ひこうきぐも
エリは海を眺めていた。
雲ひとつない青空が広がって、太陽の陽射しが地面を照り付けている。
海には大勢の人達が海水浴を楽しんでいる。
エリは人ごみを避けて、あまり人がいない海岸の入口付近から海を眺めていた。
人々の楽しそうな歓声に交じって、波の音が聞こえてくる。
エリはスマホの画面を見た。
時間は13時半を過ぎていた。
14時から開始だから、そろそろ行かないと・・・・・。
エリは視線を海から道路に向けた。
でも、できれば行きたくないな。
エリは気が進まないまま、とりあえず会場に向かおうと歩き始めた。
海沿いを歩いていると、レストランの建物が見えてきた。
しばらくしてレストランの入口に着くと、入口には同窓会の看板が立てかけてある。
入口のドアを開けて中に入ると、数十人の人の姿があった。
エリが辺りを見回していると、後ろから誰かが声をかけてきた。
「エリ!エリじゃないの?」
エリが後ろを振り向くと、3人の女性の姿があった。
エリは3人の姿を見ると、しばらくして顔がほころんだ。
「ミキ、ユカリ・・・・・それにサキも!久しぶりだね」
「やっぱりエリだ、久しぶり!」と最初に声をかけたミキが言った。
「高校の時とそんなに変わってないね。同窓会出るの久しぶりじゃない?」
ミキの右隣でユカリがエリの姿を見ながら聞くと、エリはうなづきながら
「うん、しばらく出てなかったから。でもユカリ達もそんなに変わってないよ」
「そうか・・・そうだね!」
ユカリが3人を見ながらそう言い放つと、4人は思わず声を出して笑った。
「でも、元気そうでよかった」エリの右隣でサキが声をかけてきた。
「ずっと同窓会に来なかったから、気になってたの。それでこの間連絡したのよ」
「ありがとう、サキ。ずっと都合悪かったから。ごめんねわざわざ」
エリはサキにそう言ってごまかした。
本当は来たくはなかったけど、こうしてクラスメイトと話していると楽しい。
エリは3人と話をしながら、誰かを探すように辺りを見回した。
今のところ、ユキトは来ていないみたい。
ユキトが来ないまま、同窓会がこのまま終わってくれればいいんだけど・・・・・。
エリはそう思いながら、サキ達とテーブルに着いた。
しばらくして同窓会が始まった。
エリは隣になったサキと話をしながら食事をしていると、入口から1人の背の高い男性が入ってきた。
エリは誰が入ってきたのかと入口を見ると、はっとして一瞬体が固まった。
入ってきたのはユキトだった。
ユキトを見ていると、ユキトがエリの方を向いた。
エリはユキトと目が合うと、思わず避けるようにサキの方を向いた。
どうして遅れて来るのよ、会いたくなかったのに。
エリがそう思っていると、前の方から男性の低くて太い声が聞こえてきた。
「ユキト!遅いじゃねえか。新婚だからって遅刻してくるなんて聞いてないぞ!」
「ごめん!間に合う電車に乗れなくてさ」
ユキトはそう言って、声のする方へと歩いて行った。
ユキト、結婚したんだ・・・・・・。
「エリ、大丈夫?」
エリが黙っているので、サキが心配そうに声をかけてきた。
「え?あ・・・・うん、何でもない。大丈夫だよ」
サキの声に気が付いたエリは、慌ててそう答えた。
同窓会が終わり、エリが椅子から立ち上がると、ユカリがエリに近づいてきた。
「ねえ、みんなでこれからこの近くのお店に行かない?2次会やろうよ」
「2次会?この近くにお店ってあるの?」とサキ
「最近、おしゃれなカフェができたみたいなの。パンケーキのお店なんだって」
「そうなんだ。・・・・エリはどうするの?行く?」
するとエリは首を振って
「ごめん、明日朝早くから仕事が入ってるの・・・・早く帰らないと」とすまなさそうに言った。
「そうなんだ・・・・仕事なら仕方ないね」
がっかりするユカリにエリはすまなさそうに
「せっかく誘ってくれたのにごめんね。そのうち連絡するから。じゃ・・・・また今度ね」と
椅子からカバンを持って、その場を後にした。
エリはそそくさとレストランを出ると、海沿いの道を歩き始めた。
しばらくして後ろのレストランを振り返るが、まだほとんどが店の中にいるのか人の姿はなかった。
エリは前を向くと、再びゆっくりと歩き始めた。
びっくりした・・・・・まさかユキトが来るなんて。
サキに来るように言われたからしょうがなく来たけど、やっぱり来なきゃよかった。
エリはそう思いながら、右側に見える海を見ていた。
ユキトとは会いたくなかったから、今まで同窓会を避けてたのに。
どうしてあの時、ユキトと目が合っちゃったんだろう・・・・・。
ユキトは私のことなんて、もう何も思っていないのに。
エリが海を見ていると、後ろから低い声で声をかけられた。
聞き覚えのある声に後ろを振り返ると、そこにはユキトが走って近づいてきていた。
「ユキト・・・・・!」
「久しぶりだな、エリ」
ユキトはエリの目の前まで来ると、その場で立ち止まった。
エリはユキトの顔を避けるように、黙って顔を右側の海の方へ向けた。
そんなエリの対応に、ユキトは戸惑いながらエリに聞いた。
「さっきもそうだったけど・・・久しぶりに会ったのに、どうしてそんなに冷たいんだ?
どうしてオレを避けるんだ」
するとエリはユキトの方を向いてきっぱりと答えた。
「私はユキトに会いたくなかったから。顔を見たくなかったからよ」
「じゃ、どうして同窓会に出たんだ?今までずっと出てなかっただろう?」
「それはサキがしつこく連絡してきたからよ」
エリはムキになって、ユキトの顔を見ながら答えた。
「サキが私のことをとても心配していたから、仕方なく今日は出たの。あなたに会うためじゃないわ」
エリは吐き捨てるようにそう言うと、海岸へと入って行った。
ユキトはエリの後を追うように、海岸に入った。
ユキトの前を歩いて行くエリに、ユキトはさらに聞いた。
「どうしてオレはエリに避けられてるんだ?何かオレ悪いことでもしたのか?」
するとエリは立ち止まった。
そして振り返ると、ユキトに向かって思いをぶつけるように、大声で叫んだ。
「じゃ、どうして・・・・どうしてマリを見捨てるようなことをしたの?どうして病院からいなくなったの?
どうしてマリの葬式にも、告別式にも出てこなかったのよ!」
それを聞いて、ユキトは何も言わず黙り込んでしまった。
エリはそんなユキトを見ながら、マリのことを思い出していた。
エリとユキトは小さい頃からの幼なじみだった。
2人は小さい頃からいつも一緒にいるくらいの仲良しで、幼稚園から高校まで一緒だった。
高校も同じクラスにはなったが、部活等でいつも一緒ではなく、何かあれば相談し合うくらいの仲だった。
そこに転校生としてクラスに入ってきたのが、マリだった。
明るくて誰にでも笑顔で接しているマリと、エリはすぐに気が合い、仲良しになった。
いつも2人は一緒にいて、時々ユキトとも一緒に遊んだりもした。
マリという新しい友達ができて、エリは楽しい高校生活を送っていた。
ところが、しばらくして突然マリの体調が悪くなり、マリは高校に来なくなった。
エリが心配をしているある日、高校にマリが久しぶりに姿を見せた。
その日の放課後、マリはエリに話があると言って、エリを連れて校庭に出た。
エリは、マリから話を聞くと、驚いて言葉を失った。
「そ、そんな・・・・・本当なの?病院の先生がそんなことを言ったの?」
驚いているエリに、マリはうなづいた。
「本当よ。病院の先生から診断結果を聞いたの。末期の白血病だって・・・・・
もう1年ももたないかもしれないって」
「そんな・・・・・なんとかならないの?手術するとか、治療でなんとか治せないの?」
「治療はずっとしてるわ。でも、もう手の施しようがないって・・・・・」
マリがそう言ってうつむいてしまうと、エリはマリを見ながらショックを隠し切れなかった。
エリが黙っていると、マリが顔を上げてエリに話しかけてきた。
「エリ・・・・・お願いがあるの」
「・・・・何?」
「私はあと1年・・・・1年も生きられないかもしれないけど、その間楽しく生きようって決めたの。
今のうちに楽しい時間を過ごしたいって。悔いのない人生を送りたいの」
「マリ・・・・・・・」
エリがうかない顔でマリを見ていると、マリは少し恥ずかしそうにうつむきながら
「私、好きな人がいるの。だから・・・・・エリに協力してもらいたいの」
「好きな人?好きな人って誰?」
「同じクラスのユキトくん・・・・・・」
「え・・・・・・?」
エリはユキトの名前を聞いて、一瞬体が固まった。
マリの告白に、エリは再びショックを受けた。
小さい頃からずっと一緒にいて、気心が知れたユキト。
そんなユキトのことを、エリはなんとなくだったが好きだったのだ。
そのユキトを、マリが好きだと聞いて、エリは頭が混乱していた。
エリが黙っていると、マリは戸惑いながら話しかけてきた。
「やっぱり、こういうのって、自分で言わないとダメだよね・・・・・」
エリは戸惑いながらマリの方を向いた。
「もしかして、私に代わりにユキトに言って欲しかったの?」
「エリって、ユキトくんとすごく仲がいいから、もしかしたら付き合ってるんじゃないかと思って・・・」
「う、ううん。そんなことないよ」
エリは慌てて否定した。「それにユキトとは幼なじみっていうだけで、小さい頃から一緒にいるだけ」
「そうなんだ・・・・・・」
マリがうつむいてしまうと、エリは見かねて
「そ、それじゃマリがユキトと会えるように、私がユキトに話してみるから・・・・・それでいい?」
するとマリは嬉しそうに顔を上げた。
「本当?」
「う、うん・・・・」
エリは歯切れが悪そうにうなづいた。「でも、告白は自分でして。私は何もできないから」
「ありがとう!エリ」
マリは嬉しくなり、笑顔でエリに抱き着いた。
エリは笑顔を作りながらも、心の中は複雑だった。
数日後、高校からの帰り道。
偶然ユキトと一緒に帰ることになったエリ。
エリはマリの事で話があると、途中の海岸にユキトを連れてきた。
「今、マリって学校休んでるでしょう?マリの事で相談があるんだ」
「ああ・・・確か病気で自宅で治療してるって先生がこないだ言ってたけど、どうかしたのか?」
ユキトがエリの方を振り返って聞くと、エリはしばらく間を置いてから話し始めた。
「・・・・こないだ学校に来た時に、マリから聞いたんだけど、マリ、白血病なんだ・・・・」
「え・・・・・白血病?」
ユキトが驚いたような顔で聞き返すと、エリはうなづいて
「うん、末期の白血病だって・・・・・もしかしたら1年ももたないかもしれないって」
「・・・・だから最近、学校に来なかったのか」
「それで、お願いがあるんだけど。マリが学校に来てる時に、仲良くして欲しいんだ。
マリ、いつ死ぬか分からないから、今のうちに楽しい時間を作りたいって」
「あ、ああ・・・・・いいけど。他の奴らと一緒に遊ぼうか?」
「う、ううん」エリはあわてて首を振った。
「マリ、人が多いと疲れちゃうから、なるべく人は少ない方がいいって・・・・」
どうして、マリと2人でって言えないんだろう。
私、何をやってるのかな・・・・・・・。
エリがそう思っていると、ユキトはエリにこう言った。
「分かった。じゃ学校に来たら、エリと3人で会うようにするよ」
ユキトの返事にエリは戸惑いながら
「え・・・・・なんで私が入ってるの?2人で会えばいいじゃない」
「2人きりだと、高校の他の奴らが見たら誤解されるからな。エリがいたほうがいい」
「じゃ、今はどうなの?今も2人きりじゃない」
「エリはまた違うんだよ。例外っていうか・・・・・」
「ちょっと・・・それ、どういう意味?」
エリがユキトに向かって走り出すと、ユキトは逃げるようにその場を走りだすのだった。
それから、マリが高校に来た時はエリとユキトの3人で遊ぶようになった。
ユキトが部活で都合が悪い時もあったが、それ以外はできるだけ3人一緒にいるようになった。
放課後、3人で海岸に行ったり、海が見える丘に行ったりもした。
ユキトは最初、マリとはあまり話をしなかったが、時が経つにつれてだんだんと話をするようになり
エリと同じように仲良くなっていった。
そんな2人をエリは、複雑な思いで見ていた。
今まで一緒にいたユキトが、マリと一緒にいる時が楽しそうに見えたのだ。
だんだん2人の距離が近くなっていくのを感じ、エリは見ているのが辛くなってきた。
一体、何だろうこの気持ち。
ユキトのことも、マリのことも好きなのに
あの2人を見てるとなんだかとても辛い。
なんだか、このままだと大事なものをマリに取られそうな気がして怖い。
その一方で、別の気持ちが現れた。
私、何を考えてるんだろう。
マリのために、ユキトのことをあきらめたのに。
マリにユキトを取られそうで怖いなんて・・・・・・。
そんなことなら、最初からマリのお願いなんて聞かなきゃよかった。
あの時、きっぱりと断ればよかったのに。
追い詰めれば追い詰めるほど、エリは心が苦しくなっていった。
それからも3人は会っていたが、エリはだんだんと2人から距離を置くようになった。
マリとユキトが仲良く話している姿を見ていられなくなったのだ。
エリは自分から2人に距離を置くことで、同時にユキトのことも考えないようにした。
マリが高校に来ても、校内で話をするだけで、終わったら用事があると言って
2人を避けるように、先に帰るようになってしまった。
そんな中、マリの体調が悪化し、マリは病院に入院した。
エリは何度か病院に見舞いに行き、マリと話をした。
ユキトは見舞いに来てるのか聞いたが、ユキトとどうなっているかは聞かなかった。
ユキトに告白したのか、エリは内心怖くて聞けなかった。
聞いたところで、辛くなるだけだとも思って、聞けなかった。
その数か月後、マリは亡くなった。
マリが亡くなった日、ユキトが病院に見舞いに来ていたということを、エリは後からマリの母親に聞いたのだ。
エリが責めるような目でユキトをじっと見つめていると、ユキトは静かに口を開いた。
「・・・・・ごめん、エリには今まで何も話をしなかった。オレが悪い」
エリが黙っていると、ユキトはエリの顔を見た。
そして続けて話を始めた。
「あの日、見舞いに病院に行ったんだ。それでマリと話をしてたら、携帯が鳴って・・・・
出たら母さんからで、おばあちゃんが熱中症で倒れて、隣町の総合病院に救急車で運ばれたから
すぐ帰るようにって言われたんだ」
「え・・・・・・」
「それで、マリにその話をしたら、マリは「私は大丈夫だから、急いでおばあちゃんのところに行って」って。
「少し疲れたから、横になる」って言って・・・・オレは急いで家に帰ったんだ。それから母さんと
隣町の総合病院に行って・・・・・・まさか、マリが死ぬなんて思わなかったんだ」
ユキトの話を聞いて、エリは驚いていた。
エリは何も言えず黙っていると、ユキトは話を続けた。
「マリが死んだって知ったのは、あの日の夜、おばあちゃんが亡くなった後だったんだ。
疲れて家に戻ったら、携帯に留守電が入ってて・・・・・マリのおばさんからだった。
マリが亡くなった・・・・・今まで仲良くしてくれてありがとうって」
「どうして・・・・・・どうして葬式や告別式には来なかったの?」
「どちらかだけでも行きたかった。でもおばあちゃんの葬式と重なって、時間が合わなかったんだ・・・・。
それからしばらくの間、辛くて・・・・・おばあちゃんやマリの事を思い出すのが辛くて、しばらく
何もできなかったんだ」
「そんな・・・・・・・」
知らなかった・・・・・・。
そんなことが起きていたなんて。
私、何も知らなかったんだ。
ユキトの話に、エリはショックを受けて何も言えずにいた。
エリは力が抜けたようにその場にしゃがみ込むと、ユキトがそれを見てエリに近寄ってきた。
「大丈夫か?エリ」
ユキトがエリに声をかけると、エリは小さくうなづいた。
「ごめんね、ユキト・・・・・私何も知らなくて・・・・」
「いや、オレの方こそごめん。オレもエリに話をしてなかった」
ユキトはエリに謝ると、ふと空を見上げた。
海の真上に広がる夕焼けの空に何かを見つけたのか、ユキトはあっという声をあげてこう言った。
「エリ、空を見てみろ・・・・・・きれいな飛行機雲が飛んでる」
エリが空を見上げると、夕焼けの空に白い飛行機雲が2つ、並んで飛んでいた。
飛行機雲の後ろの方を見ると、途中すれ違ったのか、交差した跡が白く残っている。
右から左へ、オレンジ色に染まった空を横断していく飛行機雲。
エリは飛行機雲を見ながら、ある出来事を思い出した。
まだマリが元気だった頃、放課後に3人でこの海岸に来た時
夕焼け空に、飛行機雲が3つ飛んでいた。
エリはゆっくりと立ち上がった。
ユキトが気が付いてエリを見ていると、エリは空を見上げながら言った。
「覚えてる?3人でここに来た時、飛行機雲が飛んでたこと・・・・」
「ああ、覚えてるよ」ユキトも空を見上げながら答えた。
「あの時、マリが「飛行機雲が3つ。まるで私たちみたいだね」って言ってた」
「ああ・・・・・」
するとエリはユキトの方を向いた。
「ごめんなさい・・・・・」
その声にユキトがエリの顔を見ると、エリの目からは涙が頬を伝って流れていた。
「私、自分のことばかりで・・・・ユキトの事、何も考えてなかった。本当にごめんなさい」
「エリ・・・・・・」
エリの泣き顔を見たユキトは、エリに近づいて、ゆっくりとエリを抱きしめた。
ユキトに包まれたように抱きしめられたエリは、ユキトの優しさに涙が止まらなくなった。
しばらくして、エリが泣き止むと、ユキトが静かに話し始めた。
「マリが亡くなった日、病院から出て行く時に、最後にマリが話していたんだ。
「エリのことも大事にしてあげて」って。「エリは私たちのために、あえて距離を置いたんだ」って。
「だからもし私が死んだら、エリのことを大切にして」って」
「マリが・・・・・・?」
エリが聞いて驚いていると、ユキトはエリを見ながらうなづいて
「それでオレ、気が付いたんだ。オレはエリの事、何も分かってなかったって・・・・・」
「ユキト・・・・・・・」
「オレの方こそ、エリの気持ち何も分かってなかった。エリがオレから離れて行った時、
エリはもう、オレに何も興味がないんだと思って・・・・・・本当にごめん」
「え・・・・・・・」
マリ・・・・私の気持ちをユキトに伝えてくれてたんだ。
マリには何も言ってなかったのに。
エリがそう思いながら黙っていると、ユキトがエリに聞いた。
「エリ・・・・・今もオレの事が好きなのか?」
ユキトに聞かれて、エリは戸惑いながらも考えた。
高校の時はいつも一緒にいて、なんとなくだったけど、好きだったかもしれない。
でもそれは小さい頃からずっと一緒にいたから、それが当たり前になっていたから。
でも今は・・・・・・。
「ユキト・・・・・」
エリはゆっくりとユキトから離れると、ゆっくりと首を振って答えた。
「あの頃はずっと一緒にいたから、ユキトと離れるのがすごく嫌だった。
マリとユキトが楽しそうに一緒にいるのをずっと見ているのが辛かったの。
マリにユキトを取られるんじゃないかって思って・・・・だからわざと2人から離れた。
だからなんとなくだったけど、好きだったかもしれない。
でも、今はお互い別々になって、いろんなことがあって・・・・今はユキトの事は何とも思ってないわ」
「そうか・・・・・・・」
ユキトがそう言った後、2人の間は静かになり、波の音だけが聞こえていた。
しばらくして、陽が落ちて空がだんだんと暗くなると、ユキトはエリに話しかけた。
「ところで、エリは今もここに住んでるの?」
「ううん、今は都内に住んでるわ。会社が都内にあるから」
「そうか。オレは今、千葉に住んでるんだ・・・・・明日は仕事?」
エリがうなづくと、ユキトはすっかり暗くなった空を見上げてこう言った。
「オレもだ。陽が落ちたから、そろそろ帰ろうか・・・・・途中まで一緒に帰ろう」
エリがうなづくと、2人は駅に向かって歩き始めた。
「東京、東京です」
電車の扉が開き、ホームからアナウンスが聞こえてきた。
「じゃ・・・・・・」
エリは席から立ち上がった。
そして電車を降りようとドアへ歩こうとすると、ユキトが声をかけた。
「エリ」
エリがユキトの方を振り返ると、ユキトはこう言った。
「また来年、同窓会で会おうな」
エリはうなづいて
「うん・・・・・また来年ね。今日はありがとう」と言い残し、電車を降りた。
エリが降りたとたん、電車のドアがゆっくりと閉まった。
電車は静かに動き出し、ホームを後にした。
数週間後。
マリの月命日の日、エリは墓地の中を歩いていた。
そしてあるお墓の前に着くと、ゆっくりと足を止めた。
エリは墓石の前に近づくと、あることに気が付いた。
左側の花立ての側に、ひまわりの花束が置かれていたのだ。
誰だろう。今までひまわりの花束なんて、見たことがなかった・・・・・・。
エリがひまわりに触れようと右手を伸ばした時、マリが入院していた時の事を思い出した。
そういえば、ユキトが見舞いに来た時、いつもマリが好きなひまわりを持ってきてたってマリが・・・・・。
じゃ、この花束は・・・・・・。
ユキトがひまわりの花束を持って墓参りに来たと分かると、エリは嬉しくなり、ひまわりの花びらにそっと触れた。
マリの墓石に祈りを捧げると、エリはふと空を見上げた。
青空に広がる入道雲から、ひとつの飛行機雲が抜け出すように、すっと青空に飛び出してきた。
エリには天国にいるマリが空から、エリに向かって紙飛行機を飛ばしているように見えた。
飛行機雲はエリが眺めている間、青空の中をずっと飛んでいた。