思い出の修復

 


次の日の朝。
城の外は雲ひとつない青空が広がっていた。
太陽の温かい日差しが壊れた城の窓ガラスから差し込んでいる。
1階の床の上で寝ていたトイヴォは窓ガラスから差し込む日差しの光で目を覚ました。
トイヴォがゆっくりと起き上がって、日差しの光の方を見ると
窓ガラスのところには既に起きているヴァロがいた。



「おはよう。ヴァロ」
トイヴォがヴァロに声をかけると、ヴァロは後ろを振り返った。
「あ、おはようトイヴォ。今日はいい天気だね」
「うん、とても気持ちのいい朝だね」
トイヴォがそう言い終わったとたん、後ろの方で玄関をたたく音がした。



トイヴォが玄関の方を振り向くと、ドアが大きく開かれた。
入ってきたのは、茶色の大きな袋を右手に下げて、左手で茶色のトレイを持った
アレクシだった。



「あれ?トイヴォとヴァロじゃないか!」
2人の姿を見たとたん、アレクシは驚いて大声をあげた。
「アレクシさん!どうしてここへ?ここを知ってるんですか?」
トイヴォもアレクシの姿を見て驚いた。
アレクシはトレイを左手に持ったままトイヴォに近づいて
「ああ、セントアルベスクにいる時はここにはしょっちゅう来てる・・・・
 ところでどうしてお前たちこんなところにいるんだ?」
トイヴォはトレイの上に乗っているパンやスープを見て
「これは・・・・・もしかしたらエリアスさんの食事ですか?」
「ああ、前からここには記憶を無くした男がいるんだ。それでいつもこの近所の宿屋のおばさんが
食事を持ってきているんだが・・・・オレがセントアルベスクにいる時はオレが運んでる」
するとヴァロがフワフワと浮きながら、トレイに乗っている食べ物を見て
「うわあ、おいしそうな食事だ。お腹空いた・・・・・・」とお腹を両手で押さえている。
「これはお前の分じゃないぞ」
アレクシはヴァロに言った後、トイヴォに向かって聞いた。
「ところで、どうしてここにいるんだ?昨日別れる時にいくつか建物があるからって言ったから
てっきり宿屋にいるかと思ってたんだ」
「昨日別れた後、湖を見ていたら雨が降ってきたんで、あわててここに来たんです。
 まさか宿屋があるなんて思わなかったから、エリアスさんに言って泊めてもらったんです」
トイヴォが説明すると、アレクシはばつが悪そうな顔で
「そうか・・・・ちゃんと場所を言っておけばよかったな。オレが悪かった」
「いいえ。ところで早く持って行ってあげないと食事が冷めちゃいますよ」 
「あ、そうだった・・・・先にこれを上に持って行こう。また後でな」
アレクシは上に行こうと部屋の奥へと歩き始めた。



しばらくしてアレクシが1階に戻ってきた。
「おい、朝ごはんはまだだろう?食べ物を多めに持ってきたんだ。一緒に食べないか?」
アレクシが2人に声をかけた。
「え、いいの?」ヴァロは嬉しそうにアレクシに近づくと、アレクシはうなづいて
「ああ、宿屋のおばさんが多めにくれたんだ。ここで食べていいか?」と大きな袋をヴァロに見せた。
トイヴォはそれを見て
「いいんですか?僕たちも一緒に食べて」
「ああ、パンだけだけどな・・・・ところでここは座る椅子とかないのか?」
アレクシは辺りを見まわして、椅子がないか探している。
「昨日、寝る時に僕も探したんですけど、椅子やソファはありませんでした」
「何だって。じゃ床で寝たのか。それはよくないな・・・・確か、地下室にソファがあったはずだ。
まだ置いてあれば持ってこよう」
アレクシは玄関の方を向いて歩きだした。
「あ、僕も行きます。待ってください」
トイヴォはあわててアレクシの後を追うと、ヴァロも続いて後を追った。



地下室で大きめのソファを見つけた3人が1階に運び入れると、ソファに座り
アレクシが持ってきたパンを食べ始めた。
「アレクシさんはこの城のことよく知っているんですね」
トイヴォがアレクシに話しかけると、アレクシはパンを食べながら
「いや・・・・前に来た時にあの男と部屋を片付けたりしたから、それで知ったんだ。
 地下がもの置き場になってて、この部屋の奥の小部屋がキッチンになってる。
 電気は通ってないが、水は出るから、喉が渇いたらキッチンの水道をひねれば水が出る」
「それでキッチンに行けば、食器もみんな揃ってるから、コップもあるって分かったんだね」
ヴァロがコップに入っている水を飲んでいると、トイヴォはパンをちぎりながら
「アレクシさん、話したいことがあるんですけど・・・・」と話を変えた。
「何だ?話って」とアレクシ
「昨日、ここに来た時にいろいろあったんです・・・長くなりますけど」
「ああ、大丈夫だ。何があったんだ?」
アレクシがトイヴォの方を向くと、トイヴォは昨夜あった出来事を話し始めた。



トイヴォの話が終わると、アレクシは何も言わずに黙っていた。
トイヴォはアレクシの様子を見ながら
「・・・・信じられないかもしれませんが、昨日あったことなんです。どうすればエリアスさんの
 記憶を取り戻せるのでしょうか?」
「そうだな・・・・・」アレクシは考えながらぽつりとつぶやいた。
そしてコップの水を飲んだ後、トイヴォにこう言った。
「何か思い出すきっかけになるような出来事があればいいんじゃないか?」
「その思い出すきっかけっていうのは?」
「例えば・・・・そのソフィア王女とあの男の2人の思い出の品物とかがあれば。
 この城の中にあるんじゃないか?」
「アレクシさんは今までそれらしきものは見つけましたか?」
「いや・・・・今までは全くそんなことを考えてなかったからな」
アレクシは首を振ってソファから立ち上がると、空になった袋を小さくたたみ始めた。
そして右の脇に挟むように袋を入れるとトイヴォの方を向いた。
「2人の思い出になるような物を探してみるといい。それをまずソフィア王女に見せてみるんだ。
 それからあの男に見せてみるんだ。もしかしたらそれで思い出すこともあるかもしれない」
「じゃ、まずその思い出の品物を探すことからだね」とヴァロ
「ああ・・・」アレクシはトイヴォが座っているソファをちらっと見た。
するとトイヴォが座っているあたりが少し黒く汚れている。
汚れに気が付いたアレクシは汚れている部分を見ながら
「じゃ、また夕方に食べ物を持って来る。お昼の分はさっきキッチンに置いた。
 それからシーツもいるな・・・・そのソファだと汚れているかもしれないから寝れないだろう」
「え、もう行っちゃうの?」と驚いているヴァロ
アレクシはヴァロを見ながらうなづいて
「ああ・・・昼からまた取引があるんだ。夕方までには戻って来られるだろう」
トイヴォはソファから立ち上がって
「アレクシさん、いろいろありがとうございます」とお礼を言うと
「いや・・・・お前たちもいろいろ大変だな。また何かあれば遠慮しないで言ってくれ」
アレクシはそう言い終えると、玄関に向かって歩き始めた。



アレクシが出て行ってしまうと、トイヴォは部屋の方を振り返った。
辺りを見回すと、部屋の中はいろんなものが散乱している。



アレクシさんはあんなことを言っていたけど、ここにはソフィアさんとエリアスさんの
2人の思い出のものなんてないんじゃないか?



トイヴォはそう思うと、自分がこれからどうしたらいいのか分からなくなってきた。



「どうしたの?トイヴォ」
トイヴォが黙っているので、ヴァロはフワフワと浮きながらトイヴォの前までやってきた。
トイヴォはヴァロを見るなりこう言った。
「アレクシさんはソフィアさんとエリアスさんの思い出のものがこの城の中にあるって
 言ってたけど、ここにはないんじゃないかって思ってるんだ」
それを聞いたヴァロは戸惑いながら
「え・・・・でも、まずは探してみようよ。地下室とか2階とか、別の部屋を探せば
 あるかもしれないよ」
「でも、探したところでエリアスさんの記憶が戻るなんて保証はどこにもないよ」
トイヴォはそう言った後、両手をズボンのポケットの中に突っ込んだ。



すると右手の指先に何かが当たった。
トイヴォは当たったものを手の中に入れて、出してみると
小さな笛が手の中にあった。



これは・・・・確かオリヴィアさんからもらった笛だ。



トイヴォはオリヴィアのことを思い出したとたん、何かを思いついた。



「そうだ・・・・・・」
トイヴォがつぶやくと、ヴァロはそれを聞いて
「どうしたの?何か思いついたの?」
トイヴォはヴァロに笛を見せながら
「この笛、ポルトを離れた時に、オリヴィアさんの手紙に入ってたんだ。
 何かあったらこの笛を吹いて、あの大きな鷲を呼んで手紙をオリヴィアさんに持っていって
 もらうようにって」
「うん、確かそうだったよね・・・・・それで?オリヴィアさんにどうすればいいかって
 手紙を書くの?」
トイヴォはうなづいて
「うん、とにかく探してはみるけど・・・見つからなかったらどうすればいいのかも聞きたいから
 オリヴィアさんに手紙を書いてみるよ」
「でも、それはいいけど」ヴァロは部屋を見回しながらトイヴォに言った。
「トイヴォって、書くものと紙って持ってた?」
「あ・・・・・・」
紙と書くものがないことに気が付いたトイヴォは何も言えなくなってしまった。



しばらくすると、2階から食事を終えたエリアスがゆっくりと階段を下りてきた。
片手には空になった食器が乗ったトレイを持っている。
「あ、エリアスさん・・・・おはようございます」
エリアスの姿を見て、トイヴォは挨拶をした。
エリアスは2人を見て
「おはよう。昨日ソフィアから話を聞いたけど、しばらくの間ここにいることになったって?」
「え・・・・あ、はい、そうなんです」
エリアスの言葉に少し戸惑いながらトイヴォはそう答えた。
そして続けて
「昨日、ソフィアさんからどんな話を聞いたんですか?」
「ソフィアからは、2人がしばらくの間ここにいるとしか聞いていない・・・食事やお風呂とかは
近所に宿屋があるから、さっきここに来た男に言って宿屋に連れて行ってもらえばいい」
エリアスはそう答えると、トレイを持ったまま、玄関へと歩いて行った。



しばらくしてエリアスが玄関から戻ってくると、トイヴォはこう聞いた。
「エリアスさん、書くものと紙ってどこにあるか知りませんか?」
「書くものと紙・・・・?」
エリアスはそう言いながらジャケットの内側に手を入れると、ポケットから黒いペンを出した。
そしてペンをトイヴォに差し出しながら聞き返した。
「ペンならある。ところで何に使うんだ?」
「ありがとうございます。手紙を書きたいんです・・・紙はどこかにありませんか?」
ペンをトイヴォが受け取ると、エリアスは辺りを見回しながら
「紙は・・・・しばらく何も書いていないからな。どこかその辺を探せばあると思う」
「ありがとうございます。探してみます」
トイヴォが頭を下げると、エリアスは黙ったまま階段へと歩いて行った。



エリアスの姿が消えてしまうと、トイヴォは再び辺りを見回した。
散乱している床を右側からゆっくりと見ていると、左側に昨日トイヴォが足をぶつけた
数冊の分厚い本が目に入った。



あれは、昨日僕が足をぶつけた本だ。
本だから何も書いてないページはないと思うけど・・・・。



トイヴォは本の前まで移動すると、一番上にある分厚い本を取り出した。
本を開いて、右手で後ろのページをめくっていく。
「トイヴォ、もしかして何も書いてないページを探してるの?」
後ろでフワフワと浮きながら、ヴァロがトイヴォが持っている本を見ている。
「うん、本の最後のページって、何も書いてなかったりするだろう?
 そこに書こうかなと思って」
トイヴォはページを最後までめくってみるが、最後のページは写真になっていた。
ヴァロはそれを見て
「それはまずダメだったね」
「まだ他にも本はあるよ」
トイヴォは持っている本を床に置くと、すぐ横に積まれている一番上の本を手に取った。
ヴァロは床に降りて行くと、積まれている本を見て
「僕も探してみるよ。何も書いてないページ」と一番上にある本を両手で取った。
「うん、ありがとうヴァロ」
トイヴォはヴァロに声をかけて、手に持っている本を開いた。



すると、ページの両側は真っ白で何も書かれていなかった。
何も書いていない・・・ちょうど真ん中を開けたのに。
トイヴォは戸惑いながら前のページを次々とめくり、黒い文字が見えたところで手を止めた。
その文字はきれいな文字で、手書きで書かれていた。
「これは・・・・・?」
文字を読んでいたトイヴォは思わずこうつぶやいた。



「何?どうしたのトイヴォ」
それを聞いたヴァロがトイヴォのところにフワフワ浮いて近づいた。
「ヴァロ、これは誰かの日記じゃないかな?」
トイヴォはヴァロに見えるように本をヴァロの目の前に出した。
ヴァロはそれを見て
「手書きで書いてある・・・・たぶんこれは日記だよ。誰の日記だろう?」
「さっきちょっと読んでみたんだけど、たぶんソフィアさんじゃないかと思うんだ。
 文字がきれいだし、読みやすいし」
「うん、そうだね・・・・エリアスさんは日記をつけるようには見えないもんね。
 どんなことが書いてあるの?」
「ちょっと座って2人で読んでみよう」
トイヴォは本を閉じて、後ろにあるソファへと歩き出すと、ヴァロも後を着いて行った。



2人はソファに座ると、トイヴォはソファの空いているスペースに持っている本を開いて置いた。
その本を2人が両側から眺めるように見ていると、ヴァロが口を開いた。
「どんなことが書いてあるの?僕、文字があまり読めなくて」
「僕もあまり難しい文字は読めないよ」
トイヴォは顔を上げて、ヴァロに向かって言った。
そして再び顔を本に向けながら
「でもある程度は読める・・・・これはソフィアさんがこの城にいたときにつけていた
 日記だったと思うよ」と再び文字を目で追い始めた。
ヴァロも再び顔を本に向けて
「絵だったら分かるんだけど、文字ばかりだから何が書いてあるのか分からないよ」
「そうだね・・・・・」
トイヴォは目で文字を追っていると、あるところで目を留めた。
しばらく黙って読んでいると、トイヴォはヴァロにこう言った。
「・・・・ヴァロ、最初にここに来た時に、何か絵みたいなものを見なかった?」



「絵?絵がどうかしたの?」
ヴァロが戸惑いながら聞き返すと、トイヴォは本を見ながら
「絵だよ。日記に書いてある・・・・「この城のある場所にエリアスとの婚約祝いに壁画を
作ってもらった」って書いてあるんだ」
「壁画?壁画って・・・・壁に書いてある絵ってこと?」
「うん、壁画がどこにあるか探してみよう。日記だとエリアスさんとソフィアさんが並んで
描かれた絵だって書いてある」
トイヴォはソファから立ち上がり、壁画がないか辺りを見回した。



トイヴォとヴァロは1階の部屋に壁画がないか探してみた。
まず崩れていない壁を全部見てみたが、壁画は見当たらなかった。



崩れていない壁には壁画は描かれていない。
そうすると崩れている壁に壁画があるんだ。



トイヴォがそう思っていると、後ろからヴァロの声が聞こえてきた。
「トイヴォ、トイヴォ!」
トイヴォが後ろを振り返ると、部屋の奥の崩れた壁の前にヴァロの姿があった。
「どうしたの?ヴァロ」
トイヴォがヴァロのいる場所へ歩いて行くと、ヴァロはトイヴォに向かって
「この壁、崩れてるけど、崩れていないところに色がついてるんだ」
「崩れてないところに色がついてる?」
トイヴォはヴァロのいる崩れた壁に近づいて、壁を見てみた。
すると壁には白色や茶色、赤色やクリーム色がそれぞれ違うところに塗られている。
「いろんな色がついてるでしょ?ここが壁画があった場所かもしれないよ」とヴァロ
「うん、本当だ」トイヴォはヴァロに向かってうなづいた。
「でも、これだけだと壁画なのか分からないよ。崩れた方を見てみないと」
トイヴォは下の床を見ると、辺りは崩れた壁の固まりやかけらが落ちている。
トイヴォはその場に座って、落ちている壁の固まりを手に取った。



見てみると、その固まりにも色が塗られていた。
白色に金色・・・・金色は何だろう?
トイヴォは固まりを右に回したり、左に回したりしながら考えている。
「トイヴォ、壁の固まりをぐるぐる回して何をしてるの?」とヴァロ
「壁画のどの部分なのか気になったんだ」
トイヴォは手の動きを止めて、床に落ちている他の壁の固まりを見た。
「ヴァロ、もしかしたら下に落ちているあのかけらを全部壁にはめられたら、壁画が
 できるかもしれないよ」
「本当?」ヴァロは床にある壁の固まりを見て思わず声を上げた。
そしてトイヴォの方を向いて
「なら、今からやろうよ。大きいのからやればすぐに出来上がるかもしれないよ」
「でも、その前に手紙を書かせてよ。こっちも急ぐんだから」
ヴァロの言葉にトイヴォは首を横に振ると、ヴァロは残念そうにこう言った。
「えー、つまらないの。じゃ、早く手紙を書いてよ」
「分かったよ。手紙を書いたら、それをやろう。・・・・そうだ。僕が手紙を書いている間
 ヴァロはそのばらばらになっているかけらを床にきれいに並べておいてくれないかな?」
「うん、分かった」
ヴァロが床にある壁のかけらを並べ始めると、トイヴォは手紙を書こうとソファに移動した。
そしてソファに座ると、置いてあった日記を手に取り、膝の上に乗せた。
後ろのページを開き、両側の何も書かれていないページを見ると、トイヴォは
エリアスから借りたペンを右手に持って、手紙を書き始めるのだった。



しばらくしてトイヴォが手紙を書き終えると、ペンをポケットの中に入れた。
そして文字が書いてある右側のページを手で切り離すと、紙を横にしてくるくると丸め始めた。
最後に細長くなった紙を平らにつぶすと、トイヴォは後ろで作業をしているヴァロに
声をかけた。
「ヴァロ、手紙は書き終わったよ。今から外に出て鷲を呼びに行こう」
「終わったの?分かった・・・今から行くよ」
ヴァロがトイヴォのいる場所にやってくると、2人は玄関へと歩いて行った。



外に出ると、空は相変わらず雲ひとつない青空が広がっていた。
風も穏やかで、静かに吹いている。
城の周りの森の木々も静かで、あちこちから鳥の鳴き声が聞こえている。



トイヴォは左手に手紙を持ったまま、右手でポケットから笛を出した。
そして笛を口に持っていき、空に向かって強く吹いた。
ピイーという音が森の中に響き渡ると、トイヴォは口から笛を放した。



「あの鷲、すぐに来るかな・・・・・?」
しばらくしてトイヴォがぽつりとつぶやいた。
ヴァロは辺りを見回しながら
「そうだね・・・・この間はすぐに来たけど、ここはかなり遠いからなかなか来れないかも」
「笛の音が聴こえてないかもしれない。もう一度吹いてみるよ」
トイヴォは笛を再び口に入れて、笛を吹いた。
再び森の中に、ピイーという音が響き渡ると、トイヴォとヴァロは鷲が来ないか
しばらくの間その場を動かなかった。



ところが待ってみても鷲は現れなかった。
ヴァロはずっと空を見上げながら
「もしかしたらすごく遠いから、その笛の音が鷲まで届いてないかもしれないね」
「ここでずっと待っているのもしょうがないから、そろそろ中に戻ろうか」
トイヴォも空をずっと眺めていたが、あきらめてヴァロに言った。
「そうだね。鷲が来るまで中でさっきの壁画をやっていようよ」とヴァロ
「そうだね・・・・そうしよう」
2人は城に戻ろうと歩き始めた。



2人が城に戻り、壁画のところに戻ると床には壁の固まりがきれいに並べられていた。
大きい固まりが横に何列も並べられている。
「これ、大きいのと小さいのと、きれいに並べたの?」
トイヴォがヴァロに聞くと、ヴァロはうなづいて
「うん、でもまだ小さいのは途中なんだけど。大きいのはほとんどそこにあると思う」
「それはそれでいいんだけど・・・・」
トイヴォは床にある壁の固まりと崩れている壁を交互に見ている。
「どうしたの?何か問題でもあるの?」
「壁画をはめていくのはいいんだけど、このまま大きいのからはめていくと、
 どんな壁画なのか分からなくなると思って・・・・元々どんな壁画だったのかが
 分からないと、はめていけないよ」
それと聞いたヴァロはがっかりした顔で
「そうか・・・・どんな壁画だったのか分からないと直せないもんね」
「エリアスさんとソフィアさんが並んだ絵だって日記に書いてあったけど、出来上がった絵が
 ないと分からない・・・・・それに」
「それに?まだ問題があるの?」
「直すにはかけらをくっつける接着剤がいるよ。ただはめてもすぐ崩れたら意味がないだろう?」
「そうか・・・・じゃ今日は始められないね」
ヴァロがさらにがっかりした顔で言うと、トイヴォは何も言えず黙っていた。



陽が落ちて空が暗くなってきた頃。
トイヴォとヴァロが壊れた窓から外を見ていると、玄関のドアが開かれた。
トイヴォが玄関の方を向くと、そこには右手にランプ、左手に白いシーツを持った
アレクシが入ってきた。
「ここは夜になると相変わらず暗いな」
アレクシが部屋の中に入ってくると、トイヴォに声をかけた。
「アレクシさん、早かったですね・・・もう仕事は終わったんですか?」
トイヴォがアレクシに近づくと、アレクシはランプを床に置いた。
「夜は暗くて何も見えないだろうから、ランプを持ってきた。市場で買ってきたんだ。
 それとこれ・・・・宿屋のおばさんからもらってきたから、今夜から使ってくれ」
アレクシがシーツをトイヴォに差し出すと、トイヴォはそれを受け取って
「ありがとうございます。これで今日からソファで寝れます」と頭を下げた。
「ああ、汚れたら替えのシーツを持って来るから、遠慮しないで言ってくれ」
するとヴァロがフワフワを浮きながらトイヴォに近づいて
「よかったねトイヴォ、これでゆっくり寝れるね」
「うん。ソファのところに置いておこう」
トイヴォは後ろのソファに移動すると、アレクシは背中に背負っている大きなリュックを床に降ろした。
ヴァロはそれを見てアレクシに聞いた。
「その大きいリュックには何が入っているの?」
「これは今夜の食事が入ってる。あの男とお前たちの分とオレの分だ」
アレクシはリュックから大きな水筒を出すと、辺りを見回しながら
「ところで、あの男は朝持ってきた食器やトレーはどこに置いたんだ?」
「確か、朝僕と話をした時に、玄関の外へ持って行ったような気がします」
後ろで話を聞いていたトイヴォが答えると、アレクシはトイヴォの方を向いて
「そうか・・・・さっき玄関を見たけど見当たらなかったような気がするが」
「僕が見てきますよ。アレクシさんは準備してください」
「ああ・・・すまないなトイヴォ」
トイヴォがソファから離れて玄関へと歩き出すと、アレクシはリュックの中身に目を移した。



しばらくして食事の準備ができると、3人はソファで夕食にした。
「やっぱり灯りがあると違うだろう?食事がさらにおいしそうにみえる」
アレクシがパンを片手に2人に声をかけると、ヴァロは隣でスープ皿を持ちながら
「うん、スープの色も金色でおいしく見えるね。それに温かく見えるよ」とスープを飲んでいる。
「あれ、もうスープ冷めちゃったか?水筒に入れてすぐ持ってきたつもりだったが」
「う、ううん。まだ温かいよ・・・・ちょっと冷たくなってるけど」
ヴァロがあわてて言い直すと、アレクシの反対隣りでトイヴォがお礼を言った。
「アレクシさん、いろいろとありがとうございます。」
アレクシはトイヴォの方を向いて
「いいや、困ったときはお互い様だからな。これからも遠慮なく言ってくれ・・・・・
 ところで今日あれから何か探してみたのか?」
「はい、それで頼みたいことがあるんですけど」
トイヴォはそう言った後、スープ皿を持って口に近づけて一口すすった。
「何だ?頼みたいことって」
「接着剤って持ってますか?」
「接着剤?」
思わずアレクシが聞き直すと、トイヴォはうなづいて
「はい、崩れた壁画があるんで、それを直したいんです。崩れた絵の固まりが床に落ちていて
 それを壁につけたいんです」
「一体どんな壁画なんだ?この部屋にあるのか?」
「はい、この部屋の奥にあります。観てみますか?」
トイヴォがスープを飲み干し、スープ皿をソファの上に置き、立ち上がるとアレクシも立ち上がり
「ああ、どんな絵なのか観てみよう」と歩き始めた。



トイヴォがアレクシを連れて、壁画のある場所に着くと、アレクシは崩れた壁画を観た。
トイヴォはランプを右手に持って、壁画のある場所に灯りを照らしながら
「あれから探してみたんです。エリアスさんとソフィアさんの2人の思い出の品を。
 そうしたらソフィアさんがつけていた日記が出てきたんです。日記には婚約祝いの記念に
 描いてもらった壁画があるって書いていました」
「これがその壁画か・・・・・・・」
アレクシは床に並んでいる壁の固まりを見ながら続けてトイヴォに聞いた。
「それで、床に並んでるのが壁画の部分ってことか?」
「それは僕が並べたんだよ」
ヴァロがフワフワと浮きながらアレクシに近づいてきた。
トイヴォはそれを見ながら
「床にある壁の固まりをヴァロがそこに並べたんです。それを組み合わせて壁にはめていけば
 壁画が直せるかもしれません」
「それで接着剤が必要なのか」
アレクシはトイヴォの説明にうなづいた。
トイヴォはランプを床に置いて
「この壁画は日記だとエリアスさんとソフィアさんが並んでいる絵だそうですが、どんな絵なのかが
 分からないので、今日は並べただけで進みませんでした」
「そうか・・・・完成した絵がどんな絵なのかが分からないと直せないな。完成図というか
 完成した絵の写真とか、そういうものは探したのか?」
トイヴォは首を振り
「それはまだ探してません。この壁画を直して完成すれば、もしかしたらエリアスさんが何かを
 思い出すかもしれません」
「・・・・・接着剤は宿屋に行けば、誰かが持っているかもしれないな」
「本当ですか?」
トイヴォが思わず身を乗り出すと、アレクシは少し戸惑いながら
「あ、ああ。でも壁の接着剤か・・・・聞いてみないと分からないけどな」
「これから宿屋に行ってもいいですか?お風呂にも入りたいので・・・・しばらく入っていないし」
「何だって、しばらく風呂に入ってないのか。それはいけないな・・・分かった、今から一緒に行こう」
アレクシがうなづくと、3人はその場を離れて宿屋へと向かった。



夜になり、夜空に無数の星がまたたく頃。
トイヴォとヴァロが宿屋から城に戻ってきた。
「お風呂、とても気持ちよかったね」
ヴァロが部屋に入るなりトイヴォに声をかけた。
「ヴァロはお風呂は初めて入ったの?」
トイヴォは玄関のドアを閉めていると、ヴァロはうなづいて
「うん、水の中にはたまに入るけど、お湯の中は初めて入った」
「そうなんだ・・・・・アレクシさん、接着剤明日持って来るかな?」
「朝探して持って来るって言ってたけどね」



宿屋で接着剤が見つからなかったので、トイヴォは少し不安になっていた。
接着剤がないと、壁画を直せない。
直せなければいつまで経っても、エリアスの記憶が戻らないような気がするからだった。
明日の朝、アレクシさんが接着剤を持ってこなかったら・・・・・・。



「あら、ここにいたの?さっきここに来たらいなかったから」
その声にトイヴォが反応して顔を上げると、2階から階段をゆっくりと降りてくる
ソフィアの姿が見えた。
「あ、ソフィアさんだ」ヴァロも気が付いてソフィアの方へ移動した。
「こんばんは、ヴァロ。どこに行ってたの?」
ソフィアがヴァロに聞きながら、トイヴォのいるソファの方へと近づくと
トイヴォはソフィアにこう切り出した。
「ソフィアさん、この部屋にある壁画を知ってますよね?」
「え、ええ。知ってるわ」ソフィアは少し戸惑いながら答えた。「壁画がどうかしたの?」
「今日、ソフィアさんの日記を見つけたんです。婚約祝いに壁画を描いてもらったって。
 それで奥にある壁画を見つけたんですけど、崩れていて・・・・それを直せばエリアスさんの
 記憶が戻るんじゃないかと思って」
「あの壁画ね・・・・・」ソフィアは部屋の奥の方を見ながら言った。
「でも、もうすっかり崩れて観れなくなってしまったわ。ヴィルホがこの城をめちゃくちゃにしたの。
 でも・・・・直せるの?トイヴォ」
「分かりません」トイヴォは素直に首を横に振った。
「でも、やってみないと分かりません。もしかしたらできるかもしれないし・・・・・
 直すには絵の元になったものが必要です。ソフィアさん写真とか持っていませんか?」
「写真なら、日記に挟んであったと思うわ」
ソフィアは床に置かれている分厚い本に目を移した。
そして積まれている本の前まで来ると、一番上にある本を手に取った。
「この本の中のどれかにあるはずよ」
「僕も探すよ」ヴァロがフワフワ浮きながら、本の山の隣りに置かれている本を取った。
トイヴォはソファに置いてあるソフィアの日記を手に取り、写真がないか探し始めた。



トイヴォは日記のページを全部開いてみたが、写真は見つからなかった。
ヴァロもページを開いたり、本の開いている方を下にして揺らしてみるが、何も落ちてこなかった。
トイヴォは座って本を見ているソフィアを見ながら、次の本を取ろうと本の山へと近づいた。
「何か見つかりましたか?」
トイヴォがソフィアに声をかけると、ソフィアは顔を上げて
「まだ見つからないわ・・・・でも」
「でも?」
「こうして自分の書いた日記を見てみると、いろんなことがあったって思い出すの」
ソフィアは顔を下げて、本に目を移しながら続けた。
「嬉しかったことや悲しかったこと・・・・その時に自分はこんなことを思っていたんだって
 見ていていろんなことを思い出すわ」
それを聞いたトイヴォは積まれている本の一番上を取って
「それにはエリアスさんとの思い出も書いてあるんですね。日記をエリアスさんに見せたことは?」
ソフィアは首を振って
「前に見せたことがあるわ・・・・でもあの人は何も覚えてなかった」
「・・・・・そうですか」
トイヴォは持っている本を下に向けた。



その時、本の間から1枚の紙がひらひらと床に落ちた。
トイヴォはその紙を拾って見てみると、そこには男女が並んでいる絵のような写真があった。



この写真は・・・・・ソフィアさんとエリアスさんだ!
写真を見たとたん、トイヴォははっと気が付いて目を大きく見開いた。



「ソフィアさん、この写真がそうですか?」
トイヴォはソフィアに拾った写真を渡した。
ソフィアは写真を受け取り見たとたん、あっという声をあげた。
「そうよ、これだわ・・・・・披露パーティーの時に来ていた服と同じ服だった記憶があるの」
「え、見つかったの?」
ヴァロが2人の間から写真をのぞくと、そこには白い服を着ているソフィアとエリアスの2人が
並んで写っている写真だった。
「写真はこれしかなかったはずだわ。きっとこれが壁画になっているはずよ」
「それじゃこれが壁画の元になっているんですね?」
トイヴォが念押しすると、ソフィアは写真をトイヴォに渡しながらうなづいた。
「ええ・・・それで、これを見ながら壁画を直していくの?」
「はい。明日からこれを見ながら、絵を合わせていくつもりです」
トイヴォは写真を受け取ってうなづいた。



ソフィアはその場から立ち上がった。
そして壁画のある場所を見ながら、トイヴォにこう言った。
「とても大きな壁画だから、夜の間だけ手伝うわ・・・2人だととても時間がかかると思うの」
「ソフィアさん、ありがとうございます」
トイヴォはソフィアに頭を下げた。
「でもいいんですか?エリアスさんの側にいなくて」
「いつもずっと側にいるわけじゃないわ」ソフィアはトイヴォの方を振り返った。
「それに私の方が分かるところがあるかもしれない・・・服のデザインとか、飾りとかね」
「それは助かります」
するとヴァロが2人の間に入ってきた。
「じゃ、明日の夜からみんなでできるね・・・・あ、あとは接着剤か」
「そうだね・・・・・でもまずは床の上で合わせてみよう。壁につけるのはそれからだ」
トイヴォはそう言った後、写真をしばらくじっと眺めるのだった。



そして次の日。
トイヴォとヴァロが部屋の奥の壁画の前で写真を見ていると
背中に大きなリュックを背負い、トレイを持ったアレクシが部屋に入ってきた。
アレクシはいったん2階へ上がり、エリアスのいる部屋の前に食事が乗ったトレイを置くと
階段をゆっくりと降りて行った。
降りている途中でアレクシは奥の方でトイヴォとヴァロの姿を見かけた。



「あ、なんだお前たち。こんなところにいたのか」
リュックを背負ったままアレクシが2人に近づいて声をかけた。
「あ、おはようございます」
アレクシに気が付いたトイヴォは顔を上げ、アレクシに挨拶をした。
「朝から壁画をやろうとしてるのか・・・・ところで昨日言ってた完成図は見つかったのか?」
「見つかったよ」ヴァロが床に置いてある写真を見ながら答えた。
アレクシはヴァロが見ている写真を後ろから見ながら
「それがそうか・・・・・小さくてよく見えないな」と目を細めている。
「それなら、大きくして見やすくしようか」
ヴァロがそう言って、写真に向かって右手を差し出した。
すると床に置いてあった写真がみるみると大きくなり、元の大きさの2倍ぐらいのところで止まった。



それを見ていたアレクシは驚きながら
「ヴ、ヴァロ・・・・お前、魔法が使えるのか?」
「うん、使えるよ」ヴァロはあっさりとうなづいた「もっと大きくしようか?」
「この大きさでいいよ。とても見やすくなった」
トイヴォは大きくなった写真を見ながら平然としている。
アレクシは戸惑いながらトイヴォに
「トイヴォ、お前・・・・ヴァロが魔法を使えるって知ってたのか?」
「はい、初めて会った時から知ってました」
トイヴォはアレクシにうなづきながら、続けてこう言った。
「ところで・・・・昨日話していた接着剤はあったんですか?」
「あ、ああ。あった・・・・持って来たぞ」
アレクシは思い出したのか、はっとして背中に背負っていたリュックをその場に降ろした。
そしてリュックの中に両手を入れると、右手に白くて細長い容器を持ってリュックから出した。



「これが昨日言ってた接着剤だ」
アレクシは右手に持っている容器をトイヴォに渡した。
トイヴォはその容器を受け取ると、容器を見ながら
「ありがとうございます・・・・これはこのまま中身を出して使うんですか?」
「中身を出して使うんだが、水で薄めて使うんだ」
アレクシは再びリュックに両手を入れて、何かを探している。
トイヴォがそれを見ていると、アレクシがリュックからハケを出してきた。
「これも持ってきた・・・・水で接着剤を薄めたら、このハケにつけて、くっつけるものに塗るんだ。
 接着剤を出す皿とか入れ物はキッチンか地下室にあるものを探して使ってくれ」
トイヴォがハケを受け取ると、アレクシは2人にこう言った。
「これで壁画を直す準備が出来たな。その前に何か食べるか?」
「はい。アレクシさん。本当にありがとうございます」
トイヴォがお礼を言って、床に接着剤とハケを置くと、3人はその場を後にした。



朝食を終えて、アレクシが城を出てしまうと、2人はまた壁画の前で写真を見ていた。
どこから始めようか・・・・・・。
トイヴォが写真を見ながら考えていると、どこからは何かをコツコツと叩くような音が
聞こえてきた。
トイヴォが顔を上げて、辺りを見回していると、割れている窓ガラスの外に大きな羽根が見えた。
窓ガラスをしばらく見ていると、今度は茶色の羽根を広げた大きな鳥の姿が見えた。
黄色いくちばしで窓ガラスをコツコツと叩いている。
「あ、あの鷲だ!」
ヴァロは気が付いて窓ガラスの方へフワフワ浮きながら移動すると
トイヴォも立ち上がり、窓ガラスの方へと向かった。



トイヴォが城の外に出ると、割れた窓ガラスの前に鷲が止まっていた。
鷲の足元を見ると、右足に細い紙が巻き付いている。
トイヴォはゆっくりと鷲に近づいて、巻き付いている紙をそっと取ると
鷲から少し離れて、紙を広げた。
ヴァロがフワフワと浮きながらトイヴォの隣りにやってくると、トイヴォは広げた紙を見て言った。
「オリヴィアさんからの手紙だ」



トイヴォへ

あれから何も連絡がありませんが元気ですか。
お母さんにはもう会えたのでしょうか。
どんな小さなことでもいいので、何か悩んでいることがあったら手紙をください。

森の和尚様も連絡がないのでとても心配しています。
何かよくないことでも起きていなければいいのですが・・・・。

どこにいるかだけでも連絡をください。

                    オリヴィア



「オリヴィアさん、僕達がどこにいるのか気にしてるんだね」
手紙を見ながらヴァロがそう言うと、トイヴォは手紙を小さくたたみながら
「うん、でもこんな遠いところまで鷲が来るなんて思わなかったよ」と鷲を見ている。
「でも、ちょうどよかったじゃない。昨日書いた手紙を届けてもらおうよ」
「そうだね」
トイヴォが小さくたたんだ手紙を右ポケットに入れると、左ポケットから昨日書いてたたんである
手紙を出した。
そして鷲にそっと近づくと、今度は左足に手紙をそっと巻き付けた。



トイヴォは右ポケットに手を入れて、笛を出すと、笛を口にくわえた。
鷲から離れて、鷲に向かって笛をピイーと吹くと、鷲は顔を上に向けて
羽根を大きく広げ、空へと飛び立って行った。



「ポルトまではどのくらいで着くのかな?」
鷲の姿がなくなると、空を見上げたままトイヴォが言った。
それを聞いたヴァロはぽつりと言った。
「さあ・・・・かなり遠そうだから分からないけど。でもきっと届くと思うよ」
2人はしばらくの間、青空をじっと眺めているのだった。



その日から、2人は壁画の修復にとりかかった。
接着剤をつける前に、崩れた壁画の前の床に写真を置くと
その横に壁の固まりや小さなかけらを置く。
写真と壁の固まりやかけらの色を照らし合わせ、位置を決めて固まりやかけらを置いていく。
ある程度位置が分かったら、接着剤をつけて壁にはめていく。
朝はアレクシ、夜はソフィアも手伝いながら、2人は壁画の修復作業を進めていく。
時間と根気のいる作業に、2人は時々休みながらも壁画の修復作業に没頭していった。



そして、壁画の修復があと少しでできあがるというところまできた。
「これでよし・・・・・ヴァロ、かけらはあと何個ぐらいあるの?」
壁に接着剤をつけて、かけらをはめ込むと、トイヴォは後ろにいるヴァロに聞いた。
ヴァロが床に置いてあるかけらを見て
「あ、もうこれしかない。大きいのひとつしかないよ」
「え?もう1個しかないの?」
トイヴォは驚いて後ろを振り向くと、ヴァロが大きめのかけらを両手で持って
「うん、これしかないよ。これが最後の1個」とトイヴォに見せた。
トイヴォはそれを見て
「それが最後か・・・・・それはどの部分だろう?」
「壁画の上の方じゃないの?真ん中の上が空いてるところ」
ヴァロに言われ、トイヴォが上を見上げると、1カ所だけ穴が空いているところがあった。
トイヴォは空いている場所を見ながら
「あそこか・・・・僕の背丈だと、ちょっと届かないな」
「じゃ、僕がはめようか?」
ヴァロが上に上がろうとすると、トイヴォはヴァロの方を向いて
「いや、ちょっと待って・・・・最後はソフィアさんにはめてもらおうよ。出来上がったところを
 見てもらいたいんだ」
トイヴォの提案にヴァロもうなづいて
「うん、そうだね。夜ソフィアさんに最後のかけらをはめてもらおう」とかけらを床に置いた。



そして夜になり、ソフィアがいつものように2階から階段を下りてやってきた。
「あ、ソフィアさんだ」
ヴァロがソフィアの姿を見つけると、ソフィアは2人を見ながら
「今日は壁画のところにいないのね。休憩中なの?」と声をかけた。
トイヴォはソファから立ちあがって
「ソフィアさん、待っていました・・・・お願いがあるんです」
「何?急にお願いって」
ソフィアはトイヴォの言葉に少し戸惑っていると、ヴァロがソフィアの隣に来て
「壁画のところに行こう。そこで話すから」と部屋の奥へと移動した。
「え・・・・壁画のところって、どういうことなの?」
戸惑っているソフィアにトイヴォは
「詳しいことは壁画のところで話します。行きましょう」と部屋の奥へ歩き始めた。



ソフィアが壁画の前まで来ると、壁画はほとんど出来上がっていた。
白い服に身を包んだエリアスとソフィアが、城の外で2人並んでいる。
ただ、上の青い空の中央部分は欠けているのか、そこだけ暗くなっていた。
ソフィアは壁画を観ながら
「あともう少しね・・・・上の空の部分をはめればもう完成だわ」
「これがそのかけらだよ」
ヴァロが両手で大きなかけらをソフィアに見せた。
トイヴォはそのかけらを見ながらソフィアに言った。
「これが最後のひとつなんです。最後はソフィアさんにはめてもらえませんか?」
「最後の1個を私が?本当にいいの?」
トイヴォの言葉にソフィアが驚いていると、トイヴォはうなづいた。
「最後はソフィアさんにはめてもらいたいんです。お願いします」



ソフィアはヴァロからかけらを受け取ると、接着剤をつけた。
そして壁画の空いているところにそっとかけらを入れると、ぴったりとはまった。



「できたわ・・・・・・」
ソフィアはゆっくりと後ろに下がりながら、出来上がった壁画を眺めた。
トイヴォとヴァロは何も言わず、黙ったまま壁画を観ていた。
ソフィアは壁画全体が見える位置まで下がると、ゆっくりと足を止めた。



その時だった。
出来上がった壁画が突然青白く光り始めた。
うわっ、ま、まぶしい・・・・・・。
トイヴォは思わず目をつぶり、両手で光を遮った。
あとの2人も壁画の強い光に、両手で光を遮っている。



しばらくすると、トイヴォは目を開けた。
壁画はまだ青白い光を放っている。
「一体、どうなってるんだ・・・・・?」
トイヴォがゆっくりと壁画に近づこうとすると、隣にいるヴァロが声を上げた。
「ト、トイヴォ・・・・・トイヴォの石も光ってるよ!」
「え・・・・・?」
トイヴォが首にかけている石を見ると、石が青く光りだした。



青く光り出したかと思うと、石はさらに強い光を放ち始めた。
それに共鳴するかのように、トイヴォの目の前の壁画の青白い光も、さらに強い光を放っている。
あまりにもの眩しさに、トイヴォは思わず石を壁画に向けた。



すると石から発している青い光と、壁画の青白い光が重なり合った。
2つの光が重なり、融合したかと思うと、その強い光は細長い光となり
まるで意思があるかのように動き始めた。



細長く青白い光は、2階へと通じる階段を上り始めた。
「2階はエリアスがいるわ・・・・・!」
ソフィアが光を追ってその場を離れると、トイヴォとヴァロもソフィアの後を追った。