それぞれの旅立ち
ヴィルホがいなくなり、セントアルベスク王が再び王座に戻った。
ヴィルホから恩恵を受けていた黒い制服の男達や、家来達はたちまち捕えられた。
そして周辺国から選ばれた裁判員達によって裁判にかけられ、
裁判の結果、重罪になった者達は終身刑となり、遠い孤島にある留置場に連れられて行った。
ヴィルホとの戦いによって破壊された庭園や城壁は、セントアルベスク王に指示により
呼ばれた職人達の手によって、たちまち修復されていった。
またセントアルベスク王の指示により、ヴィルホの遺体は誰にも気づかれないまま回収し
兵士達によって、ヴィルホの故郷であるタンデリュートに運ばれて行った。
しばらくしてそれらが落ち着いてきた頃。
ヴィルホを倒したエリアスとトイヴォ、ヴァロを表彰しようとセントアルベスク王の計らいで
パーティーを行うことになった。
パーティーの当日。
塔の前に設置されているステージを、オリヴィアは遠くから見ていた。
ステージの上では大勢の人達が着々と準備をしている。
オリヴィアの周りにはいくつもの丸いテーブルや細長いテーブルが置かれ、それらの上には
たくさんの飲み物や食べ物が皿の上に置かれていた。
パーティーには大勢の人達が来ていた。
オリヴィアの周りには一緒に戦った女性達や、救助されたポルトの女性達もいる。
また周辺国からも来ているのか、見慣れない制服の兵士達や家来達の姿もあった。
こんなに大勢の人達がいるなんて、単なる表彰パーティーとは思えない。
他に何かがあるのかもしれない。
そう考えていると、後ろから聴き慣れた声が聞こえてきた。
「オリバー」
オリヴィアが後ろを振り返ると、そこにはアレクシが大きなカバンを持って立っていた。
「アレクシ・・・・・どうしたんだ?授与式は見ないのか?」
オリヴィアがカバンを見ていると、アレクシはうなづきながら
「ああ、本当は最後までいたかったんだが・・・・・これから天気が悪くなるらしいから、乗る予定の
列車が出る時間が早まったんだ。もうそろそろ出なきゃいけなくなった」
「そうか・・・・・・残念だ。時間の変更はできないのか?」
「残念だが、今日の列車はそれ一本しかないんだ・・・・・それを逃したら、またしばらく列車がない」
「・・・・そうか。トイヴォ達には話してあるのか?」
「さっき部屋に行って、話してきた」
「そうか・・・・・・」
オリヴィアがそう言った後、2人は何も言わず準備が進んでいるステージを見ていた。
先に沈黙を破ったのはアレクシだった。
アレクシはオリヴィアの顔を見るなり
「そんな暗い顔をするなよ。これからおめでたいパーティーだって言うのに。オレの分までトイヴォ達を祝福してくれよ」
「アレクシ・・・・・」
「それにこれで永遠の別れになる訳じゃない。またどこかで会えるさ・・・・さよならは言わない。
またいつかどこかで会おう」
「ああ、そうだな・・・・・またどこかで会おう」
「そろそろ出ないと、列車に乗り遅れる・・・・・また会おう。それまで元気でな」
「アレクシ、今までありがとう・・・・元気でまた会おう」
2人は握手を交わすと、アレクシはオリヴィアに背を向け、城の外に向かって歩き始めた。
それからしばらくして、準備ができたのかステージに次々と人々がやってきた。
エリアスやトイヴォ、ヴァロがステージの左端の椅子に座り、最後にセントアルベスク王と女王が
ステージに上がり、女王がステージの右端の席に座った。
王様がそれを見て、ステージの中央に来ると、備え付けてあるマイクに向かって話を始めた。
「本日のパーティーに、こうして大勢の人達に集まっていただきありがとうございます。
本日はセントアルベスクにとって、とても記念すべき日になると思います。
表向きはヴィルホを倒した勇敢な者達を表彰するパーティーですが、もうひとつ重大なお知らせを
しなければなりません」
王様が話を終えて、トイヴォ達が座っている椅子の方を向くと、1人の男性がゆっくりと立ち上がり
王様のところへと歩き始めた。
そして王様の側まで来ると、王様はその男性を見ながら再び話を始めた。
「本日はこのパーティーのために、隣国のタンデリュート国王にも来ていただきました。
タンデリュートはセントアルベスクにとって、同盟国の中でも欠かせない国です。
そのタンデリュートの王子であるエリアスと、わが国の王女であるソフィアが近いうちに結婚しますが
これを機にセントアルベスクとタンデリュートを併合し、ひとつの国になることを発表します」
王様の話を聞いていた大勢の人達からはどよめきの声が聞こえたが、すぐにそれは拍手に変わった。
タンデリュート国王がしばらくしてその場を離れると、王様が再び話を始めた。
2つの国が併合して、ひとつの国になるのか・・・・・・。
どうりで見慣れない人達が大勢いる訳だ。
王様の話を聞きながらオリヴィアがそう思っていると、右横に1人の男性が近づいてきた。
オリヴィアが男性に気が付くと、少し驚いたような様子で
「船長、どうしてここに・・・・・何かあったのか?」と声をかけた。
「今日の夕方の便ですが、海が荒れ模様になる予報が出ていて・・・・予定より出港が早まりました」
「予定が早まった?我々が乗る予定の船は夕方のはずだが」
「そのつもりでしたが、ポルトに向かう途中の海域の天気がどうも荒れるようで・・・・夕方の船では
悪天候に巻き込まれる可能性が」
「・・・・・分かった。仕方がない。それで今日の何時に船に乗ればいいんだ?」
「もう出港の準備をしています。今から1時間後には港を出なければなりません」
「何だって・・・・・!」
船長の言葉にオリヴィアは驚いた。
今から1時間後に船が出る。
そうするとここから港までは・・・・・・・・。
もしかしたら授与式が始まる前にはここを出なければならない。
トイヴォを祝福できないまま、ポルトに帰ることになるなんて。
オリヴィアは歯がゆい気持ちのまま、船長に向かってうなづいた。
「・・・・・分かった。そういう状況であれば仕方がない。他の者達にも出発の準備をするよう伝えておく」
「申し訳ありません。私は城の出たところで待っています」
船長がすまなさそうに頭を下げてその場を離れると、オリヴィアはポルトに帰る女性達に伝えようとその場を離れた。
ポルトに帰る女性達に声をかけた後、オリヴィアが元の場所に戻ると、勲章授与式が始まるところだった。
ステージ中央を挟んで右側にはセントアルベスク王と、その隣には家来と思われる1人の男性がトレイを持って立っている。
左側にはエリアスとトイヴォ、ヴァロが並んでいる。
王様は家来と一緒に、まずはエリアスの前に移動した。
エリアスが王様に向かって頭を下げて一礼すると、王様はエリアスに声をかけている。
その隣では、トイヴォが緊張した様子でそれを見ていた。
次がトイヴォの番か・・・・・・。
オリヴィアがトイヴォを見ていると、後ろからアマンダがオリヴィアに近づき、声をかけてきた。
「オリヴィアさん、さっきの船長さんがまた来たわ。そろそろここを出ないと間に合わないって」
オリヴィアはアマンダの方を振り返ると、うなづきながら
「分かった・・・・・もうほとんどの人が城の外に集まっているの?」
「分からないわ、でももう出ないと間に合わないみたい。私は先に城の外に出ているわ」
アマンダがその場を離れると、オリヴィアは再びステージの方を見た。
ステージでは、まだ王様がエリアスと話を続けている。
なかなか話が終わりそうにない様子だった。
あと少し時間があれば、トイヴォの番になるのに。
ここで城から出なくてはならないなんて・・・・・・。
オリヴィアはそう思いながら、ポルトに帰る女性達が残っていないか辺りを見回した。
すると、オリヴィアの手前にいる女性が目についた。
腰に届きそうな長さの髪で、細身の女性は、ステージのあるところをじっと見つめているようだった。
その女性はアマンダ達と同じ、地下室から救助した女性の1人だった。
確かあの人、地下室では別の部屋で1人でいたような・・・・・・。
そういえばさっき、あの人には声をかけていなかったような気がする。
アマンダ達とは違う場所にいたから気が付かなかったけれど。
オリヴィアがその女性に声をかけようと動き出した時、ステージでは王様がゆっくりと動き出した。
エリアスとの話を終えた王様は、隣にいるトイヴォの前に移動すると、トイヴォは緊張した様子で王様を見ている。
トイヴォの番になった・・・・・・。
オリヴィアは気が付いてステージ上のトイヴォに目を移したが、手前にいる女性が前に移動をしているのが目についた。
オリヴィアもすぐに女性の後を追うように移動しながら様子を見ている。
そしてオリヴィアがその女性の右横まで来ると、再びステージを見た。
その女性は、トイヴォの姿をじっと見つめているように見えた。
この女性、ずっとトイヴォを見ているような・・・・・・。
もしかしたらこの人は・・・・・・!
オリヴィアは意を決して、隣の女性に声をかけた。
「すみません、お聞きしたいことがあるのですが・・・・・・・」
一方、王様が目の前に来ると、トイヴォはさらに緊張した。
体はすっかりガチガチに固くなり、どうすればいいのか分からないほど頭が真っ白になっている。
王様から何か話しかけられたらどうしよう。
なんて答えればいいんだろう。
トイヴォが困っていると、王様は隣にいる家来が持っているトレイから、勲章を取り出した。
そして再びトイヴォの方を向くと、ゆっくりと話しかけた。
「トイヴォ。エリアスと共に、よくぞこのセントアルベスクのために戦ってくれた。お礼の勲章を授ける」
「あ・・・ありがとうございます」
トイヴォはお礼を言って深々を頭を下げると、王様から直接勲章を受け取った。
ステージの外からたくさんの拍手の音が聞こえ、トイヴォは再び王様に頭を下げた。
女性から話を聞いたオリヴィアは、ステージ上のトイヴォを見ながら静かに答えた。
「・・・・・やっぱり、そうでしたか」
ステージ上では、王様がヴァロの方へ移動しようとしている。
オリヴィアは女性の方を向くと、船の時間を思い出した。
「ポルト行きの船がそろそろ出ます。一緒に行きませんか?あなたの分の切符もあります」
女性は黙ったまま、ステージ上のトイヴォを見ている。
オリヴィアはそれを見て
「大丈夫です。あなたはポルトに行ったとトイヴォには伝えておきます。
あ、私も一緒にポルトに行きますから・・・・・・私から誰かにこのことを伝えておきます。
トイヴォには必ず伝えます。ですから、一緒に行きませんか?」
しばらくして、ようやく女性が小さくうなづくと、オリヴィアはジャケットの内ポケットから手帳を取り出した。
手帳に挟んでいるペンを右手で取り、手帳を開くと、何も書いていないページがないか急いで探した。
そして白紙のページを見つけると、後ろにあるテーブルに手帳を置き、ペンで何かを書き始めた。
数分で書き終えると、オリヴィアは書いたページを切り離した。
そして小さく折りたたむと、ペンと手帳を内ポケットにしまった。
オリヴィアが女性の方を振り返ると、ステージ上ではヴァロが勲章を受け取るところだった。
「そろそろ行かないと船に間に合わない、行きましょう」
オリヴィアは女性に声をかけると、女性を連れて城の外へと向かい始めた。
オリヴィアは辺りを見回しながら、城の外へと歩いていると、前にニイロの姿が見えた。
ニイロ・・・・やっぱり城の入口の方にいた。
ニイロがオリヴィアに気が付き、何かを言おうとすると、オリヴィアが先に声をかけた。
「ニイロ、ちょうどよかった。頼みたいことがある」
「どうしたんですか?まだ式の途中ですが・・・・・・」
ニイロが戸惑っていると、オリヴィアは折りたたんだ紙をニイロに渡し
「まだ式は終わっていないが、船の都合ですぐ出なければならなくなった・・・・これをソフィア王女に渡して欲しい」
「・・・そうなんですか、最後までいると思ったのですが、とても残念です。分かりました」
ニイロがそう言いながら紙を受け取ると、オリヴィアはうなづいて
「残念だが、これでみんなともお別れだ。今まで色々と世話になったな。ありがとうニイロ」
「こちらこそ、色々と助けていただいてありがとうございました。お元気で」
「ニイロも元気で・・・・また会おう」
オリヴィアとニイロは握手を交わすと、オリヴィアは再び女性を連れて城の外へ向かった。
パーティーが終わって数時間後。
トイヴォとヴァロはその日のうちに、セントアルベスクを出ることにした。
トイヴォの本来の旅の目的である母親を探すため、2人で話して次の街に行こうと決めたのだ。
城の前には、2人を見送ろうとエリアスとソフィアが来ていた。
ソフィアは2人を見ながら寂しそうな顔で
「もう少しゆっくりしていけばいいのに。今日いきなり出ていくなんて・・・・・」
「いいえ。もう十分、城でゆっくりさせてもらいましたから」
トイヴォは首を振りながら答えると、その隣でヴァロがフワフワ浮きながら
「料理がおいしかったから、本当はもうちょっといたかったけど・・・このままずっといるのも申し訳ないかなって」
「それに、セントアルベスクが平和になりましたから。僕は母親を探すために旅をしているので」
「でも、何も今日じゃなくても。せめて明日でもいいんじゃないか?」とエリアス
「でも、それだと・・・・・別れるのが辛くなってきてしまうので」
トイヴォがそう言った後、城からセントアルベスク王と女王がゆっくりとした足取りで出てきた。
「トイヴォ」
王様がトイヴォに声をかけると、トイヴォは王様の姿を見てはっと気が付いた。
王様の両手には、青い石がついているひもを持っている。
ヴィルホとの戦いの後、トイヴォが青い石を王様に預けていたのだ。
青い石がセントアルベスクに伝わる石だと分かったので、王様に預けた方がよいと思ったからだった。
トイヴォが驚いた顔で青い石を見ていると、王様が話しかけてきた。
「トイヴォ。これはセントアルベスクに古くから伝わるものだ。しかし、お前の亡くなった父親の形見でもある。
そこで私は青い石の力を別の石に移した。これはお前のものだ。お前に返そう」
王様がトイヴォに青い石を渡すと、トイヴォは戸惑いながらも受け取った。
トイヴォが王様を見ると、王様は微笑みながら
「大丈夫だ。もうその石からは何も起こらん。普通の青い石で、お前の父親の形見だ・・・・大切にするように」
「・・・・・ありがとうございます」
トイヴォはそれを聞いて安心したのか、ほっとしたようにひもを首にかけた。
すると今度は女王がトイヴォに声をかけた。
「それから、もうひとつお礼の品があるの。これを受け取って」
「え・・・・・もうひとつですか?」
それを聞いたトイヴォが戸惑っていると、女王は持っていた小さい木箱を王様に渡した。
王様が木箱を受け取ると、そのままトイヴォに渡しながら話し始めた。
「これは見た目は普通の木箱だが、持っている者の願いをひとつだけ叶えることが出来る力を秘めた箱だ。
願いを叶えてもらう時、フタをゆっくりと開けて、心の中で願いを唱えながら箱を空に向ける。
そうすれば願いを叶えられる・・・・・ただし、願い事はひとつだけだ」
「・・・・ありがとうございます」
トイヴォは木箱を受け取ると、王様に深々と頭を下げた。
「そろそろ行きます。このままこうしていると別れづらくなってしまうので」
トイヴォが4人に向かって話すと、ソフィアはトイヴォに近づいて
「トイヴォ、寂しくなるわ・・・・・今まで助けてくれてありがとう」とトイヴォを抱きしめた。
エリアスもトイヴォに近づいて
「トイヴォとヴァロのおかげで、セントアルベスクに平和が戻った・・・・本当にありがとう」
「トイヴォ、またセントアルベスクに来てくれる?」
ソフィアがトイヴォから離れると、トイヴォはうなづいた
「はい、また来ます・・・・・母親が見つかって、落ち着いたらまた来ます」
トイヴォとヴァロが城を去り、しばらくして4人が城の中に入ろうとすると
ニイロが4人のところにやって来た。
「ソフィア王女様・・・・・こんなところにいらっしゃったのですか」
ニイロがソフィアを探していたのか、ソフィアを見るなりこう言った。
「ニイロ、私のことをずっと探していたの?何かあったの?」
ニイロの様子にソフィアが戸惑っていると、ニイロはズボンのポケットから折りたたまれた紙を出した。
そしてソフィアにその紙を差し出した。
「これを受け取ってください。オリバーさんからです」
「オリバーから?」
ソフィアが紙を受け取ると、折りたたまれた紙を両手で広げた。
ソフィアは紙に書かれている内容を知ると、驚きの色を隠せなかった。
「ニイロ・・・・・!どうしてもっと早く知らせてくれなかったの?」
ソフィアはすっかり動揺していた。
ニイロは豹変したソフィアの様子に戸惑いながら
「も、申し訳ありません。私もパーティーの後片づけがありまして・・・・それにオリバーさんからは渡すように
言われただけで、すぐにお渡しできなくて」
「それでオリバーは?今どこにいるの?」
「それが、この紙を渡してすぐに城を出て行きました。乗る船の時間に間に合わないからと」
「な、なんですって・・・・・!?」
オリヴィアがパーティーの最中に城を出て行ったことを知ると、ソフィアはショックのあまり
その場に座り込んでしまった。
エリアスはあまりにものソフィアの様子に戸惑いながら声をかけた。
「ソフィア・・・・・一体、何があったんだ?」
「ああ、エリアス・・・・・私、どうすればいいの?こんなことになるなんて」
「だから何があったんだ?話をしないと分からないだろう」
「パーティーをやっている間、いたの・・・・・・いたのよ。もっと早く気が付いていれば」
「いた?誰がいたんだ?」
「トイヴォのお母さんがいたの・・・・オリバーが一緒にポルトに連れて行くって書いてあったわ」
「何だって・・・・・!」
それを聞いたエリアスは慌てて、城の外に出た。
外にトイヴォとヴァロの姿がないか辺りを見回すが、2人が城を出てから時間が経っている。
2人の姿はもちろんなかった。
エリアスがあきらめて城の前に戻ると、ソフィアがその場に座ったままうつむいて泣き始めた。
「どうしよう・・・・・・せっかく会える機会だったのに、それをつぶしてしまったわ。どうすればいいの」
すると、それをずっと見ていた王様がソフィアに声をかけてきた。
「ソフィア。泣くことはない・・・・・大丈夫だ。まだ手はある」
それを聞いて、ソフィアは顔を上げた。
「お父様、一体どうすればいいの?」
「オリバーと一緒にポルトに戻ったのだろう?トイヴォを家に帰らせればいい。そうすれば母親と会えるだろう」
「そうだわ・・・・でも、一体どうやって?トイヴォはもう次の街へ行ったのよ」
「トイヴォが家に帰るようにすればいい。これからある儀式を礼拝堂で行おう」
それを聞いたソフィアは不安そうに王様に聞いた。
「でも、それでうまくいくの?」
「うまくいくかどうか・・・・・・それはやってみるしかない。やらないよりはやった方がいいだろう」
王様が女王の顔をちらっと見ると、女王はソフィアに近づいた。
「そうよ、ソフィア・・・・今からやってみましょう。今から準備をするわ。一緒に行きましょう」
ソフィアはうなづくと、ゆっくりと立ち上がった。
それを見た王様が城の中に入ろうとするが、思い出したようにエリアスの方を向いた。
「エリアス。ソフィアと一緒にこれから行う儀式に出てみないか?」
「え・・・・・私がですか?」
王様の突然の誘いに、エリアスが戸惑っていると、王様はうなづいた。
「エリアス。ソフィアと結婚するのであれば、君は次のセントアルベスク王になる。これが最初の儀式だ。
トイヴォと母親を合わせるためにも、ぜひ一緒に参加して欲しい」
「・・・・・分かりました」
エリアスがうなづくと、4人は城の中へと入って行った。
一方、セントアルベスク城を出たトイヴォとヴァロは、次の街へと向かっていた。
2人は中心街を出て、辺りが木々に囲まれた森の中を歩いている。
森に入ってもう数時間経っているが、2人の先には緑が延々と続いていて、なかなか森を抜けだせないでいた。
「トイヴォ、しばらく休もうよ・・・・・・もう疲れた」
トイヴォの側でフワフワ浮いているヴァロが声をかけた。
「もう疲れたの?さっき休んだばかりじゃないか」
トイヴォが前を向いたまま歩いていると、ヴァロはトイヴォの前まで移動しながら
「それはそうだけど、この森どこまで続いているんだろう・・・・・それにこの道で次の街に着けるのかな?」
「森を抜けて、しばらく行けば次の街に着くってソフィアさんが言ってたじゃないか」
「それはそうだけど・・・・・ダメだ、もう疲れた」
ヴァロがゆっくりと地面に降りると、トイヴォはそれを見て仕方がなさそうに立ち止まった。
「分かった。しばらくここで休憩しよう」
トイヴォは辺りを見回した。
トイヴォの周りには緑の木々が果てしなく広がっている。
森に入ったのはいいが、森のどの辺りにいるのか、トイヴォには分からなかった。
森を抜ければ次の街に行けるって聞いたけど、この森はどこまで続いているんだろう。
自分達は今、どの辺りにいるんだろう。
そう思うと、トイヴォは急に不安になってきた。
「ヴァロ、僕達がこの森に入ってどのくらい経ってる?」
トイヴォが左横で地面に座っているヴァロの方を向いた。
ヴァロは考えながら
「・・・・もうだいぶ経ってると思うよ。2,3時間は経ってるんじゃない?」
「今、森のどの辺まで僕達は来てるんだろう・・・・今日中に次の街に行けるのかな?」
「それは僕に聞かれても分からないよ。ソフィアさんからはどのくらいで次の街に行けるか聞いてないの?」
「今日中には行けるって聞いたけど、急に不安になってきたんだ。この森がこんなに広いなんて思わなかったから」
トイヴォが言い終わると、風が吹いてきて辺りの木々の葉がざわざわと音をたてた。
トイヴォの言葉にヴァロは不安になった。
「・・・・トイヴォ。もしかして道に迷ったの?」
「道には迷っていないと思うよ」トイヴォは首を振った。「ただ、いつ森を抜けられるんだろうって思って」
「なら、いったんセントアルベスクに戻った方がいいんじゃない?誰かに次の街へ行く道を聞こうよ」
「戻るって・・・・もうセントアルベスクを出てかなり時間が経ってるんだよ。今戻ったら夕方になるかもしれない」
「でも、ここでじっとしているよりは戻った方がいいんじゃない?」
「・・・・そうだ、ヴァロ、金色のドラゴンか何かに変身して次の街まで行けないの?そうすれば早いじゃないか」
「それはそうだけど、変身するのも体力がいるんだ・・・・それに今とても疲れてるし」
ヴァロが言い終えたとたん、ヴァロのお腹からゴロゴロという音が聞こえてきた。
「ヴァロ、お腹空いてるの?パーティーではあまり食べてなかったみたいだけど」
音が聞こえたのか、トイヴォはヴァロに聞きながらズボンのポケットに両手を入れた。
「うん、そうなんだ・・・・とても緊張して、胸がいっぱいで食べれなかったんだ」
ヴァロがうなづくと、トイヴォはポケットから紙に包まれたお菓子を出した。
そしてヴァロにお菓子を渡しながら
「僕もだよ。胸がいっぱいであまり食べてないんだ・・・・ソフィアさんからお菓子をもらっておいてよかった」
「ありがとう、トイヴォ」
小さい手でお菓子を取ると、ヴァロはさっそくお菓子を食べ始めた。
ヴァロを見ながら、トイヴォはこれからどうすればいいのか考えていた。
このままここにいると、夜はこの森の中で野宿しなきゃいけなくなるかもしれない。
セントアルベスクに戻った方がいいのか、それとも先に進んだ方がいいのか・・・・・・。
トイヴォが再びズボンのポケットに両手を入れると、突然王様からもらった木箱のことを思い出した。
リュックから木箱を出すと、それを見たヴァロが聞いた。
「それって、城を出た時にもらった箱?何をお願いするの?」
「うん、それは・・・・・・・」
トイヴォがそう言いかけた時、風が吹いてきて周りの木々の葉の音が聞こえてきた。
聞こえてきたかと同時に、風がトイヴォの体を優しく撫でるように向かってきた。
風に当たったとたん、トイヴォはなぜか懐かしい気持ちに襲われた。
何だろう、この風・・・・・なんだか懐かしい感じがする。
暖かくて心地良い風に、トイヴォは両目を閉じると、目の前には懐かしい風景が映っていた。
見覚えのある家と庭。
庭では数羽の鶏が地面にある餌をつついている。
そしてそれを見ているトイヴォの祖父の姿が映っていた。
風が止むと、トイヴォはゆっくりと目を開けた。
目の前には木々の緑が果てしなく続いている。
トイヴォが黙っていると、ヴァロが再びトイヴォに聞いた。
「トイヴォ?何をお願いするの?」
すると、トイヴォはヴァロの方を向いてこう言った。
「・・・・・家に帰りたい」
それを聞いたヴァロは驚いた。
「え!?トイヴォ・・・・・急に何を言ってるの?帰りたいなんて」
「急に帰りたくなったんだ」
トイヴォは戸惑うヴァロに平然と答えた。
「で、でもお母さんを探してるんじゃないの?お母さんを見つけてから帰るんじゃなかった?」
「うん、そう思ったんだけど・・・・次の街に行っても見つからないかもしれない。手がかりが何もないし。
セントアルベスクにいても見つからなかった。だからいったん家に帰りたいんだ」
「トイヴォ・・・・・・」
「それに、もしかしたら・・・・お母さんが家に帰っているかもしれない」
再び強い風が、辺りの木々の葉を音をたてながら揺らし始めた。
しばらくして風が止むと、ヴァロは静かにうなづいた。
「・・・・・うん、分かったよ。トイヴォ。家に帰るんだね」
「ありがとう、ヴァロ」
トイヴォは木箱を両手に持つと、右手でフタをそっと開けた。
フタを箱の下に移動させると、開いた箱を両手で上に上げて、空に向けた。
トイヴォは顔を上げると、心の中で願い事を言い始めた。
今から無事に家に帰れますように・・・・・・。
しばらくしてトイヴォが木箱を下に降ろすと、ヴァロが声をかけてきた。
「お願い事は終わったの?」
「うん、終わったよ」トイヴォはヴァロの姿を見ると続けてこう言った。
「そういえばヴァロ、変身してない時はずっとクジラの姿のままだね。気に入ってるの?」
「うん、ポルトで見たクジラの絵、気に入ってるんだ」
ヴァロはうなづきながらフワフワ浮き始めると、トイヴォはそれを見て
「そうなんだ・・・・・僕も一度、本物のクジラを見てみたかったな」
「これから帰るんでしょ?帰る前にポルトに寄って、クジラがいないか見てみようよ」
「そうだね・・・・」
木箱のフタを閉めると、トイヴォは木箱をリュックの中に入れた。
再び2人が森の中を歩き始めて、しばらくすると広い場所に出た。
辺りは何もなく、きれいな草原が2人の前に広がっている。
空にはきれいな青空が広がり、小さな雲がひとつかふたつくらい浮かんでいる。
森を抜けた・・・・・。
でもまだこの先に森があるかもしれない。
トイヴォはそう思いながら、目の前に広がっている青空を見ていた。
すると後ろからヴァロが声をかけてきた。
「トイヴォ、大きい雲がだんだんとこっちに来てる。雨でも降るのかな?」
「大きい雲?」
トイヴォが後ろを振り返って、ヴァロの後ろの空を見ると、大きな白い雲がだんだんと近づいてきていた。
その白い雲は近づくにつれ、細長い形だったものがだんだんと楕円形のような形に変わり、後ろが何かの尾びれのような形に
なると、空から離れ、2人の方へと向かって来た。
トイヴォはその雲の形を見て驚いた。
「これは・・・・・クジラの形をした雲だ!」
驚いている2人の目の前に、大きなクジラの形をした白い雲が、ピタリと止まった。