光
目を開けると、真っ白な世界が広がっていました。
ここは・・・・どこなんだろう。
男の子は辺りを見回すと、白い雲のようなふわふわしたものが広がっています。
男の子は壁に背中がもたれている状態で、床に座っていました。
その壁も、白くてふわふわしている白い雲のようです。
男の子が辺りを見回していると、前から白い服を着た人たちが2人、目の前に
やってきました。
2人とも、白いワンピースのような服で、後ろには大きな白い羽根がついています。
「気がついたみたいね」
背が高く、髪の長い女性が男の子に声をかけました。
「ここはどこなの?」と男の子
「ここは天の世界、天国よ・・・来たばかりでまだ分からないだろうけど」
「天国?」
「そう、あなたは地上の世界からここに来たの・・・突然の事故に遭ってね」
「パパとママは・・・・?僕さっきまで一緒だったのに」
「パパとママはここには来てないよ」
2人の会話に割り込むように、少年が男の子に答えました。
「そう、来たのはあなただけ・・・」と女性
「じゃ、もうパパとママには会えないの?」
男の子の問いに、2人はうかない顔で黙ったままうなづきました。
「そんな・・・・・」
男の子の目からは大粒の涙が溢れ、男の子は大声をあげて泣き出してしまいました。
しばらくして男の子が疲れたように泣き止むと、少年が声をかけてきました。
「しばらくはつらいと思うけど、これからはここで一緒に暮らすんだ。お前は一人じゃないよ」
少年は白いハンカチを男の子に差し出しました。
男の子はありがとうというようにうなづいて、ハンカチを受け取ると、涙を拭きました。
「これからはその子があなたの面倒を見るわ」
2人のやり取りを見ていた女性は男の子に言いました。
「これからあなたはしばらくの間、見習いとしてその子と一緒に行動してもらいます」
「見習いって・・・・・?」
男の子が不思議そうな顔で少年に聞きました。
「天使の見習いだよ。これからここでやっていくのに必要なことなんだ」
「もうそろそろ空が暗くなるわ。・・・さっそくだけど、最初の仕事を一緒にお願いね」
女性の言葉に少年はうなづくと、女性はその場を去っていきました。
空が暗くなり、星が出てきた頃、少年は男の子を連れて雲の中を歩いていました。
少し先が雲の切れ目になっているところで少年は足を止めました。
少年は後ろを振り返って男の子に言いました。
「これから地上に降りて、亡くなった人たちを迎えに行くんだ」
「地上に降りるの?」
「うん、迎えに行かないと、どこに行っていいのかわからない人たちもいるからね」
「でも、僕には迎えは来なかったみたいだけど・・・・気が付いたらあの場所にいたし」
「君には別の天使が迎えに行ったと思うよ。それであの場所に君を連れてきたんだ」
「そうなんだ・・・・・」
「じゃ、地上に降りるよ・・・さっきまで飛ぶ練習をしたから大丈夫だと思うけど、
他の天使にぶつからないように気を付けてね」
「うん」
「じゃ、行こう。後をついておいで」
少年が羽根を大きく広げると、空に向かって羽ばたきながら雲の下へと飛んで行きました。
男の子も少し戸惑いながらも慌てて羽根を広げ、少年の後に続いていきました。
しばらくして、森の近くの小さな村に少年と男の子が降り立ちました。
男の子が周りを見回すと、少年が男の子に声をかけました。
「森の方を見てごらん」
男の子は言われたまま、森の方に目を向けました。
森の入口から、空に向かって、小さくて丸いものが光を放ちながらゆっくりと上がっていきます。
それはひとつだけではなく、たくさんの光。
まるでホタルが夜空に向かって飛んでいるかのようです。
あの光は何だろう?とてもきれい・・・・・。
男の子が光に魅入られ、ぼんやりしながら見ていると、少年が後ろでこう言いました。
「あれは亡くなった人たちの魂なんだ。人だけじゃない。動物や植物の魂も一緒に天に上がっていくんだ」
「人だけじゃないんだ・・・・・・みんな同じ?」
「そう。大きいものや小さいものもあるけど、光が強かったり弱かったりするけど、みんな同じなんだ」
生きている時は違うけど、亡くなったらみんな同じなんだ・・・・・。
男の子が空に上がっていく光を見ていると、少年はそろそろ行こうというように促しました。
「ここはもう大丈夫。他のところに行こう。迷っている魂がいないか探すんだ」
2人が森からすぐ近くの小さな村に入ると、男の子は少し先にある1軒の家の前で
うろうろしている女の子を見かけました。
その女の子は人の形をしていましたが、身体はすっかり透明になっていました。
男の子は少年にそのことを言おうと、声をかけようとしましたが、少年の姿はありません。
少年は迷っている魂がいないか探しに行ってしまったのです。
どうしよう・・・・あの女の子に声をかけて教えた方がいいのかな。
男の子はどうすればいいのか分からず、女の子を見ながら黙ってみているしかありませんでした。
しばらくすると少年が戻ってきました。
「どうしたの?気が付いたら急にいなくなってたから探してたんだよ」
「ごめんなさい。気になる女の子がいたから。どうすればいいのか分からなくて」
男の子は謝ると、女の子のことを話しました。
「女の子?」
「うん。あの家の前にいる女の子・・・・ずっと見てるけど家の中に入ろうとしないんだ」
男の子が見ている方向に少年が目をやると、女の子はまだ家の前をうろうろしています。
女の子は家の中に入ろうとせず、同じ場所を行ったり来たりしていました。
少年はしばらくしてこう言いました。
「たぶんまだあの家を離れたくないんだと思う・・・・でもそろそろ天に上がらないと」
「天国に行かないと、どうなるの?」
「このままだと幽霊になって、天国に行けなくなるんだ。誰にも受け入れてもらえなくなる」
「じゃ、今すぐ天国に連れていかなくちゃ。声をかけて連れて行かないと」
男の子が女の子の方へ行こうとすると、少年は男の子の手を取り止めました。
「だめだ。それはできない。それに僕たちが行っても、向こうには僕たちの姿は見えないんだ」
男の子がどうしてという感じで少年の顔を見ると、続けて
「それに天国に行くかどうかは、亡くなった人たちが決めるんだ。僕たちが無理やり連れていく
ことはできない」
「そんな・・・・じゃ、僕たちはどうすることもできないってこと?」
男の子が困った顔をしていると、少年は空を見上げました。
そして何かを見計らったように、男の子に言いました。
「大丈夫・・・・今日のこの天気なら、オーロラが助けてくれるよ」
「オーロラ?」
男の子が思わず聞き返すと、少年はうなづいて
「うん、オーロラは空から降りてきて、いろんな色を見せてくれるんだ。
どうすればいいのか迷っている人たちも、オーロラが出すきれいな色を見ているうちに
天に上がっていくんだよ」
「でも、オーロラっていつも出てくるわけじゃないんでしょう?どうしてわかるの?」
「今日みたいな天気なら、もう少ししたら出てくるよ・・・しばらく空を見ててごらん」
男の子は空を見上げました。
空には無数の星が輝いて、時々大きく瞬いたりする星や、流れ星が見えたりしています。
しばらくすると大きく輝いている星が、男の子の目の前を右から左へと流れて行きました。
大きな流れ星だ・・・・・・。
左側に流れていく星の動きを追うように見ていると、空がいつの間にかだんだんと緑色に染まっていきました。
場所によって緑色が濃かったり、薄い色だったりして、空が一面緑色の膜に覆われていきました。
「きた・・・・あれがオーロラだよ」
男の子の後ろで空のオーロラを見上げながら、少年は言いました。
夜空を緑色で覆ったオーロラは、カーテンのようにゆっくりと波打ちながら、空の下の方まで
伸びていきました。
下の方まで広げていったかと思うと、今度は空の上の方からピンク色に変わり
だんだんと赤色に変わっていきました。
暗い赤色に変化し、そのまま消えてしまうかと思うと、今度は青色に変わっていきました。
これがオーロラなんだ・・・・。
次々と色が変わるオーロラに、男の子はすっかり心を奪われていました。
すると男の子の肩を少年が軽くたたきました。
男の子が気が付くと、少年は女の子がいる家の方を向きました。
つられて男の子が家の方を見ると、さっきまで人間の姿をしていた女の子は
いつの間にか小さくて丸い光に変わっていました。
女の子もオーロラを見て魅入られてしまったのでしょう。
丸くて小さな光はオーロラに向けて空へ飛んでいきました。
男の子が再び空に目を向けると、オーロラの色がだんだんと薄くなってきました。
空を覆いつくしていた光のカーテンもだんだんと小さくなってきました。
「さあ、そろそろオーロラもいなくなるよ。僕たちも行こうか」
少年が消えていくオーロラについて行くように羽ばたくと、男の子も後に続いて飛び立ちました。
そして女の子の魂を無事に天へと送り届けました。
それから男の子は少年と一緒に、いろんな仕事をこなしました。
しばらくすると、男の子は一人でなんでもこなすようになりました。
男の子は天使の見習いから、すっかり一人前の天使になっていきました。
ある時、男の子は最初に出会った女性に呼び出されました。
どんな仕事でも頑張ってこなしてきたので、天の神様から、再び地上に降りていいとの許可を
もらったのです。
それは、また人間に生まれ変わることを意味していました。
でもそれは同時に天国にいた記憶を無くしてしまうことでもありました。
男の子はどうするか迷いましたが、天の神様の言う通り、地上に降りることにしました。
地上に降りる時がやってきました。
男の子は自分が最初に来た場所に来ると、そこには女性と少年が待っていました。
2人の後ろには、大きなかごのようなものが置いてありました。
「また地上の世界に戻れるんだね、おめでとう」
少年が男の子に声をかけると、その隣で女性がこう言いました。
「それはあなたがとても優秀だったからですよ。天の神様も今回は特別だとおっしゃっていました。
普段はこんなことはあまりないんですよ」
「・・・ありがとう」男の子はなぜかうかない顔で答えました。
「どうしたの?地上の世界に戻れるのに・・・・嬉しくないの?」と少年
「戻れるのは嬉しいけど、戻ったらここにいた記憶が全部なくなるんだと思うと、悲しいんだ。
せっかくみんなと仲良くなれたのに・・・・戻ったら全部忘れてしまうなんていやだよ。
忘れたくないのに・・・・・絶対に忘れたくないのに・・・・」
男の子が言いながら泣き始めると、少年も泣きながら男の子に近づいて抱きしめました。
しばらくして、2人を見ていた女性が声をかけました。
「そろそろ時間よ・・・・少しでも遅れると地上に行けなくなるわ」
少年は男の子から離れると、男の子は覚悟を決めたように女性の顔を見てうなづきました。
「どうすればいいの?」
「後ろにあるかごに入って。入ったら横になるの・・・・横になったらすぐ眠くなると思うわ」
「わかりました」
男の子は2人の後ろにあるかごを見て、ゆっくりと近づいていきました。
かごの前に着いて、足をかごの中に入れて中に入ると、男の子は後ろを振り返りました。
2人の姿が見えると男の子はゆっくりと頭を下げました。
「今までありがとうございました」
2人は別れを惜しむようにゆっくりとうなづくと、男の子は前を向いて、ゆっくりとかごの中に
身体を沈みこませるように、横になりました。
そして目を閉じると、そのまま深い眠りに落ちていきました。
それから、しばらくして・・・・・・。
真っ暗闇だった男の子の目の前に一筋の光が射し込んできました。
その光はだんだんと明るくなって、男の子の周りは光でいっぱいになっていきました。
「おめでとうございます。男の子ですよ」
とある病院の一室で、女性の声が聞こえてきました。
産まれたばかりの男の子の赤ちゃんを、看護婦から受け取った母親は
泣いている赤ちゃんの顔をみながら、嬉しそうに話しかけました。
「誕生日おめでとう。・・・・生まれてきてくれて、ありがとう」