明かされた真実

 



時間警察の警官2人に連れられ、蒼太は建物内にある牢屋の通路を歩いていた。
あれからすぐに時間警察の本部に連れて来られ、取調室で話を聞かれたがほんの数分で話は終わったのである。
蒼太の前を歩いている警官が足を止めると、振り向いて蒼太の顔を見た。
「ここがお前の入るところだ。おとなしくしろ」
蒼太が牢屋の中を見ると、鉄格子の中には数人の柄の悪そうな男達が蒼太を見ていた。



蒼太を牢屋の中に入れ、2人の警官がその場を立ち去り歩いていると、牢屋の方から蒼太の叫び声が聞こえてきた。
1人の警官が牢屋の方を振り向くと、もう1人の警官が声をかけた。
「おい、止めておけ。いつもの新人いじりだ」
「で、でも・・・・もし何かあったら」
「大丈夫だ。いつも軽いケガ程度で済んでる・・・・いちいち付き合ってるヒマなんかないぞ。行こう」
警官がうなづくと、2人はそのまま牢屋を後にした。



「もういいんじゃないですか?警官が出て行ったみたいですよ」
鉄格子の中から顔を出し、警官の姿がないことを確認すると、細身の丸刈りの男が言った。
「そうか。もういいぞ」
奥で壁に寄りかかりながら、大柄で体格のいい男が蒼太に声をかけた。
蒼太は叫ぶのを止めると、今度は黒髪の長髪の男が蒼太を見ながら大柄の男に
「ところでボス、こいつがあの男が話していた男なのか?」
「まあ待て」大柄の男は蒼太を見ながら言った。
「いきなり変なことをさせてすまなかった。あの警官どもの目を欺くためだ・・・・お前、名前は?」



蒼太は大柄の男を見た。
「オレは蒼太と言います。あなた達は?」
「そうか。お前が「J」が言ってたやつだな」名前を聞いた大柄の男は何度もうなづいた。
「え、「J」って・・・?一体何者なんですか?」
「その前に自己紹介しよう。通路側にいる丸刈りの男は隼人。すぐ隣にいるのは玲央。オレは大雅だ。
 みんなにはボスと呼ばれているがここにいるのが一番長いからだ」
蒼太は3人の姿を見ながら頭を下げて挨拶すると、再びボスの方を見て
「それで・・・・「J」って言うのは誰なんですか?あなた達とはどういう・・・・・」
「オレ達はお前と同じ、時間警察に連れられてここに入った。中には本当に悪いことをして入った奴もいるが
 ここにいる連中は違う。「J」に頼まれて入ってきた奴ばかりだ」
「頼まれて・・・・・・」
ボスの言葉に蒼太が「J」が誰なのか薄々勘づいていると、ボスが右腕に着けている時計の画面が点灯し始めた。



「おっと、噂をすれば何とやらだな」
ボスが光に気が付くと、左手の人差し指で画面に軽く触れた。
すると目の前に画面が大きく表示され、画面には蒼太の見覚えのある姿が映し出された。
白髪の男性だった。



白髪の男性はボスの姿を見ながら話し始めた。
「突然で申し訳ないが、今日そちらに入って来る予定の・・・・・」
「あ、はい。いますよ」ボスは画面を蒼太に向けると、蒼太は画面に映っている白髪の男性を見て驚いた。



やっぱり、「J」っていうのはこの男だったんだ。
「J」っていうのはこの男の名前なのか?



蒼太がそう思っていると、画面の白髪の男性は蒼太に声をかけた。
「蒼太くん。無事に入って来れたようだね。別のところにならなくてよかった」
「別のところ?」
蒼太が聞き返すと、ボスは白髪の男性に向かって
「そうならないように裏で調整してたんじゃないですか?他のところは仲違いするところばかりですから」
「まあ・・・・そんなことを話している時間はない。そちらはどうなんだ?状況は」
「今のところはさっぱりです。ボロひとつ出しませんよ」
「そうか・・・・・蒼太くんは入ってきたばかりだから説明しよう。と言っても先日少し話をしたばかりだが」
白髪の男性は咳払いをすると再び話を始めた。



「ここにいる君達は時間警察に不満を持っている。中には過去に逮捕されたことがある人もいると思うが
 私も時間警察のやり方には疑問を持っている。調べれば調べるほど疑問や疑惑が出てきている。
 そこでその疑問をはっきりさせるため、同じ考えを持っている君達に協力してもらうことにした」
「つまり潜入調査だ」ボスが途中で割り込んできた。「でも今のところはうまくいってないが」
「潜入調査?つまり時間警察のやっていることを牢屋の中から調べるってことですか?」と蒼太
「そうだ」ボスが白髪の男性の代わりに答えた「だが全くボロを出さない。それにここから時間警察の奴等を調べるのも
 限界がある・・・・それにオレ達がいつまでここにいられるのかも分からない」
「それについては心配いらない」白髪の男性が首を振ると、続けてこう言った。
「刑期を延長するように調整している。それに蒼太くんのような人を追加で増やしているからね」
「でも、人をいくら増やしても奴等がボロを出さない限り終わらないんじゃないか?いつまでかかるのかも分からない」
「それについてなんだが、ある情報がある。今日はそれを話に来た」
「ある情報?」
「ああ。近いうちに政府の要人が時間警察の誰かと接触するという話が入ってきている」



それを聞いたボスは少し驚いた様子で白髪の男性を見た。
「政府の要人が?一体誰と、何のために会うんだ?」
「詳しいことは分からないが、大体は察しがつくだろう。時間警察の幹部の誰かと会うつもりだ」
「でも、どうしてここに来るんですか?」蒼太が白髪の男性に聞いた。
するとボスが蒼太の方を向いて
「政府の誰かと時間警察の幹部の誰かがつながっているっていう情報が前からあるんだ。具体的には誰かは知らないが」
「ああ、それは今調べている」白髪の男性がうなづくとさらにこう付け加えた。
「時間警察の幹部が政府の要人に会って頻繁に裏金を渡している情報がある。君達にはその現場を押さえて欲しいんだが
 なかなかうまくはいっていないようだ」
「オレ達が動ける範囲には限界があるんだ」ボスは再び画面を見ると、続けてこう訴えた。
「オレ達のいるエリアで裏金を渡しているのなら機会はいくらでもあるが
 もし範囲外でやっているとしたらどうしようもない。それはあんたも分かってるだろう?」
「ああ、それは十分分かっている」白髪の男性は平然と答えた。
「だから時間警察にいる警官をこちらの味方につけようとしている。最近新しく入った警官の数人はこちらから派遣している。
 もう少しすれば味方の警官も増えるだろう」
「味方の警官か。もうこっちに来てるのであれば教えてくれないか?」
「分かった。後で画像と名前を送っておく」



蒼太が白髪の男性とボスとの会話を黙って聞いていると、白髪の男性が蒼太を見た。
「蒼太くん、話を聞いてある程度は分かったと思うが、時間警察の不正を掴んで欲しい。具体的な方法はそこにいる
 人達に聞くんだ。今どうやっているか状況を含めてね」
「わ、分かりました」
蒼太が答えると、白髪の男性は今度はボスの方を向いた。
「じゃ、後はよろしく頼む。また動きがあったら連絡する」
「ああ」
画面が消え去るとボスは再び時計の画面に触れ、画面の灯りを消した。



時間警察の不正か、どうやらすぐには出られそうにないな。
千尋さんにはすぐ戻って来るって言ったけど、この状況じゃ・・・・・・。



蒼太が考えていると、側にいたボスが話しかけてきた。
「どうした?何か心配事でもあるのか?」
「え、あ、いや・・・・・すぐ出られると思ってたので、思っていたより時間がかかりそうで」
「すぐ出られるって、「J」から言われて来たのか?」
「いえ、違いますけど。詳しいことはあまり聞いてなかったので」
「そうか」ボスはその場でゆっくり立ち上がると、蒼太に続けてこう言った。
「奴等の不正を暴くのはそう簡単な事じゃない。向こうもバレないように必死だ。だからある程度時間がかかるのは仕方がない。
 でもいずれは奴等も油断する時がある。その時を待つしかない。そうだろう?」
蒼太が黙ってうなづくと、後ろから隼人の声が聞こえてきた。
「あともう少しで自由時間です」
「分かった」ボスは隼人の方を向くと、右手を前にいる蒼太の右肩に置きながら隼人に言った。
「時間になったらこいつを案内しろ。隅から隅まで・・・・どこに何があるのかまで話しておくんだ」
「分かりました」
 


それからしばらく経ったある日。
蒼太が鉄格子の中で座っていると、突然警官がやって来た。
「面会だ。入口のところまで来い」
蒼太は黙って立ち上がると、入口へと歩き始めた。



蒼太が面会室の中に入り、ガラスの向こう側にいる人を見た途端驚いた。
「千尋さん・・・・・・・」
「蒼太さん」蒼太の姿を見た途端、千尋は椅子から立ち上がった。
蒼太の姿をガラス越しにじっと見つめている千尋に、蒼太は戸惑いながら
「千尋さん、どうしてここに・・・・・?」
「蒼太さんの事が心配で来たの。でも元気そうでよかった」
「とりあえず座って」蒼太が椅子に座りながら千尋に聞いた「どうして分かったの?オレがここにいるって」
千尋は椅子に座ると蒼太を見ながら
「国時さんに聞いたの。そしたらここにいるって聞いて」
「そうなんだ・・・・・」
蒼太がそう言った後、2人の間に沈黙が走った。



シンとした空気に蒼太は何を話せばいいのか分からなかった。
せっかく千尋さんが来てくれたのに、何を話せばいいんだろう。
どうしたらいいのか分からず黙っていると、千尋が蒼太にこう切りだした。



「蒼太さん、元気そうでよかった・・・・もしかしたら会えないんじゃないかって思ってた」
「え、そ、それは・・・・どうして?」
「前に逮捕されてなかなか出て来れなかったって聞いてたから。それに時間警察が会わせてくれないんじゃないかって思って」
「そんなことないよ。今こうして会えてるじゃないか」蒼太は首を振った「国時さんは毎週のように来てくれてるし」
「そうなの」千尋は蒼太の顔を見るとこう言った「蒼太さん、いつここから出られるの?」
「そ、それは・・・・・・・」
千尋の言葉に蒼太は何も言えず、思わず後ろにいる警官の方を振り返った。



本当の事を言いたいけど、後ろには警官がいる。
それに千尋さんに話してしまったらどうなるか分からない。
でも、オレが出てくるのを千尋さんが待っているとしたら・・・・・・・。



蒼太は千尋の方を向くと、ゆっくりと答えた。
「いつ出られるかは分からない。時間警察からも何も言われてないんだ。もう少しかかるかもしれない」
「そう・・・・・・そうなんだ・・・・・」
千尋ががっかりしたような声でそう言うと、再び部屋は重たい空気に包まれた。



千尋がうつむいているのを見ながら蒼太は考えていた。



いつここから出られるのか分からない状況のまま、これ以上千尋さんを待たせることはできない。
これ以上、彼女を巻き込みたくない。



蒼太はゆっくりと椅子から立ち上がった。
千尋が顔を上げて蒼太を見ると、蒼太は千尋を突き放すようにこう言った。
「千尋さん、悪いけどもうオレに会いに来ないでくれ」



それを聞いた千尋は戸惑いながら蒼太に聞いた。
「どうして・・・・・・どうしてそんな事を言うの?」
「オレはいつここから出られるのか分からない。オレの事を待っているよりも、自分の事を大事にしてくれ」
「蒼太さん・・・・・」
蒼太は千尋に背を向けると、後ろにいる警官に声をかけた。
そして警官と共に面会室を出て行ってしまった。



蒼太に冷たく突き放された千尋はショックを受けた。



どうして?やっと会えたと思ったのに。
どうしてあんな事を・・・・・・・。



失意の中、千尋がうつむいたまま建物から外に出ると、前から誰かが声をかけてきた。
「千尋さんですか?」
その声に千尋が顔を上げると、目の前には国時の姿があった。
「国時さん・・・・・・・」
「どうしたんですか?そんな顔して」千尋の顔を見た途端、国時は戸惑いを見せた「何かあったんですか?」
「蒼太さんが・・・・・」
「蒼太くんと何かあったんですか?とりあえずここだと何ですから、どこかに入りましょう」



2人は近くのカフェに入った。
千尋から面会室での話をひと通り聞いた国時はコーヒーカップを右手で持ち上げた。
そして一口すすると、コーヒーカップをゆっくりと受け皿に戻しながら静かに口を開いた。
「・・・・・そうですか、蒼太くんがそんなことを」
千尋は何も言わずうつむいていると、国時は千尋を見ながら続けてこう言った。
「でも、蒼太くんの言う通り、まずは自分の事を大事に考えた方がいいんじゃないかな」
「・・・・・・・・」
「千尋さん、今学生でしょう?そろそろ就活も始める時期じゃないかと思うけど」
「・・・・はい。そろそろ始めようとはしてますけど・・・・」
「なら、しばらくは就活に集中した方がいいですよ。とは言っても始めたら自然とそうなると思いますけど・・・・
 まずは自分の事を第一に考えて。蒼太くんも千尋さんの事を考えて言ったんだと思いますよ」
「私の事を・・・・・?」
千尋が顔を上げると、国時はうなづいて
「ええ、毎週蒼太くんに着替えの服とか持って行ってるんですけど。話をするといつも千尋さんの話が出てくるんですよ。
 いつ出られるのか分からないから、千尋さんにはオレの事で負担をかけたくないってね」
「蒼太さんがそんな事を・・・・・」
「蒼太くんはあなたの事を大事に思っているんですよ。だからわざと冷たくしたんじゃないかな」



蒼太さんが私の事を・・・・・・・。



千尋が黙っていると、国時は再びコーヒーカップを右手に持った。
「だから千尋さん、今は自分の事を大事にしてください」
そしてコーヒーを一口すすると、続けてこう言った。
「もし蒼太くんの事を大事に思っているのであれば、蒼太くんが出てくるのを気長に待っていてください。
 今は難しいかもしれませんが、きっと出てきます・・・・・・出て来る時にはまた連絡しますから」
「・・・・・・」
千尋が黙っていると、国時はコーヒーカップを受け皿に置きながら
「千尋さん、コーヒーが冷めてしまいますよ。それともコーヒー嫌いでしたか?」
「え、あ、いえ・・・・・いただきます」
千尋は戸惑いながらもコーヒーカップに手を伸ばした。



それから4年が経過した。
千尋は社会人になり、仕事が忙しく、蒼太になかなか会いに行く時間がなかった。
蒼太が時間警察から出たという連絡もなく、国時からも連絡がない。



週末になり、千尋は自分の部屋で休日を過ごしていた。
ソファに座ってテレビを見ていると、突然画面が大きく乱れ始めた。



どうしたのかしら、今までこんな事なかったのに。



千尋が立ち上がろうとすると、画面が再び映った。
画面の中央には女性が1人、マイクを持って立っている。



どうしたのかしら、さっきまで別の番組を見ていたのに。



千尋が戸惑っていると、画面の女性が話し始めた。
「番組の途中ですが、ここでニュースをお伝えします。今まで時間旅行の治安を守ってきた時間警察が解体されることになりました。
 時間警察に代わり、新しい組織が本日発足されることになりました。これからその代表が演説を始めるということです。
 その演説を特別番組としてこのままお送り致します」



え・・・・時間警察が解体って?なくなるってこと?
新しい組織って・・・・・・?



突然のニュースに千尋は驚きながら、画面を見つめていた。



そのニュースは蒼太がいる時間警察の本部にも伝わった。
食堂内で蒼太が食事をトレイに乗せて歩いていると、前にあるテレビ画面がニュースを伝えている。



時間警察がなくなるって・・・・・・?
そんな様子、全くないけど・・・・・・どうなってるんだ?



蒼太が画面を見ていると、右側から声が聞こえてきた。
「おい、蒼太!こっちだ」
蒼太が右を向くと、ボス達3人がトレイを持ったまま蒼太に近づいてきた。
ボスはテレビ画面を見ながら
「ようやくこれでオレ達もここから出られるな」
「え?出られるって・・・・・・何かあったんですか?」
蒼太がボスを見ていると、ボスの隣にいる玲央が
「どうやらこことは別のところで、事件があったらしい・・・・・時間警察の幹部と政府要人が会ってたのを警官が見つけた」
「え・・・・・・・?」
すると蒼太の隣にいる隼人が
「幹部が裏金を渡しているところを、警官が摘発したみたいです。証拠写真と画像が政府に渡ったとも言われてますよ」
「じゃ、ここはどうなるんですか?時間警察がなくなるとすると」
「今テレビで言ってるように、新しい組織に変わるみたいだな」
ボスは画面を見ながら、トレイにあるパンを右手に取った。
「新しい組織・・・・・・新しい組織の代表って?」
「これから出てくるだろう。誰が出て来るかテーブルで食事しながらゆっくり見よう」
ボスがパンを食べながら言うと、4人はゆっくりとその場を離れた。



千尋が画面を見続けていると、再び画面が切り替わった。
新しい組織のエンブレムらしきものが写り、下の部分には組織の名前なのかアルファベットが横に並んでいる。
エンブレムの前には演説台が写っている。



すると女性の声が聞こえてきた。
「この後、こちらで新組織の代表が演説を行います。新しい組織の名前は「国際時空捜査機関」略して「ISIA」です。
 この「ISIA」は国際組織機関で、海外では既に多くの国がこの機関に属しており、今回政府が「ISIA」に属することを
 決定致しました・・・・・・・」



国際時空捜査機関か。時間警察に代わって今度は国際組織がタイムトラベルの監視とかをするのかしら。
国際組織って・・・・・時間警察は国際組織じゃなかったってこと?



千尋が画面を見つめていると、再び女性の声が聞こえてきた。
「それでは準備が整ったようです。国際時空捜査機関の代表演説をお送りします。代表は先日交代したばかりで
 今回就任後、初の演説となります。ジュール・進一・フィッツジェラルド代表の演説をお送り致します」



女性の声が途切れると、画面の左端から1人の男性が演説台へと歩いて来るのが見えた。
そしてその男性の顔が映し出された時、千尋は驚いた。
代表は白髪の男性だったのだ。



え・・・・・・あのおじさんが? 国際組織の代表・・・・・!?



千尋が信じられないと思いながら画面を見ていると、白髪の男性の姿がさらにクローズアップされた。
白髪の男性が画面の方を向くと、誰かに話しかけるように話し始めた。



「お嬢さん。お嬢さん」



え・・・・・?
誰かに話しかけてる。
誰に向かって話してるのかしら。



千尋は何気にそう思っていると、白髪の男性が再び呼びかけてきた。



「お嬢さん。この放送を見ているそこのお嬢さん」



え?この放送を見ている・・・・・?



千尋が戸惑っていると、白髪の男性はさらにこう呼びかけた。
「そこの白いソファに座ってる、白いブラウスに青色のスカートのお嬢さん。私の事を覚えているかな?」



え・・・・・・?
それを聞いた千尋は驚いた。
着ている服装までぴたりと当てはまっているからだ。



「おじさん?もしかして・・・・・何度も会っているあのおじさんなの?」
千尋が戸惑いながら画面に向かって話しかけた。
すると白髪の男性は微笑みながら深くうなづいた。
「やっと答えてくれましたか。この放送を見ていると思ってましたよ」
「え、でもどうして・・・・・・これって今放送中じゃ・・・・・・」
「確かに。今放送中だ」白髪の男性は平然と答えた「でも心配いらない。今時間を止めているからね」
「え・・・・時間を止めてる?」
「今動けるのは私とお嬢さんだけだ。それ以外は全部止まっている」



千尋は信じられないという様子で戸惑っていると、白髪の男性は千尋に呼びかけた。
「本当に止まっているのかどうか確認したかったら、時計を見てみるといい」



千尋はソファにあるスマホを取り、画面を見た。
画面には時刻が大きく表示されている。
千尋はしばらく画面を見てみたが、時刻は全く変わらなかった。



千尋は再び画面を見ると、白髪の男性に聞いた。
「確かにスマホの時計は動いてないけど・・・・・・本当に止まってるんですか?」
「まだ信じていないようだね」白髪の男性は演説台から離れると、画面から姿を消した。
しばらくして画面が動き出し、大勢の人々が映し出されると白髪の男性の声が聞こえてきた。
「それならこれはどうでしょう。演説を聞きに来た記者や関係者の人達だ」



千尋が画面を見てみると、違和感を感じた。
大勢の人達が椅子に座っているが、誰も動いている様子がない。
中には今から座ろうとしている人もいるが、動きが途中で固まったように止まっている。
さらには拍手をしている人や席の横の通路を歩いている人の動きも止まっている。



本当だわ・・・・・みんな動きが止まってる。



千尋が画面を見ていると、再び画面が動き出した。
そして画面が演説台を再び映し出すと、白髪の男性が演説台に戻ってきた。



「ようやく信じてもらえましたか?」
白髪の男性が話し始めると、千尋はうなづいた。
「時間を止められるって、本当だったんですね・・・・・おじ・・・いえ、ジュールさん」
「おじさんでいいですよ」白髪の男性は微笑みながら答えた。「その方が慣れているから」
すると千尋は戸惑いながら
「でも、全く知らなかったんです・・・・・ジュールさんが偉い人だったなんて」
「いいえ、ちっとも偉くなんかないですよ」白髪の男性は首を振ると、こう続けた。
「それにさっき代表になったばかりですから。でも私は今まで通り、お嬢さんにとってはただのおじさんです。
 だから今まで通り、おじさんって呼んでください」
白髪の男性が千尋に向かって優しく微笑みかけると、千尋は戸惑いながらもうなづいて
「あ、あの・・・・ところで私に何か用があるんですか?」
「ああ、そうだった」白髪の男性が思い出したようにそう言った。「大事な話をするのを忘れるところだった」
「大事な話?」
「そうだ。お嬢さんに謝らなければならないことがあってね。この場を借りて話をしようと思って」
「謝らなければならないこと・・・・・・?」
「蒼太くんの事だ。覚えているかな?数年前大地震があったことを・・・・・・・」
千尋が思い出そうと頭を巡らせていると、白髪の男性がゆっくりと話を始めた。



「あんたは一体・・・・・・何者なんだ?」
蒼太の問いに白髪の男性はゆっくりと口を開いた。
「私はある国際組織機関の捜査員だ。時間旅行で不正や違反がないか捜査をしている」
「国際組織機関だって?それは時間警察とは違うのか?」
「全く違う組織だ」白髪の男性はきっぱりと答えた。「それに時間警察はこの国にしか存在しない」
「何だって・・・・・・!?」
「この国にしか存在しないことをいい事に、時間警察は今、1部の上層部を含めて自分達の都合のいいように行動している。
 彼等の不正はここ数年、だんだんとエスカレートしている。彼らはこの国を自分達の思いのままにしようとしている」
「・・・・・・・・」
「この大地震もその一例だ。本来であればこんなことは起こらないはず・・・・・彼らは近隣のならず者国家と結託し
 この国を手に入れようとしているのだ」
「そ、そんな・・・・・・・」
白髪の男性の話を聞いた蒼太は愕然とした。
「政府は・・・・・政府は何をしているんですか?時間警察の動きに気付いていないんですか?」
「全く気付いてはいない」白髪の男性は首を振った。
「それに政府には時間警察寄りの議員が何人かいる。このままでは政府が時間警察に乗っ取られるかもしれない」
「・・・・・一体、どうすればいいんですか?どうすれば今の状況がよくなるんですか」
「時間警察の不正を暴くしか方法はない」白髪の男性は蒼太に近づいた。
そして目の前まで来て止まると、ゆっくりと右手を蒼太に差し伸べた。
「蒼太くん、時間警察に不満があるのなら・・・・・・一緒に彼らの不正を暴いてみないか?」



蒼太がどうするか考えていると、後ろで大きな音が聞こえてきた。
2人が後ろを振り返ると、大きな波が建物を飲み込み、ゆっくり後ろへと波が引いていく。
建物は窓という窓を全て壊しながらもその場に残っていた。



蒼太は白髪の男性の右手を取った。



白髪の男性の話をひと通り聞いた千尋はしばらくして口を開いた。
「それじゃ、蒼太さんは・・・・・・・全てを知ったうえで時間警察に逮捕されたんですね」
「そうだ」白髪の男性はうなづいた。「お嬢さんにも本当の事を話そうと思っていたんだが・・・・・・」
「お嬢さんじゃないわ。千尋っていう名前があるの」
「これは失礼しました」白髪の男性は深々と頭を下げた。
「千尋さんにはいずれ本当の事を話そうと思っていた。でも色々な事情があってなかなか話せないでいた。
 蒼太くんには誰にも話さないでくれと口止めをしていた。千尋さんにも話さないでくれと・・・・・
 その結果、蒼太くんや千尋さんに辛い思いをさせてしまった。本当に申し訳ないと思っている」



千尋は時間警察の面会室での蒼太の事を思い出していた。



そうだったんだ。
あの時、時間警察の警官がすぐ後ろにいたから蒼太さん何も言えなかったんだ。
だから私にあんな冷たい態度を・・・・・・・・。
蒼太さん、とても辛かったんだ。



蒼太の面会室での行動に、千尋はようやく納得がいった。



「今回、時間警察の首謀者が炙り出され逮捕することができた。これで全てが終わってやっと千尋さんに話をすることができた。
 蒼太くんを長い間拘束し、本当に申し訳ない」
白髪の男性が深々と頭を下げると、千尋は首を振った。
「そんな・・・・・蒼太さんが自分で決めて行動した事ですし、謝られても・・・・・謝るなら、蒼太さんに謝ってください」
「もちろん、後で蒼太くんには謝るつもりだ」白髪の男性が顔を上げると、続けてこう言った。
「この後、私の演説がある。演説が終わる頃、蒼太くんは釈放されるだろう」
「え・・・・・・・?」
「私の演説が終われば、時間警察は解散となる。今時間警察に収容されている者は政府の恩赦で全て釈放される。
 とは言っても1部の極悪人は我々の管理下に置かれる事になるが・・・・・・」
「え、じゃ、じゃ・・・・・・・」
「釈放されて外に出て、誰もいないのは寂しいだろうから、今すぐ蒼太くんを迎えに行ってあげなさい」
白髪の男性が微笑みながら千尋に言うと、千尋は深くうなづいた。



白髪の男性は右手に嵌めている時計を見た。
「もうこんな時間か。10分以上は経ってる・・・・・そろそろ時間を元に戻さないと」
「おじさん、あまり時間を止められなかったんじゃ・・・・・・」
出かける準備をしながら千尋は白髪の男性に聞いた。
すると白髪の男性は千尋の方を向いて
「以前はそうだったんだが、それは時間警察の力によって抑えられていたことが分かった。今はすっかり本来の力を取り戻し
 自分の希望通りに時間を止められるようになった」
「そうだったんですか」千尋はカバンを持つと、画面を見た。「それじゃ私はそろそろ行きます」
「ああ、気を付けて」
白髪の男性が微笑みながら千尋を見ていると、千尋が寂しげな表情でこう言った。
「また・・・・・どこかでまた会えますよね?」
「ああ、またそのうち・・・・・きっとどこかでまた会えるだろう」
白髪の男性がうなづくと、千尋はうなづきながら微笑んだ。
「じゃ、また会いましょう。おじさん」
「また会いましょう。ごきげんよう、お嬢さん」
白髪の男性がそう言った後、2人は画面を通じて微笑みを見せた。
そして千尋は画面を消すと、部屋を出て行くのだった。