星の瞬く夜に
ある森の奥に、クマの親子が住んでいました。
父親と母親、それに小さい男の子が山奥のほら穴に住んでいました。
男の子は両親が大好きでしたが、優しい母親が特に大好きで
母親といつも一緒にいました。
ある夜、森は激しい嵐に見舞われました。
男の子は雨に濡れないように自分の部屋にいました。
お母さん、どこに行ったんだろう?
男の子は母親の帰りを待っていました。
母親は食べるものを探しに出たまま、帰ってきていないのです。
男の子はいてもたってもいられず、部屋を出ていきました。
そして、隣の部屋に入ると、父親が座っていました。
「ぼうや、まだ起きてたのかい」
父親は男の子に気が付くと、男の子は聞きました。
「まだお母さんは帰らないの?」
「・・・・・まだ帰ってこないよ」
父親は寂しそうに立っている男の子に立ち上がって近づきました。
「心配しなくても大丈夫だよ。
母さんはもうすぐ帰ってくる。
だから、もうおやすみ」
「・・・・うん」
父親は男の子を連れて、自分の部屋を出ていきました。
男の子の部屋に入ると、2匹はその場に横になりました。
「今日はお父さんが見ているから、安心しておやすみ」
父親に見守られながら、男の子はそのまま眠りにつきました。
鳥たちが鳴いている声で、男の子は目を覚ましました。
起き上がって、部屋の入口の方を見ると、外から弱い光が差し込んでいました。
朝が来たんだ。
男の子は立ち上がって、部屋を出ていきました。
隣の部屋をのぞこうとすると、遠くで声が聞こえてきました。
声のする方へ行ってみると、父親が誰かと話が終わって、自分の部屋に戻ろうと
していました。
父親は近くに住んでいる仲間から、母親の死を告げられました。
昨日の嵐の夜、帰る途中で足を滑らせて、誤って崖から落ちてしまったのです。
今朝、近くの沢の川の中で死んでいるのを、鳥たちが見つけて知らせてくれたのです。
「おはよう、お父さん」
男の子が父親に声をかけると、父親はうかない顔をしていました。
まだ小さい男の子には、母親が死んだことを話したくなかったのです。
「・・・・おはようぼうや」
「お母さんは?帰ってきたの?」
「・・・・・・・」
父親は何も言わず、ゆっくりと歩き出しました。
男の子は父親の後をついていきました。
2匹は父親の部屋に入ると、男の子は父親の後ろから声をかけました。
「お母さんはまだ帰ってこないの?」
父親は後ろを振り返り、男の子を見つめながら、ゆっくりとその場に座りました。
「おいで、ぼうや」
男の子は父親の前に来て座りました。
「これからお父さんの言うことをよく聞いて」
父親は男の子を見つめながら言いました。
「お母さんは遠くに行ってしまったんだ。
ぼうやの知らない、遠いところへ。
もうここには帰ってこない」
それを聞いて、男の子は父親が何を言っているのか、わかりませんでした。
ただ、母親がもう戻ってこないということだけは分かりました。
「・・・・・母さんは帰ってこないの?どうして?」
男の子は悲しい顔を浮かべながら、父親に聞きました。
今にも泣きそうな顔の男の子に、父親は男の子に近づいて抱きしめました。
「お母さんは星になったんだ」
父親は男の子に言いました。
「お母さんは夜空の星になったんだ。
夜になったら、湖に行って夜空を見上げてごらん。
星になって、遠くからぼうやのことを見ているよ」
父親の目から涙がひとつこぼれ落ちました。
涙を手で拭うと、父親は男の子をなぐさめるように抱きしめていました。
その日から、男の子は毎晩、夜空を見上げるようになりました。
雨が降っていると星は見えないので、天気の悪い日は家にこもっていましたが
星の見える日はいつも湖のほとりまで出て、星を見つめていました。
夜空に輝く無数の星を見ながら、男の子は母親がいる星を探していました。
それらしい星を見つけて、声をかけるのですが、星は瞬くだけで
返事をしてくれませんでした。
その夜も、男の子は星を見に湖のほとりに出かけました。
ほとりに着くと、男の子は夜空を見上げました。
その夜は、空がとても澄んでいました。
雲がひとつもなく、星が夜空いっぱいに広がっています。
大きな星や小さな星、青白く光るものから、黄色く光っているものまで
いろんな星が夜空に散らばっていました。
男の子は夜空を見上げながら、ただ星を見ていました。
毎日、星たちに声をかけても返事をしてもらえない。
母親のいる星を探すことができず、日増しに男の子の心には寂しさが大きくなっていきました。
男の子は母親を探すことをあきらめかけていたのです。
お母さん・・・・。
男の子の目から、だんだんと涙があふれてきました。
涙が止まらなくなり、男の子はその場に座り込んでしまいました。
そして体を丸めてうずくまり、声を上げて泣き始めてしまいました。
お母さん、どこにいるの?
会いたいのに、こんなに会いたいのに
どうしてそばにいてくれないの?
大きな声で泣きながら、男の子は空に向かって叫びました。
そしてまたうずくまり、泣き続けました。
その時、夜空の星のひとつが光を強く放ちました。
男の子の真上にある大きく、黄色に瞬いている星が強い光を放ったのです。
男の子は何か気配を感じ、体を起こしてつられるように空を見上げました。
するとその星はさらに光を強く放ちました。
あまりにも強い光に男の子はまぶしくなり、目の前に手を当てて
光を遮りました。
それでも強い光に目を開けていられず、男の子は目をつぶりました。
しばらくすると体が急に暖かくなりました。
それはまるで毛布にくるまったようなふわりとした暖かさ。
ふわふわとした毛並みが男の子の体を包み込んできました。
まるでそれは、母親に抱かれているような感触でした。
暖かい・・・・。
なんだろう、この感じ。
まるでお母さんに抱かれているみたいだ。
男の子は目を開けました。
お母さん・・・・!
目の前にいるのは、優しい笑顔で見つめている母親ではありませんか。
会いたかった、とても会いたかった、お母さん!!
男の子は母親に抱きつきました。
男の子は嬉しくて泣き出してしまいました。
ようやく男の子が泣き止むと、母親は男の子の左手を取りました。
そして手をつなぐと、ゆっくりと母親の体が宙に浮かび上がりました。
手をつないでいる男の子の体も、ふわふわと宙に浮かんでいます。
あ、あれ・・・・どうして僕の体が浮いているんだろう?
男の子は少し戸惑った様子で母親の顔を見ました。
母親は男の子を顔を見て言いました。
「しっかり手をつないでいるのよ」
男の子はうなづきました。
そして母親とつないでいる手をしっかりと握りました。
2匹の体が地面からすっかり離れてしまうと、2匹は夜空に向かって
飛び上がって行きました。
2匹はしばらくの間、夜空を飛び回りました。
星と星の間を通り抜けたり、星の中に入ってみたりしたのです。
ある星の中に入ると、一面に緑の草原が広がっていたり
また別の星に入ると、きれいな色とりどりの花が一面に咲き誇っていたり
また別の星では、一面に海だけが広がっていました。
海の上を飛んでいると、急に後ろからイルカが2匹に向かって飛び跳ねてきて
危うく2匹は手を離そうとするところでした。
いつくかの星を巡った後、2匹は夜空の奥で強い青白い光を放っている星を見つけました。
母親は男の子を連れて、その星へと向かって行きました。
2匹は星の中へと入って行きました。
中は明るく、雲が一面に広がっています。
母親は雲の上に降りました。
一緒に男の子も降りると、足元が雲なのでとてもふわふわしています。
2匹はしばらく雲の上を歩いていました。
すると雲が丸く固まっているところに出ました。
丸くなっている雲のそばには、小さな雲が2つありました。
「ここで少し休みましょう」
母親はそう言って、その小さな雲の1つに座りました。
つられるように男の子も、もう1つの雲に座りました。
母親が丸い雲の中に手を入れました。
そして中から手を出して広げると、手の中にはたくさんの木の実がありました。
母親は男の子の前に木の実を差し出しました。
「お腹空いたでしょう?たくさん食べなさい」
男の子はうなづいて、母親の手にある木の実をひとつ手に取りました。
口に入れて、食べてみると木の実が甘く感じられました。
森で食べる木の実に、まるでハチミツがかかったような甘さだったのです。
「おいしい!これ、森で食べる木の実よりおいしいよ」
男の子は母親の手からいくつもの木の実を取り、食べ始めました。
母親は喜んで食べている男の子の姿をただじっと見つめていました。
男の子が木の実を食べきってしまうと、母親は辺りの雲の様子を見まわしました。
2匹がこの星に来た時よりも、だんだんと雲が薄くなっているのです。
そろそろ朝が来る・・・・夜明けかもしれない。
母親はそう思うと、座っていた雲から立ち上がりました。
「お母さん、どうしたの?」
男の子は母親の様子に気がつきました。
母親ははっとして、男の子の顔を見つめました。
しばらく黙っていましたが、母親は言いづらそうに男の子に言いました。
「・・・そろそろ森へ帰りましょう。
ぼうやとは、森でお別れすることになるわ」
それを聞いた男の子は驚きました。
いったい、何を言っているのかわかりませんでした。
「どうして?やっとお母さんに会えたのに」
男の子は悲しくなり、そう言って母親に抱きつきました。
「やっと会えたのに、どうしてそんなこと言うの?
ずっと会いたかったのに。
帰るのはいやだ、ずっとお母さんと一緒にいたい!」
男の子は泣き出してしまいました。
しばらくして男の子が泣き止むと、母親は男の子から離れました。
そして男の子の姿を見てはっと気が付きました。
男の子の足元がうっすらとしか見えなくなっていたのです。
そして、足先からだんだんと消えていくように見えました。
朝が来ようとしている。
早くしないと、朝が来たらこの子の姿が見えなくなって消えてしまう。
なんとか森へ返さなくてはいけない。
母親は焦りました。
「・・・どうしたの?お母さん」
自分の方を何も言わずにじっと見つめている母親の様子に
気が付いた男の子は聞きました。
そして、自分の足元に目を向けました。
男の子は自分の目を疑いました。
自分の足先がうっすらと、だんだん消えて行っているではありませんか。
見ているうちに自分の両足が見えなくなってしまいました。
「お母さん、僕の足が消えてる・・・・どういうこと?」
「ぼうや、よく聞いて」
戸惑っている男の子に、母親は声をかけました。
「ぼうやはここにはいられないの。
朝までここにいたら、姿が消えていなくなってしまうの。
お母さんにも、お父さんにも会えなくなるわ」
「え?・・・・それって、僕はお化けになってしまうってこと?」
「そうね。姿が消えたまま、誰にも会えなくなるわ」
「そんな、そんなのいやだ!お化けにはなりたくないよ」
「まだ大丈夫よ。今から一緒に森へ帰れば、朝までには帰れるわ。
それにお父さん、ぼうやの帰りを待ってると思うの。
お父さんのこと大好きでしょう?」
「うん、僕お父さん大好きだよ」
「じゃ、帰りましょう」
「・・・・うん」
母親は男の子の手をつなぎました。
一度は帰ろうとしましたが、男の子はまだ帰りたくないのか、
顔をうつむいたまま、母親の手を握ろうとしません。
母親は男の子に言いました。
「もし母さんに会いたくなったら、天気のいい夜空を見上げてみて。
十字星が見えたら、光が一番輝いている星を探すの。
それが母さんのいる星よ」
男の子は母親の顔を見上げました。
「大丈夫よ。いつでもぼうやのことを見ているから。
母さんはぼうやの味方だから。
お父さんみたいな立派な大人になるのよ」
「星を見つけたら、声をかけてね。
お母さん、返事をするから。約束するわ」
男の子は黙ったままうなづくと、2匹は抱き合いました。
母親は再び男の子の手をつなぎました。
そしてフワリと浮かび上がり、2匹はその場を飛び立ちました。
星を出ると、空はまだ暗かったのですが、だんだんと明るくなり始めていました。
2匹は急いで星と星の間を抜け、ようやく湖の姿が見えてきました。
男の子の姿は両足が消えていましたが、まだ腰から上は姿が残っていました。
母親は湖のほとりを見つけると、降りる体勢を取りました。
2匹はゆっくりと、だんだん地面に降りていきます。
地面に着いたらお母さんとお別れなんだ・・・・。
男の子はもうすぐ母親と離れてしまうと思うと、悲しくなってきました。
地面につかないでこのまま時間が止まればいいのに・・・・・。
男の子は目を開けました。
目の前は薄暗く、どこか見覚えのあるところでした。
天井は土で覆われ、遠くから鳥の声が小さく聴こえてきます。
男の子は横になったまま、辺りを見回しました。
見覚えのある景色。
自分の住みかに帰ってきたことはすぐに分かりました。
夜の湖のほとりで泣きつかれて眠っている男の子を
父親が見つけて、そのまま住みかへ連れて帰ってきたのでした。
家に帰ってきたんだ・・・・・。
男の子はそう思ったとたん、父親のことを思い出しました。
同時に何かを思い出したようにはっとして、起き上がりました。
部屋を出ていき、すぐ隣の部屋に入ると、奥の方に父親の姿がありました。
「お父さん!」
男の子の声に気が付いた父親は後ろを振り返りました。
「おはよう。ぼうや」
父親は男の子に挨拶をすると、男の子は聞きました。
「お父さん、僕がわかるの?」
「ああ。わかるよ。一体どうしたんだ? 何かあったの?」
「お父さん!」
よかった、僕、消えてなかったんだ!!
男の子は父親に抱きついて泣き出しました。
父親は男の子が悪い夢を見たんだろうと思いながら、男の子を抱きしめていました。
男の子は昨夜、何があったのかを父親に話しました。
会いたかった母親に会えたこと。
母親と一緒に星巡りをしたことから、湖のほとりで別れるまで
覚えていることを全部話しました。
父親は何も言うことなく、ただ黙って話を聞いていました。
その夜、男の子は父親を連れて湖のほとりへと行きました。
空には無数の星が輝いています。
男の子は母親が言っていた、十字星を探していました。
夜空を見上げ、左端の星から右へと目を移しながら探していくと
他の星より大きな、黄色に光っている星を見つけました。
少し下にも同じような星がひとつありました。
そしてその2つの星の左右にも、同じ色をした星がありました。
ただ、その3つは光が弱く、小さかったのです。
4つの星の中で、一番上にある星が一番黄色で、大きな星でした。
あれがお母さんのいる星だ!
母親のいる星を見つけた男の子は、大きな声で言いました。
「お母さん! お母さんのいる星を見つけたよ!!」
しばらくすると、その星はさらに黄色い光を放ちました。
そして2度、男の子に合図をするかのように強く瞬いたのです。
お母さん!
お母さんが返事をしてくれた!
約束通り、応えてくれたんだ。
男の子は嬉しくなりました。
そして母親が最後に言っていたことを思い出していました。
お母さん、約束するよ。
僕、立派な大人になるから。
お父さんみたいな立派な大人になるって約束するから。
だからずっと見ててね。お母さん。
男の子はいつまでも輝く星を見ていました。