hope

 



夜明け前の暗い空に、1台のバイクが浮かび上がってきた。
「兵士達はいないみたいだな・・・・・」
アルマスが周辺を見回していると、後ろにいるルーカスも辺りを見回しながら
「ああ、でも油断はできない。気づかれたら今度は集中的に攻撃される・・・・その時は終わりかもしれない」
「その前に移動できればいいが・・・・」
アルマスは辺りを見回しながらどうするか考えていた。



さっきよりも空が明るくなってきている。
それに雲がひとつもないからどこにも隠れる場所がない。
兵士達に気づかれずにどうやってタイムスリップすればいいんだ?
今さら地上に戻るにも、広い場所を探さないと・・・・。



アルマスが考えを巡らせていると、サラの声が聞こえてきた。
「夜明け前なのに、まだ満月が出てる・・・・・・」
「満月・・・・・?」
サラの言葉にアルマスはサラが見ている方向を見ると、遠くに大きな満月が見えた。
夜に見た満月よりも少し姿が霞んでいるように見えるが、その姿はまだくっきりと見えている。



満月・・・・・!
満月に向かって移動しながらタイムスリップすれば気づかれないかもしれない。
月の光に紛れればあの兵士達にも気づかれないだろう。



「よし、行こう」
意を決してアルマスがハンドルを握ると、ルーカスが聞いた。
「どこへ行くんだ?」
「あの満月に向かうんだ。向かってる途中でタイムスリップする」
「月だって?」
ルーカスがそう言った途端、後ろから何かがルーカスの側を通り過ぎた。



ルーカスが後ろを振り向くと、後方には数台のバイクが見えた。
3人の方へ向かって近づいてきている。
「見つかったか・・・・・本当にしつこい奴等だ」
アルマスが追ってきているバイクを見ながら舌打ちすると、ルーカスはジャケットから銃を出しながら
「とりあえず月に向かって行ってくれ。オレはなんとかあいつらを仕留める」
「分かった」
「サラ、大丈夫か?」
「大丈夫」サラも右手に銃を持ち、後方に銃口を向けている。
「じゃ行くぞ。落ちないように気をつけろ」
アルマスは前を向き、ハンドルを握るとバイクはゆっくりと月へ向けて動き出した。



後ろから追ってきている兵士達の攻撃を避けながら、アルマスは満月へとバイクを走らせていた。
アルマスの後ろではルーカスとサラが銃で攻撃をしているが、兵士達との距離があり兵士達をなかなか倒せない。
「ダメだ・・・・この銃だと距離が遠すぎてなかなか狙いが定まらない」
ルーカスが銃を下げてしまうと、それを聞いたアルマスは前を向いたままルーカスに聞いた。
「距離が遠すぎて弾が届かないのか?」
「ああ・・・・他にも武器はあったが、これしか持ってこれなかった」
するとアルマスは下にしゃがみ込み、何かを手に取ると、ルーカスの方を向いた。
「なら、これを使ってくれ」



ルーカスはアルマスから小さな白い銃を受け取った。
「これは?持ってるのとあまり変わらないような気がするが」
「見た目はそうだが、撃ってみろ・・・・撃ち方は持っているものと変わりはない」
「分かった」
ルーカスが試しに後ろに追ってきている兵士達のバイクに向けて引き金を引いた。
すると銃からは白いレーザーのような光が放たれ、その光は兵士達のバイクに当たった。
バイクの右側に当たったのか、乗っている兵士が慌てているように見える。
「これは・・・・・・!」
ルーカスが驚いた表情で前にいるアルマスを見ると、アルマスは前を向いたままこう言った。
「それなら遠くでも届くだろう?この年代にはない銃だ。タイムスリップする準備ができるまでの間使ってくれ。
 準備ができたら声をかける」
「分かった」
「同じ銃がもう1丁ある」アルマスが再び下にしゃがみ、銃を取ると、再びルーカスに銃を渡した。「これも使ってくれ」
「ありがとう」
ルーカスは左手で銃を受け取ると、そのまま後ろにいるサラに銃を渡した。



アルマスから銃を受け取った2人は次々と兵士達を攻撃して行った。
攻撃を受けた兵士達は地上へと落ちていくか、バイクごと落ちていく者もいた。
2人の攻撃によってだんだん兵士達の数は減っていくが、追いかけられているという状況は変わらなかった。



しばらくして3人の乗ったバイクは月と同じ高さまで来ていた。
前には大きな満月が3人を照らしている。
前にあるメーターを見ながら、アルマスは2人に声をかけた。
「準備ができた。2人とも攻撃を止めるんだ」



ルーカスとサラは銃を下ろすと、アルマスの方を振り返った。
アルマスは2人を見ながら
「これからエリックが言っていた年代へと移動する。2人とも目を覆うものはあるか?」
「目を覆う?サングラスのことか?」
ルーカスの言葉にアルマスはうなづきながら
「ああ、サングラスが一番いいが、持っていなかったら目をつぶっていて欲しいんだ」
「あいにくサングラスは持ってない。一体どうしてだ?」
「これから光の中を通っていく。目を開けたままだと眩し過ぎて目が見えなくなるかもしれない。光を見てはいけない。
 だから目をつぶったままにして欲しい」
「分かったわ。途中で目を開けてもダメなの?」とサラ
「ああ、ダメだ。オレがいいと言うまで絶対に目を開けてはいけない。それに・・・・」
「それに?」
「目を開けたままだと危険を伴うんだ。色々な面でね。だから目をつぶっていて欲しい」
「分かった。今から目をつぶる・・・・これでいいか?」
ルーカスが両目を閉じると、アルマスはルーカスの右手に銃があるのを見て
「その前に銃を返してもらおう。それからバイクから落ちないように前にかがんでから目をつぶるんだ」



ルーカスとサラは銃を返すと、席に座って前かがみの体勢になった。
そして目を閉じると、アルマスはそれを見て、ズボンのポケットからサングラスを出した。
サングラスをかけながら後ろを見ると、まだ数台の兵士達のバイクの姿が見えていた。
ルーカスとサラの攻撃でいったん遠くへと後退していたのか、その姿は小さかった。
それでもだんだんとこちらへ近づいてきているのがアルマスには分かっていた。



アルマスはそれを見ながら2人に言った。
「これから出発する。こことはもうお別れだ」
そして前を向くと、あるボタンを押した。



3人を乗せたバイクは月へ向かって再び動き出した。
バイクはだんだんと速度を上げていく。
しばらくしてアルマスが後ろを振り返ると、追ってきている兵士達のバイクを見ながら
細長くて黒い棒のようなものを右手に持ち、高く上げた。



上に上げた途端、黒い棒の先から強い光が放たれた。
突き刺さるようなその光は、何もかも消し去るような眩しさで、3人を追っていた兵士達のバイクまでも包み込んだ。
目がくらむような眩しさに、兵士達のバイクの動きがぴたりと止まった。



アルマスは光り続けている棒を上げたまま、再び前を向いた。
バイクが最高速度まで達した途端、前にある満月の形がだんだんとぐにゃぐにゃに歪み始めた。
アルマスは上げていた棒をゆっくりと下に降ろした。
バイクは歪んだ空間の中に突っ込んで行くと満月の光に溶け込むように姿を消した。



しばらくしてようやく強い光が消えると、夜明け前の静かな空に戻った。
兵士達が乗っているバイクは何事もなかったかのように、次々と静かにどこかへと消えて行った。
そして空には満月だけが残った。



目を閉じたまま、サラはアルマスの声がかかるのを待っていた。



まだかしら・・・・・・もうずいぶんと時間が経っているような気がする。



そう思っていると、突然どこかに出たのか、急に辺りが明るくなったような気がした。



「もう目を開けてもいいぞ」
アルマスの声が聞こえてくると、サラはゆっくりと目を開けた。
前かがみの状態から体を起こそうとすると、前にいるルーカスの声が聞こえてきた。
「こ、これは・・・・・・・!」
驚いているルーカスの様子に、サラはゆっくりと体を起こした。
辺りの景色が視界に入って来た途端、サラは思わず目を大きく見開いた。



空には青空が広がり、遠くには大きな太陽が見える。
バイクの下には広大な畑が広がっており、金色に輝いている小麦畑がびっしりと広がっている。
建物は見渡す限り1軒もなく、まるで黄金の絨毯が広がっているように見えた。



ルーカスとサラは何も言わず、下に広がっている小麦畑を見つめていた。
一変した景色を、2人はただ見つめていた。
声をかけようにも、2人は目の前に広がっている景色に感動して何も言えなかったのだ。



しばらくすると小麦畑だけではなく、大きな花を咲かせている向日葵畑が見えてきた。
向日葵の花が空に向かって大輪を咲かせている。
「もうそろそろ下に降りるぞ。目的地はこの近くだ」
アルマスはハンドルを前に倒すと、バイクはだんだんと向日葵畑に向かって下降を始めた。



しばらくすると向日葵畑の中に小さな小道が見えてきた。
その先に小さな一軒家があるのも見える。
3人を乗せたバイクは小さな小道の前で降り立った。



3人はバイクを降りると、ルーカスとサラは目の前にある小道を見た。
左右には2人の背丈より大きな向日葵が無数に咲いて、畑をびっしりと埋め尽くしている。
小道の先にはさっき見た小さな一軒家が遠くに見えている。



アルマスが2人に近づいてくると、ルーカスはアルマスに声をかけた。
「ここが、エリックが言っていた場所なのか・・・・?」
「そうだ」アルマスはうなづいた。「先に見えているのが集合場所だ。予定より人数は少なくなったけどな」
「あの家には誰かが住んでるの?」とサラ
「ああ、今の時間でも数人はいるはずだ。あとは畑に出ているはずだ」
「でも、ここは数十年前の世界でしょう・・・・・・・?」
「うまくやっていけるかって不安なのか?それなら心配はいらない。我々の仲間も一緒に住んでいる」
「何だって?じゃ何回もここには来てるのか?」とルーカス
「ああ、お前達の他にもあらゆる年代の奴等がいる。分からなかったら遠慮なく聞けばいい。
 最初は戸惑うだろうが、だんだんと慣れてくるだろう・・・・お前達のことは向こうには話してある。
 それにここはお前達がいた年代とは違って、戦争のない平和な年代だ。ここなら安心に暮らせるだろう」
「ありがとう。・・・・ありがとう、アルマス」
ルーカスがアルマスの手を取りお礼を言うと、どこからか携帯の着信音が鳴り出した。



アルマスがズボンから携帯を取り出し、携帯の画面を見た。
「ボスからだ。・・・・・・・何だって?」
「どうしたんだ?」とルーカス
一通り画面を見るとアルマスは顔を上げてルーカスを見た。
「残りの報奨金を全部回収できたようだ。エリックの口座からうまく回収できたみたいだな。それに・・・・」
「それに?」
「次の依頼が来てるからすぐ戻れとも書いてある」
「・・・・・そうか。じゃ戻らないとな」
「そうだな。2人とはこれでお別れだ」



アルマスがバイクに向かって歩き始めた。
「ありがとうアルマス・・・・・・元気でな」
ルーカスがアルマスにそう言うと、サラは寂しそうな顔で聞いた。
「ありがとう。また会える?」
するとアルマスは2人の方を振り返った。
「ああ、また会えるよ。それまで元気でな」
アルマスは笑顔でそう言うと、再び前を向いて歩き出した。



ルーカスとサラが小道の方を向くと、先にある家へとゆっくりと歩き出した。
アルマスはバイクに乗り、2人の後ろ姿を見送ると、その場で姿を消した。



家の周りは向日葵と小麦畑が、太陽の光を浴びながら金色に輝いていた。