謎に包まれた依頼
西暦22××年。
大きな太陽が空高く昇っている夏の空。
雲ひとつなく広がっている青空に、飛行機や車、バイクや無人のドローンが飛び交っている。
大きくて高い建物ばかりがそびえ建つある街の一室から音楽が聴こえてきた。
部屋には茶髪でショートヘアの女の子、千尋が壁を見つめていた。
壁には映像が映し出されていて、映像は千尋と同じくらいの男子の姿が映し出されている。
黒髪の短髪で、見た目がよくかっこいい好青年という感じの男子。
千尋がじっと画面を見ていると、その男子が口を動かし何やら話し始めた。
「千尋・・・・・・」
男子の声が聞こえてきた途端、千尋は近くにあったリモコンを取り、音声を消した。
しばらくして映像が終わり、映像が消えると、千尋は溜息をついた。
今日、月命日か。
雅也がいなくなった時、寂しくてこのサービスを頼んだけど
いつも同じ動画ばかりで、もう飽きちゃった。
もう雅也がいなくなって2年経つのに。
2年も・・・・・・。
そう思うと千尋は寂しさと同時に虚しさを感じた。
大学の同級生で同じクラスだった雅也は、千尋と付き合っていた。
順調に付き合っていたが、2年前に事故で亡くなったのだ。
千尋は雅也が亡くなったことをまだ受け入れられず、立ち直れずにいた。
というのもなぜ雅也が亡くなったのか、千尋にはよく分からなかったからだった。
雅也が事故に遭った当日、千尋は雅也に呼び出されてある場所へ向かった。
千尋がその場所に着いた時、雅也はその場に倒れていて既に亡くなっていたのだ。
どうして私をあの場所に呼び出したんだろう。
雅也は私に何の話をしたかったんだろう。
一体、どうして・・・・・・。
千尋がそう考えていると、雅也の告別式当時の事を思い出した。
あの時はどうして雅也が亡くなったのか、警察や刑事さんも会場に来てみんなに聞いてた。
私も聞かれて、泣きながら話したけど・・・・・結局事故だったって後で美樹から聞かされて。
会場にいる間、美樹がずっと側にいてくれて。
千尋は側にある机に目を移すと、机の上に置いてある写真を見た。
写真には千尋と一緒に、黒髪で髪が長く、清楚な感じの女の子が写っている。
美樹は大学の同級生で同じクラスでもあった。
千尋は美樹とは仲が良く、親友だと思っていたのだ。
でも、それ以来美樹には会ってないな。
告別式が終わってから、いきなり会えなくなって・・・・・。
雅也がいなくなってから大学にも来なくなって。
一体どうしたんだろう。
すると後ろから着信音らしき音が聞こえてきた。
千尋が後ろを振り返り、ソファの前まで来ると、上に置いてあるスマホを右手で取った。
そして画面を見ると、新着メールがありますという文字が映っていた。
千尋はメールを開き内容を見ると、さっきまで流れていた映像のサービス会社からだった。
何だ、さっきの配信サービスの確認メールか。
同じ内容だし、そろそろこのサービス止めようかな・・・・・・。
でも止めると、生きている頃の雅也に会えなくなるような気がする。
雅也の話す内容も変更できるけど、お金がかかるし。
どうすればいいんだろう・・・・・・。
雅也の事をなかなか断ち切ることができない自分に、千尋は自分がどうしたいのか分からずにいた。
自分の前からいなくなった雅也の事を忘れたいが、楽しかった雅也との思い出がそれを阻んでいる。
なかなか決断できない自分に、千尋は苛立ちを感じていた。
スマホの画面をじっと見つめていると、再び着信音が鳴った。
配信サービスのメールを閉じると、未読のメールが1件、太い文字で表示されている。
文字を見ると、今まで見たことのない内容だった。
あなたの悩みを解決します・・・・・?
今まで来たことがないからダイレクトメールだけど、一体何かしら。
メールのタイトルに気になった千尋はメールを開いた。
突然のメールで失礼します。
このメールを見ている方は、何か悩みを抱えていらっしゃいますか?
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我々ができる限りお手伝いしますので、まずは連絡して悩みを打ち明けてみませんか?
悩み相談だけでしたら無料で引き受けます。
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出張や旅行でしばらく家を空けるので、ペットの世話をお願いしたいとか
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上記以外でも何でも引き受けております。
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再度ご連絡しますが、悩み相談や見積依頼は無料です。
お気軽にご相談ください。
相談は無料か・・・・・・・。
他にどんなことをやってるのか見てみようかな。
千尋は一番下にあるサイトのURLをクリックした。
サイトの画面が表示され、千尋は画面を見ながら下にスクロールしていくと、気になる文字があった。
時間旅行に興味はありませんか?興味がある方はこちら
時間旅行・・・・・?タイムスリップのこと?
この会社、旅行もやってるのかしら。
千尋はあまり気にすることなく、その文字をクリックした。
すると画面が変わり、大きな丸い時計の画像が表示された。
下にスクロールすると、時間旅行についての説明らしき文章が書かれている。
時間旅行なんて、どこもやってるけど行こうとは思わないわ。
それに行っても行動制限されてるし。色々と規制があるし、時間も決められてるし自由にさせてもらえない。
自由のない時間旅行なんて行ってもつまらない。
それに普通の旅行に比べて、とても高いし。
千尋はそう思いながら画面を下へとスクロールしていくと、ある文章に目が留まった。
弊社の時間旅行は、他の会社とは違ってあらゆる要望にお応えしております。
過去に戻って、過去に自分がした行動や言動を確認したい。
また、家族や友人、恋人など気になる方の過去の行動を確認することもできます。
※過去の自分との接触や過去を大きく変えるような行為は違法なので、それはできませんが
それ以外の事でしたら出来る限り対応いたします。
※要望の内容によって金額には幅があります。見積もりは無料ですのでまずはご相談ください。
それを見た千尋は雅也の事を思い出した。
ここに頼めば、雅也がどうして亡くなったのか分かるかもしれない。
過去に行けば・・・・・あの日に戻れたら、何があったのか分かるかもしれない。
違法な事をしなければいいんだから、大丈夫だよね。
お金はあまりないけど、見積もりは無料だから相談だけしてみようかな。
他と比べて高いんだろうけど、話を聞くだけでもいいかもしれない。
千尋は一番下にある見積依頼のボタンをクリックした。
ボタンを押して数分後、スマホの着信音が鳴り響いた。
電話に出てみると、聞き慣れない男性の声が聞こえてきた。
「もしもし、さきほど時間旅行の件で見積依頼をされた方の番号でしょうか?」
それを聞いた千尋は驚いた。
え、さっきボタンを押したばかりなのに、もう電話が来た・・・・・。
対応の早さに戸惑いながら、千尋は答えた。
「え・・・・は、はい。そうですけど」
「そうですか。ご連絡いただきありがとうございます。少しお話をしたいのですが、今お時間よろしいですか?」
「は、はい。大丈夫です」
「もし差し支えなければ、テレビ電話に切り替えていただいてもよろしいでしょうか。
最近いたずら電話が多いものですから、ちゃんと顔を見てお話したいので」
「あ・・・・はい。分かりました」
千尋はそう答えると、電話をテレビ電話に切り替え、スマホを近くの壁に向けた。
壁には青いスーツに白いシャツ姿の、小太りの中年の男性が座っている映像が映し出された。
男性は千尋の姿を見ると、頭を軽く下げて
「初めまして。この度は当社に連絡いただきありがとうございます。今回担当させていただきます国時です」
「国時さん・・・・・よろしくお願いします」
「それでさっそくですけど、どんな時間旅行がご希望でしょうか?」
「え、えっと・・・・・」
千尋は戸惑いながらも、時間旅行を申し込んだ経緯を話し始めた。
千尋の話をひと通り聞いた国時は、千尋に聞いた。
「ところで千尋さん。雅也さんがどうして亡くなったのかを知ってどうするんですか?」
「どうして亡くなったのか・・・・・それが分かれば、自分の中で踏ん切りがつけると思うんです。
雅也が死んだ理由が分かれば、スッキリすると思うんです」
すると国時は少し顔を曇らせながら
「過去に戻るのは問題はありませんが、亡くなられた雅也さんの運命を変えることはできませんよ。
それに故人を生き返らせるような事をするのは法律違反になります」
「それは分かっています。雅也を生き返らせるとか、死なせないとか・・・・過去を変えるようなことはしません。
私はただ、どうして雅也が亡くなったのかだけを知りたいんです」
国時は気難しい顔をしながら考え込んでいる様子だったが、しばらくすると顔を上げた。
「・・・・分かりました。ただ今すぐにはお答えできません。今回の依頼、こちらで引き受けるかどうか決めさせて下さい」
千尋が国時を見ていると、国時は続けてこう言った。
「ところで、雅也さんはどこで亡くなったのですか?」
「海岸です。雅也に呼び出されて、海岸に行ったら倒れていて・・・・警察が言うには溺れて亡くなったと言ってました」
「海岸ですか。行ったらもう亡くなっていたんですね。それ以上の事は分からないんですね?」
「はい」
「分かりました。千尋さん、この後時間はありますでしょうか?」
「あ、はい・・・・・予定はありませんけど」
「そうですか。でしたらこの後、別の者をその海岸に行かせます。千尋さんは海岸で待っていてもらえませんか?
海岸でもお話を聞かせていただいて、どうするか判断させてもらいますので」
「はい・・・・・分かりました」
「では早速海岸へ行かせますので、いったんこれで終わりになります。ありがとうございました」
国時が頭を下げ、画面が消えると、千尋は出かける用意を始めた。
千尋が海岸に着くと、水着姿の子供達や老若男女、数十人の姿があった。
みんなそれぞれサーフィンをしたり、海に入ったり、日光浴をしている。
千尋はそんな人達を見ながら、海岸の端の方へと歩いていた。
海岸の端に着くと、千尋は足を止めた。
目の前には岩場が広がっており、近くには大きな崖がある。
辺りには千尋以外、誰もいない。
千尋は辺りを見回しながら、ある場所を探していた。
雅也が倒れていた場所はもう少し先だったような気がする。
あの日のことを思い出すから、もう二度と来ることはないって思ってたけど・・・・・・。
そう思うと、千尋はふと近くに見える崖を見た。
雅也が亡くなった時、何度もここに来て思ったっけ。
あの崖から飛び降りれば、雅也のところに行けるかもしれないって。
結局、飛び降りる勇気がなくてあきらめてしまったけど。
千尋が崖の上を見ていると、突然何かが姿を現した。
「・・・・・・・!」
千尋が驚いてそれを見ると、緑色のバイクに乗った短髪の黒髪の男性の姿だった。
その男性は声がした方を見ると、千尋の姿を見つけて声をかけてきた。
「あ、もしかしてあなたが千尋さんですか?」
千尋は見上げて男性を見ると、白いTシャツにジーンズ姿で、かっこいいとまではいかないが千尋と同じくらいの歳で普通の青年という感じの男性だった。
千尋は黙って首を縦に振ると、バイクが地上に降りてきた。
バイクから男性が降りて、千尋に近づくと、男性は改めて声をかけた。
「初めまして。国時さんから依頼されてきた蒼太です」
「そうた・・・・?蒼太って苗字?」
「名前・・・・・名前です。会社の人からは名前で呼ばれてるから。同じ苗字の人が多くて」
「そうなんですか」
「遠慮なく名前で呼んでください。その方が慣れてるんで」
蒼太は千尋にそう言った後、辺りを見渡しながら続けて千尋に聞いた。
「だいたいの話は国時さんから聞いてますけど、改めて詳しい話を聞いてもいいですか?」
しばらくして2人は雅也が倒れていた場所にいた。
辺りは岩場が続いており、その後ろには大きな崖と海が見えている。
千尋の話を聞いた蒼太は穏やかな波の音を聞きながら千尋に聞いた。
「話はよく分かりました。過去に戻って雅也さんがどうして亡くなったのか知りたいんですね」
千尋は黙ってうなづくと、蒼太は崖を見上げながら続けて聞いた。
「千尋さんは、雅也さんが事故で亡くなったと思っているんですか?」
「事故だと思ってます。警察が調べてそう言っていたので」
「千尋さんはそれで納得してるんですか?」
すると千尋は首を振って
「納得はしていません・・・・でも雅也がいきなり自殺するなんて考えられないし、誰かに恨まれてるって思い当たることもないわ」
「警察からはどんな話を聞いたんですか?」
「詳しくは聞いていません。事故だとしか・・・・誰かに殺されたんじゃないかって聞きましたけど、それはないって。
だから事故当日に戻って、何があったのか知りたいんです」
蒼太は崖を見上げた後、真下に広がっている海水を見た。
崖から突き落とされたか自殺したとしても、海に落ちるだけだから、わざわざここまで死体を置きに来るとは思えない。
そうなるとここで何かトラブルがあって、それで亡くなったとしか思えない。
ここで自殺するなら、崖から飛び降りる方を選ぶだろう。
でも、警察はどうして事故だと判断したんだろう。
過去に戻るのはいいけど、もし何かあったら・・・・・・。
蒼太は雅也が亡くなった場所を見つめている千尋に目を移した。
悲しそうな表情の千尋に、蒼太は優しく声をかけた。
「千尋さん」
千尋の顔が蒼太に向けられると、蒼太は話を始めた。
「お話は分かりました。この依頼を受けるかどうかは会社に帰ってから考えます。しばらく待ってもらえますか」
「しばらくって・・・どのくらいですか?」
「今は何とも言えませんが、できるだけ早く決めたいと思います。また連絡します。その時に見積も出しますので」
「連絡って・・・国時さんからですか?それとも蒼太さんからですか?」
「僕か国時さんのどちらかから、必ず連絡します。だから待っててもらえますか?」
「・・・分かりました」
千尋がうなずくと、2人の間は穏やかな波の音だけが聞こえていた。
千尋が黙っていると、蒼太は帰ろうとバイクが置いてある場所へ移動しようと歩き出した。
2、3歩歩いたところで蒼太は立ち止まると、千尋の方を振り返った。
「今日はこれで終わりにしましょう。また連絡します」
千尋は雅也が倒れていた地面を見つめていたが、蒼太の声に気が付いて顔を上げた。
千尋の顔が蒼太に向けられると、蒼太は申し訳なさそうに
「すみません。悲しいことを思い出させてしまって・・・・・記憶を蒸し返すようなことをして」
「いいえ、いいんです」それを聞いた千尋は首を振った。「それに頼んだのは私ですから」
「・・・・・・」
蒼太は何も言えないまま、千尋の顔を見つめていた。
蒼太は再びバイクのある場所へ行こうとしたが、その場を動かなかった。
千尋の事が何となく気になっていたからだ。
このまま別れてしまうと、千尋がどこかへと行ってしまいそうな嫌な予感がした。
しばらくして、蒼太が再び千尋に声をかけた。
「千尋さん、よかったら一緒に乗っていきませんか?」
「え・・・・?」
千尋が戸惑っていると、蒼太は千尋に近づいて
「家まで送っていきます。よかったらバイクに一緒に乗りませんか?何かあったら心配ですので」
「は・・・・・はい」
千尋がうなづくと、2人はバイクがある場所へと歩き出した。
先に蒼太が乗り、後ろに千尋が乗り込むと、蒼太はバイクのエンジンをかけた。
エンジン音が聞こえてくると、蒼太は前にあるボタンを押した。
2人を乗せたバイクはその場で姿を消した。