星の鏡シリーズ番外編  森のこもれび2

 



若い僧侶は緑色の短髪の男性が近づいてくるのを見ていた。
全身緑色の服で身を包み、細身で背が高い男性に、若い僧侶は違和感を感じた。



こんな人気がなさそうな森の中に人がいるなんて、なんだかおかしい。
それに・・・・・。



若い僧侶は緑色の短髪の男性の目を見た。
見た途端、若い僧侶はあることに気が付いた。



この目、さっきのドラゴンの目と同じような目つきをしている。
それにドラゴンに変身する前のあの緑色の光。
この男と何か関わりがあるのか、それとも同じ人物なのか・・・・・・。
同じ人物であれば一体、どれが本当の姿なんだろうか。



緑色の短髪の男性が2人の前で止まると、若い僧侶が声をかけた。
「あなたはこの森に住んでいるお方ですか?」
すると緑色の短髪の男性はうなづきながら
「ここで何をしているんですか?それにその子供は・・・・・」
「この子があの崖から飛び降りてきたので、それで助けようとここまで走ってきたのです」
若い僧侶は上にある崖を見上げながら説明すると、緑色の短髪の男性はうなづきながら
「そうだったんですか。その子供の父親ではなさそうですね」と若い僧侶の隣にいる男の子を見た。
「この森に住んでいるのなら、申し訳ないが家まで連れて行ってもらえないだろうか?
 さっき見たらケガはしてなさそうだが、念のため様子を見たい」
すると緑色の短髪の男性は男の子を見ながら
「そうですね。子供にケガがないかを見るのが先です。手当ができるところへ移動しましょう」
「ありがとうございます」
若い僧侶は礼を言うと、隣にいる男の子に声をかけた。
「歩けるか?」
男の子は黙ってうなづき、ゆっくり歩き始めると、あとの2人も続いて歩き出した。



数時間後。
3人は山の洞窟の中にいた。
近くには川があり、若い僧侶は水筒に水を入れると、洞窟に戻ってきた。
若い僧侶は洞窟の岩の壁に寄りかかって座っている男の子の側に行くと、水筒を差し出した。
「喉が渇いてないか?」
男の子は水筒を受け取ると、そのまま口元へ近づけ、水を飲み始めた。
喉が渇いていたのか、一気に水筒を上に上げて水を飲み干してしまうと、水筒を下に降ろした。
そして黙ったまま水筒を若い僧侶に戻すと、若い僧侶は思わず笑みを浮かべた。
「よほど喉が渇いてたんだな。もしかしてお腹が空いてるのか?」
男の子は黙ったままうなづくと、若い僧侶は何度もうなづきながら
「そうか。あいにくだが食べ物は持ってない。私もここ数日何も食べていないから・・・・もっと水を飲むか?」
男の子がうなづくと、若い僧侶は再び川へと向かった。



再び洞窟に戻り、若い僧侶は男の子に水筒を渡すと、右隣に座った。
男の子が水筒の水を飲んでいる姿を見ながら、若い僧侶が聞いた。
「ところで、どうしてあの崖から飛び降りたんだ?」
「・・・・・・」
男の子は黙ったまま、そのまま水を飲み続けている。
若い僧侶は聞き方を変えた。
「お父さんとお母さんは一緒じゃないのか?この近くに家はあるのか?」
すると男の子の動きが一瞬止まった。
水筒を口から離し、水筒を下に降ろすと、ゆっくりとこう言った。
「いない・・・・・いないんだ」
「え?」
「いないんだ。お父さんとお母さん」
若い僧侶はその言葉に衝撃を受けた。
「どうして・・・・・どうしていないんだ?」
「分からない」男の子は首を振った。「おじさんやおばさんはみんな言うんだ。「お前にはお父さんもお母さんもいない」って」
「おじさん?じゃそのおじさんやおばさんはどうしたんだ?誰がここに連れて来たんだ?」
「おじさんとおばさんと一緒に来た。でも誰もいなくなって・・・・・・」
「誰もいなくなった・・・・・一緒に来たのに?」
「うん。森の中で遊んでいいよって言ったから、遊んでたら誰もいなくなって・・・・それで・・・・」
男の子が話をしている途中、後ろから緑色の短髪の男性が洞窟に入ってきた。
「それ以上は聞かない方がいいと思いますよ」



若い僧侶は緑色の短髪の男性を見ると、緑色の短髪の男性は2人に近づいた。
そして男の子を見ながら
「とても辛かったでしょう・・・・でももう大丈夫ですよ。私達がついています」と右手からあるものを差し出した。
男の子は緑色の短髪の男性の右手を見ると、たくさんの木の実が乗っている。
男の子は木の実を見ながら
「これ、食べていいの?」
「全部食べられますよ。お腹が空いているでしょう。全部食べていいですよ」
「ありがとう」
男の子は木の実を全部取ると、ひとつずつ口に入れ始めた。



それを見た若い僧侶は緑色の短髪の男性を見た。
するとそれに気が付いた緑色の短髪の男性が聞いた。
「あなたも森の木の実を食べてみますか?」
「いいや、いい」若い僧侶は断った。「それにさっき川の水を飲んだばかりだ」
「そうですか。さすがはお寺の僧侶さんですね。断食も慣れていらっしゃる」
「どうしてそれを・・・・・まだ何も話をしていないのに」
「身なりでそれなりに分かりますよ」緑色の短髪の男性は若い僧侶の袈裟を見ながら、続けてこう言った。
「それに普段見ない者が森に入ったら、すぐに分かりますから。その子供もそうですが」
「そういえば、さっきこの子の事を知っているような事を言っていたが、何か知っているのか?」
「詳しいことまでは分かりませんが、ある程度の事は知っています。さっきその子の記憶を見てしまいましたから」
「記憶・・・・?どういうことだ?」
若い僧侶が戸惑い聞き返すと、緑色の短髪の男性は若い僧侶に一緒に来るように手招きしながら
「一緒に来て下さい。ここだと少し話しづらいですから、場所を変えましょう」



2人は男の子から少し離れた場所に移動すると、緑色の短髪の男性が話を始めた。
「あの子の頭の中にある記憶を見ると、両親とは小さい頃に別れたみたいです。どうやら親戚の方々に面倒を見てもらっている
 ようですね」
「それはさっきあの子から聞いた」若い僧侶は後ろにいる男の子をちらっと見た。「それで他に何を見たんだ?」
「親戚の方々にはあまり面倒を見てもらえていないようです。やっかい者扱いされて親戚中の家をたらい回しされていたようです。
 辛い記憶しか残っていませんでした」
「そうか・・・・・それでこの森に置き去りにされて、嫌になってあの崖から飛び降りようと」
「そうかもしれませんね」
2人は後ろを振り返ると、木の実を食べている男の子を見つめていた。



しばらくすると若い僧侶は緑色の短髪の男性に聞いた。
「ところで、どうしてそんなことができるんだ?」
「え・・・・・何のことでしょうか?」
緑色の短髪の男性が聞き返すと、若い僧侶は緑色の短髪の男性を見ながら
「どうして人の記憶を見ることができるんだ?そういう能力があるのか?それに・・・・・」
「それに?」
「お前はあの子を崖から助けた、緑色のドラゴンなのか?」
緑色の短髪の男性の動きが一瞬止まった。



緑色の短髪の男性はしばらく黙っていたが、平然と話し始めた。
「あなたが崖で見たドラゴンは私です。でもそれは仮の姿・・・・・今ここで話をしているこの姿もね」
「仮の姿だって・・・・・・?じゃ本当の姿はどうなんだ」
「本当の姿は見せられません。たとえ今本当の姿を見せたとしても、あなたは私をとらえきれないでしょう」
「とらえきれない・・・・・?お前は一体、何者なんだ?」
「そうですね」緑色の短髪の男性は考えながら、続けてこう言った「この森の事ならなんでも知ってますから、管理者でしょうか?」



若い僧侶は何も言わないまま、緑色の短髪の男性を見ていた。



やっぱり崖で見たドラゴンはこの男だったのか。
今の姿も仮の姿だとすれば、この男は人間ではないことは間違いはない。
もしかしたらこの森の守り神なのかもしれない。
でも、守り神がそう簡単に人の前に出て来るものだろうか・・・・・。



「おじさん達、ここで何してるの?」
その声に気が付くと、男の子がいつの間にか2人の側にいた。
若い僧侶は男の子を見ながら
「2人で話をしていただけだ。もう全部食べたのか?」
男の子がうなづくと、若い僧侶はふと思いついてさらにこう聞いた。
「ところで名前を聞いてなかったな・・・・お前の名前は?」
「え・・・・名前?僕の名前?」
「そうだ。名前は?」
「僕はユリウス」
「ユリウスですか。いい名前ですね」緑色の短髪の男性は微笑みながらユリウスにこう言った「私の名前はカレヴィです」
「私の名前はドゥルーヴ・ガンディー」と若い僧侶
「僧侶らしい名前ですね。よろしく」
カレヴィは若い僧侶に右手を出すと、2人は握手を交わした。



「そうしてユリウスとカレヴィと出会ったわけじゃ」
和尚がひと通り話終えると、トイヴォはコップを床に置きながら
「それでユリウスさんとカレヴィさんと一緒に暮らすことになったんですか?」
「最初はそんなつもりはなかったんじゃ」和尚はトイヴォを見ながら答えた。
「ユリウスの話をカレヴィから聞くまでは、ユリウスを両親のいるところへ送り届けようと思っていた。
 でも両親がいないと聞いてな・・・・・・それに親戚からは疎まれていると知ったからには、親戚のところへは
 戻すわけにもいかない。それでどうにかできないか考えたんじゃ」
「それで、森で一緒に暮らすことになったんですか?」
「その通りじゃ」和尚はうなづいた。「森に住むことにしたのはいいが、それにはもうひとつ問題があったんじゃ・・・・」



夜になり、3人はそのまま洞窟に留まっていた。
若い僧侶は洞窟の入口で焚き木の燃えさかる火を見ながら、森で拾い集めて来た木の枝を火の中に入れている。
ユリウスとカレヴィは洞窟の中で話をしているようだった。



ここでこんなことをしているなんて想像もしていなかった。
それにあの小さな子供。
あの子と一緒にこの先を移動するわけにはいかない。
でもここに置いて行くわけにもいかない。
一体どうすれば・・・・・・・。



若い僧侶が考えを巡らせていると、後ろから声が聞こえてきた。
「火を見つめながら、何を思いつめたような顔をしているんですか?」
若い僧侶が後ろを振り返ると、カレヴィが焚き木の側にやって来た。



カレヴィは若い僧侶の右隣に来ると、顔を見るなりこう聞いた。
「これからどうしようか悩んでいるようですね。何をそんなに思いつめているんですか?」
「あの子のことだ」若い僧侶は洞窟を見ながら答えた「あの子を一緒に連れて行くかどうか・・・・・」
「ユリウスのことですか。ところでこれからどこか行く当てがあるんですか?」
「い、いいや・・・・・・行く当てはないが」
若い僧侶が首を振ると、カレヴィは微笑みながらこんなことを言った。
「なら、この森に住めばいいじゃないですか」



カレヴィの提案に若い僧侶は戸惑った。
「わ、私はそれでも構わないが、あの子がどう思うか・・・・・・」
「あなたは住んでもいいんですね?」カレヴィは確かめるかのように聞き返した「大丈夫ですよ。ユリウスもこの森が気に入るでしょう」
「でも、問題は住むところだ。このままここに居る訳にもいかないだろう」
「そうですね・・・・・」
カレヴィはそう言った後、洞窟を眺めながらしばらくの間黙り込んだ。
そして再び若い僧侶を見ると、こんなことを言った。
「それなら。この森の主に聞いてみましょう。この森のどこに住めばいいか・・・・・」



「この森の主?」
それを聞いた若い僧侶は思わず聞き返した。
「ええ、そうです」カレヴィはあっさりとうなづいた。「私よりも格上というか、とても偉いというか・・・神々しいお方です」
「そ・・・・そうなのか。てっきり私はあなたが森の主だと思っていた」
「私はこの森の事なら何でも分かりますが、主ではありません」
戸惑っている若い僧侶にカレヴィは続けてこう言った。
「そのお方はここの森だけではなく、全ての森・・・・森だけではなく、この世界の全てを知っているお方です」
「この世界の全て?」
「ええ、そうです」カレヴィはうなづきながらこう続けた。
「でもいつもこの森にいるわけではありません。世界中を回っているので・・・・でも呼べばすぐに来るはずです。呼んでみましょうか?」



若い僧侶がカレヴィに何か言おうとした時、洞窟からユリウスが出てきた。
「ユリウス、どうしたんですか?」
ユリウスが焚き木の前まで来て止まると、カレヴィがユリウスの顔を見た。
ユリウスは何かに怯えているような表情で、うつむきながら言った。
「・・・・眠れないんだ」
「眠れない?今まで洞窟の中で眠っていたんじゃないのか?」
それを聞いた若い僧侶がユリウスの顔を見ると、ユリウスは首を横に大きく振った。
カレヴィはユリウスの前に行き、ユリウスの顔を覗き込みながら
「きっと外で寝るのが怖いのでしょう。そうですよね?」
「違う」ユリウス首を振った「眠ろうとしても眠れないんだ」
「それはどういうことだ?」
若い僧侶が再び聞くと、ユリウスは怯えた顔のまま2人を見た。
「夜になるのが怖いんだ・・・・・夜になるとどこかから怒鳴り声が聞こえてくるんだ。それに・・・・」
「それに?」とカレヴィ
「夜は僕、眠っちゃいけないんだ。おじさんにいつも寝るなと言われてきたから・・・・少しでも僕が眠っていると怒鳴るんだ。
 それにお尻や顔を叩かれたり」
ユリウスの話を聞いた2人は驚いた。



カレヴィはユリウスの顔に右手を伸ばした。
そして顔にそっと触れると、顔を2,3度やさしく撫でながら
「そんなひどいことがあったんですね。つらかったでしょう・・・・・でも、もう大丈夫です」とユリウスを抱きしめた。
そしてユリウスの体をさすりながら
「もう誰もあなたを怒鳴ったり、叩く人なんていません。大丈夫ですからね」
「そうだ」2人を見ながら若い僧侶がうなづいた。「もう誰も怒鳴ったり、傷つける人はいない。お前は自由だ、ユリウス」



カレヴィがユリウスから離れると、ユリウスは若い僧侶に聞いた。
「・・・・本当?」
「本当だ。もうこれからは好きなことを、やりたいことを思いきりやればいい」
「その通りです」カレヴィもうなづいた「もしユリウスを傷つける人がいたら、私が許しません・・・あなたを守りますよ、ユリウス」
「もう夜も遅い。そろそろ寝ようか」
「そうですね」カレヴィはユリウスの体を抱き上げた「それでは先にユリウスと洞窟に行っていますよ」
「私は焚き木の片づけをしてからにする」
若い僧侶がゆっくりと立ち上がると、カレヴィはユリウスを抱き上げたまま洞窟へと向かった。



洞窟に入り、しばらくするとカレヴィはユリウスを地面にゆっくりと寝かせた。
「今は暗いですけど、朝になったら陽の光が当たって明るくなりますよ・・・・暗いのは怖くありませんか?ユリウス」
カレヴィの問いに、ユリウスは黙ってうなづいたがカレヴィの顔を見つめながら不安そうな声で
「・・・・カレヴィ、またすぐにここからいなくなるの?」
「1人でいるのが怖いんですね」
カレヴィはユリウスの不安そうな顔を見ながら微笑んだ。
「大丈夫ですよ、ユリウス。私はあなたが眠るまでずっとここにいますから」
「でも、眠れないんだ。それになんだかとても怖くて・・・・」
「なら、一緒に寝ましょうか」
カレヴィはユリウスの隣で横になると、ユリウスに近づいて抱きしめた。



カレヴィがユリウスを抱きしめた途端、カレヴィの体から緑色の光が出てきた。
ユリウスはそれを見た途端少し驚いたような表情を見せたが、緑色の光を見ているうちに眠そうな表情になってきた。



なんだろう、この緑色の光・・・・・・。
見ているととても安心する。



ユリウスはさらにカレヴィに包み込むように抱かれると、ユリウスの体はすっかり緑色に包まれた。



カレヴィの体、とても温かい。
それになんだかとてもいいにおいがする・・・・・・。



ユリウスはカレヴィの温かい体温を感じ、すっかり安心したのか
いつの間にまぶたが閉じ、すっかりと眠りについた。



しばらくするとユリウスを包み込んでいた緑色の光が2つに別れた。
1つはユリウスに抱かれる形でユリウスの両手の間に留まり、もう1つはユリウスから離れると、カレヴィの姿になった。
カレヴィはすっかり眠っているユリウスの寝顔を見ると、洞窟の外へと歩き出した。



若い僧侶は小さくなっていく焚き木の火を見ていると、後ろから誰かが来る気配を感じた。
「カレヴィか・・・・ユリウスは眠ったのか?」
若い僧侶は焚き木を見たまま尋ねると、カレヴィは若い僧侶に近づきながら言った。
「すっかり眠っていますよ。疲れていたようですね」
「そうか・・・・・カレヴィはこの後、どこかへ戻るのか?」
「いいえ、ずっとここにいますよ」カレヴィは若い僧侶の右隣で焚火を見ている「そろそろ洞窟に入らないんですか?」
「火が完全に消えてからにする」
若い僧侶はそう答えると、カレヴィの方を向いた。



カレヴィが若い僧侶の方を向くと、若い僧侶はこう言った。
「森の主に会ってみる・・・・・呼んでくれないか?」
するとカレヴィはうなづきながら
「分かりました。すぐには来れないかもしれませんが、早く来るようにお願いしておきます」
若い僧侶はうなづくと、焚き木の残っていた最後の小さな火が静かに消えた。