雪の日の夜に

 



ある村の森の奥に、1軒の屋敷がありました。
その屋敷にはある男が住んでいました。
その男は人嫌いで、村の人達と会うことも、話すこともしませんでした。
村の祭りや会合にも姿を見せることはありませんでした。
村の人達はその男を避けるようになり、屋敷に行くこともありませんでした。



ある冬の日の夜。
外は雪に覆われ、雪と風が強くなり吹雪になっていました。
そんな中、屋敷のドアをドンドンとたたく者がありました。
屋敷の主である男、ラウルがドアを開けると、そこには1人の黒い服を着た老婆が立っていました。



黒いローブを頭から被り、背中が丸く、やせ細った体の老婆の姿に、ラウルはみすぼらしい老人が来たと思いました。
黒い服は吹雪ですっかり濡れており、老婆は寒さで体がぶるぶると震えていました。



ラウルが老婆の姿を見ていると、老婆はしゃがれた声でゆっくりと話し始めました。
「こんばんは。道に迷ってしまって・・・・・申し訳ありませんが、今夜ここに泊めていただけないでしょうか」
「ここに泊まるだって?」ラウルはとんでもないというように、顔をしかめながら言いました。
「この雪の中では、これ以上寒くて動けません。今夜だけでも、しばらくの間だけでもいいですから、
中に入れてもらえませんか」
「ここでなくても、森を出れば他に泊まるところはあるだろう。他をあたってくれ」
ラウルが冷たく断ると、老婆は頭を下げながら言いました。
「どうかお願いです。少しの時間でもいいですから・・・・・中へ入れてもらえませんか」
「ダメだ。他に行ってくれ」



すると老婆はラウルに近づこうと、ゆっくりと前へと歩きだしました。
よろよろと歩き出し、2,3歩歩いたかと思うと、老婆はその場に倒れてしまいました。



それを見たラウルは驚いて、老婆の体を起こそうと、老婆に近づきました。
上半身を起こそうと両手を老婆の肩にのばした時、ラウルは黒いローブに覆われた老婆の顔を見ました。
痩せこけている老婆の顔を見た途端、ラウルははっとして、驚いたような表情を見せました。



それと同時に、老婆の体の冷たさにラウルは驚きました。
老婆のおでこに右手をそっと当てると、熱があるようでした。



体が冷たい、それに熱がある。
こんな体で今まで森の中を歩いていたとは・・・・・。



ラウルは老婆をその場に再び寝かせると、玄関に行きドアを開けました。
そして中に向かって大声をあげました。
「おい、ピエール、早く来てくれ!外に誰かが倒れてるんだ、早く!」



すると屋敷の中から、1人の白髪の老人、ピエールが出てきました。
ピエールはラウルの父親が生きていた頃からこの屋敷に住んでいる、たった1人の召使いです。
ラウルは唯一、ピエールを信頼しており、心が許せる人でありました。
「ご主人様、どうかなさいましたか」
「外に人が倒れているんだ」ピエールの姿を見たラウルは声をかけました。「それに熱がある」
「何だって、こんな吹雪の中を?」
「ああ・・・・・森の中で道に迷ったらしい」
「それは大変です。急いで中へ運びましょう」



2人はドアを開け、外に倒れている老婆を見ると、ラウルは老婆に近づいて行きました。
そして老婆の体を両手で抱き上げると、そのまま後ろを振り返りました。
ピエールがドアを開けたまま、ラウルを見ていると、ラウルはゆっくりと屋敷の中へと入って行きました。



ピエールはドアを閉めると、屋敷の奥へ歩いて行くラウルに聞きました。
「ご主人様、どちらに連れて行くおつもりですか?」
するとラウルは立ち止まり、ピエールの方を振り返りました。
「とりあえず客室に連れて行く。空いているベッドはそこしかないだろう」
「客室ですか。それなら今日昼間に掃除したばかりです。ちょうどよろしいかと」
ピエールの言葉にラウルは何も言わず、再び前を向いて歩き出しました。



ラウルは屋敷の奥にある客室に入ると、奥にあるベッドに老婆を寝かせました。
掛け布団を老婆の体にかけていると、ピエールが水の入った入れ物を持って部屋に入ってきました。
そしてベッドの側まで来ると、水に入っているタオルを両手で絞って、老婆のおでこにそっと乗せました。
さらに部屋の温度を温めようと、ストーブに火をつけました。



「じきに部屋が温かくなるでしょう。熱が下がればいいのですが」
ピエールがラウルの側まで来ると、ラウルは黙ったままうなづきました。
そしてラウルがベッドで眠っている老婆を見ると、ピエールはラウルに聞きました。
「ところでご主人様、どうしてその方を助けたのですか?」



するとしばらくして、ラウルがピエールの方を向きました。
「・・・・・最初は追い払うつもりだった。でもいきなり倒れてしまったのだ。放っておいて死なれては
 周りの村人達が何を言うか分からない。だから部屋に入れたんだ」
「そうでしたか。めったに他人を屋敷に入れないご主人様がと思っていたのですが・・・そういう事情でしたか」
「それに・・・・・・・」
「・・・・それに?」
ピエールが聞き返すと、ラウルは言いかけたことを止め、黙ってしまいました。



ピエールはベッドに眠っている老婆を見ながら、ラウルに言いました。
「こうして見ていると、亡くなったご主人様のお母様に似ていらっしゃいます・・・・。
だから助けたのではありませんか?」
それを聞いたラウルはその通りなのか、いたたまれなくなり、部屋を出て行こうとベッドから歩き出しました。
「ご主人様、どちらへ?」
「・・・・部屋に戻る」
「もしこの方が目覚めたら、食事や薬は・・・・・・・」
「好きにしろ」
ラウルが部屋を出て行ってしまうと、ピエールは再びベッドで眠っている老婆に目を移すのでした。



しばらくして老婆が目を開けると、側にはピエールが座っていました。
今までずっと側についていたのです。
「目が覚めましたか」老婆に気が付いたピエールが椅子から立ち上がりました。
「ところで、お腹は空いていませんか?」
老婆は黙ったまま、ゆっくりうなづくと、ピエールはうなづきながら言いました。
「吹雪の中、森の中をずっと歩いて疲れているでしょう。温かいスープとパンを持ってきます」



ピエールは温かいスープとパンを老婆にふるまいました。
食事の後、ピエールが熱冷ましの薬を老婆に飲ませると、老婆は再びベッドで眠りにつきました。
しばらくするとピエールは部屋を出て行きました。



自分の部屋に戻ると、ピエールはいきなり咳き込みました。
しばらくして咳が治まると、ピエールは口を押えていた右手を見ました。
手のひらには赤い血の色がべっとりとついていました。



血がこんなに・・・・・・。もう私も長くはないな。



ピエールはそう思いながら、ハンカチで血を拭きとりました。
ピエールは以前から体が悪く、吐く血の量も日に日に増していたのです。
この事はラウルには話していませんでした。
ラウルを不安にさせたくなかったのです。



ハンカチをすぐ側にある机の上に置くと、ピエールは右側の壁を見ました。
壁の前には、白い布にかけられているあるものが置いてありました。



私ももう長くはない。私がいなくなってしまうとラウル様が1人になってしまう。
ラウル様のためにも、なんとしてでも早く完成させなければ・・・・・・。



ピエールは壁に近づくと、被せていた白い布を右手で取りました。



夜が明けると、外は吹雪がすっかり止んで、空には太陽が雲の間から出て来ていました。
ピエールが老婆がいる客室から出てくると、すぐ廊下にはラウルが窓の外を見ていました。
「ご主人様、いらしていたのですか」
ラウルの姿に少し戸惑いながら、ピエールは声をかけました。
するとラウルがピエールの方を振り返りました。
「様子はどうだった?」
「ええ、すっかりお元気になられたようです。熱も下がりました」
「そうか・・・・・・それで、いつここから出て行くと言っていた?」
「今日には出て行くと話しておりましたが、夕方には出るので、それまでもう少し休ませて欲しいと」
「夕方?なぜ夕方なんだ?」
「それは分かりません。でも・・・・そう言っておられますので、もう少し休ませていただければと」



ラウルが客室へと歩こうとすると、ピエールはこう言いました。
「今、またベッドでお休みになられています・・・・起こすおつもりですか」
するとラウルはその場で立ち止まりました。
そしてピエールの方を向いて仕方がなさそうに
「・・・・・分かった。夕方には出て行くんだな?仕方がない。それまで寝かせておけ」
「かしこまりました」
ピエールが頭を下げると、ラウルはその場を後にしました。



そして夕方になりました。
老婆が屋敷から出て行くというので、玄関でラウルとピエールが話をしながら待っていました。
するとゆっくりと歩きながら、老婆が玄関に姿を現しました。



老婆は2人の姿が見えると、2人に言いました。
「お世話になりました・・・・・おかげで助かりました。ありがとうございました」
「いいえ、お元気になられてよかったです」
ピエールは老婆に近づこうとすると、老婆はラウルを見てこう言いました。
「ラウル。まだ、あなたには優しい心がおありになるようですね」



それを聞いたラウルが老婆を見た途端、老婆の体はまばゆい光に包まれました。
ピエールとラウルはあまりにものまぶしさに、思わず目を両手で覆いました。
しばらくして光が消えると、2人は老婆がいる方を見ました。



そこには老婆ではなく、白い服に身を包んだ、金髪で細身の若い女性がいたのです。
2人は女性を見て驚きました。
女性は実は仙女で、ラウルがどれだけ心が冷たい人なのか確かめに来たのです。



ピエールは女性の姿を見ながら、恐る恐る聞きました。
「あ、あなたは・・・・・もしかしたら仙女様ですか?」
「その通りです」仙女はあっさりと答えました。
するとピエールはうなづきながら言いました。
「そうでしたか・・・・この森には仙女様がおられると昔聞いたことがあるのです。まさかお会いできるとは。どうしてこちらに?」
「この村に心の冷たい男がいると聞いていました。それを確かめに来たのです」
仙女はラウルを見ると、続けてこう言いました。
「どれだけ心が冷え切っているか確かめに来たのですが・・・・まだあなたの心の奥底には優しさが残っていますね。
 そうでなければ老婆の姿をしている私を助けようとはしなかったはずです」



「ち、違う。わ、私は・・・・・・」
ラウルが戸惑っていると、仙女はラウルに近づきました。
「ラウル、言わなくても分かっています。老婆の顔が亡くなったあなたの母親と似ていたのでしょう。
 それはわざとそうしたのです。あなたの心が冷たくなっていないか試したのです」
「何だって、それじゃ最初から私を・・・・・・」
「あなたの心はまだ奥底までは冷え切っていないことが分かりました。その残っている優しさを忘れてはいけません。
 その優しさを少しずつ育て、大切に持ち続けることが大事です」



仙女の言葉にラウルが黙っていると、さらに仙女はこう続けました。
「ラウル。私がここに来たのはもうひとつあるのです。ある事を伝えなければなりません」
「それは・・・・一体何だ」
「ラウル。あなたは近いうちに一番大事にしているあるものを失うことになるでしょう」



それを聞いたラウルは、仙女の言っていることがよく分かりませんでした。
「一番大事にしているものをなくす・・・・・・?」
すると話を聞いていたピエールが仙女に言いました。
「それは一体何なのですか?それを取り消すことはできないのですか?」
「いいえ、それはできません」仙女は首を振りました。「これはもう決まったことなのです。何なのかも言えません」
「仙女様でもできないことがあるのですか?」
「私の力でも、取り消すことはできません・・・・・・・・・もう決まったことです」
「そ、そんな・・・・・・」



ラウルが何も言えずに黙っていると、仙女はしばらくして再び話し始めました。
「本来であれば、さっきの事を伝えるだけでしたが・・・・・ラウル、あなたに優しさが残っていることが分かりました。
 取り消すことはできませんが、私の力でそれをいくらか和らげることはできるかもしれません」
「ほ・・・・・・本当ですか?」とピエール
「ええ」仙女はピエールに向かってうなづきました。
そして再びラウルの方を向いて聞きました。
「ラウル、あなたがそう望むのであれば、私からある贈り物をしましょう」



ラウルは静かにうなづくと、仙女はこう言いました。
「ラウル。あなたはそう遠くはないうちに一番大切なものを失うでしょう。でも落ち込むことはありません。
 その後すぐ、あなたにとって一番大切な存在が目の前に現れることになるでしょう。
 最初はそれに気が付かなくて苦労が多いかもしれませんが、奥底にある優しさをもって接すれば、希望が見えてきます。
 そして心を開いて周りに接すれば、多くの幸せがやってくるでしょう」



仙女が話を終えると、ラウルは仙女に聞きました。
「一番大切な存在・・・・・・それは一体誰なんだ?」
すると仙女の体は再びまばゆい光に包まれました。



しばらくして光が消えると、仙女はいなくなっていました。
ラウルは玄関のドアを開けて外に出ました。
そして辺りをくまなく見回しましたが、仙女の姿はどこにもありませんでした。



空には夕陽が沈みかけ、夕陽の光が空の上空をオレンジ色に染めていました。