クリスマスの夜

 


クリスマスイブの夜。
男の子は一人、窓の外を見ていました。



あの子に会いたいな。



少し前まで近所に住んでいた、男の子と同じくらいの小さな女の子が
突然引っ越ししていなくなってしまったのです。



男の子は、その女の子が大好きでした。



幼稚園にいる時はもちろん、外で遊ぶ時もいつも一緒にいました。
お互いの家に遊びに行ったり、何をするときもいつも一緒にいたのです。
男の子はその女の子と一緒にいるのが楽しかったのです。



どうしていきなりいなくなっちゃったんだろう。
あの子がいないなんて寂しいよ。



男の子は窓の外の夜空をぼんやりと見ていました。



サンタさん、早く来ないかなあ。
サンタさんが来たら、あの子に会えるようにお願いするんだ。



男の子の後ろの棚にある時計は、12時を過ぎていました。



窓の外の景色は雲ひとつなく、星が無数に広がっています。
男の子の家の周りの建物の灯りはポツポツと少なくなっていました。



男の子が窓の外を見ていると
後ろから声が聞こえてきました。



「どうしたの?」



男の子が後ろを振り返ると、母親からクリスマスプレゼントにもらったばかりの
ぬいぐるみのクマさんが立っていました。



男の子はクマさんに言いました。



「サンタさんが来るのを待ってるの」



「何が欲しいの?」



「あの子に会いたいってお願いするんだ」



「それなら、自分から会いに行ったら?」



「どこにいるのか分からないんだ。もし分かっていたらこっちから会いに行きたい」



それを聞いたクマさんは、しばらくしてから男の子に言いました。



「なら、その女の子のことを強く思うんだ。そうすれば自分から会いに行けるよ」



「本当?」



男の子は思わずクマさんに聞き返すと、クマさんは深くうなづきました。



男の子は最初は信じられませんでしたが、やってみることにしました。



あの子に会いたい・・・・・・・。
今すぐ会いたいんだ。
もし会えたら、僕の思いを伝えるんだ。
あの子のことが大好きだって。



男の子は窓の外に向かって、目をつぶり両手を合わせて祈るように女の子に会いたいと強く思いました。



するとしばらくして、男の子の背中が青白く光り出しました。
男の子の背中が光に包まれたかと思うと、背中から白くて大きな羽根が出てきたのです。
光が消えると、大きく羽根を広げました。



男の子は後ろの羽根に気が付くと、大きく羽根を羽ばたかせてみました。
羽ばたかせるたびにバサバサという羽根の音が聞こえてきます。



これならあの子に会いに行ける。



男の子は窓をゆっくりと開けました。
男の子は空に飛び込むように身を乗り出すと羽根を大きく広げて
夜空へと飛んで行きました。



男の子は空を飛べるのが嬉しくて、しばらく夜空を飛んでいましたが
女の子の家がどこにあるのか分からないことに気づきました。



あの子の家はどこにあるんだろう。
お母さんに聞けばよかった。
今家に戻っても、お母さん寝てるだろうな・・・・・。



どうすればいいんだろう。



男の子が夜空の中、羽根を羽ばたかせながら止まって困っていると
男の子の前に何かが近づいてくるのが見えました。



シャンシャンという鈴の音がだんだんと大きく聞こえてきます。
そしてそれが近づき、男の子はそれが何か分かると驚きました。



あれは・・・・・サンタさんだ!!



男の子の目の前に大きなトナカイが2頭止まりました。
その後ろには木製のそりに乗った、赤い服を着た白いひげのサンタさんがいるではありませんか。



サンタさんは男の子の姿を見て声をかけました。



「おやおや。クリスマスの夜にこんなところで何をしているのかね」



「サ・・・・サンタさんですか?」



男の子は驚いて思わずそう聞いてしまいました。



サンタさんは微笑みながらうなづいて



「そうじゃ、サンタじゃよ。今プレゼントを世界中の子供たちに配っているところじゃ。
ところでこんな夜中にこんなところで何をしているのかね」



「サンタさん・・・・僕、大好きな女の子に会いたいんです。
その女の子の家がどこにあるのか分からなくて困っているんです」



「それは困ったことじゃ」



サンタさんは男の子の言葉に大きくうなづきました。
そして続けてこう言いました。



「それなら、このそりに乗りなさい。その大好きな女の子の家に一緒に行こう」



「え・・・・いいんですか?」



「ああ。いいとも。その代わりプレゼントを配る手伝いをしてくれないかな?」



「は、はい!お手伝いします」



男の子はそりに乗ると、サンタさんはトナカイに声をかけました。
トナカイはゆっくりと走り始めました。



男の子はサンタさんの手伝いをしました。
男の子はそりにある大きな袋からプレゼントを出して、サンタさんに渡したり
男の子が家に入ってプレゼントを部屋に置いたりしました。



そしてしばらくして、ある家の前に着くと、サンタさんは言いました。
「ここが大好きな女の子の家じゃ。プレゼントを持って行ってあげなさい」



男の子はサンタさんから大きな箱に入ったプレゼントを受け取ると
サンタさんと一緒に女の子がいる部屋に入りました。



部屋に入ると、ベッドの側に置いてあるランプの灯りがついていました。
男の子はプレゼントをベッドの側に置いて、ベッドを見ますが女の子の姿はありません。



ここにはいないのかな・・・・・・。



男の子は女の子の姿を探して辺りをキョロキョロしていると
後ろから何か驚いたような小さな声が聞こえました。



男の子が後ろを振り返ると、部屋の入口のドアのところに
小さな女の子が立っていました。
女の子は目を大きく見開いて驚いているようでした。



・・・・あの子だ、やっと会えた!



男の子が女の子に近づくと、女の子が戸惑いながら話しかけてきました。



「どうして・・・・どうしてここにいるの?」



「とても会いたかったんだ」



「本当に・・・・?お化けなんじゃないの?」



「お化けなんかじゃない、本物だよ」



男の子が首を振って答えると、女の子は男の子にさらに近づきました。
そして右手で男の子の左手を握りました。



男の子のあたたかい手に女の子はさらに手を強く握りました。



「本物だ。とてもあったかい・・・・・」



女の子はそのまま男の子に抱きつきました。
男の子は驚いたまましばらくその場を動けませんでした。



しばらくして女の子が男の子から離れると、男の子に聞きました。



「どうやってここに入ってきたの?」



「サンタさんと一緒に入ってきたんだ。プレゼントを渡しに」



男の子がサンタさんの方を向くと、女の子もつられるようにサンタさんを見ました。



「サンタさんって・・・・・本物のサンタさんなの?」



女の子が信じられないというように男の子に聞くと、サンタさんがこう言いました。



「ああ。本物のサンタじゃよ。君が欲しかったプレゼントを持ってきたんじゃ。
ベッドの側に置いてあるじゃろう?」



女の子がベッドを見ると、赤いリボンがかけられている、大きな箱が置いてあるのが見えました。



女の子はベッドに行き、その箱を抱えるようにして持つとリボンをほどき始めました。
箱を開けると、大きくて白い、ふわふわした生地の耳が長いうさぎのぬいぐるみが姿を見せました。



「これ、私がずっと欲しかったうさちゃんのぬいぐるみだ・・・ありがとうサンタさん」



女の子はぬいぐるみを抱えて、サンタさんの方を振り返ると、サンタさんにお礼を言いました。



サンタさんは微笑みながら深く何度もうなづきました。



「そろそろ私は次の家にいかなくてはならない。ここでお別れじゃ」



サンタさんは窓をゆっくりと開けると、男の子はサンタさんを追うように近づきました。



「もう行っちゃうの?」



「ああ。でないと他の子供たちにプレゼントを配れなくなるからね。手伝ってくれてありがとう」



男の子は寂しそうに



「サンタさん、ありがとう・・・また会えるよね?」



「ああ。また来年、いい子にしていればまた会えるよ」



サンタさんは深くうなづいて、窓の外を見ると、トナカイがそりを引きながら目の前で止まりました。



サンタさんはトナカイの頭を軽く撫でて、後ろのそりにゆっくりと乗ると
男の子に向かって言いました。



「大好きな女の子に無事に会えてよかった。これは私からのもうひとつのプレゼントじゃ」



サンタさんは女の子に向かって魔法をかけました。



女の子の背中が光に包まれると、背中から大きな羽根が姿を現しました。
男の子と同じ、白くて大きな羽根です。



「それで2人とも楽しいクリスマスになるじゃろう。夜明けには魔法が溶けるから
それまでに家に帰るようにな」



「ありがとう!サンタさん・・・・・・・」



トナカイが動き出し、サンタさんを乗せたそりが出発すると
2人はその姿がなくなるまでずっと見送っていました。



「僕たちもそろそろ行こうか」



サンタさんの姿がなくなると、男の子は女の子に声をかけました。
女の子がうなづくと、男の子は右手で女の子の左手を握りました。



2人は同時に窓の外から夜空へと飛び立ちました。



しばらくの間、2人は夜空を飛び回りました。
女の子は最初は飛ぶのに慣れず、高さへの恐怖心から男の子の手をしっかりと握っていましたが
しばらくすると手を離して、自分から飛び回るようになりました。



無数の星がまたたく夜空に、2人は大きく羽根を広げながら手をつないで星と星の間を
通ってみたり、鬼ごっこで逃げる女の子を男の子が追いかけたり、幼稚園で覚えたダンスを
2人で踊ってみたりしました。



しばらく夜空を飛んでいると、はるか遠くに白い雲が見えてきました。



「あの雲までどちらが早く着くか競争しようよ」



男の子がそう言うと、女の子はうなづいて



「うん、ゴールはあの雲の上にしよう」



「うん分かった。それじゃ競争だ・・・・用意スタート!!」



2人はいっせいに飛び出し、競争を始めました。



男の子は全速力で雲へ向かって進んでいました。
しばらくして後ろを振り返ると、少し後ろに女の子の姿が見えました。



あの雲の上に着いたら、あの子が着くのを待って、好きだって言うんだ。



男の子はそう思いながら、前を向いて雲へと向かって行きました。



そして雲の中に入ると、雲の上に行こうと上に向かいました。



周りが薄暗くて何も見えない・・・・・・。



男の子はそれでも上に向かって進んで行きました。



ようやく男の子が雲の上に出ると、そこには女の子の姿がありました。
女の子の姿を見て、男の子はびっくりしました。
雲の中に入るまでは、女の子は男の子の後ろにいたので、自分より早く着かないだろうと
思っていたからです。



「え・・・・どうして?さっきまでは僕の方が早かったのに」



男の子が思わずそう言うと、女の子はこう言いました。



「雲の中に入って行くからよ。そのまま雲の上に行けば早く着いたのに」



「そんな・・・・・僕の方が早いと思ったんだけどな。僕の負けか」



男の子ががっかりしていると、女の子は次にこう言いました。



「それより見て。向こうにお月さまが出てるの・・・・とてもきれいよ」



男の子が女の子の言う方を向くと、遠くに明るい光を放った満月が見えていました。
金色に輝いている満月を見て、男の子ははっと気が付きました。



そうだ、ここで僕の気持ちを言わないと・・・・・・。



男の子はゆっくりと女の子に近づきました。



「今日はとても楽しかったね」



女の子の右隣に来ると、男の子はこう切り出しました。



女の子は男の子の方を向いて



「うん、一緒に遊べて楽しかった」



「僕も一緒に遊んで楽しかった・・・ずっと一緒に遊べたらいいのに」



「うん、また一緒に遊ぼうよ。一緒にいると楽しいから」



「僕も一緒にいると一番楽しいよ・・・・だって僕は、君のことが大好きだから」



男の子が思い切ってそう言うと、女の子はうなづいてこう答えました。



「うん、私も大好きだよ。だからまた一緒に遊ぼう」



その言葉を聞いた男の子は思わず聞き返しました。



「本当?本当に僕のことが好きなの?」



「うん、大好きだよ」あっさりと女の子は答えました。



「だって、今までいつも一緒にいて楽しかったんだもん・・・・だからとても大好きなの」



男の子はそれを聞いてとても嬉しくなりました。



男の子は嬉しくて、女の子にこう言いました。



「じゃ、また会ってくれる?」



「うん、それにまた近いうちに会えると思うよ」



「どうしてわかるの?」



「どうしてかは分からないけど、そんな気がするの」



女の子は満月を見ながら男の子の左手を握りました。



「あのお月さまのところまで一緒に行こう」



2人は大きく羽根を広げ、満月にだんだんと近づいて行きました。
満月の光がだんだんと大きくなって、2人の姿を包み込みました。



「朝よ・・・・朝よ、起きなさい」



男の子が目を覚ますと、目の前には母親の姿が見えました。



あ・・・・・あれ?さっきまであの子と一緒にいたのに・・・・・



男の子は一瞬何が起きたのか分かりませんでした。



男の子はゆっくりと起き上がって、窓の外を見ると、外はすっかり明るくなっていました。



あれは夢・・・・・?
さっきまでのは夢だったのか・・・・・・・。



男の子は今までのことが夢だと分かると、がっかりと肩を落としました。



男の子が着替えを済ませて、リビングに行くと、母親が電話で誰かと話をしていました。



母親と向かい合わせの椅子に座って、テーブルの上にある朝食を食べようとすると
母親がちょうど電話を終えて、テーブルに携帯電話を置きました。



母親は男の子の顔を見て言いました。



「最近隣町に引っ越した女の子いたでしょ?その女の子が今日こっちに来るんだって」



それを聞いた男の子は思わず顔を上げました。



「え・・・・?家に来るの?」



「親戚の家に行くんだけど、その帰りに家に寄るって・・・家に来る前にまた電話するって。
親戚の家がこの近くにあるみたいよ」



え・・・・・それじゃまたあの子に会えるんだ!



男の子は嬉しくなって、皿の上に乗っているパンを一気にほうばりました。
そして朝ご飯を食べ終わって、椅子から立ち上がると、母親が声をかけました。



「今のうちに自分の部屋、きれいに片づけなさいよ」



「うん、分かってるよ・・・・・ごちそうさま」



夢の中では言ったけど、もう一度言うんだ。あの子のことが大好きだって。



男の子はそう思いながら、自分の部屋へと戻って行きました。