空に近い場所

 



一体、ここはどこなんだろう。



時の女神が去った後、アルマスは辺りを見回していた。
辺りには建物は何もなく、砂漠のような平地が広がっている。
見上げると青い空と白い雲が広がっていて、どちらも先の方まで無限に続いているように見える。



ここからどこへでも行けそうな気がするけど、どこに行ったらいいのか分からない。
どこへ行けばいいんだろう。



アルマスがどうすればいいのか迷っていると、ホーパスが前の方から飛んで来た。
ホーパスの姿を見つけると、アルマスが聞いた。
「ホーパス、どうだった?」
「向こうに大きな滝があるよ。ちょっと遠いところだから歩くけど」
ホーパスが右前足を前に出すと、アルマスは前を見ながら
「大きな滝?ここからだと見えないけど・・・・・・」
「歩いて行けば見えてくるよ。行ってみる?」
「うん、行ってみよう」
アルマスが歩き始めると、ホーパスもアルマスの左横について移動を始めた。



歩き始めてしばらくするとアルマスが口を開いた。
「・・・・・まだ滝が見えないな。かなり遠いところにあるんだね」
「だから言ったでしょ。ちょっと遠いところだって」
ホーパスはアルマスの方を向いた。
「ちょっと遠いって言うから、もうすぐ着くのかなって思ってた。あとどのくらいなんだろう」
「もう少しで着くと思うけど。確か手前に大きな木があったような気がする。見てこようか?」
「ううん、いいよ」アルマスは首を振った「でもどうして時の女神はこんなところに僕達を連れて来たんだろう?」
「さあ。僕に聞かれても分からないよ」
「それに、前にいたところがフラーマっていう炎の国だったっていうのもさっき分かったばかりだったし・・・・
 今いるところはまた別の国なのかな?」
「そうかもしれないね。アルマス、時の女神からここはどこなのか聞いてないの?」
「聞こうと思ったら、もういなくなってた・・・・消えた後だったよ」
「じゃ、誰かにここがどこなのか聞かないと・・・・・あっ」
ホーパスが話をしながら前を向くと、何かを見つけたのか声を上げた。
「どうしたの?」
「大きな木を見つけた。もうすぐ滝が見えるよ」
ホーパスはそう言って足早に移動を始めた。
「待ってよホーパス。あまり急いで行かないで」
アルマスはホーパスの後を追いかけるように走り始めた。



しばらくして、2人は滝がある場所に着いた。
目の前には大きな滝があり、滝つぼに向かって水がしぶきを上げながら流れ落ちて行く。
「ね、大きな滝があったでしょ?」
滝を見ているアルマスに向かってホーパスが声をかけた。
するとアルマスは滝を見たまま
「うん、向かい側だね・・・・・・滝はあるけど」
「あるけど?」
「ここから先は崖になってるから、向こう側には行けないよ。ホーパスは行けるかもしれないけど」
2人の目の前には滝はあるが、崖の向かい側にあった。
アルマスが崖を見ると、深いのか滝から流れている水しぶきと霧で崖の底が見えない。
水しぶきで小さな虹が見えるほどだった。



ホーパスは谷底を覗き込みながら
「そうか・・・・アルマスは空を飛べないもんね。他に向こうに行けそうな道を探そうか?」
「他に道があればいいけど・・・・・」
アルマスは後ろを振り返り、辺りを見回している。
しかし来た道以外の道は見当たらない。
「さっきの場所まで戻って、向こう側に行くしかないのかな」
アルマスがそうつぶやいていると、右側からガサガサという音が聞こえてきた。



アルマスが聞こえてきた音の方を見ると、大きな木の上から1人の中年の男性が顔を出した。
「おい、こんなところで何をやってるんだ?」
アルマスは男性を見ながら
「滝の向こう側に行きたいんです。向こうに行く道を知りませんか?」
「滝の向こう側?」
男性は滝の方を一瞬見た後、再びアルマスの方を向いた。
「向こうに行く道はない。向こうに行きたいのか?」
アルマスがうなづくと、男性は空を見上げた。
「なら、飛行機に乗るしかない。ここには定期的に飛行機が来るから待つしかないな」
「飛行機はいつ来るんですか?」
「もうそろそろ来る頃だ。ここで待っていれば飛行機が来るだろう」



しばらくするとどこかから低い音が聞こえてきた。
その音はだんだんと大きくなり、こちらに近づいてきている。
「飛行機が来たぞ!」
木の上で男性が空を見上げながら声を上げた。



アルマスが空を見上げると、右側から1機の白い小型の飛行機の姿が見えてきた。
前にある大きなプロペラが回りながら大きな音を立て、空を飛行しながら近づいてきている。
「飛行機が来た!あれに乗るのかな?」
アルマスの右横でホーパスが空を見上げている。
「たぶんあの飛行機だよ。あれに乗って行くんだと思う」
アルマスも近づいてきている飛行機を見ている。
「どこに停まるんだろう?ここに停まるのかな?」
「たぶん・・・・・着陸する場所はここしかないから」
アルマスがそう言った途端、強い風が吹いてきた。



間もなくして飛行機が滝の前を通ったが、2人を素通りするかのように通り過ぎて行った。
「あ・・・・・・通り過ぎて行っちゃった。どうして?」
素通りされホーパスが戸惑っていると、木の上にいる男性が答えた。
「この辺りは滝からの風が強いんだ。だから毎回着陸するのが難しい。時間がかかる。
 風が落ち着くまでしばらくはこの辺りを旋回するかもしれないな」
「そうなんですか」とアルマス
「もし風がこのまま収まらなかったら、あきらめて行ってしまうかもしれないな」
「そうなったら、今日はもうここには来ないんですか?」
「風が収まったらまた来ることもある。全ては風次第だ」
「風次第・・・・・・」
アルマスが再び空を見上げると、通り過ぎて行った飛行機が旋回しこちらに戻ってきているのが見えた。



飛行機が再び2人に向かって近づいてきたが、風がまだ落ち着かないのか再び目の前を通り過ぎた。
滝を通り過ぎ、しばらく離れたところで飛行機が再び旋回して戻って来ている。
それが何度か繰り返された。



しばらくそれが続き、アルマスが待っているのもそろそろ疲れてきた時だった。
風が落ち着いてきたのか飛行機がようやく2人の目の前に止まったのである。
2人の前にホバリングをしたまま止まると、後方のドアが開き、前方からパイロットの男性が声をかけた。
「飛行機に乗るのか?なら今すぐに開いているドアから中に入るんだ」
アルマスが飛行機に乗ろうとすると、地面から飛行機までの間がかなり空いている。
飛び乗らないと下の滝つぼに落ちるのではないかというくらいの間隔だった。
「え・・・・・・?どうして地面に着陸しないんですか?」
思わず下を見てしまったアルマスは戸惑いながらパイロットに向かって聞いた。
するとパイロットはアルマスを見て
「滝からの風が強い。今は一時的に落ち着いてる・・・・・今のうちに乗るんだ、早く!」
「おい!もう少し陸に寄せられないのか?」
木の上の男性が大声でパイロットに声をかけるが、パイロットは首を振りながら
「これ以上は無理だ。飛び乗ってもらうしかない。乗るなら早く乗るんだ!」



それを聞いたアルマスは戸惑った。
陸から飛行機のドアまで間が空いているが、助走をつけて飛び乗れば乗れなくもない。
今乗らなければ、次はいつ飛行機が来るのか分からない。
「乗ります!」
アルマスは助走をつけようと2,3歩後ろに下がると、意を決して飛行機の開いているドアへと走り出した。



飛行機に向かって飛び乗ろうとしたその時、滝の下の方から強い風が飛行機をあおるように吹いて来た。
「うわっ・・・・・・・!」
パイロットはすかさずハンドルを握ると、飛行機を移動させてしまった。
「え・・・・・・・・!?」
飛行機に乗れなかったアルマスの体は一瞬、宙に浮いたかと思うと真っ逆さまに滝つぼへと落下し始めた。
「アルマス!」
それを見たホーパスは落ちて行くアルマスを追って滝つぼへと降りて行った。



大声で叫んでいるホーパスの声を聞きながら、アルマスは滝つぼへと落下していた。
辺りは滝から落ちている水の霧で、真っ白で何も見えない。



どこまで落ちていくんだろう・・・・・・・・。
もう僕はこのまま滝に落ちて終わりなのかな。
もうダメかもしれない。



アルマスがあきらめ、意識がだんだんと遠のいて行く時だった。
突然ドスンという音が聞こえ、体が何かに乗った感じがしたのだ。
「おい、おい!大丈夫か?」
声が聞こえると、アルマスは何が起こったのか分からず目を開けた。



目の前には飛行機のパイロットの姿があった。
「気がついたか?大丈夫か?」
「え・・・・・・?ここは・・・・・・?」
アルマスが状況が分からず茫然としていると、パイロットは前を向いたまま答えた。
「間に合ってよかった。もう少しで滝つぼの中に落ちるところだった・・・・」
「え、じゃここは・・・・・・・」
「飛行機の中だ。今滝を上がっているところだ。もう少ししたら空に出る」
「飛行機の中・・・・・?」
アルマスは辺りを見回した。
すぐ後ろに椅子があり、プロペラが回っている音が聞こえている。
アルマスが椅子に座ろうとするとパイロットの声が聞こえた。
「今は動かない方がいい。また落ちたら今度は助けられないだろうから。しばらくの間はそのままでいてくれ」



アルマスがその場を動かずにいると、いきなりホーパスが飛行機の中に入ってきた。
「ホーパス!」
「アルマス!よかった・・・・・助かったんだね!」
ホーパスがアルマスの姿を見つけた途端、アルマスに近づいてきた。
「うん、もうダメかと思った・・・・僕は一体どうやって飛行機に・・・・?」
「アルマスが落ちていくのを見て、追いかけてたらこの飛行機がものすごいスピードで降りて行ったんだ。
 それで間に合ったんだと思う」
「そうだったんだ・・・・・・・」



しばらくして飛行機が滝つぼから出て、空へ出た。
落ち着いたのかパイロットが後ろにいるアルマスの方を振り返ると声をかけた。
「空に出たから、席に座ってもいい・・・・・大丈夫か?」
それを聞いたアルマスはゆっくりと立ち上がり、椅子に座った。
「・・・・大丈夫です」
「さっきは悪かった。あの滝の辺りは風を読むのが難しくて・・・・・着陸が難しい場所なんだ」
「・・・・・・・」
「この辺りは初めて来たのか?」
「はい」アルマスはうなづくと続けてこう聞いた「ここはどこなんですか?初めて来たところなので分からなくて」
「ここはヒメルっていう国で、ほとんど山と谷しかないところだ。空に一番近いところだと言われている」
「山と谷しかないの?じゃ人はあまりいないの?」
アルマスの隣でホーパスが聞くと、パイロットは首を振った。
「これから行くところは人が多いところだ・・・・その村のボスのところにこれから行く」



しばらくして飛行機は真っすぐに進んでいた。
アルマスは青空と白い雲が無限に広がっている景色を見ている。



白い雲と空以外は何も見えない。
山も何も見えないけど、どこまで行くんだろう。
まだしばらくかかるのかな。



アルマスがそう思っていると、パイロットが再び話しかけてきた。
「ずっと座っているのも飽きてきただろう。もう少しで着くからもうしばらくの辛抱だ」
「あとどのくらいで着くの?」
ホーパスも飽きてきたのか、退屈そうに体を大きく伸ばしながら大きなあくびをしている。
「そうだな・・・・これから行くボスのところは一番大きな山の高いところにあるんだ。空からでも少し見える。
 もう少し行けば見えてくるはずだ」
「空からでも見えるって、そんなに高い山があるの?」
「ああ。もう少しで見える・・・・・?」
パイロットが途中まで言いかけた途端、どこかからサイレンのようなけたたましい音が聞こえてきた。



パイロットが辺りを見回すと、右側から1機の飛行機が近づいてきていた。
機体が赤の飛行機を見た途端、パイロットは速度を落としていく。
「どうしたんですか?」
飛行機の速度がゆっくりになりアルマスが聞くと、パイロットは前を向いたまま
「ちょっと待ってろ。今警察がこっちに来てる。何もないとは思うが」
「警察?」
すると飛行機が止まり、その場でホバリングをしていると、間もなく赤い飛行機が右横につけてきた。



飛行機の窓から警官が顔を出すと、パイロットに声をかけた。
「警察だ。定期パトロールでこの辺りをまわってる」
「これはこれは、ご苦労様です」パイロットは警官を見ると軽く頭を下げた。
「ところで怪しい者は乗せてないだろうな」
「とんでもない」パイロットは首を振った「今から後ろにいる子供をボスのところに連れて行くんだ。怪しい者なんて
乗せてないですよ」
「念のため確認させてもらうよ」
警官は後ろに乗っているアルマスをじっと見ると、アルマスの周辺の席も確認するかのように見ている。
そして見終わると、再びパイロットの方を向いた。
「行っていいぞ。問題ない」
「ありがとうございます。ところで・・・・・まだ例の泥棒は見つからないんですか?」
すると警官はパイロットをじろっと睨みつけながら
「まだだ。だからこうしてパトロールの範囲を広げてる。終わったらさっさと行け」
「何も空にまでパトロールの範囲を広げなくても。泥棒は飛行機でも持ってるんですかね」
「いいから、早く行け!」
警官が声を荒げると、パイロットは飛行機を出発させるのだった。



しばらくすると雲が途切れ、少し先に大きな山が見えてきた。
「見えてきたぞ、あの高い山だ」
パイロットの声にアルマスが外を見ると、下には大きな谷が広がっている。
谷と谷の間には川が流れているのが見える。
「うわあ、本当に山と谷しかないね。誰もいないようにみえるけど」
ホーパスが下の谷を見ていると、パイロットの声が再び聞こえてきた。
「山の頂上にボスの家がある。そろそろ降りるから気をつけろよ」



飛行機が着陸態勢に入ったのか、機体がだんだんと下がっていくのをアルマスは感じた。
しばらくすると下に1軒の大きな山小屋のような木造の家が見えてきた。
飛行機が家の隣の何もない広場に着陸すると、パイロットは後ろにいるアルマスの方を向いた。
「着いたぞ。ここがボスの家だ」



3人が飛行機を降り、建物の前まで来ると、中から1人の男が出てきた。
黒いスーツ姿で細身の白髪混じりの中年の男がパイロットを見るなり聞いた。
「・・・・今日はどんな用で?」
「ボスは今どこにいる?人を連れて来たんだが・・・・・」
「ああ、その件でしたか」パイロットがボスの姿を探して辺りを見回していると、男はうなづいた。
そして後ろにある玄関のドアの方を見ながら
「今、庭にいます。お呼びしますのでとりあえず中に入ってください」
「分かった」
パイロットはうなづくと、男は玄関のドアを開け、4人は中へ入って行った。



3人は大きな部屋に通された。
しばらく待っていると、男と一緒に大柄で体格のいい、白いシャツに黒のズボンを着た中年の男が入ってきた。
「ああ、ブルーノじゃないか!」大柄の男はパイロットを見るなり声をかけた。「一体何の用だ?」
「何の用って・・・・人を連れて来たんだ。今日連れて来るってボスに言ったじゃないか」
ブルーノが少し戸惑っていると、ボスはアルマスを見ながら
「その子供がそうなのか?子供を連れて来るのは聞いてないが」
「え?子供じゃないのか?」
「ああ、それに今朝、連絡があってな。今日は都合で来れなくなったって・・・・・・」
「え・・・・・・・?」
ブルーノがさらに戸惑っていると、ボスは隣にいるスーツ姿の男に聞いた。
「そうだろう?フランシス。今朝電話があったと聞いたが」
「はい」フランシスは深々とうなづいた「今朝、電話がありました。急用で来れなくなったと」
「それで、明日には来るのか?」
「それが・・・・・・・しばらくの間、来られないと言っていました」
「何だって・・・・・理由は聞いてないのか?」
「詳しくは聞いていないのですが、確か子供が病気になったとかで・・・・・」
「・・・・・・・・」
ボスが黙り込んでしまうと、辺りは緊張した雰囲気に包まれた。



しばらくするとボスが話し出した。
「子供が病気なら仕方がない。また連絡があるだろう。それを待つしかないな」
「・・・・すみません」ブルーノがボスに頭を下げた「どうやら勘違いしてたみたいで。この子供は連れて帰ります」
「いいや」ボスはブルーノを見た後、アルマスを見た「子供にでも出来る仕事はある。この子はここに置いて行ってくれ」
「いいのか?じゃ・・・・今日はこれで帰る。またな」
ブルーノはアルマスに小さく手を振ると、フランシスと一緒に部屋を出て行った。



2人が行ってしまうと、ボスは再びアルマスを見た。
「ところで、どうしてここに来たんだ?ブルーノに連れて来られたのは分かるが」
「・・・滝の前で飛行機を待ってたんです。そうしたらここへ」
ボスに見られながら、アルマスが緊張しながら話すと、ボスはうなづきながら
「そうか。ブルーノからは詳しい話は聞いてないんだな?」
「は、はい」
「全く、あの男の勘違いもはなばなしい・・・・さっき話を聞いたと思うが、今日1人仕事でここに来る予定だったんだ。
 それが今朝、来れなくなってしまってな。それをあの男に伝えてなかったのも悪かったが」
「・・・・・・・」
「とにかく申し訳なかった。これからどこかに行くつもりだったんだろう?行くところがあればそこまで送って行く」
「あ、いいえ」アルマスは戸惑いながら首を振った。「行くところは特に決まってないんです」
「決まってない?」それを聞いたボスは聞き返した「一体、それはどういうことだ?この辺りに住んでるんじゃないのか?」
「僕はこの辺りは初めてで・・・・・どこに行ったらいいのか分からないんです。とにかく先に行こうとして飛行機に乗ったら
 ここに連れて来られて・・・・・・」
「そうか・・・・・・旅をしているのか?」
アルマスがうなづくとフランシスが再び部屋に入ってきた。



ボスはフランシスを見るなり聞いた。
「おい、来客用の部屋はすぐ使えるのか?」
「来客用の部屋ですか?はい・・・・すぐに使えますが」
フランシスが少し戸惑いながら答えると、ボスはうなづきながらアルマスの方を向いた。
「この後、どこかに行くあてがあるのか?」
アルマスが黙って首を振ると、ボスは続けてこう言った。
「ならちょうどいい。人が来るまでの間、ここで仕事の手伝いをしてもらおう。子供でもできる仕事はある。お金も出すし
 その間はここに泊まるといい」
「え・・・・いいんですか?」
アルマスが戸惑いながら聞き返すと、隣にいるホーパスがボスに聞いた。
「一体どんな仕事なの?子供にでも出来る仕事って」
するとボスはホーパスが見えるのか、ホーパスの方を向いた。
「・・・さっきは見えてなかったが、よく見ると子猫がいるようだ。それにどういう訳か言葉をしゃべる」
「え?僕が見えるの?」
ホーパスは嬉しそうにボスに近寄ると、ボスはうなづきながら
「ああ。お腹は空いてないか?」
「まだそんなには空いてないよ」
「仕事の話はまた後にしよう。今日はもう疲れているだろうから、しばらく部屋で休むといい」
ボスはアルマスにそう言うと、フランシスの方を向いた。
「この2人を来客用の部屋に案内するんだ。あとしばらくの間ここにいることになるから、この家の中を案内してくれ」
「分かりました」
フランシスが深々とうなづくと、ボスは再びアルマスにこう言った。
「また夜にフランシスが部屋に行く。ゆっくりしていってくれ」
「ありがとうございます」
アルマスが頭を下げてお礼を言うと、ボスは何も言わずに部屋を出て行った。



その後、2人はフランシスに家の中を案内してもらっていた。
どの部屋も広々としており、1人では迷子になってしまわないかとアルマスが心配になるほどだった。
「どの部屋も似たような感じで迷いそうだね」
廊下でフランシスの後ろにいるホーパスがアルマスに言うと、アルマスはうなづいた。
「うん。僕も同じことを考えてたんだ」
「そんなに心配しなくても大丈夫ですよ」それを聞いたフランシスが前を向いたまま言った。
そしてドアの前で立ち止まり
「2人が入るのはそのうちの1部ですから。使う部屋だけ覚えていただければ。それに分からなくなったら
 私を呼んでいただければ大丈夫ですから」
「あ・・・・・ありがとうございます」
「それでは次の部屋に入りますね」
フランシスがドアを開け中に入ると、あとの2人も続いて中に入った。



中に入ると、部屋中に大きな壺や彫刻、像が並べられていた。
壁には大きな絵画がかけられており、まるで美術館にいるかのようだ。
「うわあ、とてもきれいな絵だね!」ホーパスが壁にある絵画を見ている。「それに大きくていろんな色があるよ」
「ここにあるものはみんな贈られてきたものです。ご主人様はいろんな方とお付き合いしていますので・・・」
フランシスが説明している間、アルマスは周りに置いてある彫刻や像を見回している。



どれも大きくてきれいなものばかりだ。
それに全部贈られてきたものだなんて、どんな仕事をしているんだろう。



そう思いながら周りに置いてある像を見ていた時だった。
像や彫刻はある程度のスペースを開けて置いてあるのだが、なぜか1カ所だけスペースが大きいところがある。



どうしてあの場所だけ、スペースを大きく開けてあるんだろう。
それともこれから何かを置くのかな。



そう思っていると、ホーパスも気がついたのか大きく空いているスペースの場所に来た。
「あれ?どうしてここだけ間が空いてるの?」
「気がつきましたか」
ホーパスが辺りを見回していると、フランシスが空いているスペースにやって来た。
「何か理由があるんですか?」
アルマスがフランシスに聞くと、フランシスは大きくうなづいた。
「はい、実は最近ここに泥棒が入るようになったんです」
「泥棒?」
「はい。ここには金で作られた像があったのですが、つい先日盗まれたばかりで。他にも宝石をあしらった装飾品や
 貴重な絵画までなくなってしまいました」
「警察には知らせてあるんですか?」
「それが・・・・・・ご主人様に警察に届けるよう話したのですが、もともともらったものだから何もしなくていいと言って
 何もしていないのです」
「え・・・・・?」
それを聞いたアルマスとホーパスは一瞬顔を見合わせた。



「どうして何もしないの?このままだと全部なくなっちゃうかもしれないのに」とホーパス
「ご主人様はこの美術品がなくなっても、特に何も思わないのでしょう。美術品には興味がないのです」とフランシス
「でも、それならどうしてここに飾っているんですか?」とアルマス
「倉庫に入れておくのも考えましたが、倉庫は仕事で使うものを置いていますのでご主人様はあまり置きたくないと。
 それでここに置くことにしたのです。ご主人様は仕事の事しか興味がありませんので」
「でも、この部屋に来ることはあるんでしょう?」
「あります。考え事をしている時ですとか・・・・でも、めったには来てないと思います。ただ・・・・・」
「ただ?」
「ひとつだけ、ご主人様が好きな作品があるんです。ここに来る時はいつもその作品を見ているんですよ」
「それって何?どれなの?」
ホーパスが聞くと、フランシスは部屋の奥を見た。
「一番奥にある、金で作られた象の彫刻です」



「これがその彫刻です」
3人は部屋の奥に行き、フランシスが前に置いてある彫刻を見た。
アルマスがその彫刻を見ると、全身金色で長い鼻を上に上げている象の彫刻が置かれている。
「とても大きな象だね。それに金色がとてもきれいに光ってるよ」
ホーパスがアルマスの隣で彫刻を見ている。
「うん。とても大きいね」アルマスはうなづくとフランシスの方を向いた「全部金でできているんですか?」
「はい」フランシスはうなづいた「象は金運をもたらす動物と言われておりまして。これは昔から置いてあるものです。
ご主人様の先代であるお父様から引き継がれたものです」
「そうなんですか。とても大事にしているんですね」
「はい。・・・・そろそろ部屋に行きましょうか。お疲れのところをあまり連れまわすのもと思いますので」
フランシスがその場を離れると、あとの2人も続いてその場を後にした。



その後、2人は来客用の部屋に案内された。
「また夕食の時間にお呼び致します。ゆっくりお休みになってください」
フランシスが部屋を出て行ってしまうと、アルマスはほっとしたのかため息をついた。
そしてすぐ側にあるベッドに座ると、そのまま横に倒れ込んだ。
それを見たホーパスがアルマスのところにやってきた。
「疲れてるの?アルマス」
「ホーパス・・・・・」アルマスは真上で浮いているホーパスを見た「少し疲れたんだ。ここまで来るのにいろいろあったから」
「そうだね。滝から落ちそうになったし・・・・あの時はもうだめかと思ったよ」
「僕もだよ。もうだめだと思った。でもなんとかここまで来れてよかった」
「少し眠る?」
「うん、少し寝るよ・・・・・あの人が呼びに来るまで休ませて」
アルマスはそう言うと、そのまま目を閉じた。
ホーパスはアルマスの隣に降りて来ると、横になって眠ってしまった。



その夜。
別室でアルマスはボスと食事をしていた。
大きくて長いテーブルの中央にボスと向かい合わせで食事をしているアルマス。
ホーパスはテーブルの端の方で、床に置かれたボウルに入っているミルクを飲んでいる。
しばらく2人の間に会話がなかったが、アルマスがパンに手を伸ばすとボスが話しかけてきた。
「どうだ?食事は・・・・・おいしいか?」
「あ、はい」アルマスはパンをちぎろうとしていた手を止めた「おいしいです」
「それはよかった。もし足りないようだったら遠慮しないで言ってくれ。用意するから」
「ありがとうございます」
「それから、明日から仕事を手伝ってもらうんだが・・・・明日の朝、ここに来てくれ。仕事場に案内するから」
「はい」アルマスはうなづくと続けてボスに聞いた「仕事ってどんな仕事なんですか?」
「そうだな・・・・・」ボスはパンを持っているアルマスの右手を見た「お前、火は使えるのか?」
「え?」
「右手にしている指輪、フラーマの村にある指輪だろう?似たような指輪を見た事がある」
それを聞いたアルマスは右手の指輪を見た。



どうしてこれがフラーマにある指輪だって知ってるんだろう。
どこにでもあるような指輪なのに。



アルマスが戸惑っていると、ボスは話を続けた。
「それに仕事場にもフラーマの指輪を持ってる人が何人かいる。みんな火を扱ってる仕事をしてるんだ。
 もしかしたらと思って聞いてみたんだが」
「ここに来る前はフラーマにいました。指輪は村長さんからもらったものです。ただ・・・・・」
「ただ・・・・・まだ火を使ったことがないのか?」
「はい。どうやって使うのか分からなくて」
アルマスが素直にうなづくと、ボスは軽くうなづきながら
「そうか。まだ使った事がないのか・・・・子供が火を使うのはまだ難しいかもしれないな。大丈夫だ。
 明日仕事場に行ってみないと分からないが、最初は軽い作業から手伝ってもらおう」
「は、はい」
「明日、朝は早い・・・・今日はゆっくり休んでくれ」
アルマスが黙ってうなづくと、2人は再び食事を始めた。



しばらくして食事を終えた2人が部屋を出た。
来客用の部屋に戻ろうと廊下を歩き出し、しばらくした時だった。
数メートル先の左側から突然黒い人影が廊下を横切り、右側の外へ出て行ったのだ。
人影の動きは素早く、一瞬のうちに消えて行った。



え・・・・・・?



一瞬の出来事にアルマスは思わず立ち止まり、目を疑った。



アルマスは何があったのか確かめようと、右横でふわふわ飛んでいるホーパスを見た。
「ホーパス、見た?」
「え?見たって?何を?」
ホーパスが戸惑いながらアルマスを見ると、アルマスは再び聞いた。
「さっき前に黒い人影が横切ったような気がするんだ。ホーパスは見てない?」
するとホーパスは見ていないのか、少し考えながら
「うーん・・・・・見なかったような気がするけど・・・・・」
「そう・・・・・気のせいかな?」
「アルマス、疲れてるんじゃないの?早く寝た方がいいよ」
「そうだね。明日も早いし・・・・・部屋に戻って寝るよ」
アルマスは人影は何なのか気になりながらも、気のせいだと思うことにした。



2人は再び歩き出し、部屋に戻った。
部屋に入ると2人はすぐにベッドに入り、眠りにつくのだった。