出ている」
「山脈だって・・・・・?山脈の頂上に城があるのか?」
「城の名前はタハティリンナという名前じゃ」
「タハティリンナ・・・・・それはセントアルベスク側にある城なのか?」
すると老婆は黙ってうなづいた。



「エリアスさん、タハティリンナには行ったことがないの?」
ヴァロがエリアスの側まで移動すると、エリアスはうなづいた。
「ああ、セントアルベスクとタンデリュートをよく往復しているつもりだったが・・・・
 山脈の頂上に城があるなんてソフィアからも聞いたことがない」
「それはないじゃろう。その城は王様が所有している城ではないからな」と老婆
「それはどういうことですか?」とトイヴォ
「その城は・・・・城というより寺院みたいな場所じゃからな。ある優れた技術を持つ人たちだけが集う場所に
 なっている。心と技術を磨く場所じゃ。それがゆえに、その城には誰でも入れるわけではない」
「それはオレも聞いたことがある」アレクシが話に割り込んできた。
「確か、そこに辿り着くには山脈の頂上に行けるだけの体力と技術、それに運がないと行けないっていう話だ。
 神々が集う寺院だとも言われているらしい」
「そうじゃ。山脈はいつも深い雪で覆われている。山脈に人を寄せ付けないためじゃ。
 それでも山脈が受け入れるなら、タハティリンナに行くことができるじゃろう」



タハティリンナに行くには体力と運がないとダメなのか。
でも、そこに行かないと伝説の剣が見つからない。
他に行く方法はないのかな・・・・?



「伝説の剣を探すには、その山脈を通らないといけないんですか?」
トイヴォは他の方法はないのか、老婆に聞いた。
老婆は首を振り
「伝説の剣のありかは、タハティリンナに住む人たちでないと分からないんじゃ。
 伝説の剣を見つけたいのであれば、山脈を通らないとタハティリンナには行けない」
「山脈には列車や乗り物は通っていないんですか?」
「年中雪で覆われている場所じゃ。列車も車も通れないところじゃ・・・・・それに山の傾斜が大きい場所もある。
 とても車などで行けるところではない」
「じゃ、歩いて行くしかないということか・・・・」とエリアス
「その通りじゃ」老婆は大きくうなづくと、ゆっくりと椅子から立ち上がった。
「他に占いたいことはないのか?ないのなら、これで終わりにしたいと思うのじゃが」
「待ってください」トイヴォは老婆に向かって聞いた。
「僕達がタハティリンナに行くことにした場合、そこに無事に行けるのかどうか・・・・・」
「ああ・・・行けるとも」老婆はトイヴォの顔を見て、大きくうなづいた。
「ただし、山脈に受け入れられるように気をつけなければならん。うまく受け入れられれば、無事に
 タハティリンナに行くことができるじゃろう」
老婆はゆっくりと赤いカーテンの手前まで移動すると、カーテンを開けて、部屋を出て行った。



老婆がいなくなってしまうと、ヴァロはフワフワと浮きながら3人に話しかけた。
「なんだか行くの難しそうだけど、タハティリンナには行くの?」
「行くしかないだろう・・・・そうでないと伝説の剣が見つからない」
真っ先に応えるエリアスに、アレクシは少し戸惑いながらも
「山脈の天候がどうなのかが気になるが・・・・・うまくいけば行けるかもしれない。トイヴォはどうだ?」
とトイヴォにどうするのか聞いた。



タハティリンナに行かないと伝説の剣は見つからない。
山脈にうまく受け入れられるのかどうかは分からないけど、行ってみるしかない。
それ以外に、伝説の剣のありかが分かる方法はない。



トイヴォはそう決めると、アレクシに言った。
「今のところ、それしか方法がなさそうだったら・・・・行くしかないと思います」
「そうと決まったら、それなりに準備をしないとな」
アレクシがそう言ったとたん、カーテンが開き、老婆がゆっくりと入ってきた。



老婆はさっきまで座っていた椅子に再びゆっくりと座ると、トイヴォに聞いた。
「ところで、タハティリンナに行くことにしたのか?」
「はい」
トイヴォがうなづくと、老婆は大きくうなづきながら微笑んだ。
「分かった・・・・それじゃ、タハティリンナへ行く地図を書くとしよう」
「ありがとうございます」
「それから、さっきも言ったが山脈は年中雪で覆われている場所じゃ。行くならそれなりの準備をしてから行きなさい。
 行ってから後悔しないように、念には念を入れて準備するのじゃ」
「はい。ありがとうございます」
「これから地図を書く・・・・できあがるまでの間、向こうの部屋で休んでいきなさい。できたらまた呼びますから」
トイヴォがうなづくと、4人は部屋を出て行った。



部屋を出た4人はカウンター越しの椅子に座った。
「タハティリンナへはいつ行くんだ?行くからにはそれなりに準備をしないと行けないぞ」
アレクシが右隣に座っているエリアスに聞くと、エリアスは戸惑いながら
「準備って・・・・・山脈に行く準備だから、このままの恰好じゃまずいのか?」
「それはそうだ。行くのは年中雪が積もっている冬山だ。そのままだと山脈に行った途端に体が凍るぞ。
 冬服を持ってないのか?」
「あの城に入ったのは暖かい頃だったから、冬用の服は全く持っていない・・・・それに城の中は
 めちゃくちゃになっているから、探すのは無理だ」
「それじゃ、これから街のマーケットに行って、冬用の服を買わなきゃな」
アレクシはあきれたような顔で、後ろの長い椅子に座っているトイヴォの方を向いた。
そしてトイヴォの服装を見ながら
「そういえば、トイヴォもその服だと山脈に入ったとたんに凍えるぞ。トイヴォも服を買わないと」
「そうですね。ここから街までは近いんですか?」
トイヴォが自分の服を見ながらアレクシに聞くと、カウンターでグラスを拭いている男が答えた。
「ここから街までは1時間ぐらいで行けますよ」
「本当?なら地図をもらったら街に寄って行こうよ」
それを聞いたヴァロがトイヴォの左横でアレクシに提案すると、アレクシはうなづいて
「ああ、そうしようか・・・・・服だけじゃない。登山用の道具もいくつか買わないとな」
するとカウンターの男が
「なら、私もこの後、今日の材料を仕入れに街に行きますから、よければ一緒に行きましょうか」
「ああ、それはありがたい。それなら一緒に行きましょう」
アレクシは嬉しそうにうなづいた。



一方、両側を茶色のレンガで囲まれた城壁の道を、ソフィアとセントアルベスク王が歩いていた。
王様が先に道を歩き、階段を下っていく。
ソフィアが後をついて行くと、階段を下りきったところに大きな扉があった。
王様が扉をゆっくりと開け、中に入ると、またすぐ右側に大きな扉がある。
その大きな扉を開けて、中に入ると、広い部屋になっており、両側には蝋燭が灯された灯りで神秘的な空間を
作り出している。
さらに部屋の奥へと歩いて行くと、さらに広い場所に出て、左側には小さな祭壇がある。
王様はようやく立ち止まり、ソフィアの方を振り返った。



「ここなら、私と司教以外この場所を知っている者はいない。ヴィルホもここまでは来ないだろう」
王様がソフィアに話しかけると、ソフィアは辺りを見回しながら
「こんなところがあったの、初めて見たわ・・・・礼拝堂がもうひとつあったなんて」
「ここは昔、私の父親が王だった頃に使っていた礼拝堂だ。今はもう礼拝堂としては使っていない。
 今は昔の資料が置いてある場所だ。司教だけがまだこの礼拝堂に毎日お祈りに来ている」
「そうだったの・・・・・」
「屋上にいたら、急に白鳥の姿で飛んで来たから驚いた。
 私の力で一時的に元の姿に戻ってはいるが、ヴィルホに見つかったらまずいことになる。
 ところでさっき屋上で話していたことは本当なのか?ソフィア」
王様が祭壇を見ながらソフィアに聞くと、ソフィアも祭壇を見ながらうなづいた。
「本当よ。エリアスがいるあの城で、青い石を持った男の子に会ったの。青い石がエリアスの記憶を戻してくれたのよ。
 本物に違いないわ」
「そうか・・・・・もしそれが本物なら、あとは伝説の剣さえ見つかれば」
「それもきっと近いうちに見つかるわ。今エリアスとトイヴォ達が探しているの」
ソフィアの話に王様は祭壇を見つめたまま
「すぐに見つかるといいが・・・・赤い石は今、ヴィルホに見つからないようにある場所に隠している。
 見つけられる前に伝説の剣が見つかればいいのだが」
「・・・お父様?」
うかない顔をしている王様に、ソフィアは少し戸惑いを見せた。



青い石が見つかって、もうすぐ伝説の剣が見つかって揃いそうなのに、お父様の元気がないわ。
一体、どうしたのかしら・・・・・。



「どうかしたの?お父様・・・・・いつもより元気がないわ」
王様の顔を見ながらソフィアが話しかけると、王様はソフィアの顔を見た。
「ソフィア・・・・驚かないで話を聞いてくれ」
ソフィアがうなづくと、王様は祭壇を見ながら話を始めた。
「この間、部屋にいる時、突然ヴィルホが入ってきた。いきなり部屋に入って来たかと思うと、信じられないことを
 言ってきたんだ」
「あのヴィルホが・・・・?一体、どんな話を?」
ソフィアの問いかけに、王様は少し時間を置いて、顔をうつむかせながらこう言った。
「あの男、ソフィアと結婚したいと言ってきたんだ。新しい王妃にしたいと・・・・・・」



「え・・・・・・?」
王様の言葉を受けて、ソフィアは驚きを隠せなかった。
王様は顔を上げて、ソフィアの顔を見ながら
「もちろん、すぐに断った。あの男、この国だけでなく、娘までも手に入れようとするなんて・・・・」
王様は怒りが込みあがり、両手をぎゅっと握りしめながら身体を震わせている。
ソフィアは戸惑いながら
「それで・・・・ヴィルホは何て言ったの?」
「それなら、ソフィアがこの城に来たら直接お願いしてみようと言っていた・・・・ソフィア、もうこの城に来てはいけない。
 ヴィルホはお前を見つけ次第、お前を無理やりにでも王妃にするだろう」
「で、でも・・・・・もし私が城に来なかったら・・・・・お父様とお母様は・・・?」
「私なら、どうなっても構わない」
王様は何かを決意したように、ソフィアに向かってうなづいた。
そしてソフィアの顔を見つめながら
「私はこの城の中で、ヴィルホと戦い続ける。だからソフィアは、お前の好きなようにすればいい。
 私はお前の考えを尊重する。たとえ私がいなくなっても、お前は自分の幸せを考えるんだ」
「そんな・・・・ま、待って!お父様」
ソフィアが呼び止めるが、王様はその場から離れ、部屋の出口に向かって歩き出した。



王様が部屋を出て行ってしまうと、ソフィアは何が起こったのか分からず、頭を抱えて下を向いてしまった。
ソフィアは頭が混乱していた。



私があのヴィルホと結婚だなんて・・・・・。
でも、断ったらお父様とお母様がどうなるか分からない。
でも、私があの男の王妃になるなんて絶対に嫌。
どうすればいいの・・・・・。



しばらくすると、ソフィアは顔を上げた。
そして祭壇に向かって手を合わせ、祈りを捧げた。



お父様とお母様に身の危険が及ぶ前に、伝説の剣が見つかりますように・・・・。



ソフィアはその場を出ようと出口に向かって歩き出した。



部屋を出て、扉を閉めると、ソフィアは足早に階段を上り始めた。
階段を上り切り、屋上に出ると、ソフィアは空に向かって飛び上がった。
ソフィアは白鳥の姿に戻ると、そのまま城を後にした。



一方、街に着いた4人はマーケットで買い物をしていた。
「トイヴォ、このジャケットはどうだ?サイズもちょうどぴったりだと思う。着てみるといい」
アレクシがトイヴォの目の前で茶色の、生地の分厚いジャケットを見せた。
トイヴォはアレクシからジャケットを受け取り、ボタンを外して裏生地を見ると白いモコモコとした生地が
見えている。
トイヴォがジャケットをはおり、ボタンをきちんと下まではめると、ヴァロがそれを見て
「トイヴォ、その服ぴったりだね。よく似合うよ」とトイヴォに近づいてきた。
「うん、ありがとう。ヴァロ」
トイヴォも気に入ったのか、近くにある鏡の前まで行き、ジャケットのあちこちの部分を見ている。
そして鏡に映っているヴァロの姿が目に入ると
「ねえ、ヴァロは何も服を着なくても大丈夫なの?」
「僕は人間じゃないから、暑い寒いは少しは感じるけど、気温はあまり関係ないんだ・・・
 だから寒いところでも平気だよ」とヴァロ
「でも、もし寒くなったらどうするの?」
「その時はトイヴォが着ている、そのジャケットの中に入れてもらおうかな」



「冬服と帽子と登山用の靴と・・・・あとは何か買うものはあったかな」
アレクシが辺りを見回しながら買うものを考えていると、後ろでエリアスが聞いた。
「そういえば、アレクシはタハティリンナへは行ったことはあるのか?」
するとアレクシは後ろを振り向いて
「オレは行ったことはないが、山脈には行ったことがある」
「山脈に?一体何をしに行ったんだ」
「山脈の5合目に、オレの弟が住んでいるんだ。小屋を建てて住んでる。
 もしかしたら弟がそのタハティリンナに行ったことがあるかもしれない」
するとエリアスは何だという顔をしながら
「じゃ、行けると思えば、今すぐにでも行けるじゃないか・・・・」
「いいや」アレクシは首を大きく横に振った。「これから行こうとしている山脈を甘く見てはいけない」
「だって、弟が住んでいる小屋に行ったことがあるんだろう?」
「ああ、ある」アレクシはうなづくと、腕組みをしながらこう言った。
「ただ、あの山脈を行くにはかなり険しい道を通るんだ。弟の小屋までだって、朝から行ってもまる一日かかる。
 数年前に行ったことがあるんだが・・・・その時はたまたま天気がずっと穏やかで晴れていて
 一度も吹雪に遭うことがなく、小屋に着いたんだ。あの山脈は天気が変わりやすいから、どうなるかは
 行ってみるまで分からないってことさ」



エリアスが黙っていると、アレクシは横にある白いジャケットを取り出した。
そしてそのジャケットをエリアスに渡し
「エリアスも早く冬服を選ぶんだ。オレは登山用の靴を見に行く」とその場を離れた。
「あ、ああ・・・・分かった」
エリアスはうなづいて、渡された白いジャケットを両手で目の前に広げると、着るかどうするか迷っていた。



トイヴォは2人の話を後ろで聞いていた。



天気によって行けるかどうかは分からない。
でも、行ってみるしかないんだ・・・・・・。
行かないと、何もかも先に進めない。
前を向いて行くしかないんだ。



そう思っていると、トイヴォは店の前に置いてある白くて丸いリースを見つけた。
何本もの木の枝で丸くして、その間に松ぼっくりや赤い実などが飾られている。
リースの近くまで近づいて見ていると、太った中年の女性の店員がそれを見て近づいてきた。
「きれいなリースでしょう?そろそろ冬のお祭りがあるからね。それは売り物じゃないけど」
それを聞いてトイヴォが顔を上げて店員の方を見ていると、右横にいるヴァロが店員に聞いた。
「え、冬の祭りがあるの?」
「そうよ。毎年冬になると、みんなこのリースを家に飾ったり、大きなもみの木に飾りをつけたりするの」
「そうなんだ・・・・・それにしてもあまり寒くないね」
ヴァロは冬と聞いて驚いていると、隣にいるトイヴォもうなづいた。
「うん・・・・今、冬って聞いてとても驚いているんだ。まだ秋だと思っていたから」
「僕も秋だと思ってた。山脈だけ冬だと思ってたよ」
「それに、このジャケット・・・・着ているうちに暑くなってきた。脱ぐよ」
トイヴォは着ていたジャケットを暑いとばかりに脱ぎ始めた。
そして脱いでしまうと、ジャケットを小さく畳んで右手に持った。



すると話を聞いていたのか、アレクシがトイヴォのところに近づいてきた。
トイヴォの隣にあるリースを見て
「リースか・・・・そういえばそろそろ冬祭りの季節だというのに、寒くならないな」
「アレクシさんもそう思いますか?」とトイヴォ
「ああ、いつもなら、この時期はとても寒い。トイヴォが持ってるそのジャケットを着ないと寒いくらいだ」
「それなら、どうして今日はこんなに暖かいんでしょうか?」
「さあ・・・・・よく分からない」
アレクシが頭をかしげていると、さっきの店員がトイヴォの後ろで言った。
「暖かいのは今日だけじゃないよ。最近1週間はずっとこんな感じ・・・・秋が長引いてる感じだね」
「秋がずっと続いてるのか・・・・・そういえばトイヴォ、そのジャケットは着るのか?」
「え・・・・あ、はい。お願いします」
アレクシがジャケットを渡すように手を出すと、トイヴォは慌ててジャケットをアレクシに渡すのだった。