星の鏡

 

一体、どこにあるんだろう・・・・。
暗闇の中、少年は心の中でつぶやいた。


夜の暗い森の中を、少年は一人歩いていた。
右手には火を灯したランプを持って、自分の周りを照らしている。
もうそろそろあってもよさそうなんだけどな・・・・・。
少年は立ち止まって、ふと空を見上げた。
夜空には無数の星が空いっぱいに広がっている。


もう夜も遅いのかな、星がさっきよりも増えてる気がする。
少年は無数の星を見つめながら、これからどうするか考えていた。


早く探さないと、こんな真っ暗な森の中で野宿なんていやだな。
それか、さっきのおじいさんの家まで戻るか・・・・。


数時間前、空に夕日が落ちる頃、少年は1軒の小屋の前で老人に出会った。
「こんにちは」
少年が老人に声をかけると、老人は少年を見るなり
「こんな時間に森の奥に入るのか?そろそろ暗くなるぞ」
「分かっています。でも僕、行かなきゃいけなくて。ある場所を探してるんです」
「ある場所?」
「この森のどこかに、「星の鏡」があるんです。知りませんか?
通りかかった人に聞いてるんですが誰も知らなくて」
すると老人は目を大きく見開いて
「「星の鏡」だと?・・・そこに行って何をするつもりかね?」
「知ってるんですか!ある願いを叶えて欲しいんです。そこへ行けば願いを叶えてくれると聞きました」
「それはどんな願いなのかね?」
「それは・・・・」
少年が言いかけると、老人は言わなくていいというように首を横に振った。
「言いたくなければ言わなくてもいい。
 もう夜になろうとしているのに、森の奥に入るとは、とても大きな願いなんだろうね」
「は、はい・・・・・」
「ちょっとそこで待っててくれ」
老人は後ろを向いて、小屋の入口のドアを開けると、小屋へ入ってしまった。


しばらく待っていると、再びドアが開き、老人が右手にランプを持って出てきた。
老人は少年にランプを渡し
「夜になると真っ暗で何も見えなくなるぞ。これを持っていきなさい」
「ありがとうございます。後できっと返しに来ます。」
「ああ、それと場所だが・・・・」
老人は誰もいないか辺りを見回しながら、少年に近づいた。
2人以外誰もいないことを確認すると、老人は小さい声をこう言った。
「この先に大木と大きな茨に覆われた場所がある。それが「星の鏡」の入口だ。」


目立つからすぐ見つかると思ったんだけどなあ・・・・。
森の中をランプで照らしながら、少年は歩き続けていた。
辺りはさらに暗くなり、鳥のさえずりの声も、物音も何も聞こえない。
しんと静まり返っている空気に少年は不安と恐怖を感じ始めていた。
もしここでクマやオオカミが襲ってきたらどうしよう。
いざという時のために小さいナイフは持ってきたけど、何頭も襲ってきたら・・・・。
そう思うと少年はぞっとした。
でも、ここまで来たからにはもう家には戻れない。
近くまで来ているんだから、早く場所を見つけたい。
それに僕を見送ってくれたおじいちゃんのためにも・・・・・。


それはまだ夜が明けない頃。
少年は出かける準備をして、家の外に出て行った。
誰もいないか辺りを見回していると、後ろから声が聞こえてきた。
「こんな朝早くからどこへ行く?」
少年ははっとして振り返ると、1人の老人が立っていた。
「お、おじいちゃん・・・・・・」
「どこへ行くんだ?まだ朝は明けていないぞ・・・ここを出ていくつもりなのか?」
少年は黙っていると、老人は少年に近づいて
「ここに居ずらいのはよく分かる。お前の両親は戦争で亡くなったからな。
でもお前はまだ子供だ。ここから出て行っても誰も助けてはくれないよ。
このままこの親戚の家にいてもいいんじゃないのか?」
「・・・分かってるよ」少年はぼそっと小さな声でつぶやいた。
「でも、もうここに居るのは嫌なんだ。ここから外に出たいんだ。」
「外に出て何をしたいんだ?」
「外の世界を見てみたいんだ。どんな世界なのか知りたい・・・・行ってみたいんだ」
少年の言葉を聞いて、老人はしばらくしてこう言った。
「お前の言うことはよくわかった。お前のその願いを叶えてくれる場所を教えよう」
「願いを叶えてくれる場所?」
「ああ・・・・私は行ったことはないが、昔からこの森のどこかに「星の鏡」という場所があるそうだ。
そこに行けば、お前の願いを叶えてくれるかもしれない」
「星の鏡・・・・」
その時、遠くから鶏の鳴き声が聞こえてきた。
「もうそろそろ行かないと、誰かが起きてくるぞ。
お前が出て行ったことは誰にも言わないからな。気をつけて行ってくるんだ」
「・・・・うん、ありがとうおじいちゃん」


おじいちゃんが「星の鏡」のことを言わなかったら、ここじゃない森の中を歩いていたかもしれない。
心の中でつぶやきながら、少年はランプの灯で入口を探していた。
森の中はすっかり暗くなっていて、ランプで照らさないと道があるのかどうかも分からなくなっている。
少年はランプを前に向け、灯で照らされている道を確認しながら歩いていた。


しばらくすると少年は足を止めた。
ランプを前に向けたまま、ゆっくりと左右に動かすと少し先に岩のような黒い壁が見えている。
この先は行き止まりか・・・・他に行ける道はないのかな。
少年は右側をランプで照らしてみると、少し先には大きな木が倒れている。
さらにその大木をランプで照らしてみると、大木に何かが絡みついているように見えた。
もしかしたらあそこが入口かもしれない・・・・。
少年は大木が倒れている場所へと向かった。


大木の前まで来ると、絡みついているのは大きなトゲを持った木の枝だった。
大木と茨に覆われた場所・・・・ここが「星の鏡」の入口だ!
少年は場所が見つかり喜んだが、それは一瞬だった。
「星の鏡」にたどり着くには、この入口を通らなければならない。
茨は少年の背丈をはるかに超え、空を覆ってしまうのではないかと思うほど大きかったのだ。
それに茨の持つ鋭いトゲが枝の至る所に生えていて、うっかり触れてしまったら痛いかもしれないと
思うと、少年の動きが止まってしまった。
どうしよう・・・・ここまで来たのに。一体どこから入ればいいんだろう?
少年はランプをゆっくりと動かしながら、どこから入っていけばいいか考えていた。


上からはとても入れそうにない、下からなんとか入れないかな・・・・。
少年は下にランプを向けると、茨の枝と枝の間がわずかながら空いているところを見つけた。
ここからだったら入れるかもしれない・・・・かがんで、横向きで入れれば。
少年は中に入ろうと、その場で体をかがみ、横向きになって、ゆっくりと枝の枝の間の空間に
身体を近づけていった。


すると突然、ギギギ・・・と何かが動く音が聞こえてきた。
少年はびっくりして体を起こすと、目の前にある茨の枝が動いているではないか。
ギギギという音をたてながら、絡みついている大木をほどいていく。
茨の枝が動いてる・・・どういうことなんだ?
思いがけない光景に少年が戸惑いながら見ていると、茨の枝はすっかり倒れている大木から
離れ、道を塞いでいるのは大木だけになった。
すると今度は倒れている大木がゆっくりと左右に動き出した。
数回動いたかと思うと、突然大木が大きな音を立てて、立ち上がるように起き上がり、左端へとゆっくりと移動していく。
左端に移動したかと思うと、そのまま動かなくなった。
一体、さっきのは何だったんだろう・・・・・。
少年は大木から目を離すと、茨と大木の間が大きく開き、そこからゆるやかな坂道が見えた。
道がある・・・・ということはそこを通ればいいんだ。
少年は茨と大木を見つめながら、ゆっくりとその道を歩き始めた。


歩いていくと、すぐ先は急な坂道になっていた。
森に住んでいる少年でも、登ったことがないほどきつい坂道だった。
こんな急な坂は初めてだ・・・・。
息を荒くしながら登っていくと、緑で覆われた場所が見えてきた。


緑で覆われた場所の前まで辿り着くと、少年はランプを前に照らした。
行き止まりなのか・・・・?
すると覆っていた植物が突然ガサガサと音を立てて、両端へと移動した。
また動いた・・・・!一体ここはどうなっているんだろう。
少年は戸惑いながら、緑で覆われていた場所の中へと入っていった。


正面には夜空が見えていて、その先は道がなく崖になっている。
右側は土の壁になっており、少年が左側を向くと、少し先に大きな岩があった。
岩の側に行き、ランプで岩を照らしてみると、岩の中に水が溜まっているのが見えた。
こんなに大きな岩が、こんなところにあるなんて・・・・。
それにどうしてこの岩にこんなに水が溜まっているんだろう?
少年はランプを地面に置き、岩の中にある水を覗き込んだ。


灯のない真っ暗な岩の水は、夜空の星を映し出していた。
水面には黄色い星や青い星、大きな星や小さい星までも映し出している。
少年の姿もはっきりと水面に映し出されていた。
こんなにきれいに星が映っているなんて・・・・・。
水面の星のきれいさに見とれていると、後ろから声が聞こえてきた。
「今日はどんな用で来たんだ?」


「えっ・・・・・?」
少年はびっくりして後ろを振り向いた。
辺りを見回してみるが、誰もいない。
おかしいな、確かに声が聞こえてきたのに・・・・気のせいかな?
少年は再び岩の方を振り返ると、少年の目の前に、ティースプーンくらいの背丈ほどの小さな生き物が立っていた。


「うわっ!・・・・びっくりするじゃないか!君は誰なの?」
少年は驚いてその生き物に聞いた。
その生き物は緑のシャツに黒のズボン、緑のとんがり帽子をかぶり
白くて長いあごひげを生やしている、少し痩せた老人の男性の小人だった。
「私はこの「星の鏡」を守っている者だ」とその小人は答えた。
「ただ、本当の姿は見せられない。だからお前の見やすいような姿に変えている」
「じゃ、これが「星の鏡」なんですか」
「そうだ。それで用件は何だ?ここまで来たのには、よほどの願いがあってきたのだろう」
「は、はい・・・・」
少年は小人の姿を見ながら、まだ目の前の状況を信じられなかった。
「あ、あの・・小人じゃなくて、他の姿にも変えられるんですか?」
「ああ、変えられるとも。・・・まだ信じられないようだから、姿を変えてみようか」
そう言い終わったとたん、小人は姿を消した。
小人の姿が消えたかと思った瞬間、少年の目の前に大きな黄金のドラゴンが姿を現した。
あまりにもの変わりように、少年は思わず声をあげた。
大きな翼を広げると、ドラゴンは空高く舞い上がった。
そして少し離れたところから少年をにらみつけると、口から火を放った。
少年は驚いてさらに声をあげると、ドラゴンは姿を消し、さっきの小人に姿を戻した。


「どうやら少し驚かせてしまったようだね・・・もう大丈夫だ、小人に戻したから」
驚いて岩の前でうずくまっている少年に、小人が声をかけると、少年は体を起こした。
「それで、用件は何だ?」
「は、はい」岩の上に立っている小人の姿を確認すると、少年はようやくほっとした。
「願いを叶えて欲しいんです。ここに来れば願いが叶うと聞いて来ました」
「願いを叶えて欲しいと・・・・その願いはどんな願いなんだ?」
「この森から出てみたいんです。森の外の世界はどんな世界なのか行ってみたいんです」
「森の外の世界か・・・・外に出るだけなら、両親と一緒に外へ出てみればいいのでは?」
「僕の両親はいません。小さい頃、戦争でなくなったんです」
「そうか・・・・・」
どうやら、願いはそれだけではなさそうだな・・・・。
そう思いながら、小人は白いひげを触りながら岩の上を歩いていた。


ふと少年の方を見上げると、小人は少年の首に紐がついているのを見つけた。
紐の先を見ていくと、服に隠れていてよく見えないが、生地の間から青色の石のようなものが
ちらちらと見えていた。
あの青い石は・・・・・。
小人は足を止め、少年にこう話しかけた。
「その首からかけている青い石は?」
「え・・・・このペンダントのこと?」
少年は服から青い石を出し、小人に見せるように前に突き出した。
小人は青い石に近づき
「そうだ。とてもきれいな青色だな。それは小さいころから持っているのか?」
「うん、父さんが亡くなった時におじいちゃんからもらったんだ。元々は父さんが持っていた
みたいなんだけど、お守りだから持っておけって」
「そうか・・・・・・それは父親の形見なんだな」
小人は青い石を見つめながら、少年の話にうなづき、続けてこう言った。
「話を本題に戻そうか。お前は本当にその願いを叶えたいのか?」
少年は黙ったまま深くうなづくと、小人は岩の方を向いてこう言った。
「なら、願いが叶うのかどうか、この「星の鏡」に聞いてみるとしよう」


「願いを叶えるかどうかは私が決めるのではない。この後ろにある「星の鏡」の判断だ。」
小人が説明していると、少年は少し驚いたような顔をして
「え・・・願いが叶わないこともあるかもしれないってこと?」
「そうだ。願いを叶える方法はひとつ。この鏡の前に立って、叶えたいことを心の中で願いながら
鏡を覗き込むのだ。すると鏡が内容を判断して叶えるかどうか決める。
願いが叶えられれば、鏡の中へお前の体が吸い込まれていく。そうでない場合はたとえ鏡の中へ
吸い込まれても、すぐに外へ戻されて、二度と鏡の中へは入れない。」
説明が終わると、少年は後ろにある星の鏡を見た。
星の鏡と言っても、岩の中にあるのは水だ。
水に吸い込まれたら、息ができなくなって、死んでしまうんじゃないか?
でも、だからといってここで止めたら、願いが叶えられないかもしれない。
ここまで来たのが全て水の泡だ・・・・・。
少年はどうするか迷っていると、小人はその様子を見抜いて
「どうやら迷っているようだな。どうする?自分の命をかけてでも願いを叶えてもらうか
それともあきらめるか・・・・・。」
少年はしばらく黙っていたが、意を決して小人にこう言った。
「決めた。「星の鏡」を覗くよ・・・・願いを叶えてもらうんだ」


少年は立ち上がり、岩の方を向いた。
このためにずっと森の中を歩いてきたんだ。
この願いを叶えるために・・・・・。
少年は心の中で願いを思いながら、ゆっくりと鏡の中を覗き込んだ。
鏡は夜空の星を映しながら、不安そうな顔をしている少年の顔を映し出した。


すると鏡の水面が揺れ、ゆっくりと波を立て始めた。
小さな波からだんだんと大きな波へ変わっていく。
大きな波は少年の方へと向かい、少年の体をだんだんと包み込んでいく。
少年は目を閉じ、心の中で願いを思い続けていく。
波がすっかり少年の体を包んでしまうと、そのまま鏡の中へと入っていった。
鏡が少年の体を取り込み、少年の姿がなくなると、小人は鏡を見つめ様子をうかがっていた。


小人はしばらく鏡を見つめていたが、鏡から少年は戻って来なかった。
もうしばらく経っているな・・・・戻ってこないということは願いを受け入れたということか。
小人がそう考えていると、どこからか声が聞こえてきた。
「ねえ、さっきまでいたあの男の子、どこに行ったの?」
「あ、ああ・・・・あの少年か。どうやら願いを聞いてもらえたようだな」
小人が空を見上げながらそう答えると、さらにその声は小人にこう聞いた。
「だから、その男の子は今、どこにいるの?」
「さあ・・・・・それはこの「星の鏡」だけが知ることだ」
小人は星の鏡に目を移すと、鏡には何事もなかったかのように夜空の星が映っていた。