新年の同窓会
穏やかで静かな海を、一隻の船がゆっくりと進んでいた。
日が暮れて、真っ赤に染まっていく空。
遠くの地平線で太陽がだんだん沈んでいくのを、ユミは船内の窓から見つめていた。
しばらくすると、船内アナウンスが流れてきた。
窓の外に船着場が見えてくると、ユミはゆっくりと席から立ち上がった。
船が到着すると、乗っていた人達は次々と船を降りて行った。
最後にユミが降りようと右足を前に出した時、船が揺れて体がよろけそうになった。
「あっ・・・・・・・!」
体が前に倒れそうになった時、いきなり前から誰かが来て、ユミの体を支えた。
ユミが気が付いて前を見ると、1人の女性の姿があった。
「お客様、大丈夫ですか?」
その女性が心配そうにユミの顔を見ながら声をかけると、ユミは戸惑いながらもうなづいた。
「は・・・・・はい、大丈夫です。ありがとうございました」
「ケガはありませんか?」
「はい・・・・大丈夫です」
するとその女性は安堵したような顔で微笑みながら
「それはよかったです。船は大きく揺れることがありますから足元には気を付けて降りてください」
「ありがとうございます」
ユミはお礼を言うと、その場を離れた。
あの人は誰だろう。
前に帰ってきた時は、あんな人いなかったのに。
船着場の案内の人なのかな・・・・?
そう思いながらユミは船着場の出口へと歩いて行った。
出口を出ると、少し先に見覚えのある女性がいた。
「ユカリ!」
ユカリの姿に驚きながら、ユミはユカリに声をかけた。
ユカリはユミに軽く右手を振ると、ユミに駆け寄ってきた。
「ユミ!やっぱり帰ってきた・・・・・今日最後の船じゃないかなって思って待ってたの」
「わざわざ待っててくれたの?なら先にラインくれればよかったのに」
「ちょっと驚かせてやろうと思って。久しぶりに会ったけど元気そうだね」
「うん、ユカリも元気そうだね。ところでもう誰かに会ったの?」
「何人かはね」ユカリはうなづきながら続けてこう言った。「でもここも少し変わったわ。しばらく帰らないうちに」
「え・・・・?変わったって?」
「小さい頃からやってたお店がなくなって、新しいお店ができたり。商店街のお店もちょっと変わってた」
「そう・・・・・あ、そういえば」
「どうしたの?」
「さっき船を降りようとして転びそうになった時、船の側にいた女性に助けてもらったの。
今までそんな人、いなかったじゃない?」
「ああ、それは私も思った」ユカリは船着場にいる女性をチラッと見て、ユミにこう言った。
「だから聞いてみたの。たまたま近くにいた船の船長さんにね・・・・・あの人、2年前に観光案内所に来たみたい。
それまでは東京にいて、こっちに移住してきたみたいよ」
「え・・・・・東京からこっちに?」
「何でも、旅行でここに来て気に入ったみたい。それで今は観光案内所と、そこの船着場にいるみたいよ」
「そうなんだ」
「そろそろ行こうか。ユミの家ここから近いでしょ?家まで一緒に行こう」
「うん」
ユミがうなづくと、2人はゆっくりと歩き始めた。
そして年が明け、同窓会当日になった。
ユミはユカリと一緒に、会場の高校に向かった。
「もうみんな来てるかな?開始時間の20分前だけど」
楽しそうなユカリの声とは対照的に、ユミは緊張した様子でうかない顔をしながら答えた。
「さ、さあ・・・・・来てる人はもう来てるんじゃない?」
「うちのクラスの人って、時間通りに来る人と遅刻する人ってだいたい決まってるよね」
「う、うん・・・・・そうだね」
するとユカリがユミの顔を見て
「ユミ、どうしたの?うかない顔して・・・・どこか具合でも悪い?」
「う、ううん。そんなことないよ」ユミは慌てて首を振った「体調はどこも悪くないけど・・・なんか緊張しちゃって」
「そうか、同窓会出るの久しぶりだもんね」
ユミは黙ってうなづくと、数メートル先に高校の校舎が見えてきた。
どうしよう、高校に着いちゃった・・・・・・。
同窓会っていうから出席するって言っちゃったけど、ケンジにどんな顔して会えばいいんだろう。
それに変に緊張してきちゃったし。
会ってケンジに無視されたら、どうすればいいの・・・・・?
ユカリと一緒だから、今ここで帰るわけにはいかないし。
ケンジの事を考えると、ユミは不安でいっぱいだった。
2人は高校に入り、校庭に入るとそのまま体育館へと向かった。
体育館の前には数人が並んで集まっている。
1人づつ受付をしているようだった。
並んでいると、2人の番になった。
「あれ?ヒロユキじゃない。どうしたの?」
受付している大柄の男性を見た途端、ユカリが男性に声をかけた。
「えっ・・・・・そういうお前はユカリか?」
ヒロユキは驚いた顔でユカリの顔を見ている。
するとユカリはヒロユキの姿を見ながら
「そうよ。久しぶりに会ったけど、あまり変わってないわね」
「そうか、ユカリか・・・・・しばらく会ってなかったけど、お前こそそんなに変わってないぞ」
「そんな事はいいけど、こんなところで何してるの?」
「何してるって・・・・オレはここで受付係だ」
「あれ、幹事が受付やるんじゃないの?ケンジは?」
「今会場の準備してる。少し遅れてるみたいだ」
「そう・・・・せっかくユミを連れてきたのに。忙しいみたいね」
「え、隣にいるのユミなのか?」
それを聞いたヒロユキは思わずユカリの隣にいるユミを見た。
ユミは少し戸惑いながら
「う、うん・・・・しばらく帰ってなかったから。同窓会も久しぶりで」
「確かユカリと一緒に東京に行ったんだよね。しばらく見ないうちにきれいになったなあ」
「そ・・・・・そうかな?」
2人で話をしていると、左側から誰かが来る気配がした。
ユミが左側を向くと、そこには背の高い男性がいた。
男性の顔を見た途端、ユミはドキっとした。
ケンジが驚いた顔でユミを見ていたからだった。
「ユミ・・・・・・・!」
「ケンジ・・・・・・」
ユミもケンジを見つめながら、どんな言葉を言おうかドキドキしながら考えていた。
しばらく2人の間に会話がなかった。
するとケンジの後ろから男性の声が聞こえてきた。
「もうみんな揃ったかな?」
4人がいっせいに声のする方を見ると、そこには白髪の男性がいた。
するとヒロユキが話始めた。
「先生、まだ数人来てませんよ。それに始まるまでまだ10分くらいあります」
「でももうある程度揃っただろう?それに遅れて来る人もいるだろうから、さっさと始めておいた方が・・・・」
「相変わらずせっかちですね。ケンジ、会場の準備は終わったのか?」
「あ、ああ・・・・終わってる。だから呼びに来たんだ」とケンジ
「準備できたのなら、もう先に始めてもいいんじゃない?」
ユカリの言葉に、しばらくしてからケンジがうなづいた。
「・・・分かった。少し早いけど始めようか」
「中に入ろう、ユミ」
ユカリに促され、ユミはケンジに何も言えないまま、その場を離れた。
その後、同窓会が始まった。
何人か遅れて来た人がいたが、ケンジの進行で何事もなく進んで行った。
ユミは目の前のテーブルの上に出された料理を食べながら、隣にいるユカリと、同じテーブルになった
クラスメイトと話をしながら過ごしていた。
同窓会がお開きになると、先生の提案でみんなで海に行くことになった。
海岸に着くと、海は静かで、波の音が聞こえている。
「海に来たのも久しぶりだけど、今日は日射しがあって暖かいわね」
ユミが海を見ていると、隣でユカリが話しかけてきた。
「うん。冬だから寒いんじゃないかって思ったけど。結構暖かいよね」
「小さい頃は夏になるとよくここに来て、海で泳いでたけど・・・・・高校の頃はよく走ってたっけ」
「ユカリ、陸上部だったもんね」
するとそこにヒロユキが後ろから、2人の間に入ってきた。
「そうだ、ユカリ陸上部だったよな。今も足は速いのか?」
「何よいきなり・・・・・話聞いてたの?」とユカリ
「聞いてたというか、たまたま聞こえてきたから聞いただけだ。今も走ってるのか?」
「東京の大学行ってからは陸上部には入らなかったの」
ユカリはヒロユキの大柄な体を見ながら、続けてこう言った。
「でもあんたよりは速いと思うけど」
「何だって?じゃここから走ってみるか?」
「いいわよ、じゃ・・・・・向こうにある堤防の灯りまで競争ね」
ユカリはそう言った途端走り出した。
「あ、ずるいぞ!・・・・待てよユカリ!」
ヒロユキがユカリの後を追って走り出すと、1人になったユミは再び海を見ていた。
「ユミ」
名前を呼ばれて後ろを振り向くと、そこにケンジがいた。
「ケンジ・・・・・・・」
ユミはケンジの姿に驚いて動揺していると、ケンジはユミに近づいた。
「少し2人で話をしたいんだ。今大丈夫か?」
「え・・・・い、いいけど」
ユミがうなづくと、ケンジは辺りを見回しながら
「ここだと少し騒がしいから、別のところに行かないか?静かなところで話したいんだ」
「う・・・・うん。いいよ」
そしてケンジが歩き出すと、その後ろをユミはついて行った。
ケンジの後ろ姿を見ながら、ユミはだんだん緊張してきた。
話って、一体何の話をするんだろう。
それに静かなところで話したいって・・・他の人に聞かれたらまずいことなの?
私、何か悪いことしたかな? ケンジが不機嫌になるような事。
そう思っていると、ケンジが立ち止まった。
そしてゆっくりとユミの方を振り返ると、ユミはドキっとして思わず視線を海に向けた。
海を見ているユミに、ケンジが話しかけてきた。
「ユミ・・・・・さっきはごめん。あまり話できなくて」
「え・・・・?さ、さっきって?」
緊張のあまり、ユミは戸惑いながら聞き返した。
「受付で会った時、ユミがいるとは思わなくて・・・・・同窓会に来るなんて思ってなかったから驚いたんだ」
「え・・・・・?ユカリから私が同窓会に出るって連絡なかったの?」
ケンジの言葉に、ユミは思わず戸惑った。
「ユカリからは連絡は来たらしいけど、オレはヒロユキからユミが同窓会に出るって聞いたんだ」
「え・・・・だって、ユカリはケンジが幹事だから、ケンジに連絡しておくって・・・・」
「そうだけど、出欠確認はヒロユキにお願いしてたんだ。それにやることが多いし。仕事があって忙しいし。
1人だとうまくいかないから、ヒロユキと一緒にやってたんだ」
「・・・・・そうだったんだ」
「それに、ユミは東京に行ったきり、こっちに戻って来なかったから・・・・ヒロユキからユミが同窓会に出るって
聞いた時、正直信じられなかったんだ」
「・・・・・・・・・」
「だから受付で会った時、驚いたんだ」
ケンジの声が途切れると、穏やかな波の音が2人の間に響き渡った。
ユミが黙っていると、ケンジが再び話を始めた。
「どうして同窓会に出ようと思ったの?」
ユミはケンジの方を向いて
「それは、ユカリが同窓会に誘ってきたから。ケンジが幹事をやってるからってしつこく誘ってきたの」
「ユカリが・・・・・・それだけ?」
「そ、それだけよ」ケンジの言葉にユミはうなづきながら続けてこう言った。
「話ってその事なの?ならさっきの場所でもよかったじゃない」
「いや、それだけじゃないけど・・・・・・ずっと同窓会に出てなかったから、急にどうしたのかと思って。
本当にユカリに誘われただけだからなのか?」
「そ、それは・・・・・・」
ケンジに見つめられたユミは思わず下を向いてしまった。
2人はしばらく黙っていたが、ユミが顔を上げた。
そして海を眺めているケンジの顔を見ながら、話し始めた。
「同窓会に来たのはユカリに誘われたのもあるけど・・・・・クラスのみんなに会いたかったから。
それにユカリの話を聞いてるうちに、ケンジが今どうしているのか知りたくなったの」
ケンジがユミの方を向くと、ユミは続けて
「でも、ケンジに会うのがすごく怖かった。私からケンジを振っておいて、どんな顔で会えばいいのか
分からなくなって・・・・・会って無視されたらどうしようって思って」
「ユミ・・・・・・」
「高校を卒業したら私はここを出たかったから、東京の大学に行った。それでケンジとは別れることになったけど
あの時はまだケンジの事が好きだった」
「・・・・・・・・」
「大学生になって、しばらくしてから私に「東京の専門学校に行くかもしれない」ってメールくれたじゃない?
でもその後全くメールも電話もくれなかった・・・・・どうしてなの?」
「ユミ・・・・・・」
しばらくお互いの顔を見つめていたが、ケンジが静かに口を開いた。
「ユミ・・・・・ごめん。あの時・・・・・・高校を卒業してユミと別れた後、オレはもうずっとここにいようと思ってた。
ユミが東京に行って、ユミとは完全に切れたと思ったんだ」
「・・・・・・」
「しばらくして、東京にいる先輩から電話があって、東京に音楽の専門学校があるから東京に来ないかって話があったんだ。
高校の時、先輩とはバンド組んで演奏してたから、また東京で一緒にできるんだったらって思って。
それにまたユミにも会えるんじゃないかって思って、あの時メールしたんだ。でも・・・・・」
「でも・・・・・?」
「親に東京に行くって話をしようと思った直前になって、おじいちゃんが家でいきなり倒れたんだ。
救急車を呼んで病院に行って、その時は命は助かったけど、意識が戻らなくてずっと病院に入ってて
・・・・数ケ月してから、息を引き取ったんだ」
「えっ・・・・・・・」
「おじいちゃんの葬儀が終わった後、親父から漁師を継いでくれって話があった。
おじいちゃんが漁師で、親父も後を継いで漁師をやってて・・・・おじいちゃんが亡くなって
ここの漁港の人手も足りないから、なんとか後を継いでくれって頼まれて・・・・
後を継がなきゃいけないって思って、東京に行くのをあきらめたんだ」
「そうだったんだ・・・・・・」
ケンジの話に、ユミは驚きの色を隠せなかった。
「ごめん・・・・・・ごめんね、ケンジ。そんな事があったなんて全く知らなかった」
「ユミが謝ることなんてないよ」ケンジは首を横に振った。
「それにユミに連絡しなかったオレも悪かった。ごめん」
「ううん」ユミがケンジの方を見た途端、ケンジの左手に嵌まっている指輪が目についた。
「ケンジ、その左手の指輪って・・・・・?」
ユミが思わず聞いてみると、ケンジは指輪を見ながらこう言った。
「ああ・・・・実はオレ、去年結婚したんだ」
「え・・・・・・・・?」
ケンジ、結婚してたんだ・・・・・・。
ケンジの言葉にユミは少しショックを受けた。
何だろう、この感覚。
ケンジの事なんて、もう何とも思ってなかったのに。
なんか、寂しいような、悔しいような・・・・・・。
「そう・・・・・相手は?同じ職場の人?」
相手の事が気になり、思わずユミはケンジに聞いた。
「いいや」とケンジは首を振った。
「2年前くらいにこっちに移住してきた人なんだ。数年前に旅行でここに来て、気に入って東京からこっちに来たって」
「え・・・・・?」それを聞いたユミは、船着場でのユカリの言葉を思い出した。
「もしかして、観光案内所と船着場で働いてる人?」
するとケンジはうなづきながら
「漁港のPR用に撮影するって、観光案内所の人が数人、港に来たことがあったんだ。なぜかオレも出る事になって。
そこで初めて会ったんだ」
「そ・・・・・・そうだったんだ」
船着場で助けてもらったあの人が相手の人だなんて。
でもあの人、とてもいい人そう。
でも、なんだかとても悔しいな。
悔しいし、とても寂しい。
そう思いながらユミはしばらく海を眺めていた。
次の日、ユミはユカリと一緒に東京に帰ることになった。
「そんな事があったんだ・・・・・まさかケンジが結婚してたなんてね」
船内でユミから昨日の話を聞いたユカリは、窓の外をちらっと見た。
窓の外には、ユミを助けた女性の姿が見える。
そしてユミの顔を見るとこう言った。
「そうか・・・・・ユミはまだケンジの事が好きだったんだ」
「ち、違うよ」ユミが首を横に振りながら否定した「そういう訳じゃないけど・・・・・」
「じゃないけどって言ってる割には、ちょっと寂しそうじゃない?」
ユカリはユミの顔をじっと見つめている。「分かった。ケンジに先を越されて悔しいんだ」
「それは・・・・・・・」
ユミがそう言いかけると、船内アナウンスが聞こえてきた。
エンジン音が聞こえると、船が船着場から離れて動き始めた。
ユミが黙っていると、ユカリが再び声をかけてきた。
「じゃ、東京に戻ったら飲みに行こうよ。東京駅の地下街に知ってるお店あるから一緒に行かない?」
「え・・・・もしかして今日東京に着いたらすぐって言ってるの?」
ユカリの言葉にユミが戸惑っていると、ユカリはうなづいて
「何言ってるの?明日から仕事でまた会えなくなるじゃない。だから今日行こうよ。私がユミを元気づけてあげる」
「そんな事言って、本当はユカリが飲みたいだけじゃない?」
「それもあるけど・・・・1時間だけでいいから一緒に行こうよ、ね?」
「分かった。1時間だけね」
「やったあ。ありがとうユミ」
ユカリが喜んでいると、ユミは窓の外の方を向いた。
どうなるかと思ったけど、ケンジと話ができてよかった。
結婚してたのはショックだったけど、もういいって感じ。
なんだか心がスッキリした。
そう思いながらユミは窓の外を眺めていた。
外は雲ひとつなく、青空が広がっていた。
遠くに見える地平線は太陽の日射しで輝いて見えた。