先にあるもの

 



エリアスはバルコニーに出ていた。
無数の星が広がっている夜空をぼんやりと眺めている。



自分は一体、誰なんだろう・・・・。
このまま何もせず、ぼんやりと一生過ごしていくのだろうか?
何もない、この荒れた城の中で死んでいくしかないのだろうか?



そう考えていると、右側から何かが近づいてくる気配を感じた。
エリアスが右側を向いた途端、エリアスの身体は一瞬のうちに光に包まれていった。



一体、何が起こったんだ・・・・。
エリアスは辺りを見回すと、辺りは一面明るくて白い光に包まれていた。
しばらくすると、前の方から誰かの声が聞こえてきた。
エリアスが前を向いていると、霧のような光の中から、小さな女の子が現れた。
肩にかかるくらいの長さの金髪で、赤いワンピースを着たかわいい女の子だった。
エリアスは最初は誰だか分からなかったが、どこか見覚えのある、懐かしさを感じる女の子だった。



女の子はエリアスの姿を見ると、右手を差し出してきた。
「エリアス、早く行こうよ。早く行かないとみんなに置いて行かれちゃうよ」
「えっ・・・・・」
エリアスが戸惑っていると、その女の子は少しスネながら
「もう、私先に行ってるから。後からすぐに来てよ」と右手を引っ込めて、後ろを向いて
走り出し姿を消してしまった。



あの女の子は一体・・・・・。



エリアスが茫然としていると、今度は突然辺りが部屋の中に変わった。
壁は白く、目の前の壁には大きな鏡があった。
その鏡は戸惑っているエリアスの姿を写し出している。



すると部屋に1人の女性が入ってきた。
白いドレスに長い金髪の髪を後ろに束ねている。
エリアスの目の前で止まると、その女性はエリアスを見て微笑んだ。



「エリアス、紹介するわ。私の父と母よ」



女性が左側を向くと、エリアスもつられて左側を向いた。
そこには赤いローブに身を包み、金色の王冠をかぶった男性と
同じ王冠をかぶり、首に宝石をあしらったネックレスをつけた女性がいた。



あれは・・・・・。



エリアスが誰なのか思い出そうとすると、王冠をつけた男性がエリアスに右手を出してきた。
エリアスはそれに応えようと右手を出そうとすると、突然男性の姿が消えた。



姿が消えたと思ったら、辺りはまた違う風景に変わっていた。
今度は目の前に大きな城があり、その周りは庭なのか緑の芝生が広がっている。



今度はどこなんだ?
さっきから一体どうなっているんだ・・・・・?



エリアスが戸惑いながら辺りを見回すと、後ろに短髪で黒髪の黒い上下の服を着た男性がいた。
「エリアス、セントアルベスクの王女と結婚するんだって?おめでとう」



今度は誰なんだ・・・・・?
何がどうなっているんだ・・・・。



エリアスはますます混乱していた。
しかし、出てきた人物はみんな見覚えのある人物だということは分かっていた。
でもそれが誰なのかまでは思い出せない。
はっきりしない、何とも言えないもどかしさがエリアスの心を支配していた。



エリアスはその場でしゃがみこんだ。
両手で頭を抱えこみながら、心の中で叫んだ。



今まで出てきた人たちは誰なんだ?
僕は一体、何者なんだ?



エリアスはいたたまれなくなり立ち上がった。
そして助けを求めるように空に向かって大声で叫んだ。
「誰か・・・・誰でもいい、僕は誰なのか教えてくれ!」



するとまた辺りの景色が一変した。
辺りを見回すと、見覚えのある部屋に、きれいなドレスを着た大勢の女性達や貴族達の姿。
そして部屋の中央には白いドレスを着た女性と男性がいた。
その男性を見たエリアスは驚いた。



あれは・・・・・僕じゃないか!



エリアスが驚いたまま、しばらく見ていると、突然部屋の玄関から1人の男が入ってきた。
エリアスがさっき見た短髪の黒髪の男性だった。
部屋の中央にいるエリアスは側にいる女性と話をして、女性がその場を離れると
剣を出し、黒髪の男性と戦い始めた。



あの男はさっき、声をかけてきた男だ。
それなのに今はもう一人の僕と戦っている・・・・・・。



エリアスは戦いを見ていると、黒髪の男は体から黒い霧を放っていた。
もう一人のエリアスは黒い霧を避けながら、なんとか戦おうとしている。



あの男から出てくる霧をなんとかすれば、勝機はある。
霧は後ろからは出てないから、後ろに回れば・・・・・・。



エリアスはそう思ったとたん、はっと気が付いた。



そうだ・・・・あの時の僕も同じことを考えていた。
後ろに回れれば、あの男の霧から逃れられて、勝てるかもしれないって。
それで後ろに回ろうとしたんだ・・・・・・。



するとエリアスは何かを思い出したように、部屋の中央に向かって叫んだ。



「後ろに回っちゃだめだ!逃げろ!逃げるんだ!」



しかしもう一人のエリアスにはその声は届かなかった。
黒髪の男性の後ろに回り、短剣をかざしたとたん、もう一人のエリアスの身体は黒い霧に
包まれてしまった。



もう一人のエリアスが倒れると、周囲の人達からは悲鳴が上がった。
多くの人達が逃げ惑う中、エリアスはもう一人のエリアスを見ながら大きな叫び声をあげた。



階段を登り切ったところで、3人は大きな叫び声を聞いた。
「エリアスの声だわ!」
ソフィアは驚いて、バルコニーへと走り出した。



ソフィアがバルコニーに出ると、エリアスが倒れていた。
さっきまでエリアスを包み込んでいた光は消えていた。



「エリアス!」



ソフィアはエリアスの姿を見たとたん、大声で叫んだ。
そしてエリアスの前まで行き、立ち止まるとその場でしゃがみこんだ。



「エリアス、起きて・・・・しっかりして!エリアス」



ソフィアはエリアスの体を両手で揺り起こそうとするが、エリアスの反応はない。



「大丈夫ですか?」
トイヴォがソフィアのところに来て声をかけた。
ソフィアは顔を上げて、トイヴォの方を向くと首を振り
「分からないわ・・・・・とにかく、部屋まで運びましょう」と立ち上がった。
「分かりました。僕も一緒に運びます」
ソフィアとトイヴォはエリアスを部屋まで運ぶことにした。



しばらくして、エリアスは目を開けた。
目を開けると、そこは室内なのか暗闇にうっすらとオレンジの灯りがついている。
エリアスの見覚えのある場所だった。
「ここは・・・・・・?」
エリアスがそう言ってゆっくり起き上がると、左隣で様子を見ていたソフィアが気が付いた。
「エリアス!気がついたのね・・・・よかった」
エリアスは声のする方を向くと、ソフィアの姿を見るなり驚いた。
ソフィアだと分かると、エリアスはソフィアの姿を見つめながら
「ソフィア・・・・無事だったのか!」とソフィアを抱きしめた。
ソフィアは様子が違うエリアスに戸惑いながら
「エリアス・・・・?私が分かるの?」
するとエリアスは体を放し、ソフィアの顔を見つめながら
「ああ、分かるよ・・・・思い出したんだ。何もかも思い出したんだ、ソフィア」
「エリアス!記憶が戻ったのね」
ソフィアが嬉しそうにエリアスを抱きしめると、2人はしばらく抱き合ったまま動かなかった。



2人の身体が離れると、部屋のドアを叩く音がした。
ドアが開き、トイヴォとヴァロがゆっくりと入ってきた。
「ソフィアさん・・・・エリアスさんは大丈夫そうですか?」
トイヴォは右手に持っているコップを渡しながら、ソフィアに聞いた。
ソフィアは水の入ったコップを受け取ると
「トイヴォ・・・・もう大丈夫よ。エリアスはここにいるわ」とエリアスを見ている。
トイヴォはベッドに座っているエリアスを見て
「気が付いたんですね、よかった・・・・」とほっとしている。
ソフィアはコップを後ろの机に置くと、いきなりトイヴォを抱きしめた。



トイヴォは何も言えずに驚いていると、ソフィアはトイヴォにお礼を言った。
「トイヴォ、ありがとう・・・エリアスの記憶を戻してくれて。本当にありがとう」
「え・・・・・エリアスさんの記憶が戻ったんですか?」
それを聞いてトイヴォが驚いてエリアスを見ると、エリアスはうなづいて
「全て思い出したんだ・・・・自分が何者なのか、どうしてここにいるのか。
 どうしてこんなことになってしまったのかも全部、思い出したんだ」
ヴァロはフワフワ浮きながらエリアスに
「あの光がエリアスさんの記憶を蘇らせたんだね。あの光を浴びたの?」
エリアスはうなづいて
「バルコニーにいたら、部屋の方から強い光がこっちにやってきたんだ・・・・
 いつの間にか光の中にいて、そこでいろんなことがあって、気がついたらここにいた」
「いろんなことって?」
「・・・・・それはもう、よく覚えていないけど、過去にあったことを一気に見せられたんだ。
 最後にあのパーティで起こったことを見ているうちに、急に記憶が一気に戻ってきて
 そこからはもう何も覚えていない」
「あのパーティ・・・・・婚約披露パーティのことね」
ソフィアはトイヴォから離れて、エリアスの方を向いた。
そして机の上にあるコップをエリアスに差し出しながら
「パーティで起こったことも思い出したの?」
「まさかあのヴィルホがあんなことをするなんて・・・・・」
エリアスはコップを受け取ると、中に入っている水を一気に飲み干した。
「ヴィルホって確か、昔からの知り合いだって言ってたわね」
「ああ・・・・あんなひどいことをするような男じゃなかった。優しい男だったんだ」
エリアスが空のコップを机の上に置こうとすると、ソフィアがそのコップを受け取った。



「それで・・・・これからどうするの?」
ヴァロがエリアスに向かって聞くと、エリアスは考えながら
「まず今どうなっているのか知りたい。あのパーティからどのくらい時間が経っているのか
 僕には分からないから・・・ソフィア、今セントアルベスクはどうなっているんだ?」
「今はヴィルホがこの国の王様みたいになっているわ」とソフィア
「何だって・・・・それじゃソフィアのお父様とお母様はどうなっているんだ?」
「城にいるわ。お父様とお母様が王様と王女なのは変わっていない・・・・でも実際は
 ヴィルホが権力を握っているのよ」
「ソフィアさんは今どうしているんですか?」
話を聞いていたトイヴォが割り込んで、ソフィアに聞いた
「昼間は白鳥の姿で湖にいるんでしょう?夜はお城には戻るんですか?」
「夜に城に戻ることはあるわ。夜の間だけ元に戻れるから・・・・でも」
「でも?」
「なるべく城には戻りたくないの。それにエリアスの側にいたかったし、ここの方が安全なの」
「でも、親のことも心配じゃないの?」とヴァロ
「心配だわ・・・・だから時々城に帰ってはいるけど、お父様からはあまり城に戻らないように
 言われているの。何かあったら心配だからって」
エリアスはそれを聞いて
「そうなのか・・・・パーティにいた他の貴族達や家来達はどうなっているんだ?」
「全部お父様の味方についているわけじゃないわ。お父様の事を嫌っていた人たちは
 今ヴィルホの味方になってる・・・・今上の位についている人たちはみんな、お父様の敵よ。
 お父様の味方についている人たちはみんな、低い地位に落とされたわ」
「今はヴィルホが全ての権力を握っているのか・・・・・」
「今は様子を見ているけど、反撃するタイミングを見ていると思うわ。お父様がこのまま
 あの男の言うことを聞いているとは思えないの」



ソフィアから話を聞いたエリアスはくやしそうにつぶやいた。
「一体、どうすればいいんだ・・・・・・」
「ヴィルホを倒すしか方法はなさそうだね」
ヴァロがフワフワと浮きながら、トイヴォの左横に移動するとエリアスはうつむきながら
「それは分かっている。でも今のヴィルホはとても強い力を持っているんだ。
 あの力を抑えられれば、なんとかなるはずだ。でもどうすればいいか分からない。
 今の僕の力ではヴィルホには勝てない。どうしようもないんだ・・・・・・」
「勝てる方法はあるわ」
ソフィアがそう言うと、エリアスは思わず顔を上げた。
そしてソフィアの顔を見ながら
「どうやって勝てると言うんだ?ヴィルホから出るあの黒い霧からは逃げられない。
 それに強力な闇の力を持っているんだ・・・・・・」
「その闇の力を封じ込めばいいのよ」
ソフィアはエリアスの顔を見ながら続けた。
「昔からセントアルベスクに伝わる赤い石と青い石、それと伝説の剣が揃えば、邪悪な闇の力は
 封じ込めることができる。城にある古文書に書いてあったわ」
「その3つがあれば、ヴィルホを倒すことができるのか?」
「お父様はそう信じているわ」
エリアスの言葉にソフィアはきっぱりとそう言った。
「赤い石は城の中にあるわ。お母様かお父様のどちらかが持っているはずよ。
 それに青い石は今ここにあるわ。トイヴォが持っているのがその青い石よ」
「何だって・・・・・?」
エリアスがトイヴォの方を見ると、トイヴォは戸惑いながら
「で、でも・・・・本当にこの石が伝説の青い石なのか分からないよ」と首を振っている
「本物の青い石だと思うよ」
ヴァロはトイヴォの首にかかっている青い石を見ながら言った。
「だって、下の壁画が出来上がった時、青い石が光ったじゃない。その光でエリアスさんの
 記憶が戻ったんだから・・・・本物じゃなきゃこうはなってないと思うよ」
「私もそう思うわ」とソフィアはトイヴォを見ながらうなづいた。
その後、ソフィアはエリアスの方を向いて
「だからあとは伝説の剣が揃えば、ヴィルホを倒せると思うの」
「でも、2つは揃ったとして・・・・その伝説の剣はどこにあるんだ?」
エリアスが聞くと、誰も何も言えず辺りはしばらく静まり返った。



エリアスは誰も剣のありかを知らないと分かると溜息をついた
「伝説の剣は、どこにあるか探さないと分からないのか・・・・・」
ソフィアはすまなさそうに
「城の中にないか、お父様に聞いたことがあるの・・・・でも城の中にはないって」
「そうか・・・セントアルベスクのどこにあるのか探しに行かないといけないな」
「エリアス・・・・もしかしてこの城を出て、伝説の剣を探しに行くの?」
「でないと、いつまでもこのままの状態だ・・・・いつまでもヴィルホの好き勝手にさせるわけには
 いかないだろう。明日にでも探しに行くつもりだ」
「探しに行くのはいいけど、探すあてはあるの?」とヴァロ
「・・・・探すあてはないが、とにかく探すしかないだろう」



トイヴォが黙っていると、右隣にいるソフィアがトイヴォに話しかけた。
「そういえば、ずっと聞いていなかったけど、トイヴォはどうしてセントアルベスクに来たの?」
トイヴォはしばらくしてからぽつりと言った。
「・・・セントアルベスクには母親を探しに来たんです」
「お母様を?トイヴォは一体、どこから来たの?」
「ここからとても遠いところです。あちこちの町で探しているうちに、ここに来ました。
 僕の父親が昔、戦争の時にここに来ているんじゃないかと思って・・・・それでもしかしたら
 母親もここにいるんじゃないかと思って来たんです」
するとそれを聞いたヴァロが
「それに、セントアルベスクって青い鉱石が採れるところでしょう?
 トイヴォが持っている青い石と何か関係があるんじゃないかって思って」
「戦争って・・・・まだお父様が若い頃に起きた戦争のことね」
「ああ、確かセントアルベスクと周辺の国とで起こった戦争のことだ」
ソフィアの言葉を受けて、エリアスはうなづきながら言った。
ソフィアはトイヴォの方を向いて
「それで、どうしてトイヴォのお母様がセントアルベスクにいるかもしれないって思うの?」
「戦争で死んだ父親が、この青い石を持っていたんです」
トイヴォは首にかけている青い石を右手で持った。
そして青い石を見ながら
「この青い石は特殊な力を秘めていることが分かったんです。同じ青い石が採れるのは
 セントアルベスクだと聞いて、もしかしたら・・・・・」
「もしかしたら、お母様がセントアルベスクにいると思ったのね」
ソフィアの言葉に、トイヴォは黙ってうなづいた。



しばらくしてソフィアがトイヴォに話しかけた。
「トイヴォはこれから、お母様を探しに行くの?」
「そのつもりです」トイヴォはあっさりと答えた。
「それに、この青い石はどこから父親に流れてきたのか知りたいんです」
「その青い石は・・・・きっと私のお父様からだと思うわ」
ソフィアがそう言うと、3人は驚いた。
エリアスは戸惑いながら
「ソフィア・・・どうしてそう断言できるんだ?お父様から話を聞いたのか?」
「はっきりと聞いたわけじゃないわ」
エリアスの方を向いて、ソフィアは首を振った。
「でも、昔起こった戦争の話をしている時に、お父様が言っていたの。
 敵が城まで近づいてきて、もしかしたら赤い石と青い石を狙ってくるかもしれないから
 ひとつずつ、別の兵隊に戦争が収まる間、預かってもらったことがあるって・・・・・
 その後、戦争が終わって赤い石は戻ってきた。だけど青い石は戻ってこなかったって」
それを聞いたヴァロは、トイヴォが持っている青い石を見ながら
「それじゃ・・・・その時青い石を預けたのはトイヴォのお父さんかもしれないってこと?」
「そうかもしれない」トイヴォは青い石を見ながらうなづいた。
「戦争の時、僕の父親は兵士だったから。もしかしたらこの石を預かっていたのかもしれない」
「今度、城に戻った時にお父様に聞いてみるわ」
ソフィアがトイヴォにそう言うと、トイヴォは黙ったままうなづいた。



「それから、トイヴォ・・・・お願いがあるの」
ソフィアが再びトイヴォに話しかけると、トイヴォはソフィアの方を向いた。
トイヴォが黙っているので、ソフィアは少し言いにくそうに戸惑いながら
「お母様のことを聞いた後で、とても言いにくいけど・・・・でも聞いて欲しいの。
 エリアスと一緒に、伝説の剣を探して欲しいの」
「伝説の剣を・・・・・?」
トイヴォが戸惑っていると、黙っていたエリアスが口を開いた。
「僕もそれを言おうと思っていた・・・・トイヴォが持っている青い石で伝説の剣を
 探せないかと思っていたんだ」
「それに、伝説の剣もトイヴォのお母様もセントアルベスクにあるかもしれないなら
 別々に探さなくても、一緒に探したほうがいいと思うの」とソフィア



トイヴォは2人に言われて、戸惑っていた。
お母さんも伝説の剣も、このセントアルベスクに存在するのか分からない。
もしかしたら、他のところに存在するのかもしれない。
もしかしたら、それぞれ別の場所に存在するのかもしれないのだ。



トイヴォが返事に困っていると、ヴァロがフワフワ浮きながらトイヴォに言った。
「トイヴォ、一緒に探してみようよ。もしかしたら両方見つかるかもしれないよ。
 それに僕達だけじゃ、セントアルベスクのことは全く分からないし。
 ソフィアとエリアスと一緒なら、どこに何があるか分かってるから、その方が早いと思うよ」
するとそれを聞いたソフィアがさらにトイヴォにこう言った。
「トイヴォ、私は一緒に行けないけど、あなたのお父様とその青い石のことも調べるわ。
 お母様のことも出来る限り探すつもりよ・・・・だからお願い。一緒に探して」



トイヴォはしばらく黙っていたが、青い石をゆっくりと右手から放した。
そして顔を上げて、3人の方を向くと、ゆっくりとこう言った。
「・・・・分かりました。一緒に探しましょう」
「ありがとう!トイヴォ」
ソフィアが嬉しそうに微笑んでいると、エリアスはこう切り出した
「じゃ、明日から探すことにしよう・・・・と言っても、どこから探そうか」
「今日はもう終わりにして、明日また話をしましょう」
ソフィアが話を終わらせると、3人はうなづいた。



翌日の朝。
割れたガラスの窓からトイヴォが外を見ると、空は厚い雲で覆われていた。
トイヴォの右隣でヴァロが声をかけてきた。
「今日はすっきりしない天気だね」
「うん、雨が降りそうな天気だね。今日はどうするんだろう」
トイヴォはヴァロの方を向いて答えると、ヴァロは窓の外を見ながら
「今日から探すってエリアスさん言ってたけど、どこに行くつもりなんだろう?」
「分からない。でもその前にどこを探すか話をするって言ってなかった?」



すると玄関のドアが開き、アレクシが入ってきた。
アレクシは窓ガラスの前にいる2人を見つけて
「ここは天気が悪いと、灯りをつけないと暗いな」
「あ、アレクシさんだ」
アレクシの声に気が付いたヴァロはフワフワ浮きながらアレクシのいるところに移動した。
「おはようヴァロ。先にあの男のところにこれを置いてくるから待っててくれ」
アレクシは片手に持っている、食器が乗ったトレイをヴァロに見せると、そのまま階段へと歩いていった。



しばらくしてアレクシが階段を降りて行くと、部屋の灯りがついた。
「やっぱり天気が悪い日は灯りをつけたほうがいいですね」
アレクシが階段を降り切ったところで、トイヴォがランプの側でアレクシに声をかけた。
アレクシはソファまで来ると、背負っていたリュックを床に置き
「やっぱり灯りがあるとないとは違うだろう?朝ごはんにしよう」とリュックの口を開けた。
トイヴォはアレクシに近づきながら聞いた。
「ところでエリアスさん、もう起きてましたか?」
エリアスはリュックの中を見ながら
「あの男か?いや・・・・いつも部屋には入らないからな。いつも部屋の前に食事を置くだけだから」
するとそれを聞いたヴァロがつまらなさそうにフワフワ浮きながらぽつりと言った。
「なんだ・・・・じゃいつもエリアスさんとは会ってないんだ」
「何だ?何かあったのか?」
アレクシは顔を上げてヴァロを見ていると、トイヴォは
「昨日、ちょっとしたことがあったんです。詳しくは後で話します・・・食器取ってきます」と
その場を離れ、部屋の奥のキッチンへと歩いて行った。



「何だって?あの男の記憶が戻ったのか?」
アレクシが驚きの声を上げた。
トイヴォはパンを食べながらうなづいて
「そうなんです。昨日の夜、あの絵が出来上がったとたん、絵から青い光が出てきたんです」
「それにトイヴォが持っている青い石からも光が出たんだよ」
ヴァロがそう言った後、コップを口に近づけて水を飲んだ。
「トイヴォが持っている青い石?」
アレクシが左側にいるトイヴォを見ると、トイヴォは青い石を右手で持ってアレクシに見せた。
アレクシはその石を見ながら
「これがそうか・・・・いや、列車で会った時からなんとなく気になっていたけどな」
「アレクシさん、気がついてたんですか?」とトイヴォ
「ああ。その青い石、セントアルベスクで採れる石と似てるなと思っていたんだ。
 前に取引である町の商人から頼まれて持っていったことがある」
「やっぱり・・・・この青い石はセントアルベスクの石なんだ」
「ところで、前にその石は父親が持っていたと聞いたが、どうして父親が持っていたんだ?」
「それが分からないんです」
トイヴォは青い石を見ながら首を振った。
「それを確かめるために、セントアルベスクに来たんです。それにもしかしたら母親も
 セントアルベスクのどこかにいるかもしれません」
「そういうことか・・・・・」
アレクシが納得していると、その右側でヴァロが割り込んできた。
「もしかしたら、セントアルベスクの王様が戦争の時にトイヴォの父親に預けた可能性もあるって
 昨日ソフィアさんが話してた」
「僕の父親は戦争の時、兵士だったんです。もしかしたらセントアルベスクにいた時に王様から
 この青い石を預かっていたかもしれません」
その話を聞いてアレクシは少し間を空けた後、考えながら
「ええと・・・・もしかしたら、その青い石は元々は王様が持っていたかもしれないということか。
 その青い石は何なのか、それと、あの男の記憶が戻ったのとどんな関係があるんだ?」
トイヴォはアレクシの質問にはっと気が付いて
「すみません、話をとばしたみたいで・・・・この青い石はソフィアさんの話ではセントアルベスクに
 伝わる、伝説の青い石みたいなんです。僕は正直、まだ信じられないんですけど。
 それで、昨日の夜、あの絵ができあがった時に絵から青い光が出てきて、この青い石からも
 同じ光が出て・・・・光は階段を上がっていったので、後を追って行ったら、バルコニーにいた
 エリアスさんが倒れていました。エリアスさんを部屋に運んで行って、僕が水を持って行ったら
 エリアスさんの記憶が戻っていたんです」
「つまり、絵とその青い石から出た光を浴びて、あの男の記憶が戻ったという訳か」
トイヴォはうなづいて
「はい・・・・それでセントアルベスクの今の状況をソフィアさんに聞いていました。
 それで今日から・・・・・」
トイヴォが話をしている途中、窓ガラスの方から何やらコツコツと叩いている音が聞こえてきた。



トイヴォが窓ガラスの方を向くと、窓の外には大きな鷲が羽ばたいている姿が見えた。
「あ、あの鷲だ!戻ってきたんだ」
ヴァロも音に気が付いて、窓の方を見たとたんフワフワと浮きながら窓へと移動した。
アレクシも窓を見て
「な、何だ?あの大きな鷲、お前たちの知り合いか?」と戸惑っている。
トイヴォはソファから立ち上がりながらアレクシに聞いた
「ちょっと外に行ってきていいですか?アレクシさんはここで待っていてください」
アレクシは戸惑いながらもうなづいた。
「ああ・・・・分かった。後でまたゆっくり話を聞こう」



トイヴォとヴァロが外に出ると、窓ガラスの前に鷲が止まっていた。
鷲の右足には細い紙が巻き付いている。
トイヴォは恐る恐る鷲にゆっくり近づいて、その細い紙をそっと取ると
ゆっくりと後ろに下がって、鷲から少し離れたところで止まった。



トイヴォはゆっくりと細い紙を広げると、紙が2枚重なっていた。
最初の1枚は地図らしき絵が手書きで描かれている。
左側には山の絵が描かれており、右側にはたくさんの家の絵が描かれていて
その中のひとつの家の上に矢印が描かれている。



これはどこなんだろう・・・・それに右端に何か描かれている。



トイヴォは地図が描かれている紙を後ろにすると、もう1枚の紙に文章が書かれていた。



トイヴォへ

あなたからの手紙を受け取りました。
無事でよかったです。

セントアルベスクまで来たのですね。
ポルトからはかなり遠いところなので、森の和尚様もあなたからの手紙を見て驚いていました。

あなたの手紙を読みました。
今回の異変は、セントアルベスクで起こっていることが他のところに広がっているのでは
ないかと私と和尚様は感じています。
なんとかしなければなりません。

これからどうすればいいのか迷っていたら
セントアルベスクの中心地からはずれたところに、小さな集落があります。
そこに知り合いの占い師がやっているお店があるので、そこを訪ねてみてください。
地図を描いたので、一緒に入れておきます。

それから、和尚様から伝言を預かっています。


トイヴォ

これからお前が行くところ、多くの困難が待ち受けているであろう。
決して逃げることなく、心を強くして受け入れることじゃ。
心が強くあれば、自然と道が開ける。

トイヴォ、お前には仲間がいる。
仲間と力を合わせ、心をひとつにして
前に進んでいけば、道は開ける。

森からお前のことを見守っているよ。

                 和尚


また何かあったら、すぐに手紙をください。
待っています。
 
                 オリヴィア



トイヴォは手紙を読み終えると、ヴァロが後ろで手紙を見ながら聞いた。
「トイヴォ、手紙に書かれている占い師のところに行くつもりなの?」
トイヴォは手紙を小さく畳むと、右のポケットに入れながら
「オリヴィアさんが地図まで書いてきてくれているから、行くしかないと思う」と
小さな笛を取り出した。
そして笛を口にくわえると、鷲に向かってピイーと笛を吹いた。



笛の音を聴いた鷲は大きく羽根を広げると、空高く舞うように飛んで行った。
鷲の姿がいなくなると、2人はゆっくりと城の中に入って行った。



戻ってきた2人の姿が見えると、アレクシは声をかけた。
「用事は済んだみたいだな・・・・・ところであの鷲はお前たちの知り合いか?」
するとトイヴォはポケットから手紙を出して
「アレクシさん、聞きたいことがあるんです」と地図をアレクシに見せた。
アレクシは地図を見て戸惑いながら
「これは地図だな・・・・それで?この地図のことを聞きたいのか?」
「はい。この地図はセントアルベスクの中心地のはずれにある小さい集落なんですけど、
 どこか分かりますか?」
「中心地のはずれにある集落・・・・ちょっと貸してくれ。ゆっくり見たい」
トイヴォが地図をアレクシに渡すと、アレクシは地図をじっと見ながら
「左端に山、右端に集落の家・・・・右端に何か書いてあるな」
「気が付きましたか。僕も気づいたんですけど、何が書いてあるのかよく分からなくて」
「右端のやつはよく分からないが、地図に描いてある場所はなんとなく分かる。
 ここから少し遠いが、街に行く途中にある集落のことだろう」
それを聞いたトイヴォは思わず声を上げた。
「アレクシさん知ってるんですか!案内してもらえますか?」
「い、いいけど・・・・いつ行くんだ?」
「今からでもいいですか?その集落にあるお店に行きたいんです」
するとアレクシは驚いて
「今からか?・・・・今日は何も用事はないからいいが、いったん宿屋に戻ってからでいいか?」
と地図をトイヴォに返した。



すると2階からエリアスがトレイを持って、階段から降りてきた。
「おはよう、トイヴォ・・・・朝から何かあったのか?」
エリアスが3人の姿を見るなり、トイヴォに聞いてきた。
「あ、おはようございます」トイヴォはあいさつをして、続けてこう答えた。
「今、アレクシさんとこの地図の場所に行こうかって話をしていたんです」
「地図?」
エリアスが思わず聞き返すと、トイヴォは階段を降りたエリアスのところへ移動した。
そして手に持っている地図をエリアスに見せた。



エリアスは地図を手に取りしばらく見ていると、アレクシが近づいてきた。
「その地図、どこなのか分かるのか?」
「あ、ああ・・・・」エリアスは戸惑いながらも、地図をじっと見ている。
「この辺りはソフィアとよく歩いているから・・・・ここは確か街へ行く途中の小さい町だと思う」
それを聞いたアレクシはうなづいて
「その通りだ。記憶が戻ったみたいだな、隣国タンデリュートのエリアス王子」
「ああ、ありがとう」
アレクシが右手を差し出すと、エリアスは戸惑いながらも握手を交わした。



2人が手を放すと、アレクシがエリアスが持っている地図を見て
「トイヴォがその地図に描いてある、その集落に行きたいそうだ。今から一緒に行くか?」
「この町に・・・・?トイヴォ、それは一体どういうことなんだ?」とエリアス
「その集落に占い師がいるんです」
トイヴォは2人の間に入って説明を始めた。
「これからどうしたらいいのか僕も迷っていたんで、遠い知り合いに手紙を出したんです。
 さっき、その知り合いから手紙が届いて、手紙と一緒にその地図が入っていました。
 矢印が描かれている家が、占い師がやっているお店です」
「それでさっき、あの大きな鷲が来てたのか」
アレクシが納得していると、エリアスはさらにトイヴォに聞いた。
「占い師にはどんなことを聞くつもりなんだ?」
「具体的にはまだ・・・・何も決めていません。ただこれからどうすればいいのかを聞きたいんです」
トイヴォは首を振って答えると、エリアスは何も言わず黙ってしまった。



今後どうすればいいのかを聞くために占い師のところに行くのか。
それより伝説の剣を探すのが先だ。



エリアスは最初そう考えていたが、途中で考えを変えた。



いや、待てよ・・・・・。
伝説の剣を探すのが先だが、どこにあるのかが分からない。
占い師のところに行くのであれば、伝説の剣がある場所を占ってもらえば
もしかしたら場所が分かるかもしれない。



占いだから、外れるかもしれない。
でも闇雲に探し回るよりいいかもしれない・・・・・。
今自分ができることに賭けるしかない。



「エリアス、行くのか?」
黙っているエリアスにアレクシが聞くと、エリアスが口を開いた。
「一緒に行こう、今から出かける準備をしてくる」
エリアスがトイヴォに地図を返して、トレイを床に置くと、降りてきた階段を上り始めた。
「じゃ、オレはいったん宿屋に戻る。すぐ戻ってくるからここで待っててくれ」
アレクシはリュックを背中に背負うと、トイヴォにそう言ってその場を後にした。



しばらくして、アレクシが城に戻ると、4人は揃って城の外に出た。
外は暗く、霧雨のような小雨が降っていた。
「雨が降ってる・・・・・霧みたいな雨だ」
ヴァロがフワフワと浮きながら空を見上げると、アレクシはそれを聞いて
「ヴァロ、傘がいるのか?小雨だからあまり濡れないだろう?」
「うん、大丈夫だよ。傘はいらない」
ヴァロはあっさりとうなづいた。
アレクシはさらにヴァロの隣にいるトイヴォに声をかけた。
「トイヴォは大丈夫か?」
「このくらいの小雨だったら大丈夫です」
トイヴォは地図を見ながら答えた。
そして顔を上げて、地図を小さく畳みながらアレクシに聞いた。
「ここからどのくらいで着くんですか?」
アレクシは考えながら
「そうだな・・・・・でもかなり遠いぞ。2時間もかからないと思うけどな」
「遅くても夜にはここに戻れると思う。そろそろ行こうか」
エリアスがそう言って先に歩き始めると、後の3人もエリアスの後を追うように歩き始めた。