消えゆく闇
金色のドラゴンに変身したヴァロは、セントアルベスク城の上まで上がってきた。
そして辺りを見回していると、背中に乗っているトイヴォが話しかけてきた。
「ヴァロ、黒いドラゴンがどっちに行ったか知ってる?」
「確か、山の方に行ったと思うんだけど」
ヴァロは辺りを見回しながらどこに行ったらいいのか迷っている。
そしてトイヴォの方を向いて
「トイヴォはどっちに行ったのか知ってる?山の方って言っても左側はほとんど山だし・・・・・・」
「見たのは確かに山の方だけど、どの山なのかは行ってみないと分からないよ」
トイヴォは左側に広がる山々を眺めながら、続けてこう言った。
「とりあえず山の方に行ってみよう。大きな黒いドラゴンだから速く行けば追いつくかもしれない」
「そうだね・・・・・じゃしっかり捕まってて。スピード上げて行くから」
ヴァロがそう言うと、左側に広がる山々へと向かい始めた。
ヴァロがスピードを上げて山へと向かっていると、しばらくして前方に黒くて長いものが見えてきた。
その黒いものはまだ遠くにいるのか、ヴァロには小さくて細長く見えている。
「・・・・・見えてきた。黒いドラゴンみたいなものが見えてきたよ」
「本当?」
ヴァロの背中に捕まりながら、トイヴォが前を見ると、遠くに黒いものが見えてきている。
「もう少しスピードを上げれば追いつくかもしれない。落ちないように捕まってて」
ヴァロがさらにスピードを上げると、トイヴォは黙ったまま前方を見つめていた。
一方、城の庭園では負傷したエリアスをソフィアがどうするか見守っていた。
ソフィアは持っていた白いハンカチを出すと、エリアスの傷口にそっと当てた。
エリアスがそれに気が付くと、ソフィアの顔を見た。
ソフィアは傷口にハンカチを当てながら
「まだ血が出ているわ・・・・・・大丈夫?エリアス」と心配そうにエリアスを見た。
「ああ・・・・・じっとしていれば大丈夫だ」
エリアスがうなづくと、ソフィアはゆっくりと立ち上がり
「お医者様を呼んでくるわ。ハンカチで傷を押さえていて・・・・すぐに戻るわ」
「分かった」
エリアスがうなづくと、ソフィアはそっとエリアスの側を離れ、城へと向かって行った。
ソフィアの姿がなくなると、エリアスはハンカチで傷を押さえながら、近くに倒れているヴィルホを見た。
仰向けに倒れているヴィルホを見つめながら、エリアスは心の中でヴィルホに問いかけた。
ヴィルホ・・・・・
最後にどうしてこんなことになったのか、お前の口から聞きたかった。
でも、もう直接お前に聞くことはできない。
エリアスはヴィルホから視線を空へと移し、しばらく空を見上げていた。
すると動かないはずのヴィルホの体がかすかに動き始めた。
トイヴォとヴァロは黒いドラゴンの後を追っていた。
ヴァロが黒いドラゴンまで数キロのところまで追いつくと、距離を保ちながらどこに向かっているのか
後を追うことにしたのである。
2人の周辺は山々に囲まれ、森の緑に包まれていた。
黒いドラゴンが森の奥へと進んで行き、しばらくすると中央に高くそびえたっている山が見えた。
黒いドラゴンはその山の頂上へ向かって上昇していく。
それを見たヴァロは、前にある山を見ながらトイヴォに声をかけた。
「目の前に大きな山があるよ。黒いドラゴンは山の頂上に上がっていってる」
「山の頂上には何があるんだろう?」
「分からない・・・・・とにかく後を追ってみよう」
ヴァロも山の頂上へ向かおうと空を上り始めた。
山の頂上まで上り、下を見ると、山の中央は大きな穴がぽっかり開いていた。
黒いドラゴンはだんだんと下へと下降し、その穴の中へと入って行こうとしている。
あの茶色い穴・・・・・何があるんだろう。
トイヴォが穴の中を見ていると、ヴァロも穴に入ろうと下降を始めた。
「今度は下に降りるよ。落ちないようにしっかり捕まってて」
ヴァロがだんだんと下に降りて行くと、穴の中の様子が見えてきた。
そこには木々が生えておらず、湖などの水もない。
見えているのは穴の中央にさらに小さい穴があるのと、茶色い土だけだった。
ヴァロが地上に着くと、トイヴォはヴァロから降りた。
辺りを見回すと、何もなく、茶色の地上だけが広がっている。
「そういえば、黒いドラゴンはどこに行ったの?」
トイヴォが後ろにいるヴァロに聞くと、ヴァロも辺りを見回しながら
「そういえば・・・・・地上に降りたところまでは見てたけど、その後どうしたんだろう・・・・・」
「僕もここに降りたところまでは見てたけど、その後は見てないんだ。すっかり姿が消えたみたいだ」
「もしかしたら僕達が追っているのに気が付いてどこかに隠れてるのかな?」
「でもここ、どこにも隠れるところなんてないよ・・・・・どこに行ったんだろう」
「真ん中に小さい穴があったから、もしかしたらその中に隠れてるのかもしれないよ」
ヴァロが中央にある小さい穴を見ようと動き出した。
「中央の小さい穴?まさか・・・・・・・」
「分からないよ。行って見てみようよ」
ヴァロの言っていることにトイヴォは信じられなかったが、ヴァロと一緒に行くことにした。
2人はしばらく歩いて、中央にある小さい穴の前まで来た。
その穴は空から見ると小さい穴だったが、近くまで来ると数百人くらい入れるくらいの大きな楕円形の穴をしていた。
ヴァロが金色のドラゴン姿のまま上からその穴を覗き込んだ。
トイヴォも何かいないか、上から覗いているが、穴の中は外と同じで何もなく、やや黒い土と砂があるだけである。
「黒い土と砂だけで何もないね」
ヴァロがトイヴォの右横まで戻ってくると、トイヴォもうなづいて
「うん・・・・・一体どこに行ったんだろう?」と穴の中を見ている。
「もしかしたらもうどこかに逃げちゃったのかな?」
「でも、そうだとすると、どうしてここまで来たんだろう?逃げるなら他にも場所があったはずなのに」
「それは・・・・・・」
ヴァロは途中まで言いかけたが、何も言えず黙ってしまった。
2人の間に静寂な空気が漂っていた。
時々風の音が聞こえてきて、その風は地上の土や砂を飛ばしている。
2人の足元に茶色い砂ぼこりが舞ってきた。
トイヴォは砂ぼこりを見た途端、何かが閃いた。
そういえば、城を出る時にエリアスさんが言ってた。
黒い霧がヴィルホの真上に集まってきて、黒いドラゴンになったって・・・・・・。
もしかしたら穴の中にその黒い霧が隠れているかもしれない。
トイヴォは不意に穴に向かって叫んだ。
「闇の魔王、隠れてないで出てこい!本当の姿を見せるんだ!」
しばらくの間、静寂が続いたかと思うと、どこかから低い声が聞こえてきた。
「・・・・誰だ?そこにいるのは・・・・・・私のことを呼んだのはお前か?」
トイヴォは辺りを見回すが、誰もいない。
トイヴォは戸惑いながらも、辺りを見回しながら大声で答えた。
「お前は闇の魔王か?闇の魔王なら姿を見せろ!」
するとしばらくして、再び低い笑い声が聞こえてきた。
「私の本当の姿だと?・・・・・・本当の姿を見せたところで、お前の目ではとても捉えきれまい。
私の仮の姿を見せてやろう」
トイヴォがその声を聞いて、しばらくすると近くで何かの声が聞こえてきた。
トイヴォが下を見ると、そこには一匹の黒猫がいた。
「黒い猫・・・・・・お前が闇の魔王なのか?」
トイヴォが黒猫に向かって話しかけると、黒猫はトイヴォの顔を見上げた。
見上げたかと思うと、低い声でこう言った。
「その通りだ・・・・・この姿ならお前も話しやすいだろう。お前は一体何者だ?」
ヴィルホの体がかすかに動き始めたのを見たエリアスは、近くに落ちている伝説の剣に手を伸ばした。
ヴィルホがまだ生きている・・・・・・。
右手で伝説の剣を取ると、エリアスはゆっくりと立ち上がった。
立ち上がった途端、右脇腹の傷の痛みが電気のように体中に走ったが、痛みに耐えながら
ゆっくりとヴィルホに近づいていく。
そしてヴィルホの目の前まで来ると、エリアスはヴィルホの顔を見た。
お前に聞きたいことがある。生きているのなら目を開けてくれ。
エリアスがヴィルホを見つめていると、ヴィルホの両目がゆっくりと開いた。
ヴィルホは目の前にいるエリアスの顔を見た。
その顔は今までとは違って、とても穏やかな顔をしている。
「エリアス・・・・・・・・」
「ヴィルホ・・・・・・?」
様子が明らかに違うヴィルホに、エリアスは思わず戸惑った。
ヴィルホはエリアスを見ながら、ゆっくりと起き上がった。
「エリアス・・・・・ここは?一体私はどうして・・・・・・・・」
エリアスはヴィルホの言葉にさらに戸惑った。
「ヴィルホ・・・・・?どうしたんだ?何を言っているんだ?」
「私はどうしてここに・・・・・?今まで私は何をしていたんだ・・・・・?」
ヴィルホは今まで何をしていたのか、全く知らないようだった。
エリアスはヴィルホの目を確認するように見た。
ヴィルホの両目は茶色の目に戻っている。
エリアスが昔見ていた、茶色の目に。
ヴィルホ・・・・・闇の魔王から解放されたのか?
本当に元に戻ったのだろうか?
「ヴィルホ・・・・・お前、本当に何も知らないのか?」
エリアスがヴィルホに問いかけると、ヴィルホは辺りを見回しながら
「何が起こっていたのか・・・・・私が今までの間何をしていたのか・・・・全く思い出せないんだ」
と途切れ途切れに答えた。
そして再びエリアスを見ると、右側の血で染まった服に気が付いた。
「エリアス・・・・・!どうしたんだその服、怪我でもしたのか?」
それを聞いたエリアスは何も言わずに戸惑っていた。
以前のヴィルホに戻っているようだったが、エリアスはそれでも腑に落ちなかった。
戦闘中、ヴィルホがいったん元に戻った時があったが、その際に受けた右脇腹の傷のことがある。
もしかしたらこれは罠で、油断すればまた同じような事が起こるかもしれない。
しばらくして、ようやくエリアスが口を開いた。
「ヴィルホ・・・・・疲れているだろう。タンデリュートに帰るんだ。その方がいい」
「え・・・・・」
ヴィルホが戸惑いながら何か言おうとするが、エリアスはそれを遮った。
「いいから早くタンデリュートに帰るんだ。帰ってしばらくすれば落ち着くだろう。その頃に
何があったのかお前の口からゆっくり聞かせてもらう」
エリアスはヴィルホに背を向けると、ゆっくりと城に向かって歩き始めた。
その頃、トイヴォは黒猫に変身した闇の魔王と話を続けていた。
トイヴォと金色のドラゴンの姿のヴァロの2人、黒猫との間には少し距離ができている。
トイヴォは何かあったらという不安から、自分で距離を取ったのだ。
トイヴォは黒猫をじっと見ながら話を始めた。
「どうしてセントアルベスクを滅ぼそうとしているんだ?そもそもどうしてこの世界を無くそうとしているんだ」
「セントアルベスクを狙ったのは私ではない」黒猫は淡々と答えた。「あの場所を狙ったのはあの男に出会ったからだ」
「あの男って、ヴィルホのこと?」とヴァロ
「そうだ」黒猫はうなづいた。「あの男がここに来たことで、私は長い眠りから醒めることになったのだ」
「どうしてそんなことになったんだ?」とトイヴォ
「・・・・もういつの事かは覚えていないが、あの男がここにやってきた。あの男は失望と怒りに満ちていた。
しばらくあの男はここを彷徨った後、偶然地面に埋もれていた黒い瓶につまづいて、その瓶を見つけた。
あの男は瓶の口を開け、私を解放したのだ。私は長い間、狭い瓶の中に閉じ込められていたから、お礼をしようと
あの男に話しかけた」
「どうして、その黒い瓶に閉じ込められていたの?」とヴァロ
「それは数百年もの昔、ある男の策略によって私は騙され、狭くて小さい瓶に閉じ込められる羽目になったのだ。
長い間、外に出る機会を狙っていた・・・・・そこにあの男が現れ、私を外に開放してくれたのだ。
それから長い間、私はその男と話をした。結果、私とあの男との思いが一致したのだ。
世界を滅ぼす手始めに、まずあの場所を選んだのだ」
ヴィルホはエリアスさんや王様に対して恨みがある。
闇の魔王は世界を滅ぼそうとしている。
だから、闇の魔王はヴィルホに憑りついたんだ。
トイヴォがそう考えていると、黒猫がさらに話を続けた。
「・・・・でも、あの男と組んで失敗だった。あの男は王族を恨んではいるが、あの王女だけは例外だった。
あの王女にあまりにもこだわり過ぎたせいで、私と徐々にすれ違うようになっていった」
「あの王女って・・・・・ソフィアさんのこと?」とヴァロ
「そうだ。それにあの男、あの王女と結婚しセントアルベスク王になりさえすれば、世界征服などしなくてもいいと
言ってきたのだ。あの男は最初から世界を滅ぼそうとまで考えていなかったのだ・・・・・これは私の完全なる
失敗だった」
「そもそもヴィルホは、ソフィアさんと結婚できればそれでよかったんだね。ソフィアさんが好きだったんだ」
「だから私はあの男を思い通りにしようと、あの男の身体や脳を強制的に自分のものにしようとした・・・・・
ただ、あの王女に対する思いだけがどうしても消せず、中途半端になってしまった。あと少し時間があれば
完全に洗脳できたかもしれないというのに・・・・・」
トイヴォは再び同じことを黒猫に聞いた。
「どうしてこの世界を滅ぼそうとしているんだ?」
すると黒猫はトイヴォの方を向いた。
「どうしてかって?今の世界がどんな状態になっているのか、考えたことはあるのか?
今の世界は何もかもが混沌としている。空気もだんだん悪くなり、空気が汚れ、環境が悪くなっている。
それだけではない。かつての自然になかった悪いものが世界中に溢れている。これによって世界が汚染されて
世界がだんだん悪くなっていっているのだ。その原因を作ったのは紛れもないお前たち人間なのだ。
だから一度この世界の全てを滅ぼし、何もない闇の世界に戻すのだ」
「闇の魔王なら、一瞬にして世界を滅ぼせるんじゃないの?どうしてそれをやらないの?」
ヴァロの質問に、黒猫は細い目をさらに細くさせながら
「本当であれば言う通り、一瞬にしてこの世界を何もない状態にすることができるだろう。
ただそれだとあまりにもつまらない。この世界がだんだん荒んで滅んでいく。その中で喘ぎ、苦しんでいる
お前たち人間をあざ笑いながら見ている方が楽しいのだ。人間の醜い姿を眺めながらな・・・・・」
黒猫の低い笑い声が辺りを包み込んだ。
笑い声が止むと、黒猫はさらにトイヴォに向かってこう言った。
「それで・・・・・あの男の次はお前か?」
「次って・・・・・一体何のことなんだ?」
黒猫が何を言っているのか分からず、トイヴォは戸惑って聞き返した。
すると黒猫は黄色い両目を大きくさせながら
「お前がここに来たのは、私に用があるからではないのか?」
「用があるからここまで追いかけてきた。ヴィルホの次って・・・・どういうことなんだ?」
「お前さえよければ、私と一緒にこの世界を自分の思い通りにできる。どうだ?私と組んでこの世界を自分のものに
してみないか?」
黒猫が何を言っているのか分かると、トイヴォはすぐに否定した。
「嫌だ。お前となんか組みたくない。お前の思い通りにさせるわけにはいかない」
「なぜだ」黒猫はトイヴォに向かって問いかけた。「今のままでは世界は破滅に向かう。お前はそれを望んでいないだろう」
「そんなことは望んでいない」
トイヴォはすぐ答えた後、続けて黒猫に向かって答えた。
「今はいろんな問題があるかもしれない。でも人々が考えて、いろんなことをやれば、この世界はよくなっていくと思う」
「それは甘い考えだ」
トイヴォの言葉を聞いた黒猫がすかさず反論した。
「昔から今まで人間は自分達の都合のいいようにやってきた。そのせいで今の世界はだんだん悪くなっているのだ。
このまま行けば取り返しのつかないところまで行くだろう。それなら一度この世界を消し去り、きれいにするしかないのだ」
「それはお前の都合のいい考えだ」
トイヴォもすぐに反論した。
「それはお前がこの世界が欲しいからそんなことを言っているんだ。自分の思い通りにしたいからそんなことを・・・・」
「なら聞くが」黒猫はトイヴォに近づいた。「お前なら、この世界をどうしたいんだ?」
一方、ソフィアが木製の箱を抱えて城の外に出ると、遠くにゆっくりと歩いてくるエリアスを見かけた。
「エリアス!」
ソフィアがエリアスの名を呼ぶと、エリアスは気がついたのか一瞬動きが止まり、ソフィアを見た。
ソフィアの声を聞いたヴィルホは、エリアスの方を見た。
エリアスの後ろ姿の先に、遠くだがソフィアの姿が見える。
ソフィアの姿を見た途端、ヴィルホはゆっくりと立ち上がった。
このままだと、エリアスとソフィアが2人で城に戻るのは明らかだった。
そう思った途端、ヴィルホの心に、再びエリアスに対する憎悪が生まれた。
ヴィルホは床に落ちている剣を拾うと、エリアスに向かって走り出した。
茶色に戻っていたヴィルホの目は、再び赤に戻っていた。
ソフィアがエリアスのところに行こうとした時、エリアスの後ろから剣を振り上げ、近づいて来るヴィルホの姿を見た。
ヴィルホが今にもエリアスを刺そうとしているのは明らかだった。
「エリアス!危ないわ、すぐに逃げて!」
ソフィアは驚きながらエリアスに向かって大声で叫んだ。
ヴィルホが剣を振り上げながら、エリアスにあと少しのところまで来ていたが
エリアスはそれに気づいていたのか、持っていた伝説の剣を振り向きざまに大きく横に振りかざした。
ヴィルホはエリアスの攻撃を交わすと、後ろへと移動した。
「ヴィルホ・・・・・・まだ闇の魔王から解放されていないようだな」
エリアスはヴィルホの目を見ると、再び赤に戻っているのを確認した。
ヴィルホはエリアスに剣を向けながら
「今度こそ決着をつけてやる。次がお前の最期だ」
「望むところだ・・・・・今度こそ決着をつけてやる」
エリアスも伝説の剣をヴィルホに向けながら、ヴィルホの様子を伺っていた。
しばらくの間、2人は剣を向けたまま動かなかったが、エリアスは何か違和感を感じていた。
何だ、この不穏な空気は・・・・・・また何かが起ころうとしているのか?
エリアスがヴィルホを見ながら辺りを気にしていると、ヴィルホが剣を高く振り上げた。
「今度こそお前の最期だ!エリアス」
大声でエリアスに向かってそう叫ぶと、ヴィルホはエリアスに向かって走り出そうとした。
ヴィルホが右足を前に踏みこんだ途端、床に亀裂が走った。
そしてヴィルホの周りを囲むかのように突然床が裂け、穴が開いたかと思うと、
ヴィルホはたちまち巻き込まれ、大声を上げながら穴の下へと落ちて行った。
「ヴィルホ!」
目の前で見ていたエリアスは驚きながら、開いた穴へと向かって行った。
そして穴の淵から穴の中を覗くと、穴の中は吹き抜けのように城の真下の景色が広がっていた。
城の真下は岩肌が広がっており、落ちたヴィルホは岩に叩きつけられ、仰向けになって倒れていた。
頭からは赤いものが流れ、岩肌に広がっていく。
しばらくしてエリアスが穴から顔を上げると、ソフィアが走ってきたところだった。
「エリアス、無事だったのね・・・・・・よかった」
ソフィアがエリアスに抱き着くと、エリアスもソフィアを抱きしめた。
「ソフィア・・・・・・終わったんだ。やっと・・・・・・終わったんだ」
「ヴィルホは・・・・・・・?どうなったの・・・・・・?」
「見ない方がいい」
ソフィアが穴を見ようとすると、エリアスは首を振ってそれを止めた。
「ソフィア王女様」
その声に2人が後ろを振り返ると、白衣を着た男と2人の白い制服を着た男がいた。
白衣を着た男はエリアスを見ながら声をかけた。
「エリアス様を迎えに来ました。城で傷の手当をしましょう・・・・・」
エリアスがうなづくと、2人の白い制服を着た男達に体を支えられながら、城へと歩き出した。
ソフィアはエリアスを見守るように、3人の後ろについて歩き始めた。
一方、黒猫の問いにトイヴォが答えようとすると、どこからかひとつの丸い光のようなものが近づいてきた。
その光が黒猫の前まで来ると、吸い込まれるように黒猫の体に入って行った。
トイヴォとヴァロがそれを黙って見ていると、黒猫はそれに気が付いて話を始めた。
「さっきの光は、今まで私と関わってきた人間の魂だ。役目を終えて私の元に戻ってきたのだ」
「人間の魂・・・・・」
トイヴォがぽつりとつぶやいていると、その隣でヴァロが気づいた。
「それって、もしかしてヴィルホのなの?ヴィルホの魂を吸い取ったの?」
それを聞いてトイヴォが黒猫を見ると、黒猫はうなづいた。
「そうだ。今まで私と一緒にいたあの男の魂だ・・・・・役目は果たしきれなかったが、ようやく私のところに戻ってきた」
「なんだって、じゃヴィルホは・・・・・・・」
「ああ、お前が思っている通り。ヴィルホは死んだ」
トイヴォが戸惑っていると、黒猫はきっぱりと答えた。
「私と関わった者は必ず最後に魂を差し出すのだ。私とあの男が会った時、そういう契約を交わしたからな・・・・。
しかしあの男はつくづく不憫な男だ。自分の思い通りにいかず、命を落としてしまったのだからな」
黒猫の話を聞いて黙っているトイヴォに、黒猫は再びこう言った。
「トイヴォとか言ったな・・・・・どうだトイヴォ。私と一緒にこの世界を自分の思い通りにしてみないか?」
「嫌だ」トイヴォはすぐに否定した。「お前と一緒になんか組みたくない」
「なぜだ。なぜ断る?」
黒猫はトイヴォを睨みつけるように、細い目でじっとトイヴォを見た。
「私と一緒になれば、世界が思い通りになるのだ。めったにないチャンスだと思わないのか?」
「そうは思わない」トイヴォは再び否定した。「僕はヴィルホとは違う。それに魂を取られたくはない」
すると黒猫は今度は話を変えてきた。
「そうか・・・・・・そういえば、お前は母親を探しているのではなかったか?
私と一緒にいれば、お前の母親を一瞬にして見つけられる。すぐに母親に会うことが出来るんだぞ」
母親のことを触れられ、トイヴォは黒猫の顔を見た。
「どうして母さんのことを知ってるんだ?さっき初めて会ったばかりなのに」
「お前と会ったのはこれが初めてではない」
黒猫はトイヴォを見つめながら続けてこう言った。
「お前と最初に会ったのは、お前が小さな女の子と一緒にいた時。あとはセントアルベスク近くの森の中で会った。
最初に会った時からお前のことが何となく気になっていたのだ」
「小さな女の子・・・・・・・」
トイヴォがそう言いかけた時、ポルトで会ったアウロラのことを思い出した。
僕が小さな女の子と一緒にいたのは、アウロラしかいない。
でも、その時から闇の魔王に会っていたなんて・・・・・・。
一体、どこで会っていたんだろう。
「そこで私は、ある男の体をしばらくの間借りて、お前と、一緒にいる女の子の記憶の中を覗かせてもらった。
と言ってもほんの一瞬だったが、そこでお前が母親を探しているのを知ったのだ」
黒猫の話に、トイヴォはポルトでの出来事を思い出そうとしていた。
一瞬だけど、ある男の体を借りた・・・・・・。
アウロラと一緒にいた時だから、アウロラを船に乗せた時しか考えられない。
その時、トイヴォは黒ずくめの男に襲われた時のことを思い出した。
そういえば、あの時は一瞬の出来事だったから、よく覚えていないけど・・・・・。
もし闇の魔王と接触したのなら、その時しか考えられない。
トイヴォはさらに、採掘場で会ったモンスターのことを思い出した。
そういえば、あのモンスターが言っていた。
闇の魔王がお母さんの記憶を持ってきたおかげで、探す手間が省けたって。
そのせいで僕は危うくあのモンスターに騙され、食べられそうになった・・・・・・。
トイヴォの心はだんだんと怒りに満ちてきた。
トイヴォが何も言わずにうつむいていると、黒猫はトイヴォの様子を伺うかのように、トイヴォに近づいてきた。
そして再びこう言った。
「お前の母親を一緒に探そう。私と一緒にいれば母親はすぐに見つかる。私と組まないか?」
それを聞いたトイヴォは、側にいる黒猫を睨みつけた。
「僕の記憶を勝手に覗いて、それを利用するなんて・・・・僕はお前を絶対に許さない!お前となんか一緒になるもんか」
トイヴォは黒猫に怒鳴りつけると、黒猫は後ろに下がりながらトイヴォから離れていった。
再び断られた黒猫はトイヴォに聞いた。
「そうか。お前は私と戦うつもりでここに来たのか?」
「そうしなければならなくなった時は、戦うつもりだ」
「そうか・・・・・・・」
黒猫はトイヴォを細い目で睨みつけると、辺りはだんだんと強い風が吹いてきた。
一方、セントアルベスク城の塔の前で、オリヴィアが辺りの様子を見ていた。
オリヴィアの周辺には戦いを終えたタンデリュートの兵士達が話をしていたり、座って休んでいる。
白い制服の男達が城を出入りしている姿も見られる。
辺りはすっかり安堵した空気が漂っていた。
「オリバーさん!」
後ろから声が聞こえ、オリヴィアが後ろを振り返ると、そこにはニイロがいた。
「ニイロ・・・・・・一体どうしたんだ?」
「頼みたいことがあるのです。手伝ってもらえませんか?」
「一体何だ、何かあったのか?」
するとニイロは改まった様子で、オリヴィアに話し始めた。
「城の調理場の下に地下通路があるのですが、戦いが終わったので両親にそのことを言いに行きたいのです」
「地下通路?そこにニイロの両親がいるのか?」
「はい、何かあった時にはいつもそこに避難しているのです。それと・・・・・・」
「それと?」
「その地下通路には、両親とは別に避難している人達がいるのです。今までヴィルホや黒い制服の男達がいましたので
言いにくかったのですが・・・・・一緒に行って助けてもらいたいのです」
ニイロの話を聞いたオリヴィアは何かがあると思っていると、隣で男性の声がした。
「おい、それは本当か?我々が知らない人達がそこに隠れているのか?」
オリヴィアが声をする方を見ると、そこに白い制服の男がいた。
するとその声を聞いたタンデリュートの兵士達が数人近づいてきた。
「よかったら話を聞かせてくれないか?我々に出来ることがあれば手伝う」
それを聞いたニイロは戸惑いながらも
「皆さん・・・・・ありがとうございます。助かります。一緒に地下通路に行っていただけませんか」
「分かった。一緒に行こう。案内してくれ」
オリヴィアがうなづくと、ニイロは城へと歩き出した。
ニイロに案内され、地下通路の前まで来ると、目の前には黒くて大きな扉があった。
ニイロが右手に持っているランプで辺りを照らしながら、左手で扉を開けると
目の前にマティルダとマッティの姿があった。
「父さん!それに母さんも・・・・・」
ニイロが驚いて思わず2人に声をかけると、マティルダはニイロを見るなりニイロを抱きしめてきた。
「ニイロ、無事だったんだね。良かった・・・・・」
するとそれを見ていたオリヴィアはマッティに声をかけた。
「今までここにいたんですか?」
「はい。戦いは終わったんですね」マッティがうなづいて答えた。「それなら、奥にいる人達にも知らせないと」
「そうすると、この先にもまだ何かあるのですか?」
「この奥にもうひとつ扉があります」
ニイロがマティルダから離れながら答えた。
ニイロはズボンのポケットから鍵を出した。
「少し行ったところにまた扉があります。扉の先には部屋がいくつかありますが、そこは鍵がかかっています。これを使ってください」
ニイロがオリヴィアに鍵を渡すと、オリヴィアは戸惑いながらも鍵を受け取った。
「ニイロ・・・・・お前は一緒に行かないのか?」
「部屋には多くの方々がいますので、私は先に両親と外に出ています。何かあったら外にいますので知らせてください」
「・・・・・分かった」
オリヴィアがうなづくと、ニイロはマッティとマティルダと一緒にその場を後にした。
オリヴィアと数人の白い制服の男達、そして数人のタンデリュートの兵士達は部屋の奥へと向かった。
奥にはさらにもうひとつ扉があった。
オリヴィアが扉を開けると、その先は大きな通路が中央にあり、通路の左右にはいくつかの部屋の扉があった。
部屋の扉の側にはランプがあり、その灯りが周辺を小さく照らしている。
部屋がいくつかある・・・・・まずは右の手前から開けてみよう。
オリヴィアは一番手前の右側の部屋の前まで来ると、扉の鍵穴に持っている鍵を差し込んだ。
鍵を回し、カチャっという音が聞こえると、オリヴィアは鍵を外して扉を開けた。
部屋の中を見たオリヴィアは驚いた。
部屋には大勢の女性達の姿があった。
長い間部屋に閉じ込められていたのか、汚れたままの服を着ている女性がほとんどで
中には食事をあまりとっていないのか、やせ細っている女性もいる。
これは・・・・・・!もしかしたらポルトで誘拐された女性達じゃ・・・・・・。
オリヴィアが何も言えず、その場を動けないでいると、後ろから男達の声が聞こえてきた。
「これは・・・・・・!大丈夫ですか?今すぐこの部屋から外へ連れて行きましょう」
オリヴィアがうなづくと、男達は部屋に入って行った。
部屋にいた女性達が次々と白い制服の男達とタンデリュートの兵士達によって外へと救出していくのを
オリヴィアは最初の扉の外側で見送っていた。
まさか、こんなところに閉じ込められていたなんて・・・・・・。
オリヴィアがそう考えていると、一人の女性が目の前に現れた。
「オリヴィアさん、オリヴィアさんじゃないの?」
その女性はオリヴィアの姿を見た途端、驚きながら声をかけてきた。
オリヴィアは誰なのか最初分からなかったが、しばらくすると思い出したのかはっと気が付いたように
「あなたは・・・・・もしかしてアウロラのお母さんじゃ・・・・・」
「そう、そうよ」オリヴィアの言葉に、その女性は何度もうなづいた。
「助けに来てくれたのね。ありがとう・・・・・本当にありがとう」
女性が思わず泣きながらオリヴィアに抱きつくと、オリヴィアは女性をなだめるように
「アウロラの・・・・・確か名前はアマンダだったわよね。よかった。無事で」
「アウロラは・・・・?アウロラは無事なの?」
「アウロラは無事よ、大丈夫・・・・・・少し離れたところで話をしましょう」
アマンダが顔を上げてうなづくと、オリヴィアはアマンダを連れてその場を離れた。
オリヴィアはアマンダを連れて、地下通路から階段を上がり、調理場の入口の手前の通路に来た。
オリヴィアは辺りを見回しながら、あまり人がいないことを確認するとアマンダに話しかけた。
「大丈夫ですか?どこか調子の悪いところはありませんか?」
「私は大丈夫よ。最初あの部屋に連れて来られた時は、どうなるかと思ったけど・・・・・」
「一体、どうしてここに連れて来られたんですか?何があったんですか」
「ポルトで買い物に外に出たら・・・・後ろから誰かに黒い布を被せられて、それで・・・・・」
アマンダが途中で当時の事を思い出したのか、急にうつむいて黙り込んでしまった。
オリヴィアはそんなアマンダの様子を見て
「無理に全部話さなくていいわ・・・・・それで今まであの部屋にいたのね」
「私があの部屋に来た時は、まだ数人しかいなかったわ。そのうちにだんだん人が増えていったの・・・・・」
「それで・・・・・あの部屋で何かされたの?」
「最初の頃は、毎日黒い制服の男達が来て、部屋にいる女性を何人か選んでどこかに連れて行ってたわ。
しばらくしたら戻ってきて・・・・話を聞いたら、今度この国の王様になる男の相手をしていたって」
王様になる男・・・・・ヴィルホのことか。
オリヴィアがそう思っていると、アマンダは話を続けた。
「でも、それは最初の頃だけだったわ。あの部屋が人でいっぱいになった頃には誰も来なくなったの。
そのうち食事も何も来なくなったわ・・・・。それがしばらく続いて倒れる人も出てきた。
そんな時、さっきの人達が私達に気づいて、毎日食事をあの部屋まで持ってきてくれていたの。
あの人達がいなかったら、今頃私達はどうなっていたか・・・・・」
話を終えると、アマンダが再び泣き始めた。
オリヴィアは体を寄せてアマンダを抱きしめた。
「大変だったわね・・・・・でも、もう大丈夫よ。ポルトに帰りましょう」
アマンダが泣きながらうなづくと、オリヴィアはジャケットの内ポケットからハンカチを出してアマンダに渡した。
そしてアマンダを連れて、城の外へと歩き始めた。
時間が経つに連れ、だんだんと強い風がトイヴォとヴァロに向かって吹きつけてきた。
強い風に体を持っていかれそうになり、体がよろめきそうになっているトイヴォに、ヴァロはトイヴォの周りを守るかのように
トイヴォの周りをぐるぐるとまわり始めた。
「トイヴォ、このままだと風に飛ばされる。僕の背中に乗って!」
ヴァロの言葉に、トイヴォは背中に乗ると、ヴァロの首につけている赤い石が強く光り出した。
金色だったヴァロの体は、たちまち赤色に変化していった。
トイヴォはヴァロの体の色の変化に驚いた。
「ヴァロ・・・・ヴァロの体が赤くなってるよ。どうして?」
「そんなこと、僕に言われても分からないよ」
ヴァロは黒猫の姿を見つめながら、続けてトイヴォにこう言った。
「しっかり捕まってて、僕がトイヴォを守るから」
「ヴァロ・・・・・」
トイヴォがそう言いかけた時、今度はトイヴォの首にかかっている青い石が光り出した。
赤色と青色の光はトイヴォとヴァロの体全体を包み込んで行った。
2人に向かってだんだん風が強くなり、砂埃や土が飛ばされて来るが、2色の光がバリヤのようにそれらを跳ね返している。
それを見た黒猫は、後ろ足で立ち上がった。
赤と青の2色の光をじっと見つめている。
そしてしばらくすると何かを確認したかのように、前足を降ろした。
すると今まで強く吹いていた風がだんだんと弱まってきた。
風がぴたりと止まると、ヴァロとトイヴォの石の光も消えた。
赤色と青色の光が消えると、黒猫がトイヴォに尋ねてきた。
「お前たちが持っているその石・・・・・・それがどんなものなのか知っているのか?」
トイヴォは首に下がっている青い石を見てから、黒猫の方を見た。
「これはセントアルベスクに昔から伝わる石だ。ヴァロが持っている石も同じだ」
すると黒猫はうなづきながら
「なるほど・・・・・・どんなものなのか分かっているのか。どんな力を持っている石なのかも」
「分かっている」
「それで、その石の力でこの私と戦おうと思っているのか?」
「どうしてもそうしなければならない時は、そうするつもりだ・・・・さっきも言ったはずだ」
「そうか・・・・・もしかしたら私の力とその石の力がぶつかり合い、双方がこの世界から消えることになるかもしれない。
それでも構わないとでも言うのか?」
「構わないとも」
黒猫の問いに、トイヴォは迷うことなく答えた。
すると黒猫はしばらく間を置いてから話を始めた。
「・・・・・石の存在は前から知ってはいたが、こんな小さな子供が持っているとは、想像もしていなかった。
もっと早く、お前たちの手に渡る前にあの男を通じて破壊できていれば、違う結果になっていただろうに」
「石を破壊・・・・・・?」とトイヴォ
「前回も、その石と伝説の剣を持った者達によって、私は長い間眠りにつくことになった・・・・。
その3つは人間が作ったものだ。だから私はあの男にその3つを破壊させようとしたのだ」
あの男・・・・ヴィルホに石と伝説の剣を破壊させようとしていたんだ。
たぶん闇の魔王は石と伝説の剣を直接破壊することができない。
だからヴィルホに頼んで破壊させようとしたんだ。
トイヴォがそう思っていると、黒猫は再び話を続けた。
「今回もその石を破壊できなかった・・・・・・どうやら今回も撤退した方がよさそうだな。
ひと眠りすればそのうち機会が訪れるだろう。ひと眠りと言ってもほんの数百年の間だ・・・・・・。
その頃には、またあの男よりも悪知恵が働く者が出てくるだろう。この世界も今より悪くなっているかもしれん。
再び機会が訪れるまで、私はこの死んでいる火山の、地下に眠っているマグマの側で深い眠りにつくことにしよう」
黒猫はその場をぐるぐると回り始めた。
だんだん回転が速くなり、地面に穴が開き始めると、黒猫は穴の中へと入っていった。
黒猫はいつの間にか大きな黒い影のような形になり、ゆっくりと穴の中へ入って行く。
トイヴォがそれをじっと見つめていると、突然大きく地面が揺れ始めた。
ヴァロは慌ててトイヴォの方を振り返った。
「地面が揺れてる!このままだと地下に眠ってるマグマが噴火するかもしれない。早くここを離れよう」
「ここ・・・・火山だったんだ」
トイヴォが大きな揺れに戸惑いながらも、黒い影の動きをじっと見つめている。
ヴァロはそんなトイヴォの様子にもう一度言い聞かせた。
「トイヴォ、ここにいたら危ない!闇の魔王がこの火山を噴火させるかもしれないよ、今すぐ離れよう!」
しかし、トイヴォは黙ったまま、黒い影の動きを見ている。
黒い影はゆっくりと穴の中へと入っていく。
ドラゴンや人間、様々な動物の姿に変えながら、ゆっくりと地下へと入って行く。
トイヴォはそれをただじっと見守るかのように見つめていた。
すると今度はさらに大きな揺れが2人を襲った。
「トイヴォ!これ以上は危険だから上に上がるよ」
ヴァロはトイヴォを背中に乗せたまま、揺れから逃れようと空へと上がり始めた。
そして山の頂上からかなり離れたところまで上がってくると、ヴァロは動きを止めた。
2人はその場所からしばらくの間、山の様子を見つめていた。
その強い揺れは、セントアルベスクでも起こっていた。
あまりにも強い揺れに、多くの兵士達が城から外へと飛び出し、地面に体を伏せている。
その中には、傷の手当を受けたばかりのエリアスとソフィアの姿もあった。
2人から少し離れたところに、アレクシや他の男達の姿が体を丸め、寄せ合いながら様子を見ている。
地下通路で他の女性達を救出していたオリヴィア達は、いったん奥の部屋に戻った。
部屋の中で体を寄せ合いながら様子を見ている。
山の頂上から白い煙がゆっくりと出てきた。
トイヴォとヴァロは、それをじっと見ているしかなかった。
揺れがさらに激しくなっているのか、辺りの木々の葉がざわざわと音を立てて揺れている。
煙がだんだん上がってきてる。もし噴火したら・・・・・・。
トイヴォは不安に駆られながらも、どうすることもできなかった。
ただじっと、山の様子を見ているしかなかった。
トイヴォがふとヴァロの体に目を向けると、今まで赤色だった体が緑色に変わっていた。
「ヴァロ、また体の色が・・・・・・」
トイヴォが言いかけると、ヴァロは両目を閉じて、何かを考えているようだった。
「ヴァロ、何をしてるの?」
トイヴォが聞くと、ヴァロがようやく目を開けてトイヴォの方を向いた。
「祈っているんだ。あの山が噴火しませんようにって。今僕ができるのはそれくらいしかないから」
「祈り・・・・・それでヴァロの体の色が変わったの?」
「それは僕にも分からないよ」とヴァロは首を振った。
そして再び前を向くと、目を閉じて祈り始めた。
トイヴォは再び煙が出ている山を見ると、両手を前に合わせた。
そして両目をつぶると、心の中で祈り始めた。
するとトイヴォの胸に下がっている青い石が光り始めた。
それと当時に、ヴァロの首につけている赤い石も光り始めた。
2色の光はたちまち2人の体を包み込んだ。
しばらくすると揺れが収まったのか、木々の葉の揺れる音がぴたりと止んだ。
辺りが静かになると、トイヴォがそれに気が付いて目を開けた。
2人を包んでいた2色の光は、それと同時に消えていた。
トイヴォが山を見ると、今まで出ていた白い煙がだんだんと消えていった。
そして煙がすっかり消えると、元の静かな山に戻った。
トイヴォが辺りを見回すと、空はオレンジ色の夕焼け色に染まっていた。
遠くには太陽がだんだんと雲に隠れて行くのが見える。
終わったんだ・・・・・なにもかも全部、終わったんだ。
トイヴォは雲に沈んでいく太陽を見つめていた。
「夕焼けがきれいだね」
トイヴォが気が付いて声がする方を向くと、ヴァロがトイヴォの方を向いていた。
トイヴォはうなづきながら
「うん、とてもきれいだね・・・・・こんなにきれいな夕焼け見たの初めてだよ」と再び空を見上げた。
2人はしばらく何も言わず、ただ太陽が沈んでいくのを見ていた。
太陽が雲にすっかり隠れてしまうと、トイヴォはヴァロの方を向いた。
「・・・・そろそろ帰ろうか」
「うん」
ヴァロはうなづくと、セントアルベスク城に向かってゆっくりと動き出した。