記憶のかけら 2
アダムがPC画面を見つめながら調べものをしていると、突然新たな画面が出てきました。
アダムがその画面に目を向けると、画面には数人の子供達がそれぞれ、小さな画面に映っています。
子供達はみんなアダムが通っている学校の友達です。
「チャット、見てくれたんだ!」
アダムが嬉しそうに画面に映っている子供達に声をかけました。
すると画面右上に映っている小太りの男の子が話し始めました。
「アダム、今度は何?記憶喪失になった人を調べてるの?」
「そうなんだよ、ダニエル。最近記憶がなくなったとか、記憶喪失になった人知らない?」
「うーん・・・・・僕のまわりにはそんな人いないな」
すると今度は左下の画面に映っている女の子が言いました。
「だったら警察のデータベースに入って調べてみたら?」
「もうそれはチェックしたよ、アリス。アリスの知っている人にはいないの?」
「私の周りにはいないわ」
アリスが首を振っていると、今度は右下の画面に映っている眼鏡をかけた男の子が言いました。
「アダム、またお父さんのIDで警察のデータベースに入ったの?」
「うん、たまに見つかって怒られるけど。もう覚えちゃったから。エディは?」
「僕の周りにもそんな人はいないよ。それでデータベースには何か見つかったの?」
「見てみたけど、過去に似たような事件はなかった」
「そうなんだ・・・・」
「だったら、いつどこで記憶がなくなったのか場所を調べて、その記憶がなくなった時間まで戻ってその場所に行ってみたら?」とアリス
「タイムスリップはダメだ」ダニエルが首を振りました「警察が関わってるんだったら、無断でタイムスリップはできないよ」
「だったらその場所に監視カメラがないかどうか調べて、カメラがあれば見せてもらうのは?」
「それもできないと思う」アダムは複雑な表情で言いました。「子供だけで行って、カメラの内容を見せてって言っても・・・・・」
するとエディがこんなことを言いました。
「カメラのある場所まで行かなくても、ネットから見られるところもあるよ」
「・・・・そうか!その手があった。でもネットで見られるのかどうかわからないけど」とアダム
「ところでアダム、記憶がなくなった人達はどこで記憶がなくなったって分かってるの?」
エディの言葉に、アダムははっと気がつきました。
記憶がなくなった人達がいるという話は聞いていましたが、それ以上の事はまだ分からなかったのです。
「それは・・・・まだ何も分かってない」
アダムががっかりしたような低い声で答えると、しばらく沈黙が続きました。
一方、ノアは毎日外に出かけては、道で出会う人々の記憶を取り込んでいました。
人々の記憶を取り込んでは、夜にその映像を見ますが、なかなかノアが満足できる内容ではなかったのです。
それでもノアはいつか満足できる映像が取り込めるだろうと思って、外に出かけていました。
しばらくしてノアが円盤を持って家の近くまで来た時、家の前に1人の女性の姿がありました。
細身で黒いスカーフをかぶり、長い髪を後ろに束ね黒のワンピース姿の女性に、ノアは誰なんだろうと思いました。
その女性の姿を今まで見た事がなかったのです。
あの人は誰なんだろう。
施設のおばさんじゃなさそうだけど・・・・・・。
ノアは女性が誰なのか気になりました。
そしてだんだんと女性に近づいていくと、女性の姿の先の玄関に何かが置いてあるのが見えました。
それはノアが見慣れた包み紙だったのです。
あの包み紙は・・・・・・!
ノアは包み紙が置いてあるのに気がつくと、女性に向かって叫びました。
「ここは僕の家だ、今すぐここから出て行け!」
ノアの声に、女性は驚いた表情でノアの方を振り返りました。
黒いスカーフで顔の下半分が見えませんでしたが、ノアの怒鳴り声に怯えながら、ゆっくりとその場を去って行きました。
女性が行ってしまうと、ノアは玄関に置いてある包み紙を取りました。
よかった。今日は食べ物がある。
もう少し帰るのが遅かったら、あの人に取られるところだったかもしれない。
ノアは玄関のドアを開けると、中に入って行きました。
しばらくしてノアは取り込んだ映像を壁に映しながら、包み紙に入っているパンを食べていました。
パンを食べきり、映像をふと見ると、大きくて真っ赤なイチゴが乗っているショートケーキの映像が映し出されました。
それと同時に、甘い香りがノアのところに漂ってきました。
おいしそうなイチゴのケーキだ。とてもいい匂いがする。
食べ物の映像は久しぶりだなあ。
この映像、どこで取り込んだんだっけ。
ノアは映像を見ながら、どこでこの記憶を取り込んだのか考えました。
そういえば昼に町に行った時、ケーキ屋の前を通ったんだ。
そしたらお店から男の子とそのお母さんが出てきたっけ。
ケーキが入った箱を持って・・・・・・・。
その時ノアはある事を思いつきました。
大人じゃなくて、僕と同じくらいの子供の記憶だけを取り込めばいいんだ。
そうすれば食べ物や楽しい記憶だけを取り込めるんじゃ・・・・・・。
そう思ったノアは、パンが入っていた包み紙を広げました。
包み紙には子供達が集まるイベントのことが書かれていたのです。
これだ。このイベントに行けばいい。
それで僕と同じくらいの子供ばかりの記憶を取り込めば・・・・・・。
ノアは包み紙を見つめながら、どうするか考え始めました。
それから数日後。
「じゃ、明日会場でね」
アダムがPCの前で手を振った後、椅子から立ち上がりました。
明日のイベントに参加するため、今まで友達とPCで話をしていたのです。
明日、うまくできるかな。
もう少し練習してみようかな。
そう思いながら、アダムが息を深く吸い込むと、突然部屋にエリックが入ってきました。
「・・・・!? 父さん、いきなり部屋に入ってこないでよ」
アダムが驚いた顔でエリックを見ていると、エリックは平然とした表情でアダムを見ました。
「何だ、何かやってたのか?」
「いや、特に何もしてないけど・・・・部屋に入る時はノックぐらいしてよ」
「分かった」エリックはうなづくと続けて言いました。
「ところで明日の準備はできたのか?ダニエル達とステージで何かやるんだろう?」
「うん。みんなでコーラスをやるんだ。さっきまで練習してたんだよ」
「そのイベントの事なんだけど、明日は身の周りに気をつけた方がいい」
「どうして?」
「お前も調べているだろうから分かっていると思うけど、例の犯人が明日会場に来るかもしれない」
「例のって・・・・あの記憶を盗むっていう犯人の事?」
「そうだ」エリックはうなづいた「最近、犯人は子供達をターゲットにしているらしい。部分的に記憶がない子供が増えたと
警察や病院の院長から聞いている。だから・・・・・・」
「だから明日のイベントにも来るかもしれないんだね」
「そうだ。だから明日は充分気をつけて参加するんだよ。警察も会場に多くの警察官を配置するだろうけど・・・・」
「うん、分かったよ」
アダムはうなづきながら思いました。
明日、会場に犯人が来るかもしれない。
だったら犯人を捕まえられるかもしれないな・・・・・・・。
どうやって記憶を盗んでいるのかも、これで分かるかもしれない。
明日が楽しみだ。
そしてイベント当日になりました。
会場にはたくさんの子供達が来ています。
会場には遊ぶ場所や食べる場所、そしてイベントステージでは歌や踊りが披露されています。
そして会場には犯人がやって来るだろうと、たくさんの警察官やエリックも来ています。
そんな中、ノアが会場にやってきました。
周りを見回すと子供達がたくさんいます。
さっそくノアは円盤を飛ばそうとしますが、子供には親がぴったりとついていたり
警察官があちこち歩きまわっていて、なかなか円盤を飛ばすことができずにいました。
子供がいっぱいいるのに、今日はなんだか人が多くてやりにくいな。
子供だけだったらすぐ飛ばせるのに。
どこか子供だけがいる場所はないのかな。
そう思いながらノアが歩いていると、数メートル先にノアと同じぐらいの子供達が集まっているのが見えました。
その場所はステージ裏で、コーラスの準備をしているアダム達が集まっていたのです。
何だろう、子供だけで集まってるところがある。
大人もいないし、そこならたくさん記憶を取り込めるかもしれない。
そこで円盤を飛ばしてみよう。
ノアは子供達の集団に近づきながら、隠れる場所を探しました。
集団から少し離れた数本の木々の後ろに隠れると、ノアは木の陰から集団を見ました。
子供しかいないみたいだ。
ここから円盤を飛ばしてみよう。
ノアは円盤を飛ばしました。
円盤はノアから離れ、ゆっくりと子供達の集団へと近づいていきました。
一方、アダム達はステージ裏で集まって、自分達の出番を待っていました。
「まだかな、もうそろそろ出る時間じゃないの?」
ダニエルが言い出すと、隣にいるエディがダニエルを見て
「まだ準備中じゃないかな。僕らの前がマジックだから片付けに時間かかってると思う」
「でも、もう出る時間だと思うけど、遅れてるのかしら」
アリスが右手にはめている時計を見ていると、アダムがどこかからやってきました。
「あ、アダム。どこに行ってたの?」とエディ
「トイレに行ってた。もうすぐ出る時間じゃないの?」とアダム
「遅れてるみたい。呼びに来ないもの」とアリス
「早く終わらないかな、もうお腹空いたよ。終わって早く何か食べに行きたい」
ダニエルがそう言った途端、お腹が鳴ったのかグルグルという音が聞こえてきました。
「何だ、まだ昼前なのにもうお腹空いたの?」
エディがダニエルに言った後、アダムも何か言おうとした時でした。
アダムがダニエルの方を見た時、後ろに丸い円盤のようなものが浮いていたのです。
さらに円盤から何やら音が聞こえてきて、円盤から何かが出て来そうな予感がしたのです。
「ダニエル、今すぐそこを離れるんだ」とアダム
「え?」とダニエル
「いいから早く、みんなもここから離れて!こっちだ!」
アダムは辺りにいる子供達に大声でそう言うと、ダニエルの左手を取って走り出しました。
2人が走り出した少し後で、円盤から光が出てきました。
もう少しアダムが気がつくのが遅かったら、ダニエルは円盤の光に当たっていたかもしれません。
「あの円盤は何?」
アリスが空に浮いている円盤を見ていると、アダムは誰かいないかと辺りを見回しました。
「さあ、分からないけど・・・・・ダニエルに何かをしようとしたのは間違いない」
「じゃ、円盤を捕まえればどうしてダニエルを狙ったのか分かるわね」
一方、木々の陰から円盤を見ていたノアは失敗したことに悔しがりました。
それに子供達が円盤に気がついて、空に浮いている円盤を見ているのです。
「気づかれた。早く円盤を戻さないと」
ノアは慌てて円盤を自分のところに戻そうと、両手にあるコントローラを動かし始めました。
アダム達が円盤を見ていると、ゆっくりと後ろへと動き始めました。
「あ、動き出した!」
アダムは円盤が動き出すと、後を追いかけようとしました。
その時、左側から大きな声が聞こえてきました。
「皆さん、お待たせしました!ステージへどうぞ」
しかしアダムは子供達の集団から離れて、円盤を追いかけていたのです。
「アダム、始まるよ!」それを聞いたエディが大声でアダムを呼びました「ステージに来いって!」
するとアダムはエディの方を向いて大声で言いました。
「1人ぐらいいなくたって大丈夫だろう?僕はあの円盤の後を追うよ」
「アダム・・・・・分かったよ!何か分かったら後で教えて!」
「うん!また後でね」
アダムは前を向くと、円盤の後を追いかけて行きました。
円盤がノアがいるところに向かっていますが、その後をアダムが追いかけているのにノアは気がつきました。
「誰かが後をついてきてる・・・・円盤を待ってるとまずい。このまま逃げよう」
ノアはまだ円盤が来ないうちに、木々の陰から離れようと逃げ出しました。
円盤の少し先の木々が生い茂っているところから、1人の男の子が出てきたのを、アダムは見逃しませんでした。
誰かが出てきた。向こうに走って行く。
あの子は誰だろう?見たことがないけど・・・・・・。
するとアダムの後ろから誰かが近づいてきました。
「アダム!」
「お父さん!」アダムはエリックが走って来る姿に驚きました「どうしてここにいるの?」
「お前こそ、どうしてこんなところにいるんだ?ステージにいる時間だろう?」
「僕はあの円盤を追いかけてるんだ。ダニエルに何かしようとしたんだよ」
「何だって?じゃあの円盤が・・・・・・・」
「そうかもしれない。あの円盤が記憶を盗んでいるのかも」
「警察から怪しい物体が空を飛んでるって聞いて来たんだ。警察も後を追ってきている。あとは警察に・・・・」
「それじゃ先に行くよ」アダムはエリックの話を遮りました「お父さん達は後からゆっくり来て」
「あ、ま、待て!アダム!」
アダムがさらに速く走り出すと、エリックは慌てて呼び止めますが、アダムはかまわず走り続けました。
しばらくしてノアが家に辿り着くと、後ろから円盤がノアを追いかけるようにやってきました。
そしてノアを通り過ぎた後、空からゆっくりと地面に落ちて行きました。
ノアが落ちた円盤を拾い、両手に抱えた時、前から女性の声が聞こえてきました。
「こんにちは、ノア」
ノアが声がした方を見上げると、太目で地味な茶色のワンピース姿の女性がいたのです。
女性の姿を見た途端、ノアの体が固まりました。
施設のおばさんだ・・・・・!どうしよう、きっと施設に入れられる。
なんとか逃げないと。
ノアが黙ったまま、どうしようか考えていると、さらに後ろから誰かが走って来ている音が聞こえてきました。
アダムと数人の警察官がやってきたのです。
アダムはノアが抱えている円盤を見ました。
あの円盤を持ってる。あの子が円盤を作ったのかな?それとも・・・・・。
アダムがそう思っていると、数人の警察官がノアに近づきました。
「その円盤は君が持ってるの?」
1人の警察官がノアに聞きますが、ノアは黙ったまま警察官を見ています。
すると別の警察官がノアに聞きました。
「その円盤を見せてもらってもいいかな。すぐ返すから、こっちに渡して」
それでもノアは首を横に振り、円盤を渡そうとしません。
ノアは警察官に囲まれて、すっかり怯えているように見えました。
それを見ていたアダムは警察官に言いました。
「僕、あの子と話をしたいんです。少しだけ2人で話す時間をもらえませんか」
それを聞いた警察官は最初は黙っていましたが、アダムにノアと話す機会を与えました。
ノアから警察官が離れると、アダムがノアの側に行きました。
「こんにちは。僕、アダムって言うんだ。君の名前は?」
アダムがまず挨拶をすると、ノアはしばらくしてから答えました。
「・・・・・僕はノア」
「ノアって言うんだ。ノアが持ってる円盤って、自分で作ったの?」
「・・・・・ううん」ノアは首を振りました「お父さんが作ったんだ。もう死んじゃったけど」
「そうなんだ。ノアのお父さんが作ったの?すごいね!」アダムは円盤を見ながら続けて言いました「この円盤、飛ばすだけなの?」
「ううん、それだけじゃないよ」ノアは首を振りました「人の記憶を取り込めて、それを映像にして見られるんだ」
「そうなんだ!それはすごいね。どうやって人の記憶を取り込むの?」
「円盤を飛ばして、取り込みたい人の真上に行って、あとは光を出せば・・・・・・」
「そうなんだ」アダムは何度もうなづきました。「それで、どのくらいの人の記憶を取り込んだの?楽しい映像はあった?」
「楽しい映像・・・・・・・」
ノアはそう言いかけると、なぜか黙ってしまいました。
アダムはノアの顔を見ました。
「どうしたの?」
するとノアはアダムの顔を見ましたが、うつむいてしまいました。
「楽しい映像が見れると思って、毎日外に行っていろんな人の記憶を取り込んだけど、楽しい映像なんてあまり見れなかった。
だから子供の記憶だったら、楽しい映像が見られるだろうと思ったのに・・・・・・」
「だからあのイベント会場に行ったんだね。他の子供達の記憶は取り込んだの?」
「イベントの前に何人かは取り込んだ。でも楽しい映像なんてあまりなかった」
「どうして記憶を取り込もうと思ったの?」
「僕にはお父さんもお母さんもいないんだ。ずっと1人で家にいて、楽しい思い出なんてない。他のみんなはお父さんもお母さんもいて
楽しそうなのに・・・・だからみんなの楽しい思い出を見てみたかったんだ」
ノアは話を終えると、泣き出してしまいました。
ノアの話を聞いたアダムはノアにさらに近づきました。
「ずっと1人で寂しかったんだね」
ノアは泣きながら深くうなづくと、アダムはさらに言いました。
「なら僕の家に遊びに来ればいいよ。一緒に遊んだり、一緒にいろんなところに行こう。友達になろう」
それを聞いたノアは顔を上げました。
アダムはノアに微笑みながら右手をノアに差し伸べました。
「楽しい思い出はこれから作ればいいよ。一緒に楽しい思い出を作ろう」
「・・・・ありがとう」
ノアはアダムと握手をすると、さらに泣き出してしまいました。
すると突然2人の側に1台の車が現れました。
2人が車を見ていると運転席のドアが開いて、エリックが車から降りてきました。
「アダム、やっと見つけたぞ」
アダムがエリックを見ていると、後部座席のドアからは白衣を着た病院の院長が降りてきました。
「お父さん、病院の院長さんを連れて来たの?」
アダムが病院の院長を見た後、エリックの方を見て聞きました。
エリックはうなづいて
「その子が持っている円盤が記憶喪失の原因だって分かったから、院長に報告したんだ。そうしたら一緒に行くって言ってね。
車で連れて来たって訳だ」
するとそれを聞いたノアは驚きました。
「え・・・・?記憶喪失って・・・・・?どういうこと?」
「君が持っているその円盤の光が、記憶喪失の原因なんだ」エリックはノアに話し始めました「警察が外に置いてある監視カメラを
確認したら映ってたんだ。君が円盤を飛ばして、光が当たった後、その光が当たった人が記憶がなくなって、道をうろうろしている
ところをね」
「え・・・・・?僕はただ、記憶を取り込んだだけなのに。記憶がなくなったって・・・・・」
「ノアは知らなかったんだね。円盤の光に当たった人が記憶がなくなったってことを」とアダム
「そこで聞きたいんだが」そこに院長が割り込んできました「今記憶をなくしている人達の記憶を取り戻したい。どうすれば元に戻る?」
「え・・・・・?」
院長に聞かれたノアは、どう答えればいいのか分かりませんでした。
ノアがどう答えればいいのか戸惑っていると、隣にいるアダムが聞きました。
「ノアのお父さんって、円盤の他にも何か作ってたの?」
「うん」ノアはうなづきました「他にもいろいろ作ってたよ」
「それはすごいね。ノアのお父さんって失敗した時はどうしてたの?」
「失敗した時・・・・・?」
ノアはお父さんの事を思い出そうとしました。
しばらくすると、ノアはお父さんが失敗した時にしていた事を思い出しました。
「・・・・失敗というか、自分の思った通りのものが出来なかった時、いつも怒鳴りながら壊してた」
「壊してた?」
アダムが聞き返すと、ノアはうなづいて
「うん。もしかしたらこの円盤も壊したら記憶が戻るかもしれない」
「なら、今ここで円盤を壊してみよう」
エリックが言い出すと、院長が慌てて止めました
「ここで円盤を壊すだって?ここで壊して、もし患者の記憶が戻らなかったらどうする」
「じゃ院長、どこで壊せばいいんですか?」
「うちの病院で患者のいるところで壊せばいい。その場に患者がいた方がいいだろう」
「え、病院で壊すの?」とアダム
「患者の記憶が戻るのなら、病院でやった方がいいだろう」エリックはノアに近づきました「そういうことだから、円盤を渡してくれないか」
ノアから円盤を渡されたエリックは、円盤を車の助手席の椅子に置きました。
院長が車に乗り後部座席に座ると、エリックも車に乗り込みました。
「アダムは一緒に来ないのか?」
「うん」アダムはノアの姿をちらっと見て、エリックの方を見ました「もう少しノアと一緒にいるよ。ノアの事が知りたいんだ」
「分かった。じゃ、戻れたらまた戻ってくる」
エリックはそう言うと、車は一瞬のうちに消えていきました。
ノアがアダムが近づいて来るのを見ていると、後ろから再び女性の声が聞こえてきました。
「ノア、話があるの」
ノアが後ろを振り返ると、太目の女性がまだいました。
「話って?僕は施設に行くのは嫌だ。もうあんなところには戻りたくない」
ノアは首を大きく振りながら断ると、その女性は首を振りました。
「違うのよ。その話じゃないわ。今日はある人に会ってもらいたくて来たのよ」
「ある人・・・・・?」
するとノアの目の前に、見覚えのある女性が現れました。
細身で黒いスカーフをかぶり、長い髪を後ろに束ね、黒のワンピース姿の女性。
それは先日、玄関の前で追い払った女性だったのです。
その女性はノアの目の前まで来ると、ノアの顔を見つめていました。
そして両手を顔にやり、黒いスカーフを取ると、女性の顔がよく見えるようになりました。
女性はノアにさらに近づくと、右手を伸ばしました。
ノアの左頬に手のひらを当てると、女性はノアを見つめながら言いました。
「ノア、よかった・・・・・こんなに大きくなって」
「あ、あの・・・・・・あなたは・・・・・?」
ノアが戸惑っていると、太目の女性がノアの後ろに来て言いました。
「ノア。この人はあなたのお母さんよ」
それを聞いたノアはさらに戸惑いました。
「え・・・・・?僕のお母さん・・・・・?」
「そうよ」太目の女性はうなづきました「遠くからずっとあなたのことを見ていたのよ。今までずっと・・・・」
「でも、僕のお母さんは死んだって、お父さんから聞いたけど・・・・」
「それは嘘よ。お母さんはお父さんに追い出されたの。あなたが小さい時にね」
「そんな・・・・・・」
「今までなかなか言い出せなくてごめんなさい」細身の女性は謝りました「本当なら、お父さんが亡くなった時に迎えに行けばよかったわ。
でも、生きて行くのがやっとだったの。仕事を見つけて生活に余裕ができたら迎えに行こうと思っていたのよ」
「お母さんは仕事がなくて、ずっと苦労してきたの。でもずっとあなたのことを見ていたのよ。
時々ボランティアからもらった食事をあなたに持っていっていたの。もらったほとんどをあなたにあげていたわ。
玄関に置いてあったでしょう?」と太目の女性
それを聞いたノアは思い出しました。
そういえば、時々玄関に置いてあった食べ物が入った包み紙。
あれはお母さんが置いて行ったものだったんだ・・・・・・。
それでもノアは信じられませんでした。
「・・・・そんな、信じられないよ。今さらそんなことを言われても」
すると今まで話を聞いていたアダムが聞きました。
「ノア、何か持ってないの?お母さんの顔が分かるもの」
ノアが黙っていると、細身の女性が両手を首にやりました。
首にかけているペンダントを外し、ペンダントのロケットのフタを開くと、ノアに差し出しました。
「あなたと一緒に撮った写真よ」
ノアはその写真を見た途端、はっと気がつきました。
そして慌ててズボンのポケットから写真を出して見て見ると、全く同じ写真だったのです。
「・・・・同じだ。僕が持っているものと同じ写真だ」
ノアは細身の女性が母親だと分かった途端、大粒の涙があふれだしました。
そして細身の女性を見ると、泣きながら細身の女性に抱きつきました。
「お母さん・・・・・」
「ノア、ごめんなさい。遅くなって・・・・・本当にごめんなさい」
2人が泣きながら抱き合っているのを見ながら、アダムはよかったと思いました。
その後、ノアのお父さんが作った円盤は病院で壊されると、その場にいた患者はもちろん、別の場所にいた患者の記憶が戻りました。
全員の記憶が戻ったので、ノアは警察に捕まることはなくなりました。
それから、しばらくしてノアが住んでいた廃墟の家はきれいに建て替えられました。
家を壊した時に、家の屋根の1部に細長いアンテナのようなものがあり、それがノアのお父さんの部屋へつながっていました。
そのアンテナはノアのお父さんが作ったもので、太陽の光を集めてお父さんの部屋の電気を作っていたのです。
ノアがどうして今まで廃墟で暮らせていたのかが分かると、そのアンテナを残すことにしました。
きれいになった家の半分は身寄りのない子供達の施設になりましたが、もう半分はノアと母親が一緒に暮らすことになりました。
母親は施設で働きながら、ノアと一緒に暮らせるようになりました。
ノアは施設の子供達と一緒に遊んだり、時々アダム達が施設に来て一緒に遊ぶようになり、楽しい時を過ごしました。