自由への疾走

 



西暦21XX年。
森の中から楽しそうな子供の笑い声が聞こえてきた。
小さな男女の子供2人が笑いながら走ってどこかへ向かっている。
「お兄ちゃん待ってよ・・・」
疲れたのか、息を切らしながら女の子が立ち止まった。
すると少し先にいる男の子が後ろを振り向いた。
「もう疲れたの?早く家に帰らないとお父さんもう家に帰ってるかもしれないよ」
「・・・・・・」
「疲れたんだったら、しばらくそこで休んで。先に行くから」
「あ、待って!」男の子が女の子に背を向けると、女の子は慌てて声をかけた。
「待って、置いて行かないで・・・・・」
男の子が再び後ろを振り返ると、女の子は今にも泣きそうな顔で男の子を見ていた。
男の子は仕方がなさそうに女の子に近づいた。
「分かったよ。一緒に家に帰ろう」
そして女の子の右手を取ると、一緒に歩き始めた。



しばらくして森を抜けると、2人は小さな家が並んでいる村に着いた。
村に着いた途端、2人は思わず立ち止まった。
2人が村を出た時と様子がすっかり一変していたからだった。



辺りの家は屋根が崩れていたり、燃やされて壁が黒くなっていたり
家の玄関がすっかり開いていて、中がひどく荒れていたり
村の人達の姿は全く見えなくなっていた。



それらを見た2人は不安になって、急いで家へと走り出した。



家へ帰って中に入ると、2人は居間へと走って行った。
居間に入ると、そこには数人の軍服を着た見知らぬ男達の姿があった。
兵士達の手には酒の瓶と食べ物があり、飲み食いしながら楽しんでいるようだった。
「お母さん・・・・・!」
後ろにいる女の子の声に、男の子が辺りを見回すと、左側の床には母親が倒れていた。



「お母さん・・・・・」
女の子は倒れている母親の側に近づき、母親を起こそうと体を揺らし始めた。
母親は口から血を流し、倒れたまま亡くなっていたのだ。
男の子はそれを見ると、父親の姿を探そうと辺りを見回した。



すると前にある大きなソファに誰かが座っているのが見えた。
男の子がソファの前に行くと、そこには座ったまま胸から血が流れている父親の姿があった。
「お父さん・・・・・・」



男の子が亡くなった父親を見ていると、右肩に銃を下げた1人の軍服の兵士が近づいてきた。






それから10数年後。
戦争で両親を亡くした2人の兄妹は、とある森の奥にある大きな建物の中で暮らしていた。
殺されることなく、敵国の兵士に連れられてきた2人は戦争でなんとか生き長らえた人達や
兄妹と同じように戦争で両親を亡くした人達と一緒に暮らしていた。



この建物の中では、毎日ある訓練をしていた。
兵士になるため、国を守るための軍事訓練。
毎日決められた予定通りに動き、規律を守り、規則正しい生活を送っていた。



1日のうちわずかな時間、休憩時間があるが、兄妹の心が休まることはなかった。
休憩時間は自由だが、どの場所にも見張りの兵士がいて、常に監視されているからだ。



また許可なく建物の外に出ることは禁止されていた。
外に出るのは許可制になっており、許可が出て外に出たとしても、兵士が必ず一緒について来る。
無断で外に出たのを見つかったら、何をされるか分からない。



兄妹は建物の外に出たことはなかった。
唯一外に出れるのは、建物の屋上。
休憩時間に屋上に出られるが、そこにも見張りの兵士が数人いた。



兄妹はだんだんと建物の外に出たいと思うようになった。
日々の過酷な訓練と厳しい規律に縛られ、兄妹は自由を求めるようになった。
建物の外に行けば、自由な生活ができる。
それは同じ建物にいる他の人達も同じだった。



そんなある日の夕方。
訓練が終わり、兄妹が歩き始めると、後ろから男の声が聞こえてきた。
「おい」
2人が振り向くと、そこには1人の男性がいた。
「エリックじゃないか。どうしたんだ?」
「ルーカス、それにサラ」
ルーカスが声をかけると、エリックは2人に近づいて続けてこう言った。
「ここから外に出てみたいと思わないか?」



それを聞いたサラは戸惑った。
「え?ここから外にって・・・・建物の外に出るっていうこと?」
「そうだ」うなづきながらエリックはルーカスを見た。「近いうちに一緒にここから逃げないか?」
「近いうちに・・・・?それ、どういうことだ?」
近くに兵士がいないか辺りを見回しながら、ルーカスが小声でエリックに聞いた。
エリックも辺りを見回しながら小声で
「ああ、大きな声じゃ言えないが、ある闇ルートで逃げるのを手助けしてくれる運び屋を見つけたんだ。
 ダメ元で相談したら、なんとか引き受けるっていう連絡をもらった」
「何だって・・・でもそれってそれなりのお金がかかるんじゃないのか?」
「それは安心しろ、すでに依頼金の一部は渡してある」
「え・・・・でもそれってどうやって調達したの?」とサラ
「それは今は言えない・・・・・どうする?一緒に来るか?」



しばらくどうするか考えていたが、ルーカスが口を開いた。
「ところで、何人にその話をしてるんだ?逃げるのはどのくらいなんだ?」
「全員は無理だ」エリックは首を振った。「今のところお前達を入れると5人くらいかな」
「5人・・・・全員逃げられる保証はあるのか?」
「それは分からない。でも運び屋は1人じゃない・・・・。
 まずこっちの人数を連絡しないと向こうもそれなりの準備が必要だろうな」



ルーカスは隣にいるサラを見た。
黙ったままサラがうなづくと、ルーカスはエリックにこう答えた。
「分かった。話に乗ろう。後でまた詳しく聞かせてくれ」
エリックがうなづくと、3人はその場で別れた。






それからしばらくして逃亡実行日前日の夜。
エリック達は建物内にある教会に集まった。
教会には1人の年老いた神父が最前列の椅子に座っている。
前を向いたまま、中央に置いてあるキリスト像を見ているようだった。



神父から少し後ろに離れた席にエリックが座ると、神父の姿を見たルーカスが聞いた。
「おい、まだ神父様がいるじゃないか。ここで話をするつもりか?」
「ああ・・・・・」
エリックが前にいる神父を見た後、ルーカスにこう言った。
「安心しろ、ルーカス。ここは教会だ。それに神父以外は誰もいない」
「で、でも・・・・」
「大丈夫だ。神父様は兵士に告げ口はしない。それに神父様は前からオレ達の味方だって知ってるだろう?
 それともここ以外に話ができる場所があるのか?」
「・・・・・・」
ルーカスが何も言えず黙っていると、エリックは4人にこう言った。
「じゃ、話を始めようか。みんな適当なところに座ってくれ」



エリックの前の席にルーカスとサラ、エリックの隣にあとの2人の男性が座った。
ルーカスとサラがエリックの方を振り返ると、エリックは話を始めた。
「明日の話だが、夜中の12時に監視役の兵士達が交代する。交代している間は監視がなくなる。
 その間にここから脱出するんだ。と言ってもほんの少しの間だが・・・・・」
「少しの間ってどのくらいなんだ?5分くらいなのか、それより短いのか」
エリックの隣に座っているケビンが聞くと、エリックは考えながら
「5分もないかもしれない。2、3分・・・・・もしかしたら一瞬で終わるかもしれない」
「だとしたらどうやってそのスキを狙うんだ?逃げるにしても外に出るまで時間がかかる」
「ああ、まともにいくと交代した途端に見つかって捕まるかもしれない」
「なら、どうするんだ?」
「大丈夫だ、ちゃんと考えてある・・・・交代した時に建物の灯りを全部消すんだ。兵士達が灯りをつけに
 行ってる時を狙って逃亡する」



すると話を聞いていたルーカスが聞いた。
「灯りを消すのはいいが、その灯りは誰が消すんだ?」
「ああ、いい質問だ」エリックがルーカスの方を向いた。
「灯りを消すだけじゃない。建物内にある電気系統を全てシャットダウンするんだ。
 これなら兵士達も慌てふためくだろう?それに逃亡の時間が稼げる」
「だから、それは一体誰がやるんだ?ここにいる誰かがやるのか?」
「いいや、ここにいるメンバーじゃない」エリックは首を振ると、続けてこう答えた。
「それは別に闇ルートで知り合ったハッカーに頼んである。明日の12時にこの建物の送電を切るようにね」
「じゃ、建物の灯りが消えたらどこに行けばいいの?」とサラ
「12時に建物の裏側に運び屋のバイクがやってくる。灯りが消えたら裏側に集合だ」
「灯りが消えたら、裏側に出る・・・・・それでバイクに乗ればいいわけか」
「そういうことだ」
ケビンの隣にいるダニエルの言葉に、エリックがうなづいた。



話を聞いたルーカスは不安だった。
「・・・・・それで本当に大丈夫なのか?」
「ああ、大丈夫だ」ルーカスの言葉にエリックはあっさりとうなづいた。「不安なのか?」
「オレ達以外にもここから逃げようとして、捕まった奴等がいるだろう?」
「ああ、外に出た途端見つかって、捕まった奴等か・・・・捕まった後かなりひどい目に遭ったらしいな」
「ひどい拷問に遭って、中には死んだ奴もいるって聞いたことがある」とダニエル
「捕まったら、殺されるかもしれないのか・・・・」
ケビンがそう言うと、辺りが重苦しい空気に包まれた。



するとエリックが沈黙を破った。
「おいおい、みんなおじけづいたのか?逃げようとこうして集まったんじゃないのか」
「そうじゃない」ルーカスが首を振った。「その計画で本当に大丈夫かって聞いてるんだ」
「大丈夫だってさっきから言っているだろう。何が不満なんだ?」
「計画通りに行けばいいが、もし気づかれて兵士達が追ってきたらどうするんだ?」
「もしそうなったら戦うしかない。そうならなければいいが・・・・・・」
「なら、ある程度武器は持って行った方がいいってことだな」
「そういうことだ。他に質問がなければこれで終わりにするぞ」
エリックが席から立とうとすると、ケビンが聞いて来た。
「さっきから神父様がずっといるが、話を聞かれて本当に大丈夫なのか?」



5人が前に座っている神父の方を見ると、神父が5人の方を振り返った。
エリックはケビンの方を向いて
「ああ、神父様はオレ達の味方だ。元々はオレ達と同じように、ここに連れて来られたらしい。
 こうして話ができるのも神父様がここにいるからだ」
ケビンが神父を見ていると、神父がゆっくりと5人のところへ近づいてきた。



ルーカスとサラが座っているところまで来ると、神父が静かに口を開いた。
「・・・・・お前達、明日にはここを出るのか?」
5人が黙ってうなづくと、神父は話を続けた。
「そうか・・・・こうしてお前達が今まで生きていられるのは、兵士達がここに連れてきたからだ。
 それについては敵である兵士達であろうと感謝しなくてはいけないよ」
「・・・・・・・・」
「しかし、ここで訓練をしていれば、いずれは戦争に出ることになる。敵のためにお前達が戦うことは私は納得がいかない。
 ここには毎日いろんな人が来るが、中にはここで訓練を積んで、いずれは親を殺した兵士に復讐をしようとしている者もいる。
 私はそんなことは望まない。お前達には自分が望む道を行って欲しいのだ」
「・・・・・・・・・」
「ここに留まるか出ていくかはお前達の自由だ。ここで聞いた話は聞かなかったことにしておく。
 明日、自由のためにここを出て行くお前達に神のご加護があらんことを」



神父が5人から離れようとすると、サラが聞いた。
「神父様はここから出ようと思わないのですか?」
神父はサラを見て
「ああ。私はもうご覧の通り、かなりの老いぼれだ・・・・・一緒に行ったらお前達の足手まといになる。
 それに私はもう長くはない。ここに残ってお前達の無事を祈っているよ」
「神父様・・・・・」
「さあ、話が終わったのなら、ここから出て行くんだ。そろそろ兵士達が見回りに来るかもしれない」
神父が5人から離れて歩き出すと、5人は教会を出て行った。






そして逃亡計画実行の夜がやってきた。
空には大きな満月が建物を見下ろすように静かに光をてらしている。



建物内の廊下では、2人の軍服を着た兵士が歩いていた。
少し先には同じ軍服を着た兵士が両端に1人ずつ立っており、中央には大きな扉がある。
扉の前まで来ると、2人の兵士がぴたりと止まった。
「交代の時間だ」
兵士の1人が腕時計を見てそう言った途端、突然廊下の灯りがふっと消えた。
「何だ、停電か・・・・?」
暗闇の中、4人の兵士達は辺りを見回した。



突然灯りが消えると、部屋にいたルーカスは持っていた携帯電話を見た。
エリックからメッセージが入っているのを見ると、ルーカスは軍服の上着を着た。
そして身に着けている武器を確認すると、外に出ようと扉を開けた。



外に出て、建物の裏側へ来ると、そこにはエリックとケビン、ダニエルの姿があった。
「サラは・・・・・?」
サラの姿が見当たらないのでルーカスが辺りを見回していると、後ろから誰かが走ってくる気配を感じた。
後ろを振り返ると、サラが走ってきていた。
「お兄ちゃん・・・・・・」
「よかった。誰にも見つからなかったか?」
「女性棟は離れているからな。とにかくこれで全員揃った」
サラが4人の側まで来て息を整えていると、それを見たエリックが後ろにある大きな飛行機を見た。
「あの飛行機の向こうに運び屋がいるはずだ。そこまで行こう」



5人が飛行機の裏側に行くと、そこには黒い服を着た男性が4人いた。
それぞれの男性の側にはバイクが置いてある。
エリックは男性が4人なのに戸惑った。
「おい・・・・・5人って言ったはずだ。どうして4人なんだ?」
男性達に向かってエリックが声を上げると、側にいた男性が答えた。
「5人と聞いていたが、こっちに来る直前にバイクが1台、故障してしまってね。4人に変更になった」
「何だって、じゃどうするんだ?こっちは5人なんだぞ、1人分足りないとなると・・・・」
「その代わり、1台は3人乗れるバイクを持ってきた」
エリックが男性の後ろに停めてあるバイクを見ると、他のよりひとまわり大きなバイクだった。
するとそれを見たルーカスがこう言った。
「なら、それはオレとサラの2人が乗る・・・それなら問題ないだろう?エリック」
「あ、ああ」エリックはうなづきながら続けてこう言った。「それじゃそろそろここを出よう。灯りがつかないうちにここを出るんだ」
「分かった」



5人がそれぞれバイクに乗り込むと、それぞれの運転席に運び屋の男性が座った。
ルーカスとサラが乗ったバイクに男性が乗り込み、そろそろ出発しようとしたその時
突然消えていた建物の灯りがついた。



それと同時に、辺りに警告音が鳴り響いた。
「どういうことだ?もう電気が復旧してるなんて・・・・・」
予想外の状況に、ケビンが隣のバイクに乗っているエリックに聞いた。
「そんな・・・・非常時の電源まで連絡していたはずだ。なのにどうしてこんなに早く復旧してるんだ?話が違う!」
エリックが戸惑い嘆いていると、反対隣のダニエルも戸惑いながら
「どうするんだ?早くどうにかしないと監視の兵士が来るぞ」
「ちくしょう・・・・こうなったら逃げ切るしかない。このまま計画は実行だ、出発するぞ!」



エンジン音が聞こえてくると、エリック達を乗せたバイクが動き始めた。
建物内の敷地と森を隔てている壁を乗り越えると、バイクは宙を浮き、森の中へと入って行った。



森に入り、しばらくすると後ろから銃声が聞こえてきた。
ルーカスが後ろを振り返ると、後方からバイクに乗った兵士が数人追ってきている。
「兵士が追って来てる!どこに行くつもりなんだ」
前を走っているエリックにルーカスが大声で叫ぶと、エリックが後ろを向いた。
「もう追って来てるのか、それほど大勢じゃないみたいだな」
「分からない、もしかしたら見えないところで何人か追って来てるかもしれない。どうするんだ?」
「とりあえず撒くしかない、いったんばらけよう。行先は彼等に知らせてある」
エリックを乗せたバイクがさらにスピードを上げて行ってしまうと、後ろからまた銃声が聞こえてきた。



バイクがさらにスピードを加速する中、ルーカスが前で運転している男性に聞いた。
「おい、一体どこに行くんだ?」
「場所を聞いてないのか?それは後にしよう。今はこの状況から逃げないと・・・・」
「それは分かってる。でも逃げ切れるのか?こんな状況になって」
「とりあえず逃げるしかない」運転手の男性はハンドルを後ろに引くと、バイクが空に向かって上昇を始めた。
「おい、どこに行くんだ?」
「いったん空に逃げる・・・・森の中だとこのバイクじゃ身動き取れないから」



3人を乗せたバイクが森を抜け、夜空に姿を現した途端、少し先の森の方から何か叫び声のようなものが聞こえてきた。
3人が声が聞こえた方向を見ると、森の中からバイクが姿を現した。
そのバイクには運転手しか乗っておらず、後ろに乗っていたはずの誰かの姿はない。
後ろに誰が乗っていたのかルーカスが運転手に聞こうとすると、バイクは突然姿を消した。



「バイクが消えた・・・・・・」
ルーカスが茫然とバイクが消えたところを見ていると、サラも戸惑いながら同じ場所を見ている。
「どういうことなの・・・・一体、誰がバイクに乗っていたのかしら」
するとどこかから音が聞こえ、ルーカスが上着から携帯電話を取り出した。
画面を見ると、エリックからメッセージが入っていた。
「ダニエルが兵士にやられた。バイクから落ちたところに兵士が撃った銃が当たって・・・・・・」



「・・・・さっきの消えたバイクにはダニエルが乗ってたのか」
画面を見ながらルーカスがつぶやくと、それを聞いたサラはさらに驚いた。
「じゃ、ダニエルは・・・・?どうなったの」
「バイクから落ちた時に、兵士の撃った銃が当たったらしい。エリックから連絡が来た」
「そんな・・・・・」
「おい、さっき消えたバイクは戻って来ないのか?」
ルーカスが運転手の男性に聞くと、男性は振り返って
「もう戻ってこないと思う。何らかの理由で目的地まで行けなかった場合は途中まででいいっていう契約でこっちは来てるから」
「何だって・・・・じゃバイクから落ちたから、もう用済みってことなのか?」
「人によっては、そう捉えても仕方ない・・・・・こっちだって自分の命がかかっている」
運転手の男性がそう言った途端、後ろから大きな音が聞こえてきた。



3人が後ろを見ると、兵士を乗せたバイクが森の中から出てきた。
「とりあえず逃げるんだ!」
ルーカスの声に運転手の男性が再びハンドルに手をやると、再びバイクが動き始めた。



3人を乗せたバイクの後方から兵士を乗せたバイクがだんだんと近づいてきていた。
「もっとスピード出せないのか?このままだとやられるぞ!」
後方のバイクを見ながらルーカスが運転手の男性に聞くと、男性は前を向いたまま
「こっちだって今のスピードが精一杯だ。こんな状況になるとは思わなかったから」
「何だって・・・・・!」
ルーカスがそう言いかけた途端、後ろから銃声が聞こえてきた。
後ろをよく見ると、兵士が運転をしながら銃をこちらに向けている。



後ろにいるサラが上着から銃を取り出すと、ルーカスも腰につけている銃を取り出した。
「サラ、大丈夫か?」
ルーカスの言葉にサラは黙ってうなづくと、ルーカスは銃を構えた。



2人が兵士のバイクに向けて銃を向けていると、そのバイクから兵士が2人に向かって銃を撃ってきた。
そして距離を詰めようとさらにスピードを上げて近づいてきている。
2人が攻撃を避けながら銃を撃って反撃していると、乗っているバイクが突然スピードを上げた。
2人は思わず後ろによろけそうになったがなんとか持ちこたえた。
「おい、いきなりスピードを上げるな!もう少しで落ちそうになったじゃないか」
ルーカスが運転手の男性に声を荒げていると、男性も声を荒げながら
「こっちだって逃げようと必死なんだ。多少乱暴な運転になるかもしれないがかんべんしてくれ」
「サラ、大丈夫か?ケガは」
「私なら大丈夫」
サラがルーカスの方を向いて答えると、後ろから再び銃声が聞こえてきた。



兵士が乗ったバイクが再び近づいてきていた。
今度はさらにもう1台のバイクがその後ろから近づいてきている。
「1台増えた・・・・・2台のバイクがこっちに向かってる。どうすればいいんだ」
2台のバイクを見ながらルーカスが舌打ちすると、運転手の男性が後ろを向いた。
そして後ろから近づいてきているバイクを確認すると
「なら、いったん森の中に移動する。なんとか逃げ切らないと・・・・落ちないようにしっかり捕まってるんだ」



運転手の男性がハンドルを前に思いきり倒すと、バイクが急降下を始めた。
ルーカスとサラは前へと体をかがみ、バイクから離れないように必死に席にしがみついている。
そして森の中に突っ込み、地面にぶつかる直前で方向を変え、地面と平行に走り出した。



ルーカスとサラが体を起こし、銃を構えて後ろを振り向いた。
すると程なくして後を追ってきた兵士のバイクが地面へ突っ込んだかと思うと、その場でバイクが爆発した。



「まずは1台片付いたか・・・・・」
運転手の男性が後ろを振り向き、爆発したバイクをチラッと見た。
そして再び前を向くと、数メートル先に兵士が乗っているバイクの姿が見える。
こちらに向かってきており、兵士が銃を向けているように見えた。
「前からも来たぞ!」それを見たルーカスが大声を上げた。「どうするんだ?」
「また上に上がるしかないな」
運転手の男性はハンドルを後ろに引くと、バイクは再び急上昇を始めた。



バイクが再び森を抜け、空へと出て行くと、数メートル後方に兵士を乗せたバイクが数台、空中で集まって止まっていた。
それはまるでルーカス達を待ち構えていたようだった。
「おい、兵士が乗ってるバイクがさっきより増えてるぞ」
運転手の男性が数メートル先で止まっているバイクを見ていると、ルーカスはそれを見て
「きっと応援を呼んだんだ。このままだとまずい」
「捕まったらどうなるんだ?」
「ただじゃ済まない。生きてはいられないだろうな・・・とりあえず逃げるんだ!」



3人を乗せたバイクが再び動き出すと、それに気づいた兵士達のバイクが後を追い始めた。
後ろからは銃声が聞こえてくる。
運転手の男性はハンドルを大きく動かしながら兵士達の攻撃から避けようとしている。
ルーカスとサラは席にしがみつきながら、いつ反撃しようかと機会を狙っていた。



しばらくすると兵士達の攻撃が途絶えたのか、銃声が聞こえなくなった。
「攻撃が止まった。あきらめたのか?」
「いや、まだ後ろにいる」
運転手の男性が後ろを向くと、ルーカスは銃を上着から出した。
サラも再び銃を後ろに向けて、兵士達に狙いを定めようとしていた。



すると再び後ろから銃声が聞こえてきた。
「まただ・・・・しつこい奴等だ」
運転手の男性は前を向き、ハンドルを思いきり引いた。



バイクが再び急上昇を始めた。
「うわっ・・・・」
ルーカスは慌てて銃を持ったまま、前かがみになり席にしがみついた。
「サラ、大丈夫か?」
ルーカスが後ろにいるサラに声をかけたが、サラの返事はなかった。



ゆっくり体を起こしながらルーカスは後ろを向くと、そこにサラの姿はなかった。
「サラ・・・・!」
ルーカスは辺りを見回すと、後方にだんだんと下へ落ちていくサラの姿があった。
急上昇した時にサラは間に合わず、体が席から離れてしまったのだ。



「サラ!」
ルーカスの叫び声を聞いた運転手の男性がバイクを停めた。
後ろで森の中へ落ちていくサラの姿を見た途端、運転手の男性は前を向き、あるボタンを押した。
2人の乗ったバイクは夜の暗闇に溶け込むかのように姿を消した。