タハティリンナ
5人は山脈の頂上に向かって歩いていた。
天気は昨日の吹雪とは変わって、雲ひとつない青空が広がっている。
空の一番高いところに大きくて丸い太陽の姿がくっきりと現れていた。
「今日はまた昨日とは変わって、いい天気だな」
一番後ろを歩いているアレクシが話しかけると、その前にいるヴァロはフワフワと浮きながら
「うん、昨日は寒かったのに、今日はちょっとだけ暖かいね」と空を見上げている。
「トイヴォ、大丈夫か?疲れてないか」
「はい、まだ大丈夫です」
トイヴォは後ろを振り返ってアレクシに答えると、トイヴォの前を歩いているエリアスがレンニに聞いた。
「ところで今は何合目なんだ?」
レンニは辺りを見回しながら
「そうですね、今は9合目の辺りだと思います・・・・もうそろそろ頂上に着く頃です」
「頂上に着いたら、タハティリンナは近いのか?」
「少し歩きますが、そんなに時間はかからないですよ。あともう少しです」
「分かった・・・・・」
エリアスはそう言いかけると、レンニの背中の大きなリュックや荷物が目に入った。
エリアスは続けてレンニに声をかけた。
「かなり重そうな荷物だな。少し持とうか?」
「大丈夫ですよ」レンニはエリアスの方をゆっくりと振り返り、続けてこう言った。
「いつもこのくらいの量を持って歩いているので、もう慣れています・・・・行きましょう」
数時間後、5人は山脈の頂上に辿り着いた。
レンニの後に着いて歩いている4人は、しばらく歩いていると前方にクリーム色の建物が見えてきた。
「あの建物がタハティリンナなのか?」
エリアスが前を歩いているレンニに聞くと、レンニはそのまま歩きながら言った。
「そうです。先にあるクリーム色の建物がタハティリンナです」
それを聞きながらトイヴォはクリーム色の建物を見ていた。
建物は2階がなく、屋根は平らなのかそれらしき部分が見えない。
建物の壁は全体的にクリーム色で、中央に大きな窓があるだけのシンプルな建物だった。
黒い門に囲まれた場所に出て、門の内側で1人の黒いジャンパーコートを着た男がいるところでレンニの足が止まった。
門の内側には大きな茶色いドアがあり、そこが建物の入口になっているようだった。
レンニは背中に背負っている荷物を下に降ろすと、4人にこう言った。
「ここがタハティリンナの入口です。門の向こう側にいる人と話してきます。ここで待っていてください」
レンニが門の入口の前に行くと、黒い服の男が近づいてきた。
「こんにちは。頼まれていた食糧と必需品を持ってきました」
レンニが男にそう話すと、男はうなづきながらレンニの後ろにいる4人の姿を見た。
「分かりました。今門を開けましょう・・・・・ところで後ろにいる人達は?」
「あの方達は、ここに用があって連れてきました。今は代表者の方はいらっしゃいますか?」
「用があって来た?事前に連絡は入れてあるんですか?」
すると待ちきれなくなったのか、いつの間にかエリアスがレンニの右横に来ていた。
「連絡は入れていないが、聞きたいことがあって来たんだ。代表者は今は中にいるのか?」
「申し訳ないですが、連絡なしにいきなり来られても困ります」
男はエリアスに向かって戸惑いながら答えた。
「今日のところはいったんお引き取りを・・・・・・」
「おいおい、せっかくここまで来たんだ。少しでもいいから入れてくれよ」
話を聞いていたアレクシがエリアスの右横に来て男に言った。「こっちは昨日の吹雪の中来てるんだ」
「こっちは急ぎの用で来てるんだ。この国が今、重大な危機に晒されている。助けが必要なんだ」
エリアスの言葉に男はさらに戸惑いながらも
「そうであれば、事前に連絡を入れてから来てください・・・・そもそもここは限られた人しか入れないんです」
「それは分かっている。ほんの少しの時間でもいい。代表者に会わせてくれないか」
するとレンニがいつの間にか荷物を前に背負いながら、話に割り込んできた。
「まずはこの荷物を引き取ってもらえませんか。代表者の方がいるのであれば、中に入った時に事情を話しますから」
男はレンニの荷物を見ながら
「・・・・・分かりました。まずは荷物を預かりましょう」とコートのポケットから鍵を取り出した。
門の入口が開くと、レンニはゆっくりと門の中に入った。
男は門の外にいる4人に
「あとの方はしばらくお待ちください・・・・・」と言い残し、門の入口に鍵をかけた。
しばらくすると、茶色のドアがゆっくりと開いた。
レンニがドアから外に出てくると、すぐ後ろにさっきの黒い服の男が出てきて
門の前まで来ると、門の鍵をはずして入口を開いた。
レンニが門の外に出ると、建物の中から白い服を着た男が出てきた。
髪が白く、腰まであるような長さで、丈が腰まである白い服を着ていて、白いズボンを履いている。
レンニは4人の前に来て
「あの白い服を着た方が代表者の方です。話を聞いていただけるようです」と後ろを振り返った。
白い服の男は門の前まで来ると、5人に声をかけた。
「私に用があるようですが、詳しい話を聞かせてもらえませんか?」
するとエリアスが白い男の前まで近づいてきた
「あなたが代表者ですか、聞きたいことがあるのだが・・・・・」
「あなたはタンデリュートの王子ではありませんか」
エリアスの姿を見たとたん、白い服の男は少し驚いた様子で、続けてこう言った。
「王子がこんなところまで来るということは、ただ事ではないようですね」
「今、セントアルベスクが大変なことになっている。ここに来たのはセントアルベスクを救うものが
ここにあるかどうか聞きに来たんだ」
それを聞いた白い服の男は平然と聞いた。
「それは一体どんなものでしょうか?」
するとヴァロがフワフワと浮きながら2人の間に入ってきた。
「伝説の剣だよ。ここにあるかもしれないって聞いて来たんだ」
白い服の男はヴァロの姿を見て
「伝説の剣・・・・・それは誰から聞いたのですか?」
「ソフィアから聞いてここに来た。ここにあるなら少しの間でいい。私に預けてもらえないか」とエリアス
白い服の男は何かを考えるように、黙ったまま5人の姿を見ているとトイヴォの姿が目に入った。
トイヴォの胸に下がっている青い石を見たとたん、白い服の男は静かにトイヴォに話しかけた。
「・・・・伝説の剣があるかどうか答える前に、どうしてここに辿り着いたのか聞かせてもらえますか?
誰かの紹介がない限り、ここへは辿り着けないはずです」
「セントアルベスクの占い師からここを教えてもらったんです」
トイヴォが答えながら、右手をズボンの右ポケットの中に入れた。
そして紙の束を取り出し
「この場所に行くまでの地図を書いてもらったんです。それがこの地図です」と白い服の男に差し出した。
白い服の男はトイヴォから受け取った紙の束を広げた。
一番上には占い師が描いた地図があり、白い服の男はしばらくそれを見て、次の紙を見ようと
地図を後ろに移動させた。
すると次の紙には数行の文字が並んでおり、オリヴィアがトイヴォに宛てた手紙だった。
さらに次の紙を見ると、占い師のいる店の地図が描かれていた。
その地図の右端に描かれているある文字を見たとたん、目の動きが止まった。
この文字は・・・・・・・。
白い服の男はしばらくその文字を見つめていた。
紙の束に全部目を通した白い服の男は、紙の束をきれいにたたむと、トイヴォに返した。
「中に入って下さい・・・・・詳しい話を聞きましょう」
「ありがとうございます」
トイヴォは礼を言って、紙の束をズボンの右ポケットに入れた。
白い服の男は、側にいる黒い服の男に何かを言うと、ドアを開いて建物の中に戻っていった。
黒い服の男が5人に声をかけた。
「それでは・・・1人ずつ中に入ってください」
そして黒い服の男が入口の茶色のドアを開けると、まずエリアスが門の中に入った。
続いてヴァロが入り、その後をトイヴォが入っていった。
続いてアレクシが中に入ろうとすると、門の前に黒い服の男が来て止めた。
「申し訳ありませんが、あなたを中に入れるわけにはいきません」
アレクシは驚いて
「何だって・・・?どうしてオレは入れないんだ?」
「入ることができるのはさきほどの3人までだと言われております」
アレクシが何かを言おうとすると、後ろでレンニがアレクシに声をかけた。
「兄さん、僕たちは中には入れない。入れるのは3人だけなんだ」
「何だって・・・・・レンニ、さっき中に入った時、さっきの男と何か話したのか?」
アレクシが後ろを振り返ってレンニに聞くと、レンニはうなづいた。
「僕たちはここでお別れするしかないんだ・・・・それに、兄さんはこれから取引があるんでしょう?」
アレクシはそれを聞いて黙ってしまった。
アレクシが門の内側にいる3人を見ると、ヴァロとトイヴォが寂しそうな顔でアレクシを見ていた。
アレクシは門の前まで近づくと、ヴァロがアレクシの前まで移動してきた。
「アレクシさんは中に入れないの?」
「ああ・・・・どうやらそうみたいだ。お前たちとはここでお別れだ」
「そんな・・・・どうしてなの?いつも一緒にいたのに。いきなりお別れだなんて」
ヴァロが寂しそうな顔でアレクシに聞くと、アレクシは仕方なさそうに
「何か事情があるんだろう・・・・とりあえずここでお別れだ」
「アレクシさん・・・・・・」
トイヴォがそう言いかけると、アレクシはトイヴォの顔を見ながら
「そんなに寂しそうな顔をするなよ。また会えるかもしれないじゃないか。
伝説の剣を見つけたら、早くセントアルベスクに戻ってこいよ」
「アレクシさん、しばらくはセントアルベスクにいるんですか?」
「実はこの後、大きな取引があってな。それが終わったらいったん町に戻る・・・・・。
でも、またセントアルベスクに戻ってくる。また機会があれば会えるさ」
「アレクシ」
エリアスがそう声をかけると、アレクシに右手を差し出した。
アレクシも右手でエリアスと握手を交わした。
「早く伝説の剣を見つけて戻ってこいよ」
「ああ、分かった・・・・またいつか会おう」
2人は手を放すと、アレクシはその場を離れて行った。
レンニとアレクシは門から離れ、その場を立ち去った。
2人の姿が見えなくなると、3人は茶色のドアの中に入っていった。
建物の中に入ると、すぐ目の前に白い服を着た男がいた。
「お待ちしていました。この中を案内しましょう」
「どうしてあとの2人を中に入れなかったんだ?」
エリアスが白い服の男を見たとたん聞いた。
すると白い服の男は表情を変えないまま平然と答えた。
「さっき、荷物を預けに先に中に入った方にお話しましたが・・・・あの方達には関係のないことです」
「関係ないだと?それは一体どういうことなんだ」
「今、セントアルベスクで起こっている異変は我々も分かっています」
興奮しているエリアスに、白い服の男は話し始めた。
「でも、その異変はあの方達には関係のないことです。それにあの方達まで中に入れて関わりを持ってしまうと
場合によってはさらに影響が大きくなるかもしれないと思ったからです」
エリアスが納得がいかないような顔で白い服の男を見ていると、男はさらにこう言った。
「それに今、異変はセントアルベスクだけで起こっています。あの方達がかかわることで、セントアルベスクの
外の世界にまで異変が広がらないとは限りません。そうではありませんか?タンデリュート王子」
エリアスが何も言えずに黙ってしまうと、白い服の男は話を戻した。
「では、改めて・・・・この建物の中を案内しましょう」
そして前に歩き出そうとすると、トイヴォとヴァロの姿が目に入った。
白い服の男はトイヴォとヴァロを見ながら
「そういえば、まだ名前を言っていませんでした・・・・私はこのタハティリンナの代表で、ユリウスです。
ところであなた達は・・・・・」
「僕はトイヴォと言います」とトイヴォ
「僕はヴァロだよ」
ヴァロがユリウスの前までフワフワ浮きながら移動して、挨拶すると、ユリウスはうなづいた。
「そうですか。よろしくお願いします・・・・・行きましょうか」
3人はまず大庭園に案内された。
大きな広場に出ると、数人の男達が2人1組になり、それぞれの技を競い合うように戦っている。
ユリウスはその様子を見ながら3人に説明を始めた。
「タハティリンナは、優れた技や知識を持つ人々が集まり、修行を積む場所です。
至る場所でそれぞれが日々、技を磨いています」
「さっき、ここは限られた人しか入れない場所だと入口の男に聞いた。ここに入れる人はどうやって
決めているんだ?」
エリアスがユリウスに向かって聞くと、ユリウスはエリアスの方を向いて
「例えば、今ここで修行を行っているこの人達は、国の主催する大会で優勝した人達ばかりです。
いろんな国で開催している大会で優秀な成績を収めた人達を探し、ここに集めているのです」
「いろんな国?じゃセントアルベスク以外からも来ている人がいるの?」とヴァロ
ユリウスはうなづきながら
「はい、セントアルベスクの周辺国からもここに来ている方々がいます」
「ここに来る人達は、何を目指して来ているんだ?」とエリアス
「ここに来る人達は、自分の技を極めるために来ているのです。日々自分の技を磨き、最終試験に
合格した人だけがその道の師匠として、自分の国で道場や教室を開けるのです」
その後も3人はユリウスに連れられて、建物にある部屋を回った。
ある部屋では何もなく、部屋の奥で1人瞑想をしている男がいたり
また別の部屋では、中央に大きな花瓶があり、そこに活けられた花や植物を写生している人達がいたり
別の部屋では、書道をしていたりしていた。
最後に3人は広い部屋に案内された。
部屋の奥には別の部屋があるのか、ドアが1つあり、部屋のあちこちに椅子が置かれている。
「好きな場所に座ってください」
ユリウスが3人に声をかけると、3人はそれぞれ別の椅子に座った。
3人が着席すると、ユリウスは3人を見ながら話し始めた。
「これから1人ずつ、別の部屋で個別に話をしたいと思います。部屋の奥に別室がありますので
1人ずつ入ってきてください。順番は私が指定します」
「ちょっと待ってくれ」それを聞いてエリアスは戸惑った。
「伝説の剣がここにあるかどうか聞きにきただけだ。それに長くはここにいるつもりはない。
一体どういうことなんだ」
するとユリウスはエリアスの方を向いて
「ここに来た以上、あなた達にもしばらくの間、ここで技を磨いていただきます。
でないと、ここにいる他の人達に示しがつきません。
これから話をするのは、それぞれどんな特技を持っているのかを知るためです」
「今セントアルベスクがどうなっているのか分かっているだろう。伝説の剣を持って早く戻らないと
この世界が滅ぶかもしれないんだぞ」
「分かっています・・・・・でも、今焦ってセントアルベスクに戻ったとしても、その相手に勝てる
可能性はあるんですか?」
「そ・・・・・それは」
ユリウスの言葉にエリアスは何も言えなくなり、黙り込んだ。
ユリウスは3人を見ながらこう言った。
「伝説の剣がどこにあるのか、私は知っています・・・・でもそれは簡単に手に入れられるものではありません。
日々の訓練を重ね、技を極めた者だけがその剣を手に入れることができるでしょう。
私はあなた達のためを思って、あなた達をここに入れて、こうして話をしているのです」
「伝説の剣を手に入れるのは、どうしてそんなに難しいの?」とヴァロ
「それは今、ここではお話することはできません。まずはここで修行を積むかどうか決めてください。
それから詳しい話をしましょう」
ユリウスは後ろを向くと、部屋の奥にある別室のドアに向かって歩き始めた。
2、3歩歩いていったかと思うと、ユリウスは足を止めて後ろを振り返った。
「最初はタンデリュート王子のエリアス、あなたから話をしましょう・・・・一緒に来てください」
ユリウスとエリアスが部屋の奥の別室に入ってしまうと、ヴァロがフワフワと浮きながらトイヴォに近づいてきた。
「トイヴォはどうするの?ここで修行を積むの?」
トイヴォはうなづくがうかない顔で
「伝説の剣を手に入れるには、ここでしばらく修行をするしかないと思う・・・・でも」
「でも?」
「僕に何ができるのか分からないんだ。今まで戦ったことがないし。特に修行とかもしていないし」
「僕も何ができるか分からないよ」
ヴァロはトイヴォの右横にある椅子の上に着地した。
トイヴォはそれを見ながら
「ヴァロは魔法が使えるじゃないか。僕は何も持っていないよ」
「魔法が使えても、子供だからまだ充分に使えてないんだ・・・・それに失敗ばかりだし」
ヴァロがそう言いながら落ちこんでいると、トイヴォは黙ったまま考えていた。
今まではアレクシさんやエリアスさん、いつも他の人に助けてもらってここまで来た。
自分は何ができるんだろう?
ここで何かできることがあるんだろうか・・・・・・。
しばらくすると、部屋の奥のドアが開き、エリアスが戻ってきた。
エリアスは気難しい顔をしながらトイヴォに声をかけた。
「次はトイヴォ、お前だ・・・・・奥の部屋でユリウスが待っている」
「あ、はい・・・・分かりました」
トイヴォはゆっくりと椅子から立ち上がった。
トイヴォはドアを開けて、ゆっくりと部屋の中に入った。
中を見たとたん、トイヴォは驚いて大きく目を見開いた。
部屋の中は暗く、無数の星が壁や天井いっぱいに広がっている。
さっき庭にいた時は、まだお昼過ぎで空が明るかったのに
ここはどうして夜みたいになっているんだろう・・・・・・。
トイヴォがそう思いながら星空を見ていると、少し離れたところにユリウスの姿が見えた。
ユリウスの白い服がうっすらと見えると、ユリウスはトイヴォを見つけて声をかけた。
「もう少し奥の方に来てください。奥に椅子があるので座ってください」
トイヴォはユリウスがいる場所に近づくと、右横に白い椅子があるのが見えた。
白い椅子の近くに丸いランプが置いてあり、その灯りで周りだけ部屋が少し明るくなっていて、辺りが見やすくなっている。
トイヴォがその椅子に座ると、ユリウスはトイヴォと向かい合わせになるように移動して
トイヴォの前に立った。
トイヴォはユリウスの姿がはっきりと見えると、辺りを見回しながらユリウスに聞いた。
「この部屋だけ暗くて、星空が見えるんですね・・・・どうしてなんですか?」
「この部屋には仕掛けがしてあるんです。いろんな仕掛けがしてあって、いろいろとできるんです」
ユリウスはトイヴォを見ながら続けてこう言った。
「もし気に入らなければ、別のに替えますが、どうしますか?」
トイヴォは首を横に振って
「いいえ、替えなくていいです・・・・・星空を見るのは好きなので」
「そうですか、夜になったらさっきの庭に出てみてください。いろんな星が出てきれいですよ。
私も星が好きで、タハティリンナという名前もそこから付けたんです。星の城という意味です。
・・・・・それじゃ話を始めましょうか」
ユリウスはそう言った後、辺りを見回し、椅子を見つけると椅子を持ってきて座った。
ユリウスはトイヴォを見ながら質問を始めた。
「まず最初に、どこからこのセントアルベスクに来たんですか?」
「ここからかなり遠い場所から来ました。キノアという村からです」
「キノア・・・・・あまり聞き慣れない場所ですね。どうしてセントアルベスクに来たんですか?」
「母親を探していて、いろんなところに行くうちに、セントアルベスクに父親がいたというのを知って
もしかしたら母親もいるんじゃないかと思って来ました」
「そうだったんですか・・・・・それで母親は見つかったんですか?」
トイヴォが首を振ると、ユリウスは小さくうなづきながら話を変えた。
「そうですか・・・・・それで、エリアスとはどうやって知り合ったんですか?」
「エリアスさんとはセントアルベスクに着いて、雨宿りしようと偶然入った場所に住んでいたんです。
そこにはソフィアさんもいて、闇の魔王の話を聞いて、一緒に伝説の剣を探すことになったんです」
「つまり、巻き込まれたということですね・・・・それと、首にかけている石は何ですか?」
「え・・・・・?」
ユリウスがトイヴォの胸にある青い石を見ると、トイヴォはいきなり聞かれて戸惑った。
トイヴォは青い石を右手で持つと、石を見たまま話し始めた。
「これは死んだ父親が持っていた石です。父親はセントアルベスクに援軍の将校として行っていました。
亡くなった時に、これがズボンのポケットに入っていたそうです」
それを聞いたユリウスは青い石を見ながら
「そうですか・・・・どうしてその石を持っているんですか?」
「これはおじいちゃんからお守りとして持っていてくれと言われて持っているんです。
エリアスさんからはこれは闇の魔王を倒すために必要な青い石だと言われていますが、僕はまだ
信じられなくて・・・・・・」
「今までそれを持っていて、何か起こったりするようなことはあったんですか?」
「ありました」とトイヴォはあっさりとうなづき、続けてこう答えた。
「僕がいつもピンチに遭った時に、この石が光って助けてもらっていました」
「そうですか・・・・・」
ユリウスはそう言った後、何かを考えているのか下を向いて、しばらく黙り込んでしまった。
しばらくすると、ユリウスが顔を上げてトイヴォの方を向いた。
「ところで、今までいろんなところを旅されたかと思いますが、最後にどうなりたいんですか?」
「え・・・・・?最後に、というと・・・・・?」
ユリウスの言葉があまり理解できず、トイヴォが戸惑っているとユリウスはこう言い直した。
「トイヴォさんは最終的にどんな状況になりたいのかと聞いているんです」
「僕は・・・・・・闇の魔王を倒して、セントアルベスクが平和になって、母親が見つかって
一緒に村に帰れたらいいと思っています」
トイヴォはゆっくりと言葉を選ぶようにそう話すと、ユリウスはうなずきながら次にこう聞いた。
「そうですね・・・・・そうなるためには、どうすればいいと思っていますか?」
ユリウスの質問に、トイヴォはさらに戸惑った。
トイヴォは考えて、しばらくしてからゆっくりと答え始めた。
「僕は今まで戦ったことがないし、旅に出たことがなかった・・・・ここにいるのはエリアスさんや
アレクシさん、周りにいる人たちに助けてもらってきたからです。だから今度は自分の力でなんとかしたい。
僕が強くなって、今度は僕がエリアスさんの力になって、セントアルベスクを救いたいんです」
それを聞いたユリウスは、しばらくしてから話し始めた。
「これからは自分が強くなって、周りの人達を支えていきたいということですね・・・・・」
トイヴォが黙ってうなづいた。
するとユリウスはトイヴォの顔を見て
「トイヴォさんは優しんですね・・・・。自分のことは後回しにして、他の人のことを優先して動いている。
優しいというか、優し過ぎるくらいです」
「僕は今まで迷惑をかけてばかりでした。ここまで来る時も吹雪の中、倒れそうになって・・・・・。
何かあるたびに僕は周りに迷惑をかけてばかりだったんです。だから今度は・・・・・・」
「トイヴォさんはまだ子供です」
トイヴォが話している途中で、ユリウスはトイヴォの言葉を遮った。
「子供が親や周りに迷惑をかけるのは当たり前のことです。迷惑をかけることでいろんなことを学んでいくんです。
トイヴォさんは周りに気を使いすぎているのではありませんか?それによって自分を抑えているのではありませんか?
本当は早く母親を見つけて、一緒に村に帰りたいのではありませんか?」
「いいえ、違います。僕は・・・・・・」
トイヴォは反論しようと途中まで言いかけたが、何も言えなくなり黙ってしまった。
闇の魔王を倒さないと、セントアルベスクだけじゃなく、この世界がなくなるかもしれない。
でも、本当はユリウスさんの言う通り、お母さんがどこにいるのか早く見つけたい。
早く見つけて、一緒に村に帰りたい・・・・・・。
トイヴォがそう思いながら黙っていると、ユリウスはトイヴォの顔を見ながら話しかけた。
「自分自身を抑えることはあまりよくありません・・・・と言って、自己中心的過ぎるのもあまりいいことではありません。
何事もバランスが大事なのです」
「・・・・・・」
「トイヴォさんが優しい性格なのはよく分かりました。でもその優しさに付け込んで、今後敵が襲ってくることもありえます。
そこがあなたの弱いところでもあるのです」
「僕の弱いところ・・・・・一体どうすればいいんですか?」
トイヴォがユリウスに聞くと、ユリウスは天井の星空を見上げた。
ユリウスは星を見ながら話し始めた。
「伝説の剣を手に入れるのは簡単ではありません。そこにはとても強い敵がいますから・・・・・
その敵を倒さない限り、伝説の剣を手に入れることはできません。力業だけでは勝てない相手です」
「力だけでは勝てない・・・・・?」
「そうです」
トイヴォがユリウスに聞き返すと、ユリウスはトイヴォの方を向いてうなづいた。
そして続けて
「今まで伝説の剣を求めて、多くの戦士達がその敵と戦いました・・・・でも、伝説の剣を持って帰った者は
私が知る限りでは一人もいません。いくら武術が優秀でも、その敵には敵わないということです」
そんな・・・・・武術だけじゃ勝てないなんて。
相手は魔法も使ってくるのだろうか?
そんな強い相手だとしたら、一体どうすればいいんだろう。
それを聞いたトイヴォはショックを受け、下を向いてしまった。
トイヴォは下を向いたままユリウスに聞いた。
「それじゃ、一体どうすれば・・・・・・」
「武術だけでなく、内側も修行をしなければいけないということです。つまり体だけではなく、心も磨かなければ
ならないということです」
「体だけじゃなく、心も・・・・・・両方修行すれば、伝説の剣を手に入れることができますか?」
「それはあなたの気持ち次第です」
ユリウスはトイヴォに向かって、次にこう聞いた。
「あなたが伝説の剣を手に入れたいという強い心があれば、私はそれをお手伝いすることができます・・・・
どうですか、やってみますか?」
トイヴォはそれを決めるのに時間はかからなかった。
ユリウスの顔をじっと見て、深くうなづくと、ユリウスも深くうなづいた。
「あなたもエリアスと同じで、決断が早かったですね・・・・。分かりました。明日から始めましょう。
エリアスにも同じ話をしてありますから、明日から一緒に修行してもらいます。分かりましたね?」
トイヴォがうなづくと、ユリウスは話を終わらせた。
そして翌日。
ユリウスはトイヴォとエリアスを連れて、大庭園に来た。
トイヴォとエリアスは動きやすい服装に着替え、黒い長袖のシャツに、黒いズボンを履いている。
ユリウスが大庭園の一番奥まで行くと、立ち止まり、後ろを振り返った。
ユリウスは2人を見ながら話を始めた。
「今日からあなた達の修行を始めます。まずはどれだけの武術があるのか見せてもらいます」
するとそれを聞いたエリアスが
「武術・・・・・私は剣の腕は持っているが、何か武器のようなものはないのか?」
「そう言うと思いました・・・・床に長い木の棒があります。それを使ってください」
ユリウスが床をちらっと見ると、エリアスとトイヴォもつられるように床を見た。
床には細長い木の棒が2本、エリアスとトイヴォの側に置いてある。
エリアスとトイヴォが木の棒を拾って、それぞれ片手に持つと、ユリウスは2人にこう言い放った。
「準備ができたら、私に攻撃をしてみてください・・・・好きなタイミングで結構ですよ。
私は見ての通り、武器も何も隠し持っていません」
それを聞いてトイヴォは戸惑いながら、隣りにいるエリアスを見た。
エリアスもトイヴォの顔をちらっと見てユリウスの方を向き
「それなら、手加減なしでも構わないのか?」
「エリアス、あなたは手加減なしで構いません・・・・・その代わり私も手加減はしませんよ」
ユリウスが笑みを浮かべながらエリアスを挑発すると、エリアスも笑みを浮かべた。
「ならば、本気でやらせてもらう・・・・・」
エリアスは木の棒を両手で構えると、ユリウスの姿を見ながらトイヴォに言った。
「トイヴォ、お前は自分のタイミングで攻撃するんだ。先に行くぞ」
トイヴォがうなづくと、エリアスは右手に木の棒を持ち、ユリウスに向かって走り出した。
エリアスは木の棒を下に下げたまま、ユリウスに向かって近づいていた。
そしてユリウスの体まであと少しというところで木の棒を少し上げ、ユリウスの脇腹に向かって横に振ろうとした。
横に振り上げたとたん、ユリウスの体は素早く左に移動し、もう少しというところで攻撃をかわされた。
エリアスはそれを見て、左に素早く移動し、今度も脇腹に向かって攻撃しようとしたが
ユリウスはそれも見抜いて、今度は右へと移動した。
何度も同じ動きが続き、エリアスは今度は前から攻撃しようと、木の棒を両手で構えた。
そしてユリウスの肩や、腹、足を狙って何度も攻撃しようとするが、ユリウスは両手、もしくは片手で木の棒を押さえ込み
エリアスの攻撃を防御している。
トイヴォは2人の戦いを後ろで見ていた。
エリアスの攻撃を全て押さえているユリウスに、トイヴォはなかなか動き出せないでいた。
どうしよう・・・・・僕にはあんな動きはできない。2人とも動きが速すぎる。
2人の速すぎる動きにトイヴォは戸惑っていた。
僕が攻撃できるのはどのタイミングなんだろう。
僕ができるのは・・・・・・。
トイヴォはユリウスの後ろ姿を見ながら、どのタイミングで出ていくか考えていた。
しばらく2人の攻防が続き、エリアスはいったんユリウスから離れると、ユリウスは平然とした顔で言った。
「どうしましたか?もうあなたの攻撃はおしまいですか・・・・」
エリアスは息を荒くしながら
「まだだ・・・・・。まだ終わってはいない」と木の棒を両手で構えた。
「だいぶ息が荒いようですね。その程度で疲れているようでは、強敵は倒せませんよ」
「まだ終わっていないと言っているだろう、今度こそ勝負だ・・・・決着をつけてやる」
「いいでしょう。私も今度は手加減しませんよ・・・・さっきまではあなたの動きを見ていただけです」
「何だと・・・・・次で決着をつけてやる」
エリアスはそう言ったかと思うと、ユリウスに向かって走り出した。
エリアスは素早くユリウスの右側に移動し、今度は足に狙いを定めた。
そして木の棒をユリウスの足に向けて突き出そうとすると、ユリウスはそれを見抜いて右に動いた。
エリアスはその動きを見て、今度はユリウスの目の前に移動し、腹に向かって木の棒を突き出そうとした。
するとユリウスはその木の棒を右手で押さえ、エリアスの動きを止めた。
動きが止まったかと思うと、今度はユリウスが木の棒をエリアスに向かって突き出した。
「うっ・・・・・・・」
木の棒がエリアスの腹を直撃し、エリアスは苦しい声を上げてその場に座り込んだ。
ユリウスはエリアスの苦しそうな顔を見ていると、背後から気配を感じた。
素早く後ろを振り返ると、トイヴォがユリウスの背中に向かって、両手で木の棒を構えて襲って来ていた。
トイヴォの持つ木の棒の先を右手で押さえ込み、トイヴォの動きを止めてしまうと、ユリウスはトイヴォの方を向いた。
「今、とてもいいタイミングで攻撃して来ましたね・・・・・あなたは鍛えれば強くなります」
そして押さえていた木の棒を放すと、ユリウスは2人にこう言った。
「これでだいたいのことは分かりました。あなた達2人が組めば、もしかしたら強敵に対抗できるかもしれません。
しばらくしてからまた修行を始めましょう」
大庭園の入口に、フワフワと浮いているヴァロの姿があった。
3人の姿をヴァロはつまらなさそうな顔で見ていた。
「こんなところで、1人で何をしているんですか?」
後ろから声が聞こえてきたので、ヴァロが後ろを振り返ると、そこには若草色の短髪で、茶色の服を着た男がいた。
ヴァロは前を向いて、つまらなさそうにこう言った。
「僕だけやることがなくてつまらないんだ。本当はあの2人と一緒にやりたいのに。僕だけ仲間はずれなんだ」
それを聞いた男は、大庭園にいる3人を見て
「あなたは、昨日ここに来たばかりなんですね。ユリウスと昨日話はしましたか?」
「うん、話はしたよ」ヴァロはうなづいた。
「でも、僕は別のことをやるみたい。僕だってトイヴォとエリアスさんのために何かやりたいのに」
すると男はヴァロを見ながら言った。
「あなたはもしかしたらヴァロさんですか?」
ヴァロは男の顔を見て
「うん、僕はヴァロだよ・・・・僕のことを知ってるの?」
「昨日、ユリウスからヴァロさんの話は聞きました。あなたは星の鏡の子供だと・・・・・今の姿は仮の姿とも」
「そうなんだ」
「それに魔法が使えるとも聞きました。変身もできるんですか?」
「変身はできるけど」ヴァロは自信がなさげに、下を向いてしまった。
「変身するのが苦手なんだ。いつもうまくできなくてみんなに笑われるんだよ」
それを聞いた男は、うなづきながらヴァロに提案した。
「なら、その苦手な変身が上手くなることができるとしたら、やりたいですか?」
するとヴァロは顔を上げて
「え、変身が上手くなる方法があるの?」
「ええ、ヴァロさんがやりたいのなら、上手くなる方法を教えます。やりたいですか?」
男が微笑みながらヴァロに聞くと、ヴァロは深く何度もうなづいて嬉しそうに
「やりたい、やるよ!変身が上手くなってあの2人の役に立てるんだったらやる」
「充分、役に立てると思いますよ・・・・・なら、向こうの部屋に行きましょう」
男はヴァロを連れて大庭園を離れて行った。