プレゼント

 



ある町の丘の上に、大きな病院がありました。
病院のある部屋から、女の子の声が聞こえてきました。



「いや!」



ベッドの上に座っている小さな女の子、ミユは、大きな声で前にいるお母さんに向かって叫びました。
お母さんは困った顔でミユを見ながら
「そんなこと言わないの。手術しないと病気が良くならないわよ。先生がさっき言ってたでしょ?」
「それでもいや!」
「どうして?痛くしないって先生が言ってもいやなの?」
「いやなものはいやなの!手術したくないの」
ミユはそう言うと、そっぽを向いてしまいました。



お母さんはそれでも言いました。
「手術しないといつまで経ってもよくならないわ。ずっと病院にいたいの?
 ミユ、お家に帰りたいって言ってたじゃない」
「・・・・・・・」
ミユが黙っていると、お母さんはさらに言いました。
「ミユ、もしかして手術するのがこわいの?」



ミユは黙ってしまいました。
先生から話を聞いたものの、手術をするのがとてもこわかったのです。



そっぽを向いたままのミユにお母さんは優しく言いました。
「大丈夫よ。ミユが眠っている間に手術は終わるわ。あっという間よ。目が覚めたら病気もすっかり治ってる。
 そうすればお家にも帰れるわよ」
「それでもいや!」
お母さんがミユの右肩に触れようとした途端、ミユが首を大きく振りました。



しばらくしてミユが眠ってしまうと、お母さんは部屋の外に出ました。



困ったわ。もうすぐ手術の日なのに。
先生は先延ばしにしてもいいって言うけど、今度はいつになるか分からないって言ってるし。
できれば今回手術をして、元気になってくれればいいんだけど・・・・・・。



お母さんがどうすればいいか頭を悩ませていると、遠くから声が聞こえて来ました。
「こんにちは」
声がした方を向くと、そこには何かを抱えた女性がお母さんに近づいて来るのが見えました。
女性が誰なのか分かると、お母さんは頭を下げました。
ミユが入院する前に行っていた保育園の先生だったのです。



保育園の先生が部屋の扉を開けると、眠っていたミユは起きていました。
「あ、アオイ先生!」
「元気?お見舞いに来たのよ。ミユちゃんが元気にしてるのかなって見に来たの」
アオイはミユに抱えていたぬいぐるみを渡そうと、前に差し出しました。
「わあ、きれい!」
ミユはそのぬいぐるみを見た途端、笑顔になりました。



それは大きくて白い体ときれいな白い羽根、頭には黄色い角を持ったユニコーンのぬいぐるみだったのです。
ミユはユニコーンが大好きでした。
「このユニコーン、もらっていいの?」
ミユが聞くと、アオイは笑顔でうなづきました。
「もちろんよ。ミユちゃんに持ってきたんだから。プレゼントよ」
「アオイ先生ありがとう!」
ミユは受け取ると、嬉しそうに両手でユニコーンを抱きしめました。



笑顔になった女の子を見て、アオイは言いました。
「喜んでくれてよかったわ」
「アオイ先生、どうしてユニコーンが好きだって分かったの?」
「保育園でよくユニコーンの絵を描いてたじゃない。だからユニコーンが好きなんじゃないかって思ったの」
「ありがとうございます、気を使っていただいて」
お母さんがアオイにお礼を言うと、アオイはミユの喜んでいる姿を見ながら
「いいえ。喜んでいただいてよかったです」



その夜。
ミユがユニコーンのぬいぐるみを側に置いて眠っていました。
ベッドの側の窓からは夜空に満月が見えています。



するとベッドから何かがごそごそと動き始めました。
ミユの側に横になって置かれていたユニコーンがゆっくりと起き上がりました。
そして眠っているミユを見ると、声をかけました。
「ねえ、起きて。起きてよ」



ミユはその声に気が付いて目を覚ましました。
眠そうに目をこすりながら辺りを見回しますが、辺りは誰もいません。
「だれ・・・・・・・?」
ミユが小さな声で聞くと、すぐ側で声が聞こえました。
「ここだよ。僕はここにいるよ」
「え・・・・・・?」
ミユは声が聞こえた方を向きました。



そこにはぬいぐるみのユニコーンがいました。
ミユが黙ってユニコーンを見ていると、ユニコーンが言いました。
「僕だよ。ここにいる僕だよ」
「え・・・・・・!?」
ユニコーンが話をしているのを聞いたミユは驚きました。



しばらくするとミユはユニコーンに聞きました。
「あなた、しゃべれるの?ぬいぐるみなのに」
「しゃべれるよ」ユニコーンは答えました。「びっくりした?」
「うん」ミユはうなづきました。「どうしてしゃべれるの?」
「それはミユちゃんと一緒に遊びたいからだよ。これから一緒に遊ぼうよ」
「うん!いいよ」ミユは笑顔でうなづきました。「何して遊ぶ?」
するとユニコーンは窓の外を振り返って言いました。
「今夜は空がきれいだから、一緒に夜の散歩に行こう」



するとミユはユニコーンの姿を見て言いました。
「え、でもどうやって行くの?ママからは1人で外に出ちゃいけないって言われてるの」
「大丈夫だよ」
ユニコーンがそう言った途端、体がどんどん大きくなりました。



そしてミユを乗せるのにちょうどいい大きさになると、ミユに言いました。
「僕の背中に乗って。窓から外に出よう」



ミユはユニコーンの背中に乗りました。
ユニコーンは窓の方に体を向けると、閉まっていた窓がゆっくりと開いていきました。
「じゃ行くよ。しっかり捕まっててね」
ユニコーンはミユに声をかけると、きれいな白い羽根を大きく広げて空へと飛び立ちました。



外に出たユニコーンは満月に向かって走り出しました。
ミユはユニコーンに捕まりながら辺りを見回しています。
下には建物がだんだんと小さくなって見えています。
ミユはすっかり楽しくなりました。



しばらくするとユニコーンは雲の中に入っていきました。
すっかり白い雲に囲まれると、ミユは右手を伸ばして雲にさわったり
雲をつかんで辺りに投げたりしていました。



そんな雲の中を抜け、走っていたユニコーンの先にある場所が見えてきました。
満月が空の上で輝いています。
その満月の下は何もなく、白い雲のじゅうたんが広がっていました。



ユニコーンはその白い雲のじゅうたんに着くと、ゆっくりと止まりました。
ミユはユニコーンが止まったのでどうしたのかと聞こうとしました。
「どうしたの?」
「ミユ・・・・・・!」
聞き覚えのある声にミユが声が聞こえた方を向くと、そこには白髪の女性がいました。
ミユはその女性を見た途端驚きました。
「おばあちゃん!」



ミユはユニコーンの背中から降りると、おばあちゃんに駆け寄りました。
「おばあちゃん!」
「ミユ・・・・・・」
ミユがおばあちゃんに抱きつくと、おばあちゃんは腰を下ろしながらミユを抱きしめました。



「おばあちゃん、どうしてここにいるの?」
ミユが顔を上げておばあちゃんの顔を見ました。
ミユのおばあちゃんは病気で最近亡くなったばかりだったのです。
おばあちゃんはミユの顔を見つめながら
「どうしてここにいるのかは私にも分からないわ。でもまたミユに会えてよかった。おばあちゃんはうれしいわ」
「私も」ミユは大きくうなづきました。「大好きなおばあちゃんに会えてうれしい」
「私も大好きよ、ミユ。この辺りを散歩しようか」
「うん!」
おばあちゃんはミユの左手を右手でつなぐと、ゆっくりと歩き始めました。



しばらく2人は散歩した後、ユニコーンがいる場所へと戻ってきました。
ユニコーンは座ってじっとしています。
目を閉じていて眠っているようにも見えました。



ユニコーンの近くに2人は座ると、おばあちゃんはミユに話しかけました。
「ところでミユは最近どうしているの?」
「どうしてって・・・・・?」
おばあちゃんの言っていることがよく分からず、ミユは聞き返しました。
「最近保育園には行っているの?」
「ううん」ミユは首を振りました。「保育園に行ってないよ」
「どうして?」
「ミユ、病気なの。だから病院にいるの」
「え・・・・・?病院に入院してるの?その病気は治るの?」
「手術すれば治るってお母さんや先生は言ってるけど、手術したくないの」
それを聞いたおばあちゃんは驚きましたが、しばらくしてこう言いました。
「・・・・どうして手術したくないの?」



おばあちゃんに聞かれたミユはうつむいて
「手術がこわいの。何をされるのか分からないからとてもこわいの」
するとおばあちゃんは右手でミユの背中を優しくさすりました。
「そうね。手術はこわいわ。おばあちゃんも病気で手術したけどとてもこわかったわ」
「おばあちゃんも・・・・・?」
「手術がこわくない人はいないわ。誰でもこわいものよ。でも手術すればミユの病気は治るんでしょう?
 だったら手術した方がいいわ」
「でも・・・・・・・」
うつむいたままのミユにおばあちゃんはさらに言いました。
「ミユ、お絵かきをするのが好きだったわよね。大きくなったらまんが家になるって言ってなかった?」



ミユは顔を上げるとおばあちゃんの顔を見ました。
「うん。お絵かきするの好きだから、まんが家になりたいって言った」
「だったら手術した方がいいわ。こわいからってずっとこのままだと病気が悪くなってお絵かきもできなくなるわよ。
 それはいやでしょ?」
「うん、それはいや」
「手術して病気が治れば、いっぱいお絵かきできるわ。まんが家にだってなれる。ミユが好きなこと何だってできるわ。
 ミユだって好きなこといっぱいやりたいでしょ?」
「うん、好きなことたくさんやりたい」
「だったら手術して病気を治そう。手術受ける?」
「うん、手術する!」
ミユが大きくうなづくと、おばあちゃんもうなづきながら微笑みました。



すると近くにいたユニコーンが目を覚ましました。
そしてゆっくり起き上がると、それを見たおばあちゃんはゆっくりと立ち上がりました。
「おばあちゃん、どうしたの?」
ミユがつられて立ち上がると、おばあちゃんはミユの頭を右手で優しく撫でながら
「ミユ、会えてうれしかったわ。これからもおばあちゃんはミユの側にいるからね」
「おばあちゃん?」
「元気でいるのよ、ミユ」
おばあちゃんはそう言うと、夜空の暗闇に溶け込むように姿を消してしまいました。



「おばあちゃん!」
ミユがおばあちゃんの姿を探して辺りを見回しますが、ミユとユニコーン以外誰もいません。
するとユニコーンがミユに言いました。
「ミユちゃん、そろそろ帰ろう。もう少しで夜明けになるから」
「でもおばあちゃんが・・・・・・・」
「大丈夫、また会えるよ」ユニコーンはミユに微笑みました。
「早く戻らないと、ミユちゃんのお母さんが心配するよ。それでもいいの?」
「それはいや・・・・・・」
「なら、今日は帰ろう」
ミユは仕方なくうなづくと、ユニコーンの背中に乗りました。
ユニコーンは羽根を広げると、来た道を戻るように再び空へと飛んで行きました。



しばらくして病院の建物が見えてくると、暗かった空がだんだんと明るくなってきていました。
ミユが病院の建物を見ているとユニコーンの声が聞こえてきました。
「また遊ぼうね、ミユちゃん」
「うん」
ミユがそう答えると、目の前が光で真っ白になりました。



ミユが目覚めると、ベッドの中にいました。
横になったまま辺りを見回すと、見慣れた病室の白い壁が見えています。
今までミユを乗せていたユニコーンは、ミユの横に置いてありました。



ミユはゆっくりと起き上がりました。
窓の外はすっかり明るくなっています。



さっきまで夜だったのに。
今までのは何だったの・・・・・・?



ミユがぼんやりと思っていると、お母さんがミユに近づいてきました。
「あら、今日はずいぶんと早起きなのね。どうしたの?」
「ママ」ミユはお母さんの姿を見た途端、次にこう言いました。
「私、手術受ける」
それを聞いたお母さんは驚いて一瞬動きが止まりました。
「ミユ・・・・・・・・!」
そして嬉しくなり思わずミユを抱きしめました。



そして数十日後。
ミユの手術は無事成功し、ミユは退院することになりました。
手術中、ミユはユニコーンと一緒に空を飛んだ夢を見ていて、目が覚めた頃には手術は終わって病室にいたのです。
だから手術はこわくはありませんでした。



そして退院の日。
病院の入口の前で、看護婦さん数人と先生がミユとお母さんを見送りに出ていました。
「退院おめでとう」
看護婦さんの1人が花束を持って来ると、ミユに渡しました。
「ありがとう!」
ミユが花束を受け取ると、お母さんがミユの隣で先生達にお礼を言いました。
「今までありがとうございました」
「ミユちゃん、病気が治ってよかったね。お家に帰ったら何をしたい?」
看護婦の1人がミユに聞くと、ミユは元気に答えました。
「お家に帰ったらお絵かきしたい!いっぱい絵を描くんだ」
ミユの笑顔にお母さんはもちろん、その場にいる看護婦や先生も笑顔であふれていたのでした。