出発の日
アウロラが森へ行く朝。
トリヴォは朝早くから船に乗って海に出ていた。
アウロラが乗る貨物船の手配に時間がかかり、乗る日が決まるまでの間
トイヴォはヘンリックの船の手伝いをしていたのだ。
船の甲板をきれいに掃除したり、網やロープをきれいにまとめたり
魚がかかった網を他の漁師達と一緒に引き揚げたりしていた。
甲板の掃除が終わると、トイヴォは海を眺めていた。
この船が港に着いたら、アウロラとオリヴィアさんとはお別れなんだ。
そしてこの町とも・・・・・。
そう思いながら青い海を眺めていると、後ろからヘンリックが声をかけた。
「お疲れさん」
トイヴォが後ろを振り返ると、ヘンリックは海を眺めながら
「今日も海は静かだな。それにいい天気になりそうだ」とトイヴォの右隣に移動した。
「ところで、トイヴォ・・・今日この町から離れるって?」
「はい」トイヴォはうなづいた。
「オリヴィアさんから聞いたんですね。アウロラを見送ってから、ここを出発しようと思っています」
「もう少しゆっくりしていけばいいのに・・・
まあ、こんな物騒なところはすぐ離れた方がいいかもしれないな」
「い、いえ・・・そんなつもりじゃ」
トイヴォがあわてて首を横に振ると、ヘンリックは笑って
「冗談だ。・・・・ところで船に乗ってからずっと海を見ているが、何か探してるのか?」
「クジラを探してるんです。アウロラからクジラ祭があるのを聞いてもしかしたら
海からクジラが見られるんじゃないかと思って」
「クジラか・・・・そういえばずっと姿を見ていないな」
「僕、クジラを見たことがないので見たかったんです」
「何、クジラを見たことがないのか!」
ヘンリックはトイヴォの言葉に驚いた。
「クジラって、どんな姿をしているんですか?アウロラと町を歩いていた時、
お店にクジラ祭のチラシが貼ってあって・・・クジラの絵が描いてあったんですけど」
「ああ、あのチラシか・・・・ちょっと待ってろ。船にもあったはずだ」
ヘンリックはチラシを取りにその場を離れた。
しばらくしてヘンリックがチラシを持って戻ってきた。
「これが今回のクジラ祭のチラシだ」
ヘンリックからチラシを受け取ると、トイヴォはチラシに描かれている黒くて大きいものの絵を見た。
その黒い動物らしきものは海を泳いでいて、背中から潮を吹きだしている。
「これがクジラなんですか・・・・背中から水を出してる」
「ああ。潮を吹きだしてるんだ」
ヘンリックはチラシの絵を見ながらトイヴォに言った。
「クジラってのはかなり大きくて、普通の魚の何十倍も大きいんだ。この船よりも大きい。
普段はおとなしいが暴れたらとんでもないくらい狂暴だ。この船もあっという間に壊される。
よその町ではクジラを獲って食べるところもあるそうだが、この町ではそんなことはしない。
この町ではクジラは神様と同じくらい神聖な動物なんだ」
「それはどうしてですか?」
トイヴォが理由を聞くと、ヘンリックは少し考えながら
「かなり昔の話だが・・・・港でクジラの子供が死にそうなのを助けた人がいて、
そのクジラを手当して海に戻したら、大きくなったそのクジラが港に来るようになったって話がある。
それから魚がたくさん獲れるようになって、今の港町になったってことらしい」
「そうだったんですか・・・・それで毎年クジラ祭をやっているんですね」
「でもこの数年、クジラが来なくなってしまったんだ」
ヘンリックは海を眺めながら言った。
「クジラが来なくなってから、魚もあまり獲れなくなってしまったんだ・・・・
何が起こってるのか分からない。こんなに静かな海なのに」
トイヴォはチラシから海に目を移すと、海は静かで波も小さく穏やかな雰囲気を漂わせていた。
トイヴォは森での和尚様の言葉を思い出していた。
そういえば・・・・和尚様も森の動物達の様子がおかしいと言っていた。
海の魚やクジラも、もしかしたらそれと関係があるのかもしれない・・・・・。
「ところで、次に行く町は決めてるのか?」
ヘンリックが声をかけると、トイヴォははっと気が付いて首を振った。
「まだ、どこに行くか決めていません。ヘンリックさんは近くの町をご存じですか?」
「この近くは・・・・あまりここから外に出たことがないからな。
オリヴィアなら知っているかも知れないが、オリヴィアに聞いてないのか?」
「はい、アウロラの準備で何か忙しくしているみたいだったので・・・・」
「オリヴィアなら、この町に来る前にあちこち行っているみたいだから、知っていると思うが」
「貨物船乗り場で会ったら聞いてみます」
トイヴォはチラシをヘンリックに返そうとすると、ヘンリックは首を振り
「返さなくていいよ。ポルトに来た記念にとっておいてくれ。チラシは何枚でもあるから」
「あ、ありがとうございます」
トイヴォはチラシを4つに折りたたんで、ズボンのポケットに入れた。
「・・・ところで、ヘンリックさんはオリヴィアさんとどこで知り合ったんですか?」
トイヴォが話を変えると、ヘンリックは少し戸惑った様子で
「オ、オリヴィアと?どこで知り合ったかって?」
「はい、ヘンリックさんの手伝いをしてるって言ってたので」
「・・・オリヴィアと初めて会ったのは、町の飲み屋だ。
店に入ったら酔っ払った男がオリヴィアに絡んできて、それを助けたのが最初だった。
その後、オリヴィアと話をしているうちに泊まるところがないっていうから、オレの家にしばらく泊まることになって。
その時は身寄りのない子供達の面倒を見ていたから、手伝ってもらうようになったんだ。
あの時はまだ髪が長くて、とてもきれいだったんだ」
「その時に、アウロラのことをオリヴィアさんは知ってたんですか?」
「いいや知らない。アウロラはうちによく来るから、オリヴィアはそこで初めて会ったんだ」
「どうして、ヘンリックさんはアウロラのことを・・・・・」
「・・・・アウロラは父親が漁師だったんだ」
ヘンリックは静かにそう言って話を続けた。
「アウロラの父親は嵐の日に船を出したんだ。沖の方へ出ればまだ荒れてないだろうって。
でも、嵐は意外と早くやってきた。沖から港に帰る途中、大波にさらわれて・・・・・
その船にまだ見習いだったオレが乗ってたんだ。目の前で大波があの父親をさらっていくのを見て、
オレは何もできなかった」
「・・・・・・・・」
トイヴォが黙っていると、ヘンリックは続けて
「当時父親には生まれたばかりの子供がいて・・・・それが今のアウロラだ。
父親を助けられなかった償いじゃないが、オレがやれることをアウロラにしてやるつもりだ」
「ヘンリックさん・・・・・・」
「おーい!魚が網にかかった。網を引き揚げるぞ!」
トイヴォが何かを言いかけたとたん、甲板の後ろの方から大きな声が上がった。
ヘンリックは甲板の後ろに向かって叫んだ
「よし!今から引き揚げるぞ!!・・・トイヴォ、お前にとって最後の漁だ。行くぞ」
「はい!」
2人は甲板の後ろへ走り始めた。
船が港に到着すると、トイヴォは真っ先に船から降りて行った。
ヘンリックは船の先端からトイヴォが船から降りるのを見て
「オレも後から行く、先に行ってくれ」と声をかけた。
トイヴォは黙ってうなづくと、貨物船乗り場へと走って行った。
港の端の方に着くと、そこには中型の船が泊っていた。
あれが貨物船なのかな。
トイヴォはそう思いながら、アウロラとオリヴィアがいないか辺りを見回した。
まだ誰も来ていないのか、人の姿がない。
もう少しで出発なのに。それとももう船の中にいるのかな。
トイヴォが船の中を見ようとするが、船の入口は閉まったままになっている。
まだ誰もいないのかな・・・・・。
トイヴォが貨物船を見ていると、後ろから声が聞こえてきた。
「トイヴォ、もう来てたのか」
後ろを振り返ると、そこにはアウロラと男装しているオリヴィアがいた。
「あ、オリバーさん、今来たところです・・・・もう船には乗るんですか?」
「船長は中にいるのか?」
オリヴィアは船に乗ろうとするが、入口が閉まっていると分かると、辺りを見回して
船長を探している。
「いるのかいないのかは分かりません。入口が閉まってるからもう乗ったのかと思ってました」とトイヴォ
「まだ出る時間じゃない・・・・どこかで時間をつぶしているのかもしれないが
アウロラの姿を他の人々に見られるのはまずいんだ」
「アウロラは僕が見ています。もうすぐヘンリックさんもここに・・・・・?」
トイヴォはオリヴィアの後ろをふと見ると、少し離れたところからこちらを見ている人が目に入った。
その人は男か女か分からないが、黒いフード付きのパーカーのような服に、黒いズボンを履いている。
フードを深くかぶっていて、顔を見られたくないようだった。
「どうした?トイヴォ」とオリヴィア
「後ろに黒ずくめの人がいるんです・・・・」
オリヴィアがトイヴォに言われて後ろを振り返ると、その黒ずくめの人は気が付いたのか
慌てるようにその場を走り出し、逃げだした。
「あの男・・・・もしかして誘拐犯かもしれない、誰か、誰か捕まえるんだ!」
オリヴィアが大きな声で叫ぶと、そこにヘンリックと男数人が走ってくる姿が見えた。
「ヘンリック!あの黒ずくめの男を捕まえるんだ!」
オリヴィアが叫ぶと、ヘンリックはうなずいて逃げる黒ずくめの人を後を追い始めた。
しばらくするとヘンリック達が黒ずくめの人を捕まえて戻ってきた。
ヘンリックともう1人の男で抱えていた人を地面に降ろすと
「おとなしくしろ。これから警察を呼んでやるからな」
ヘンリックが黒のフードを取り、顔が分かったとたん驚いた。
その男は、ヘンリックだけではなく、周りの男たちも知っている顔だった。
「お前、こないだ夜のパトロールで一緒だっただろ!どうしてこんなことをしたんだ!」
ヘンリックが思わず男のパーカーの首辺りを両手でつかむと、その男は弱々しい声でこう言った。
「・・・・分からない」
「分からないだって?そんなはずないだろう?とぼけるのもいい加減にしろよ!」
「やめろ、ヘンリック」
ヘンリックが怒って両手に力を入れると、後ろで見ていたオリヴィアが声をかけた。
「確かに怪しい男だが、誘拐犯だと決まった訳じゃない・・・あとは警察に任せよう」
「あ、ああ・・・・警察が来るまで、船の柱にくくりつけておけ。行くぞ」
ヘンリックは落ち着きを取り戻し、周りの男たちにそう言うと、男たちは黒ずくめの男を
抱えて、その場を後にした。
船に戻り、男たちが船の中央に立っている太い柱に、黒ずくめの男をロープでくくりつけると
ヘンリックは男の前に近づいて聞いた。
「お前、さっき分からないって言ったな・・・・本当に誘拐犯じゃないのか?」
「オレじゃない」男は首を振って答えた。
「じゃ、どうしてあの貨物船乗り場に行こうとしたんだ?
あの場所にアウロラが行くっていうのは限られた人じゃないと分からないはずだ」
「分からない・・・・気が付いたらあの場所にいたんだ」男はボツリとつぶやいた。
「それに本当に知らなかったんだ。あの場所に女の子がいるっていうのも・・・」
「何だって?どういうことだ?」
男の言葉にヘンリックが気難しい顔をしていると、男はその顔を見て恐る恐る話し始めた。
「本当に知らなかったんだ・・・・ただオレはマーケットに買い物に来ただけなのに。
マーケットからの帰りに、後ろから誰かに頭を殴られて・・・・そこから何も覚えてないんだ。
気が付いたらあの場所に立っていたんだ」
「何だって・・・・・」
ヘンリックはそれを聞いて、とても嫌な予感がした。
「お前たち、警察が来るまでその男を見張っておいてくれ!」
ヘンリックは周りの男たちにそう言って、慌てるように船を降りて行った。
一方、貨物船乗り場では船長が戻ってきて、アウロラとオリヴィアが船に乗り込んだ。
トイヴォは甲板にいるアウロラに話しかけた。
「森に行ったら、和尚様の言うことをよく聞くんだよ」
「うん、お兄ちゃんも元気でね」とアウロラ
「お母さんを見つけて、森に連れて行くからね」
「うん、約束だよ」
「アウロラ、そろそろ中に入ろう・・・・」
オリヴィアがアウロラに船の中に入るように言うと、アウロラはトイヴォに手を振りながら
船の中へ入って行った。
オリヴィアも船の中に入ってしまうと、トイヴォは安心したのかほっと溜息をついた。
これで安心して次の町へ行ける・・・・・。
そう思いながら、トイヴォは船が出発するのを待っていた。
出発の時間になり、貨物船は乗り場から離れ始めた。
トイヴォはだんだん離れていく船を黙って見送っていると、突然トイヴォの後ろから
だんだんと近づいてくる黒ずくめの人が現れた。
黒いニット帽に、顔が分からないように黒いマスクをかぶり、全身は黒い服を着ていた。
トイヴォは黒ずくめの人に全く気が付いていない。
それはだんだんとトイヴォに近づいてきている。
そして、トイヴォの真後ろまで迫ると、両手がトイヴォを目掛けて伸びてきた。
気配に気が付いて、はっとしてトイヴォが後ろを振り返った途端・・・・・。
聞いたことのないような、低い叫び声が聞こえてきた。
その声を聞いたオリヴィアが船から出てきた。
「トイヴォ、危ない!!」
乗り場を見たオリヴィアは思わずトイヴォに向かって叫んだ。
そして、ジャケットの内ポケットからピストルを取り出し、乗り場に銃口を向けたとたん
オリヴィアの動きが止まった。
叫び声はトイヴォの方ではなく、黒ずくめの人の方だった。
トイヴォの首にかかっている青い石から、まぶしいほどの青い光が突然、黒ずくめの人に向かって
射し込むように光り始めたのだ。
トイヴォを襲おうとした黒ずくめの人は、青い石の発している光で、動きが止まった。
しばらくして、青い光が消えるとトイヴォの体は素早く左側に避けた。
トイヴォの姿が黒ずくめの人から消えると、オリヴィアは銃口を黒ずくめの人に向けた。
「トイヴォ!大丈夫か!!」
黒ずくめの人の後ろから、ヘンリックの声が聞こえてきた。
「この野郎!トイヴォを襲いやがって」
ヘンリックは黒ずくめの人を後ろから両腕を使って羽交い絞めにして捕まえた。
ヘンリックの後を追ってきた男たちがすぐにやってきて、黒ずくめの人を地面に倒してしまうと
それを見たオリヴィアはほっと肩を撫でおろし、ピストルを下に降ろした。
そして船の中に入ってしまうと、貨物船はだんだんと速度を速めて乗り場から姿を消した。
黒ずくめの人から逃げることができたトイヴォは、少し離れた左端の場所で倒れていた。
「大丈夫?トイヴォ」
ヴァロが心配そうに姿を現すと、トイヴォは気が付いて
「ヴァロ・・・・・一体、何が起こったの?」
「もう少しで黒ずくめの人に襲われそうになったんだ。今はヘンリックが捕まえてる」
「そうなんだ・・・・一瞬のことだったから、よくわからなかったよ」
トイヴォはゆっくりと起き上がると、ヴァロに向かってこう言った。
「でも、ヴァロが助けてくれたんだね。ありがとうヴァロ」
「え・・・・・う、うん」
ヴァロは少し戸惑いながらもうなづいた。
男たちが黒ずくめの人を押さえつけていると、ヘンリックは顔を見ようと黒いニット帽と
顔を覆っているマスクを剥がすように取った。
顔を見たヘンリックは驚いた。
「おい、こいつは・・・・・・・!」
「こいつ、最近金回りがよくなったっていう噂の男だ」
ヘンリックの隣で漁師仲間の男がつぶやいた。
「おい、どうして誘拐なんてやったんだ?今までの誘拐もお前がやったのか!」
「・・・・ああ、仕方がなかったんだよ」
黒ずくめの人の男は吐き捨てるようにぼそっとつぶやいた。
「今までやっていた仕事をクビになって、どうしようもなかったんだ。
そこにあの野郎が来て、金を渡すから、女と子供をさらって連れてこいって言ってきて・・・・・」
「何だって、あの野郎って誰だ?この町の住人なのか?」
「ヘンリック、あとは警察に任せようぜ」と別の漁師仲間が声をかけた。
「さっき警察を呼んだから、もうすぐ来るはずだ・・・後でその仲間も分かるだろう」
「あ、ああ・・・・」
ヘンリックは落ち着いて、黒ずくめの男を見つめていた。
しばらくして2人の警官が到着すると、男たちは黒ずくめの男を立たせた。
ヘンリックは警官に声をかけた。
「こいつが女と子供を誘拐した犯人だ。しっかり取り調べしてくれよ。誘拐された女と子供を
助けないとな」
「分かりました、犯人逮捕にご協力、ありがとうございました」
「逃げられないように気を付けてくれよ」
そして2人の警官が黒ずくめの男に近づこうとすると、突然その男が苦しい声を上げ始めた。
黒ずくめの男を押さえつけていた男たちが、いっせいに男の顔を見ると、顔が青く変わっていた。
慌てて警官の1人が黒ずくめの男の顔色を見て、両手で口を開けると、中は真っ赤に染まっていた。
「・・・・舌を噛み切ったようです」
「なんてこった・・・・・・」
警官の言葉に、ヘンリックは驚いてがっかりしたように肩を落とした。
ポルトの空にある太陽が一番高くなった頃、トイヴォは町を離れることにした。
「どうしても行くのか?もう少しゆっくりしていけばいいのに」
トイヴォが最初に現れた教会から、少し離れた大きな道でヘンリックはトイヴォに言った。
「はい、無事にアウロラを見送りましたから・・・アウロラの母親を探しに行きます」
トイヴォはうなづいてこう答えた。
「そうか、無事に見つかるといいな・・・・お前の母親も」
「ヘンリックさん、知っていたんですか?」
トイヴォが驚いていると、ヘンリックは笑って
「オリヴィアから聞いたんだ。お前も母親を探してるって・・・・
そういえばオリヴィアから預かっているものがある」
ヘンリックはズボンのポケットから少しくしゃくしゃになった手紙を出して
トイヴォに渡した。
「それと、これがないとな・・・・・何かと困るだろう」
続いてヘンリックから見覚えのある財布を渡された時、トイヴォは驚いた。
その財布は、マーケットでなくしたはずの、和尚様からもらった財布だった。
「これは・・・・・!どうしてヘンリックさんが持ってるんですか?」
「それはスリの犯人から取り返したんだ」
ヘンリックは笑ってそう答えた。
「こないだの夜、アウロラの家に一緒に行った時に、パトロールでいつも行く
飲み屋に行ったら、偶然スリの連中が酒を飲んでたんだ・・・・・。
そのスリの連中、常習犯だったからすっかり顔を覚えてたんだ。
だからその場で取り返した。その後、警察に逮捕されて今は刑務所に入ってるだろう」
トイヴォは財布の中身を見ると、持っていた時よりお金が多めに入っていることに気が付いた。
「ヘンリックさん、持っていた時よりお金が増えている気が・・・・・」
トイヴォがそう言いかけると、それを消すかのようにヘンリックが答えた。
「それは船の手伝いをしたお金が入ってる。遠慮しないでもらってくれ」
「あ、ありがとうございます・・・・」
「じゃ、船に戻らないと・・・・まだやることがあるからな。元気でな、トイヴォ」
「はい、ヘンリックさんもお元気で・・・・」
ヘンリックがその場を後にすると、トイヴォはヘンリックの姿が見えなくなるまで見送った。
ポルトの町を離れて、大きな道を歩いていると森の入口らしき場所に辿り着いた。
両側には無数の木々があり、中央には奥の方へ道が続いている。
トイヴォは辺りを見回し、他に道がないことを確認すると、そこにヴァロが現れた。
ヴァロの姿を見たとたん、トイヴォは思わず笑って
「ヴァロ・・・・・それはクジラのつもりなの?」
「そうだよ」ヴァロはあっさりと答えた。
ヴァロの姿は体が真っ黒で、尻尾のような尾ひれがついている。
「あのチラシの絵を見たんだ。合ってるでしょ?」
「合ってるけど・・・・・急に見慣れない姿だったからびっくりしたよ」
「そうなんだ。トイヴォがクジラ見たことがないって言うから、変身してみようと思って」
「ありがとう」
トイヴォがそう言った後、ヴァロは急に下を向いた。
「どうしたの?」
「僕、トイヴォに謝らなきゃいけないことがあって・・・・」
すまなそうに下を向いているヴァロをトイヴォが心配そうに見ていると
ヴァロは続けてこう言った。
「実は、トイヴォが黒ずくめの男に襲われそうになった時、突然だったから
僕は何もできなかったんだ・・・・ごめんね」
「え・・・・」
「でも、僕見たんだ。トイヴォのその青い石が、トイヴォの体を左側に引っ張っているのを。
すごい力でね」
トイヴォは首にかかっている青い石を取り出した。
この青い石が・・・・僕を守ってくれたんだ。
もしかしたら、お父さんが僕を守ってくれたのかもしれない。
トイヴォはそう思いながら、青い石をぎゅっと握りしめるのだった。