旅立ち
ある町の丘の上に、大きな病院がありました。
背が高く体格のいい1人の男性が病院の入口から出て来ました。
リハビリが長かったけど、やっと退院できた。
これでもうこの病院には来なくてもよさそうだ。
男性が振り返って入口を見ていると、後ろから女性の声が聞こえてきました。
「ヒロト!」
ヒロトが振り返ると、そこには茶髪で長髪の1人の女性がいました。
その女性を見た途端、ヒロトは顔がほころびました。
「リサ!来てくれたんだ」
ヒロトはリサのところへ走り出しました。
ヒロトはリサの側まで来ると、2人は抱き合いました。
「元気だったか?」
ヒロトはリサの顔を見つめると、リサもヒロトの顔を見つめながらうなづきました。
「うん。よかった・・・・・事故に遭った時はどうしようかと思ったけど、治って本当によかった」
「リハビリが予定より長引いたけどな」
ヒロトはリサから離れると、続けてこう言いました。
「でも間に合ってよかった。もう行く準備はしているんだろう?」
「う、うん」
リサが戸惑いながら返事をすると、ヒロトは気にせず
「ここだと暑いから、店に行こう。あいつがちゃんと店をやっているかも気になるし。車で来たのか?」
「うん・・・・そうね。お店が気になるでしょうから、車で行きましょう」
2人は駐車場へと歩いて行きました。
道路沿いにある大きなレストランの駐車場に車が止まると、ヒロトは車を降りました。
「あれ、リサは降りないのか?」
運転席に座ったまま動かないリサに気が付いたヒロトは、助手席の開いている窓からリサに向かって聞きました。
リサはヒロトの方を向いて
「この後、夜の買い出しがあるの。先に病院に行ってからの方がいいと思って」
「そうか。今休憩中だから・・・・・なんか気を遣わせてしまったみたいだな」
「ううん、いいのよ」リサは首を横に振りました。「じゃ行ってくるわね」
「ああ、気を付けて」
リサが乗った車が駐車場を出ると、ヒロトはレストランの建物へと歩き出しました。
ヒロトは建物の裏側にあるドアを開けると、中に入りました。
そして真っすぐ歩いて行くと、いくつものテーブルと椅子が並べられているホールに出ました。
テーブルの上は何も乗っておらず、椅子もきれいに並べられています。
久しぶりのお店だ。
離れてしばらく経つのに、何も変わってないな・・・・・。
ヒロトは辺りを見回していると、後ろから驚きの声が聞こえてきました。
「オーナー!ヒロトさん!」
ヒロトが振り返ると、そこには1人の白いシャツに黒のズボン姿の男性がいました。
驚いている男性に、ヒロトは右手を軽く挙げて挨拶しました。
「トウマ。元気だったか?」
「ヒロトさん、今日はどうしてここに・・・・」
トウマは戸惑いながらヒロトに近づくと、ヒロトは辺りを見回しながら
「オレがいない間、よくやってくれてたみたいだな。テーブルも椅子もきれいな状態だ」
「あ、はい。ヒロトさんがいない間、オレがちゃんとやらないと・・・・ヒロトさんが帰ってくるまで
お店を続けないとって思って」
「これなら、これからもお店を任せられそうだな」
ヒロトはすぐ近くにある椅子に座ると、続けて聞きました。
「ところでオレがいない間、何かなかったか?それから郵便物も溜まっていると思うが」
「郵便物なら、まとめて取ってあります。今取ってきますよ」
トウマはその場を後にすると、ヒロトは店の入口を眺めていました。
しばらくするとトウマが片手にいくつもの封筒を持って戻ってきました。
「ヒロトさん宛てのものはここにある分です」
ヒロトがいるテーブルの上に封筒を置くと、ヒロトはテーブルの封筒を見て驚きました。
「なんだか思ってたより少ないな。請求関係のものは・・・・・?」
「請求書は来るたびにヒロトさんに送ってたじゃないですか、メールで」
「ああ、そうか。そういえばそうだったな」
ヒロトは封筒を1通ずつ確かめるように見ていると、英字が書かれている白い封筒が目に留まりました。
ヒロトはその封筒を手に取ると、トウマがそれを見て気がつきました。
「あ、それ・・・・・同じような手紙がもう1通、リサさん宛てに来てました」
「リサ宛てに?それで本人にはもう渡したのか?」
「あ、はい。その場で開けて見てました。フランスのパティシエ専門学校に合格したって嬉しそうに言ってました」
「そうか・・・・・・」
ヒロトが封筒を見つめていると、トウマはヒロトの寂しそうな様子を伺いながら
「寂しくなりますね。リサさんがいなくなるなんて」
「ああ、でもリサが望んだことだからな。一流のパティシエになるのがリサの夢なんだ。オレ達がそれを止める
権利はない。そうだろう?」
「そうですね・・・・」
「さあ、そろそろ夜の開店の準備だ」ヒロトはテーブルにある封筒を全部取ると、席を立ちました。
「今日からオレも手伝おう。トウマが今まで頑張ってきたんだからな。ありがとう。トウマ」
「え、あ、はい・・・・ありがとうございます」
ヒロトは封筒を右手に持ったまま、ホールを去ると、トウマも後に続いてホールを後にしました。
日付が変わった深夜。
ヒロトが店から帰宅し、ようやく落ち着くと、店から持ってきた郵便物を確認していました。
1通ずつ確認し、最後に英字が書かれた封筒を開けると、ヒロトはしばらくの間英文を見ていました。
英文を最後まで読むと、ヒロトはテーブルに手紙を置きました。
そして深いため息をつくと、テーブルの上にある缶ビールに手を伸ばしました。
缶ビールのフタを開け、プシュっという音が聞こえると、ヒロトは缶ビールを口に運びました。
これからいろいろと忙しくなりそうだな・・・・・。
テーブルの上にある手紙を見つめながら、ヒロトは再び缶ビールを口に運ぶのでした。
それから数日後。
ヒロトは店に着くと、従業員全員をホールに集めました。
ヒロトはリサが右隣に来ると、集まった全員を眺めながら挨拶をしました。
「おはようございます」
「おはようございます」
全員の声がホールに響き渡ると、ヒロトはリサの方を向きました。
「もうみんな知っていると思いますが、リサさんが今月末でこの店を辞めることになりました。
リサさんには長い間、パティシエとして頑張ってもらいましたが、この度フランスに留学することになりました」
ヒロトがいったん話し終えると、拍手の音が聞こえてきました。
リサが黙ったまま頭を下げると、ヒロトは続けてこう言いました。
「それで、リサさんがお店に来る最終日の夜にみんなでお別れの会と言うか、ちょっとしたパーティーをしたいと思います。
お店の営業が終わった後にやりたいと思いますが、いかがでしょうか?」
全員、何も言わず一瞬静かになりましたが、リサが辺りを伺いながら手を挙げました。
「あの・・・・・・」
ヒロトはリサを見ると、リサは次にこう言いました。
「お店が終わった後だと、次の日にはもう出発の日なので・・・・・できればお昼のランチが終わった後の方がいいのですが」
「次の日・・・・飛行機の時間が早いのか?」
「お昼近くの便だけど、前日の夜だと慌ただしいというか・・・・・それに時間的に余裕が欲しいの」
「そうか」ヒロトはうなづくと、再び全員にこう言いました。
「それじゃ、他に意見がないんだったら、ランチの後に変更しよう。他に何か意見は?」
ヒロトは全員を見ますが、全員何も言わず黙っているので
「それじゃ、週末のランチ後ということで。今日もよろしくお願いします」と話を終わらせました。
全員がその場から離れると、ヒロトはトウマの姿を見て呼び止めました。
「トウマ、ちょっといいかな」
「何でしょう?」
トウマが立ち止まり、ヒロトの方へ近づくと、ヒロトはトウマを見ながら
「ここじゃなんだから、向こうで話をしよう」とホールの奥へと歩き出しました。
「あ、はい」
2人はホールを出て行きました。
しばらくしてヒロトがホール奥にある部屋から出てくると、リサの姿が目につきました。
「リサ、何か用があるのか?」
「さっきの事なんだけど」リサはヒロトの前に来ると、続けてこう言いました。
「お店の人達だけじゃなくて、お店によく来てくれている方にも何かしたいんだけど、だめかしら?」
「店の常連さんに?」
「常連さんもそうだけど、ヒロトが入院してた時によく一緒にリハビリしてた子供がいたでしょう?」
「ああ・・・・・ユウキの事か」
「そう。ユウキくんもだけど、他にもお世話になった人達がいるの。お店に呼んじゃだめかしら」
「営業時間内にお店に来てもらうのであれば、呼んでもらっても構わないけど・・・・・何か特別なデザートか何か考えてるのか?」
ヒロトはリサの顔を見ると、リサは何とも言えないような表情で
「まだそれはどうするか決まってないけど。何かは出すつもりよ」
「そうか・・・・・分かった。最後だからリサのやりたい事をやっていいよ」
「ありがとう!ヒロト」
嬉しそうにリサがヒロトに抱きつくと、ヒロトは思わず照れながら
「・・・・具体的にやることが決まったら、事前にオレに言ってきてくれ。できないこともあるかもしれないから」
「分かってる。決まったら相談するわ。ありがとう」
リサがヒロトから離れると、ホールへと歩いて行きました。
ヒロトがリサの後ろ姿を目で追っていると、後ろでドアが閉まる音が聞こえました。
「ヒロトさん」
ヒロトが後ろを振り返ると、トウマの姿がありました。
そして再び前を向くと、トウマに聞きました。
「さっきの話、受けてくれるのか?」
すると後ろでトウマの溜息が聞こえてきました。
「・・・・そんな聞き方をして。もう決まったことなんでしょう?ヒロトさんの中では」
「ああ、そうだな」ヒロトはゆっくりとうなづきました。
「一体、リサさんにはいつ話をするつもりなんですか?」
「そうだな・・・・・そのうちするよ」
ヒロトがそう言い終わった途端、スマホの着信音が聞こえてきました。
ズボンの右ポケットからスマホを出し、画面を見ると、黙ったまま店の裏口へと歩き出すのでした。
そしてリサがお店を退職する日がやってきました。
リサがヒロトと話し合った結果、店内で食事をする客にはデザートを無料で提供し
洋菓子の購入で子供連れの客には、子供用にクッキーを提供することになりました。
開店したと同時に店内は多くの人達でいっぱいになり、用意していたデザートやクッキーはたちまちなくなってしまいました。
ようやく落ち着いた頃、店にユウキがやってきました。
「あ、ユウキくんか」
店の入口でユウキの姿を見かけると、ヒロトが声をかけてきました。
「こんにちは、ヒロトさん」ユウキは挨拶すると続けて聞きました「ところでリサさんは?」
「リサは今、ホールで他のお客さんの対応してるよ。お菓子を取りに来たのか?」
「うん。取りに来てって昨日言ってたから」
「そうか。じゃ待っててくれ。オレがリサに聞いて取ってくるから」
ヒロトがホールへと歩き出すと、ユウキはさらに聞きました。
「リサさん、このお店辞めちゃうんですか?」
それを聞いたヒロトは立ち止まると、ユウキの方を向きました。
「ああ。今日で最後だ。とても残念だけどね」
「ヒロトさん、リサさんと付き合っているんでしょう?寂しくないんですか?」
「・・・・・・」
ヒロトは黙ってその場を後にすると、ユウキはヒロトの背中を黙って見つめていました。
忙しかったランチタイムが終わり、店を閉めると、ホールに従業員が集まりました。
ヒロトは従業員全員が揃っているのを確認すると、話を始めました。
「今日を持って、リサさんが退職されます。リサさんにはパティシエとして、このお店に貢献していただきました。
長い間、いろいろとお世話になりました」
ヒロトが隣にいるリサに頭を下げると、リサも軽く頭を下げました。
「それでは、リサさんに退職のご挨拶をお願いします」
ヒロトに振られると、リサは少し緊張した面持ちで話を始めました。
「あの・・・・私事で申し訳ありませんが、フランスのパティシエ専門学校に留学することになりました。
このお店で8年間ほどお世話になりましたが、最初は分からない事だらけでどうなることかと不安になることもありましたが
皆さんのおかげでここまで、長く続けることができました。長い間、ありがとうございました」
リサが話を終えると、辺りは温かい拍手に包まれました。
「長い間、お疲れ様でした」
リサが声のする方を向くと、トウマが花束を持ってリサの前に現れました。
そしてリサが花束を受け取ると、再び辺りは拍手に包まれました。
しばらくして拍手が止むと、今度はトウマが話を始めました。
「それから、オーナーより重大発表があります。このまま話を聞いてください」
トウマがヒロトの顔を見ると、ヒロトは軽くうなづいて話を始めました。
「リサさんの退職に続くようで、申し訳ありませんが・・・・・長年この店の経営をしていましたが、今日でこの店を辞めることにしました」
祝福ムードだった空気が一変し、辺りは静かな雰囲気に包まれました。
ヒロトの突然の発表に、リサも驚きを隠せませんでした。
辺りがざわつき始めると、ヒロトは平然と話を続けました。
「辞めるのはオーナーである私です。この店はこれからも続きます。これからはトウマがこの店を続けて行くことになります。
トウマは私が入院中、この店をうまく継続してくれました。私がいなくても、トウマがいればこの店はやっていけると判断しました。
トウマ本人の了承を得て、私は今日でこの店のオーナーから退きます。長い間、ありがとうございました」
ヒロトは頭を下げると、早々とホールを後にしました。
「待ってヒロト、一体どういうことなの?」
ヒロトの後を追いながら、リサが後ろからヒロトに聞きました。
ヒロトは立ち止まると前を向いたまま
「退院した時から考えてたんだ。トウマが店をうまくやっていける力があれば、トウマに店を譲ろうと」
「でもいきなり過ぎるわ。トウマさんだってあなたがいないと困るはずよ」
「トウマなら大丈夫だ、オレがいなくても・・・・オレが病院に入っている間、この店をうまくやっていただろう?」
ヒロトはリサの方を振り向くと、リサは動揺した表情でヒロトを見ています。
ヒロトはリサの顔を見つめながら
「それに入院中、トウマとはメールでやり取りをしてたんだ。分からないことがあればすぐにメールをくれてた。
退院近くなった頃は請求書のやり取りだけで、ほとんどメールが来なくなった。だからもう1人でもやっていけると思う」
「ヒロト・・・・・・」
「あ、でも今日の夜の閉店まではオレがオーナーだからな。そろそろ夜の営業の準備をしないと」
ヒロトはそう言うと、再び前を向いて歩き出しました。
数歩歩いたところで、リサがヒロトに聞きました。
「あなたはこれからどうするの?」
ヒロトは立ち止まり前を向いたまま
「そうだな・・・・・しばらくはゆっくり休んで、その後どうするか考えるよ」
「本当にそれでいいの?」
「・・・・とりあえず今は夜の営業の準備だ」
ヒロトは再び歩き出すと、奥の部屋に入ってしまいました。
ヒロト・・・・・どうして?
専門学校を出たら、またここに戻ってこようと思っていたのに。
ヒロトと一緒にこのお店でやっていこうと思っていたのに。
私達はこれからどうなってしまうの?
リサは何も言えずにその場を立ち尽くしていました。
次の日の昼近く。
空港にはリサと、リサを見送りに来たトウマと数人の従業員、それにリサの友人が来ていました。
リサはひと通り別れの挨拶を済ませると、辺りを見回しました。
ヒロトさん、まだ来てないのかしら。
昨日からずっと連絡してたのに電話にも出てくれなかった。
もうすぐ飛行機に乗らないと間に合わなくなるわ。
リサがヒロトの姿を探すように辺りを見回していると、トウマが声をかけてきました。
「ヒロトさんを探しているんですか?」
「トウマさん、ヒロトから何か連絡あった?」
「いいえ、ありませんけど」トウマは首を振りました「もしかしたら空港近くの道路が混んでて、時間がかかっているかもしれませんね」
「そんな・・・・・・」
その時、後ろから大きな声が聞こえてきました。
「リサさん!」
2人が振り返ると、ユウキが走ってやって来ました。
ユウキの姿を見た途端、リサは一瞬がっかりした表情を見せました。
「何だ。ユウキくんか・・・・・・」
トウマもがっかりした表情でユウキを見ていると、ユウキは辺りを見回しながら
「あれ?ヒロトさんは?」
「まだ来てないよ。ユウキくん、ヒロトさんどこかで見なかった?」
「ううん。見てない」
「そうか・・・・・・・一体何をやってるんだ、ヒロトさん」
「もういいわ」リサが時計を見ると、あきらめたようにユウキに言いました。「もう飛行機が出る時間だから、もう行くわね」
それを聞いたトウマもあきらめたのか
「・・・・・分かった。ヒロトさんが来たら、もう出発したって伝えておくよ」
「ありがとう」
リサは大きなトランクの取っ手を持つと、集まった見送りの人達に向かって頭を下げました。
そしてゆっくりと搭乗口へと歩き始めるのでした。
リサが飛行機の中へ入り、自分の席を見つけると窓の外を見ていました。
ヒロトさん、もう空港に着いたかしら。
最後にもう1度会いたかったのに・・・・・。
そう思っていると、後ろから声をかけられました。
「すみません、隣の席いいですか?」
リサが後ろを振り返ると、その人物を見た途端驚きました。
その人物は、ヒロトだったのです。
「ヒロト!どうして・・・・・・・?」
思わず声を上げたリサに、ヒロトは笑顔を見せながら
「びっくりしただろう?自分でもびっくりしてるよ。まさかリサの隣の席だなんてね」
「どうして?どうしてヒロトがここにいるの?」
驚きを隠せないリサに、ヒロトはトランクを荷物入れに入れると、席に座りました。
「実はリサ宛ての専門学校の合格通知と一緒に、オレ宛ての採用通知が来てたんだ」
「採用通知・・・・・・・?」
「そう。フランスのあるレストランで料理人を1人募集していて、それに応募してたんだ。まさか採用されるとは思わなかったけど」
「え・・・・・・?じゃ、そのレストランに行くことになったの?」
「ああ。まずは見習からだけど、オーナーになる前は料理人を目指してたって前に話したことがあっただろう?また料理人になろうと思って。
リサが行く専門学校の近くのレストランだ」
「・・・・・・・・」
「オレの夢はリサと一緒に店を出すことだ。それは今も変わらない」
「ヒロト・・・・・!」
リサが思わずヒロトを抱きしめると、2人はしばらくの間抱き合っていました。
2人がようやく離れると、ヒロトは泣いているリサの顔を見ました。
「リサ・・・・どうして泣いてるんだ?」
「だって・・・・嬉しくてつい・・・・・」リサが泣きながらヒロトを見つめました「また一緒にいられると思うと」
「せっかくの旅立ちなんだから泣くなよ」
ヒロトがズボンのポケットから何かを出そうとすると、機内放送が聞こえてきました。
「あと数分で出発致します。座席に座ってシートベルトを締めてください」
空港の展望デッキではトウマ達が飛行機を見つめていました。
「ヒロトさん、もう来ないのかな」
ユウキが辺りを見回していると、トウマはそれを見て声をかけました。
「ユウキくん。ヒロトさんはもう来ないよ」
「え・・・・ヒロトさんから連絡あったんですか?」
ユウキがトウマの方を向くと、トウマはあっさりとこう言いました。
「うん。リサさんと一緒の飛行機に乗ってるから」
それを聞いたユウキは戸惑いました。
「え?リサさんと一緒?」
「さっきヒロトさんからメッセージが来た。リサさんと一緒にフランスに行くって・・・・飛行機も一緒の便で、隣の席らしい」
「え?・・・・・それってどういうこと?」
「ヒロトさん、料理人になるためにフランスに修行に行くって。向こうのレストランで修行をするみたいだよ」
「そうなんだ。・・・・・じゃ、これからもあの2人は一緒なんだね」
「ああ」トウマはうなづきながら、飛行機の方を向きました「でも水くさいな。前もって一言話してくれればいいのに」
2人を乗せた1機の飛行機がゆっくりと飛び立っていくのを、ユウキとトウマは飛行機の姿がなくなるまで見送るのでした。