夏のおもいで

 



暗闇の中、どこかから声が聞こえてきました。
「ハルト、ハルト!」
小さな男の子、ハルトは声が聞こえてきた方を向くと、そこには見覚えのある年配の男性の姿が見えました。
「あ、おじいちゃん!」
ハルトがおじいさんの姿を見た途端、そう言って駆け出しました。
おじいさんもハルトに近寄り、ハルトがおじいさんの足元まで来ると、おじいさんは嬉しそうな顔でハルトを見ています。
「ハルトは相変わらず元気だな」
「うん!」ハルトはおじいさんの顔を見ようと、顔を上げました。「おじいちゃんは?元気?」
「ああ、元気だよ」おじいさんは笑顔でうなづくと、ゆっくりと腰を下ろしました。
そして右手をハルトの顔にやり、ハルトの左頬を撫でながら言いました。
「ところで夏休みはどこかに出かけるのか?」



それを聞いたハルトは一瞬黙ってしまいましたが、すぐこう言いました。
「・・・・まだ分からないよ」
「どうして?」
「お父さん、仕事で忙しいから。休みが取れるか分からないって」
「そうか・・・・」
おじいさんは寂しそうな顔でポツリと言いながら、右手を下に降ろしました。



おじいさんは再びハルトの顔を見つめながら言いました。
「もし夏休み、どこも行く予定がなかったら、おじいちゃんのところにおいで」
「え、おじいちゃんのお家に行くの?」
「ああ、おいで」
おじいさんは右手をハルトの頭の上にやり、ハルトの頭を優しく撫でました。
「こうしてハルトと会えるのは、今年で最後かもしれないからね」
「え・・・・・・?」
ハルトはおじいさんが何を言っているのか、よく分かりませんでした。



ハルトが目を開けると、目の前には大きな茶色い天井が見えました。
窓からは白いカーテンの隙間から光が入って、すっかり明るくなっています。



さっきのは夢だったのか・・・・・・。



ハルトはゆっくりとベッドから起き上がりました。



リビングに入ると、母親がテーブルの側の椅子に座っていました。
テレビ画面を見ている母親を見ると、ハルトは声をかけました。
「おはよう」
「おはよう、ハルト」
母親がハルトを見ると、ハルトは母親と向かい側の椅子に座りました。
すると母親がハルトに聞きました。
「ねえ、ハルト。夏休みどこか行きたいところはある?」
「行きたいところ?」
「そう。どこに行きたい?」
「急にそんなこと言われても・・・・どうして?」
すると母親はニコニコしながら
「お父さんがね、今年はまとまった休みが取れそうだから、久しぶりに旅行に行こうって。昨日言ってきたの」
「そうなんだ」
「今、朝ご飯用意するから。考えておいてね」
母親が食事の準備をしようと椅子から立ち上がりました。



母親と朝ご飯を食べながら、ハルトはどこに行こうか考えていました。
すると今朝見た夢の事を思い出しました。



おじいちゃん・・・・今年で会えるのは最後かもしれないって言ってた。
しばらく会っていないからおじいちゃん寂しいのかもしれない。
でも、どうしてそんな夢を見たんだろう。
おじいちゃん、もしかしたら病気で体が悪いのかな・・・・。



「ねえ、お母さん」
ハルトの声に母親がハルトの方を向きました。
「行きたいところが決まったの?」
「うん。僕おじいちゃんのところに行きたい」
「おじいちゃんのところ?どうして?」
「朝、おじいちゃんが出て来た夢を見たんだ。もしかしたら今年で会えるのは最後かもしれないからおいでって」
「え・・・・・?」
ハルトの言葉を聞いた母親は戸惑いました。



ハルトは続けて言いました。
「お母さん。おじいちゃんどこか悪いの?病気なの?」
「病気?そんなことないわよ」
母親は戸惑いながらも否定しました。「この間おじいちゃんから電話があったけど、元気だったわ」
「電話があったの?」
「そうよ。とても元気そうだったわ。いつもの元気なおじいちゃんよ」
母親は側にあったコップを取り、中にあるアイスコーヒーを口に入れました。
そして空になったコップをテーブルに置くとハルトを見て
「それにハルトが見たのは夢でしょう?ただの夢じゃないの・・・・朝から縁起でもないことを言わないの」



ハルトが黙っていると、母親はハルトに聞きました。
「夢の話は終わりよ。ハルト、本当におじいちゃんのところに行きたいの?」
するとハルトが元気よく、大きな声で答えました。
「うん!行きたい。大きいカブトムシとかクワガタを取りたいし、また川で遊びたい!」
「本当に?親戚や近所の子供達と仲良くできる?」
「うん!また一緒に遊びたい!」
ハルトの言葉に母親はうなづきながら
「分かった。お父さんには話しておくから、一緒におじいちゃんのところに行こう」
「うん!」



それから数日後。
父親が運転する車に乗って、ハルトはおじいさんのいる田舎町へと向かいました。



しばらくしてハルトは車の窓から外を見てみると、思わず身を乗り出しました。
大きな建物ばかりだった景色が大きく変わっていたからです。



太陽が空高く上り、青空が広がっています。
辺りに見えるのは大きな山と広大な畑。
遠くには大きな向日葵が空に向かって大きな花を咲かせていました。



しばらくすると車が大きな家の前で止まりました。
「さあ、着いたぞ」
父親がそう言いながらハンドルを放すと、ハルトは車のドアを開けました。
そして外に出ると、後ろにある家へと駆け出して行きました。



ハルトが玄関の扉を開けると、大きな声で奥の部屋に向かって言いました。
「こんにちは!おじいちゃん、おばあちゃん」
すると奥からゆっくりと1人の年配の男性がやってきました。
ハルトの姿を見た途端、男性の顔がほころんで笑顔になりました。
「おお、ハルトか。よく来たね」
「おじいちゃん!」
おじいさんの姿を見た途端、ハルトは靴を脱いでおじいさんに駆け寄りました。
そしてハルトがおじいさんの足元まで来ると、おじいさんは腰を下ろしながらハルトを抱きしめました。



「遠いところをよく来たね、ハルト・・・・・しばらく見ないうちに大きくなったな」
おじいさんがハルトから離れると、ハルトの姿をじっと見つめています。
ハルトは大きくうなづきながら
「うん、おじいちゃん元気?」
「ああ、見ての通り、おじいちゃんは元気だ。ハルトも元気そうだな」
「うん!」



「こんにちは」
2人は声が聞こえた方を向くと、玄関にハルトの両親が入ってきました。
おじいさんは両親を見て
「おお、随分久しぶりだな。車で来たのか?」
「はい、とてもお元気そうで何よりです」
母親がうなづきながら答えると、奥から年配の女性がやってきました。
「あらあら・・・・こんにちは。ハルト君もこんにちは」
「おばあちゃん、こんにちは」とハルト
「暑かったでしょう。いつまでもこんなところにいないで、中に入って・・・・今冷たい麦茶でも用意するから」
「ハルト、奥の部屋に行こうか」とおじいさん
「うん!」



おじいさんとハルトが奥の部屋に行ってしまうと、父親がおばあさんに声をかけました。
「母さん、ちょっと・・・・・」
「何?どうしたんだい?」
「父さんのことなんだけど、最近具合が悪かったとか、そんなことない?」
「ああ、ないよ」おばあさんはきっぱりとそう言って、首を振りました。
「いつも元気さ。どこも悪くない。何か気になる事でもあるのかい?」
「いいや。・・・・なら大丈夫か」
父親と母親が顔を見合わせると、母親は大丈夫と言うように黙ってうなづきました。



しばらくして3人が落ち着いた頃。
庭の縁側でハルトはおばあさんから出されたスイカを食べていました。
ハルトが食べ終わったスイカの皮の部分を白い皿の上に置くと、縁側の先にある茂みの向こう側から
何やらガサガサという音が聞こえてきました。



ハルトが茂みをじっと見ていると、茂みから野球帽を被った背の高い男の子が出てきました。
「あ、いたいた」
後ろからさらに2人、男の子が出てきました。
1人は麦わら帽子を被り、白いランニングシャツを着た男の子。
もう1人は3人の中で一番背が低く、帽子を被っていない男の子です。
「ほら、やっぱり来てただろう?さっき車から出るところを見たんだから」
「うん」
「おやおや、ダイキじゃないか。どうしたんだい?」
茂みから出て来た男の子達を見かけたおばあさんが声をかけました。
するとおじいさんも縁側に来て
「おや、ダイキ。それにユウトとカズキまで来てくれたのか。さっそくハルトに会いに来たのか?」
「うん」
男の子達のうち、最初に茂みから出て来た男の子がうなづくと、ハルトの方を向きました。
「久しぶりだな、ハルト。オレ達のこと覚えてるか?」



ハルトは男の子達をひと通り見ると、うなづきました。
「うん、なんとなく覚えてるよ。名前までは覚えてないけど・・・・・」
「そうか。オレはダイキ。麦わらを被ってるのがカズキで、もう1人はユウトだ。一緒に遊びに行こうよ」
「うん、いいよ。僕はいいけど・・・・・」
ハルトが奥にいる両親の方を振り向くと、母親が言いました。
「いいわよ。一緒に遊びに行ってらっしゃい。でも夕方になったら帰るのよ」
「じゃ、行こうぜ」
ダイキがハルトに声をかけて行ってしまうと、ハルトはダイキの後をついて行きました。
「気を付けて行くんだぞ」
おじいさんが子供達に声をかけると、あとの2人もその場から離れて行きました。
ダイキ達は近所に住んでいるおじいさんの親戚の子供達です。



おじいさんの家を出てから、ダイキ達はしばらくの間道を歩いていましたが
先頭を歩いていたダイキが突然立ち止まりました。
「どうしたの?ダイキ」
それを見たカズキも立ち止まってダイキに声をかけました。
するとダイキは後ろを振り返って
「そういえば、外に出たのはいいけど、どこに行くか決めてなかったな」
「え、どこに行くか決めてなかったの?」とユウト
「川にはもう行ったし、どこに行く?」
ハルトが黙っていると、カズキがハルトに近づきました。
「じゃ、ハルトにどこに行きたいか決めてもらおうよ」
「そうだな」ダイキはうなづいてハルトに聞きました。「ハルト、どこ行きたい?」
「森に行きたい」ハルトはすぐに答えました。「カブトムシが見たいんだ」
「カブトムシを獲りたいのか。でも今日は網とか持って来てないぜ」とユウト
「うん、今日は見るだけでいいよ。僕もおじいちゃん家に虫カゴ置いてきたから」
「見るだけか。オレもセミが見たい。なら森に行こうぜ」
ダイキがそう言って前を向いて走り出すと、あとの3人も続いて走り出すのでした。



その日から毎日のようにハルトはダイキ達と一緒に遊びました。
朝おじいさんの家にダイキ達がハルトを迎えに来て
森に行ってカブトムシやクワガタ、セミを獲ってきたり
川へ行って川の水にはまって遊んだりしていました。
朝から夕方までハルトは外で遊び、楽しい夏休みを過ごしていました。



ハルトが田舎町に来て1週間ほど過ぎた頃。
玄関の扉がガラガラと開く音が聞こえると、続いて子供の声が聞こえてきました。
「ハルト、迎えにきたぞ。遊びにいこう」



部屋にいたハルトが玄関に行こうとすると、母親が聞きました。
「今日はどこに行くの?」
「川に行くんだ。川遊びしようって昨日約束したんだ」
ハルトの話を聞いたおじいさんはハルトの方を向いて
「川だって?昨日の夜雨が降ったばかりなのに?」
「うん。おじいちゃんどうしたの?何かあるの?」
「雨が降った次の日は川に近づいてはいかん。この間も同じことを言ったばかりなのに」
おじいさんはそう言うと、玄関へと行ってしまいました。



ハルトが玄関に行くと、おじいさんがカズキ達に言いました。
「昨日、雨が降っただろう。川の水が増えているかもしれない。川に近づいたらだめだ」
ダイキ達は一瞬黙っていましたが、ダイキがおじいさんを見て言いました。
「でも昨日ハルトと川に行くって約束したし、それに朝から暑いし、川に入りたい」
「川の水が多かったらどうするんだ。何かあったら・・・・・」
「じゃ、川の水が多くなかったら、川に入ってもいい?」



ダイキの言葉におじいさんはどうするか考えていると、さらにダイキが言いました。
「川の水が増えてたら、川に入るのを止めるよ。行くだけ行ってもいい?」
「・・・・・」
「それにオレ、毎日川に行ってるから。なんかおかしいと思ったら入るのを止めるよ」
「約束できるか?」
「うん、約束する」
「・・・・分かった。川の水が増えてたり流れがいつもと違うようだったら、止めるんだぞ」
「分かった」



ダイキ達はハルトを連れて、玄関を出て行きました。
おじいさんが部屋に戻ろうと後ろを向いた途端、父親の姿がありました。
「父さん。川にはオレが後で行ってみるから」
おじいさんは黙ってうなづくと、2人は部屋に戻って行きました。



一方で子供達は川に着くと、ダイキがまず川の様子を見ようと川に近づきました。
川の水はいつもと同じで、穏やかに流れているように見えました。
せせらぎも静かに聞こえていて、ダイキが見る限り川が荒れるような前兆も見られません。
「いつもと同じだ。水も多くなってない。川に入ってもいいぞ」
ダイキがそう言いながら川に入ると、あとの3人も続いて川に入りました。



4人は川に入ると、お互い水を掛け合ったり、泳いだりして遊んでいましたが
しばらくするとハルトはだんだん泳ぐのが辛くなってきました。



なんだろう、急に泳ぎづらくなってきた。
それに前に進もうとしてもなかなか前に進まない。
疲れてるのかな・・・・・。



するとダイキも異変を感じたのか、泳ぐのを止めて辺りを見回しました。
「どうしたの?ダイキ」
ダイキの隣で泳いでいたカズキが聞きました。
ダイキは川を見ながら
「・・・なんだか川の水が増えてる気がする。そろそろ上がった方がいい」と岸へと移動を始めました。
それを見たカズキとユウトも、岸へと移動を始めました。



3人が岸へと移動しているのを見て、ハルトも岸へと移動しようとしました。
左足を動かそうとした途端、何かに左足をとられたような違和感を感じました。



え・・・・・・足に何かが引っかかってる。



ハルトは左足を思いきり動かしますが、何かが足にまとわりついていて、なかなか外れません。
ハルトの左足首に大きな水草が巻き付いてしまったのです。



水草がなかなか外れないので、ハルトはだんだん焦ってきました。
思いきり足を動かしますが、水草はなかなか外れません。



一方で岸に上がったダイキは、ハルトがなかなか上がってこないのでおかしいと感じ始めました。
「おーい!どうしたんだ?早く上がってこいよ!」
ダイキは大声で川の中央にいるハルトに声をかけました。
ハルトを見ると、ハルトがダイキに向かって何かを言っている様子ですが、何を言っているのか
ハルトの声が小さくて聞こえません。



「ダイキ、ハルトに何かあったんじゃないか?」
それを見ていたカズキがダイキに言いました。
ダイキはハルトを見たまま
「ああ、何かあったんだ・・・・水が増えて来てるから早くなんとかしないと」
するとユウトが2人の右横から顔を出しました。
「オレ、ハルトのおじいさん呼んでくる!」
「ああ、頼んだぞ。ユウト!」



ユウトがその場を走り去ると、ダイキはハルトを見ながら
「どうする?このままだとハルトが溺れる・・・・おじいさんが来る前に助けないと」
「でも助けに行って、ダイキまで溺れるかもしれないんだぞ」
カズキがダイキに救助を思い留まるように言うと、ダイキはカズキの方を向いて
「じゃ、このまま見てろっていうのかよ?ハルトが溺れるかもしれないんだぞ」
「だからって川に入って助けられるのかよ?子供2人で」
「すぐ近くに大人がいれば・・・・・・」
「ハルト!」



ハルトの名前を呼ぶ声がした方を2人が見ると、2人に近づいて来る男性とユウトの姿がありました。
男性はハルトの父親でした。
「ダイキ!ハルトのお父さんが来たよ!」
ユウトが走りながらダイキの側に来ると、父親は川の手前まで来て止まりました。
「ハルト!大丈夫か!」
父親は大声でハルトに向かって叫びました。



声を聞いたハルトは顔を上げました。
川の水はだんだんと増えて、ハルトはその場で浮いているのがやっとの状態だったのです。
「お父さん!」
岸に父親がいるのが見えると、ハルトは大きな声を上げました。



「ハルト!今行くからな」
父親はそう叫びながらズボンのポケットに手を入れました。
そしてスマホを出すと、側にいるカズキに渡しました。
「ハルトを助けに行く。これで救急車を呼ぶんだ」
「分かりました」



父親は川に入りました。
泳いでハルトのところまで来ると、ハルトの体を自分のところへ引き寄せました。
「もう大丈夫だ。岸まで行くぞ」
岸へ戻ろうと、父親はハルトを連れて移動しようとしましたが、ハルトが言いました。
「ダメだよ。僕動けないんだ。足に何かが引っかかって・・・・・」
「何だって?」
それを聞いた父親はハルトの体を放すと、その場で川に潜りました。



ハルトの左足を見ると、大きくて太い水草が巻き付いていました。
父親は水草に手をかけて外そうとしますが、なかなか外れません。



なかなか外れない、どうすればいいんだ・・・・・・。



父親は息がきつくなり、いったん水面へと上がっていきました。



川から顔を出し、ハルトの顔を見ると、ハルトは弱っているのか、ぐったりしているように見えました。
「ハルト、しっかりしろ!今お父さんが助けてやるから」
父親がハルトに声をかけていると、後ろから大きな水しぶきが聞こえてきました。
父親が後ろを振り向くと、誰かがこちらに泳いできています。



しばらくして父親の前に1人の若い男性が現れました。
「どうしたんですか?大丈夫ですか?」
「息子が溺れそうなんです。足に水草が巻き付いていて、動けなくなってるんです」
父親が状況を話すと、男性はハルトを見ながら
「それなら、私が潜って水草を切り離してきます。あなたは息子さんの側にいてください」
「ありがとうございます。お願いします」
男性がその場で川の中に潜ると、父親はハルトに近づきました。



男性はハルトの左足のところまで来ると、巻き付いている水草を見ました。
そしてズボンからサバイバルナイフを取り出し、水草を切ると、ハルトに巻きついている水草を取りました。



男性が水面から顔を出すと、父親に言いました。
「水草は切りました。もう大丈夫です。岸へ上がってください」
「ありがとうございます」
父親がお礼を言うと、ハルトを連れて川岸へと移動しました。
父親に抱かれたハルトは気を失い、ぐったりしているように見えました。



ハルトが気が付くと、白くて大きな天井が見えました。



ここは・・・・・どこだろう?



ハルトが右を向くと、そこには父親の姿がありました。
「ハルト!気が付いた・・・・・・・よかった」
父親は目が覚めたハルトに気が付くと、安堵の表情を見せました。
「お父さん、ここは?」
「病院だよ。川で溺れたんだ。川の側を通りかかった先生に助けてもらったんだぞ」
「先生・・・・・・?」
「ああ、この病院の先生だ」
すると足音が聞こえてきて、部屋に誰かが入ってきました。
「どうですか?そろそろ気が付く頃だとは思いますが・・・・・・」
「あ、先生。今さっき気が付いたところです」
父親がそう言った後、白衣を来た男性がハルトの前に来ました。
川でハルトを助けた男性は、この病院の先生だったのです。
「気が付いた・・・・ハルト君、具合はどうかな?」



ハルトは先生を見ていると、父親がハルトに聞きました。
「ハルト、気持ち悪いところはないか?どこかが痛いとか・・・・・」
ハルトはベッドの中で手足を動かすと、父親に言いました。
「・・・・ううん。どこも痛くない。大丈夫だよ」
「それは良かった」それを聞いた先生は笑顔でハルトの顔を見ました。
ハルトがベッドから起き上がろうとすると、先生はあっと声を上げて
「でもまだ体が疲れているだろうから、もう少しゆっくりしていきなさい」とハルトに寝ているように言いました。



先生が行ってしまうと、ベッドに横になったハルトが父親に聞きました。
「あの先生が僕を助けてくれたの?」
「ああ」父親はハルトを見ながらうなづきました。
「休みで川に釣りに来たところを、ハルトが溺れているのを見て助けたんだそうだ」
「そうだったんだ・・・・・」
ハルトはそう言った後、ダイキ達のことを思い出しました。
そして続けて父親に聞きました。
「ダイキ君達はお家に帰ったの?」
「ああ」父親はうなづきました。「でも少し前まで病院にいた。おじいちゃんと一緒に」
「え、おじいちゃんもいたの?」
「ああ。ハルトが寝ているうちに来て、ダイキ君達を連れて帰った」
「ダイキ君、おじいちゃんに怒られてなかった?」
「それはどうだろう・・・・見てないけど、もしかしたら病室の外で怒られていたかもしれないね」



それを聞いたハルトはなんだか申し訳ない気持ちになりました。
おじいさんが反対していたのに、川に行くと言ってしまったからです。
自分のせいで溺れたのに、ダイキがおじいさんに怒られるのは申し訳ないと思ったからです。



ハルトが黙っていると、父親が聞きました。
「どうした?ハルト。暗い顔して。どこか具合が悪いのか?」
「ううん」ハルトは首を振りました。「僕が悪いのに、ダイキ君がおじいちゃんに怒られるなんて・・・・」
「ダイキ君の心配をしてるのか」
父親は微笑みながら右手でハルトの頭を撫でました。
「友達思いのいい子だな、ハルトは・・・・・大丈夫。お父さんからもおじいちゃんに話しておくから。
 だからもう少しここで休みなさい」
「うん・・・・・ありがとうお父さん」
ハルトはそう言うと、再び目を閉じました。



それから数日後。
ハルトは1人で縁側に出ると、外を見ました。
ここ数日雨が続いていて、ハルトは外に遊びに行っていません。
いつも来ていたダイキ達も、川での出来事があってからは家に来なくなってしまいました。
おじいさんから数日間来るなと言われてしまったのです。



ハルトが外をぼんやりと眺めていると、後ろから父親がやってきました。
「ここで何をしてるんだ?」
ハルトが父親を見ると、父親は外を見上げました。
「よく降る雨だな。もう3日ぐらい続いてる・・・・・雨ばかりでつまらないか」
父親がその場に座ると、ハルトも隣に座りました。



「ねえ、お父さん」
ハルトが父親に声をかけると、父親がハルトの顔を見ました。
するとハルトはポツリと言いました。
「もうダイキ君達はここには来ないの?一緒に遊べないの?」
「そんなことないよ」父親は否定して続けて言いました。「また遊びに来るさ。今は来られないだけだよ」
「どうして来られないの?」
「外の天気が悪いから。それに病院の先生からしばらくお家でゆっくりするように言われただろう?」
「うん。それはそうだけど・・・・・」
「お家にいるとやる事がないからつまらないか」
ハルトが黙ってうなづくと、父親もうなづきながら
「明日は町のお祭りだから、明日にはダイキ君達に会えるよ。今日はお父さんと遊ぼうか」
「うん」
「じゃ、向こうに行って遊ぼう」
父親が立ち上がると、ハルトも立ち上がって部屋の奥へと移動するのでした。



そしてお祭りの日。
太陽が遠い空に沈みかけてきた頃、ダイキ達が玄関にやってきました。
「おお来たか」
玄関におじいさんが出ると、ダイキは頭を下げながら謝りました。
「この間はごめんなさい」
「もういいよ。十分反省しただろうから。ハルト、ダイキ達が来てるぞ」
おじいさんはダイキにそう言うと、ハルトを呼びに後ろを振り返りました。



するとハルトを連れて父親も玄関にやってきました。
「父さん、ハルトと一緒に神社へ行ってきます」
「ああ、気を付けてな」
おじいさんが父親に声をかけていると、ダイキの隣にいたカズキがおじいさんに言いました。
「ダイキのお父さんも一緒に行くって。外で待ってる」
「ああ、分かった。迷子にならないよう気をつけてな。花火の時間までには戻るんだぞ」
父親が玄関の扉を開けると、ハルト達は次々と外へと出て行きました。



そして空が暗くなり、ハルト達がおじいさんの家に戻ってくると部屋で食事を済ませました。
ダイキ達の両親もおじいさんの家に来ていたのです。
食事が終わるとハルト達は庭に出ました。



庭で夜空を見上げていると、遠くから音が聞こえてきました。
そして黄色の明るい光が放射線状に大きく夜空に広がり始めると、次々と夜空に赤や青、白い光が
広がっていきました。
しばらくの間、ハルトは夜空に広がる花火に夢中になって眺めていました。



花火大会が終わると、今度は庭で花火をすることになりました。
ハルトはダイキ達と一緒に花火を楽しみました。



花火が終わると、ダイキ達は家に帰って行きました。
庭でハルトの両親とおじいさんが後片付けをしています。
ハルトが縁側に行くと、床には数本の線香花火が残っていました。
ハルトが線香花火を見ていると、おじいさんが縁側に来ました。
「線香花火が残っていたか。一緒にやろうか?」
「うん、やる!」



2人は縁側に座り、ハルトが右手で線香花火を持つと、おじいさんが花火の先に火をつけました。
火がつくと大きな火の球ができ、そこから火花が静かに飛び出しました。
しばらくして火花が下に下がったところで、球が下に落ち、火が消えてしまいました。
「火が途中で落ちてしまったな」
ハルトが地面に落ちて消えた球を見つめていると、おじいさんは新たな線香花火をハルトに渡しました。



それを何度か繰り返していくうちに、最後の1本になってしまいました。
おじいさんがハルトに線香花火を渡し、火をつけると、今度は今までよりも大きな火の球ができました。
そこから大きな火花が飛び出し、しばらくするとだんだんと火花が下に下がってきました。
ハルトは球を落とさないようにじっとしていると、だんだんと火花は小さくなっていきました。
そして火花が消えると、球もだんだんと消えていきました。
「今度は最後まで持ったな。よかったなハルト」
おじいさんがハルトから火が消えた線香花火を取ると、ハルトはうんとうなづきました。



おじいさんは線香花火を近くにある水の入ったバケツの中に入れました。
「明日、お家に帰るのか。楽しかったか?」
「うん、楽しかった!」
ハルトがそう答えると、おじいさんは微笑みながら
「それはよかったな。また来年おじいちゃんの家に来てくれるか?」
「うん!」
「そうか、分かった。来年も待ってるよハルト」
おじいさんは立ち上がると、バケツを持ってゆっくりとその場から離れました。



そして次の日、ハルトはおじいさんとおばあさんはもちろん
ダイキ達にも見送られながら、両親の車でおじいさんの家を後にしました。



それからしばらく経ったある夜のこと。
無数の星が輝いている夜空に、ハルトが1人ポツンと立っていました。
ハルトが空を見上げて星を見ていると、どこかから聴き慣れた声が聞こえてきました。
「ハルト・・・・・おーい、ハルト」
ハルトが声が聞こえてきた方を振り返ると、そこにはおじいさんがいました。



「おじいちゃん、どうしたの?」
ハルトがおじいさんを見ていると、おじいさんはハルトに近づきました。
「ハルトこそ、ここで何をしているんだ?」
「僕は星を見てたんだ」
「そうか。ハルトは星を見るのが好きか?」
ハルトがうなづくと、おじいさんは夜空を見上げました。
「おじいちゃんも星を見るのが好きだ・・・・今夜も星がきれいだな」



しばらくの間、2人で星を見ていると、おじいさんがハルトに聞きました。
「ハルトは星に行ってみたいか?」
「うん、行ってみたい!」ハルトはすぐ答えました。「どうやったら行けるの?」
「おじいちゃんも小さい頃同じことを考えてたなあ。どうしたら星に行けるかって」
「そうなんだ。どうやって行くの?」
「ロケットのパイロットになれば星に行けるが、それにはかなり勉強しないとな」
おじいさんはそう言った後、なぜか寂しそうな表情になりました。



ハルトがおじいさんを見つめていると、おじいさんは意を決したように言いました。
「でも、パイロットにならなくても星に行ける方法を見つけたんじゃ」
「え・・・・どんな方法なの?」
「星に行く列車があるんじゃ。これからその列車に乗るんじゃよ」
おじいさんが後ろを振り向くと、後ろには大きな黒い列車が止まっていました。
列車を見たハルトは驚きました。
今まで何もなかったところに、突然大きな列車が出て来たからです。



「おじいちゃん、今からあの列車に乗るの?」
「ああ、乗るよ」
おじいさんがうなづくと、ハルトは乗りたいというように
「僕も一緒にあの列車に乗りたい!乗れるんでしょ?」
「いや、ダメだ」おじいさんは首を振りました。「切符がないと乗れないよ。切符はおじいちゃんの分しかないんだ」



それを聞いたハルトは困惑しました。
「どうして?どうして僕の切符はないの?」
「まだお前には早い。乗る時じゃないんだ」
おじいさんがそう言った時、後ろの列車から大きな汽笛が鳴りました。
「もう出発する時間だ。おじいちゃんはもう行かなきゃいけない。元気でなハルト」
おじいさんが列車に向かって歩き出しました。



「待って!待っておじいちゃん」
ハルトがおじいさんの後を追いかけようと声をあげました。
するとおじいさんの姿がうっすらと消えました。



消えたかと思うと、後ろに止まっている列車の車窓におじいさんの姿がありました。
おじいさんは列車の中からハルトに笑顔で手を振りました。
「おじいちゃん!」
ハルトは列車に向かって走り出しました。



すると止まっていた列車が動き出し、空へと浮かびあがりました。
「おじいちゃん!」
ハルトが大声で叫びながら車窓のおじいさんの姿を見上げました。
「嫌だ!行かないで・・・・・行かないでおじいちゃん!」
ハルトの目には大粒の涙が溢れてきました。



「ハルト・・・・ハルト!」
ハルトが目覚めると、側には父親がいました。
辺りを見ると、見慣れた自分の部屋でした。
ハルトは何が起こったのか分かりませんでした。
「どうした?ハルト・・・・・泣いてるぞ。怖い夢でも見たのか?」
ハルトが茫然としていると、父親がハルトの顔を覗き込みました。



あれは夢・・・・・・?



ハルトが黙っていると、母親が部屋に入ってきました。
「どうしたの?」
「ハルト、悪い夢を見たみたいだ」父親が近くにあるハンカチを取ると、ハルトに渡しました。
「これで涙を拭いて。今日から学校だろう?準備しないと」
ハルトは黙ってハンカチで涙を拭いていると、どこかから着信音が鳴り出しました。
それを聞いた母親は部屋を出て行きました。



ハルトが起き上がり、学校に行く準備をしようとベッドから出た途端、母親が再び部屋に入ってきました。
さっきとは違って、暗い表情の母親の様子に気が付いた父親が聞きました。
「どうしたんだ?そんな顔して・・・・・・」
「・・・・さっきおばあちゃんから電話があったの。おじいちゃんが今朝亡くなったって・・・・・」
「え・・・・・・?」
「昨日の夜まで元気だったって・・・・今朝になってなかなか起きてこないから寝室を見たら・・・・・」
「そんな・・・・・」
それを聞いたハルトは驚きました。



おじいちゃんが・・・・・・・!
僕が見たあの夢は、夢じゃなかったんだ。
おじいちゃんは僕にお別れを言いに来たんだ。



ハルトはしばらくの間、その場を動けませんでした。



それから数十年後。
あるお墓の前で手を合わせ、お祈りを済ませるとハルトはゆっくりと立ち上がりました。
立ち上がったと同時にどこかから着信音が鳴り始めました。
ハルトはズボンのポケットからスマホを取り出し、画面を見るとすぐ電話に出ました。
「・・・・・・分かりました。すぐ向かいます」
ハルトは電話を切ると、スマホをポケットにしまい、目の前にある墓石に向かって話しかけました。
「おじいちゃん、今日も行ってくるよ」



成長したハルトはおじいさんの住んでいた田舎町に移り住みました。
今は医師となり、町の病院で患者を診たり、訪問診察で町を巡回したりしています。



ハルトは墓石から離れ、しばらく歩いていると道路に出ました。
止まっている1台の白い車の前で足を止めると、運転席のドアを開けました。
すると後部座席に座っている1人の白衣を着た女性が声をかけました。
「先生、急患の連絡が入ってます。急ぎましょう」
「さっき連絡が入った・・・・行こう」
ハルトは運転席に着くと、ドアを閉めて助手席に置いてある白衣を取りました。
白衣を着ると、ハルトはハンドルを握りました。



車がゆっくりと走り出し、道路を走り去って行きました。
空には太陽が空高く上り、誰もいなくなった道路には周辺の木々で鳴くセミの音が響いていました。