雪の日の小さな出会い

 



ある冬の日の朝。
ナオトは目が覚めると、ベッドから起き上がって窓の外を見ました。



外は昨日の夜、降った雪ですっかり景色が変わっていました。
隣の家の屋根、車、木々は雪で真っ白になっています。
地面も雪が積もって真っ白になっていました。



それを見たナオトは嬉しくなりました。
「雪だ!」



ナオトは急いで服を着替えました。
早く外に出て、雪で遊びたかったからです。
そして部屋を出て、朝ご飯を済ませると、急いで外に出て行きました。



近所の公園に行くと、もう数人の子供達が遊んでいました。
地面に積もっている雪を拾い、はしゃぎながら投げ合っています。
「あ、ナオトだ!」
ナオトが公園に入ると、それを見た男の子が声をあげました。
「ユウスケ!おはよう」
ナオトが近づいてユウスケに挨拶をすると、ユウスケの側にいたもう1人の男の子がナオトの方を向きました。
「ナオト、やっぱり来た!一緒に遊ぼうよ」
「うん!カズヤ、今何してたの?」
「向こうにいるトモユキと雪合戦してた。後からミユキも来るって」
「ミユキが来るまで、ナオトも一緒にやろうよ」とユウスケ
「うん!」
ナオトが答えると、4人は雪合戦を始めました。



後からミユキが来ると、みんなで鬼ごっこをすることになりました。
じゃんけんでナオトが鬼になると、みんなは声をあげながらいっせいに散らばっていきました。



ナオトは辺りを見回すと、逃げていくトモユキの姿が見えました。
ナオトはトモユキを捕まえようと声を上げながら走り出しました。



「うわあ、来た!逃げろ!」
ナオトが近づいて来るのに気が付いたトモユキは、声を上げながらさらに速く走り出しました。
そして大きな木が見えると、右に曲がりました。



ナオトがそれを見て、右に曲がろうとしたその時でした。
靴底が雪でつるっと滑ったかと思うと、ナオトはその場で転んでしまいました。



うつ伏せで転んだナオトはゆっくりと起き上がりました。
「おい!大丈夫か?転んだのか?」
後ろから誰かの声が聞こえると、ナオトは服についた雪を払いながら言いました。
「うん、大丈夫だよ!」
そして再び走り出そうとすると、後ろから何かの声が聞こえてきました。



ナオトは気になって、後ろを振り向きました。
後ろには大きなイチョウの木がありました。
ナオトがさらに木の下を見ると、ダンボールの箱がひとつ置いてありました。



ナオトはダンボールの側まで行ってみると、そこに一匹の白い子犬がいました。
子犬は小さく、弱々しい声で泣いています。
前日から置かれていたのか、子犬の毛は雪で濡れているように見えました。



ナオトは両手を差し伸べて、子犬を抱き上げました。
「うわっ・・・・・!」
抱き上げた途端、ナオトは子犬の体の冷たさに驚きました。
子犬の体は雪ですっかり濡れています。
それに寒さで体は小刻みに震えていました。



「ナオト、どうしたんだ?」
後ろで声がしたので振り向くと、そこにはカズヤ達4人がいました。
「わあ、かわいい子犬。どうしたの?」
子犬の姿を見つけたミユキがナオトに近づきました。
ナオトは子犬を抱いたまま、後ろのダンボールを見ました。
「すぐそこにいたんだ。ダンボールに入ってた」
「何だって?じゃその子犬、捨てられてたのか?」とカズヤ
「たぶん・・・・体が濡れてるから、昨日からそこにいたのかもしれない」
「そんな・・・・かわいそう」
ミユキが子犬を見ながら右手で子犬に触れると、子犬の体は震えています。
「それにこんなに震えてるわ。寒いんじゃないかしら」



「なら、オレ家に毛布を取りに行ってくる」
トモユキはそう言って走り出しました。
「なら、私はミルクを持ってくるわ。きっとお腹が空いてると思うの」
ミユキは子犬に触れていた右手を放すと、ゆっくりとその場を離れていきました。



しばらくして2人が戻ってきました。
トモユキが毛布をナオトに渡すと、ナオトが毛布で子犬の体を包みました。
ミユキは小さな水筒からミルクを小皿に入れると、小皿を子犬の前に近づけました。



子犬は小さい鼻をクンクンしながら、ミルクの匂いが分かったのか
目の前にあるミルクの入った小皿に鼻を近づけています。
そして小さな舌を出すと、ゆっくりとミルクを飲み始めました。



ミルクを飲んでいる子犬を見て、5人はほっとしました。
「よかった。やっぱりこの子犬、お腹が空いていたのね」とミユキ
「ところで、これからどうするの?」とトモユキが聞きました。
「このままずっと、子犬の世話をするの?」



それを聞いたカズヤは首を振りました。
「家じゃ犬は飼えないよ。だってマンションに住んでるから。マンションはペット禁止だろ?」
「それは僕だって同じだよ」ユウスケが言いました。「トモユキの家は?」
「うちはおじいちゃんが動物が嫌いなんだ、無理だよ」
トモユキが首を振ると、ミユキもうなづきながら
「うちもマンションだから・・・・・・犬は飼えないわ」
「僕もマンションだから飼えないよ。どうしようか」
ナオトがそう言うと、みんな何も言えなくなってしまいました。



「そんなところで何をしているの?」
5人が子犬を見ていると、後ろから女性の声が聞こえました。
「あ、吉岡先生だ」
後ろを向いたトモユキがそう言うと、それを聞いてあとの4人もいっせいに後ろを向きました。
吉岡先生は5人が通っている小学校の担任の先生です。



「どうしたの?みんな・・・・その犬はナオト君の犬?」
吉岡先生がナオトが抱いている子犬を見ていると、ナオトに近づきました。
「違うよ。さっきナオトがそこで拾ったんだ。捨てられてたんだよ」とカズヤ
「え・・・・・?捨てられてたの?」
「後ろにあるダンボールの中に入ってたんだ」
ナオトが子犬を見ていると、吉岡先生は右手で子犬の体に触れました。
「そう・・・・・こんなところにこんな小さい犬を捨てるなんて、かわいそうだわ」
「だからさっき毛布とミルクを持ってきて、子犬に飲ませてたの」
ミユキが吉岡先生の隣に来ると、カズヤが吉岡先生に聞きました。
「先生、その子犬どうすればいいですか?オレ達の家じゃ飼えないし」



吉岡先生は子犬を見ながら言いました。
「そうね・・・・子犬の飼い主が見つかるまでの間、なんとかしなきゃいけないわね」
「先生、先生の家じゃ飼えないんですか?」とトモユキ
「昼間は学校にいるから無理よ」ミユキが首を振ると、そこにカズヤが割り込んできました。
「そうだ!先生、学校で飼えないですか?学校だったら他にも動物いるし」
「学校で子犬を飼うの?他の先生に反対されるかもしれないわ」
「だって学校だったらオレ達がいるし、学校にいる間は一緒にいれるじゃん」
「それはそうだけど・・・・・」



2人の話を聞いていた吉岡先生が言いました。
「もし学校でこの子犬を飼うことになったら、あなた達、この子犬の面倒を見れる?」
「うん、見れるよ!」
カズヤがすぐに答えると、あとの4人もうなづきました。
「なら、明日校長先生に相談してみましょう」
吉岡先生はそう言うと、ナオトを見て言いました。
「今日は先生が家で預かるわ。子犬を先生に渡してくれる?」
ナオトはうなづくと、子犬を吉岡先生に渡しました。



次の日。
教室で朝礼が終わり、吉岡先生が教室を出ようとすると、ナオト達5人が呼び止めました。
そして6人は教室の外に出ると、廊下の窓側まで行き立ち止まりました。
「先生、昨日あれから子犬はどうなったんですか?元気になったんですか?」
ミユキが吉岡先生に聞くと、吉岡先生はうなづいて
「大丈夫よ。とても元気になったわ。病気にもなっていないみたいだし。本当によかった」
「校長先生にはもう話はしたんですか?」とカズヤ
「今朝、話をしたわ。新しい飼い主が現れるまで、学校で預かることになったの」
「本当ですか?やった!」
カズヤが喜んでいると、吉岡先生は5人を見ながら
「その代わり、子犬の面倒はあなた達でちゃんとみるのよ」
「はーい!」
「先生、子犬はどこにいるんですか?」とミユキ
「それは今日の授業が終わったら教えてあげるわ。放課後に職員室に来なさい」
吉岡先生がその場を離れると、5人はハイタッチをしながら喜びました。



そして放課後。
5人は校舎の裏側にある動物の飼育小屋に行きました。
一番奥にある小さな小屋に行き、扉を開けると、中には昨日の子犬がいました。



子犬は5人の姿を見た途端、嬉しそうにキャンキャンと声を上げながら走り出しました。
そして近くにいるミユキの前まで来ると止まりました。
「よかった。すっかり元気になったみたい」
ミユキが子犬を抱き上げると、それを見たカズヤが言いました。
「校庭に行って、走らせてみようぜ。こんな狭い小屋でじっとしてるなんてかわいそうだろ?」
「え、でもいいの?勝手に校庭で犬を走らせるなんて」
「もう授業は終わったし、みんな校庭で遊んでるからいいんじゃないか?」
「うん、いいと思うよ」ナオトがカズヤに続いて言いました。
「それにさっき校庭見たけど、あまり人はいなかったし」
「じゃ、行こうぜ」



5人は子犬を連れて校庭に行くと、校庭には誰もいませんでした。
ミユキが子犬を地面に置いたかと思うと、子犬はすぐに走り出しました。
「あ、走り出した!」
ユウスケが声を上げると、カズヤとトモユキが子犬を後を追って走り出しました。
あとの3人も後に続いて走り出しました。



それ以来、5人は学校で子犬と遊ぶのが楽しみになりました。
放課後になると小屋に行って子犬を連れ出し、校庭で一緒に駆け回りました。
5人は子犬に「ラッキー」という名前もつけました。



ところが、ラッキーとの楽しい日々も長くは続きませんでした。
新しい飼い主になる人が現れたのです。



ラッキーと別れる当日の放課後。
吉岡先生から話を聞いた5人は、寂しそうな顔をしながらラッキーを校庭に連れて来ました。
「先生、ラッキーを連れて来ました」
ナオトは吉岡先生に声をかけると、両手で抱いているラッキーを前に差し出しました。
すると吉岡先生の隣にいるおばあさんがゆっくりと近づいてきました。
「まあかわいい・・・・・・・この子ね。校庭でいつも走り回っているのは」
おばあさんがラッキーの体に触れると、吉岡先生はうなづきながら
「この方が新しい飼い主さんよ。ラッキーを渡してくれる?」とナオトに言いました。



ナオトがおばあさんにラッキーを渡すと、おばあさんは微笑みながらラッキーを見ていました。
優しそうなおばあさんの表情に、ナオトは寂しいながらもなぜかほっとしました。
このおばあさんなら、ラッキーの面倒を見てくれると思ったからです。



するとミユキがおばあさんに近づいて聞きました。
「すみません。時々、ラッキーを見に行っていいですか・・・・?」
おばあさんはミユキの顔を見て、微笑みながらうなづきました。
「いいわよ。家はこの近くだから。学校が終わったらいつでも見に来てちょうだい」
「ほ、本当ですか?家はどこにあるんですか?」
「学校の裏の近くにドラッグストアがあるでしょう?その右隣の赤い屋根の家よ」
「あ、あのドラッグストアなら分かる!たまに行ってるからすぐ分かるよ」
トモユキがそう言うと、おばあさんはさらにこう言いました。
「それに毎月、学校で生涯学習があるから、その時はあなた達にこの犬の面倒をみてもらおうかしら」
「え・・・・・いいんですか?」
ミユキがおばあさんの顔を見ると、おばあさんはうなづいて
「ええ。その方があなた達もいいでしょう?この子もきっとその方が喜ぶと思うわ」
「あ・・・・・ありがとうございます」
ミユキがおばあさんにお礼を言うと、5人の子供達の表情が笑顔に変わりました。



それから5人は毎日とはいかないまでも、放課後は時々おばあさんの家に行ってラッキーの様子を見たり
おばあさんが学校に来る時は、ラッキーと一緒に校庭で走り回って思いきり遊びました。