新たなる未来

 



演説台に立っている白髪の男性は正面を見ていた。
時が戻り、演説を待っている聴衆の目が白髪の男性に向いている。
静かになり、ピンと張り詰めた空気の中、白髪の男性がゆっくりと話し始めた。



「本日はお忙しい中、お集まりいただきありがとうございます。本日、国際時空捜査機関の代表に就任致しました
 ジュール・進一・フィッツジェラルドです。よろしくお願いいたします。
 会場に入る時に皆さんデータ画像を受け取られたと思いますが、そこには私の略歴が記載されております。後でご覧になってください」



千尋が建物の前で待っていると、千尋の前に1台の黒い車が止まった。
後部座席のドアが開かれると、千尋は車に乗り込んだ。
「すみません、時間警察本部までお願いします」
千尋が前の座っている運転手に声をかけると、運転手が千尋の方を振り向いた。
「時間警察本部?もうナビのデータには載ってないですけど・・・・・・・」
それを聞いた千尋は戸惑いながら
「え・・・・でもまだ建物は時間警察本部のままじゃ」
「ナビのデータは変更があればすぐ更新されるから。旧時間警察本部なら出るかもしれない」
運転手がナビで探そうと前を向くと、千尋は慌てて
「あ、私場所分かります。案内しますから行ってください」
「そうですか、すみません」
運転手がハンドルを握ると、車は静かに走り出した。



しばらくすると千尋の目の前にある画面に、白髪の男性の姿が映し出された。
演説が始まったのか淡々と話をしている。
千尋は演説を聞き流しながら、ふと窓の外を見た。



街のあらゆる場所に大きな画面があり、画面は全て白髪の男性の演説になっている。



いつもはそれぞれ違う映像を流してるのに、今日はみんな同じだなんて・・・・・。



千尋がそう思っていると、運転手が話しかけてきた。
「今はテレビや他の放送も、みんな同じ演説を流してる。演説が終われば元に戻りますよ」
「そうなんですか」
千尋が運転手の方を向くと、運転手はハンドルを握ったまま
「ところで次の信号はまだまっすぐでよろしいですか?」
「あ、はい。まだまっすぐで大丈夫です」
そう答えると、千尋は再び画面の白髪の男性の姿を見ていた。



会場では白髪の男性の演説が続いていた。
「・・・・今のこの組織に入る前、私はこの国に住んでいたことがあります。母親がこの国の人でしたので、母親が亡くなるまで
 一緒に住んでいました。その頃はまだ時間警察は存在していなかった時で、ある政府の調査機関で働いていました。
 その頃、今回の事件の首謀者である者と出会いました。後で警察から発表があると思いますが、ここではKという名前にしましょう。
 Kとは同じ仕事仲間として仲良くしていましたが、ある不祥事が発生しました。調べてみるとKが関わっていることが分かったのです。
 私は上層部に知らせようとしましたが、その前にKがその事に気づき、私がその不祥事の首謀者としてKが上層部に報告したのです。
 Kにはめられた私はその調査機関を辞めざるを得ませんでした」



それを聞いた聴衆が少しざわつきだした。
それを見た白髪の男性は咳払いをすると、ざわつきは収まり再び静かになった。
白髪の男性は再び話を始めた。



「私がテロリストだというデタラメな噂まで流れて、この国にいられなくなった私は海外に行きました。
 あらゆる国を渡り歩きながら、次の仕事を探しましたが、これといった仕事が見つかりませんでした。
 最後に父親が住んでいたという国に行き、今の組織の初代代表と偶然出会い、それがきっかけで今のこの組織に入ることになったのです。
 それからいろんな国に行き、活動をしていましたが、この国で怪しい動きがあるという情報があり、私は再びこの国にやってきました。
 その頃には時間警察という、この国独自の組織があるのを知ったのです。時間警察という組織はこの国にしかありません。
 時間警察という組織を調べていくうちに、不当逮捕や裏金が横行し、それがだんだんとエスカレートしているのが分かりました。
 そしてその不祥事の首謀者を調べていくうちに、それがKだということが分かったのです。そこで私はあらゆるところから情報を掴み
 さらに味方を集め、今回の政府への裏金発覚につなげることができました」



「また時間警察の一連の不祥事に関する情報は政府や警察には提出してありますので、今後は司法に預け、適正な司法判断を下して
 いただきたいと思います。また今回の事件では大勢の人達の協力がなければ解決できませんでした。
 またこちらが予想していたよりも多くの時間がかかり、関わってきた人達に迷惑をかけてしまいました。この場を借りて感謝と
 お詫びをしたいと思います。申し訳ございませんでした」



白髪の男性は深々と頭を下げた。
しばらくして頭を上げると、白髪の男性は正面を向いたまま再び話を始めた。



「今は世界を移動できるだけではなく、過去や未来を移動できる時代です。しかしそれが出来るのはしっかりとしたルールのもとで
 成り立っています。今回時間警察はこの国を自分達の思うがままにしようと、過去を変えようとしていました。
 その影響で皆さんが知らないところで様々な事が起こりましたが、我々が過去を修正し、事なきを得ることができました。
 悪意を持った者がルールを乱し、過去や現代を変えられてしまうと、この世界にいるすべての人々の人生が変わってしまいます。
 それは人々の生死にもかかわることです。過去や現代は自分の都合のいいように変えてはなりません」



「皆さんのなかには、自分の未来を見に行き、思い通りの未来ではなかったと不満を言う人もいるでしょう。
 こんなはずじゃなかったと思っているのであれば、今からそれを変えていけばいいのです。
 過去を変えることはできませんが、未来なら自分で変える事ができます。
 今、自分がどんな未来を描きたいのか?自分は将来何をしたいのか?
 それがはっきりしているのであれば、それに向かってまっすぐに進んでいけばいいのです。
 たとえ今、何をしたいのかが分からなくても、やがて自分のやりたい事が見つかるでしょう。
 思い通りの未来にしたいのであれば、今努力していけば、希望の未来に近づくことができるでしょう」



「また時間警察は、自分達の思い通りにしょうと、自分達に都合のいい規則を作り、反抗的な人々を不法に拘束していました。
 この地球上にいる全ての人々は様々な生き方や思想があり、それぞれの思いを持って生きています。動物や他の生き物も同様です。
 生まれながらに持っている個々の権利や思想を、赤の他人が自分の都合よくつぶしてはいけないのです。
 自分に都合の良い考えを、全ての人に押し付けてはならないのです」



「人は生まれながらに平等で、他人を思いやる心を持ち、穏やかで優しく、愛にあふれた明るい人生を過ごしたいはずです。
 ところが今はどうでしょうか?
 あらゆるものにあふれ、便利になった一方で、人々の心は常に余裕がなく、どこか冷たく、ギスギスしています。
 人とのふれあいも面倒になって疎遠になり、他人を思いやる心がなくなり、自分の事しか考えなくなっているのです。
 そこから差別や貧困が生まれ、人々は憎しみ、恨み、怒りであふれ、争い事が起きるのです。
 そんな世界になってしまったのは自分達、人間のせいなのです」



「しかしこれからは心を改め、常に相手の立場で物事を考え、相手を思いやる心で人と接していけば、憎しみや悲しみ、争い事はなくなります。
 愛にあふれた、自由で楽しい人生が過ごせるはずです」



「我々は微力ながら、皆さんが安心して時間旅行ができるようにこれから政府や警察と協力しながら、時間旅行のルールの見直しを行いたいと
 思います。皆さんからのご意見もお受けして、皆さんで新しいルールを作っていきたいと思います。
 私の話はこれで終わりになります。ありがとうございました」



白髪の男性が頭を下げると、聴衆の大きな拍手と歓声が会場中に響き渡った。



演説が終わり、しばらくすると蒼太は建物を出た。
政府の恩赦により釈放されたのである。



蒼太は立ち止まり辺りを見回した。
外には蒼太以外、誰もいない。



誰にも連絡していないから、誰も迎えになんか来てないよな。
今日になっていきなり決まったことだし。
とりあえず家に帰るか。



そう思いながら歩き出すと、遠くから蒼太の方に向かって走ってくる人影が目に入った。
その人影がだんだんと近づいてくるにつれ、誰か分かると蒼太は驚きながら声を上げた。
「千尋さん!」



蒼太の声に気が付いた千尋はさらにスピードを上げた。
「蒼太さん!」



蒼太も千尋に向かって走り出した。
そして千尋の体を受け止めるように抱きしめると、千尋は蒼太の体を包みこむように抱きしめた。
「蒼太さん、会いたかった・・・・・」
「千尋さん・・・・」
2人はしばらくの間、何も言わず抱き合っていた。



「千尋さん、どうしてここに?」
蒼太が千尋から離れると、千尋は蒼太の顔を見ながら
「あのおじさんが教えてくれたの。「誰も迎えに来ないのは寂しいから、迎えに行ってくれ」って」
「そうだったんだ」
「おじさん、謝ってたわ。「辛い思いをさせて申し訳なかった」って・・・・、蒼太さんにも謝るって」
「ああ、オレにも謝ってた・・・・・演説前に、時間を止めて」
「そうだったんだ・・・・・」
千尋は再び蒼太に抱きついた。



蒼太が戸惑っていると、千尋は蒼太の体を抱きしめたまま
「蒼太さん、もうどこにも行かないで・・・・・寂しかったんだから、ずっと待ってたんだから」
「千尋さん・・・・」
千尋の言葉を聞いた蒼太は思わず千尋を強く抱きしめた。
「ごめん。寂しい思いをさせて。もうどこにも行かない。千尋さんの側にずっといるよ」



すると千尋は蒼太から離れた。
「本当に・・・・・約束してくれる?」
蒼太を見つめている千尋に蒼太は深くうなづいた。
「約束する。もう千尋さんから離れない・・・・・千尋さんをずっと離さない」
「蒼太さん・・・・・」
2人はお互いを見つめ合い、だんだんと距離を近づけていった。



2人がもう少しで唇を重ねようとした時、2人の後ろで車が止まる音がした。
「蒼太くん!」
その声に2人が驚いて、声が聞こえてきた方を向くと、車から国時が降りてきた。
「国時さん・・・・・・どうしてここに?」と蒼太
「千尋さんも一緒でしたか」千尋の姿を見た後、国時は蒼太の方を向いた。「演説が終わって、釈放されるって聞いたから・・・・」
「そうだったんですか。帰ろうと思ってたところです」
「千尋さんにも連絡したんですけど、なかなかつながらなかったみたいで」
「え、ごめんなさい」国時に言われ、千尋は戸惑った「気づかなかったみたいで・・・・・・・」
「いいんですよ。こうして会えたんですから」
国時は千尋に優しくそう言うと、続けてこう言った。
「蒼太くんが無事に出て来れたんですから、これから3人でお祝いでもしませんか?」
「国時さん、この辺りのお店知ってるんですか?」と蒼太
「よく分かりませんけど、ナビを使えば分かるでしょう。行きましょう」
3人は車に乗り込むと、車はゆっくりと動き出した。



3人を乗せた車がその場を去ったところで、映像が消えた。
「終わっちゃった・・・・」
黒髪の長髪で、青いワンピースを着た女の子が1冊の本を閉じた。
するとそれを見た千尋が声をかけてきた。
「ちょっと、ひかり。またそれを見てたの?」
「あ、お母さん」ひかりは千尋を見て、続けてこう言った。「だって面白いんだもん。お母さんとお父さんのなれそめの話」



あれから十数年後、千尋は結婚し子供と一緒に暮らしていた。



ひかりはうらやましそうに
「いいな、お母さん。お父さんとドラマティックな出会いをして・・・・私もこんな出会いをしたいな」
「ひかりにはまだ早いわ。まだ中学生でしょ。大きくなったらそのうち出会いがあるわよ」
千尋はひかりから本を取り上げると、ひかりに続けてこう聞いた。
「これから出かけるのに、準備したの?」
「できてるわよ、あとはお父さんと蒼空の準備待ち」
すると部屋に小学生くらいの男の子が入ってきた。
「あ、蒼空。準備できたの?」
ひかりが蒼空に聞いた途端、今度は蒼太が部屋に入ってきた。
「おい、準備できたぞ。そろそろ出かけよう」
「準備できたって。行こう!お姉ちゃん」
蒼空が部屋を出て行くと、それに続いてひかりも部屋を出て行った。



子供2人がいなくなると、千尋は心配そうに蒼太に聞いた。
「大丈夫だったの?いきなり蒼空が恐竜を見たいって言いだしたから・・・・・」
「なんとか大丈夫」蒼太はうなづいた「ぎりぎりだったけど、なんとかガイドの予約が取れたよ」
「よかった・・・・ダメだったらせっかくの旅行をキャンセルするところだったわね」
「ああ、なんとか頼み込んで、うまく調整してもらったよ」
「そろそろ時間だから行きましょう。最初の予約に間に合わなくなるわ」
「それは困る・・・・そろそろ行こう」
2人は部屋を出て行った。



家の外に出ると、2人は子供達が乗っている車に乗り込んだ。
車は静かに動き出すと、数メートル先で姿を消した。