深まる謎
千尋を家まで送った後、蒼太は会社に戻った。
部屋に入った途端、国時が蒼太の姿を見て声をかけてきた。
「蒼太くん、どうだった?」
その声に蒼太は気がついて国時の姿を見ると、国時のいる机の前まで移動した。
「千尋さん・・・・今回の依頼者のことですよね?」
「ああ、どうだった?私が見る限り、何も問題を起こしそうな感じではなさそうだが」
「はい、見た感じはとても素直でいい人だと思います。それに・・・・」
蒼太は何かを途中まで言いかけたが、慌てて口を閉ざした。
それに、とても可愛かったし。
こんなこと国時さんに言ったら「そんなこと聞いてない」って言われるに決まってる。
しかし国時がそれを聞き逃さなかった。
「それに?それにって何だ?」
「え、あ・・・・あの」蒼太は戸惑いながら慌ててこう言った
「それに・・・亡くなった人のことをあんなに思ってるなんて、とても大事な人だったんだなって思って。
千尋さんの依頼、引き受けたいと思って」
「その亡くなった恋人の事なんだが」蒼太を見ながら国時は右手に持っている書類に目を移した。
「色々と調べてみたんだが、千尋さんが話していた内容と違ってるんだ」
「え・・・・・?どういう事ですか?」
それを聞いた蒼太が戸惑っていると、国時は書類を蒼太に渡した。
蒼太は書類を見ると、ある部分に目を留めた。
「え・・・・雅也さんの死因が脳挫傷って・・・・・?これって警察から聞いたんですか?」
「そうだ。警察の事件事故のデータベースで検索して見つけたものだ」国時は蒼太の左隣に来て、書類を見た。
「千尋さんの話だと溺死で亡くなったと聞いたが、警察では後頭部の脳挫傷だと判断されている」
「千尋さんの話と違ってますね・・・・」
「まあ、千尋さんの勘違いというか、思い違いだったかもしれないが・・・・今回の依頼はどうする?
私はこの点がはっきりすれば引き受けても問題ないと思うが」
「そうですね・・・・」蒼太は書類を国時に渡すと、国時に背を向けた。
蒼太が部屋の外へ歩き出すと、国時が聞いた。
「おい、どこへ行くんだ?」
「警察に行って、本当なのかどうか確かめてきます」
蒼太は振り返って国時にそう言うと、足早に部屋を出て行った。
それから数日後。
千尋は再び海岸に来ていた。
蒼太から今回の依頼を引き受けるかどうかの返事をすると連絡があったのだ。
返事だったら、電話でもよかったのに。
どうしてまた海岸で待ち合わせだなんて・・・・・。
そう思いながら千尋は海を見つめていると後ろで何かの音が聞こえてきた。
千尋が後ろを振り向くと、少し離れたところで蒼太がバイクから降りるところだった。
千尋が蒼太を見ていると、蒼太は千尋に気が付いた。
「千尋さん!今そっちへ行きます」
大きな声で千尋にそう言うと、蒼太は千尋に向かって駆け出した。
蒼太が千尋の側まで来て立ち止まると、再び話を始めた。
「千尋さん、すみません。わざわざ海岸まで来てもらって・・・・」
「いいえ、いいんですけど」体を前に屈めて息を整えている蒼太を見ながら、千尋は聞いた。
「返事だったら、電話をくれた時にでもよかったのに・・・・・・」
「それでもよかったんですけど、千尋さんに聞きたいことがあって」
「聞きたいこと?」
蒼太はようやく息を整えると、体を起こして千尋を見た。
「そうです。この間も聞いたんですが、雅也さんは海に溺れて亡くなったんですよね?」
千尋は深くうなづいた。
「そう・・・・そうです。海に溺れて死んだんです」
「この間警察から聞いたと言ってましたが、本当にそうなんですか?」
「え・・・・?」
「調べてみたんです。雅也さんの死因を」
蒼太はジーンズの右ポケットから白い紙を取り出した。
そして紙を広げると、千尋に近づいて紙を差し出した。
「警察に行って調べてきました。それが雅也さんの死因です」
千尋は受け取った紙を見た。
死因と書かれた箇所を見ると、後頭部損傷による脳挫傷と記載されている。
千尋は戸惑いを隠せなかった。
「え・・・・・?脳挫傷って・・・・・・雅也は溺れて死んだんじゃなかったの?」
「千尋さんが言っていたことと違いますよね、溺死って本当に警察から聞いたんですか?」
「そんな・・・・・・私は美樹から聞いたのよ。雅也は溺れて死んだって警察から聞いたって」
「え・・・・・?警察から直接聞いたんじゃないんですか?」
「警察からは直接は聞けなかったわ。あの時はまだ雅也が死んだなんて信じられなかったから・・・・」
紙を見つめたままの千尋に、蒼太はある疑問が浮かんだ。
「警察じゃなくて、美樹さんから聞いたんですね。美樹さんっていうのはお友達ですか?」
「大学の同じクラスの友達です」
「その美樹さんからも当時の話を聞きたいんですが、連絡できますか?」
千尋は首を横に振りながら
「雅也が亡くなった後、大学に来なくなったの・・・・・電話してもつながらないわ」
「そうですか・・・・・」
美樹さんに会えないのなら、当時に戻って確かめるしかない。
蒼太は再びジーンズのポケットに手を突っ込むと、左ポケットから数枚の紙を取り出した。
「千尋さん」
蒼太の声に千尋が蒼太の顔を見ると、蒼太は数枚の紙を千尋に渡した。
「これが今回依頼された、時間旅行の見積書です」
千尋は見積書を受け取ると、まず見積書に記載されている金額を見た。
そして明細や条件を確認していると、蒼太が千尋の様子を見ながら
「それでよかったら、今すぐにでも行けますよ。代金は前払いだけど」
「今すぐ・・・・・?」
「ああ、運転はオレがするから。バイクも燃料はあると思う」
「え?蒼太さんって・・・・・・!?」
千尋が途中まで言いかけた途端、地面が大きく横に揺れ始めた。
しばらくして揺れが治まると、今度は周辺からけたたましい警告音が響き渡った。
「津波が来るかもしれない。今すぐここから離れないと」
蒼太が海を見ていると、隣で千尋がこう言った。
「でも、大丈夫よ。沖には防波堤があるわ。そろそろ出て来るはずよ」
「防波堤・・・・・・」
2人が沖の方を見ていると、警告音と共に何かが動いているような低い音が聞こえてきた。
低い音と共に、海から大きなクリーム色の壁がゆっくりと現れた。
その壁は海岸を囲むように、横に一直線に並んでいる。
海岸にいる2人が少し見上げる程の高さまで出てくると、ピタリと止まった。
「あの防波堤、最近出来たばかりだけど・・・なんだか動きが遅いな」
防波堤を見ながら、蒼太は不満そうに溜息をついた。
「でも、とても高い防波堤だから津波が来ても大丈夫じゃ・・・・・」と千尋
「地震が来てから出て来るまで時間がかかりすぎるような気がする。防波堤が上がってくる前に津波が来たら意味ないだろう」
「でも、沖にあんなに大きな防波堤を作ったら、船が出られないと思うわ」
「そうだけど。でもわざわざ地下から出て来る防波堤なんて・・・・」
蒼太が途中まで言いかけた時、再び低い音が沖の方から聞こえてきた。
2人が再び沖を見ると、防波堤がゆっくりと海の中へと沈んでいくところだった。
そして防波堤がなくなり、すっかり静かな海岸に戻ると、いつもの穏やかな波の音が聞こえてきた。
蒼太は千尋が持っている見積書を見ると、思い出したように聞いた。
「そういえば・・・・・その見積の件、どうするんですか?」
千尋は見積書に目を移し、もう一度一通り確認すると、蒼太の方を向いた。
「代金は前払いって言ってましたよね?」
蒼太は黙ってうなづくと、千尋は持っていたカバンに手を入れた。
手でカバンの中をあさっていたが、見つからないのか千尋はカバンの中を見た。
おかしいわ・・・・スマホ、カバンに入れたと思ったんだけど。
もしかして家の中に置いてきたのかしら。
「ごめんなさい。スマホを家に忘れてきたみたい。この場で払おうと思ったんだけど」
スカートのポケットに両手を入れてスマホを探していると、蒼太は千尋を見ながら
「今すぐでなくてもいいのであれば、別の日でも大丈夫ですよ」
「私の依頼、引き受けてくれるんですね?家に帰ったらお支払いしますので」
「なら、今日中には入金確認できると思います。行くのは明日でも大丈夫ですか?」
「明日・・・・・明日なら大丈夫です」
「じゃ、明日にしましょう。詳しいことは入金確認が取れてからまた連絡します」
「はい。よろしくお願いします」
その夜、蒼太は自宅の部屋でパソコンの画面に向かって作業をしていた。
明日千尋を連れて行くため、一緒に行く過去についての下調べである。
2年前だから、あまり大きな事件はなかったと思うんだけどな。
国時さんは行くからには一応調べておけって言ってたけど・・・・・。
蒼太が何気に画面に映っている文章を見ていると、ある文字に目が留まった。
これは・・・・・・!
画面を見ていた蒼太は立ち上がると、側にあるテーブルの上に置いてある鍵の束を取った。
鍵の束をそのままジーンズのポケットに入れると、部屋を出て行った。
しばらくして部屋に戻ってきた蒼太は、再びつけっ放しのパソコンの前に戻った。
本当に明日、連れて行っていいのか・・・・・?
複雑な表情のまま、蒼太はパソコンの画面を見つめていた。
次の日の昼下がり。
雲ひとつない青空が広がり、強い日射しが太陽から降り注ぐ中、海岸では相変わらずサーファーが波乗りを楽しみ
子供達が楽しそうにはしゃいでいたりしていた。
そんな様子を遠めに見ながら、千尋は海を見ていると、後ろで何かが止まった音が聞こえてきた。
音が聞こえてきた方を向くと、バイクから蒼太が降りるところだった。
千尋が蒼太の姿を見ていると、蒼太が千尋に近づいてきた。
「こんにちは、蒼太さん」
千尋が挨拶をすると、蒼太は軽く頭を下げた。
そして蒼太が千尋の前で止まると、千尋は蒼太の顔を見た途端、どこか違和感を感じた。
蒼太の顔は昨日とは違い、どこかうかない暗い表情をしているからだった。
「・・・・どうしたんですか?蒼太さん、そんな顔して」
千尋が蒼太の顔を伺うように、心配そうな顔をしていると、蒼太は戸惑いながら首を振った。
「え・・・・・い、いや。そんなに僕の顔、おかしいですか?」
「おかしくはないわ。ただ昨日とは違って表情がなんとなく暗いから・・・・・」
「そ、そうですか?昨日遅くまで作業していたから、寝不足でそう見えてるかもしれないですね」
千尋の指摘に蒼太は戸惑いながらもそう誤魔化した。
千尋が黙っていると、蒼太は続けて千尋に聞いた。
「これから千尋さんが話していた過去に戻りますが、本当に行っても大丈夫ですか?」
それを聞いた千尋は、蒼太が何を言っているのか分からなかった。
「え・・・・?」
「これから千尋さんが言う過去に行きますが、もしかしたら千尋さんが思っているような事が起こるとは限りません。
千尋さんにとってよくない事、知らなかった方がよかったと思うことを見に行くことになるかもしれません。
それでも行きますか?」
「どうして・・・・・そんな事を聞くの?」
「これは千尋さんだけに聞いているんじゃなくて、行く人全員に話をして確認しています。それから何が起こったとしても
過去を変えるような行動は絶対にしない。それだけは約束してくれますか?」
蒼太は真剣なまなざしで千尋の顔を見た。
千尋は蒼太の言葉にあまり深くは考えず、すぐ答えを出した。
「何が起こっていたとしても、過去の事だから気にしないわ・・・・それに過去を変えるような事はしない。
雅也がどうして亡くなったのかそれが知りたいだけなの」
しばらく2人の間に会話がなくなり、波の音が聞こえていた。
千尋の答えに蒼太は複雑ながらも、仕方がなさそうにため息をついた。
「・・・・・分かった」
「え?」
「これから過去に行く。バイクのあるところに戻ろう」
蒼太が歩き始めると、千尋もその後をついて行こうと歩き出した。
蒼太がバイクの後方に千尋を乗せて、前の席に乗り込むと千尋が聞いた。
「タイムスリップってどうやってするの?」
「もしかして千尋さん、今回が初めてですか?」
それを聞いた蒼太は後ろを振り返った。
千尋はうなづいて
「タイムスリップは普通の旅行より高いから、今まで行ったことがなくて」
「そうですか・・・・今回は旅行じゃないから時間もあまりかからないので安い方ですけど」
蒼太は前を向くと、目の前にある画面に右手で何かを入れ始めた。
そして画面から手を放すと
「ここからすぐに過去に行けます。行きたい時間と場所を設定しました。あとは実行するだけです。あとは・・・」
「あとは?」
「席にしっかり捕まるか、僕にしっかり捕まっていて下さい。でないと置いていかれる場合があるので」
蒼太がそう言い終わった途端、千尋が後ろから両手で蒼太に捕まってきた。
蒼太は内心ドキっとしながらも冷静さを保とうとゆっくりと深呼吸した。
「・・・・これから行きます。しっかり捕まっていてください」
蒼太は画面にあるボタンを押すと、2人を乗せたバイクは姿を消した。
バイクが到着すると、千尋は辺りを見回した。
辺りは数本の木々や石碑があり、少し離れた場所には坂道が見える。
海岸ではなく丘の途中の高台に到着したようだった。
「もう着いたの・・・・?」
千尋がぽつりと小さい声で言うと、蒼太は千尋の方を向いた。
「着きました。海岸から少し離れたところですけど」
「どうして海岸じゃないの?」
「直接海岸に着くと、本人と会う可能性があるからです。本人と会うことは禁止されてますから」
「今、何時なの?まだ雅也は・・・・・・」
「まだ大丈夫ですよ」
蒼太は前を向いて、運転席にある時計を見た。
「雅也さんが亡くなる1時間前に来ましたから、今から海岸に行っても十分間に合います」
「1時間前・・・・・・・」
千尋は当時の事を思い出そうとしていた。
1時間前・・・・・その時私はまだ大学にいたと思ったけど、どうだったかしら
千尋はバイクを降りると、蒼太が話しかけてきた。
「それから、いくつか注意事項があります」
千尋が蒼太の方を向いた。
蒼太はバイクを降りながら
「本人に会うのはさっきも言った通り禁止です。それからここの人達ともあまり話をしないでください。
自分達がタイムトラベルでここに来ていることも話してはいけません。それと・・・・・・・」
「それと?」
「ここにいられるのは今回の場合、長くても3時間です。それを過ぎると警察に見つかったらまずいことになります」
「警察?警察って・・・・・」
「時間警察の事です。最近タイムトラベルでトラブルが頻繁に起こってるので、時間警察が厳しくパトロールしています。
見つかったら拘束されるかもしれません」
「3時間ね、分かったわ」
千尋は後ろに続いている緩い下り坂を見た。「行きましょう。海岸は丘を降りて先の方だわ」
丘を降りてしばらく歩いていると、両側に建物が見えてきた。
街の中に入ってさらに歩いていると、少し先に1人の男性の姿が見える。
何かを探しているのか、体を屈めながら地面のあちこちを見ている。
「あの人、何を探しているのかしら・・・・・・」
千尋が男性を見ていると、蒼太はその男性を見た途端、何か違和感を感じた。
「あまり関わらない方がいい。さっきも言ったけど、当時の人達と関わることは・・・・・・・」
「でも、何かを探しているみたいだわ。何か大切なものでも探しているのかしら」
「止めた方がいいですよ。それにあまり時間がないですから」
蒼太がそう警告した途端、千尋は急に立ち止まった。
何か踏んだ感触を覚えた千尋は、地面を見た。
右足を後ろに移動させると、地面には丸いレンズのようなものが落ちていた。