炎の戯れ

 



ホーパスは火がついている炎の花を見つめていた。



どうしてこの花だけ火がついているんだろう。



ホーパスは他の花も火をつけていないかタワーを見渡してみるが、側にある炎の花以外は火はついていなかった。
ホーパスは再び火がついている炎の花を見ると、近寄って声をかけた。



「ねえ、どうして君だけ火をつけてるの?」



炎の花は火をつけたまま、何も反応を示さない。



ホーパスは再びタワーを見渡しながら大きな声で言った。
「君達をここから助けたいんだ。さっきアルフが明日火をつけるって言ってたけど、アルフは言うことを聞かなかったら
 電流を流すって・・・・。ひどいことをされるかもしれない。だから助けたいんだ。どうすればいい?」



タワーについている炎の花は何の反応も見せなかったが、しばらくすると側にある炎の花の火が消えた。
それに気がついたホーパスがその花を見ると、再び火をつけたり、消えたりしている。
「君だけ僕の声に応えてくれるんだね」
ホーパスが再び話しかけると、炎の花は応えるように火をつけた。
「あの村に帰りたい?」
すると炎の花は応えるように火を消し、すぐに火をつけた。



「助ける・・・・とは言ったけど、どうやってここから君達を連れて帰ろうか?」
タワーを見上げながらホーパスが考えていると、炎の花はホーパスの茶色い尻尾に気がついたのか、尻尾に向けるように火を近づけた。
さらに多くの葉が尻尾に向かって伸びると、だんだんと尻尾にしがみつくようにまとわりついてきている。
「ん?何だろう・・・・・・尻尾に何かまとわりついているような気がする・・・・!?」
ホーパスが気がついて尻尾を見ると、思わず声を上げた。
そこにはすっかり炎の花の緑の葉に巻かれ、緑になっている尻尾があった。
尻尾の先にはさっきまでタワーについていた炎の花がついている。
「分かった。君を先に連れて行くよ。このまま行こう」
ホーパスは炎の花を尻尾につけたまま、村へ帰ろうとタワーを離れるのだった。



それから数時間後。
朝になり、村ではアルマスが部屋で目覚めたところだった。



ホーパス、帰ってきたかな・・・・・・。
夜遅くまで待ってたけど、帰ってこなかったみたいだ。
一体どうしたんだろう。



アルマスが辺りを見回しホーパスの姿を探していると、外からふわふわと何かが入ってきた。
緑の細長いものが部屋に入ってくると、アルマスはそれをじっと見つめている。



一体、何だろう・・・・・植物の茎みたいだけど。
もしかして炎の花?



アルマスは浮いているそれが炎の花だと気がつくと、はっとして声をかけた。
「ホーパス?ホーパスなの?」



すると目の前にホーパスが姿を見せた。
「やっと帰ってこられた・・・・・・」
「ホーパス!」ホーパスの姿を見た途端、アルマスは声を上げた。「今までどこに行ってたの?遅いから心配だったんだ」
「アルマス・・・・・ごめんね。向こうに行ってから大変だったんだよ」
ホーパスが疲れたような表情でアルマスに話していると、アルマスは炎の花がついている尻尾に気がついた。
「炎の花がついてる・・・・・あの村から持って帰ってきたの?」
「うん。話をするよ・・・・・その前に少し休ませて」
ホーパスはそのまま床に降りると、大きなため息をついた。



「・・・・・そんなことがあったんだ。大変だったね」
しばらくしてホーパスの話を聞いたアルマスは、ホーパスの尻尾についている炎の花を取ろうとしていた。
両手でようやく炎の花を取ると、ホーパスは尻尾を見ながら
「やっと外れた。よかった・・・・・・もう取れないかと思ってた」と尻尾を動かしている。
アルマスはあちこち動いている尻尾を見ながら
「でも、どうしてこの炎の花だけ火がついてたんだろう・・・・・今は消えてるけど」
「それはその花がタワーの重要な役割をしているからじゃろう」
聞き覚えのある声に2人が一瞬動きが止まると、部屋に村長が入ってきた。



「村長さん・・・・話を聞いてたんですか?」
アルマスが村長に聞くと、村長はうなづいた。
「ああ、聞いていたよ。朝食ができたから呼ぼうと思っていたら声が聞こえてきたから、ちょっと聞かせてもらった」
「タワーの重要な役割って?」とホーパス
「その花はタワーの一番下にあったのじゃろう?タワーにある炎の花の全体を仕切る指示役だったのかもしれない」
村長はアルマスの両手にある炎の花をじっと見ている。
「指示役?」とアルマス
「この炎の花は大きい方じゃな。タワーにある他の花は見ていないから分からないが、アルフはこの花がタワーの中では
一番大きいと思ったのじゃろう。大きい花を下に置けば、他の小さい花は大きい花の言うことを聞く。
 この花はアルフの言うことを聞いて動くだろうとも思ったじゃろう。だからタワーの一番下に置いたんじゃ」
「でも今はその指示役がいない・・・・・・いなくなったらタワーはどうなるんですか?」
「アルフが気がついていたら、代わりの指示役をタワーの下につけるじゃろう。気がついた時点でまだ炎の花を付け替える時間があればの話じゃ」
「もし気がついてなかったら?」とホーパス
「この花はそれなりに大きいからさすがに気がつくかもしれんが、気がつかずにタワーに火をつけたらどうなるかはわからないな・・・・・」
村長は炎の花を見ながら答えると、続けてアルマスに頼んだ。
「この花は池に戻せば、また大きく育つかもしれん。リクに頼んで後で池に持って行ってもらうようにしよう。こっちに渡してもらえるかな」
アルマスがうなづいて村長に炎の花を渡すと、村長は炎の花を右手に持った。
「リクが池に行くまでの間は像の前の花瓶に入れておこう・・・・・お前さん達は先に朝ご飯を食べに行くといい」
村長が部屋を出て行くと、2人も後に続いて部屋を出た。



それから数時間後。
夕方になり、アルマスとホーパスは炎の花が咲いている池の前にいた。
池の周りには衣装を着た子供達が数人集まっている。



だんだんと空が暗くなってきた。
これから祭りが始まるけど、どんな祭りなんだろう。



アルマスが陽が落ちて暗くなっていく空を見上げていると、すぐ隣でホーパスが空を見ながら心配そうな表情で
「あのタワーに残ってる炎の花、今頃どうなってるんだろう・・・・・・」
「タワーに残ってる花?」
アルマスがホーパスの方を向くと、ホーパスはうなづいて
「全部持って帰るつもりだったのに、結局あの1輪しか持って来れなかった」
「ホーパス、全部持ってくるつもりだったの?」
「うん。でも多すぎて全部は無理だと思ってたけど。それに行ってくる時間がなかったから・・・・・」
ホーパスが途中まで言いかけると、後ろから衣装を着たカイが2人のところにやって来た。
「アルマス!」
「カイ、そろそろ祭りが始まるんじゃないの?どうしたの?」
アルマスが後ろを振り返ってカイを見ると、カイはアルマスを見ながら
「衣装が1セット余ってるんだ。よかったら着て、一緒に参加しない?」
「え・・・・・いいの?」
「村長やリクに聞いたら、いいって。まだ時間があるから一緒に行こうよ」
「せっかくだから参加しようよ。とは言っても僕はただ見てるだけだけど」とホーパス
「じゃ、せっかくだから参加してみようかな」とアルマス
「やった!じゃ小屋に行って着替えてこなくちゃ、急いで行こう!」
カイは嬉しそうにアルマスの右手を取ると、2人は小屋へと走り出した。



一方、あの村ではテントが外され、タワーが外に出ていた。
タワーの周りには大勢の人々がタワーを見ようと集まってきている。



そんな大勢の人々を見ながら、アルフはタワーに向かっていた。
タワーの炎の花に火をつける時間が近づき、タワーへと歩いていると、タワーから1人の男がアルフを見るなり大声を上げた。
「アルフ!おい、アルフ!」
「何だ?そんな大きな声を出さなくても聞こえてるぞ」
アルフが男の前まで来て止まると、男は慌てたような感じで
「昨日まであったタワーの指示役の花がなくなってる」
「何だって・・・・・・?」
アルフはタワーの一番下を見ると、昨日まであった炎の花がなくなっている。



「お、おい!なんでもっと早く言わないんだ?火をつけようとする直前になって」
アルフが戸惑いながら男を責めると、男は困惑した表情で
「今さっき気がついたからしょうがないだろう?」
「今朝お前は部屋にいなかったじゃないか、タワーを見に来たんじゃなかったのか?」
「今朝は別のところに行ってた。だからここには来てない・・・・・どうするんだ?」
「タワーについている他の花を指示役にするしかない」
アルフはタワーに目を移すと、どの花にするか選び始めた。
「早くしないと祭りが始まる時間になるぞ」
「ああ、分かってる・・・・・・これを移そう」
アルフは目についた小さめの炎の花を取ると、一番下に移した。



アルフは小さめの花を移し替えるのを終えると、男がアルフに声をかけた。
「アルフ、時間だ」
するとアルフは後ろを振り返り、大勢の人々の方を向くと、大きな声で話し出した。
「皆さん、お忙しい中お集まりいただきありがとうございます。ここにある大きなタワーは私がこの村の発展のために
 作ったものです。タワーにはところどころに炎の花が植えてあります。火をつけるととても幻想的できれいなイルミネーションを
 楽しめるかと思います。では火をつけたいと思います・・・・・」



大勢の拍手が沸き起こる中、アルフはタワーの一番下の移し替えた炎の花の方を向くと、火をつけるように目配せをした。
しかし炎の花は火をつけようとせず、タワーは暗いままである。
アルフは仕方がなく、テーブルに置いてある赤いボタンを押そうと右手を伸ばした。



一方、衣装に着替えたアルマスはカイと一緒に池に戻ってきた。
「その衣装、いいね。この村の人みたい。よく似合ってるよ」
カイがアルマスを見ていると、アルマスは戸惑いながら
「そ、そうかな・・・・ありがとう。でも本当に祭りに参加していいの?」
「リクがいいって言ってたから、いいと思うよ」カイはうなづくと辺りを見回しながら続けてこう言った。
「それに今年は人が少ないから・・・・・参加する人も少ないし」
「え、そうなの?」
アルマスは辺りを見回してみた。
辺りは子供達の両親らしい大人達と、祭りを見に来たと思われる人達がちらほらといる。



アルマスはカイの方を向いた。
「どうして少ないって分かるの?前はもっと人がいたの?」
「前はもっと多かったよ」カイはアルマスを見てうなづきながら、続けてこう言った。
「みんなあの村のタワーを見に行ってるんだと思う。とても大きいタワーだって聞いてるし、タワーが珍しいから
 見たい人が多いんだと思う」
「そんな・・・・・・・」
「おい、みんないるか?」そこにリクの大きな声が聞こえてきた。「そろそろ出発の時間だ。行くぞ」



リクの声に反応し、2人が2列に並んでいる子供達の列に行こうとした時だった。
突然後ろの方からものすごい轟音が聞こえてきたのだ。
2人が音が聞こえてきた方を振り向こうとすると、どこかから大声が聞こえてきた。
「大変だ!向こうで大きな火柱が上がってるぞ!」



アルマスが振り向くと、遠くで黒い煙が上がっていた。
黒い煙の中に空に向かって大きな火柱のようなものが上がっている。
「一体何だアレは・・・・・・」
リクが目を見開いて見ていると、1人の男が走ってきた。
リクの前で止まると、前かがみになりゼイゼイと息を吐きながら息を整えようとしている。
「どうしたんだ、一体何があったんだ?」
リクが男に聞くと、男はしばらくして顔を上げて言った。
「・・・・あの村で事故があったらしい。突然大きな爆発音が聞こえてきた」
「何だって・・・・・・!」
「あの村・・・・・あのタワーがある方だ」
話を聞いたホーパスは空に広がる黒い煙を心配そうに見つめていた。



一方、あの村ではタワーが大きな炎に包まれている。
アルフが電流をタワーに流した時、炎の花に電流が通った途端、大きな爆発を起こしたのだ。
タワーの周辺は多くの逃げ惑う人々や倒れている人で道が塞がれ、タワー周辺の建物は爆発時に起こった火が燃え移り
炎に包まれている。



人々が逃げ惑う中、倒れていたアルフが目を開けた。
タワーが爆発した時、爆風でタワーから数メートル離れたところまで飛ばされたのだ。
「・・・・・・・・!?」
アルフが気がついて慌てて起き上がると、周辺の一変した状況にしばらくその場を動けなかった。



「一体、どうなってるんだ・・・・・」
アルフが状況を確かめようと、辺りを見回した。
一緒にいた男の姿を探すが、逃げ惑う人々が多く、姿を確認できない。
「あいつ・・・・・一体どこに行ったんだ?」
アルフが男を探そうと歩き始めた途端、どこかから爆発音が聞こえてきた。
音が聞こえた方を向くと、さらに爆発音があちこちから聞こえてきている。
爆発音と共に火柱が上がるたび、逃げ惑う人々から悲鳴や怒号のような大声が聞こえてきている。



爆発しているのはあのタワーだけじゃない。
一体、何が起こってるんだ。



アルフは状況が把握できないまま戸惑っていると、目の前に1人の男が通りかかってきた。
アルフはその男の右腕を掴むと、大声で聞いた。
「おい!一体何が起こってるんだ?」
「あちこちの工場で爆発が起こってるみたいだ」腕を掴まれた男は驚いたような表情でアルフの顔を見た。
「工場で爆発?」
「ああ、爆発して火事になってる。みんなどこに逃げればいいか分からないからどうしようもない」
「どうして爆発が起こってるんだ?どんな工場なんだ?」
「この辺りはみんな炎の花を使ってる。炎の花が爆発したんじゃないか?そろそろ放してくれ!」
男はアルフの手を振りほどくと、さっさとその場を後にしてしまった。



炎の花が爆発した・・・・・・。
タワーだけじゃなく、他の工場も。
もしかしたら火の神の怒りに触れたのかもしれない。



アルフは火柱に包まれていく建物を見つめながら、ぼんやりと立ち尽くしていた。



「また火柱が上がった・・・・・」
遠くで火柱が次から次へと上がっていくのを、リク達は池の側から見ていた。
「火の神の怒りだ・・・・・・ここまでひどくなるとは」
「もうあの村はどうしようもない。このままだと村はなくなるだろう」
周辺の村人達がそうつぶやきながら火柱を見ていると、村長がやってきた。
「お前達。祭りはどうしたんじゃ?」



村長の言葉に、村人達は戸惑いを見せた。
「村長、それどころじゃないですよ。あの村がとんでもないことになってるんですよ」
「祭りは中止した方がいいんじゃないか?火の神がお怒りになっているのに」
村人達がざわついていると、村長は火柱が上がっている空を見た。
「ああ、それは分かっている。お前達がそう言うのもよく分かる・・・・でも祭りはこのまま続ける」
するとさらに村人達がいっそうざわついた。
「どうしてですか?火の神が怒っているのに。さらに怒らせるつもりなんですか?」
リクが村長に尋ねると、村長は村人達を見ながら話し始めた。
「祭りはこの村の発展を祝うためだけではない。この村に鎮座している火の神を崇め、火の神に感謝することでもある。
 今回のあの村での事はこの村の住人だったアルフが引き起こしたことじゃ。この村の住人だったからこそ我々は火の神に謝罪し、
 火の神の怒りを鎮め、機嫌を直してもらうためにも祭りを続けるんじゃ」
「で、でも・・・・・・」
「祭りをこのまま続けるんじゃ。あとはなんとかなる。このまま続けるんじゃ」
村長が深くうなづきながらリクを見ると、リクは仕方がなさそうにうなづいた。



リクは並んでいる子供達の列を見ながら声を上げた。
「祭りはこのまま続ける!全員揃ってるか?そろそろ出発するぞ」



しばらくしてリクを先頭に、子供達の列が池から出発した。
最後尾にはカイとアルマスが並び、前の子供達が動き出すと、2人もゆっくりと歩き始めた。



子供達が出発した後、村長は家に戻った。
像が置いてある部屋に入り、像の前に座ると、両手を合わせた。
「火の神よ。今回の事は謝ります。お許しください・・・・・・・・どうか怒りをお鎮めください」
像に深々と頭を下げて、再び顔を上げると、お経のようなものを唱え始めた。



しばらくすると像の横に置いてある花瓶に飾っている炎の花の火がついた。
ホーパスがあの村のタワーから持ってきた炎の花だった。
その火は今までとは違い、火の周りにさらに小さく丸い玉のような火がついている。
まるで火の花が咲いたような形になっていた。



村長がようやく祈りを終えると、花瓶の炎の花に気がついた。
「そういえば、リクに持って行ってもらおうと思っていたが・・・すっかり忘れていたな」
村長は炎の花を取ろうと右手を伸ばすと、一瞬驚いたような表情を見せた。
「これは・・・・・・やはりそうか。そうじゃったのか」
炎の花の火の形を見ながら、村長は納得するように何度もうなづいた。
そして炎の花を花瓶からそっと持ち出すと、そのまま部屋を出て行った。



しばらくして村をまわってきた子供達が池に戻ってきた。
「持っている炎の花を池に入れるんだ」
リクが子供達に声をかけると、子供達は次々と持っている炎の花を池に入れて行く。
「どうして炎の花を池に入れるの?」
それを見たホーパスがカイに聞くと、カイは前に並んでいる子供達を見ながら
「収穫した炎の花を元に戻すんだ。また花が咲くようにね・・・・・それに」
「それに?他に何かあるの?」
「それは今は言えない。すぐ分かるよ」
カイがそう言った途端、前にいる子供達が池に炎の花を入れて、左右へと行ってしまった。
アルマスは持っている炎の花を池に差し出しながら
「僕等の番だね。炎の花を池に入れればいいの?」
「投げ入れてはいかん。そのままそっと池に入れるんじゃ」
「村長さん・・・・!」
カイの驚いた声にアルマスが後ろを振り返ると、2人の間に炎の花を持った村長の姿があった。



カイが村長の持っている炎の花にさっそく気がついた。
「村長さん、それ・・・・・火の形が他のと違う」
「その通りじゃ」村長は深くうなづいた「どうして他の花と違うのか分かるか?」
リクは村長の持っている炎の花の火を見ながら考えている。
「それは・・・・・・」
「この花は火の神の子孫にあたる花じゃ。つまり火の神の子供じゃ」
それを聞いた周辺の村人達がざわつき始めた。
「火の神の子孫の花がどうしてここに?」
「普段は池に咲いているんじゃないのか?我々は触れてはいけないというのに」
「静かに」村長は周りを見回しながら低い声で言った。「確かにこの花は普段は池に咲いている花じゃ。我々が触れてはならん花じゃ」
するとリクは気がついたのかはっとして
「それはもしかしたら・・・・・アルフが盗んだ花じゃ」
「その通りじゃ」村長はうなづいた「アルフはこの花の事を知ってか知らずか分からないが、この花を盗んだ事が火の神の怒りの原因かもしれん」



村長は炎の花を持っている右手を池へと伸ばした。
そして静かに落とすように入れると、隣にいたアルマスとカイも同じように炎の花を入れた。
村長は池に向かって両手を合わせた。
「火の神よ。子孫を池に返した。今回はこれでどうかお許しください・・・・・・・」
それを聞いた周りの村人達も池に向かって祈るように両手を合わせた。



村長が目を開け、池を見るが池には何も変わった様子は見られなかった。
「何も起こらない・・・・・一体どうなっているんじゃ」
村長が池を見ていると、池の上をふわふわと浮いているホーパスが何か見つけたのか、あっという声を上げた。
「池から何かが上がってきてる・・・・・!」
「何だって?」
リクがホーパスに聞き返した途端、池から1輪の炎の花が上がってきた。
そして火をつけると、それに続けとばかりに池から炎の花が次々と上がってきた。
上がってきた炎の花は次々と火をつけ、池はたちまち大きな炎に包まれていく。
「こ、これは・・・・・・」
村人達が炎に包まれている池を茫然と見ていると、村長も池を見ながらうなづいた。
「火の神は我々を許してくれたんじゃ。これからいつもの祭りが始まるぞ」



アルマスが黙って炎に包まれた池を見ていると、カイが話しかけてきた。
「僕等がさっき入れた炎の花が池に上がってきてるんだ。これから本当の祭りが始まる」
「え、これからが本当の祭りって・・・・・?」
アルマスがカイの方を向くと、カイはアルマスを見て答えた。
「僕等が村をまわって、炎の花を池に入れただろう?そうするとその花と池に咲いている花が集まって上がってくるんだ。
 上がってきた後、いっせいにこうやって火をつけたり、消したり、風に乗って飛んだりするんだよ。僕等はそれを見て楽しむんだ」
「え、それって炎の花が自分達でやってるの?」
「そうだよ。もしかしたら火の神が炎の花を動かしてるのかもしれないけど・・・・・」
「あっ!あれはなんだろう?」
カイが話をしている途中、ホーパスの大声が割り込んできた。
「ホーパス、どうしたの?」
アルマスが上で浮いているホーパスを見上げると、ホーパスはアルマスとカイにこう言った。
「後ろから大きな火がこっちに向かってるんだ!そろそろこっちに来るよ!」
「えっ・・・・・・?」
アルマスが戸惑っていると、ホーパスの近くを大きな火の固まりが横切って行った。
そして池に向かって落ちたかと思うと、池の炎がさらに大きくなった。



アルマスはカイを見ると、カイも戸惑いの表情を見せた。
「空から火が落ちてきたりするの?」
「いいや、今までそれはなかったよ。初めてだ」
カイが首を振りながら池を見ていると、後ろから大きな声が聞こえてきた。
「おい、さっきと同じような火がまた飛んできてるぞ!気をつけろ!」
「え・・・・・・?」
2人がいっせいに後ろを振り返ると、空から大きな火の固まりが次々と飛んで来ている。



「一体、何だこれは・・・・・・全部池に向かっているようだ」
「こんなのは見た事がないぞ」
「あの村からこっちの池に全部向かっているみたいだ」
「一体、何が起こってるんだ?」
周辺の村人達も飛んできている火の固まりを見つめている。
「あの村の方向からこの池に向かってきてる・・・・・全部炎の花か?」
リクが火を固まりを見ていると、村長はうなづいた。
「おそらく、そうじゃろう・・・・・アルフが盗んだ炎の花が全部この池に戻ってきているんじゃ」
「それにしてもこれはすごい数だ。炎の花の意志で帰ろうとしているのか・・・・・?」
「そうかもしれないが、さっき池に入れた火の神の子孫が呼んでいるのかもしれない。それとも火の神が呼んでいるのか・・・・・・
 どちらにしても呼ばれたら逆らえないじゃろうからな」
「・・・・・・・」
「とにかく、落ち着くまでしばらくの間、我々はこうして見ているしかない」
村長は火の固まりが次々と落ちて行く池を見つめていた。



村長達から少し離れたところで、アルマスとカイも炎が大きく燃え上がっている池を見つめていた。
「だいぶ炎が大きくなってきた。もう炎の花は落ちて来ないかな?」
アルマスが池の炎を見ていると、ホーパスは2人の上で空を見ている。
「もうあまりこっちに来てないみたい。さっき落ちたので終わりかな」
「そうなんだ・・・・でも大きな炎になったね」
アルマスがカイに声をかけると、カイも池の炎を見ながら
「うん。こんなに大きな炎を見たことはないよ。今までより一番大きいんじゃないかな」
「でもこの後どうなるの?」
「この後は・・・・・うわっ!」
カイが話していた時、大きな風が池に向かって吹いて来た。
風によってあおられた大きな炎が波のようにうねり、池の側にいるカイを襲った。
「カイ!」
アルマスの目の前に突然真っ赤で大きな炎が現れたかと思うと、その炎はカイの体をさらって行った。
炎はカイの体と一緒に再び池へと戻ると、カイが池に落とされたのかバシャンという水の音が聞こえてきた。
「カイ!」
アルマスは池に向かってカイの名前を呼ぶと、自ら炎が燃えさかる池の中へと飛び込んで行った。



アルマスが池へと飛び込むのを見たリクが大声を上げた。
「アルマス!」
リクが続いて池へと飛び込もうとすると、後ろから2人の男がリクの体を抑えつけた。
「無茶だ、こんな大きな炎の中に飛び込むなんて」
「放せ!子供が2人もあの中にいるんだぞ!」
リクは押さえつけている2人を振りほどこうと、力ずくで両腕を動かそうとするが、2人の男も必死でリクの両腕を抑えつけている。
村長がリクの前に来て止まると、大きく首を振りながら
「今は危険じゃ。炎が大きくなっている。今あの中に入るのは止めた方がいい」
「じゃ・・・・・あの2人を見殺しにしろって言うのか?」
「それは火の神に委ねるしかない」
「くっ・・・・・・・」
リクは顔を歪めながら池を見ると、池の周りにいる他の村人達も池を見つめていた。



「アルマス!カイ!」
一方、ホーパスも池の上空から2人の姿を探している。
大きな炎を避けながら池の周りを探しているが、2人の姿は見当たらない。
「どこにいるの?アルマス!返事をして!」
ホーパスが大きな声でアルマスに呼びかけるが、返事はない。



一方、池に飛び込んだアルマスはカイの姿を探していた。
水面は火のオレンジがかった色に染まっているが、池の底は火の光が届かず、真っ暗になっている。
アルマスがカイがいないか、辺りを見回しながら泳いでいると、目の前にいきなりオレンジ色の光が飛び込んできた。



うわっ・・・・・ま、眩しい。



光の眩しさに思わずアルマスは目を閉じた。
そしてゆっくりと目を開けると、そこにはアルマスと同じ大きさの人の形をした火の固まりがあった。
アルマスが見ていると、突然手足のようなものが動き出した。



アルマスは驚いて一瞬体をビクっとさせながら、火の固まりを見つめている。



何だろう・・・・まるで人のような形をしてる。
池の中なのに火は消えないのかな?



アルマスがそう思っていると、火の固まりはアルマスに何かを伝えたいのか
両手のようなものを上に上げたり、下げたりしている。



何だろう、上に上がれって言ってるのかな?
上に行けば、もしかしたらカイがいるのかもしれない・・・・・。



アルマスが考えているうちに、火の固まりが水面へと動き始めた。
アルマスも後を追って、水面へと上がり始めた。



「あの2人、上がって来ないぞ・・・・・」
「池に落ちてからもうしばらく経つな」
「炎の熱にやられて、池に沈んだんじゃないか?」
「このまま上がって来ないんじゃ・・・・・・」
池の周りで村人達が話をしているのを聞きながら、リクは炎で燃え盛る池を見つめている。
「もうかなり時間が経っている。もしかしたらもう・・・・・」
村長がリクの隣で池を見ていると、リクは村長の方を向いた。
「村長・・・・」
「残念じゃが、もうあきらめるしか・・・・・・!?」
村長がそう話している途中、突然池の中心に大きな炎が上がった。
「な、何だ・・・・・・」
リクも気がついて再び池に視線を戻すと、その炎はだんだと人の形に変わっていく。
そして人の形に変わった時、村長ははっとして声を上げた。
「あれは火の神じゃ!池に火の神が現れたぞ!」



村人達が火の神の前で座り、頭を深々と下げている。
村長も頭を下げ、顔を上げると火の神に向かって
「火の神よ。今回の事は謝ります。どうかお許しください・・・・・・」と深々と頭を下げた。
リクを含む他の村人達も、村長に続いて再び頭を下げている。



それが何度か繰り返され、しばらくすると誰かが気がついたのか声が上がった。
「火の神のところに誰かがいるぞ!」
「何だって?」
それを聞いたリクが火の神の姿をよく見ると、腕と思われるところに誰かが乗っているように見える。
すると火の神の側まで近づいたホーパスが叫んだ。
「カイ!カイがいるよ!」



それを聞いた村人達がいっせいに火の神を見た。
そしてカイの姿を見つけると、次々と驚きの声が上がった。



ホーパスは火の神に乗っているカイに近づいた。
「カイ、助かったんだね。よかった・・・・・・」
「うん」カイはうなづいた「池に落ちたけど、すぐ温かくなったんだ。気がついたらこうなって・・・・」
「でも、アルマスはいないんだ」ホーパスはカイの周辺を見回している「アルマスがどこにいるか知らない?」
「え、アルマスがいないの?それは・・・・・・」
カイが下を向いた時、池の水面が揺れ出した。



池の水面が大きく揺れると、程なくして池から小さい人の形をした炎が上がってきた。
続いてアルマスが上がって来ると、それを見ていた村人達から驚きの声がいっせいに上がった。
「アルマス!」
リクが驚いて声を上げると、ホーパスは真っ先にアルマスのところへ飛んで行った。
「アルマス!よかった。無事だったんだね!」
「ホーパス!」ホーパスを見た途端、アルマスは声を上げた。
「カイは向こうにいるよ、2人とも助かってよかった!」
ホーパスがカイがいる方向を前足で上げると、アルマスは火の神の腕に乗っているカイの姿を見た。
「カイ!よかった・・・・・助かったんだね!」
「アルマス!」
カイがアルマスに向かって手を振ると、リクの声が聞こえてきた。
「アルマス、カイ!大丈夫か?熱くないのか?」



カイは大勢の村人の中にリクを見つけると、大声で答えた。
「大丈夫!」
「アルマスも大丈夫か?」とリク
「大丈夫です!」
アルマスがリクに向かって答えると、カイの方を向いた。
カイはアルマスに向かって声を上げた。
「そろそろ陸に戻ろう。みんな待ってるから」
「うん」
アルマスがうなづいて答えると、カイは火の神の腕から降り始めた。
カイの体が火の神の体を滑るように降りて行く。
下まで降りて行き、バシャンという水の音が聞こえた後、しばらくしてカイが水面から顔を出した。



カイが陸に向かって泳ぎ始めた時、下からオレンジ色の絨毯のような炎が上がってきた。
その炎はカイの体を乗せると、水面に上がってきた。
ホーパスはそれを見て驚きながら
「カイが火の上に乗ってる!熱くないの?」
「熱くないよ!それにとても温かいんだ。布団の上に乗ってるみたい」
カイが大きな声でホーパスに言い返すと、カイを乗せている炎がゆっくりと動き出した。
前に進んだと思えば、突然方向を変えて左右に移動したり、後ろに下がったりしている。
カイはだんだん楽しくなり、炎の上で踊ったり転げまわったりしている。



そんなカイの姿をアルマスが見ていると、再び池から人の形をした火の固まりが上がってきた。
アルマスに手を差し伸べるかのような動きを見せると、アルマスはその手を右手でつかんだ。



本当だ。カイの言った通りだ・・・・・とても温かい。



そう思った途端、火の固まりがアルマスの左手をつかんだ。
そして水面に上がったかと思うと、その場をくるくると踊るように回転を始めた。
しばらくその場を回転した後、そのまま水面を滑るかのようにゆっくりと移動を始めた。
火の固まりとアルマスの周りには炎の花が火をつけたまま移動し、上下に動いたり、左右に揺れたりしている。



「2人ともいいな・・・・・とても楽しそう」
カイとアルマスの姿をホーパスがうらやましそうに見ていると、下から炎の花が上がってきた。
ホーパスの周りを取り囲むと、それぞれの火がついたり消えたりしている。
「うわあ。とてもきれい。動きながらでもできるのかな?」
ホーパスが試しに右へ動くと、周りを囲んでいる炎の花も右へと動いた。
今度は左に動くと、炎の花も左へと動いた。
「うわあ、とても楽しい!今度は向こうまでついて来れるかな?」
ホーパスは楽しくなり、今度は池の奥の方へ移動すると、炎の花も一緒に動き出した。



「これは奇跡じゃ。こんな光景は今まで見た事がない」
村長は池で起こっていることを見つめながらつぶやいた。
「これは・・・・・一体何が起こってるんだ?」
村長の隣でリクも信じられないという表情で池を見ている。
「火の神は許してくれたんじゃ。でなければこんな光景を見る事はないじゃろう・・・・火の神に感謝しなければ」
村長は腰を下ろすと、池の奥にいる火の神に向かって再び深く頭を下げた。
それを見た他の村人達も村長に続いて頭を下げるばかりだった。



しばらくして村長が頭を上げ、再び池を見た。
火の神の姿が人の形ではなく、火の形に戻っている。
それにだんだんと池に沈んでいるのか、小さくなってきていた。
「火の神が池に戻って行く。最後まで見送るんじゃ」
村長が再び頭を下げると、他の村人達も再び頭を下げた。



火の神が池に沈んでいくにつれ、辺りの炎の花の動きもだんだんと静かになってきた。
そして大きな炎が池の中に消えてしまうと、炎の花の火もいっせいに消えてしまった。
「祭りが終わった・・・・・・」
池から上がったカイが空を見上げると、夜明けが近いのかすっかり明るくなってきていた。



それから数時間後。
祭りが終わり、アルマスとホーパスは村を出ることになった。
「・・・・あまりにも急じゃのう。もう少しここにいればいいのに」
家を出たところで村長が引き留めるように言うと、アルマスは首を振りながら
「いいえ、元々祭りが終わるまでの間でしたから」
「もしよければこのままこの村に住んでもいいんじゃよ。その方がカイも嬉しいじゃろうし・・・・」
「それにしてもカイ、来るのが遅いな」
村長の隣でリクが辺りを見回している。
「それに他のところも見てみたいんです。他のところに行って色々と見てみたいんです」とアルマス
「そうか・・・・・なら仕方があるまい」
村長は右手をズボンのポケットに入れ、ポケットから右手を出すと、再びアルマスを見た。
そして右手をアルマスの前に差し出しながらこう言った。
「これを持っていきなさい。今後何かの役に立つじゃろう」
「え・・・・・・?」
アルマスは村長の右手にあるものを見た。



村長の手のひらには金色の指輪があった。
空からの太陽の光が射し込み、金色の光が輝いて見える。
「そ、そんな・・・・・・そんなきれいなもの、もらえません」
指輪を見て、アルマスが慌てて断ると、村長は構わず
「いいからもらっておきなさい。今後何かあった時のためじゃ」
「で、でもそんな高そうなもの・・・・・僕にはもったいないです」
アルマスは指輪を戻そうと村長の手を右手で触れた時、村長はアルマスの右手を見た。
「・・・薬指にあざがあるな。それはどうしたんじゃ?」



言われたアルマスは思わず右手の薬指を見た。
薬指の付け根のところに見覚えのない、褐色のあざのようなものが指についている。
そのあざはまるで指輪をしているかのように、裏側までクッキリとついていた。
「これは・・・・・?昨日まではなかったのに、どうして・・・・・」
「それは火の神がつけた証のようなものじゃ」
アルマスがあざを見ていると、村長もあざを見ながら言った。
「昨日の祭りの時についたのじゃろう。火の神と触れ合ったことでついたんじゃ・・・・・。
 過去にも火の神と触れ合ったことであざが残っている者がおる。最初はやけどだと思うようじゃ」
ホーパスもアルマスの指のあざを見ながら
「これって、しばらくすれば消えるの?」
「それは分からん。しばらくして消える者もいれば、ずっと残っている者もいる。
でも火の神の証じゃから、この村の住人として認められた証でもある」
「・・・・・・」
アルマスが黙ってあざを見ていると、村長はアルマスを見て
「気になるようじゃったら、この指輪で隠せばいい。それにこの指輪も火の神の証じゃ。つけていれば火の力が使える。
今後の旅の役に立つじゃろう。持っていきなさい」
「・・・・・ありがとうございます」
アルマスは指輪を村長から受け取ると、そのまま右手の薬指にはめた。
指輪がアルマスの指にぴったりとはまると、あざは指輪に隠れて見えなくなった。



そこにカイが走ってきた。
「アルマス!どうしても行っちゃうの?」
カイがアルマスの姿を見るなり、大きな声で聞いた。
アルマスはうなづいて
「うん、もう少し他のところも行ってみたいんだ」
「そんな・・・・・せっかく友達になったのに」
カイが寂しそうな表情をしていると、ホーパスが近づいてきた。
「僕も寂しいよ。でもまた会えると思う・・・・・・またここに来るよ」
「本当?またこの村に来てくれる?」
「うん、また来るよ」
アルマスが答えると、リクが割り込んで来た。
「しばらくのさよならだ。また来いよ。アルマス、ホーパス」
「アルマス・・・・・・・また来てね」
カイがアルマスに抱きつくと、アルマスは何度もうなづいた。



そんな2人の少し離れた木の陰から、走り去る1人の男の姿があった。



しばらくして村長達と別れたアルマスとホーパスは、炎の花がある池の近くを歩いていた。
池は昨夜の祭りとは違い、静かで平穏な空気が漂っている。
「昨日と違って静かだね。昨日はとても賑やかだったのに」
ホーパスが池を見ていると、アルマスも池を見ながら
「昨日は祭りで色々あったからだよ。でも楽しかった」
「アルマス、本当はもう少しこの村にいたかったんじゃないの?もう少しいればよかったのに」
「うん、でももう行くって決めたんだ。それにまた来ようと思えば来られるし」
「次はどこに行くの?」
「分からない・・・・この道に沿って行けるところまで行くだけだよ」
アルマスが歩き出そうとすると、突然目の前に大きな光が現れた。



しばらくすると目の前に時の女神が現れた。
「時の女神だ!」
ホーパスが時の女神を見ていると、時の女神は辺りを見回している。
アルマスとホーパス以外に誰もいないことが分かると、アルマスに向かってこう言った。
「よかった。まだ来ていないみたいね・・・・・今すぐここから離れた方がいいわ」
「え・・・・・どうかしたんですか?今すぐ離れろって・・・・・」
アルマスが何を言っているのか分からず聞き返すと、時の女神は辺りを見回しながら
「早くしないと悪い事が起きるわ。あの大きな木の陰に隠れましょう」と左側にある木々を指差した。
「え?悪い事?」とホーパス
「後で説明するわ。だから今すぐ向こうに行って!」
時の女神はアルマスの右手を取ると、左側へと走り出した。
「ま、待ってよ!」
ホーパスも慌てながら2人の後を追い始めた。



3人が大きな木の陰に隠れて、しばらくすると見覚えのある2人の男がやってきた。
あの村にいるはずのアルフともう1人の男だった。
「おい、確かにこの辺にいたのか?全く見つからないじゃないか」
アルフが辺りを見回しながら男に聞くと、男は深くうなづきながら
「おかしいな・・・・・さっき村長の家から出て行くのを見たんだ。もしかしたらこっちじゃなくて向こう側に行ったかもしれない」
「行先まで聞いてなかったのか?」
「悪いが、そこまでは聞いてない」
「しかし村長も村長だ。あの指輪を外から来たあの子供に渡すなんて・・・・」
アルフは立ち止まり、辺りを何度も見回している。
「あの指輪って?」
男も辺りを見回しながらアルフに聞くと、アルフは男の方を向いて
「火の力が封印されている指輪だ。この村の住人でも持っているのは限られてる」
「お前は持ってないのか?」
「持ってない。なのにあの子供に持たせるなんて・・・・・子供にあの火の力は使いこなせるはずがない」
「それにとてもきれいな金色だった。売ればとてもいい金になる」
「ああ、それもある・・・・・ここにはいないみたいだ。向こうに行ってみよう」
アルフが池に向かって歩き出すと、男もアルフの後に続いた。



2人の姿がなくなると、時の女神は木の陰からそっと顔を出した。
道に誰もいないことを確認すると、アルマスの方を向いた。
「もう大丈夫よ。あの2人は行ったわ」
「よかった」ホーパスはほっと胸を撫で下ろした「もし見つかってたらひどい目に遭ってたね」
「でも、どうしてあの2人がこの指輪の事を・・・・・?」
アルマスが右手の指輪を見ていると、時の女神はその指輪を見ながら
「村長から指輪が渡されるのを見ていたんだわ。それを知ってその指輪目当てに戻ってきたのよ」
「その指輪、とても貴重なものなんだね。村の人でも持ってる人があまりいないなんて」とホーパス
「とにかく、ずっとこの辺りにいるのは危険だわ。またあの2人が戻ってきたら大変よ。今すぐここから離れないと」
「でも、どこに行けばいいの?」
「大丈夫よ。私が連れて行くわ。あの2人が追って来れないところへ」
時の女神は微笑みながら答えると、呪文のようなものを唱え始めた。
3人の周りが明るくなり、だんだんと光で何も見えなくなった。



しばらくして光が消えると、3人がいた木の陰には誰の姿もなくなっていた。
何事もなかったかのように、辺りには鳥のさえずりだけが聞こえていた。