目指すもの
陽が落ちて空が暗くなりかけてきた頃、4人はマーケットから戻ってきた。
戻るとすぐ、4人はそれぞれ大きなリュックに荷物を入れ始めた。
翌日、タハティリンナへ行くことを決めたのだ。
空がすっかり暗くなり、3人がそれぞれ荷造りをしていると
2階からソフィアが階段を降りてきた。
「あ、ソフィアさんだ」
ヴァロがソフィアの姿を見つけると、フワフワ浮きながらソフィアの方へ移動した。
ソフィアはいろんなものが散乱している部屋を見ながらヴァロに聞いた。
「こんばんは、ヴァロ・・・・・みんな何をしているの?」
「明日の準備をしてるんだよ。荷造りしてるんだ。明日は山脈に出かけるから」
「山脈?どういうことなの?」
ソフィアが戸惑っていると、そこにエリアスが近づいてきた。
「明日、タハティリンナというところに行くんだ・・・・その準備をしている」
エリアスがソフィアに説明すると、ソフィアは言っていることが分からず戸惑いながら
「タハティリンナ・・・?それはどこにあるの?どうしてそこに行くことになったの?」
「やっぱりソフィアも知らなかったか。タハティリンナはセントアルベスクとタンデリュートの
間にある山脈の頂上にある城だ。そこに行けば伝説の剣があるかもしれない」
「伝説の剣が・・・・?」
「ああ、でもそこに行くにはかなり時間がかかる。もしかしたら1日じゃ戻れないかもしれない。
しばらくここを空けることになるかもしれない」
しばらく戻らないかもしれない・・・・。
エリアスの話を聞いて、ソフィアは不安になった。
ソフィアが黙っていると、エリアスはソフィアの顔を見ながら
「山脈の頂上だから、少し時間がかかるかもしれない。でも、行かないと伝説の剣は見つからない・・・。
見つけたらすぐに戻ってくる」
「エリアス・・・・・」
不安そうにエリアスの顔を見ているソフィアに、エリアスは複雑そうな顔で
「出来ることならソフィアも一緒に連れて行きたい。でも山脈は雪に覆われていて危険だ。分かってくれ」
エリアスの顔をみつめながらソフィアはうなづいた。
「分かったわ。ここで待っているから。見つかったらすぐ戻ってきて」
「ああ、分かった。見つかったらすぐに戻ってくるよ」
するとそこにトイヴォが2人の横を通り過ぎた。
ソフィアはトイヴォの姿を見て、何かを思い出したようにはっとして声をかけた。
「トイヴォ、待って・・・・・・話があるの」
トイヴォは後ろを振り返ると、2人のところへ戻ってきた。
「話って何ですか?」とトイヴォ
「城に行ってきたの。お父様に会いに。それでトイヴォのお父様のことを聞いたわ」
「何だって・・・・それで何か分かったのか?」とエリアス
「お父様の話だと、青い石は戦争の時に応援に来ていた援軍の将校に預けたって言っていたわ。
でも、戦争が終わっても、その将校は戻ってこなかったって・・・・後で亡くなったっていう話を聞いたけど
死体はもうセントアルベスクにはなかったって言っていたわ」
それを聞いたトイヴォは青い石を見ながら
「そうですか・・・・・この石はお父さんの死体の、ズボンのポケットの中にあったとおじいちゃんから
聞きました。もしかしたらその将校が、お父さんかもしれません」
「名前は・・・・?その将校の名前は聞かなかったのか?」とエリアス
ソフィアは首を振りながら
「名前は聞いたわ・・・・でも、名前までは覚えていないって」
「そうですか・・・・・・」
トイヴォは青い石を見つめたまま、寂しそうにつぶやいた。
すると玄関のドアが開く音がして、アレクシが大きなリュックを背負って入ってきた。
「夜になって少し寒くなってきたな・・・・・あれ、もうみんな明日の準備は終わったのか?」
アレクシが部屋に入り、床にリュックを置くと、4人が集まっているのに気が付いた。
「アレクシさん、そんなにたくさんの荷物・・・どうしたんですか?」
トイヴォが床に置いてある大きなリュックを見ながら、アレクシに聞いた。
「ああ、宿のおばさんに山脈に行くって言ったら、ならこれを持って行きなって多めにくれたんだ」
アレクシがリュックを開けて、中に両手を入れると、白い毛布を出してきた。
「毛布とシーツとタオル・・・・毛布は人数分はないが、大きい毛布だから2つあれば充分だろう」
アレクシが両手で毛布を広げると、ヴァロそれを見て
「うわあ。大きな毛布だね。とても暖かそうな毛布だ」とフワフワ浮きながら毛布の側に移動した。
「ああ・・・・あれ、エリアス、隣にいるのは・・・・」
「ああ、アレクシは会うのは初めてだったな・・・・ソフィアだ」
アレクシがエリアスの隣に女性がいるのに気が付くと、エリアスはソフィアを紹介した。
アレクシはソフィアを見ながら
「あなたがソフィア王女でしたか。アレクシです」と頭を下げた。
「トイヴォやヴァロからあなたのことは聞いてるわ。よろしくね」
ソフィアがアレクシに挨拶をすると、アレクシがこう切り出した。
「ところでこれから我々は晩ごはんにするんですけど、ソフィアさんも一緒にいかがですか?」
「アレクシさん、食料はあるの?」とヴァロ
「ああ、今日は多めにもらってあるから・・・・・よかったらいかがですか?」
「ありがとう。一緒にいただくわ」
ソフィアは微笑みながらうなづいた。
数時間後。
アレクシが宿に戻り、1階でトイヴォとヴァロが眠っている頃、エリアスとソフィアはバルコニーにいた。
バルコニーには笛の音が聴こえ、その音を聴いた鳥や小動物たちがバルコニーに集まっている。
エリアスが夜空を見ながら笛を吹いていた。
ソフィアはそんなエリアスの姿を見ながら、笛の音を聴いていた。
美しく、切ない音を聴きながら、ソフィアは不安に駆られていた。
明日からこの城には誰もいなくなるわ。
明日の夜からこの城にいるのは私だけ。
好きな人や頼りになる人もいない。
一体、どうすればいいの・・・・・・・。
すると笛の音が止み、エリアスは口から笛を放した。
ズボンのポケットからハンカチを出し、笛を拭いているとソフィアの方を向いた。
「ソフィア」
エリアスに呼ばれてソフィアがはっと気が付くと、エリアスがソフィアに近づいた。
そして拭いていた笛をソフィアに差し出した。
「ソフィア、僕が戻るまでこれを預かって欲しい」
「この笛を・・・・・?」
ソフィアが戸惑いながら笛を受け取ると、エリアスはうなづいて
「明日から夜はここはソフィアだけになる。もし寂しくなったらこの笛を吹くといい。
小さい頃、2人でよく笛を吹いて遊んでいた頃を思い出すよ」
「小さい頃・・・・・そうね。そういえばよく笛を吹いていたわ。この横笛じゃなかったけど」
「ああ、確かあの時は縦笛だったような・・・・・」
「すっかり昔のことを思い出したのね」
ソフィアは微笑みながら笛を見ていた。
しばらくしてエリアスはソフィアを見ながらこう言った。
「ソフィア・・・ここにいるのが不安なら、ソフィアのお父様のいる城に戻ったほうがいいんじゃないか?」
「エリアス・・・・・」
ソフィアは昼間、城であったことを話そうといいかけたが、途中で止めた。
これから伝説の剣を探しに行こうという時に、エリアスによけいな心配はさせたくない。
自分のことでエリアスの足を引っ張りたくないとソフィアは思ったからだった。
「大丈夫よ、エリアス・・・・・私なら1人でも大丈夫」
ソフィアはエリアスにそう言うと、エリアスは戸惑いながら
「でも、もしここにヴィルホが来たら・・・・遠くにいる僕は何もできない」
「ヴォルホは私たちがここにいることを知ってるの?知ってたらもうここに来ているはずだわ」
ソフィアはありえないと首を振りながら否定した。
「それにお父様からは城に戻るなと言われているの。ヴィルホが何をするか分からないから
ここにいた方が安全なのよ」
「ソフィア・・・・・・」
エリアスが黙ってしまうと、ソフィアは夜空を見上げた。
しばらくすると、ソフィアは笛を横に構えた。
「伝説の剣が見つかるように、私からこの曲をエリアスに贈るわ」
ソフィアはエリアスに言った後、笛を口につけて吹き始めた。
エリアスはその曲を聴いたとたん、聞き覚えのある曲にはっと気が付いた。
この勇ましく、力が沸き出るようなこの曲は・・・・セントアルベスクの国歌だ。
エリアスはソフィアの奏でる笛の音に染み入るように聴いていた。
ソフィア・・・・必ず伝説の剣を持って帰る。それまでここで待っていてくれ。
ソフィアの笛の音は、夜明け近くまで鳴り響いた。
翌日の朝。
ソフィアが城からいなくなり、アレクシが城に来ると、4人は城の外に出た。
空は青く、静かで穏やかな天気にヴァロは空を見上げながらトイヴォに言った。
「今日はいい天気だね。これならタハティリンナにすぐ行けるんじゃない?」
トイヴォも空を見上げていると、アレクシは地図を見ながら
「いいや、今日はタハティリンナまでは行かないぞ。今日は途中までだ」
「途中まで?どうして途中までなの?」
ヴァロがアレクシに近づいて、地図を覗き込むように見ると
アレクシは面倒くさそうにヴァロにこう言った。
「今はいい天気だが、山脈の天気を甘く見てはいけない。山に入ったとたん天気が変わるかもしれないんだ。
だからもしもの時を考えて今日は途中の山小屋までにする」
「途中の山小屋?地図にはそんなの書いてないけど」
地図を見ているヴァロに、トイヴォがアレクシに話しかけた。
「昨日言っていた、弟さんの山小屋ですよね・・・・5合目にあるところの」
「そうだ」
アレクシはうなづいて、広げていた地図を小さくたたみ始めた。
「昨日の夜、弟には連絡しておいた。遅くても夜には山小屋に着くだろう」
「昨日連絡したのか?」
アレクシの話を聞いて、エリアスは思わず聞き返した。
「その弟さんはタハティリンナの場所は知ってるのか?」
「あ、それは聞き忘れたな・・・・」エリアスの言葉にアレクシはしまったと言うように顔をしかめた。
「でも今日行って聞けば分かる。弟はあの山脈については詳しいんだ・・・もう何十年も住んでいるから」
アレクシは地面に置いてあるリュックを背負うと、エリアスもリュックを持ち出した。
トイヴォもそれを見て、つられるように地面に置いてあるリュックを背負うと、アレクシは3人を見た。
「じゃ、そろそろ行こうか・・・・早くしないと夜までに小屋に着かないぞ」
アレクシがそう言った後、4人は山脈へ向けて歩き始めた。
数時間後。
4人はセントアルベスクとタンデリュートの間にある山脈の登り口に着いた。
辺りは木々に囲まれ、少し先には上り坂が見えている。
アレクシは空を見上げると、木々の間からは青空が広がっている。
「まだ天気はよさそうだ。これから道が険しくなる・・・・大丈夫か?トイヴォ」
アレクシが後ろにいるトイヴォに聞くと、トイヴォはうなづいて
「まだ大丈夫です。ここまではゆるやかな坂道だったので」
「山脈はまだ入ったばかりだ・・・・山小屋まではまだまだかかるぞ。休まなくて大丈夫か?」
「はい、まだ大丈夫です」
ヴァロは辺りを見回しながら
「でも、まだここは雪がないね。寒くもないし」と雪を探している。
アレクシはヴァロを見て
「ここはまだ標高が低いから、雪はないよ。登っていくうちに気温が下がってくるかもしれない」
「それなら、今のうちにコートとか着てた方がいいんじゃない?」
「まだ着なくてもいいだろう・・・・それに今着ると暑い」
エリアスは先にある上り坂を見ながら、歩き始めた。
「あ、おい先に行くんじゃない・・・・行く時は一緒に行くんだ」
エリアスが先に歩いて行くのを見ながら、アレクシが歩き始めた。
トイヴォとヴァロもそれを見て、アレクシの後を追うように歩き始めた。
それから4人は山脈の道を歩き続けた。
進むにつれてだんだんと道が険しくなり、4人の間に会話がだんだんとなくなっていく。
途中休憩を取りながら、4人は山小屋に向かって歩き続けた。
山を登っていくうちに、トイヴォは空気が冷たくなってきたのを感じた。
何だろう、急に寒くなってきた・・・・ずっと登ってきて暑いはずなのに。
トイヴォはジャケットを着ようとその場を立ち止まった。
「トイヴォ、どうした?」
トイヴォの後ろを歩いていたアレクシが声をかけた。
「急に寒くなってきたんです」
トイヴォはリュックを地面に降ろすと、リュックから分厚いジャケットを出した。
「そういえば・・・・急に気温が下がってきたな。寒くなってきた」
アレクシが空を見上げてみると、空は薄暗い雲に覆われて、今にも雨が降りそうな天気になっていた。
「天気が悪くなってきた・・・・これは雨か雪が降るかもしれない」
アレクシはリュックを地面に降ろすと、リュックから分厚いコートを出して着始めた。
アレクシは先にいるエリアスに声をかけた。
「おい、天気が変わり始めた・・・・雨か雪が降ってくるかもしれない。今のうちにコートを着るんだ」
「分かった」
先頭にいるエリアスはその場で立ち止まり、リュックを地面に降ろした。
トイヴォがジャケットのボタンを留めると、ヴァロが空を見上げながら言った。
「あ・・・・何か落ちてきてる。白くて丸いものが落ちてきてるよ」
「雪だ・・・・・・」
アレクシが空を見上げると、空からは雪が静かに降り始めた。
時間が経つにつれ、雪はだんだんと強く降り始めた。
空はだんだんと暗くなり、山の中は暗くなっていった。
4人はランプで灯りを照らしながら、山小屋を目指して山を登り続けていた。
数時間後。
さらに天候は荒れて、山は強い風と横殴りの雪に覆われた。
4人は木々の中を抜け、吹雪の中、何もない広い道を歩き続けていた。
「おい、アレクシ、山小屋はまだ先なのか?」
先頭を歩いているエリアスが後ろにいるアレクシに大きな声で言った。
「そろそろ5合目に着いてもいいはずだ」
アレクシは何かを探すように辺りを見回しながら続けてこう言った。
「山小屋が近くにあれば、弟がその辺にいるはずだ」
「探すと言ってもこの吹雪じゃ何も見えない」
エリアスも辺りを見回すが、横殴りの雪が見えるだけで何も見えずにいた。
「いったん、さっきまでいた森まで引き返したほうがいいんじゃないか?」
「引き返すだって?」
エリアスの提案にアレクシはとんでもないというように聞き返した。
「森に引き返して、テントを張って様子を見るんだ・・・この吹雪だと先に進めない」
「森まで戻ると言っても、森を抜けてからどれくらい経つんだ?森まで戻る時間があれば
山小屋に行った方が早いと思う」
「じゃ、その山小屋まであとどのくらいで着くんだ?」
「それは・・・・・吹雪で周りが見えないがあと少しで着くはずだ」
エリアスとアレクシがどうするか話をしているのを、トイヴォは後ろで聞いていた。
吹雪の中、長い間歩いていたトイヴォはここに来て、疲れていた。
何だろう、なんだかとても疲れてきた・・・・・・。
もう少しで山小屋に着くのに、とても眠い。
なんだかとても眠いんだ・・・・・・。
「トイヴォ!」
その声にアレクシとエリアスが気がついて、後ろを振り向いた。
トイヴォが雪の中で倒れ、ヴァロがトイヴォを起こそうと、トイヴォの体を叩いている。
エリアスはトイヴォが倒れているのを見て
「トイヴォ、大丈夫か・・・・・起きろ、今眠っちゃだめだ!」とトイヴォの体を起こした。
「トイヴォ、トイヴォ、大丈夫か?」
アレクシはトイヴォの顔を右手で軽く叩くと、トイヴォは気が付いて目を覚ました。
「・・・・アレクシさん、ここは・・・・・・?」
「トイヴォ、気が付いたか・・・・まだ雪山の中だ」
アレクシはトイヴォが気が付くとほっと胸をなでおろした。
そして辺りを見回しながら
「仕方がない・・・・テントを張れるところを探そう」とその場を離れていった。
「トイヴォ、大丈夫か?」
エリアスがトイヴォに聞くと、トイヴォは小さくうなづいた。
「大丈夫です・・・・でも、なんだかとても眠いんです。それにだんだん寒くなって・・・・」
「トイヴォ、今アレクシがテントを張るところを探しに行っている、それまで頑張るんだ」
エリアスは背負っていたリュックを降ろすと、中から毛布を出した。
そしてトイヴォのジャケットのボタンを取り、ジャケットを開くと、トイヴォの首の後ろに毛布を入れた。
そして毛布の両端を前に出し、両端がトイヴォのお腹にくるようにすると、ジャケットのボタンを留めた。
「これで少しは暖かいだろう・・・・大丈夫か?トイヴォ」
エリアスはトイヴォに暖かいか聞くと、トイヴォは小さくうなづいた。
「少しは暖かくなってきました・・・・でもまだとても眠いんです」
「眠っちゃだめだよ、トイヴォ」
ヴァロはトイヴォの顔に近づくと、小さい手でトイヴォの顔を叩き始めた。
トイヴォは痛そうに顔をしかめながら
「い、痛いよヴァロ・・・・・あまり強く叩かないで」
「だって、そうしないとトイヴォ寝ちゃうから・・・・寝ちゃだめだよ」
2人が話をしているのを見たエリアスは、その場を立ち上がって辺りを見回した。
雪まじりの風がまだ強く、吹雪はまだやみそうにない。
雪で全く何も見えない・・・・アレクシはまだ戻って来ないのか?
アレクシがなかなか戻ってこないので、エリアスは少しいらだってきた。
すると横でヴァロの声がした。
「トイヴォ!起きて!しっかりしてトイヴォ!」
エリアスがしゃがんでトイヴォの顔を見ると、トイヴォが座ったまま眠っていた。
エリアスは驚いて
「トイヴォ・・・・・トイヴォ!起きるんだ、トイヴォ!」と両手でトイヴォの体を揺らした。
それでもトイヴォの目は開かなかった。
「トイヴォ・・・・起きるんだ、トイヴォ!」
エリアスは衝動的にトイヴォを抱きしめた。
エリアスに抱きしめられ、体と体がぶつかり揺れた瞬間、トイヴォは気が付いて目を覚ました。
ここは・・・・・どこなんだろう・・・・・?
トイヴォは意識がもうろうとしながら、目を開けて遠くを見つめていた。
すると、前の方から雪に混じってだんだんと黒い影が近づいてくるのが見えた。
その黒い影はだんだんと大きくなっていく。
トイヴォが見ていると、1人の分厚い服を着た男の姿がだんだんと近づいて来るのが見えた。
よかった・・・・・誰かが助けに来てくれたんだ。
トイヴォは安心すると、そこから気を失った。
しばらくしてトイヴォが目を開けると、辺りは何もなく、真っ白な景色になっていた。
ここはどこだろう・・・・・。
トイヴォが辺りを見回しながら前を向くと、そこに1人の男の姿があった。
銀色の鎧に身を包んだ男は、トイヴォの姿をじっと見つめている。
この人は一体誰だろう。
トイヴォはその男に近づこうと、右足を前に出そうとした。
「動くな」
その声にトイヴォは驚いた。
思わず体がビクっとして、動かそうとした足を止めた。
トイヴォは驚いた顔でその男の顔を見ると、その男は注意するようにトイヴォに言った。
「これ以上近づくんじゃない。お前はまだこっちに来ちゃダメだ」
トイヴォはその声に聞き覚えがあった。
トイヴォは男の顔をじっと見た。
この聞き覚えのある声・・・・・小さい頃よく聞いていた声だ。
それに大きくて優しい茶色の目。
この人は・・・・・。
「父さん!」
トイヴォが目の前にいる男に向かって叫び、思わず歩き出そうとした。
男はそれを見て大きな声で叫んだ。
「来るな!」
トイヴォはその声に驚いて、足を止めた。
「お前はまだこっちに来てはいけない。まだお前を一緒に連れていくわけにはいかないんだ、トイヴォ」
「どうして・・・どうしてそっちに行っちゃいけないの?父さん」
トイヴォが悲しそうな顔で聞くと、父親はトイヴォの顔を見ながらこう言った。
「お前にはまだやることがあるだろう?」
「やることがある・・・・・?」
急に下の方が明るくなったので、トイヴォは下を向いた。
胸に下げている青い石が光り始めたのだ。
トイヴォが黙って青い石を見ていると、それを見た父親が話し始めた。
「まだ小さいから分からないかもしれないが、お前は無限の可能性を秘めているんだ、トイヴォ。
その可能性が開かないうちに、お前を連れていくわけにはいかない」
「・・・・・・・」
「いろんなところに行って、いろんな世界を見るんだ。いろいろなことを経験するうちに
お前がやりたいことが見つかるだろう。やりたいことが見つかったら思いきりやるんだ」
「父さん・・・・・・・」
「だから、今はお前を連れて行けない・・・・それに、今は母さんを探しているんだろう?」
母親という言葉を聞いてトイヴォははっと気が付いた。
トイヴォが父親の方を向くと、いつの間にか父親の周りには大勢の鎧をつけた兵士達がいた。
「母さんは生きている・・・・・・トイヴォ、探せば母さんはきっと見つかる」
父親は辺りを見回しながら、トイヴォからだんだんと離れ始めた。
「父さん・・・・・・?」
だんだんと離れていく父親にトイヴォは戸惑っていると、父親は微笑みを見せた。
「トイヴォ、お前はこれ以上ここにいてはいけない。すぐに離れるんだ」
父親はトイヴォに背中を見せると、兵士達の中に紛れ、姿が見えなくなった。
トイヴォは父親の姿を探すが、兵士達が同じような恰好をしており、誰が誰だか分からない。
父さん・・・・・・嫌だ、もっと一緒にいたい、父さん!
「父さん!」
大声を上げながらトイヴォが起き上がった。
そして辺りを見回すと、辺りはさっきの場所と違っていた。
辺りはオレンジ色に包まれた部屋で暖かく、トイヴォは無数の藁で包まれたベッド中にいた。
あ、あれ・・・・・・ここは・・・・・?
トイヴォが戸惑っていると、前から足音がして誰かが近づいてきた。
「トイヴォ!よかった・・・・・・気が付いたのか!」
アレクシがトイヴォの姿を見るなり、大声を上げて近づいてきた。
もう1人、アレクシと同じ背丈で、茶色いあごひげを生やした男がアレクシと一緒にやってきて
「気が付いてよかったです。お腹空いてませんか?何か食べますか?」とトイヴォに聞いた。
トイヴォは初めて見る男に戸惑っていると、それを見たアレクシは
「ああ、この男はオレの弟で、レンニだ。お腹空いてないか?トイヴォ」
「その前に服を着ましょうか。そのままだと風邪を引いてしまいますから」
レンニは上半身裸のトイヴォを見て、着るものはないか辺りを見回した。
アレクシはレンニが服を探しているのを見て
「確か、向こうにさっきまでストーブで乾かしてた服があるだろう?」
「まだ完全に乾いてないでしょう。私のを持って来ますよ。たぶんサイズは合うでしょう」
レンニはアレクシに向かってそう言い残すと、いったん部屋を出て行った。
しばらくしてトイヴォが服を着て部屋に入ると、そこには食事をしているエリアスとヴァロの姿があった。
「トイヴォ!大丈夫なの?」
ヴァロがトイヴォの姿を見るなり、フワフワ浮きながらトイヴォの前にやって来た。
トイヴォは立ち止まってうなづいた。
「うん、大丈夫だよ・・・・・ありがとうヴァロ」
「もう歩いて大丈夫なのか?トイヴォ」
エリアスが声をかけると、トイヴォは目の前にあるテーブルまで歩いて
「大丈夫です。迷惑をかけてしまってすみません」と椅子に座った。
「しかしよかった・・・・一時はどうなるかと思った」
トイヴォの右隣にアレクシが座ると、それを聞いたエリアスも
「なかなか戻ってこないから、どうなるかと思った・・・・・まさか弟を連れて戻ってくるとは」
「あれは偶然だったんだ」
レンニがテーブルにスープが入ったカップをアレクシの前に置くと、アレクシがレンニを見ながら言った。
「まさか小屋の少し上・・・・6合目まで行っているとは思わなかったんだ」
「あまりにも来るのが遅いから、小屋の周りを探していたんです。この吹雪の中だったら何があっても
おかしくないと思って・・・・6合目を歩いていたら兄さんの姿が見えたんです」
レンニがトイヴォの前にカップを置くと、続けてトイヴォに声をかけた。
「暖かいスープをどうぞ。これを飲んで体を温めてください」
「ありがとうございます」
トイヴォはカップを両手で持つと、口元に近づけてスープを一口すすった。
口に入れたとたん、温かさと美味しさが広がっていく。
温かくてとても美味しい・・・・・。
あまりにもの美味しさに、トイヴォはカップから口を離さずそのままスープを飲んでいる。
トイヴォはそのままスープを飲み干してしまうと、テーブルに空になったカップを置いた。
アレクシはそれを見て
「一気に飲み干した・・・・・よほどお腹が空いてたんだな。おいしいだろう?そのスープ」
「はい、とてもおいしかったです」
アレクシに聞かれてトイヴォがうなづいていると、レンニが続いて大きなスープ皿を持ってきた。
そしてトイヴォの目の前に置くと、皿を見たアレクシがこう言った。
「スープも美味しいが、このシチューも美味しいぞ」
「え・・・・・シチューですか?」
それを聞いたトイヴォはなぜか戸惑いを見せた。
戸惑っているトイヴォを見てエリアスが聞いた
「トイヴォはシチュー嫌いなのか?」
「シチューというか・・・・・・シチューに入っているものが嫌いなんです」
トイヴォは皿に入っている具材を見ながら答えた。
それを聞いたアレクシは
「何が嫌いなんだ?今まで好き嫌いなく食べてたじゃないか」
「玉ねぎが苦手なんです」スプーンを持つと、トイヴォは玉ねぎがないかスプーンで具材をいじり始めた。
「母さんが作ったシチューに入っていた玉ねぎが・・・・・・辛くてとても嫌だったんです」
「それはよく煮込んでいなかったからでしょう」
トイヴォの後ろで話を聞いていたレンニがこう言った。
そして続けて
「大丈夫ですよ。食べてみてください。このシチューは大丈夫です」
レンニに言われて、トイヴォはゆっくりとシチューをスプーンですくった。
そしてゆっくりと口に入れて、噛んでみるとトイヴォはその美味しさに驚いた。
「・・・・美味しい」
トイヴォが次々と口にスプーンを運んでいると、アレクシはトイヴォに
「美味しいだろう?レンニの作る料理は最高なんだ。ここで長年山小屋をやってることはある」
「それに全然玉ねぎの辛さや歯ごたえがないんです。これには玉ねぎは入ってないんですか?」
トイヴォがレンニに聞くと、レンニは首を振りながら
「いいえ、そのシチューには玉ねぎは入っていますよ。ただよく煮込んであるので、玉ねぎの歯ごたえや
辛みが消えるんです・・・・それに細かく切ってあるので、よく探してみればありますよ」
「そういえばさっき食べたけど、細くて小さくて透明なものが入ってたよ。それのこと?」
ヴァロがフワフワ浮きながらレンニの方を向くと、レンニはうなづいた。
「レンニはここで山小屋をやる前は、町でレストランのシェフをやってたんだ。味には自信がある」とアレクシ
「どうしてここで山小屋をやってるんですか?」
トイヴォがレンニの方を振り返って聞くと、レンニは4人を見ながら話し始めた。
「昔から自然の中で暮らしてみたかったんです。それも知らない場所で・・・町での暮らしも悪くはありません
でしたけど、だんだん町の開発が進んでいって自然がなくなっていくのを見て、外に出てみようと思ったんです。
村での生活も考えましたけど、誰も知っている人がいない、外の世界を見てみたかったのもあって・・・・・。
それでここに出て来たんです」
「ここに来る前はいろんなところに行ったの?」とヴァロ
「はい、いろんなところに行きました・・・・・でもなかなか自分に合った場所が見つからなくて。
最後に来たのがこの山脈で、ここなら小屋を建てれば、自然に囲まれながら暮らしていけると思ったんです」
「自分の夢がここで叶ったってわけだ」とアレクシが話に割り込んできた。
「おかげでオレもこのセントアルベスクで取引ができるようになった。弟がいなかったらまだここを知らなかったよ」
するとエリアスが話を変えてレンニに聞いてきた
「それなら・・・・・この山脈に詳しいのか?どこに何があるのか分かるのか」
レンニはあっさりとうなづいて
「はい、もうここに来て長いですから。山の天候も分かります」
「この山脈の頂上に、タハティリンナっていう城があるみたいなんだが、場所は知っているのか?」
「タハティリンナ・・・・・ああ、はい、分かります」
レンニはうなづくと続けてこう言った。
「時々、タハティリンナには食べ物や必需品を持って行っているんです。明日天気がよければ行くつもりです」
「本当か?よかった・・・・・」
アレクシがそれを聞いて喜んでいると、部屋の奥の方で何かが鳴る音が聞こえてきた。
レンニがその音を聞いてその場から離れると、エリアスが3人に話しかけた。
「明日天気がよければ、一緒にタハティリンナに連れて行ってもらおう」
「ああ、そのつもりだ」アレクシはうなづいた。「でないとオレ達じゃ場所が分からない」
「でも、外はまだ吹雪なんでしょうか。明日も吹雪だったら・・・・・」
シチューを食べ終わり、スプーンを皿の上に置いたトイヴォが窓の外を見ている
「明日も吹雪だったらしょうがない。ここにいるしかないな・・・」
アレクシがそう言い終わるか終わらないかのところで、レンニが戻ってきた。
「兄さん、電話・・・・・町から兄さんに電話がかかってる」
「え、電話?町から・・・・・・?あ、そうだ・・・・分かった」
レンニに言われてアレクシは最初戸惑ったが、途中何かを思い出したように席を立ちあがり、その場を離れた。
次の日の朝。
空は雲ひとつない青空が広がり、朝から太陽が顔を出している。
昨夜の吹雪とは変わって、穏やかな天気になっていた。
「今日はいい天気だな」
窓の外の空を見ながらアレクシが話し始めると、レンニはアレクシの後ろから窓の外を見た。
「そうだね・・・・・昨日は夜遅くまでずっと吹雪だったから、雪がとても積もってる」
「ところで、今日は行くのか?タハティリンナに」
アレクシは後ろにいるレンニの方を振り返ると、レンニは窓の外を見ながら
「今日はこの天気だと、吹雪は起きないと思う・・・・この後行こうか」
「よし、じゃみんなに知らせて来る。行く準備だ」
アレクシとレンニはお互いの顔を見ながらうなづくと、出かける準備をしようとその場を後にした。
出かける準備を済ませると、5人は山小屋を出た。
「タハティリンナまではどのくらいで着くんだ?」とエリアス
「今はまだ朝ですから・・・・遅くてもお昼過ぎには着きます」
背中に大きなリュックを背負ったレンニはそう答えると、5人の姿を見ながら続けてこう言った。
「吹雪の後ですから、足元には気を付けて歩いてください。ゆっくり行きますから後をついてきてください」
4人はそれを聞いてうなづくと、レンニは前を向いてゆっくりと歩き始めた。
4人はレンニの後を着いて行き、タハティリンナへ向けて歩き始めた。