試練に向かって

 



タハティリンナでは数日前から雪が降り続いていた。
空から大きい雪の固まりが次々と降り続き、タハティリンナがある山脈も雪が積もってきていた。



ある部屋でトイヴォとヴァロは並んで絵を描いていた。
2人の前には大きな魚が一匹、大きな皿の上に乗っている。
トイヴォが魚を見ながら、下を向いて画用紙に鉛筆で絵を描いていると
右横で同じく絵を描いていたヴァロが、トイヴォの絵を見ようと近づいてきた。



「うわあ。トイヴォ、絵がとても上手いね」
ヴァロがトイヴォの絵を横から覗き込むと、思わずそう声をかけた。
「そ、そうかな」
ヴァロの言葉を受けて、トイヴォが顔を上げて自信がなさそうにヴァロの方を向いた。
ヴァロはトイヴォの描きかけの絵を見ながら
「だって、魚の目とか、鱗とかちゃんときれいに描いてあるもの。形もきれいだし」
「これは・・・・素晴らしいですね。お皿の上にある魚をよく見ています」
トイヴォが声のする方を向くと、若草色の短髪で、茶色の服を着た男がいた。
「あ、カレヴィさんだ」とヴァロ
「トイヴォさんはとても絵が上手ですね。前から絵は描いていたんですか?」
トイヴォの絵を見ながらカレヴィが聞くと、トイヴォは首を振った。
「いいえ、小さい頃少し描いたことがあるくらいです。描いたのは久しぶりで」
「それにしてはとても上手です。絵を習ったことは?」
「いいえ。でも前から絵には興味があったんです。ユリウスさんから絵を描くように勧められて描くように
 なってから、だんだん面白くなってきたんです」



トイヴォはユリウスに絵を描くよう勧められ、描いていくうちに絵を描くことに興味が出てきた。
元々は観察力をつけるために始めたのだったが、いつの間にか描くことが楽しくなってきたのだ。



トイヴォはヴァロの方を向くと
「でも、ヴァロの絵も上手になってきてるよ。この間描いた絵も上手く描けてたじゃない」
「え・・・・そうかな?この間は何を描いてたっけ?」
ヴァロが戸惑っていると、カレヴィが床に置いてあるヴァロの絵を見て
「この間は動物の置物でしたね。私も上手くなっていると思いますよ。ここで描いた最初の絵と比べたらね」
と画用紙を持ち上げて、その絵を2人に見せた。
ヴァロの絵はまだ描き始めたばかりなのか、まだ魚とも分からない横線だけが描かれている。
「あ・・・・それはまだ描き始めたばかりなのに!」
ヴァロが慌ててカレヴィにフワフワ浮きながら近づこうとすると、カレヴィは笑いながら
「なら、一番最初に描いた絵を見せましょうか?」
「や、止めてよ・・・・・・それだけは止めて!」
ヴァロが恥ずかしそうに顔を真っ赤にしながらカレヴィから画用紙を取り上げると、カレヴィとトイヴォは笑っていた。



一方、別の部屋ではエリアスとユリウスが話をしていた。
「話というのは何ですか?エリアス」
雪が降り続いている窓の外の景色を見ながら、ユリウスは後ろにいるエリアスに聞いた。
「もうここに来てから1ヶ月近くは経つ。一体、いつになったら伝説の剣がある場所を教えてくれるんだ?」
エリアスの言葉に、ユリウスは後ろを振り向いて
「あなたはまだ、伝説の剣を守っている敵に敵うレベルに達していません。まだ戦える状態ではないのです」
「それでも、もうかなり時間が経っている。早くセントアルベスクに戻らなければ闇の魔王が何をするか
 分からない・・・・こうしている間にも、セントアルベスクが滅ぼされるかもしれないんだぞ」
「なら、エリアス。あなたに聞きますが・・・・闇の魔王ならば、セントアルベスクだけでなく、この世界を
 一瞬にして滅ぼす力があるはず。なのに未だにそれをしようとしないのはなぜだと思いますか?」
ユリウスの問いに、エリアスは何も言えず黙ってしまった。



エリアスはヴィルホと城で戦った時のことを思い出していた。



あんな強い力があれば、あの時一瞬にしてセントアルベスクを滅ぼすことができたはずだ。
なのに、なぜそれをしなかったのか・・・・・・。



エリアスが黙っていると、ユリウスは再び窓の外を見ながら話し始めた。
「いずれにしろ、今のこの大雪では、人は誰も動けません。この寒さなら冬の間は動こうとしないでしょう。
 闇の魔王ならばこの世界を滅ぼそうと思えばいつでもできることです。何か考えがあるのでしょう。
 どんな考えがあるかは私には分かりませんが、暖かくなるまで様子を見ているかもしれません」
「考え・・・・・・?」
「そうです」
ユリウスは再び後ろを振り返り、エリアスを見てうなづいた。
そして続けて
「闇の魔王にとって、何か都合の悪いことがあるのか、それとも別の理由があるのか・・・・」
ユリウスの言葉にピンときたエリアスは
「それはもしかしたら、我々が集めようとしているものと・・・・・」
「関係があるかどうかは分かりませんが、様子を見ていることは確かだと思います」
ユリウスはゆっくりとその場から離れると、エリアスに近づいて来た。
そして右手をエリアスの右肩に置き
「暖かくなれば何か動き出すかもしれません・・それまでに、強敵に敵うレベルになることです」



ユリウスが部屋を出て行き、1人になるとエリアスは窓の外を見た。



ソフィア・・・・・・・何も起こっていなければいいが。



ソフィアのことを想いながら、エリアスは窓の外の雪を見ていた。



それからしばらくして、暖かくなりセントアルベスクには春が訪れようとしていた。
オリヴィアはソフィアのいる城に留まり、昼間はセントアルベスク王の城にシェフや黒い制服姿で潜入し、城内での情報を集め
夜になるとソフィアのいる城に戻り、白鳥から人間の姿に戻った女性達に武術を教えていた。
アレクシはそんな女性達の食事や泊まる場所の面倒を見ながら、街の市場でセントアルベスク王の城内や周辺に
変化がないか、情報を集めていた。
ニイロはセントアルベスク王と王女の給仕をしており、その時王様からソフィア宛ての手紙を渡されることが
あるので、その手紙を預かりソフィアに渡したり、ソフィアが王様への手紙をニイロに渡したりしていた。



そんな中、夕方近くになり、オリヴィアがソフィアの城に戻ってきた。
中に入り、黒のジャケットをソファの上に置くと、オリヴィアは何か考え込みながらソファに座り込んだ。



最近、黒い制服を着た者達の動きが気になる。
今までゆっくりとしていたのに、急に慌ただしく動き始めた。
何かが密かに動き出しているような気がする。
それに、白い制服を着た者達から聞いた話だと、どこか隣国へ攻撃を仕掛けるとか・・・・・。
一体、ヴィルホは何をしようとしているのか?



オリヴィアが考えを巡らせていると、城の外からバサバサと羽根を広げるような音が聞こえてきた。
窓の外を見ると、大きな鷲の姿が見えた。



オリヴィアが城の外に出ると、窓の側に鷲が止まっていた。
オリヴィアが鷲に近づいて鷲の足元を見ると、右足に紙が巻き付いている。



森の和尚様からだ。この間手紙を送ってから、ようやく戻ってきた。



その紙を取り、オリヴィアが口笛を吹くと、鷲は飛び上がり、近くの木の枝の上に止まった。



オリヴィアが城の中に戻り、ソファに座ると、手に持っている紙を広げた。
すると2枚の紙が入っており、最初の1枚はオリヴィア宛ての手紙だった。
もう1枚の紙を見ると、中央に大きく、何やら特殊な文字が書かれていた。



この文字、何だろう・・・・確か先日、トイヴォに送った手紙にもこの文字が入っていた。
時々、和尚様が何をしているのかよく分からない時がある。
私は和尚様の弟子なのに、こんなことも分からないなんて。



そう思いながらオリヴィアは和尚からの手紙を読むことにした。



オリヴィア

セントアルベスクがどんな状況にあるのか、手紙をもらってよく分かった。
今は冬で寒く、動きようがないだろうが、いずれは春になり暖かくなるだろう。
暖かくなれば、相手も次第に動き出してくる。
その前に、トイヴォ達に会ってどうするか決めることじゃ。

トイヴォがタハティリンナにいるということはかえって好都合かもしれない。
お前もセントアルベスクにいて近くにいるだろうから、タハティリンナにいるトイヴォに手紙を送るんじゃ。
まだトイヴォがお前がセントアルベスクにいることは知らないだろうから、早く知らせた方がいい。

トイヴォに手紙を送る時は、タハティリンナにいる代表者にも手紙を書いて、この手紙についている
もう1枚の紙をつけて送っておくれ。何かの役に立つだろう。

                              和尚



オリヴィアは手紙を読み終えると、ソファから立ち上がりその場を離れた。
しばらくして数枚の紙を持って戻ってくると、オリヴィアはトイヴォに手紙を書き始めるのだった。



「いつもありがとう。ご苦労様。気を付けて帰って」
夜になり、ソフィアがドアの外にいるニイロに声をかけた。
ニイロがその場を離れると、ソフィアは静かにドアを閉めた。
ソフィアの右手には赤い封蝋が押された手紙があった。



2階に上がり、部屋に入ると、ソフィアはソファに座った。
Sという文字が入った赤い封蝋をゆっくりと剥がすと、中に入っている手紙を取り出した。



お父様からだわ。この間も手紙をもらったばかりなのに。一体どうしたのかしら。



ソフィアが手紙を開いて文字を見たとたん、ソフィアはその内容に驚いた。



ソフィア王女様

突然、このような手紙をお送りして申し訳ございません。
王様の机をお借りしてこの手紙を書いております。

ソフィア王女様があれからお城にいらっしゃらないので、お話ができず残念です。

私は城に来て、セントアルベスク王になる準備を進めてきましたが
ようやくその準備が整いそうですので、私はセントアルベスクの新しい王の座に就くことにしました。

近日中にセントアルベスク王と女王様の処刑を執行します。
王様に退位を何度もお願いしましたが、聞き入れてもらえませんでした。
聞き入れていただければ、私も処刑をすることはなかったでしょう。

ソフィア王女様が私と結婚して下されば、王様と女王様の処刑は中止します。
返事は城に来ていただくか、この手紙の返事を書いていただければ・・・・・・。

あなたの返事をお待ちしています。

                      ヴィルホ



ソフィアは手紙を読み終えると、あまりにも恐ろしい内容に思わず手紙を床に落とした。



私がヴィルホと結婚しなければ、お父様とお母様は処刑されてしまう。
一体、どうすればいいの・・・・・・・?



ソフィアはどうすればいいのか分からず、ただ戸惑うばかりだった。



夜が深くなり、トイヴォは部屋を出て庭園にやって来た。
空を見上げると、無数の星が輝いている。



やっぱり夜遅い方が星がきれいに見える・・・・・・。



しばらく星を見ていると、後ろから誰かが声をかけてきた。



「トイヴォさん」



気が付いてトイヴォが声のする方を向くと、そこにはユリウスの姿があった。



「ユリウスさん、こんな時間まで起きてるんですか?」
「トイヴォさんもこんな夜遅くまで・・・・・何をしているんですか?」
ユリウスがトイヴォに近づくと、トイヴォは再び夜空を見上げながら
「星を見に来たんです・・・・・夜遅い方がきれいに見えるってユリウスさんが言ってたじゃないですか」
「ああ、そうでしたね」
ユリウスは微笑みながら夜空を見上げた。
そしてトイヴォの隣に来ると、続けてこう言った。
「ずっと見上げていると首が疲れますから、座って星が見れる場所に移動しませんか」
「そんな場所があるんですか?」
「行きましょう。こっちです」
ユリウスが歩き始めると、トイヴォは後をついて歩き出した。



庭園の奥に来ると、長椅子が2つ横に並んでいる場所に出た。
2人はそれぞれ別の長椅子に座ると、トイヴォは空を見上げた。
ユリウスはトイヴォを見て
「ここなら、座りながらゆっくり星が見れるでしょう?」
「はい、ここならゆっくりと星が見れます」とうなずくトイヴォ
「私も時々ここに来ます。考え事がある時にここに来て、星を見ていると落ち着くんです。
 こんなきれいな星空を見ていると、自分の悩みなんてちっぽけなことだとつくづく思うことがあります」
「僕もそう思います」
ユリウスの方を向いて、トイヴォは深くうなづいた。
「こんなに広くてきれいな星空を見ていると、嫌なことも忘れてしまうんです。できたらずっとこのまま
 見ていたくて」
「私もそう思います。私たちがどんな状況でも、この星空は変わりません。ずっと私たちのことを
 見ているのです。この星空は誰にも汚されたくはありません・・・・・」
ユリウスが話している途中、どこからかバサバサという音が聞こえてきた。



2人が音のする方を向くと、大きな鷲が2人に向かって飛んできていた。
トイヴォはその鷲を見た途端、はっと気が付いた。
鷲が庭園に入ってくると、2人の間に着地して止まった。



トイヴォが立ち上がり、鷲の足元を見ると、右足には紙が巻き付いていた。
ユリウスはそれを見て
「トイヴォさん、その鷲を知っているのですか?」
「はい」
トイヴォは答えながら鷲に近づき、巻き付いている紙をそっと取った。
そしてゆっくりと広げると、2枚の紙が入っていた。
前にある紙を見てみると、オリヴィアからの手紙だった。



トイヴォへ

今、セントアルベスクからこの手紙を書いています。
ソフィア王女とアレクシさんがいるお城にいます。
トイヴォに会えると思っていたのですが、タハティリンナにいると聞きました。

タハティリンナに来てどのくらい経つのでしょうか?
セントアルベスクに来てから、王様の城に通い、城の様子を見ているのですが
近いうちにヴィルホが何か企てを起こしそうです。
何か悪いことが起こるかもしれません。

いつセントアルベスクに戻ってくるのでしょうか。
戻る予定があるのなら、できるだけ早く戻ってきてください。
戻る前に、私宛に手紙を書いてください。
鷲にはしばらくの間、タハティリンナに留まるように言ってあります。

それから、同封しているもうひとつの紙と、この手紙をタハティリンナの代表者に見せてください。
何かが起こる前に、トイヴォと会えますように。

                      オリヴィア



トイヴォは後ろにあるもう1枚の紙を見ると、中央に大きな文字が書かれていた。



何だろう、この文字・・・・・・。
そういえば、前にも同じような文字を見たような気がする。



「トイヴォさん、どうしたんですか?」
トイヴォが文字をじっと見ていると、ユリウスがそれを見てトイヴォに近づいた。
そして隣に来ると、トイヴォはユリウスに気が付いて
「ユリウスさん・・・・これを見てもらえませんか。知り合いからの手紙です」とオリヴィアからの手紙を渡した。



ユリウスはオリヴィアからの手紙をひと通り読むと、後ろについているもう1枚の紙を見た。
中央にある大きな文字を見すと、ユリウスの目は大きく見開いた。



しばらくすると、ユリウスはトイヴォの方を向いた。
「手紙の内容はよく分かりました。事を急がないといけないようですね。手紙を少し借りてもよろしいですか?」
「はい、大丈夫ですけど・・・・・?」
「明日には返します。また明日、話をしましょう。もう遅いですからそろそろ戻りましょうか」
何か言いたそうなトイヴォに、ユリウスはそう言うと、ゆっくりとその場を離れるのだった。



ユリウスは部屋に入ると、辺りを見回しながら声をかけた。
「カレヴィ、いるのか?・・・・・いるのなら返事をするか、ここに来てくれ」
するとしばらくしてカレヴィが部屋に入ってきた。
「ユリウス。こんな時間に呼び出すとは・・・・何かあったのか?」
「夜中に呼び出して申し訳ない。寝ていたのか?」
「ちょうど今から眠るところだった。何かあったのか?」
「この手紙を見てくれ」
ユリウスがカレヴィに手紙を渡すと、カレヴィは手紙をじっと見ていた。



しばらくしてカレヴィが手紙を読み終えると、ユリウスに手紙を返しながら聞いた。
「それで・・・・・・・どうするの?ユリウス」
「お前はどう思う?というか・・・・・お前ならどうやってこの状況を解決するんだ?」
「手紙を見ただけだと状況があまり分からないから、なんとも言えないけど、とにかく急いだほうがよさそうだね」
「やはりお前もそう思うか・・・・・・・」
手紙を見ながらユリウスは静かに溜息をついた。



まだ少し不安なところはあるが、やってみるしかないな。



そう思いながらユリウスは手紙を上着の内ポケットにしまった。



次の日。
エリアスとトイヴォはいつものように庭園に来ると、ユリウスが既にいた。
2人の姿を見ると、ユリウスはいきなりこう切り出した。
「今日は2人が今までどれだけ技術を磨いてきたのか、テストを行います。最終テストです」
するとそれを聞いたエリアスは戸惑いながら
「え・・・・・いきなりテストだと?昨日はそんなこと一言も言ってなかったじゃないか」
「昨日まではテストを行うつもりはありませんでしたが、気が変わりました・・・・・
 エリアスもトイヴォさんも最近よく頑張っておられるので、どのくらいのレベルに達したのか
 確かめたいのです」
ユリウスの言葉に、トイヴォは昨夜のことを思い出した。



きっと、昨日のオリヴィアさんからの手紙を読んで言っているんだ。
このテストに合格すれば、伝説の剣を取りに行けるかもしれない。
セントアルベスクにも戻れるかもしれない。



ユリウスの言葉を聞いたエリアスは
「もし最終テストをパスしたら、伝説の剣がある場所を教えてくれるのか?」
「最終テストですから・・・・合格したら伝説の剣がある場所を教えましょう」
ユリウスがうなづくと、エリアスがさらに聞いた。
「それで、最終テストは何をやるんだ?」
「最終テストは最初にやったことと同じです」
ユリウスは床に置いてある木の棒を拾うと、エリアスに木の棒を差し出した。
「私を倒すことができたら、最終テストに合格したとみなしましょう」



それを聞いたトイヴォは戸惑った。



毎日修行をしているけど、ユリウスさんを倒すなんて無理だ。
動作や攻撃が速すぎて、まだ少しも追いつけていないのに・・・・・。
一体、どうすれば・・・・・・。



トイヴォが戸惑っていると、エリアスが近づいてきた。
「トイヴォ、大丈夫か?無理ならお前は参加しなくてもいいんだぞ・・・私1人でもユリウスを倒す」
「いいえ、僕もやります」トイヴォは首を振った。「2人でやらなければ、ユリウスさんも納得しないでしょう」
「分かった、でも無理はするなよ・・・・自分のタイミングで攻撃するんだ。まずは私から行く」
「分かりました」
トイヴォがうなづくと、エリアスは振り向いて、後ろにいるユリウスの方へと歩き出した。



エリアスが近づいてきているのが分かると、ユリウスはエリアスに声をかけた。
「まずはあなたからですね、エリアス・・・・・いつでもかかってきて下さい。私は何も武器は持っていませんよ」
「言われなくても分かっている」
エリアスは木の棒を右手に下げたまま、ユリウスとの距離を徐々に詰めていく。
そしてある程度離れたところで、エリアスは足を止め
「今までお前の元で厳しい修行をしてきたんだ。どれだけ強くなったのか、思い知らせてやる」
「それは楽しみですね・・・・・どこからでもかかってきてください」
ユリウスがうっすらと笑みを浮かべると、エリアスは木の棒を構え、ユリウスに向かって走り出した。



ユリウスの体まであと少しというところで、エリアスは右手に持っている木の棒を上に上げた。
そしてユリウスの右肩に向けて木の棒を振り下ろそうとしたとたん、ユリウスはそれを見抜いて左手で
木の棒を押さえた。
エリアスは木の棒を上に上げ、ユリウスから木の棒を離すと、今度は左脇腹を狙って木の棒を振りかざそうとした。
するとユリウスは素早く右へと動き、エリアスの腹部を攻撃しようと両腕を前に突き出そうとした。
エリアスはそれを見抜いて左へと移動し、ユリウスの攻撃を避けると少し後ろに下がって距離を置いた。



「前回よりも動きがいいですね・・・・・・動きが速くなってきています。
 それに私の攻撃を避けるとは、かなり上達している証拠です」
「お前がとても厳しい修行をしてくれたからな・・・・・・伊達に修行は積んでいない」
ユリウスの言葉を受けて、エリアスが木の棒を両手で構えると、ユリウスはうなづきながら
「そうですね。特にあなたには手厳しく指導したつもりです。こんなに短い間に上達しているとは嬉しい限りです。
 でもまだまだですよ。この程度では私は倒せません」
「そんなことは充分分かっている。次は本気でいく、勝負だ」
「私も今度は本気で行きますよ・・・・ようやく互角で戦える相手ができたんですから」



しばらく2人の動きが止まっていたが、今度はユリウスが先に動き始めた。
エリアスに向かって走り出し、目の前まで迫ると、エリアスの脇腹に向かって右腕を突き出した。
するとエリアスは木の棒を前に出して、ユリウスの攻撃を抑えた。
ユリウスは今度は左腕を前に突き出そうとするが、エリアスは木の棒を横に向け、攻撃を抑えた。
何度も同じような攻撃が続いたが、エリアスはユリウスの動きを読み、木の棒でなんとか攻撃を抑えている。



トイヴォは2人の戦いを少し離れたところで見ていた。
ユリウスの動きをじっと見つめながら、自分がいつユリウスを攻撃するかタイミングを計ろうとしている。



だめだ・・・・・前回よりも動きが速すぎて、いつ攻撃すればいいのか分からない。
エリアスさんも今度はなかなか攻撃できないでいる。どうすればいいんだ・・・・。



そう思いながらトイヴォはユリウスの動きを見ていた。



最初は動きが速すぎてあきらめていたが、見ているうちにユリウスの動きが分かってきた。



動きが速すぎて分からなかったけど、今まで一度も僕の方を向いていない。
エリアスさんばかりに気を取られているかもしれない。
もしかしたら今が攻撃するチャンスなのかもしれない。



トイヴォはユリウスの動きを見ながら、いつ攻撃するか機会を伺っていた。



しばらくしてようやくユリウスが攻撃を止めると、エリアスに話しかけてきた。
「私の攻撃を全て防御するとは・・・・・・エリアス、かなり成長しましたね」
エリアスはようやく木の棒を下に降ろすと
「ああ・・・・もうお前の攻撃は終わりか?ユリウス」
「あなたこそ、防戦一方でなかなか攻撃してこなかったじゃないですか・・・・・それとももうおしまいですか?」
「まだだ」エリアスは再び木の棒を両手で構えた。「今度は私が攻撃する番だ。覚悟しろユリウス」
「今度はどんな攻撃なのか楽しみですね・・・・・面白くなってきました」
「今度こそ、次で終わりにしてやる」



エリアスが両手で木の棒を構えなおすと、ユリウスの後ろからトイヴォが動き出したのが見えた。



前後から挟み撃ちか・・・・・それならユリウスを倒せそうだ。



そう思いながらエリアスはユリウスの顔を見ると、トイヴォが近づいて来るタイミングを見ながら走り出した。



エリアスはだんだんとユリウスに近づくと、木の棒を両手で高く上げた。
そしてユリウスの左肩を狙いながら木の棒を大きく振りかざした。
後ろからはトイヴォがユリウスの腰に向かって木の棒を振りかざそうとしていた。



するとユリウスの右手がエリアスの木の棒を抑え、左手はトイヴォの木の棒を抑えた。
同時に抑えられた2人は、ユリウスの素早い対応に驚いた。



ユリウスは驚いているエリアスとトイヴォの顔を見て
「前後から同時に挟み撃ちとは、卑怯ですね・・・・・もう少しで危ないところでした。
 気が付いてよかったです」
そして後ろにいるトイヴォを見ながら
「トイヴォさんもとても成長しましたね・・・・でもまだ自分の気配を消しきれていませんでした。
 もう少し気が付くのが遅かったらやられているところでした」



ユリウスは両手で抑えている木の棒を放すと、2人にこう提案した。
「このまま続けていると、1日では終わらないかもしれません・・・・あなた達は短い間にとても上達しました。
 ならば最終試練を与えましょう」
そう言った後、ユリウスはその場から姿を消してしまった。



エリアスは驚き、戸惑いながら
「ユリウス・・・・・・どこだ?出てこい!一体何のつもりだ」と辺りを見回している。
トイヴォも辺りを見回していると、どこからかユリウスの声が聞こえてきた。
「私は姿を消しているのではありません。素早く移動をしているだけです。速すぎてあなた達には見えないでしょう。
 私を見つけて倒すことができたら、最終テストを終わりにします」
「何だって・・・・・・」とエリアス
「今まで修行をしてきたあなた達ですから、できないことはありませんよ。何度も教えてきたはずです。
 今のあなた達ならできるはずです」



それを聞いたトイヴォは辺りを見回しながら戸惑っていた。



ユリウスさんの姿が全く見えない・・・・・・。一体、どうやって見つければいいんだろう。



するとさっき聞いたユリウスの言葉を思い出した。



ユリウスさんを攻撃できなかったのは、気配を消しきれてなかったからだった。
気配・・・・・・・人の気配。
ユリウスさんの気配を感じることができれば・・・・・・。



「エリアスさん・・・・・・!」
トイヴォははっと気が付いてエリアスの顔を見ると、エリアスも何かを感じたのか静かにこう言った。
「静かにするんだ・・・・・・落ち着け、トイヴォ。ユリウスはきっと近くにいるはずだ」
トイヴォがうなづくと、エリアスはゆっくりと目を閉じた。



トイヴォが目を閉じると、庭園は静寂な空気に包まれた。
何も音がしない、シンとした緊張した空気が漂っている。



神経を集中させながら、エリアスはユリウスの気配を感じ取ろうとしていた。



エリアス、落ち着け・・・・・・。



目を閉じたまま、エリアスはまず自分を落ち着かせようと自分に言い聞かせた。



ユリウスが動けば、気配を感じるはず・・・・・・その時が勝負だ。



エリアスは目を閉じたまま、その場を動かずに立ち尽くしていた。



しばらくの間、辺りは静かで張り詰めた空気に包まれたが、次第に弱い風が吹いてきた。
音のない弱い風が吹いても、エリアスは一向に動かない。



今のは弱い風だ・・・・・・人なら風だけじゃなく温かいものを感じるはずだ。



するとまた弱い風がエリアスの体を撫でるように吹いてきた。
吹いて来たかと思えば、今度はなぜか生温かい体温のような熱を感じた。



今だ・・・・・・・!



エリアスは目を開けたかと思うと、持っていた右手の木の棒をそのまま横に振った。
一方でトイヴォも気配を感じたのか、エリアスと向かい合うように逆方向から木の棒を横に振ってきた。



「うっ・・・・・・」



小さく苦しそうな声に気が付くと、2人の間にユリウスが、前後から木の棒を体に当てられた姿で見えた。
2人がユリウスの姿に気が付くと、ユリウスはその場にうつ伏せに倒れた。



「ユリウスさん!大丈夫ですか?」
トイヴォが木の棒を床に置き、ユリウスに近づくと、ユリウスはトイヴォを見ながら起き上がった。
「よく気配を感じて攻撃して来ました・・・・・私の負けです」
そしてその場に座り込んでしまうと、ユリウスは2人にこう言った。
「それでは、伝説の剣がある場所を教えましょう・・・・トイヴォさん、あなたは昨日手紙を送ってきた方に返事を書いて下さい。
 それから行く準備をしましょう」



夕方になり、ソフィアが白鳥から元の姿に戻ると、城に戻り部屋へと入った。
ソファの上には、ヴィルホからの手紙が折りたたまれた状態で置いてある。



ヴィルホと結婚すれば、お父様とお母様の命が助かるかもしれない。
でも、私はヴィルホとの結婚はどうしてもしたくはない。
早く答えを出さないと、お父様とお母様が処刑されてしまう。
一体、どうすれば・・・・・・。



ソフィアが思いつめていると、外から何かバサバサという音が聞こえた。
その音を聞いたソフィアは部屋を出て、バルコニーから外を見てみると、城に大きな鷲が飛んで来ていた。



あの鷲は・・・・・?



ソフィアが見ていると、城からオリヴィアが出てきた。
鷲に近づいて、しばらく何かをしていると思うと、オリヴィアは鷲から離れた。
オリヴィアの手には紙のようなものを持っている。



あれは何かしら・・・・・。



気になったソフィアはその場を離れ、下の階へと降りて行った。



ソフィアが下の階に入ると、オリヴィアがちょうどドアを閉めるところだった。
オリヴィアが部屋に入ると、ソフィアがいることに気が付いた。
「ソフィア王女様、もう戻っていたんですか?」
「ええ・・・・・さっき外を見ていたのだけれど、外にいる鷲はあなたが飼っているの?」
「ああ・・・・あの鷲ですか?」
ソフィアに聞かれてオリヴィアは戸惑いながら、窓の外を見た。
外には近くの木の枝の上に、鷲が止まっている。
「そうです。遠くからでも連絡が取れるように、あの鷲を使っているんです」
「その、手に持っているものは?」
「これはトイヴォからの手紙です。先日トイヴォ宛ての手紙をあの鷲につけて、タハティリンナに送っていたんです」
「トイヴォからの手紙ですって・・・・!何が書いてあるの?」
ソフィアが驚いていると、オリヴィアは右手に持っている手紙を開けた。
「・・・トイヴォから返事が来ました。読みますから聞いてください」
ソフィアがうなづくと、オリヴィアはゆっくりと手紙を読み始めた。



「長い間、タハティリンナにいましたが、明日には伝説の剣を取りに行けそうになりました。
 伝説の剣を取りに行った後、すぐにセントアルベスクに戻ります。ソフィアさんによろしく伝えてください。
 会えることを楽しみにしています・・・・・トイヴォより」



オリヴィアが手紙を読み終えると、ソフィアは安堵したような表情で
「よかった・・・・・明日にはこの城に戻るのね。本当によかった」
「明日のいつ頃になるかは書いていませんが、トイヴォ達が戻ってからどうするか考えなければなりません」
オリヴィアは手紙を折りたたんで、黒いジャケットの内ポケットにしまった。
ソフィアはうなづいて
「そうね・・・・・でもこれでヴィルホを倒せるかもしれないわ。伝説の剣があれば全部揃ったことになるもの。
 後はいつ、お父様のお城に行ってヴィルホを倒すのかだけだわ」
「その話は明日、トイヴォ達が戻ったらするつもりです」
オリヴィアが再び窓の外を見ると、白鳥から元の姿に戻った女性達の姿が数人見えた。
オリヴィアはソフィアの方を向いて
「私はこれから外に出て来ます・・・・・もしアレクシさんが戻ってきたら、さっきの話をしてください。
 明日、アレクシさんにもここにいてもらいたいですから」
「分かったわ。気を付けて」
ソフィアがそう返事をすると、オリヴィアは部屋を出て行った。



夜になり、オリヴィアが城に戻ると、ランプの灯りが点いていた。
部屋の奥に入ると、ソファにはうかない顔をしているソフィアの姿があった。
何か思いつめたような顔で、下を向いている。
「・・・・どうしたんですか?」
オリヴィアがそっと声をかけると、ようやく気が付いたソフィアが顔を上げた。
「オリバー・・・・・帰っていたの」
「さっき戻りました」
オリヴィアは黒のジャケットを脱いで、ソファの上に置いた。
そしてソフィアの隣に座り、ソフィアの顔を伺いながら
「ところで、アレクシさんは戻ってきましたか?」
「さっき、少しの間だけだったけど戻ってきたわ。明日トイヴォ達が戻るって伝えたらとても喜んでて。
 また宿屋に戻っていったわ」
「そうですか・・・・・」
オリヴィアはそっとソファから立ち上がった。
「どこに行くの?」
「喉が渇いたので水を飲んできます。ソフィア王女様は何か飲まれますか?」
「そうね・・・・・温かいお茶が飲みたいわ」
「分かりました。お持ちします」
オリヴィアがその場を離れると、ソフィアはオリヴィアの後ろ姿を見つめていた。



しばらくしてオリヴィアがコップを両手に持って戻ってきた。
「温かい紅茶をお持ちしました。熱いですので気を付けてお持ち下さい」
「ありがとう」
オリヴィアからコップを受け取ると、ソフィアはコップを口に近づけ、一口すすった。
オリヴィアも紅茶を飲んでいると、ソフィアはオリヴィアの顔を見ながら
「オリバーも紅茶にしたの?」
「はい。部屋が少し寒いので、紅茶に変えました」
「そう・・・・・・・」
するとオリヴィアはソフィアの顔を見て
「ところで、とてもうかない顔をしていますが・・・・・何かあったのですか?」
「え・・・・・?」
ソフィアが戸惑っていると、オリヴィアはソフィアの顔を見つめながら
「さっき戻ってきた時に、何か思いつめたような顔をしていらっしゃったものですから」
「・・・・・実はとても不安なの」
ソフィアはそう言ってうつむいた。
「明日にはエリアスが戻ってくるのは嬉しいわ。でもあのヴィルホを倒すことができるのか・・・・
 そう思ったらとても不安で」
「・・・・そうでしたか」
「あなたは不安ではないの?オリバー・・・・じゃないわ。オリヴィア」
「え・・・・・・?」
ソフィアに本名で呼ばれると、オリヴィアは驚いた。



オリヴィアが言葉を失って黙っていると、ソフィアが話し始めた。
「あなたが女性だっていうことは、前から知っていたわ・・・・・最初に会った時から」
「最初に会った時・・・・・あの城でヴィルホに襲われた時からですか?」
「ええ、そうよ」とソフィアはうなづき、話を続けた。
「あなたが私の部屋でシェフの制服に着替えている間、私たちは部屋の外で待っていたのだけれど、取りに行きたいものがあって
 私が部屋に入った時、偶然着替えているところを見てしまったの・・・・・あなたは気が付かなかったでしょうけれど。
 でも名前が分からなかったからしばらく黙っていたの。さっきの手紙でやっと分かったわ」
「でも、あなたは手紙を見ていないはず。どうやって名前を?」
「さっき、あなたが手紙を畳んだ時に、手紙の文字が少しだけ見えたの。オリヴィアさんへっていう
 トイヴォの文字が見えて、やっと分かったわ」
「・・・・さすがは、セントアルベスクの王女様ですね。すっかり見抜かれていたとは」
「ところで、どうして男性の恰好をしているの?何か理由がありそうね」
「話せば長くなりますが、よろしいですか?」
「構わないわ。とても興味があるの・・・・・私と同じ女性なのに、どうして男性と同じぐらい強いのか」
「分かりました」
オリヴィアはコップの紅茶を飲み干してしまうと、ソフィアが持っているコップをちらっと見た。
ソフィアのコップも空になっていると分かると
「その前に紅茶のお代わりはいかがですか?とても長い話になりますから」
「ありがとう。いただくわ」
ソフィアが空のコップをオリヴィアに渡すと、オリヴィアはその場を離れて行った。



しばらくしてオリヴィアがひと通り話を終えると、ソフィアはゆっくりとうなづいた。
「・・・・それで、トイヴォに会うためにセントアルベスクに来たのね」
「はい」とオリヴィアはうなづいた。
「あなたがどうして男装しているのかもよく分かったわ。それになぜ強いのかも・・・・・・
 ところで、あなたには大切な人はいるの?」
「大切な人ですか・・・・・・私を育ててくれた、森の和尚様でしょうか。修行中はとても厳しい人でしたが
 普段はとても優しく接してくれました」
「他には?あなたのことをとても大事に思ってくれている人はいるの?」
「他にですか?他には・・・・・・・」
オリヴィアが戸惑いながら考えていると、頭の中にヘンリックの姿が浮かんで来た。



ヘンリック・・・・・・・。
そういえば、ポルトを出てからずっと連絡を取っていなかった。
ポルトを出る時、私のことを心配しながらも、すんなりと送り出してくれた。
今も私の帰りを待っているかもしれない。



オリヴィアが黙っていると、ソフィアはオリヴィアを見つめながらつぶやいた。
「あなたも、大切に思っている人がいるのね・・・・」
「大切に・・・・・思われているかもしれない人がいるわ。こうしている間にも、私の帰りを待っている人が」
「なら、早く終わらせましょう・・・・明日エリアス達が戻ったら、お父様のお城にいるヴィルホを倒しましょう」
オリヴィアは黙ってうなづいた。



しばらくして部屋に戻ると、ソフィアはソファの上に置いてある手紙を取った。
手紙を開き、しばらく中身を見ると、手紙をたたんで再びソファの上に置いた。



私には大切な人がいる。
お父様、お母様、そしてエリアス・・・・・・。
でも、オリヴィアやトイヴォ、他の人達にも大切な人がいる。



私はセントアルベスクの王女。
セントアルベスクとみんなを守るためにやるべきことをやらなければ。



ソフィアはそう思いながら、心の中である決断をした。



次の日。
タハティリンナではトイヴォとエリアスが伝説の剣を取りに行く準備をしていた。
一方、別の部屋ではヴァロもカレヴィと一緒に準備をしていた。



「これで大丈夫かな?」
自分の姿をじっと見ているヴァロに、カレヴィは微笑みながら
「大丈夫ですよ・・・・・・でも、よくここまで成長しましたね。教えた私もびっくりするくらいです」
「でも不安なんだ。トイヴォとエリアスさんが戦っている時にうまくできるか」
ヴァロが元の姿に戻ると、自信がなさそうな顔でうつむいた。
するとカレヴィはヴァロに近づいて
「それなら、これを食べるといいですよ」と小さな革の袋をヴァロに差し出した。



袋を受け取り、ヴァロが袋から中身を取り出すと、小さな木の実が4つ入っていた。
カレヴィはそれを見ながら
「自信がない時に、自分の力を思う存分に出したい時に1つ食べてみるといいですよ。とても効果があります」
「本当?これは変身する前に食べるの?」
「はい。変身する前に食べてくださいね。そうすれば必ず効果が出ますよ」
「ありがとう」
ヴァロは木の実を袋の中にしまうと、魔法でその袋を消した。



ヴァロはカレヴィを見ながら聞いた。
「でも、どうして変身が下手な僕にそこまで親切にしてくれるの?」
「もうヴァロさんは変身は下手ではありませんよ。ここでの修行でとても上達しました・・・・とても嬉しいです」
「うん、僕もとても嬉しいよ。こんなにうまくなるとは思ってなかったから」
「ヴァロさん、まだとても小さいのに・・・・よく頑張りましたね。同じ種族として、力になれてよかったです」
「え・・・・・・?」
カレヴィの言葉に戸惑っているヴァロに、カレヴィはにっこりと微笑みながらこう言った。
「最後に私の本当の姿をお見せしましょう・・・・誰にも言ってはいけませんよ」



カレヴィはヴァロから少し離れると、体が若草色に光り出した。
突然の強い光にヴァロは思わず目が眩んだが、そっと目を開けると、目の前は若草色の光でいっぱいだった。
そして光の中にある姿を見つけたとたん、ヴァロはあることを思い出した。



そういえば・・・・・・お父さんから聞いたことがある。
僕らの種族の中に、強力な力を持った者達がいることを。
その中に若草色の光を放つ者がいることを。



僕は・・・・すごい人に教えてもらっていたんだ。
どうしてもっと早く気が付かなかったんだろう。



若草色の光を浴びながら、ヴァロはじっと光の中を見つめていた。
ヴァロの目からは自然と涙が流れていたのだった。