雪の妖精 Snow Fairies

 


ある冬の森の中。
その日は、朝から雪が降っていました。



小さな粉雪が、静かに空を舞いながらゆっくりと地上へ落ちていきます。
地上には粉雪が降り積もって、一面銀世界が広がっていました。



一人の男の子が、そんな森の中を歩いていました。
男の子が雪の上を歩くたびに、サク、サク、サク、サクという音が聞こえてきます。
雪の上には、男の子が歩いた足跡が残っていました。



男の子は黙ったまま、ただひたすら歩いていました。
青いコートに、白いズボン、黒い長靴を履いて・・・・・。



おかしいな、もうそろそろ家に着いてもいいのに。



男の子はそう思いながらあせっていました。
いつもなら家に着くはずが、なかなか家にたどり着かないのです。



男の子は道に迷ってしまったようでした。



どこかで道を間違えたのかな。
今日はどの道も雪が積もっていて、みんな同じ道に見えるから分からないよ。



周りはみんな雪で覆われており、男の子にとってはどの道も同じような道にしか
見えなかったのです。



男の子はただ、今歩いている道を歩くしかありませんでした。
道を戻ろうとしても、どの道まで戻ったらいいのか分からなかったのです。



しばらくすると、雪はさらに強く降り始めました。
大粒の雪の固まりが、静かにどんどん地上へと降り続いています。



男の子はだんだんと森の奥へと入っていきました。
そしてある広い場所に出ると、男の子は足を止めました。



辺りは何もなく、一面は真っ白な世界が広がっています。
下を見ると、誰も入ってきていないのか、地上には足跡がひとつもありません。
音もなく、静かな空間と銀世界が広がっています。



なんだかとても疲れた・・・・・少し休みたい



長い間歩いていた男の子は、とても疲れていました。
体がふらふらしていて、少し休みたかったのです。
男の子は2、3歩前に歩くと、その場にゆっくりと座り、そのまま後ろに倒れこんでしまいました。



しばらくして、どこからか声が聞こえてきました。
男の子は誰かに呼ばれている気がして、はっと気が付いて目を開けました。
起き上がって辺りを見回しましたが、誰もいません。



誰かに呼ばれたような気がするけど・・・・・誰もいない。
気のせいかな。



男の子はもう少し休もうと、体を横に倒しました。



そして目を閉じようとすると、今度はすぐ側で声が聞こえてきました。



「ここで何をしているの?」



男の子ははっとして目を開けると、目の前に何か小さいものが動いているように見えました。
男の子は目をこすりながら、目を大きく見開いて前をみつめました。



すると白い帽子に白い服をまとった小さな生き物が、男の子の目の前で踊っていました。
その小さな生き物は一人だけではなく、空から次から次へと舞いながら地上へと降りていって
いるように見えました。



男の子は戸惑いながら、地上に降りている生き物たちに聞きました。



「君たちは誰なの?」



「僕たちは雪の妖精さ」



目の前を舞い降りてきたその妖精は、着ている白い服の裾を両手で持ち
男の子に頭を下げてあいさつをしました。



そして男の子にこう言いました。



「空から降りてきて、地上にしばらくいるんだ。でもここには少しの間しかいられないけど」



「どうして?」



「僕たちは地上に降りたら、先に地上に降りていた他の妖精たちと固まるんだ。
 それで雪を積もらせているんだよ。太陽が出てきたら僕たちは溶けて消えてしまうんだ。
 だから空から地上に降りるまでの短い間、思いきり踊って楽しむんだ」



「そうなんだ・・・・・」



「他の妖精たちの踊りもみてよ。とても楽しいから」



男の子が空を見上げると、空からは次から次へと雪の妖精たちが地上へと降りてきていました。
妖精たちは白い服の裾を広げたり、手足を大きく動かしたりしながら、地上へと静かに降りてきます。
地上に降りた妖精たちは、瞬く間に姿を消していきました。



妖精たちの踊りを見ているうちに、男の子はなんだか眠たくなってきました。
それに雪が降り続いているにもかかわらず、男の子はなんだか頭が熱っぽく感じるようになり
このまま座っているのも辛くなってきたのです。



男の子は体をゆっくりと倒し、横になりました。
そしてまだ目の前で舞っている雪の妖精たちを見ながら、目を閉じようとしました。



目を閉じて眠りかけた時、男の子は目の前に誰かが来ている気配を感じました。
目を開けると、男の子ははっとしました。



目の前に白い着物を着た、黒くて長い髪の女性がいたのです。
その髪の長さは女性の腰の下までありました。



女性は何も言わずに、ゆっくりと男の子に右手を差し出しました。



男の子は戸惑いながら聞きました。



「・・・・僕をどこか暖かいところに連れていってくれるの?」



すると女性はゆっくりとうなづいて微笑みました。



男の子はゆっくりと起き上がり、左手を出して、女性の右手を握りました。
手を握ったとたん、凍り付くようなくらいの冷たさを感じた男の子は、思わず手を放しました。
男の子は冷たくなった手を口元にやり、暖かい息を吹きかけました。
女性は何も言わず、男の子をじっと見ていました。



しばらくして、男の子はゆっくりと立ち上がりました。
そして、再び女性の手を握りました。



・・・・・やっぱりとても冷たい、どうしてなんだろう。



男の子は女性の手の冷たさに、また手を放そうとしました。
でも、それではいつまでも暖かい場所に
連れて行ってもらえないと思い、少し我慢して手をつなぎました。



女性は男の子と手をつなぐと、ゆっくりと歩き始めました。



空はすっかり暗くなって、雪はさらに強く降り続き、風も強くなってきました。
森の中はすっかり夜になり、吹雪になっていたのです。
しばらくして、女性は男の子と手をつないでいないことに気が付きました。
後ろを振り返ると、少し後ろで倒れている男の子の姿を見つけました。



女性は男の子のところまで戻ると、男の子は倒れたまま目を閉じていました。
女性は男の子の体を持ち上げて抱えると、そのまま歩き始め、吹雪の中に消えていきました。



それから、しばらくして吹雪がおさまり、雪が止んだ頃。
女性は男の子を抱えたまま、森を抜けたある広い場所にたどり着きました。
そこには雪でできた大きなかまくらがいくつも並んでいます。



女性は広場の奥に行き、ひとつだけあるかまくらに入っていきました。
そして出ていくと、女性は足早に広場を去って行きました。



なんだかとても暖かい・・・・・・



男の子は暖かさを感じて、気が付いて目を開けました。
辺りは薄暗く、部屋の中なのかオレンジ色の灯りの色が見えました。



気が付くと、男の子の体は厚い毛布に包まれていました。
毛布のぬくもりを感じていると、男の子の目の前に女性の顔が出てきました。



男の子はその顔を見て驚きました。



男の子を毛布で包み、後ろから抱きしめるようにして暖めていたのは
数年前に突然いなくなった母親だったのです。



「お母さん!」



男の子は起き上がって、母親の方を向いたとたん母親に抱きつきました。



「とても・・・・とても会いたかった、お母さん!」



男の子の目からは大粒の涙が溢れ、男の子は声をあげて泣き出しました。
母親は何も言わず、男の子の体を包むように抱きしめました。



しばらくして男の子が泣き止むと、母親に言いました。



「お母さん、もうどこにも行かないで・・・・・僕ずっと寂しかったんだよ。1人でとても寂しかったんだよ」



すると母親は、男の子を抱きしめたまま言いました。



「・・・もうどこにも行かないわ。ぼうやとずっと一緒よ」



「本当?ずっと一緒にいるって約束してくれる?」



男の子は顔を上げて、母親の顔を見ながら聞くと、母親は男の子の顔を見ました。



「ええ、約束するわ。母さんはずっとぼうやと一緒よ」



母親が笑って答えると、男の子も笑って母親に抱きつきました。



お母さんの体、とても暖かい・・・・・。



母親のぬくもりを感じながら、男の子は安心したようにゆっくりと目を閉じました。



次の日の朝。
雪はすっかり止んで、空も明るく太陽が顔を出していました。



森の中のある広い場所で、男の子がすっかり冷たくなった姿で、雪に埋もれていました。
見つかった時、全身は氷のように冷たく、雪のように真っ白になっていました。
男の子の顔も真っ白になっていましたが、とてもきれいで穏やかな顔をしているように見えました。