サクリファイス

 


トイヴォは車窓から外を眺めていた。
車窓からは森の緑がずっと続いていて、緑の波が次から次へと押し寄せているようだった。



まだ町には着きそうにないな・・・・・。



トイヴォは向かいの席を見ると、ヴァロは席に座ったままぐっすりと眠っている。



さっきまであんなに騒がしかったのに、急に静かになったと思ったら寝てるのか。



トイヴォは顔を再び車窓の外に向けた。



町までどのくらいで着くのか聞いてなかったな・・・・・。
駅でノエルに聞いておけばよかった。



トイヴォはそう思いながら、車窓の外の景色を眺めていた。
そしていつの間にかトイヴォも深い眠りに落ちていった。



しばらくしてトイヴォが目覚めると、辺りの景色が変わっていた。
辺りは一面、何もない草原になっていて、トイヴォはその中に1人立っていた。
トイヴォは辺りを見回してヴァロを探すが、ヴァロの姿は見当たらない。



ここはどこなんだろう?
どうしてここにいるんだろう?



トイヴォは戸惑いながら辺りを見回していると、後ろから誰かの声が聞こえてきた。
トイヴォは後ろを振り返ると、かなり遠くから女性らしき声が小さく聞こえてきた。



・・・・トイヴォ、トイヴォ!



誰かが僕の名前を呼んでる。



トイヴォは声のする方へ歩き出した。



しばらく歩いていくと、遠くに丘があるのが見えてきた。
丘の上に、誰かが立っている姿が見えると、トイヴォは誰なのか目をこらして確認しようとした。



・・・・ダメだ。遠すぎて誰なのかはっきり分からない。
もう少し近くまで行かないと。



すると再び丘の方から声が聞こえてきた。



・・・・トイヴォ、・・・・・・トイヴォ!



また僕の名前を呼んでる。
あの丘の上から・・・・・・。



すると急にトイヴォは思い出したようにはっと気が付いた。
そして丘に行こうと、ゆっくりと走り出した。



あの聞き覚えのある声・・・・・・もしかしたら母さんかもしれない!



丘の上にいるのは母親なのか、確かめようとトイヴォは足を速めて全速力で走り始めた。
だんだんと丘へ近づいているが、姿がぼやけていて母親なのかはっきりとは分からない。



こんなに近づいているのに、まだ誰なのか姿がはっきり見えないなんて。



すると丘の上にいる女性は、トイヴォに背を向けて歩き始めた。
丘を降りようとしているように見えるが、トイヴォがいる方向とは反対側に行こうとしている。



待って・・・・・あともう少しで丘に着くのに。
行かないで、行かないで母さん!



トイヴォが今にも丘に向かって叫ぼうとすると、また後ろから声が聞こえてきた。



トイヴォ、トイヴォ!



トイヴォは後ろを振り返った。



「トイヴォ、トイヴォ!」
トイヴォがはっと気が付いて目覚めると、目の前にはヴァロの姿があった。
「あ、あれ・・・・・ここは?」
トイヴォは状況を把握できずに戸惑っている。
「ここは?って、列車の中だよ。トイヴォ寝ぼけてるの?町に着いたよ」
ヴァロの言葉にトイヴォは辺りを見回すと、そこは列車の中だった。
列車は既に止まっていて、車窓から外を見ると、駅のホームに人が歩いているのが見える。



列車の中・・・・・あれは夢だったのか。



トイヴォはゆっくりと席から立ち上がると、ヴァロと一緒に列車を降りようと歩き始めた。



列車から降りて、駅の改札口へ歩いていくと、改札口の手前で1人の老人が声をかけてきた。
「すみません、トイヴォさんですか?」
「は、はい・・・・・そうですけど」
トイヴォが老人を見て答えた。
すると茶色の帽子をかぶり、白くて長いヒゲをたくわえた老人は微笑んでこう言った。
「間に合ってよかった・・・・・もう外に出たんじゃないかと思って探していたところじゃった」
「ところで、あなたは・・・・?」
「ああ、私はこの町の町長をしているラウリです・・・・村長のオンニから話を聞いて
こっちに向かっているというので、ご挨拶しようと思いましてな」
「は、はい・・・・・」
トイヴォは戸惑いながら町長と握手をすると、ヴァロも続いて町長と握手をした。



ヴァロとの握手が終わると、トイヴォは町長にこう聞いた。
「ところで、村長さんとはお知り合いなんですか?」
「オンニとは昔からの友人でしてな。小さい頃は村でよく一緒に遊んだ仲じゃ。
オンニからこの町を案内するように頼まれて、こうして迎えに来たんじゃ」
「そうだったんですか。ありがとうございます」
「それじゃ、外に出ましょうか・・・・この町を案内しましょう」
町長が改札に向かって歩き始めると、トイヴォとヴァロも続いて歩き始めた。



トイヴォとヴァロが駅を出て、辺りを見回すと、村との景色の違いに驚いた。
目の前には大きな銅像が立っている。
銅像の周りは道路になっていて、自動車や自転車がたくさん行き来しているのが見える。
さらにその道路沿いには、大きくて高い高層ビルがいくつも並んで建っている。



これがノエルが言っていた町なんだ・・・・・。
村とは全然違う。



トイヴォがそう思いながら辺りを見回していると、ヴァロが町長に聞いた。
「目の前にあるあの大きな銅像は、もしかしたら女神像なの?」
「そうじゃ」と町長は答えた。「村でも女神像を見たのか?」
「うん、とても小さかったけど、・・・・ここの女神像はとても大きいね」
「女神像はこの町のシンボルだからのう・・・それに駅前にあるから待ち合わせ場所にもなっている」
「どうしてこの町は女神像を大事にしているんですか?村でも同じ女神像がありましたけど」
トイヴォが町長に聞くと、町長は女神像を見ながら話を始めた。
「昔、我々の祖先がこの地に来た時は、ここは長年の戦争で荒れ地になっていたそうじゃ。
そこでなんとかしようと1人でこの地を開拓し始めた。畑を作ったり、水を確保するために
池を作ったり・・・・・そんな時に大きな嵐がやってきて、せっかく作ってきた畑や池が壊されてしまった。
その時、ご先祖様のやってきたことを空からずっと見ていた女神様が降りてきてご先祖様を励ましたそうじゃ。
女神様はそれだけではなく、壊れた畑や池を元通りに治してくれた。
ご先祖様は女神様に感謝しながら崇拝し、開拓を進め、今の村の原型を作ったそうじゃ」
「そうだったんですか・・・・・・それで、どうして村と町に分かれてるんですか?」
「今の形になったのは、私がまだ若い頃・・・・当時はまだここは未開拓の地じゃったから
 当時の村長がこの地の開拓をしようとしたのが始まりだったような気がする。
 当時の村は人が多くて、住む場所も狭くて大変じゃったからのう」
「それで多くの人が、こっちに移って来て・・・・今の町になったんですね」
「そうじゃ。人も多くなって、技術も発達して・・・今は少し騒がしいところだがいい町じゃ」



トイヴォは辺りを見回すと、ほとんどの建物に灯りがついているのに気がついた。



おかしいな、まだ夕方でもないのに、灯りがついてる。
それになんだかとても薄暗いし・・・・・曇ってるからなのかな。



トイヴォは空を見上げると、空は雲ひとつないのにもかかわらず、どんよりと薄暗い色をしている。



村ではあんなに天気よかったのに・・・・・・。
それに何か霧みたいなのがかかってるような気がする。



そう思っていると、隣でヴァロがふわふわと浮きながら声をかけてきた。
「なんかここに来てから、天気が悪くなったような気がするけど・・・・
それに何か空気が悪い気がするけど、気のせいなのかな」
「空気が悪い?」
「うん、さっき女神像の近くまで行ってみたんだけど、なんか汚いものを吸っているような気がするよ。
それにセキが出るんだ」
「セキが・・・・・?」



その時、後ろで自動車が数台、トイヴォ達の目の前を通り過ぎた。
自動車の排気口から黒い煙が出て、トイヴォのすぐそばまで広がってきた。



うわっ・・・・・臭くて苦しい。なんて汚い煙を出す車なんだ。



黒い煙に覆われたトイヴォとヴァロは苦しそうにセキをしながら、両手で口を覆った。



黒い煙がようやく消えると、町長はトイヴォに声をかけた。
「少し歩いたところに大きな時計台があるから、そちらに行ってみましょう」



町長の案内で時計台に向かって、3人でしばらく駅前を歩いていると、突然辺りが薄暗くなった。
辺りの建物の灯りがいっせいに消えたのだ。



いきなり灯りが消えた・・・・停電?



トイヴォが辺りを見回していると、ヴァロも辺りを見渡しながら
「いきなり灯りが全部消えてる・・・・どうなってるんだろう?」とふわふわと飛び回っている。
町長は建物の灯りが消えているのを見て
「これは・・・・また停電か。これはなんとかしなくてはいけないな」と小さくつぶやいた。
それを聞いたトイヴォは町長に
「町長さん、停電はしょっちゅうあるんですか?」
「最近、しょっちゅうというか・・・・・数日に何回かあるんじゃ。今日はこれで2回目じゃ。
なんとかしなくてはいけないと思っているんじゃが・・・・」
町長がトイヴォに話していると、後ろからクラクションの鳴る音が聞こえてきた。



クラクションの鳴った方向へ町長が顔を向けると、右側の道路に1台の黒い車が止まった。
そして車の運転席から、黒い帽子を被った男が出てくると、町長が声をかけた。
「遅かったじゃないか・・・・・また渋滞に巻き込まれたかと思って、先に歩いていたところじゃ」
「すみません、町長・・・・駅前は相変わらず渋滞していて遅くなりました」
黒い帽子の男が町長に頭を下げると、町長はいいよというように
「それより、また停電じゃ・・・・どうなっているのか今から発電塔に向かうことにしよう」
「分かりました」
黒い帽子の男が車に戻ると、町長はトイヴォに向かってこう言った。
「もしよろしければ、発電塔に案内しましょう・・・・発電塔もこの町の技術が詰まっている塔じゃ。
一緒に車に乗って行きませんか」
「分かりました。一緒に行きます」
3人が車に乗り込むと、車はゆっくりと動き出した。



車は建物が立ち並んでいる町の中心部から、かなり離れた町はずれの場所に来た。
辺りは建物がなく、平地がずっと続いている。



村でオラヴィが言っていた通りだ・・・・ここは何もないのに、緑がひとつもない。
ずっと空地が続いているのに。



トイヴォがそう思いながら車の窓の外を見ていると、前の助手席に座っている町長がこう言った。
「前に見えているのが発電塔じゃ・・・・」
トイヴォが前を向くと、車のフロントガラスには数メートル先に高く、大きな鉄塔のような建物が見えた。



発電塔の前に着き、トイヴォとヴァロが車を降りると、町長の後に続くように発電塔の中に入った。
中に入ると、広い空間になっていて、奥の方では白い服、白い帽子を被った人達が慌ただしく動き回っている。



辺りは真っ暗なのに、この建物の中だけ灯りがついてる。どうしてなんだろう?



トイヴォがそう思いながら辺りを見回していると、ヴァロも同じことを考えていたのか町長に聞いた。
「まわりは暗いのに、ここだけ灯りがついてる・・・・どうして?」
町長は後ろを振り返り、灯りがついている天井を見上げながら答えた。
「停電の時のために、緊急用の自家発電があるんじゃ。何かあった時にも対応できるようにしてあるんじゃよ」



町長は2人を連れて、奥へと移動すると、部屋に入るドアの前で止まった。
町長は近くを歩いている1人の男に声をかけた。
「あの2人はこの部屋にいるかな?停電の件で来たんじゃが」
「あ、町長・・・・・・はい、今停電対応中だと思います。ドアを開けましょうか」
「ありがとう」
男が服の右ポケットからカードを取り出すと、ドアの横にあるカードリーダーのような機械にカードをかざした。
カチャっという音が聞こえると、町長はドアノブに手をかけてドアを開けた。
町長が部屋の中に入ると、トイヴォとヴァロも続いて中に入っていった。



部屋の中に入ると、そこには白い服、帽子を被った2人の姿があった。
2人の後ろには大きな機械らしきものが置いてある。



「あ、町長さん・・・・・・こんにちは」
町長の姿を見て、少し慌てるように男性が挨拶をした。
「こんにちは。エルメリさん・・・・ユリアさんも一緒ですな」
町長は男性に挨拶をすると、隣にいる女性を見てこう言った。
そして続けて
「ところで最近、町の停電がたて続けに起きているようじゃが・・・・何か問題でもあるのかな?」
「は、はい」エルメリは戸惑いながらうなづいた。「ちょっと深刻な問題がありまして」
「深刻な問題?」
「もうそろそろあの原料が・・・・・・」
エルメリがそう言いかけると、町長の隣にいるトイヴォとヴァロの姿が目に入った。



「町長、隣にいる方達は・・・・・お客様ですか?」
ユリアがエルメリの様子を見計らったように町長に聞いた。
「ああ・・・・・村から来たお客さまだ。発電塔の内部を見学させようと思って連れてきたんじゃ」
「村から来たんですか。初めまして・・・町の電気の開発と研究をしていますユリアです」
ユリアがトイヴォに近づいて挨拶すると、エルメリもトイヴォに近づき頭を下げて
「同じく、エルメリと言います・・・・発電塔にようこそ」とトイヴォと握手をした。



「この2人は町の電気を管理しているんじゃ。最近町に住む人が多くなったせいで電気の消耗がすごく激しい。
だからこの2人に今後の電気をどうするか研究をしてもらっているんじゃ」
町長がトイヴォに説明をしていると、トイヴォはエルメリに
「そうなんですか。すごい研究をしているんですね」
「は、はい・・・・でも最近トラブルが多くて、その対応でなかなか前に進まなくて」
「トラブル・・・・停電のことですか?」
「はい・・・・」
エルメリがうなづいていると、トイヴォの服の間から、青い石が見えているのに気が付いた。



エルメリの後ろで、町長が話を始めた。
「ところでさっき言いかけたことは何かな?そろそろある原料がなくなると・・・・・」
「あ、そうです」エルメリははっとして続けてこう言った。
「発電の原料になっている鉱石が底をついていて、そろそろなんとかしないと電気が使えなくなります」
「何だと・・・・・もうあの鉱石がなくなっていると言うのか?この間調達したばかりだと言うのに」
「この間はあまり数が入らなかったんです。調達元に何か問題があったみたいで」とユリア
「急に数が取れなくなったとかで、あまり調達ができなかったんです」
エルメリの言葉に、町長はため息をついて
「このままだと、電気が使えなくなってしまう・・・・電気を増やす技術があっても、原料が入らないと
どうしようもない。なんとかしなければ」



話を聞いたヴァロがエルメリに聞いた
「この町の電気は、その石が原料になってるの?」
「はい」エルメリはうなづいた。
「その鉱石はこの町から遠く離れた、ある街から調達しているんです。
鉱石が大量に取れる原産地でもあるので、安心して調達していたのですが・・・・何か問題があったようで」
「町長さんはその街について、何か聞いていないんですか?」とトイヴォ
町長は首を振って
「何も聞いていない・・・・・今初めて聞いたところじゃ」
「その石って、どんな石なの?」とヴァロ
「とても澄んだ青色で、その街では宝石としても使われているようですが、とても秘めた力を持っているようです」



エルメリの言葉に、トイヴォは自分が持っている青い石を思い出した。



もしかしたら、この石は・・・・・。



トイヴォが青い石を取り出そうとすると、エルメリはトイヴォに話しかけた。
「トイヴォさん、さっき見てしまったのですが・・・・持っている青い石を見せてもらえませんか?」



「そ、それは・・・・・どうしてですか?」
トイヴォは思わずギクッとしてエルメリに聞き返した。
「もしかしたら、トイヴォさんの持っている石が、探している石ではないかと思っているんです。
さっき服の間から見てしまったのですが、電気を発生させる鉱石とよく似ているんです。
見るだけでいいんです。見せてもらえませんか?」



エルメリの言葉に、トイヴォは少し戸惑っていた。



もしここで見せて、その鉱石だったら、少しでも分けてくれって言われないかな・・・・。
おじいちゃんからもらった、お父さんが持っていた大切な石なのに。



「見せるだけでいいんですか?」
トイヴォはエルメリに確認するように聞き返した。
エルメリはうなづいてこう言った。
「見るだけでいいんです。見せてもらえませんか?・・・・とても大事なものだと思いますが」



トイヴォはどうするか迷っていたが、しばらくする首にかかっているひもに両手をかけた。
そして首からひもをはずして右手の中に青い石を入れると、右手を開いて青い石を見せた。



エルメリは青い石を見ながら、ゆっくりとトイヴォに近づいた。
ユリアも続いてトイヴォに近づき、青い石をじっと見つめている。



「持ってもいいですか?」
エルメリがトイヴォに聞いて、トイヴォがうなづくと、青い石をゆっくりとトイヴォの手から取り上げた。



エルメリが右手のてのひらに青い石を置くと、石をじっと見つめていた。
エルメリの隣にいるユリアも何も言わずに石を見ている。



しばらくしてエルメリが口を開いた。
「これはよく似ている・・・・トイヴォさん、もうしばらく調べさせてもらってもいいですか?
私が見た限りでは、この石は鉱石ではないかと思っているのですが」
するとユリアも続いてトイヴォにこう言った。
「もしできれば、この石を少し分けてもらえないでしょうか?ほんの少しでいいんです」



それを聞いたトイヴォは戸惑って聞き返した。
「え・・・・それは少し石を削るっていうことですか?」
ユリアは申し訳なさそうにうなづきながら
「はい・・・・ほんのひとかけらでもいいんです。分けてもらえないでしょうか」
「で、でもこれは・・・・・・・」
「とても大事なものだということは分かっています」
トイヴォが戸惑っていると、エルメリはこう切り出した。
「こうしてみると、普段からとてもきれいにしているのが分かります・・・・普段から手入れをしてなければ
こんなにきれいな光沢はでませんから。でも、こちらも町の生活がかかっています。
鉱石が今度はいつ入ってくるのか分からない状況なんです。ほんの数日でも電気が使える状況にしなければ
いけません。人助けだと思って、ほんの少しだけでも分けてもらえませんか?」



エルメリの言葉に、トイヴォは何も言えなくなってしまった。



これは亡くなったお父さんの形見の石だ。
できればこのままの大きさで、ずっと持っていたい。
いくら人助けでも、この石を削るなんて・・・・・・。



トイヴォが断ろうとすると、話を聞いていた町長が口を開いた。



「まあまあ。そんなに事を急がせることではないじゃろう。それに全く鉱石がないというわけでもないじゃろう?
それに大人2人が子供1人にそんなに詰め寄って・・・・かわいそうじゃないか」
「すみません・・・・でも今ここに残っている鉱石では、あと数日しかもたないので」とエルメリ
「もし鉱石がなくなったら、どうするか考えていないのか?」
「今、発電塔員全員で考えていますが、今のところは代替案は出てきていません」とユリア
すると町長は顔をしかめて
「なら、発電塔長と話すしかなさそうじゃ・・・・・なんとかできないか話をしてこよう」と部屋を出て行った。
「あ、私たちも行きます。待ってください」
町長が部屋を出てしまうと、慌ててエルメリとユリアも続いて部屋を出て行ってしまった。



部屋に残されたトイヴォがほっとため息をつくと、ヴァロが声をかけてきた。
「よかったね。青い石を分けることにならなくて」
「でも、エルメリさんが持っていったままだよ」トイヴォは不安そうにヴァロにこう言った。
「戻ってくる間にどこかの部屋であの石を削ってくるかもしれない・・・・・」
「それはないと思うよ。だって町長さんと一緒だからそれはさせないと思うけど」
「僕たちも一緒に行けばよかった。いつ戻ってくるのか分からないまま、こうして待っているのも嫌だよ」
トイヴォは不安にかられながら、今はただ町長達が戻ってくるのを待つしかなかった。



しばらくすると戻ってきたのか、部屋の外から話声が聞こえてきた。
トイヴォは青い石を返してもらおうと、部屋の入口のドアノブに手をかけた。
すると、ユリアなのか女性の声でこんな話が聞こえてきた。



「今、町長と発電塔長の話し合いが続いてるけど・・・・このままだと電力の出力調整をしなくてはいけないわ」
すると今度はエルメリらしき男性の声が聞こえてきた。
「ああ、それに計画停電もあるかもしれない・・・・最悪1日停電もあるかもしれないな」
「そうなると、調整のために今週末もずっとここにいなくてはいけないの?」
「おそらくそうなると思うよ。今は自動調整も使えないからね。電力がかなりかかるから」
「どうしよう・・・・・・これでまた村に行けないわ。やっとノエルに会えると思ったのに。
これで2か月以上、ずっとあの子に会っていないのよ」
「仕方がないじゃないか・・・・・今とても大変なんだ。きっとノエルも分かってくれると思うよ」



え・・・・ノエルにずっと会っていない?
それじゃ、ユリアとエルメリさんは・・・・・・。



話を聞いて、トイヴォはユリアとエルメリがノエルの両親だと分かると驚いて茫然とした。



トイヴォは、村の丘で1人で寂しそうに佇んでいたノエルのことを思い出していた。



最初は寂しくないって言っていたけど、あの時は両親と一緒にいれなくて寂しいって言ってたんだ。
本当はとても寂しんだ。
ユリアさんも、ノエルに会えなくて寂しいんだ。
なんとかならないかな・・・・・・・なんとか、僕にできることがあれば・・・・・。



そう思ったとたん、トイヴォは心の中の何かが外れたような感触を覚えた。



僕に今できることは、ひとつしかない・・・・・・。



しばらくして、入口のドアが開き、ユリアとエルメリが部屋に入ってきた。
大きな機械の前にいたトイヴォはエルメリに声をかけた。



「町長さんはまだ、発電塔長さんと話をしているんですか?」
「まだ話し合いが続いていて、先に部屋に戻るように言われて・・・・終わったらここに戻ってくると思います」
エルメリは服の右ポケットから、青い石を取り出した。
そしてトイヴォに青い石を差し出して
「これを返すのを忘れていました・・・・さっきは無理なことを言って申し訳ありませんでした」と頭を下げた。



トイヴォはエルメリから青い石を受け取ると、静かにこう言った。
「ありがとうございます。ところでこの石は・・・・本当に鉱石なんですか?」
「機械にかけてみないと分からないけど、僕の見た目では鉱石だと間違いない・・・今まで見た鉱石よりも
その石は強い力を秘めていると思うよ」
エルメリが青い石を見ていると、トイヴォはしばらくしてからこう言った。
「・・・・本当にそうだとしたら、目の前で確かめたいんです。これは僕の亡くなった父親が持っていたものです。
本当に電気が発生するのか、確かめてもらえますか?」



それを聞いたユリアは驚いた
「え・・・・・そうすると、石を少し削ることになるわ。それでもいいの?」
「はい。おじいちゃんからもらった大事なものだけど・・・・・ほんの少しでいいんだったら」
トイヴォの隣で話を聞いたヴァロも驚いて
「いいの?さっきまであんなに嫌だって言ってたのに」
トイヴォは黙ってうなづくと、エルメリとユリアにこう言った。
「その代わり、石を削る時に僕も立ち会わせてください。どのくらい削るのか気になるので」
「ありがとう・・・・本当にありがとう」
ユリアはトイヴォに思わず近づいて抱きしめた。



しばらくしてユリアがトイヴォの側から離れると、後ろで見ていたエルメリが言った。
「じゃ・・・・さっそく準備を始めましょう」
エルメリとユリアは部屋の奥に入ると、石を削る準備にとりかかった。



しばらくすると、トイヴォは部屋の奥に来るようエルメリに呼ばれた。
トイヴォとヴァロは部屋の奥に入ると、目の前には大きな台が置かれている。
その台の向こう側に、エルメリとユリアの姿があった。



「ここで石を削るんですか?」
トイヴォが2人に声をかけると、エルメリはトイヴォに右手で手招きしながら
「こっちに来てください。向かい合わせだと影で暗くなって、良く見えずに荒く削ってしまいますから」
トイヴォはユリアとエルメリの頭の高さと同じくらいにある照明灯に気が付くと
「分かりました・・・・・そっちに行きます」と場所を移動した。
そしてトイヴォがエルメリとユリアの間に入ると、トイヴォは右手に持っている青い石を出し、
そっと台の上に置いた。



それを見たエルメリとユリアはお互いの顔を伺うようにしてうなずくと
エルメリが青い石を右手でそっと取った。
「とても大事にしている石を・・・・・トイヴォさん、本当にありがとう」
ユリアがトイヴォにお礼を言うと、トイヴォは黙ったままうなづいた。



そしてトイヴォが見ているすぐ側で、エルメリとユリアは青い石を削る作業を始めた。
エルメリが小さな歯車のような機械を持って、電源を入れると歯車が小さな音を立てて回り始めた。
そして左手で持っている青い石の、少し先が細くなっている部分に向けて機械をそっと当てると
あっという間に青い石の先端の小さいかけらが台の上に落ちた。



エルメリが機械を止めると、隣にいるユリアに持っている青い石を渡した。
ユリアは削れた部分を持っている紙のようなもので包み、ゆっくりと撫でるように紙を動かしている。



トイヴォは台の上に落ちた削られた、小さな青い石のかけらを見て戸惑った。
「エルメリさん、こんなに小さくて・・・・・大丈夫なんですか?」
「はい、大丈夫です」エルメリはうなづいて続けてこう言った。
「あとは、この石が鉱石なのか確かめるだけです・・・・・隣にある機械に持っていきましょう」
エルメリは台の上にある石のかけらを、持っていた小さなガラスの皿の上に置いた。
そしてその場を離れると、隣にある大きな機械のところへ移動した。



エルメリが機械の前に来ると、後をついてきたヴァロがエルメリの後ろでふわふわと浮きながら聞いた。
「その機械は何?それでどんな石なのか分かるの?」
エルメリはガラスの皿を機械に入れると、あるボタンを押した。
そして後ろにいるヴァロの方を向いて
「これでトイヴォさんが持っている石が、発電する鉱石なのかが分かります・・・・しばらく時間がかかりますが」
「でも、かなり小さかったけど・・・・それでどのくらい電気が持つの?」
「このまま使うのではありません」
トイヴォと一緒にユリアが機械の前に移動してきた。
「別の部屋にある、別の機械で発電する力を増やしてから、発電機に石をかけるのです」
「そうなんだ・・・・使えるまで、もうひと手間があるんだね」
ヴァロがうなづいていると、ユリアは青い石を包んでいる紙を開いた。
削れた先端を触り、先が尖っていないことを確認すると紙を取った。



「トイヴォさん、これをお返しします・・・・・ありがとうございました」
ユリアが青い石をトイヴォに渡すと、トイヴォは右手で受け取った。
そして削ったところを確かめるように、触りながら青い石を見ている。



どこを削ったのか、全く分からない・・・・さっきまで削ったところを紙でこすっていたからかな。
全く尖ったところがない。
ただ、ほんの少しだけ石が小さくなったのは分かっているけど。



トイヴォは青い石を首にかけると、機械を見ていたエルメリの表情が変わった。
「やっぱり・・・・・この石は鉱石だったんだ。それにとても衝撃的な結果が出てる」
「何ですって・・・・・」
エルメリの言葉を聞いたユリアは、結果を見ようと機械にある画面を見た。
「ほんの小さなかけらだけど、この石の発電する力を増やせばしばらくは持つかもしれない・・・とりあえずこれで安心だ」
「本当によかった・・・・・」
画面を見ながらユリアはほっとしたように肩を撫で降ろした。
「さっそく隣の部屋に行って、この力を増やそう・・・今停電している町の灯りを復旧させるんだ」
エルメリは機械からガラスの皿を取り出し、青い石のかけらを取り出した。



エルメリが隣の部屋に行こうと部屋を出ていくと、ヴァロがその後に続こうと動き始めた。
「待って・・・・・隣の部屋は関係者以外は入れないの」
ヴァロの後ろからユリアが止めると、ヴァロは振り返って
「どうして?それに町長さんにここを見学するために連れてこられたんだけど・・・・」
「それでも見られないところがあるってことだよ」
トイヴォはヴァロに行くのを止めるようにそう言った。
「それに、僕たちが行ったら危険なところかもしれない・・・行かないほうがいいかもしれないよ」
「なんだ、つまらないの」
ヴァロが少しスネながら、その場でふわふわと浮いていると、ユリアはすまなそうに
「ごめんなさい。発電機は後で見せてあげるから・・・・ちょっとここで待ってて」と部屋を出て行った。



しばらくすると、エルメリとユリアが部屋に戻ってきた。
「電気がつきました・・・・これでしばらくは大丈夫だと思います」
エルメリがトイヴォにそう言うと、ドアが開き町長が入ってきた。
「電気が復旧したのか?町の灯りがついたって連絡が入った・・・・どうやって復旧させたのじゃ?」
「町長・・・・」
エルメリがそう言いかけると、隣でユリアが町長に説明した。
「トイヴォさんが助けてくれたんです。青い石を持っていて、それを分けていただいたんです」
「何だって・・・・トイヴォさん、それは本当ですか?」
町長が驚いてトイヴォの方を向くと、トイヴォはうなづいて
「はい・・・僕が持っている石が、電気を発生させるものだったみたいで・・・・」
「これでしばらくは大丈夫です・・・・発電塔長との話は終わったんですか?」
エルメリが聞くと、町長はうなづいて
「終わったよ。発電塔長と話をして、発電塔長の知り合いの資産家から鉱石を分けてもらうことになった。
本人との交渉も終わっている。これで当分は大丈夫じゃ」
「よかった・・・・これで本当にしばらくは安心ですね」
エルメリがほっと胸を撫でおろすと、ヴァロがこう言った。
「じゃ、発電機を見に行ってもいい?見学しに来たんだから」
「そうね・・・・・せっかく見学に来ていただいたんだから、見に行きましょうか」
ユリアがそう言うと、トイヴォとヴァロを連れて部屋を出て行った。



次の日、トイヴォとヴァロは駅で列車に乗り込んだ。
席を決めて、トイヴォは窓を開けると、ホームには町長の姿があった。
「トイヴォさん、ありがとうございました」
町長がトイヴォにお礼を言うと、トイヴォはうなづいて
「は、はい・・・・こちらこそ昨日は家に泊めていただいて、ありがとうございました」
「いいえ、トイヴォさんのおかげで、しばらくは停電の心配もなくなりました。本当にありがとう」
すると町長の後ろから誰かの声が聞こえてきた。
「あ、町長さん・・・・・・」
「ああ、ユリアさん。こっちじゃ」
町長が後ろにユリアとエルメリがいることに気が付くと、後ろを振り向いた。
するとユリアが列車にいるトイヴォの姿を見て
「あ、トイヴォさん・・・・昨日はありがとうございました」と頭を下げた。



トイヴォはユリアの右手にある大きなかばんを見て
「ユリアさん、その荷物は・・・・これから村へ行くんですか?」
「そうなんです」ユリアはうなづいて答えた。
「しばらくお休みがもらえたので、ノエルと一緒に過ごしたいと思っています」
「これもトイヴォさんのおかげです」ユリアの隣でエルメリが言った。「本当にありがとうございました」
トイヴォはそれを聞いてほっとしたように
「それはよかった・・・・ノエルも嬉しいと思います」
「ノエルに会ったら、ゆっくりと話をしたいと思っています」
「それはいいが・・・・そろそろ村行きの列車が出る時間じゃないか?急がないと」
町長がホームの反対側に止まっている列車を見ながら声をかけた。
エルメリははっとして
「そうだった・・・・・トイヴォさん、ありがとうございました」と頭を下げた。
「こちらこそありがとうございました。ノエルに会ったらよろしく伝えてください」とトイヴォ
「はい・・・・トイヴォさんもお元気で」
エルメリとユリアは後ろを振り返ると、村行きの列車に乗ろうと走り始めた。



町長は2人が村行きの列車に乗るのを見送ると、トイヴォの方を向いた。
「トイヴォさんはこれからどうするんじゃ?この列車はかなり遠い街行きじゃが」
「はい、この列車の終点まで行こうと思っています」
トイヴォは首にかけてある青い石を取り出した。
「この青い石があるっていう街に行けば、もしかしたら母親に会えるかもしれません」
「そうか・・・・気を付けて行くんじゃぞ。終点のセントアルベスクはとても大きな街じゃ。
昨日エルメリが話していたが、何かよくないことが起こっているようじゃからな」
「はい、ありがとうございます」
すると出発のベルが鳴り始めた。



列車がゆっくり動き始めると、町長はトイヴォとヴァロに手を振った。
トイヴォは町長に頭を下げて、町長の姿が見えなくなると、車窓に広がる景色を見つめていた。



次の街はセントアルベスク・・・・・
そこで母親に会えるかもしれない。
もしかしたらこの青い石を持っていた父親のことも分かるかもしれない。



トイヴォは両親のことを思いながら、少し小さくなった青い石を右手でぎゅっと握りしめるのだった。