満月の夜
数日後、エドヴァルドはレオンとアルマス、マテウスとアランと一緒に水源へ行くことになった。
水源の近くに住んでいる男のところに行くことになったのである。
「あの男とどんな話をするつもりなんだ?」
マテウスがエドヴァルドに話しかけると、隣を歩いているエドヴァルドは前を向いたまま
「会ってみないとどんな男なのか分からない。今日はとりあえず様子を見るだけだ」
「様子を見る?早くなんとか手を打たないとこの村がどうなるか・・・・・」
「そんなに焦るな、マテウス」エドヴァルドはマテウスの方を向いた「あまり急いで行動すると向こうの思うつぼだ」
「それはそうだが・・・・・・」
「ところでその男と話をしたことがあるんだろう?その男の名前は?」
「確か・・・ドグラスという男だ。もう1人手下みたいな男がいる。名前は聞いてなかったが」
「そうか。分かった」
しばらくして、ドグラスが住む家に着くとエドヴァルドはレオンを見た。
「レオン。父さん達はこれからこの家の住人と話をする。話が長くなるかもしれない。アルマスと一緒に水源で待っててくれないか」
「うん、分かったよ。父さん」
レオンがうなづくと、そこにアランがエドヴァルドにこう言った。
「水源は子供だけでは危ないから、私が水源に一緒に行くよ」
「ああ、ありがとうアラン。アランがいれば安心だ」
エドヴァルドはアランに礼を言うと、再びレオンとアルマスを見た。
「話が終わったら父さん達も水源に行く。それまでアランと一緒に水源で待っててくれ」
「うん。分かった」とレオン
「エドヴァルド、そろそろ行こう」
マテウスがエドヴァルドの隣で声をかけると、エドヴァルドは黙ってうなづいた。
レオン達3人と別れ、エドヴァルドとマテウスはドグラスが住む家に入って行った。
背が高く、ひょろっとした細めの男が2人を家の中に招き入れると、部屋の奥のテーブルに太目で中年の男が1人
椅子にどっしりと座っている姿があった。
太目の男がエドヴァルドの姿を見ると、ゆっくりと椅子から立ち上がった。
「これはこれは・・・・もしかしてあなたが最近ここに来た方ですかな?」
男がエドヴァルドに向かって聞くと、マテウスが気に障ったのかむっとした表情で
「おい、初めて会った人に向かってそんな口の聞き方は・・・・・」
「いや、いいんだ」エドヴァルドはマテウスを制止し、ドグラスに右手を差し出した。
「エドヴァルドです。あなたが噂に聞いているドグラスさんですか」
「あなたがエドヴァルドさんですか。ドグラスです」
ドグラスはエドヴァルドの右手を取ると握手を交わした「あなたの噂は聞いておりますよ」
「そうですか。ところであなたの隣にいる方は・・・・・」
「ああ、隣にいるのはエドガーです。私の昔からの友人です」
エドヴァルドとマテウスはエドガーとも握手を交わし、挨拶を済ませた。
「ところで、今日はどんな用件でここへ?」
ドグラスがエドヴァルドに向かって聞くと、エドヴァルドはマテウスと顔を見合わせた後、再びドグラスの方を向いた。
「この村の事について話がある。以前マテウスがここに来たと思いますが、改めて話をしたい」
「そうか・・・・・とりあえず座ってください。座ってゆっくりと話をしよう」
一方、アランとレオン、アルマスとホーパスは近くの水源に来た。
目の前には透明できれいな水があり、広くて大きな湖に来ているかのようだ。
「とてもきれいな水だね!こんなに広い水源があるんだ」
ホーパスが水源の真上をふわふわと漂うように移動している。
「こんなにきれいな水があるんだ・・・・・・」
アルマスも水源を見ていると、アランは表情を曇らせた。
「とてもきれいな水源だけど、ここは我々が使っている水源じゃないんだ」
「え?」とホーパス
「この水源は近くに住んでる人が使っているんだ。つまりドグラスが使っている」
「え?じゃレオン達が使っている水源はどこなの?」
「もうひとつこの奥にある水源を使ってるんだ。エドヴァルド達が来たら行くけど、それまではここで待つんだ」
「こんなに広い水源なのに、どうしてみんなで使わないんだろう・・・・・」
レオンが水源を見ながらポツリとつぶやくと、辺りは静かになった。
ホーパスが辺りを見回しながら話を変えた。
「ところでこの辺りって蠍はいないの?」
「ここは水源だからいないよ」とアラン「蠍は昼間は木陰や岩陰に隠れて眠っている。気温が下がる夕方から夜にかけて行動するんだ」
「そうなんだ。じゃ今はいないんだね」
ホーパスがほっとしながら地面に降りて行く。
そんなホーパスをアルマスが見ていると、後ろで何かが動いているような気配を感じた。
後ろを振り返ると、すぐ後ろの家の住民なのか、1人の中年の女性がアルマスと目が合った。
目が合った途端、女性は慌ててすぐ側のドアを開くと、家の中に入って行った。
それを見ていたアランがアルマスに声をかけた。
「この辺りの人達は人見知りが多い。あまり気にしなくてもいいよ」
一方、エドヴァルド達が不在の家の一室では、マーヤが椅子に座って本を読んでいた。
しばらくすると後ろからコツコツと小さく、何かを叩いているような音が聞こえてきた。
マーヤは本から目を放し、後ろを振り返ると、窓の外から何者かが窓をつついているのが見える。
「これは・・・・・向こうで何かあったのか?」
マーヤが椅子から立ち上がり、窓に近づいて窓を開けると、1羽のミミズクが入ってきた。
ミミズクはしばらく部屋を飛び回り、マーヤが座っていた椅子のひじ掛けのところに止まった。
マーヤが再び椅子に戻ると、ひじ掛けに止まっているミミズクの足を見た。
ミミズクの左足には白い紙が巻きついている。
「手紙じゃな・・・・・今すぐ取るから大人しくしているんじゃ」
マーヤが両手を伸ばして、ミミズクの左足にある紙をそっと取った。
すると役目を終えたミミズクは羽を広げ、外に飛んで行ってしまった。
窓を閉め、マーヤは紙を広げると手紙を読み始めた。
「・・・・・やはり、ルイースからじゃ。数日前、祈祷をしていたら不吉なお告げが出たと・・・・・・」
マーヤは手紙の下の部分を見た。
下には祈祷の様子なのか、絵が描かれていた。
赤い満月の下には霧のような曲線が描かれ、満月の真下には真っ白で何も描かれていない。
その下には一面赤い色が広がっている。
マーヤは何かに気がついたのか、突然はっとして大きく目を見開いた。
「これは・・・・・・・・!」
マーヤはしばらくの間、その絵を見ているのだった。
アルマス達が水源を見ていると、エドヴァルドとマテウスがやってきた。
アランは2人の姿を見た途端、少し驚いたような表情を見せた。
「早かったですね・・・・話はどうでしたか?」
「全く話にならない」マテウスは不機嫌そうな顔で声を荒げた。
そしてアランを見て
「我々が下手に出てお願いしているというのに、向こうは全く聞き入れないんだ。エドヴァルドも丁寧に接しているのに」
「今回は挨拶をしに行っただけだ。そう簡単には受け入れてもらえないだろう。仕方がない」とエドヴァルド
「仕方がないって・・・・エドヴァルド、あきらめるつもりなのか?」
マテウスがエドヴァルドに向かって聞くと、エドヴァルドはマテウスをなだめるように
「あの男、一筋縄ではいかない男だ・・・・・今後何度も行って、話をすることになるだろう」
「何度もって・・・・そうのんびりと構えていていいのか?」
「今回は手土産を持っていかなかったからな。我々も今度行く時は手土産を持っていかなくては・・・・でないと話も始まらないだろう」
「手土産?手土産って・・・・何かあるのか?」
「それはこれから考えるよ。もうひとつの水源に行こうか」
エドヴァルドはそう言い終えると、レオンとアルマスの方を向いた。
「そろそろもうひとつの水源に行こう。水がどうなっているのか気になるんだ」
しばらくしてもうひとつの水源に着くと、一同は衝撃を受けた。
水源の水が少なく、もう少しでなくなりそうな水量だったのである。
「こ、これは・・・・・・一体どうしたんだ?」
水源の水量を見た途端、エドヴァルドは驚きを隠せなかった。
「前回ここに来た時はかなり水量があったのに・・・・一体何があったんだ?」
「オレにも分からない」マテウスは戸惑いながらエドヴァルドの問いに答えた「前回って確か・・・・・2週間ほど前だったような」
「確かにそのくらい前だ。その時はまだ十分な水があった。なのに急にどうしてこんなに減っているんだ?」
「あの男・・・・ドグラスが何かやったに違いない。ドグラスもここの水源を知っているし、何かやるならあの男しかいないだろう」
「確かに、あの男が何かしたのかもしれないが、証拠がない」
エドヴァルドは水を見ながらどうするか考えている。
マテウスは込み上げてくる怒りを抑えながら
「あの男、ここまでひどいことをするとは・・・・・このままだと水源が枯れる。どうすればいい」
「とにかくこの水源の水を増やすことが先だ」
エドヴァルドはそう言うと、アラン達を見ながらこんなことを言った。
「明日からしばらくの間、ここに来て水の量をなんとかして増やそう。それには向こう側にある川から水を引かねばならない。
村から人を何人か・・・・いや数十人ぐらい連れて来るんだ。水の量を増やして安定するまで毎日ここに来て作業をするんだ」
それからというもの、エドヴァルド達は水源の水を増やそうと数十人の人達を引き連れ、水源の水を増やす作業を始めた。
レオンとアルマスも作業のため、一緒に水源に行くことになった。
しかし、水源の水を増やす作業は順調にはいかなかった。
ドグラス達が使っている水源の近くに住んでいる住民達から思わぬ反発をされたのだ。
もうひとつの水源の水を増やすことで、今使っている水源の水が減ってしまうのではないかという不安があったからだった。
エドヴァルド達が毎日水源に行こうとするたびに、水源の近くに住む住民達から反対の声や心無いひどい言葉をかけられる。
エドヴァルドがその住民達に我々が使っている水源の水を増やす作業をしている。だからあなた達が使っている水源には問題ないと
いくら説明しても、聞き入れてもらえなかった。
そのため、最初は数十人だった人達の数がだんだんと減って行った。
人数が減っていくと、アルマスにも心無い声が向けられ、外から来た者は出ていけと言われるようになった。
レオンやエドヴァルド、アランからは気にしないようにと言われていたが、アルマスはだんだんと水源に行くのがつらくなってきていた。
そんな中、アルマスは夕食の片づけの後、部屋には戻らず外に出た。
ふと夜空を見たくなったのである。
アルマスが空を見上げると、空は晴れており、無数の星がキラキラと瞬いている。
今日も星が多くて、とてもきれいだ。
どこに行ってもこの景色は変わらない。
僕はこのまま、ここにいてもいいんだろうか。
ずっと今のままだと、以前あの場所にいた状況とあまり変わらない。
そろそろどこか別のところに行った方が・・・・・。
「アルマス、こんなところにいたのか」
アルマスが考えていると、後ろから声が聞こえてきた。
後ろを振り返ると、そこにはマーヤの姿があった。
「マーヤさん・・・・・」
「今夜も星がとてもきれいじゃ」マーヤはアルマスに近づいた「ここで何をしているんじゃ?星を見ていたのか?」
「そうです。星を見ていたんです」
「そうか」マーヤはアルマスの隣に来るとアルマスの顔を見た。
アルマスはマーヤに顔をじっと見つめられながら戸惑った。
「・・・・・僕に何か用ですか?」
「だから来たんじゃ」マーヤはあっさりうなづいた「最近うかない顔をしているな。何か悩み事でもあるのか?」
「まあ、そんなところです」
「そうか」マーヤは顔を上げ、星を見上げた「レオンやエドヴァルドからある程度、話は聞いている。辛い思いをしているようじゃな」
「・・・・・・・」
「ところでいつもお前の側にいるあの猫はどうしたんじゃ?」
「部屋にいます。ホーパスも疲れていてすぐに部屋に戻りました」
「そうか。あの猫までも・・・・精神的に疲れているようじゃな」
マーヤは再びアルマスを見ると、続けてこんなことを言った。
「そこで聞きたいんじゃが、この村を出ようと思っているのか?」
それを聞いたアルマスは複雑な気持ちになった。
今の辛い状況を思えば今すぐに村を出たい半面、レオンと別れるのが心惜しいのである。
それにレオンに引き留められたらと思うとなんとも言えないのだった。
アルマスが黙っているとマーヤはさらにアルマスに聞いた。
「どうした?私に気を遣うことはない。自分の思いを正直に言うんじゃ」
「・・・・分かりません」アルマスは首を振った「今の辛い状況を思うと、村を出たい・・・でもレオンの事を思うと」
「レオンの事が大好きなんじゃな」マーヤはそれを聞いて微笑みを見せた。
アルマスが黙ってうなづくと、マーヤもうなづきながら
「でも、辛いのをいつまでも我慢するのはよくないことじゃ。このままじゃと自分が壊れてしまうぞ」
「・・・・・・・」
「そこで提案なんじゃが、あと数日で夜空には満月が出る。しかもその日は赤い満月が出るんじゃ」
「赤い満月・・・・・?」
「そうじゃ」マーヤはうなづいて再び空を見上げた「その赤い満月が出る日、満月の真下に光の扉が現れる。異世界への扉かもしれないと
村人達の噂になっているんじゃ。実際その光の扉の中に入った者もおる」
「光の扉・・・・・?」
「その光の扉の向こう側へ行ってみるか?」
マーヤの提案に、アルマスはあの教会での出来事を思い出した。
あの時はすぐに穴が小さくなっていったから慌てて入って行った。
またあの時と同じような事が・・・・・・?
アルマスはどうしようか迷ったが、しばらくすると心を決めた。
「マーヤさん、その赤い満月が出る日は・・・・・・?」
「どうやら決まったようじゃな。あともう少しの辛抱じゃ」
マーヤは深くうなづくと、続けてこんなことを言った。
「後であの猫にも伝えておくんじゃぞ。お前達はこれ以上辛い思いをする必要はない。詳しいことはまた後で話そう」
アルマスは黙ってうなづくと、2人はしばらく夜空を見上げていた。
次の日もアルマスはレオン達と一緒に水源へと出かけたが、もう心無い住人達の声を気にしなくなっていた。
もう少しでこの村を出ると思うと、アルマスは心の重荷が取れたような気がしたのだ。
あともう少しの辛抱だ。赤い満月が出ればこの村を出る。
そう思いながらアルマスは水源での作業に集中していた。
一方でマーヤはルイースの手紙に描かれている絵を調べていた。
赤い満月の下、光の手前に広がっている赤い色が何なのか気になっていたのだ。
その赤い色はただ横に広がっているだけではなく、光に向かって伸びているようにも見える。
見方によっては赤い火が燃えているようにも見える。
赤い色というのは火なのか、それとも血の色なのか・・・・・・。
いずれにしても不吉な予感しかない。
それを回避するためにできる限りのことをしなければならない。
マーヤは手紙から目を放すと、窓の外に広がる空を見上げた。
それから数日後の夕方。
アルマス達が食事を終えて、食器を片付けようとした時、マーヤが皆に声をかけた。
「片付けの前に話しておきたいことがある。そのまま座っていてくれないか」
「何ですか?母さん。妙に改まって・・・・・」
エドヴァルドがマーヤを見ていると、マーヤはエドヴァルドの方を向いて
「その前に、今作業している水源の水はどうなっているんじゃ?」
「もう少しで川から水を引けるようになる。水を引ければ水量も以前と同じくらいになるだろう」
「そうか・・・・それにしては作業が早いな。もっと時間がかかるだろうと思っていた」
「ああ。夜も数人で作業をしているから。夜誰もいない時に何かあったら大変だから、見回りもしている」
「それならあと数日ぐらいで終わるのか?」
「たぶん・・・・順調に行けば」
「そうか」マーヤはそういった後、アルマスの方を見た。
マーヤに見られたアルマスは戸惑ったが、マーヤはすぐエドヴァルドの方を向いた。
「次の満月の日、おそらく赤い満月が出る・・・・・この時期にしか出ない現象じゃ。その赤い満月の下に光の扉が現れる。
その時にアルマスとホーパスを光の扉へ連れて行こうと思っている」
それを聞いたエドヴァルド達は驚いた。
「え・・・・・・それって、この村を出るってこと?」
レオンが戸惑いながらアルマスを見ていると、マーヤはうなづいた。
「そういうことじゃ。これは私が促した訳ではない。アルマスが決めたことじゃ」
「アルマス・・・・・・」
「レオン、ごめん・・・・・ここでの生活も居心地がいいけど、どうしても光の扉の先の世界に行ってみたいんだ」
アルマスがすまなそうにそう言うと、レオンはアルマスを見つめたまま何も言えず黙っている。
辺りが静まり返り、暗い雰囲気が漂っている。
エドヴァルドが何か言おうとした時、突然玄関のドアが大きく開かれた。
「エドヴァルド!」
その大声に部屋にいる全員がいっせいにその声の主の方を見た。
そこにいたのはアランだった。
「アラン、どうしたんだ?いきなり入ってきて」
エドヴァルドがその場を立つと、アランは走ってきたのか息を荒くしながら
「大変だ・・・・・水源で・・・・人が・・・・・・」
「落ち着くんだ、アラン。まずは落ち着くんだ。話はそれからだ」
「水を持ってくるよ」
レオンがその場から離れようとすると、アランはいいと言うように首を振った。
「いや、大丈夫だ・・・・・ありがとうレオン」
「水源で何かあったのか?」とエドヴァルド
「ああ・・・・・」アランは息を整えるとエドヴァルドを見た「水源で作業をしてた人達が亡くなったんだ」
「なんだって・・・・!」
「蠍にでも刺されたのか?」とマーヤ
「それはまだ分からない」アランは首を振った「交代で水源に行った人達から聞いただけだ。行ったら倒れていたと」
「それで今は?水源には誰もいないのか?」とエドヴァルド
「兄さんの家に知らせに来たんだ。兄さんが水源に確認しに行ってる」
「分かった、私もすぐに行く。マテウス1人だけだと心配だ」
「兄さんと一緒に数人水源に行っている。私も一緒に行く」
エドヴァルドがアランと一緒に外へ行こうとするとレオンが2人の後ろで聞いた。
「僕も一緒に行ってもいい?」
エドヴァルドは後ろを振り返ると首を振った。
「レオン、もう夜になる。暗くなると危険だ。ここにいなさい」
「父さん・・・・・」
「大丈夫だ。終わったらすぐに戻る」
エドヴァルドは再び前を向くと、アランと一緒に部屋を出て行った。
次の日の朝。
レオンが自分の部屋を出ると、エドヴァルドが外へ行こうとドアへと向かうところだった。
「おはよう、父さん。もう出かけるの?」
エドヴァルドの後ろからレオンが声をかけると、エドヴァルドは後ろを振り返った。
「おはよう、レオン。今から医者のところに行ってくるよ」
「お医者さんへ?どこか悪いの?」
「昨日、水源で亡くなった人をそこに運んだんだ。どうして亡くなったのか聞こうと思ってね」
「今日は水源には行くの?」
「・・・・・分からない。医者から戻ったら行くかどうか決めるよ。もう行かないと」
エドヴァルドが再びドアへと歩き出すと、レオンは部屋へと戻ろうとした。
すると後ろからマーヤの声が聞こえてきた。
「レオン」
レオンが後ろを振り返ると、マーヤはレオンに近づいてきた。
「ちょっと外に行こうか。話があるんじゃ」
マーヤとレオンが外に出ると、外には青空が広がっていた。
レオンは辺りを見回すと、エドヴァルドの姿はもうどこにも見当たらない。
「エドヴァルドは馬で行ったな。ここから医者の家まで少し遠いからな」
マーヤが空を見上げていると、レオンはマーヤの方を向いた。
「おばあちゃん、話って何?」
マーヤはゆっくりとレオンの方を向いた。
「あれからアルマスと話をしたのか?昨日の夜はいきなりアランが来て、話が途中になってしまったが」
「・・・・・・」
レオンは黙ったまま、うつむいてしまった。
マーヤはレオンの顔を覗き込みながら聞いた。
「話をしていないのか?」
「・・・・・・・・」
レオンがうつむいたまま軽くうなづくと、マーヤは続けて聞いた。
「アルマスがいなくなるのは嫌か?」
「・・・・・うん」
「レオンもアルマスが大好きなんじゃな」
「・・・・・・・」
「でも、アルマスの意思を尊重しないといけないよ。アルマスもここを出ると決めるまで相当悩んで考えたんじゃ」
「・・・・・・」
「出会いと別れはどちらも突然起こることじゃ。それに永遠に会えないわけではない。アルマスが光の向こう側の世界に行ってしまっても
また会えるさ」
それを聞いたレオンは顔を上げた。
「おばあちゃん、本当?本当にまた会える?」
「ああ、本当だよ」マーヤは微笑みながらうなづいた「お互いがお互いの事を思っていれば、いつかまた会えるさ」
「アルマスも僕の事、忘れないでいてくれるかな?」
「アルマスもレオンの事が大好きじゃ。アルマスもレオンの事は忘れない・・・・生きていればまたいつかきっと会えるさ」
一方、エドヴァルドはマテウス、アランと一緒に医者の家を訪ねた。
「それで、どうなんだ?亡くなった原因は分かったのか?」とマテウス
「昨日、水源で亡くなったのは3人。死因は診たところ2人は蠍に刺されたことによる毒殺じゃな」
白髪で年配の男性医師が答えると、エドヴァルドはすぐ後ろに横たわっている男性を見ている。
男性は服を着ているが胸のあたりが血の色なのか服が真っ赤に染まっている。
エドヴァルドは男性を見ながら
「蠍はどこを刺したのか分かりますか?」
医師は後ろを振り返り、横たわっている男性を見ながら
「目の前にあるのが蠍に刺された遺体じゃ。蠍は普段、足を狙うんじゃが・・・・診たところ胸を突かれて亡くなっている」
「胸を突かれて・・・・・それで胸のあたりに血が」
「この男性は両足首にプロテクタをしていた。それで胸を狙ったんじゃろう。何か鋭いもので突かれたような跡があった」
「それって、まさか・・・・・」とアラン
「そうじゃな。例の蠍がやったに違いない」
医師がそう言うと、辺りは不気味な静けさに包まれた。
しばらくしてマテウスが医師に聞いた。
「2人は蠍にやられた・・・・・あと1人は別の原因で亡くなったのか?」
「その遺体は別の部屋にあるが、頭部の損傷がひどい。おそらく後ろから何者かが頭を狙って襲ったんじゃろう」
「誰かに襲われた・・・・・?」
それを聞いたエドヴァルドが戸惑っていると、アランがエドヴァルドを見ながら
「襲ったとなると、あの辺りに住んでいる住民の誰かになる」
「それかドグラスがやったに違いない」マテウスは声を荒げ、込み上げてくる怒りを隠せない「あの男、どこまで卑怯なんだ」
「まだそうと決めつけるのは早い。証拠がないだろう」
エドヴァルドはマテウスを見ると、続けてこう言った。
「証拠がない以上、決めつけてかかるのはよくない・・・・冷静になるんだ、マテウス」
「し、しかし・・・・・今まであの男にはひどい扱いを受けてきたんだ。あの男以外、誰がこんなひどいことをやるんだ?」
マテウスが反論していると、部屋に1人の老人が入ってきた。
老人を見た医師が声をかけた。
「今日はどうかなさったんですか?診察時間はまだですが」
「いや、診察に来たんじゃない」老人は首を振った「昨日の夜、水源で人が亡くなったと聞いてな。たぶんここじゃないかと思って来た」
「じゃ、ご遺族の方ですかな?まだ遺体を運び出す準備ができていないので・・・・・」
「いいや違う」老人は医師を見た後、エドヴァルドを見た「わしはあんたに用があるんだ」
「私に?何か相談事ですか?」とエドヴァルド
「そうじゃ。昨日の夜、水源であの蠍を見たんだ」
「何だって・・・・・・!」
マテウスが驚いていると、エドヴァルドは平然とした様子で
「水源で蠍を見たんですか?その蠍は・・・・後ろにある男性を襲ったんですか?」と後ろにある男性の遺体を見ている。
老人も後ろにある遺体を見ながら
「ああ、そうじゃ。蠍がこの男ともう1人を襲ったんじゃ。この目で見た」
「蠍って、あの例の・・・・噂になっているあの蠍を見たのか?」と医師
「ああ」老人は深くうなづいた「遠くからじゃったが、後ろから突然襲われたようじゃった・・・・次々と人が倒れて、その後ろに得体の知れない
ものの影を見たんじゃ。人と同じか、それより少し大きかった感じの蠍じゃ」
「人より大きい蠍・・・・・」とエドヴァルド
「それで、蠍以外にも何か見なかったか?1人は後ろから誰かに襲われたようだが」とマテウス
「ああ・・・・その蠍が出る前に、1人がいきなり倒れたのを見た」と老人
「そいつをやったのは誰か見てないか?」
「倒れた後、後ろに1人いたのは見たが・・・・・すぐ走って行ったから、誰かまでは分からなかった。それに暗かったから顔までは・・・」
「・・・・・そうか」
マテウスが悔しそうな表情をしていると、エドヴァルドが老人に聞いた。
「そこまで見ているのなら、水源の近くに住んでいるのではないですか?どうして我々にそんなことを話してくれるのです」
少し間が空き、老人が話し始めた。
「昔からあの水源の近くに住んでいる。今まで穏やかに暮らしていたが、そこにあのドグラスがやってきた。あの男のやり方が気に入らない。
あの男が来てからは今までの生活が一変したんだ」
「・・・・・というのは?」とエドヴァルド
「ドグラスは周りの住民を取り込んだ。金でものを言わせたんだ。金さえ出せばみんなドグラスの言うことを聞くようになってしまった。
たとえそれが悪い事だと分かっていても、生活が厳しいから仕方なくあの男に従っている者もいる」
「・・・・・・・」
「みんながみんなあの男に従っているわけではない。表面上では言うことを聞いているが、本心はそうではない・・・・わしもその1人だ。
それだけは分かって欲しい。生活のためには仕方がないんだ」
「生活のためだとは言っても、みんなであの男に反発しようとは思わないのか?」
マテウスが老人に聞くが、老人は何も言わずその場を離れて行ってしまった。
老人が医師の家を出た後、家の物陰から老人の後を追うように出ていく黒い影があった。
間もなくして、エドヴァルド達が医師の家から出てきた。
家の側に止めてあった馬の側まで来ると、マテウスがエドヴァルドに聞いた。
「この後家に戻るのか?」
「いいや、この後ドグラスのところに行く」
エドヴァルドはマテウスを見ると、こう聞き返した「それに・・・・今水源には誰かいるのか?」
「そういえば・・・・・」聞かれたマテウスははっと気がついた「もしかしたら朝までと言われていた人達が家に戻っているかもしれない」
「そうだとすると今は誰もいないんだな?」
「たぶん、そうなるかもしれない・・・・・もしかしたら昨日のあの一件でまだ残っているかもしれないが」
「なら先に水源に行こう。誰もいないのであれば・・・・なんだか嫌な予感がするんだ」
エドヴァルドはそう決めると、馬に乗り込んだ。
エドヴァルド達が馬に乗って水源に着くと、そこには数人の住民達の姿があった。
住民達は水源のある場所に集まって何かをしているようだった。
エドヴァルド達が馬を降り、住民達を見つけるとマテウスが走り出した。
「おい、お前達!そこで何をしている!」
マテウスが大声を上げながら走って行くと、その声を聞いた住民達がいっせいにマテウスの方を向いた。
その住民達の中に、ドグラスの姿も見える。
マテウスがドグラスを見つけた途端、むっとした表情に変わった。
「ドグラス!ここで何をしている?」
マテウスが住人達がいる場所に着くと、ドグラスは何も言わず黙っている。
マテウスが辺りを見回すと、川から水を引く水路が破壊されていた。
「やっぱり水源を荒していたのはお前か!」
マテウスがダグラスに対し怒りをあらわにして怒鳴り出すと、そこにエドヴァルドとアランがやってきた。
「これはひどい・・・・・」
アランは破壊された水路を見渡している。
エドヴァルドも辺りをひと通り見渡すと、ドグラスを見た。
「これは一体どういうことです?どうして我々が作っている水路を破壊したんですか」
「壊しているところを見たんだ。言い逃れはできないぞ」
マテウスが怒りの表情でドグラスを睨んでいる。
するとドグラスは淡々と話し始めた。
「この水源にさらに水を入れると、我々が管理している水源の水量が減るかもしれない・・・・だから調整しようと思ってね」
それを聞いたマテウスはさらに感情的になった。
「何だって?お前達の水源はここから離れているじゃないか。この水源に水を引いても影響はないはずだ。そんなにオレ達のやることが
気に入らないのか?」
「水源は確かに離れてはいるが、引いている川は一緒だ。だから影響はあるだろう?」
「だからって水路まで壊すことはないだろう?こっちだって生活がかかってるんだ」
「こちらも同じだ。生活がかかっている」
「こっちが大人しくしていればいい気になりやがって・・・・・・」
「落ち着け、マテウス」
今にも殴りかかろうとしているマテウスをエドヴァルドが止めた。
そしてドグラスの方を向くとこう聞いた。
「昨日の夜、ここで事件があった。3人がここで何者かに襲われて亡くなっている。昨日の夜、何をしていたのか聞きたい」
ドグラスは平然とした様子で
「昨日の夜?あなたは私の事を疑っているんですか?」
「これはここにいる全員に聞いている。あなただけに聞いているのではない。この近くにみんな住んでいるのだから、昨日の出来事はみんな
知っているはずだ。だからあなたを疑っているわけではない」
「そういう事ですか、分かりました」ドグラスはうなづくと、周りにいる住民達を見た「そういう事だ。みんな協力するように」
それを聞いた住民達が戸惑う中、エドヴァルドはドグラスにさらに言った。
「他にも聞きたい話がある。とにかくあなたの家で話を聞きましょうか」
「ああ。分かりました。それでは行きましょうか」
ドグラスがその場から歩き出すと、エドヴァルドはマテウスとアランにこう言った。
「マテウスとアランはこの住民達から、昨日の事について話を聞いておいてくれないか?」
「ああ、分かった」
マテウスがうなづくと、エドヴァルドはドグラスの後を追うように歩き出した。
しばらくしてエドヴァルド達はマテウスの家に戻った。
「で、どうだったんだ?あのドグラスから話は聞けたのか?」
部屋に入るなりマテウスはエドヴァルドに聞いた。
エドヴァルドは椅子に座ると向かいの椅子に座るマテウスに向かって
「話は聞いた。昨日の夜はあの家にエドガーと一緒にいたそうだ」
「家にいたって?それだけしか言ってなかったのか?」
「何度も繰り返し聞いたが、エドガーと一緒に部屋にいたとしか言わなかった」
「そういえば・・・・・水源に行った時、エドガーがいなかったな」
「ああ、ドグラスの家で話を聞いていた時に入ってきた。荷物を抱えていたから買い出しにでも行ってたんだろう」
「村の店へ買い出しにか。それでエドガーにも話を聞いたのか?」
「聞いた。ドグラスと同じ答えだ。ドグラスと一緒に家にいたとね」
するとマテウスはため息をつきながら
「あの2人、もしかして揃って嘘をついてるんじゃないか?」
「それもありえるが、これと言った証拠がない」
エドヴァルドが首を横に振ると、マテウスは大きなため息をついた。
エドヴァルドはそんなマテウスの様子を見ながら
「それで、水源の近くに住んでいる住民達はどうだったんだ?」
「こっちもあまりこれと言った収穫なしだ。起こった時間が夜だったっていうのもあって、みんなその時間は部屋にいたとしか・・・・・」
「こっちもだ。たとえ外を見ていたとしても、夜は真っ暗だ・・・・見たとしても暗くて見えなかっただろうって」とアラン
「収穫はなしか」
マテウスがそう言った後、静かな空気が漂っていた。
エドヴァルド達が部屋を出ると、マテウスの妻の姿があった。
ずっと部屋から出て来るのを待っていたようだった。
マテウスは妻の姿を見るなり
「どうしたんだ?何かあったのか?」
「実は・・・・・話しておきたいことがあって。みんなにも聞いてもらいたいの」とマテウスの妻
「どうかしたんですか?」とエドヴァルド
「昨日の夜、蠍が水源に出たことがすっかり村中で噂になっていて、女性や子供だけでもしばらくの間、他の安全なところへ移動しようって話が
出ているのよ」
それを聞いたエドヴァルド達はお互いを見合わせた。
エドヴァルドはマテウスの妻に向かって
「できれば、そうした方がいい・・・・・子供や女性が安全なところに移れば、我々も安心だ」
「それはいいが、移動先は?もうどこに行くのか決めているのか?」とマテウス
「村の外れにある修道院に行く話があるわ。修道院の方が自ら話をしてくれているの」
「そうか、それなら・・・・・・」
「修道院に移動するのはいいけれど、移動中に何かあった時のために、男性を数人、一緒に来させるようにって・・・・」
「え?」
マテウスが戸惑っていると、エドヴァルドがマテウスにこう言った。
「なら、マテウスも一緒に行くんだ。家族揃って一緒に行った方がいい」
「一緒に・・・・・?」
「ああ、アンネもまだ小さい。子供のためにも一緒に修道院へ行くんだ」
「・・・・・・」
マテウスは戸惑ったまま何も言えず、ただエドヴァルドを見つめていた。
一方、水源の近くにある建物の一室では、ドグラスがエドガーと話をしていた。
「ところで、あの水源の水路は壊したのか?」
エドガーが話を変えると、ドグラスは首を横に大きく振りながら
「いいや。あと少しのところであのエドヴァルドが邪魔に入った・・・・」と空になったグラスをテーブルに置いた。
エドガーはそれを見て
「そうか・・・・」と言いながら空のグラスに手を伸ばそうとするが、ドグラスがそれを止めた。
「いや、もういい。しかしあの男、一体どうやって嗅ぎつけてきたのか・・・・・・」
「住民の誰かから聞いたかもしれないな」
「さっきは昨日の夜の事も聞いてきた。あの男のやり方が気に入らない・・・・余計な事まで突っ込んできやがる」
「あの男・・・・エドヴァルドが邪魔なんだな?」
「ああ」ドグラスは深くうなづいた「あの男がオレの計画を壊そうとしている。なんとかしないとな」
エドガーがグラスに入っている酒を口に含むと、ドグラスは話を続けた。
「今までオレの計画は完璧だった。あの男が来るまでは・・・・・あとはあの男が住んでるあの地域をオレのものにすれば完璧なんだ」
「でも、あの辺りは一時的に住んでいるだけじゃないか?またしばらくすればみんな出ていくんだろう?」
「そう聞いているが、それまでここでのんびりと待ってるのか?それにあの男どもはまだ来たばかりだ・・・出ていくまで待ってられん」
「ドグラスは相変わらずせっかちだな」
「それに出ていったとしても、しばらくしたらまた戻ってくるんだろう?その繰り返しだ。それなら今あの男をどうにかして追い出すしかない」
「・・・・それで、あの男が出ていったら、ここをどうするつもりなんだ?」
「いずれはここにいる住民を全部追い出して、大きな建物を建てるんだ。環境を整えれば、いずれは観光地として人を呼べるようになる」
「他のところと同じようにするのか・・・・でもここには蠍がいるぞ。どうするんだ?」
「蠍は後だ。あの邪魔なあの男どもを追い出すのが先だ」
ドグラスは左側にある窓の外を眺めながら、さらにこう付け加えた。
「とにかく追い出すか、消えてもらうしかないな・・・・・」
エドガーが黙っていると、ドグラスは何かを思いついたのかあっという声を出した。
「どうかしたのか?」
エドガーがドグラスに声をかけると、ドグラスは不敵な笑みを浮かべながら
「いい事を思いついた。あまり大声では言えないが・・・・・」とエドガーに近づいた。
そしてエドガーの右耳まで顔を近づけると、小声でひそひそと話しだした。
しばらくしてドグラスが離れると、エドガーは静かに言った。
「・・・・・それはいい考えだ」
「そうだろう?我ながらいい考えだ・・・・・邪魔者はみんな消えてもらわないとな」
ドグラスはエドガーと顔を見合わせながら、お互い不敵な笑みを浮かべるのだった。
それから数日後。
いつものように水源での作業を終え、戻ってきたアルマスが部屋で休んでいると、ホーパスが部屋に入ってきた。
「アルマス!ちょっと外に出てみてよ!」
ホーパスが大声で慌てた様子でベッドに座っているアルマスに近づいてきた。
アルマスはホーパスを見て
「どうしたの?ホーパス。そんなに慌てて」
「いいから外に来てよ!月が・・・・赤い月が出てるんだ!」
「え・・・・・」
赤い月と聞いて、アルマスはその場から立ち上がると、ホーパスと一緒に部屋を出た。
外に出てみると、そこにはマーヤの姿があった。
マーヤが空を見上げている。
アルマスもつられるように空を見上げると、遠くにうっすらと赤い三日月が出ていた。
本当だ。こんなに薄暗いのに、赤い三日月が出てる。
それに気味が悪いくらい真っ赤だ。
アルマスが三日月を見ていると、マーヤがアルマスに気がついた。
「ホーパスに呼ばれて来たのか。ついに赤い月が出たな」
「マーヤさん・・・・・・」
アルマスがマーヤの方を見ると、マーヤは三日月を再び見上げながら
「まだ満月ではないから、光の扉はまだ出ていない。でもすぐに満月になるじゃろう。その時に光の扉も出てくる」
「すぐっていつなの?」とホーパス
「早くて明日じゃろうな。三日月が出ているこの方角じゃと、光の扉は丘の上にある廃墟の城に出てくるじゃろう」
「明日・・・・・・・」
アルマスは再び三日月を見上げた。
明日、満月が出ればここを出て行くことになるんだ。
レオンとも別れることになる。
アルマスは村の外に出れるという安堵と、レオンとの別れという悲しさを感じながら
複雑な思いで三日月を見ているのだった。
それからしばらくして、家の中に入ったアルマス達は夕食をとっていた。
そろそろみんなが夕食を終える頃、マーヤが静かに口を開いた。
「みんな気がついているとは思うが、今外には赤い三日月が出ている」
「・・・・うん、見たよ」
一瞬静かになったが、レオンがうなづいた。
「早くて明日には満月になるじゃろう。明日、光の扉が出ると思う・・・・・アルマスとホーパスは明日、ここを出ることになるじゃろう」
マーヤがそう言い終えると、レオンは寂しそうな表情でアルマスを見た。
エドヴァルドは一瞬アルマスを見た後、マーヤに聞いた。
「光の扉はどこに出るんですか?」
「今三日月が出てる位置からすると、丘の上の廃墟の城の上に出るじゃろう・・・過去にも同じところに出たことがある」
「あの廃墟の城か・・・・・」
「そこなら、よく知ってるよ。小さい頃よくそこで遊んだから」とレオン
するとホーパスがレオンの前まで来て
「え、丘の上の城って昔からあるの?」
「うん」レオンはうなづいた「昔から誰もいないんだ。だからよく父さんに連れて行ってもらった。中がどうなってるのかも知ってるよ」
「でも、最近は城でも蠍が出ていると聞いている。子供達だけで行くのは危険だ」
レオンの話を聞いたエドヴァルドがレオンに口を挟むと、マーヤがこう言った。
「だから明日、光の扉が出た時に一緒に行ってもらいたいんじゃ。レオン達だけで行くのは危険じゃからな」
「分かった」
エドヴァルドが承諾すると、アルマスの方を向いた。
「明日の夜、城に一緒に行こう。光の扉が出てからだと遅いかもしれない・・・・ここから少し遠いからね」
「父さん、僕も一緒に行くよ。アルマスを見送りたいんだ」とレオン
「分かった。でもくれぐれも気をつけるんだよ。蠍はどこに潜んでいるか分からないからね」
エドヴァルドがレオンに注意をすると、その場からゆっくりと立ち上がった。
レオン達も食器を片付けようと、それぞれ立ち上がるのだった。
その時、建物の外から走り去る黒い影があった。
そして次の日。
夕方になり、空には赤い月が出ていた。
まだ満月ではないが、だんだんと満月に近づきつつある形になっている。
「まだ満月ではないが、満月になりかけている。夜には満月になるじゃろう」
マーヤが外で空を見上げていると、建物から先にホーパスが出てきた。
ホーパスは空を見上げ、赤い月を見ている。
「赤い月だ。でもまだ丸くなってないね」
「夜には満月になるじゃろう」マーヤはホーパスに気がつくとゆっくりと近づいた「ところでアルマスはどうした?」
「もうそろそろ出てくると思うけど・・・・・・」
「光の扉が出る前に、あの城に着いた方がいい。光の扉がいつまでも出ているとは限らないからな」
マーヤが建物の入口を見ると、ドアが開きアルマスとレオンが出てきた。
その後ろにはエドヴァルドの姿も見える。
「エドヴァルド、満月になりかけてきている。すぐに出発するんじゃ」
マーヤがエドヴァルドに出発を促すと、エドヴァルドはマーヤを見た。
「すぐに出る。その前にアルマスが母さんにお別れを言いたいそうだ」
「マーヤさん」
アルマスがマーヤに近づくと、マーヤもアルマスを見ている。
「アルマス。出発の時間じゃ・・・・・・遠くに行っても元気でいるんじゃぞ」
「マーヤさん、今までありがとうございました。お世話になりました」
アルマスが頭を下げると、マーヤはうなづきながら
「これが最後の別れではない。生きていればまたどこかで会える。それまで元気でいるんじゃ」
「・・・・・・・」
「さあ、行くんじゃ。光の扉が出る前に城に着いていないと・・・・光の扉はいつまでも開いているわけではないぞ」
「・・・・・はい」
アルマスは小さくうなづくと、マーヤから離れて行った。
そしてエドヴァルドのところに戻ると、エドヴァルドはレオンとアルマス、ホーパスと一緒に城へと出発するのだった。
一方、マテウスの家でもマテウス達が慌ただしく出かける準備をしていた。
今日になり、突然修道院に行くことになったのだ。
「全く、急に行くことになるとは・・・・・」
大きなカバンに服を詰め込みながらマテウスがつぶやいている。
すると後ろからアランがやってきた。
「兄さん、行く準備はできたの?」
「ああ、アランか」
マテウスは後ろを振り返った「今やってるところだ。急だったから何も準備してない」
「そうみたいだね。隣も行くみたいだよ。みんな慌てて準備してる」
「アラン、お前は行かないのか?」
「僕は行かない。それにみんないっせいにいなくなったらいざという時に困るだろうから」
「そうか・・・・・それもそうだな」
アランの言葉に納得しているマテウスに、アランは辺りを見回しながら
「ところでアンネは?もう準備できたのかな」
「アンネか?さあ・・・・・・家の中にいないのなら、外にいるかもしれないな」
家の外ではアンネが準備を済ませたのか、地面に大きいカバンを置いて1人で立っている。
マテウス達を待っているのか、時々後ろを振り返り家の中を見ている。
何度か家の中を見た後、再び前を向いた時だった。
少し遠くに2人の見知らぬ男達が歩いて行くのが見える。
1人は太目で中年の男が先に歩き、その後ろには細めの男が前に大きなカバンを抱えて歩いている。
あの人達も修道院に行くのかしら。
でも、修道院とは逆方向だわ。
丘に行く道を歩いてる。
どこへ行くのかしら。
丘へと行く道を歩いて行く2人の男の姿を、アンネはしばらくずっと見ているのだった。
一方、アルマス達も丘に向かって歩いていた。
歩き始めた時はレオンと一緒に話をしていたアルマスだったが、しばらくすると話が尽きてしまい
誰も話をすることなく、ただひたすら歩き続けていた。
しばらく歩いていると、後ろから馬の蹄の音がだんだんと近づいて来るのを感じた。
間もなくして、1頭の馬がやってきてアルマスとレオンの前を通り過ぎ、先頭を歩いていたエドヴァルドの前で止まった。
「エドヴァルド!」
馬から1人の男がエドヴァルドの名を呼ぶと、エドヴァルドは男を見た。
「・・・・何かあったんですか?見慣れない顔のようだが」
「助けて欲しい」男は切羽詰まった様子でエドヴァルドに言った「近所に住むじいさんが蠍にやられた」
「蠍に刺されたのか?解毒剤は持っていないのか?」
「ああ・・・・・しかもまだ蠍が近くにいる。だから助けに来て欲しい」
「蠍が出たのはどこだ?」
「水源の近くだ。じいさんがエドヴァルドに会ったことがあるから、エドヴァルドに来て欲しいと言ってきた」
「水源の近くだって?」
エドヴァルドはそう聞き返すと、再び男にこう言った。
「ならドグラスがすぐ側にいるだろう。ドグラスに頼めばいい」
「ドグラスの家に行ったが、誰もいなかった・・・・・だからこうして馬を飛ばして頼みに来た」
「・・・・・・」
黙っているエドヴァルドに男はさらに
「水源の近くには医者がいない。だからこうして頼んでるんだ。お願いだ。じいさんを助けてくれないか」
エドヴァルドはどうするか考えたが、仕方がなさそうに男にこう言った。
「・・・・分かった。馬を飛ばして行こう。まず医者のところに行って解毒剤をもらわなければ」
「ありがとうございます」
男が深々と頭を下げると、エドヴァルドはレオンにこう言った。
「レオン、先に城に行っててくれないか。用が済んだらすぐ城に行く。城の前でアルマスと一緒に待っていてくれ」
「うん、分かったよ父さん」
レオンがうなづくと、エドヴァルドは男が乗っている馬に近づいた。
そして男の後ろに乗ると、2人を乗せた馬は方向を変えて走り去って行ってしまった。
その場に残されたアルマス達は再び丘の城へと向かって歩き始めた。
その頃、マテウスの家ではマテウスとその妻、アンネが揃って修道院の迎えを待っていた。
「よかった。間に合った」
アランが右側から家の前に姿を現すと、マテウスがアランを見た。
「アラン・・・・・お前1人だけか?エドヴァルド達はどうした?」
「エドヴァルドの家に行ったけど、いなかったよ。丘の上の城に行ったって」
アランが答えるとマテウスはきょとんとした表情で
「丘の上の城だって?またどうしてそんなところに行ってるんだ?」
「僕に聞かれても・・・・・よく分からないけど、マーヤさんがいたから聞いてみたら、昨日から赤い月が出てるだろう?
今夜満月になって、月の下に光の扉が出るから、アルマスを丘の上の城まで見送りに行ったって」
「・・・・話がいまいちよく分からないが、とりあえずエドヴァルドは今はいないということだな?ということはレオンもいないのか?」
「アルマスを見送りに行ったって言うから、たぶん一緒に行ってると思う」
「そうか・・・・」マテウスはため息をついた「そうなるとエドヴァルドに挨拶できないまま、ここを離れるかもしれないな」
それを聞いたアンネは寂しそうな顔で隣にいる母親を見た。
母親はそんなアンネを見た途端、腰を落としてアンネの顔を見ると
「大丈夫よ。修道院に行くのは少しの間だけ。またすぐにここに戻ってくるわ」とアンネを安心させようと微笑みを見せるのだった。
一方、レオンとアルマス、ホーパスは丘の上の城に到着した。
アルマスが城を見ると、廃墟ということもあり壁が崩れているところがあちこちにある。
「こうしてみると、とても大きな城だね」
「うん。僕が小さい頃からあるから、ずっと昔からあるんだと思う」
アルマスの言葉を受けて、レオンが答えると、どこかからかホーパスが空から降りてきた。
「空がだんだん暗くなってきてる。夜になってきてるよ」
「本当だ」アルマスは薄暗い空を見上げた「月は満月になってる?」
「さっき城の裏側に行って見たけど、まだ満月じゃないよ。下がまだ平らになってる」
「月の下に光は出てきてるの?」とレオン
「光はまだなかったよ。夜にならないと出てこないのかな」
「そうか」レオンは辺りを見回すと2人にこう言った「とりあえず父さんが来るまでここで待とう」
水源の近くにある1軒の家の前に2人を乗せた馬が止まった。
エドヴァルドが馬を降りると、先に馬を降りた男性に聞いた。
「ここがそのじいさんの家か?」
男性が後ろを振り返り、エドヴァルドに何か言おうとすると、後からもう1頭の馬が来て止まった。
医者を乗せた馬がすぐ後から着いてきていたのだ。
医者が馬から降りるとエドヴァルドに聞いた。
「ここが話をしていた患者の家か?」
すると男性がうなづいた。
「ここです。さあ、早く中へ行きましょう」
「分かった。行こう、エドヴァルド」
エドヴァルドは黙ってうなづくと、3人は家の中へ入って行った。
中に入り、部屋の奥に入ると、そこにはベッドに横たわっている1人の老人の姿があった。
エドヴァルドはベッドに近づき、老人の顔を見るとはっと気がついた。
「これは・・・・病院に来たあの老人じゃないか」
「本当じゃ」後から来た医者も老人を見ている「これは・・・・」
「死んでるのか?」
「いや、寝息を立てているからまだ息はある。どうやら眠っているだけのようじゃな」
「おい、起きろ」エドヴァルドは老人を起こそうと声をかけた。
しばらく間が空き、エドヴァルドと医者が老人を見ていると、老人がゆっくりと目を覚ました。
老人は側にいるエドヴァルドに気がつくと、エドヴァルドを見た。
「・・・・エドヴァルド、一体どうしてここにいるんじゃ?」
それを聞いたエドヴァルドは戸惑った。
「どうしてって・・・・・蠍に襲われたんじゃないのか?」
「蠍に刺されたって聞いて、急いで来たんじゃ。大丈夫なのか?」と医者
すると老人は何が起こっているのか分からず戸惑いながら
「何の事だ?わしは蠍になんか刺されていないぞ・・・・・何もなく元気じゃ」とゆっくりと起き上がった。
老人が起き上がると、エドヴァルドは後ろを振り向いて男性を見た。
「おい、これは一体どういうことだ?」
「そうだ。聞いていた話と違う。どういうことか説明するんじゃ」
医者も振り向いて男性に聞くと、男性は突然声を上げて笑い出した。
そして不気味な笑みを浮かべながら2人を見た。
「まんまと罠にはまったな、エドヴァルド。そのじいさんは蠍になんか刺されていない。何も起こっていないんだ」
「なんじゃと・・・・・・」
「私達を騙したのか?一体誰に頼まれたんだ?」
エドヴァルドが男性に向かって声を上げると、男性は何も言わず部屋を出て行った。
男性がいなくなると、エドヴァルドの頭にある人物が浮かんだ。
「エドヴァルド・・・・・・」
「あの男の仕業に違いない」医者がエドヴァルドに声をかけた途端、エドヴァルドは医者を見た「今すぐあの城に向かわないと」
「あの城?何の事じゃ?」
「とにかく急いで戻らなくては・・・・巻き込んですまない」
エドヴァルドが家の外へ行こうとした途端、外から男性の大きな声が聞こえてきた。
エドヴァルドと医者が家の外に出ると、目の前にはさっきの男性が倒れていた。
男性のシャツは血の色で染まり、腹部から出血しているようだ。
「これは・・・・・・・」
エドヴァルドが何が起こっているのか把握できずにいると、近くで女性の悲鳴が聞こえてきた。
エドヴァルドが顔を上げるとすぐ医者の声が聞こえてきた。
「エドヴァルド!前じゃ!前に蠍がいるぞ!」
エドヴァルドは前を向いた。
そこには悲鳴を上げながら逃げ惑う多くの人々と、人よりひとまわり大きな赤い生き物の姿があった。
その生き物は左右に大きなハサミを持ち、後ろには尻尾と尻尾の先に大きな毒針を持っている。
大きな蠍のような生き物の姿だった。
「これは・・・・・・」
それを見たエドヴァルドは驚きを隠せなかった。
エドヴァルドが大きな蠍を見ていると、その蠍がエドヴァルドに気がついたのか、突然エドヴァルドの方を向いた。
「危ない!」
蠍がエドヴァルドに向かって来るのを見た医者が大声を上げた。
エドヴァルドは蠍がもう少しで襲ってくる寸前で空高く舞い上がり、攻撃を避けた。
医者は慌てて家の扉を閉めると、蠍はその扉の前で止まった。
エドヴァルドは老人の家の屋根に降りた。
家の下にいる蠍を上から見ていると、蠍はエドヴァルドを見失ったのか辺りを見回している。
あれが例の大きな蠍か・・・・・・!
確かに人より少し大きいが、動きが速い。
この事態をなんとかしなければ・・・・・・。
エドヴァルドが考えを巡らせていると、蠍が気がついたのか屋根の上のエドヴァルドを見上げている。
見つかった、このままだとこの村の建物が壊されるかもしれない。
どこか何もないところへ移動しなくては・・・・・・。
エドヴァルドは右側にある家の屋根を見ると、移動しようと走り出した。
老人の家の屋根から隣の家の屋根へと移ると、老人の家のドアに向かって声を上げた。
「おい!倒れている男の手当をしておいてくれ!」
その声に屋根の下にいる蠍が気がつくと、エドヴァルドは蠍の動きを見ながらさらにその隣の屋根へと移動するのだった。
しばらくして空はすっかり暗くなり、夜になった。
家の外に出たマーヤが空を見上げると、月はすっかり満月になっている。
赤い満月の下には一筋の光が降りてきて、だんだんとその光が太く、強くなってきている。
「ついに光の扉が来たぞ・・・・・・」
マーヤはだんだんと強くなっている光を見上げているのだった。
一方、城の前ではレオン達がエドヴァルドを待っていた。
「満月の下に光が出てきてるよ。光がだんだん大きくなってる」
城の裏側からホーパスが2人の前に戻ってくると、レオンとアルマスは互いに顔を見合わせた。
ホーパスは2人を見ながら
「どうするの?エドヴァルドさんなかなか来ないし・・・・早くしないと光が消えちゃうよ」
するとアルマスが意を決したのか
「先に城の中に入るよ。光は城の裏側に出てるの?」とホーパスに聞いた。
「うん。外から行ければ一番いいけど・・・・周りは崖になってるから、中から行くしか・・・・・」
「先に中に入ろう」ホーパスが話している途中、レオンが割り込んできた。
それを聞いた2人は戸惑った。
「え・・・・・いいの?エドヴァルドさんを待たなくて」とホーパス
「うん」レオンはうなづいた「このまま待ってると、光が消えてしまう。そうなると2人に申し訳ないからね」
「レオン・・・・・本当にいいの?」
アルマスが戸惑いながらレオンに聞くと、レオンはうなづきながら
「うん。それに光が消えたら、今度出て来るのがいつになるか分からないから」
「・・・・・・・」
「大丈夫だよ、城の中は僕がよく知ってるから。行こうアルマス、ホーパス」
アルマスがうなづくと、レオンは後ろを振り返り、城の中へと歩き始めた。
あとの2人もレオンの後を続いて城の中へと歩き出した。
3人が城の中に入り、しばらくすると城の建物の端の方から出て来る2人の影があった。
「あの子供、確かエドヴァルドの・・・・・」
「ああ、エドヴァルドの子供のレオンだ」
エドガーが城の入口を見て言いかけると、隣にいるドグラスも城の入口を見ている。
実はレオン達が城に着いた少し後に城に着いていたのだ。
レオン達の様子をずっと見ていたのである。
エドガーはドグラスの方を向くと再び話し出した。
「ずっとエドヴァルドを待っていたようだが、待っていられなくなったようだ」
「そのようだな。でも・・・・・エドヴァルドはもしかしたらここには来ないかもしれない」
ドグラスがそう言ってニヤリとすると、エドガーもうなづきながら微笑んだ。
「ああ、あのじいさんのところにいるのか。罠だとは知らずに呼び出されるとはな」
「あいつは馬鹿な男だ。黙って放っておけばいいものを」
ドグラスは不気味な笑みを浮かべながらさらにこう言った。
「もしかしたら今頃、あの蠍を倒そうとしているかもな」
「あの蠍・・・・・エドヴァルドに倒せるかな?」
エドガーも不気味な笑みを浮かべると、ドグラスはエドガーを見ながら
「さあな・・・・・・もしかしたら倒してここに戻ってくるかもしれない。その時はオレがあいつを倒してやる」
「直接戦うのか。それは見物だな」
「そんな事言っているヒマはない。さっさと次の準備をするぞ。カバンを持ってくるんだ」
ドグラスに言われたエドガーは辺りを見回すと、近くに置いてあるカバンに手を伸ばすのだった。
一方、エドヴァルドは水源へと移動していた。
建物の屋根から屋根へと移動しているが、蠍はエドヴァルドの動きを読めているのか
屋根から屋根へ移ろうとすると、時々目の前に蠍の尻尾の先が見える。
そのたびにエドヴァルドは動きを止め、別の屋根に移動する。
村の中だと下手に攻撃ができない。
このままだと周辺の家が壊されてしまう。
なんとか何もない水源に辿り着かなくては・・・・・。
エドヴァルドは荒くなっている息を整えると、辺りを見回した。
そして深呼吸をして息を整えると、前にある屋根へと移動するのだった。
一方、城の中に入ったレオン達は入口から近い部屋に入っていた。
夜の城の中はすっかり暗くなっているが、城に入ったところの廊下に偶然あったランプを見つけると、アルマスが火を起こしてランプに火をつけた。
レオンがランプの灯りを照らすと、部屋の中がうっすらと見える。
ホーパスは辺りを見回しながらレオンに聞いた。
「光の扉って、一番奥の部屋まで行った方が一番近いよね?ここからどうやって行くの?」
レオンはランプの灯りを前に照らしながら
「このまま奥まで行けば、次の部屋につながってるドアがある。だからこのまま行った方が近いと思うけど」
「じゃ早く行こう。早く行かないと光が消えちゃうよ」
「急いで行きたいけど、静かに行こう。蠍がいるかもしれないからね」
レオンがそう言った途端、後ろから突然大きな音が聞こえてきた。
3人が後ろを振り返った途端、爆音と共に強い風と煙のようなものが3人に襲いかかってきた。
エドヴァルドが水源に辿り着き、その後すぐに蠍が追いかけて来た時だった。
遠くから爆発したような音が聞こえてきたのだ。
エドヴァルドが丘の方を見ると、そこから大きな白い煙が上がっているではないか。
丘の上から煙が・・・・・・?
まさか、城で何か爆発が起こったのか?
レオン達がいるかもしれないのに、爆発なんてするはずがない。
一体、何が起こってるんだ?
エドヴァルドが丘を見上げていると、近くで何かが動き出した気配を感じた。
エドヴァルドがはっと気がついて蠍の方を見ると、蠍がエドヴァルドに向かって走り出してきている。
まずい、丘に気を取られていた・・・・・!
とりあえずここはやり過ごすしかない。
だんだん近づいて来る蠍に、エドヴァルドは上に飛び上がろうとしていた。
すると意外にも、蠍はエドヴァルドを通り過ぎて行ったではないか。
もう少しで蠍に触れるところで上に飛び上がったエドヴァルドは呆気に取られた。
「何・・・・・・?一体どういうことだ?」
エドヴァルドは蠍の動きを見ていると、水源を抜けた蠍は丘の方へと向かっていくように見えた。
そういえば、爆発音が聞こえた時、あの蠍も丘を見ていたような気が・・・・・・。
もしかしたらあの城の中に仲間がいるのかもしれない。
そうだとしたらレオン達が危ない、今すぐ行かなければ!
エドヴァルドは水源に降りると、丘へ行こうと走り出すのだった。