Farewell
部屋の中で、サクラは1人でぼんやりと窓の外を眺めていた。
窓の外は澄んだ青空が広がっている。
何をすることもなく、ぼんやりしているとスマホの着信音が鳴った。
サクラがすぐ側にあるスマホを取って画面を見ると、ラインのメッセージが入っていた。
サクラ、何してるの?
翔太とこのまま会わないでさよならしていいの?後悔するよ。
空港で待ってるから、今すぐ来て。
高校のクラスメイト、結衣のラインを見たサクラは返信することなく、スマホを置いた。
結衣ったら、余計なことして・・・・。
もうこっちから別れたんだから、翔太の事なんか知らないわよ。
サクラは翔太の事を思うと、だんだんと苛立ってきた。
翔太も翔太よ。
ギリギリになってそんな事を言ってくるなんて・・・・。
言われた私の気持ちも考えてよ。
するとまたスマホの着信音が鳴った。
再びスマホを取り画面を見ると、今度は別のクラスメイトからのラインのメッセージが入っていた。
本当にこのままさよならしていいのか?
今度いつ会えるか分からないんだぞ。
今ならまだ間に合う。すぐ空港に来るんだ。
今度は拓也からだ。
みんなしてなんなの?
余計なお節介して・・・・・。
スマホを再び置くと、サクラはふてくされながらベッドに横になった。
大体、翔太がいけないのよ。
卒業式にあんな事を言うなんて。
私はあんな話、聞きたくなかったのに。
サクラは天井を眺めながら深いため息をついた。
それは数日前、卒業式が終わってみんなで集まっていた時だった。
翔太に話があると言われたサクラは、2人で別の場所に移動した。
そこでサクラは翔太からアメリカに行くと告げられたのだ。
突然の告白に、サクラは動揺した。
翔太と離れ離れになってしまうと思ったサクラはショックでその場を離れてしまったのだ。
もう知らない・・・・・・。
翔太の事なんて、どうでもいいわ。
サクラはそう思いながら、天井を見つめていた。
「サクラから連絡来た?」
一方、空港では結衣と拓也、それに大きなトランクを持った翔太がいた。
「いいや・・・・・既読はついたけど、全く返事が来ない」
拓也が結衣にスマホを見せると、結衣は画面を見ながら
「こっちも連絡してみたけど、同じだったわ。サクラ、本当に見送りに来ないつもりなのかしら」
「さあ・・・・・」
拓也が翔太の方を向くと、翔太は無表情のまま黙っている。
「おい、翔太。お前からもサクラに連絡してみろよ。何黙ってるんだよ」
「昨日、何度も連絡してみたけどダメだった」翔太はあきらめたようにこう言った。
「それにラインをブロックされてる。電話しても出なかった」
「何だって・・・・・・・」
「じゃ、どうするの?もうそろそろ飛行機の時間だし・・・・・・」
結衣が戸惑いながら2人に聞いた。
しばらくして、翔太が2人にこう言った。
「・・・・もう時間だから、そろそろオレは行くよ」
「翔太・・・・・・本当にいいのか?」
拓也がそう言った途端、アナウンスが聞こえてきた。
アナウンスが終わると、3人は右側にある電光掲示板を見た。
「部品交換で搭乗延期か・・・・・翔太が乗る飛行機だよな?」と拓也
翔太は掲示板を見て、うなづきながら
「ロサンゼルス行きの飛行機で、出発時間も合ってる・・・・乗る予定だった飛行機だ。
しばらくの間だって言ってたけど、いつ乗れるのか・・・・・」
「どのくらいかかるのか、しばらく待っていたらまたアナウンスが流れてくるんじゃない?」と結衣
「それはそうだけど・・・・・・」
拓也は手に持っているスマホを見ると、それを翔太に差し出した。
翔太が黙って見ていると、拓也がこう切り出した。
「飛行機を待っている間に、お前からサクラに連絡してみるんだ」
「・・・・・・」
拓也からスマホを受け取ると、翔太は黙ったままスマホの画面を見つめていた。
一方、サクラは開けている窓から青空を見つめていた。
遠くには飛行機の姿が小さく見える。
翔太、もう飛行機に乗って行っちゃったかな・・・・・。
もしかしたら今見ている飛行機に乗っているかもしれない。
翔太の事を気にしている自分に、サクラははっと気が付いた。
翔太の事、もう忘れようって思ってたのに、どうして気になるんだろう。
もう会うことなんてないのに・・・・・・。
すると後ろでスマホの着信音が鳴った。
サクラが窓から離れ、ベッドに置いてあるスマホを取り出した。
画面を見ると、ラインのメッセージが映っていた。
拓也から・・・・・?
サクラはメッセージを見ようとラインを開いた。
しばらくすると、サクラは家を飛び出していた。
拓也のラインから、翔太のメッセージを見たサクラは急いで駅へと走っていた。
拓也のラインを通じて、翔太からこんなメッセージが送られてきたのだ。
サクラ
何度も連絡したけど、ブロックされてるから
拓也のラインからこれを送ってる。
卒業式の時、何から話せばいいのか分からなくて
短く済ませようとしたけど、説明が足りなかったせいで
サクラを悲しませることになってごめん。
オレもサクラと同じ大学を受験した。
でも点数が足りなくて落ちた。
どうしようって思った時、アメリカに住んでいる叔父さんから連絡があったんだ。
もしまだ進路が決まってないんだったら、アメリカに来ないかって。
親父が受験に落ちたオレを心配して叔父さんに相談したらしい。
最初は行く気はなかったけど、叔父さんの話を聞いているうちに悪くないなと思って
行くことに決めた。
アメリカの大学に行こうと思ってる。
しばらくの間会えなくなるけど、大学を卒業したらまた日本に戻ってくる。
オレはサクラと別れたとは思ってないから。
戻ったらまたサクラに会いたい。
翔太
一方、空港では搭乗のアナウンスが流れてきた。
翔太の乗る飛行機の部品交換が終わり、搭乗手続きが開始されたという内容だった。
翔太は右側にある電光掲示板を見ながら2人に言った。
「飛行機に乗れるみたいだ。そろそろオレは行くよ」
「待って」結衣が引き留めるように翔太の前に来た。
「まだ始まったばかりでしょう?出発までまだ時間があるわ。サクラが来るまで待って」
「そうだ」結衣の言葉に拓也はうなづいた「もう少しで来るかもしれない。もう少しだけ待たないか?」
しばらく間が空いて、翔太は2人を見ながら首を振った。
「もういいんだ。サクラはここには来ないと思う。そろそろ行くよ」
「翔太・・・・・」と拓也
「2人ともありがとう」翔太は大きなトランクの取っ手を持った。
「向こうに着いたらまた連絡するよ。2人とも元気で」
すると拓也は翔太の前に来て、右手を差し出した。
「元気でな翔太」
翔太が黙って右手を出し、拓也と握手を交わすと、結衣も右手を差し出した。
翔太は結衣とも握手を交わすと、トランクを再び持って歩き始めた。
翔太が2人に背を向け、搭乗口へゆっくりと歩いていく。
拓也と結衣は黙って翔太を見送っている。
しばらくして翔太が搭乗口の手前まで来た時、後ろから大きな声が聞こえてきた。
「翔太!」
その声を聞いた翔太は立ち止まり、後ろを振り向いた。
同じく声を聞いた拓也と結衣も後ろを振り向くと、こちら側に走ってきているサクラの姿があった。
翔太はサクラの姿を見ると、思わず声をあげた。
「サクラ!」
翔太は走ってくるサクラを見つめていた。
しばらくしてサクラが翔太の前まで来て止まると、サクラは息を荒くしながらうつむき加減でこう言った。
「翔太・・・・・・まだ飛行機に乗ってなかったんだ・・・・・・」
「飛行機が遅れて、これから乗るところだ」
「翔太・・・・・」サクラは息を整えると、顔を上げて翔太の顔を見た。
「ごめん・・・・・あの時、何が何だか分からなくなって。自分の中でうまく整理ができなくて」
「オレこそ悪かった」翔太もサクラの顔を見ながら謝った。
「サクラと一緒の大学に行けなくて・・・・・ずっと一緒に居れなくてごめん」
「・・・・・・」
すると翔太はサクラに近づいてきた。
「しばらくの間、離れ離れになるけど、またすぐに戻ってくる。戻ったらまた会おう」
そう言い終えた途端、翔太はサクラを包み込むように抱きしめた。
「翔太・・・・・・」
翔太の行動に、サクラは驚き戸惑っていた。
2人は何も言わず、お互いのぬくもりを感じながら抱き合っていた。
しばらくして、サクラは翔太の顔を見た。
翔太もサクラの顔を見ていると、サクラが聞いた。
「翔太・・・・・本当に?戻ったら会おうって約束してくれる?」
「うん、約束する」
翔太はうなづくと、サクラに顔を近づけてきた。
サクラも顔を近づけ、目を閉じると、2人は唇を合わせるのだった。
翔太と別れ、3人は展望デッキで飛行機を見送った。
翔太の乗った飛行機が遠くの空に小さく見えているのをサクラが見ていると、後ろで結衣が声をかけてきた。
「この後、どこかカフェでも寄らない?久しぶりにゆっくり話したいわ」
「あ、いいね」結衣の提案に拓也がすぐ反応した「ちょうどオレお腹空いてたんだ。お昼食べてなかったから」
「え、お昼食べずにいたの?ならレストランの方がいいかしら」と結衣
「どっちでもいいよ。サクラ、行かないか?」
「うん、私もどっちでもいいよ。行こう」
結衣と拓也が歩き出し、サクラが2人の後をついて行こうとすると、スマホの着信音が鳴った。
サクラは立ち止まって、着ているコートのポケットからスマホを出した。
画面を見ると、翔太からラインでメッセージが入っていた。
ラインを開くと、機内の窓から撮った雲の写真と、短いメッセージが書かれていた。
今日は来てくれてありがとう。
アメリカに着いたらまた連絡する。
これからもこうして連絡しような。
サクラも大学頑張って、オレも頑張るから。
「サクラ、何してるんだ?行くぞ」
サクラがラインを見ていると、拓也の声が聞こえてきた。
少し離れたところに2人の姿を見つけると、サクラは拓也に向かって大きな声で言った。
「ごめん、今すぐ行く」
サクラはスマホをコートのポケットにしまうと、2人のいるところへ駆け出して行った。