大切なもの
翌日、トイヴォとヴァロはノエル達が住んでいる小屋で目が覚めた。
朝食後、しばらくしてオラヴィ達が仕事で小屋から出て行ってしまい
ノエルも学校があるからと小屋を出て行ってしまうと、2人はどうするか考えていた。
2人は寝室に入って、トイヴォがソファに座ると、昨夜レオに言われたことを
思い出していた。
どうしてあの猫は、女神像を放さないんだろう。
もしも、あの猫が僕だったら・・・・・。
トイヴォはレオに言われた通り、猫の立場で考え始めた。
誰かにイタズラをされたとか、いじめられていて、それで仕返しにやったのかな。
でも、それで村の大事なものを持っていくかな・・・・・。
トイヴォが考えていると、その近くでフワフワ浮いているヴァロが声をかけた。
「トイヴォ、何を考えてるの?」
「・・・・昨日のことを考えてたんだ」
トイヴォは顔を上げて、ヴァロの方を向いてそう言った。
「昨日のこと?・・・・あの大きな猫から女神像を取り返す方法を考えてるの?」
「いや、どうしてあの猫が女神像を持っていったのかを考えてるんだ」
するとヴァロはソファの上に降りてきた。
「それで何か分かったの?」
「まだはっきりとは分からないけど、猫は誰かに嫌なことをされたか、大切にしていた
ものを誰かに取られたか・・・・嫌なことをされたから、仕返しに女神像を持って行ったと思うんだ」
トイヴォの考えを聞いたヴァロはうなづいて
「うん、嫌なことをされたから、あの猫は怒って、村の大事な女神像を持って行ったんだと僕も思うよ」
「ヴァロもそう思ってるんだ」
「うん、でも・・・・・猫が大事にしているものって何だろうね?」
「僕もそれが分からないんだ」
トイヴォは困った顔をしながら、ヴァロと顔を見合わせた。
猫が大事にしているものは何だろう?
それがなくなったから、猫は怒って女神像を持っていったんだ・・・。
女神像があったのは集会所だから、もしかしたらそこに何か手がかりがあるかもしれない。
トイヴォはそう思うと、ソファからゆっくりと立ち上がった。
「どこに行くの?」とヴァロ
「女神像があった集会所に行こう。そこで何か分かるかもしれない」
トイヴォが部屋を出ていくと、ヴァロも続いて部屋を出て行った。
集会所に着いて中に入ると、レオが玄関へとゆっくり歩いてきていた。
「あ、レオさん・・・・・こんにちは」
レオの姿を見かけて、トイヴォが声をかけると、レオは大きくうなづいて
「ああ・・・トイヴォとヴァロか。集会所に何か用があって来たのかな?」と
2人に近づいてきた。
「はい、昨日レオさんが言っていたことをやってみたら、気になることがあって
ここに来たんです」
「気になること・・・・それはどんなことじゃ?」
「猫は何か嫌なことをされて、女神像を持って行ったんじゃないかと思うんです。
いじめられたか、大事なものを持って行かれたか・・・・でないと村の大事な女神像を
持って行くことはしないと思うんです」
それを聞いたレオは白いひげを触りながら
「ほう・・・・・それで、その猫が大事にしているものは何か分かったのかな?」
「分かりません。女神像がなくなった集会所に来れば、何か分からないかなと思って
ここに来ました」
「そうか・・・・・」
するとヴァロが2人に割り込むように間に入ってきて
「ところで女神像が置いてあった場所はどこですか?そこに行けば何かわかるかも
しれないので」とレオに聞いた。
レオはうなづいて
「それじゃ女神像があったところに案内しよう」と後ろを振り返った。
そしてさっきまで歩いてきたところを戻り始めると、あとの2人も後をついて歩き始めた。
レオに案内された場所は、昨夜歓迎会を行った場所だった。
「ここって・・・・昨日食事会をやったところだ」
フワフワと浮きながら、ヴァロは辺りを見回している。
レオは部屋の奥まで行き、色とりどりの花が飾ってある花瓶が2つ並んでいる場所で
足を止めた。
「ここが女神像が置いてあった場所じゃ」
レオが2人に声をかけると、トイヴォはその場所に近づいた。
そして見てみると、花瓶が2つ並んでいるが、間には女神像が置いてあったのか、広い隙間がある。
「花瓶と花瓶の間に女神像が置いてあったんですか?」
「ああ、そうじゃ」トイヴォの質問にレオはうなづいて答えた。
「いつもそこに女神像が置いてあって、村の人達がいつも摘みたての花を持って来ていたんじゃ。
今日も何人か花を持ってきてるみたいじゃな・・・・・・花瓶がもう花でいっぱいになってる」
レオに言われ、トイヴォは花瓶を見ると、すでに花瓶には村人達が持ってきたであろう花束で
いっぱいになっていた。
花瓶の口いっぱいに花が差し込んであり、もうこれ以上は入らないというほどだった。
そういえば、まだお昼前なのにもうこんなに花がいっぱい入ってる。
トイヴォは花瓶の口を見ながら猫のことを考えていた。
誰かあの猫を見ていないのかな。
誰かが見ていれば、いつ女神像を猫が持って行ったのか分かるのに。
トイヴォは花瓶から床に目を移すと、なにやらゴミのようなものが落ちていた。
拾ってみるとそれはふわふわしていて、なにかの植物をちぎったかけらのようなものだった。
「これ、何だろう・・・・」
トイヴォがそのかけらを持って、近くを飛んでいるヴァロに見せた。
「どうしたの?何か落ちてたの?」
ヴァロがトイヴォに近づくと、後ろで声が聞こえてきた。
「こんにちは・・・・・そこで何をしているんですか?」
トイヴォとヴァロが後ろを振り返ると、そこには昨日会ったクリーム色の帽子をかぶった男性がいた。
「こ、こんにちは」
クリーム色の帽子をかぶった男が近づいてくるのを見て、トイヴォは頭を下げて挨拶をした。
「トイヴォさんでしたか。そこで何をしているんですか?」
クリーム色の帽子の男がトイヴォの前まで来ると、そこにレオが割り込んできた。
「なくなった女神像があった場所をトイヴォに教えていたんじゃ」
「そうだったんですか・・・・レオさんはもう今日は学校は終わったんですか?」
「ああ、後は自由時間にしたんじゃ」
「ところで、昨日のことなんですけど」トイヴォがクリーム色の帽子の男に話しかけた。
「女神像がまだあった時、あの猫がここにきているのを見ましたか?」
「昨日の今頃の時間だったかな・・・・・」
クリーム色の帽子の男は考えながら昨日のことを思い出してトイヴォに言った。
「そういえば、昨日は掃除に来ていた人がここにいて、ここを掃除する前にあの猫を見たよ」
「掃除?」
「はい、ここには週3回ほど町から掃除をしに来ている人がいて、昨日がちょうどその日だったんです」
「掃除って・・・この村の人がやってるんじゃないの?」とヴァロ
「村長も私もいつも忙しくて・・・・他の人達は作業場でみんな仕事をしているので、頼みづらくて
仕方なく町から来てもらっているんです」
それを聞いたトイヴォは
「それで・・・・・昨日はその掃除の人から何か聞いてませんか?」
「掃除をした人から・・・・・そういえば」
クリーム色の帽子の男が話している途中で何かを思い出したのか、はっと気が付いて次にこう言った。
「掃除をしている時に、女神像の近くで猫がある草で顔を撫でていたって・・・・・」
草と聞いたトイヴォは、手に持っている植物のかけらを見た。
「もしかしたら・・・・・これのことですか?」
トイヴォはクリーム色の帽子の男にかけらを見せると、クリーム色の帽子の男はそれを見て
「それはどこで・・・・・」
「さっき、花瓶の近くに落ちていたので拾いました」
するとレオはそのかけらを見て
「ああ・・・・・たぶんそれが猫が持っていたものじゃろう。いわゆる猫じゃらしっていうものじゃ」
「猫じゃらし?」とトイヴォ
「ああ、猫が大好きなものじゃ。たぶんここでその猫じゃらしで遊んでいたんじゃろう」
レオはトイヴォが持っているかけらを見ながらこう推測した。
トイヴォがレオにそのかけらを渡すと、レオはかけらを触ったとたんこう言った。
「それにこれは相当気に入っていたんじゃろう・・・・すっかりボロボロになってる」
トイヴォはそれを聞いてはっと気が付いた
「じゃ、それが猫が大事にしていたもの・・・・・・」
「そうかもしれないな」
レオはかけらを見ながら続けてこう言った。
「ここにかけらがあるということは、その掃除をした人が残りを持っていったことになるかもしれない。
この植物をその掃除の人が片付けたかもしれないのう・・・・」
「もしかしたらその猫じゃらしを置いて、猫が離れた間に掃除の人が片付けてしまった。
戻ってきたらなくなってたから、猫は怒って女神像を持って行った・・・・・」とヴァロ
「掃除の人がこの植物を持っていくのを見ましたか?」
トイヴォがクリーム色の帽子の男に聞くと、男は首を振って
「いいえ、見ていません・・・・・私はすぐここから離れてしまったので」
「なら、ゴミ置き場はどこにあるか分かりますか?この植物があるかどうか確かめたいんです」
「ゴミ集積場の場所なら、私でも分かるぞ」レオはかけらをトイヴォに返した後、続けてこう言った。
「その猫じゃらしがあるかどうか、今すぐ見に行こう」
レオが部屋を出ようと歩き始めると、トイヴォとヴァロも後を追うようにその場を去った。
集会所の裏側から少し離れたところに、そのゴミ集積場はあった。
木製の箱が何個か置かれていて、トイヴォが箱の中を見ると、大きな紙袋が何個が置かれていた。
トイヴォが紙袋のひとつを開けようとすると、後ろからレオが止めた。
「その箱の中は、それぞれ分別されているんじゃ・・・・それは燃えないゴミ置き場だから
そこにはないと思う」
トイヴォは袋を開けるのを止めて、後ろを振り返ると隣の箱にいるヴァロが
「あ、ここが燃えるゴミみたい。中に紙が入ってるよ」と紙袋の中身を見ている
それを聞いたレオは首を振って
「いいや、そこは紙ゴミじゃ・・・・確かその隣が燃えるゴミだったと思う」
「違うんだ・・・・じゃその隣の箱から紙袋を全部出してみよう」
トイヴォはヴァロのさらに隣にある箱のところに行くと、中にある紙袋のひとつを取り出した。
3人は燃えるゴミが置いてある箱の中から、紙袋を全部外に出すと
紙袋の中に猫じゃらしが入っていないかを探し始めた。
紙袋の中身をひとつずつ外に出して、中身を確認しながら紙袋に入れていく。
確認が終わったものは箱に入れて戻していく。
3人は黙ったまま、作業を続けていた。
しばらくして何袋かを箱に戻し、トイヴォは次の紙袋を開けた。
中身を見ると、一番上に何か植物のような茎や小さな種のようなものがばらばらと散らばっている。
「あ・・・・・・もしかしたらこれかもしれない」
トイヴォがそう言うと、ヴァロとレオが近づいて紙袋を覗き込んだ。
トイヴォは集会所で拾った植物のかけらをズボンのポケットから出すと、紙袋に入っている
植物らしきものと見比べた。
レオはそれを見て
「確かに、それじゃ・・・・・ボロボロになっている辺りがそっくりじゃ」と手を紙袋に入れた。
そして乾いた植物を取り出すと、それをトイヴォが持っているかけらの隣に並べた。
ヴァロは2人が持っている植物を見比べて
「本当だ。トイヴォが持っているかけらのところが、こっちだと欠けてる」
「これであの猫が持っている猫じゃらしが見つかりましたね。これを猫に持って行けば女神像を返して
もらえますか?」
トイヴォの言葉に、レオは首を振った。
「いいや、これだともうすっかりバラバラになっているから、返しても機嫌はよくならないじゃろう」
それを聞いて、トイヴォは少しがっかりした顔でつぶやいた。
「それじゃ、どうすれば・・・・・・」
「新しい猫じゃらしを持っていけばいいんじゃよ」
レオは持っていた植物を紙袋の中に戻した。
「それはどこにあるんですか?」
「この先にある丘にたくさん生えているよ。一緒に取りに行こう」
レオに案内され、トイヴォとヴァロは森の中を歩いていた。
レオの後ろを歩いているトイヴォは辺りを見回すと、辺りは緑に生い茂ったたくさんの木々があった。
辺りには小鳥達がいるのか、鳥のさえずりが聞こえている。
木々の間から、太陽の光が射し込み、光が当たっているところは暖かそうな感じになっている。
太陽の光が細く降りているのを見たトイヴォは、神秘的なものを感じながら歩いていた。
しばらくすると、道は登り坂に差し掛かった。
「この先に丘がある・・・・もう少しじゃ」
レオはゆっくりと登りながら後ろにいる2人に声をかけた。
さらにしばらく登っていくと、レオはゆっくりと立ち止まった。
そして後ろを振りかえり、2人の姿が見えると、レオの後ろはすぐ丘なのか、太陽の陽射しが当たっている。
トイヴォにはレオの背中が逆光で光って見えた。
「着いたぞ・・・・この先が丘じゃ」
レオがそう言って、丘の方を振り返ると、ゆっくりと前に進んで行った。
レオに続いてトイヴォが前を歩いていくと、森の木々が途切れて、光が広がっている明るい場所に出た。
そこは辺り一面何もない、きれいな草原が広がっていた。
トイヴォが顔を上げると雲ひとつない、大きくて青い空が一面に広がっている。
3人の周りには一面緑のいろんな植物が地上から生えて広がっている。
「こんなに何もなくて広くて、きれいな青空が見えるところは初めてだ」
ヴァロが辺りを見回しながらフワフワと飛んでいると、トイヴォはレオに聞いた。
「猫じゃらしはどの辺にあるんですか?」
「そうじゃな・・・・」レオは辺りをゆっくりと見回しながら言った。
「この辺りなら、どこにでもありそうな感じがするが・・・・・」
「探してみます」
トイヴォは辺りを見回して、猫じゃらしがないか探し始めた。
しばらくすると、トイヴォは少し離れた場所に人が立っているのを見つけた。
その人は動こうとせず、ただ遠くをじっと見ているように見えた。
トイヴォが猫じゃらしを探しながらだんだんと近づいていく。
近くまで来て誰か分かると、トイヴォは少し驚いた。
それは学校に行っているはずのノエルだった。
「ノエル?」
トイヴォは後ろから声をかけると、ノエルはゆっくりとトイヴォの方を振り向いた。
後ろにトイヴォがいるのが分かると、ノエルは平然と答えた。
「・・・・ああ、トイヴォじゃないか。何をしているの?」
「ノエルは何をしているの?学校に行ってたんじゃ・・・・・」
「学校はもう終わったんだ」ノエルはそう言って、前を向いた。
「本当は自由時間なんだけど、その時間はいつもここでこうして空を見てるんだ」
すると2人の後ろから、さわやかな風が吹いてきた。
風に揺れて、ザワザワと周りの植物の葉がこすれている音が聞こえている。
「ここは本当にいいところだね、きれいな青空が見えるし、自然もいっぱいあるし」
トイヴォが声をかけると、ノエルはうなづいた。
「うん、ここは本当にいいところだよ。それにここは僕が好きな場所なんだ」
「どうして?」
「・・・・ここは僕がまだ小さい頃、母親によく連れてきてもらったんだ」
ノエルはポツリとトイヴォに言った。
「今日みたいな天気がいい日は、家から食べ物を持ってきて、ピクニックに来ていたんだ。
いろんな思い出がある場所なんだ」
「そうなんだ・・・・・楽しい思い出があるから、ノエルはこの村から離れたくないんだね」
トイヴォの言葉にノエルは黙ってうなづいた。
2人はしばらく青空を眺めていたが、黙っていたノエルが口を開いた。
「・・・・本当はこの村で、親と一緒に暮らしたいんだ。でも、親の都合でそれができない。
僕はあの町には行きたくない。だから別々に暮らすしかないんだ・・・・・・」
「ノエル・・・・・」
トイヴォは何かを言おうとしたが、途中で止めて黙ってしまった。
本当はノエルは寂しいんだ。1人で我慢してるんだ。
なんとかできないのかな・・・・・・。
するとそこにヴァロが2人の姿を見つけて近づいてきた。
「あれ、ノエル・・・・・それにトイヴォも、ここで何をしてるの?」
「あ・・・・ヴァロか。そ、空を眺めてたんだ」
ヴァロの姿を見て、トイヴォは少し慌ててそう答えた。
「ところで猫じゃらしは見つかったの?レオさんも探しながらこっちに来てるよ」
「あ・・・・そうだった。まだ見つかってないよ」
「え、猫じゃらしを探してるの?」
ノエルはトイヴォに向かって聞くと、トイヴォはうなづいて
「レオさんがこの辺りにあるって言うんだけど、猫じゃらしってどこにあるか知ってる?」
「猫じゃらしって・・・・猫が好きなあの猫じゃらしのことを言ってるの?」
「うん。詳しいことは後で話すから、一緒に探してくれる?」
「分かった・・・・確か、もっと下の方にあったかな」
ノエルは丘を下り始めると、トイヴォとヴァロも後に続いて下り始めた。
丘を下り、3人で猫じゃらしを探していると、後ろから声が聞こえてきた。
「こんなところにいたのか・・・・ずいぶんと下の方まで来たな」
「あ、レオ先生・・・・・」
ノエルがレオの姿を見つけてそう言うと、トイヴォは驚いた。
「え、レオさんって、君の学校の先生なの?」
「そうだよ」ノエルはうなづいた。「子供は僕1人しかいないから、学校でも1人だけど」
「あ、ノエルじゃないか・・・・小屋に帰っていなかったのか?」とレオ
「は、はい・・・・戻っても僕1人しかいないので、ここで寄り道をしてました」
「今さっきばったり会って、一緒に猫じゃらしを探してもらってるんです」
トイヴォは周りの植物を見ながら、レオにそう言った。
すると少し先のところに、トイヴォが集会所で見た植物のかけらと似たふわふわしたものがあった。
なんだかふわふわしてる・・・・集会所で見たものとそっくりだ。
トイヴォはそのふわふわしたものを手を伸ばして触ってみた。
ふわふわしたものがトイヴォの手を包むように触れている。
何だろう。触っててとても気持ちいい。
猫が顔に当ててたっていうもの分かる気がするな。
しばらく触っていると、後ろからレオの声が聞こえてきた。
「どうやら見つけたようじゃな・・・・・」
トイヴォは後ろを振り返ってレオの姿を見つけると
「これが、猫じゃらしですか?」と聞いた。
レオは大きくうなづいて
「ああ、それが猫が好きなものじゃ」
「あ、この辺りみんな同じものが生えてるよ」
ヴァロがレオの後ろで猫じゃらしを見つけると、レオはこう言った。
「それじゃ、きれいなものを探して、持って帰るとしよう」
トイヴォ達はきれいな猫じゃらしをひとつ選んで、トイヴォが茎を折ると、それをレオに渡した。
レオはもらった猫じゃらしを見ながら
「これはきれいな猫じゃらしじゃ・・・・これならあの猫も気に入るだろう」
「それはそのまま猫に渡せばいいの?あんなに大きい猫だからそれだと小さすぎるんじゃないの?」
ヴァロが猫じゃらしを見ながら聞くと、レオは首を振って
「いや、これはそのままでいいんじゃよ。その方がいいんじゃ」
「どうして?」
「大きくなっているのは機嫌が悪い今だけだからじゃ・・・・」
「それじゃ機嫌が良くなれば、猫の体が小さくなるんですか?」とトイヴォ
「それは行ってみれば分かることじゃ」
レオは猫じゃらしをトイヴォに渡した。
「さあ、今からあの大きな猫のところへ行って、それを渡してこよう」
トイヴォ達は丘から戻ってくると、そのまま作業場の裏側へと向かった。
裏側に着くと、階段の3段目のところに大きな猫が、階段を塞ぐような形で寝そべっている。
その数段上には、女神像が置いてあった。
「どうすればいいですか?そのまま渡せばいいですか?」
トイヴォは猫を見ながら後ろにいるレオに聞いた。
「まだ体が大きいままじゃな・・・・まだ機嫌が直ってないようじゃ」
レオは猫を見て、大きさからまだ猫の機嫌が直ってないと判断した。
そしてトイヴォに向かってこう言った。
「ゆっくり、様子を見ながら行くんじゃ。その猫じゃらしがよく見えるようにな」
トイヴォは持っている猫じゃらしを猫に見せるように、前に出した。
そしてゆっくりと階段の方へ歩き始めた。
トイヴォが近づいてきているのに気が付いたのか、猫はゆっくりと体を起こした。
そしてその場で立ち上がり、トイヴォの様子をじっと見ている。
やっぱりまだ機嫌が悪そうだ。
立ち上がってじっとこっちを見てる。
トイヴォは猫がこっちを見ていると分かると、急に不安になった。
猫じゃらしを渡して、もし機嫌が直らなかったらどうしよう・・・・。
すると後ろでレオの声が聞こえてきた。
「大丈夫じゃよ」
トイヴォがその声に驚いて、思わず体がびくっとした。
後ろを振り向くと、すぐそばにレオがついてきていた。
「レオさん・・・・・びっくりするじゃないですか。一緒に来ていたんですか」
「1人だと不安そうだったからついてきたんじゃ」
レオは階段の猫を見ながらトイヴォに言った。
「大丈夫じゃ。そのきれいな猫じゃらしを渡せば、きっと機嫌がよくなる・・・ゆっくり渡すんじゃ」
ゆっくりと近づきながら、トイヴォとレオはようやく階段の前まで来た。
トイヴォはじっと見ている猫に向かって、猫じゃらしを持っている右手をゆっくりと差し出した。
トイヴォの後ろからレオが猫に向かって話しかけた。
「お前の好きなものを勝手に持っていって悪かった・・・新しい猫じゃらしじゃ。受け取ってくれるか?」
猫はトイヴォが持っている猫じゃらしを見ると、階段をゆっくりと降りてきた。
そして右の前足を前に出し、新しい猫じゃらしに触れると、気持ちよさそうな泣き声を出した。
トイヴォが猫の姿を見ると、猫の体が突然光り出した。
うわっ・・・・・ま、まぶしい。
トイヴォは一瞬目をつぶったが、すぐ目を開けると信じられない光景を目にした。
猫の体がだんだんと小さくなり始めたのだ。
え・・・・ど、どうなってるんだ・・・・?
トイヴォは戸惑いながら、何も言えずに猫をじっと見つめている。
そして猫の体から光が消え、すっかり小さくなってしまうと、猫はトイヴォが持っている猫じゃらしを素早い動きで
さっと奪うように持って行ってしまった。
トイヴォは何が起こったのか何も言えず戸惑っていると
後ろでレオが話し始めた。
「どうやら、あの猫は新しい猫じゃらしが気に入ったようじゃ」
「レオさん、これはどういうことですか?」
トイヴォはレオに聞くと、レオはうなづいて
「あの猫は昔からこの村に棲みついていてな。どこから来たのかは分からないがこの村に迷い込んできたんじゃ。
私がまだ若かった頃からこの村にいる不思議な力を持った猫じゃ」
「あの猫は魔法が使えるんだ」
2人のところにノエルが近づきながら、レオの話に付け加えるかのように言った。
「だから体の大きさも変えられるし、みんなが被っている帽子も魔法がかかってるけど、あの猫に魔法を
かけてもらってるんだよ。帽子を作った時にね」
「だから帽子の大きさがぴったりなんだ」
ノエルの話を聞いて、ヴァロは納得しながらみんなのいるところに来た。
レオはみんなの少し後ろで、猫じゃらしで遊んでいる猫を見ながらこう言った。
「それにあの猫は言葉が話せるんじゃ。我々の言っていることも分かるんじゃよ」
「え・・・・言葉を話せるんですか?」
それを聞いたトイヴォは驚いて、後ろにいる猫を見た。
「ああ、信じられないじゃろうが・・・・・機嫌がいい時に話しかけると話してくれるんじゃよ。
私とは付き合いが長いから、時々じゃが話をしてくれる」
「今は機嫌がいいみたいだから、話しかけてみたら?」
ヴァロがトイヴォに言うと、トイヴォは信じられないというように猫を見ながらも
「ちょっと信じられないけど、話しかけてみるよ」と猫のところに行った。
トイヴォはゆっくりと猫に近づいた。
すっかり新しい猫じゃらしが気に入ったのか、猫じゃらしで顔を撫でている。
「すっかりそれが気に入ったみたいだね。よかった・・・・とても気持ちよさそうだね」
トイヴォが腰を下ろして猫に話しかけてみるが、猫はおかまいなしで黙ったまま顔を撫で続けた。
猫が無反応だったので、トイヴォは少し寂しそうに立ち上がると、ヴァロがこう言った。
「村の人じゃないから、話さないのかな・・・・なんだかちょっと寂しいね」
「寂しいけどしょうがないよ」トイヴォは階段にある女神像に目を向けた。
「女神像を集会所に持って行こう。村長さんにも知らせないと」
「そうだね、持って行こう」
トイヴォとヴァロは階段の方へと歩き始めた。
階段を上り、女神像を持って階段を下ると、トイヴォは女神像に傷がないかどうか確認した。
女神像の隅々まで見るが、傷は不思議とひとつも見当たらなかった。
よかった。どこにも傷がない。爪でひっかいた傷があるかと思ったけど。
傷がどこにもないと分かると、トイヴォはほっとした。
トイヴォは女神像を両手で抱えるようにして持つと、ゆっくりと歩き始めた。
それを見守るようにあとの3人がトイヴォの周りをゆっくりと歩いて行く。
トイヴォが猫の横を通り過ぎた時、どこからか聞き覚えのない声が聞こえてきた。
「ありがとう」
え・・・・・・?
トイヴォはそれを聞いて戸惑いながら後ろを振り返ったが、あとの3人は聞こえなかったのか
平然とゆっくり歩いていた。
次の日、トイヴォとヴァロは列車に乗るため駅にいた。
次の町へ行くため、この村を出ることにしたのである。
ホームに緑色の列車が到着すると、トイヴォとヴァロは列車に乗り込んだ。
そしてホームには、2人を見送ろうとノエルとレオ、そして村長とオラヴィをはじめ他の村人達が
見送りに来ていた。
2人は席を見つけて、窓を開けると、そこにはノエル達がいた。
村長はトイヴォに
「女神像を無事に取り戻してくれて、ありがとう・・・・もう少しゆっくりして下さればいいのに」
「は、はい・・・・・」
村長に握手を求められ、握手をしながらトイヴォは戸惑いながら言った。
するとその隣でレオが
「トイヴォ、早く母親が見つかることを祈っているよ。気をつけてな」
「レオさん、ありがとうございます」
するとヴァロがトイヴォに
「この村を出るんだったら、被っている帽子を返さなきゃいけないんじゃない?」と頭にかぶっている帽子を取ろうとする。
トイヴォも気が付いて、帽子を取るとそれを見たノエルは
「それは返さなくていいよ。まだ被ってて・・・・・この村に来た記念にとっておいてよ」と首を振った。
トイヴォは帽子をノエルに差し出しながら
「え・・・・でも、これは大事な帽子なんじゃないの?」
「次の町に行くんだったら、帽子は被った方がいいよ・・・そこでも帽子を被ってないとよそ者だと追い出されるから」
すると村長もうなづきながら
「この列車は外の世界までは出れないんじゃ・・・・次の町からは外に出る列車が出ているはずじゃ。
だからしばらくの間、その帽子は被っておいて欲しい」
「・・・分かりました」
トイヴォは帽子を列車の中に戻すと、再び頭に帽子を被った。
帽子がトイヴォの頭のサイズにぴったり合った時、列車が発車するベルの音が鳴った。
そして列車がゆっくりと動き始めると、ノエルが後を追い始めた。
「トイヴォ、ヴァロ、元気でね・・・・・・」
「ノエル、また村に来るよ・・・・元気でね」
ノエルが手を大きく降ると、トイヴォは席から立ち上がって、窓の外に向かって手を振った。
ホームの端まで来ると、ノエルは立ち止まった。
そして2人が乗った列車の姿が見えなくなるまで、ずっと見送っていたのだった。