森の景色
町を出発してから、トイヴォはずっと車窓を眺めていた。
列車は森の中に入り、車窓は大きな木々の緑に包まれている。
森に入ってから、ずっと同じ景色だ・・・・。
トイヴォは向かい側に座っているヴァロの方を見ると
ヴァロは目を閉じてすっかり眠っている。
ずっとこうしているのもつまらないな。
どこに何があるのか分からないから、列車の中を歩いてみよう。
トイヴォはそう思い、立ち上がろうとすると、車窓から明るい光が射し込んできた。
トイヴォは車窓に目を向けると、列車は森の中を抜け、目の前には大きな湖が広がっていた。
空は明るく、大きな雲がゆっくりと空を移動している。
トイヴォは湖を見ると、湖面は空の雲の姿が映しだされていて、大きな空の鏡のようになっていた。
「うわあ、トイヴォ、とてもきれいな湖だね。空の雲がきれいに映ってるよ」
トイヴォが声のする方を向くと、さっきまで眠っていたヴァロがいつの間にか起きていた。
フワフワと体を浮かせながら、トイヴォの隣で車窓の外の湖を見ている。
「ヴァロ、いつの間に起きたの?さっきまで寝てたのに」
「うん、いきなり目の前が明るくなったから、起きちゃったんだ」
ヴァロは大きいあくびをしながら、車窓を見つめている。
そして眠そうに右目を小さな手でこすりながらこう言った。
「でも、とても大きい湖だね・・・・もしかして湖じゃなくて海なのかな?」
「海じゃないよ」トイヴォは湖を見ながら首を振った。
「かなり遠くだけど、向こう側に山や木が見えるだろう?」
ヴァロはトイヴォが指を指している方向を見ると、先にはかなり小さく緑の木々と山が見えている。
ヴァロはトイヴォの方を向いて
「本当だ・・・・じゃやっぱり湖なんだね」
「うん・・・・・僕たちはとても遠いところに来たんだ」
トイヴォとヴァロは黙ったまま、湖をじっと見つめていた。
列車が再び森の中に入ると、2人は車窓から目を離した。
森の木々を見るのに飽きてきたのである。
トイヴォは眠そうにしているヴァロに声をかけた。
「ヴァロ、列車の中を見てみない?ずっとここにいるのも飽きてきただろう?どこに何があるのか
今のうちに確かめようと思って」
「うん、いいよ」
ヴァロは席から離れて、フワフワと飛び始めた。
「それに町長さんから聞いたけど、セントアルベスクまではまだ数日かかりそうだからね」
「うん、この列車に乗ってから、まだ一度も席を離れてないから・・・・食事とかどうするのかなと思って」
「そうだね、どんな食べ物があるんだろう。お菓子とかもあるのかな?」
「とにかく行ってみよう」
トイヴォは席から立ち上がろうとすると、列車はゆっくりと速度を落とし始めた。
だんだんと列車の動きがゆっくりとなり、しばらくすると列車は森の中でぴたりと止まった。
なんだろう、森の中でいきなり列車が止まった・・・・・。
トイヴォが戸惑っていると、後ろの方で何かが開く音が聞こえてきた。
開く音と同時に、誰かの話声が騒しく聞こえてきた。
トイヴォは席を立って、声のする方へと向かっていった。
ヴァロも続いてトイヴォの後をついていった。
後ろの扉を開けると、外の通路には帽子を被った大勢の男達が、開いている列車の扉から外へと降りていくのが見えた。
男達は手に大きな斧や横長の木製の箱を持って、列車から次々と外の森へと降りて行く。
駅も何もないのに、森の中に何をしに行くんだろう・・・・・。
トイヴォはそう思いながら、男達が列車を降りていくのを見ていると
後ろから声が聞こえてきた。
「ちょっと通してくれ。ここで降りるんだ」
トイヴォが驚いて後ろを振り返ると、そこには1人の茶色の帽子を被った男の姿があった。
トイヴォはあわてて前に出て通路を開けると、その男はトイヴォの前を通り過ぎた。
「すみません、どうしてここでみんな降りるんですか?」
トイヴォは茶色の帽子の男に話しかけると、その男はトイヴォの方を向いてこう言った。
「どうしてって?ここはオレ達の仕事場なんだ。この森の中で働いているんだよ」
「仕事場?」
「ああ、この列車に乗っているほとんどの人がここで働いてるんだ」
「どうしてみんなここで降りるの?駅も何もないのに」とヴァロ
「いつもこの場所で仕事してる訳じゃない。毎日少しづつ場所が変わる。だから駅はないほうがいいんだ」
「列車の運転手はどこに止まればいいのか知ってるんですか」とトイヴォ
「ああ。運転手には出発する前にあらかじめ知らせているんだ。それに運転席にもう1人関係者が乗っていて
仕事場に近づいたら運転手に合図して止めるようにしているんだ」
話を聞いたトイヴォとヴァロが黙っていると、茶色の帽子の男は列車の扉の方を向きながら2人に聞いた。
「そろそろ列車から降りていいか?早くしないと扉が閉まってしまう」
「あ、すみません。大丈夫です・・・・ありがとうございました」とトイヴォ
茶色の帽子の男は扉の前まで来ると、後ろにいる2人の方を振り返ってこう言った。
「・・・ところでお前さん達はどこまで行くんだ?」
「終点のセントアルベスクまでです」
「あんな遠いところまで行くのか・・・・気を付けて行くんだぞ」
「ありがとうございます」
茶色の帽子の男が列車を降りると、しばらくして扉が閉まった。
そして列車がゆっくりと動き出すと、トイヴォとヴァロはその場を後にした。
自分達の席に戻ると、トイヴォは車窓に目を向けた。
森の中ではちょうどさっきまで電車に乗っていた男達の仲間なのか、木を斧で切ったり、切った木を
数人で運んだりしている姿が見える。
人がいる・・・・木を切ってどこに持っていくんだろう。
近くには建物も何もないのに。
そう思いながら見ているうちに、また誰もいない森の中の景色に変わってしまった。
トイヴォはつまらなさそうに車窓を眺めながら、いつの間にかうとうとと眠り始めた。
トイヴォがはっとして目覚めると、そこは列車の中ではなく、森の中だった。
そこはさっきまで列車の車窓から見ていた森の中にそっくりの場所だった。
あ、あれ・・・・?さっきまで列車に乗っていたはずなのに。
トイヴォは辺りを見回すが、ヴァロの姿は見当たらない。
辺りは大きな木々と緑が一面に広がっているだけである。
トイヴォがどうすればいいか立ち尽くしていると、前の方から小さく、誰かを呼ぶ声が聞こえてきた。
トイヴォはじっとして誰を呼んでいるのか聞き取ろうとするが、声が小さくてうまく聞き取れない。
何かが聞こえる・・・・でも、何を言っているんだろう。
トイヴォがそのままじっとしていると、また前の方から声が聞こえてきた。
・・・・トイヴォ、トイヴォ!
また、誰かが僕の名前を呼んでる。
それに、この間と同じような声・・・・・・・。
トイヴォはそう思ったとたん、はっと気が付いた。
もしかしたら、この近くに母さんがいるのかもしれない。
トイヴォは再び辺りを見回すが、近くに人の姿は見当たらない。
声は前の方から聞こえた・・・・。
この先に行けば、会えるかもしれない。
トイヴォは声が聞こえた方へ、ゆっくりと歩き始めた。
森をしばらく歩いていると、少し先の大きな木の下に、人影がうっすらと見え始めた。
トイヴォは人影が誰なのか気になって目をこらして見てみるが、辺りはいつの間にか霧が漂っていて
誰なのかはっきりと見えづらくなっている。
いつの間にこんなに濃い霧が・・・・さっきまではなかったのに。
でも、このまままっすぐ行けば母さんに会えるかもしれない。
トイヴォは両手で霧を払いながら、人影にだんだんと近づいた。
近くになるにつれて、その人影は後ろを向いていることに気が付いた。
腰まである長い髪に、すらっとした細い体形。
トイヴォとその人影までは、あと少しというところまで近づいていた。
もう少しであの大きな木に着く。
待っているのは母さんかもしれない。
トイヴォは我慢ができなくなり、走り始めた。
走り始めたとたん、どこからかものすごい音が聞こえてきた。
トイヴォは驚いて目が覚めると、列車が大きな音を立てて、急停止をしているところだった。
ブレーキの音が大きく鳴り響き、ようやく止まると、その衝撃でトイヴォの体は座っている席から
もう少しでヴァロが眠っている向かい側の席まで飛ばされそうになった。
列車が止まり、動かなくなると、トイヴォは席から立ちあがった。
ヴァロも列車が止まった衝撃で目が覚めると、トイヴォに声をかけた。
「一体どうしたの?いきなり列車が大きく揺れて止まるなんて」
「分からない」
トイヴォが首を振って答えると、前から通路を歩いて来る、1人の黒い帽子を被った男がいた。
その男はトイヴォとヴァロの姿を見るなり、声をかけてきた。
「おい、今すぐ列車から降りたほうがいいぞ・・・・すぐに一緒に降りよう」
「列車を降りる?どうして?」とヴァロ
「いいから早く、でないと大変なことになるぞ・・・早く一緒に降りるんだ」
黒い帽子の男が側にいるトイヴォの右手をつかむと、トイヴォは驚いて
「な、何をするんですか・・・・何をそんなに慌てているんですか?」
「いいから早く、ここからすぐに離れるんだ」
「あ、待ってよ。僕も行くよ」
黒い帽子の男がトイヴォの右手をつかんだまま、後ろへ歩き始めると、それを見たヴァロは
慌ててフワフワと浮きながら、2人の後を追った。
3人が列車を降りると、黒い帽子の男はさっさと森の中へと入っていった。
トイヴォの後ろでヴァロが
「ねえ、どうしてここで降りなきゃいけないの?」
「分からない・・・・」
トイヴォはどうすればいいのか分からず、戸惑いながら辺りを見回していると
森の中から、さっきの黒い帽子の男の声が聞こえてきた。
「おい、こっちだ・・・・見つからないように早くこっちに来い」
トイヴォが声のする方を向くと、森の木の幹の後ろに隠れて、黒い帽子の男が2人を手招きしていた。
トイヴォとヴァロは状況がわからないまま、黒い帽子の男がいるところへ来た。
「一体、どういうことですか?何が起ころうとしているんですか?」
トイヴォが黒い帽子の男に尋ねると、黒い帽子の男は辺りを見回しながら
「しっ・・・・・・静かにするんだ。でないと見つかってひどい目に遭うぞ」
「一体、どういうことなの?誰かがあの列車に乗ってくるの?」とヴァロ
「静かにするんだ・・・・しばらく黙っていてくれ。すぐに分かる」
黒い帽子の男が2人に静かにするように言うと、辺りはシンと静まり返った空気に包まれた。
3人が木の幹に隠れてじっとしていると、どこからか低い声が聞こえてきた。
何だろう・・・・オオカミ?
何かが吠えているような声だ。
トイヴォがそう感じていると、黒い帽子の男が小さな声でつぶやいた。
「来たみたいだ・・・・」
「何が?」とヴァロ
「しっ!」
ヴァロの声が聞こえると、黒い帽子の男はヴァロに向かって注意するように人差し指を立てて、自分の口に当てた。
「静かにするんだ。でないと気づかれてこっちに来るぞ」
トイヴォは低い声がだんだんと近づいてくるのを感じた。
声が聞こえてくる方に顔を向けるが、姿は見えない。
何もいない・・・・一体なんだろう。
人や動物がいる気配もない。
でも、この不気味な声・・・・・見えないものがこっちに近づいてきている。
トイヴォが声を聞きながらそう思っていると、黒い帽子の男が列車の方を向いて言った。
「来た・・・・・今森を抜けて、列車に向かってる」
森の中から出てきたのは、黒くて大きな影のような得体のしれないものだった。
その黒い影は、丸くなったと思えば、四角になったり、縦に細長くなったりと形を次々と変えながら
列車に沿って移動している。
中央は濃い黒で、外側になるにつれて色は薄くなっていて、黒い影が移動しているように見える。
そして扉が開いているところを見つけると、大きかった黒い影が急に小さくなり、流れるように
列車の中に入っていった。
「・・・・あれは一体、何者なんですか?」
黒い影が列車に入ったところで、トイヴォは小さな声で黒い帽子の男に聞いた。
黒い帽子の男はトイヴォに向かって
「あれは、この森に棲んでいる化け物だ。モンスターだよ」
「モンスター?」とヴァロ
「ああ、この辺りに棲んでいるモンスターで、列車が来るところを襲ってくるんだ。
列車に入って、中にある食べ物を盗んだり、中に乗っている人を襲ったりするらしい」
「それで、さっき僕たちに降りろと言ったんですね」とトイヴォ
「ああ、でも・・・・・・」
黒い帽子の男はそう言いかけて、列車の方を向いた。
列車では、黒い影が何やら物色しながらゆっくりと移動していた。
列車内は乗客はみんな出て行った後なのか、誰もいない。
オオカミのような低い声をあげながら、何かを探すようにゆっくりと移動していく。
「でも・・・・・?どうしたんですか?」
列車を見ている黒い帽子の男に、トイヴォが聞いた。
黒い帽子の男は列車の方を向いたまま
「でも帽子を被った我々には襲わないらしいんだ。なぜかは分からないが」
「襲われた人は、帽子を被っていない人なんですか?」
「あくまでも人から聞いた話だが、我々の村や町に外から来た人たちが襲われるらしい。
外から来た人たちは、我々の村や町にいる間は帽子を被ることになっているが、出る時は
帽子を脱いでしまうから。・・・・帽子であのモンスターが判断しているのかどうかまでは分からないが」
それを聞いたトイヴォは、列車の中で動いているモンスターを見ながらぞっとした。
村でノエルに帽子を返そうとした時、何かの時のためにとっておいてと言ってたのは
このことだったのかもしれない。
もし、帽子を被っていなかったら、襲われているかもしれなかったのだ。
「よかった・・・・帽子を被ってて」
トイヴォの後ろでヴァロがほっとしたように、被っている帽子を触っていると
それを聞いた黒い帽子の男は戸惑いながらトイヴォに向かって聞いた。
「え・・・・それじゃ、お前たちは外から来たのか?」
「そうです」トイヴォはうなづいて答えた。
「もし帽子を被っていなかったら・・・・あなたに声をかけられていなかったら
今頃あのモンスターに何をされているのか分かりませんでした。ありがとうございます」
黒い帽子の男は驚きながら
「それは驚いた・・・・お前たちはどこまで行くんだ?」
「終点のセントアルベスクです」
「そうか・・・・・一緒だ、オレも終点まで行く。まだ先は長いぞ」
「あのモンスター、他にもいるんですか?」
「それは分からない」黒い帽子の男は首を振った。
「ただ、最近運転手も気をつけるようになって、モンスターを見たらその場で列車を止めるようにしてる
みたいだ。今もどこかに隠れてると思う」
「そのモンスターって、前からこの森にいるの?」とヴァロ
「いいや、出てきたのは最近だ。少し前まではあんな不気味なモンスターなんていなかった。
列車もこの辺りで止まることはなかった。今はモンスターのせいで、出るたびに列車が止まってる」
あのモンスター、最近になって出てきているのか。
やっぱり何か、よくないことがあちこちで起こっているんだろうか。
トイヴォは不安に思いながら、列車を見ていた。
しばらくすると、列車の一番後ろの扉から、流れるようにモンスターが出てきた。
低い声を出しながら、そのまま真っすぐ森の中へ入って行く。
そして低い声はだんだんと森の奥の方に移動すると、ゆっくりと消えてしまった。
モンスターの声がしなくなると、黒い帽子の男はゆっくりと森の中から列車の方へと出てきた。
「もう出てきていいぞ」
黒い帽子の男が辺りを見回しながら、トイヴォとヴァロに声をかけた。
ヴァロは森から出てくるとほっとしたようにトイヴォに言った。
「助かった・・・・どうなるかと思った。これでまた列車に乗れるね」
「うん、でも・・・・」トイヴォは辺りを見回しながら森から出てきた。
「また同じようなモンスターが出てくるかもしれない。あの一匹だけだったらいいけど」
それを聞いたヴァロはとんでもないと大きく首を振って
「そんな・・・怖いこと言わないでよ。もうあの気味の悪いモンスターに会いたくない」
すると列車の前の方から、男性の大きな声が聞こえてきた。
3人が列車の前まで行ってみると、青い帽子を被った、列車の運転手らしい青い制服の男の姿があった。
「どうしたんですか?」
黒い帽子の男が声をかけると、その男は3人に向かって
「やっとモンスターが行ったと思ったら、あの大きな木が線路を塞いでるんだ」と右手で少し先にある大木を指さした。
線路の上に数本の大木が乗っていて、線路を完全に塞いでいる。
黒い帽子の男はそれを見て
「これは大きな大木だ・・・・それに何本も」
「さっきのモンスターの仕業に違いない。きっと列車を長く引き留めるためにやったんだ」
「大丈夫ですよ、大木を移動するのを手伝います」
黒い帽子の男は服の袖をまくり始めた。
それを見たトイヴォは
「僕も手伝います・・・・人が多い方がいいですから」
「僕も手伝うよ」とヴァロ
「運転手さんも手伝ってください。4人ならそんなに時間はかからないでしょう」
黒い帽子の男が運転手に声をかけると、運転手はうなづいた。
「分かりました。皆さん、ありがとうございます・・・」
4人で列車の前を塞いでいる大木を移動させると、運転手は3人にお礼を言って
運転席に戻って行った。
3人は列車に乗り、中に入ると車内の変わりように驚いた。
車内の床は黒く汚れていて、席も場所によって真っ黒になっている。
トイヴォとヴァロが座っていた席に戻ると、そこだけかなり真っ黒に汚れていた。
「真っ黒だ・・・・これはとてもひどい」
黒い帽子の男が席を見て驚いていると、トイヴォも戸惑いながら
「これは・・・・どういうことですか?他の席はそんなに汚れてないのに」と他の席と見比べている。
「モンスターがこの席をかなり念入りに物色したようだ・・・・外から来たと気づいたのか」
「そんな・・・・じゃ何も知らずにこのまま座っていたら」
「間違いなく、モンスターに襲われてただろう。今すぐここを掃除しなければ」
「掃除って、こんなに黒く汚れてるのにきれいになるの?」
ヴァロがフワフワと浮きながら、自分が座っていた席についている黒い汚れをじっと見ている。
「ああ、前にも同じようなことがあって・・・乾いた布で拭けばすぐきれいになる。
黒い粉が席についているようなものだ。運転手に話をして、布と床を拭くものを持ってこよう」
黒い帽子の男がその場を離れると、トイヴォとヴァロも後に続いた。
3人は乾いた布とほうきを持って戻ると、掃除を始めた。
3人はまず列車の窓を全部開けると、布で席についている汚れを拭いた。
布で拭いたとたん、黒い粉が空気中に舞って、下に落ちた。
席に着いていた汚れを全部落とすと、黒い帽子の男は黒くなった床をほうきで掃き始めた。
車内の通路の端から掃いて行き、黒い粉がだんだんと溜まって増えていく。
反対側の端まで掃くと、黒い帽子の男は黒い粉を掃きながら車内を出て行った。
車内を出ると、扉が開いている通路に出た。
黒い帽子の男は扉の外に向かって、追い出すように黒い粉をほうきで掃きながら出していった。
しばらくしてようやく列車内の掃除が終わると、トイヴォとヴァロは自分達の席に戻った。
すっかりきれいになった席に座ろうとすると、黒い帽子の男が声をかけてきた。
「なんだか面倒なことに巻き込んでしまったみたいで申し訳なかった・・・掃除まで手伝わせて」
「そんな・・・そんなことないです。巻き込んでしまったのは僕達の方です」
トイヴォは首を振りながら、黒い帽子の男に言った。
「僕達がこの列車に乗らなかったら、モンスターも来なかったかもしれない」
「いや、どっちにしてもモンスターは来たと思う」
黒い帽子の男がヴァロの隣に座ると、トイヴォとヴァロも席に座った。
黒い帽子の男は車窓を見ながら続けて
「それに、最近不気味なことばかりが起こってるんだ・・・・我々が住んでいる町も、これから行くセントアルベスクも」
「セントアルベスクもですか?一体、何が起こっているんです」
それを聞いたトイヴォは戸惑いながら黒い帽子の男に聞いた。
黒い帽子の男はトイヴォの方を向いて、しばらくしてからこう切り出した。
「・・・それは向こうに着いてからの話にしよう。まだ着くまでにはかなり時間がかかる・・・
ところでお腹が空いただろう?さっき機械室に隠しておいた食べ物が残っていたから、取りに行かないか」
「本当?僕とてもお腹空いたよ」ヴァロは席から離れ、機械室に行こうとフワフワ浮き始めた。
「どうして機械室なんですか?さっき食べ物はモンスターが持って行ったって・・・・・」とトイヴォ
「モンスターはそこまで頭がまわらないのかもしれないな。前に運転手が話していたよ。
機械室にお菓子を隠していたら、そのまま残っていたって」
黒い帽子の男がそう言ったとたん、止まっていた列車がゆっくりと音をたてて動き始めた。
列車が動きだし、車窓が森の中の木々を次々と見せ始めると、トイヴォは席をゆっくりと立った。
「そう言われてみるとお腹が空きました・・・・一緒に行きます」
「じゃ、みんなで行こうか」
黒い帽子の男も席を立つと、2人を見てこう言った。
「そういえば、名前を聞いてなかったな・・・オレの名前はアレクシ」
「僕はトイヴォです。隣でフワフワ浮いているのが・・・・・」
「僕はヴァロだよ」
トイヴォが向かい側にいるヴァロを紹介しようとすると、ヴァロはすかさず答えた。
アレクシは2人を見ながら
「トイヴォとヴァロか・・・・よろしくな。じゃ機械室に行こうか」と歩き始めた。
そして3人は席を離れ、機械室へと向かうのだった。