黒い人影
朝になり、アルマスとホーパスはボスと一緒に仕事場に行くことになった。
「そろそろ出かけるぞ」
白いシャツに黒のズボンの恰好のボスが声をかけると、アルマスの服装を見ている。
そして服を見ながら
「今日は・・・・・まあいいか。見て回る程度だったら・・・・・」
「すみません、服がこれしかなくて」
アルマスがボスが何を言いたいのか察すると、ボスはいいよというように首を振った。
「いいや、作業用の服を準備できなかったオレが悪い。どんな仕事を頼むか行ってみないと分からないからな」
「それで・・・・仕事場にはどうやって行くんですか?」
「ここは山の上だから、飛行機で行くの?」
ホーパスがボスに近づいて聞くと、ボスは首を振った。
それを見たホーパスは戸惑った。
「え、飛行機じゃないの?飛行機じゃなかったら車で行くの?」
「いいや」ボスは首を振った「飛行機でも車でもない」
「え・・・・・もしかして、歩いて行くの?」
「近くに仕事場があるんですか?」
2人の問いにボスは平然とこう言った。
「仕事場はこの山を下りた村の中にある。これから山を下りるから一緒に行こう。ついて来い」
ボスがゆっくりと歩き始めると、2人はボスの後を歩き出した。
ボスの後を追い、着いたのは別の部屋の前だった。
ボスが入口のドアを開けて中に入ると、あとの2人も続いて中に入った。
部屋の中は真っ暗だった。
部屋に灯りがつくと、透明で縦に長い箱のようなものが目の前にある。
ボスは箱の右端に近づくと、丸いボタンのようなものを押した。
すると目の前の箱が左右に開いた。
「これに乗って村まで降りて行くぞ。乗るんだ」
ボスが後ろを振り返って2人に声をかけると、箱の中に入って行った。
2人もボスに続いて箱の中に入った。
箱の中も透明で外が透けて見え、箱の中は灯りがついているが、辺りは真っ暗になっている。
ボスは箱のドアについているボタンを押すと、開いていたドアが閉まった。
3人を乗せた箱はゆっくりと下へと移動を始めた。
アルマスは辺りを見回しながら、箱が下に下がっていくのを感じていた。
辺りが真っ暗だから、下に下がってるのか動いてるのか分からないけど、エレベーターみたいだ。
アルマスがボスを見ると、ボスは話を始めた。
「いつも仕事場や村に行く時はこれを使ってるんだ。歩いて行くよりは早いからな」
「これすごいね!」ホーパスが箱の外を見ている「すごい速さで下に降りてるよ!周りが真っ暗だから分からないけど」
「ホーパス、分かるの?下に降りてるって」とアルマス
「うん。感じるんだ。下から風が上に吹いてるって・・・・・そんなに強くはないけど」
「これは家を建てた時に一緒に作ったんだ。山を上り下りするのに歩いたり、車で行くのも厳しい。
飛行機で行くのも考えたが、いちいちブルーノを呼ぶのも面倒だからな・・・・それで考えついたのがこのエレベーターだ」とボス
「飛行機って・・・・・自分では飛行機は乗らないんですか?」とアルマス
「飛行機の免許を取るのが面倒だからな。それよりも運転できる人を呼んだ方が早い。ブルーノは飛行機を持ってるし
運転もできる。だから遠くに行く時はいつもブルーノの世話になってるんだ」
「そうなんですか」
「そろそろ村に着くころだ。スピードがだんだん落ちてきた・・・・・そろそろ止まるぞ」
しばらくしてエレベーターの動きが止まった。
ドアが左右にゆっくりと開くと、いきなり辺りが明るくなった。
アルマスは眩しさに一瞬目を閉じたが、ゆっくりと目を開けると、そこは全く違う景色が広がっていた。
村の中にいきなり出たのか、多くの人々が行き交い、建物もちらほらと見える。
「仕事場はここから少し歩いたところだ。行こう」
ボスが外に出ると、あとの2人も続いて外に出た。
しばらくして3人は仕事場に入った。
ボスに連れられ2人は仕事場の中をまわっていた。
「ここは鍛冶場だ。ここで武器とか道具を作ってる」
ボスは鍛冶場に着くと立ち止まり、2人に説明をした。
「鍛冶場・・・・剣を作ってるところですか?」
アルマスがボスの後ろで作業をしている人々を見ていると、ボスはうなづいて
「そうだ。それ以外にも鉄製の道具とかも作ってる・・・・・ここは剣を作ってる場所だ。見てみるか?」
「うん、見てみたい!」
ホーパスが興味深々で答えると、アルマスもうなづいた。
ボスはアルマスを見ながら
「火を使う場所だから、その指輪で火を起こせるかどうか・・・・・やってみるか?」
「え・・・・・いいんですか?」
「火を起こせる場所が空いてればだけどな。たぶんひとつくらい空いてると思うが・・・・空いてるかどうか聞いてみよう」
ボスが後ろを振り返り歩き出すと、あとの2人もボスに続いて歩き出した。
ボスは近くにいる1人の男性に声をかけた。
「今日も朝早くからご苦労さん」
「あ・・・・・おはようございます」ボスを見た男性は頭を下げた「今日は朝から何かご用ですか?」
「今から火に入れる剣とか、それ以外でもいいが・・・火に入れるものはあるか?」
「今日はまだありません。昨日ほとんど入れてしまったので」
「ならちょうどいい」ボスは少し後ろにいるアルマスを見た「この子が火を起こせるかどうか見てみたいんだ」
「え・・・・・?」
男性が戸惑いながらアルマスを見ると、ボスは男性を見て
「フラーマの指輪を持ってるんだ。まだ火を出したことがないっていうから、試しにやってみたい。大丈夫か?」
「ああ・・・・そういうことでしたか。なら火を起こす場所でなくても、そこの壁のところであれば誰もいませんから」
男性が左側を向いて指差すと、数メートル先が行き止まりになっている場所があった。
ボスはそれを見ながら
「分かった。今から行って試してみよう・・・・・作業中のところ申し訳なかったな」
「いいえ」
男性との話を終えると、ボスは再びアルマスの方を向いた。
「向こうの壁側まで移動しよう。そこで火を出せるかどうかやってみてくれ」
壁の前まで来ると、アルマスは白い壁を見た。
白い壁には黒くこげたような跡や赤く染まったような色がところどころについている。
壁があちこち汚れてる。ここでいろいろと何かやったりしてるのかな。
火を壁に当てたような黒くこげたような跡もある。
すると後ろからボスの声が聞こえてきた。
「ゆっくりでいいぞ。自分のタイミングでやってみるんだ」
「あ・・・・・はい」
アルマスはそう答えたが、正直どうやって火を出せばいいのか分からない。
さっきの人、火を起こせるのかな。
もしそうだとしたら、どうやって火を起こしてるのか見てみたいんだけど・・・・・。
アルマスはどうすればいいのか分からなかったが、しばらくすると指輪をつけている右腕を前に出した。
壁に向かって手のひらを広げると、心の中で火が出るように念じるが、火は出てこない。
いったん手のひらを閉じて、再び広げて念じるが、火は出てこない。
どうして火が出ないんだろう、指輪をしているのに・・・・・。
もしかしたらやり方が違うのかな?
何度も手のひらを開いたり閉じたりしているが、火は出てこない。
どうしてなんだろう、全く火が出てこない。
何が違うのかな・・・・・・・。
アルマスがあきらめかけたその時、後ろから誰かが声をかけてきた。
「おい、そこで何をやってる」
アルマスが後ろを振り返ると、そこには頭に白い布を巻いた中年の男性がいた。
「あ、ちょうどよかった」
ボスはその男性を見かけると、男性に声をかけた。
「その子を見てやってくれないか。フラーマの指輪を持ってるんだ。火を起こしたことがないらしい」
「フラーマの指輪?お前、フラーマから来たのか?」
ボスの話を聞いた男性がアルマスに聞くと、アルマスはうなづきながら
「はい。でも火をまだ出したことがなくて。さっきから火を出そうとしてて・・・・・」
「そうか・・・・・ちょっとその指輪を見せてみろ」
アルマスが右手を男性に差し出すと、男性は薬指にはまっている指輪を見た。
「まだ新しいな・・・・・指輪を外せるか?」
アルマスはゆっくりと指輪を外すと、男性に指輪を再び差し出した。
男性はアルマスの右の手のひらにある指輪を取ると、指輪をじっと見つめている。
男性が黙ったまま指輪を見ていると、ボスが声をかけた。
「ど・・・・どうなんだ?」
「指輪が真新しい。もしかしたら火の力が封印されたままなのかもしれないな。このままつけていても火は出ない」
男性が指輪を見ながら答えると、それを聞いたボスは戸惑った。
「なんだって・・・・・・火が出るようにするにはどうすればいい?」
「指輪の封印を解くしかない。一度火に入れて封印を解かないと・・・・・」
「火に入れる?ならここの火に入れれば、火を出せるようになるのか?」
「ここの火じゃダメだ」男性は首を振った「村の外れにある鍛冶場に行かないとダメだ。特殊な力というか、聖なる力というか
特殊な火の中に入れないと封印は解けない」
「村の外れ・・・・・あの空に浮かぶ城のような建物のことか」
「そうだ」男性はうなづくとアルマスに指輪を戻しながら聞いた。
「そういうことだ。ところでフラーマの村長から指輪をもらった時に何か話を聞いてなかったのか?」
アルマスは指輪を右手の薬指にはめながら
「いいえ・・・・・僕がもらった時は、この指輪のことは何も」
「そうか・・・・・とりあえずそういうことだ。まずはその指輪を使えるようにしてからだ」
「おじさん、もしかしてフラーマの人ですか・・・・?」
「ああ。フラーマからここに来た。ここで剣や道具に火を入れてる。またな」
男性がアルマスから離れると、ボスはアルマスを見てこう言った。
「それなら今日は軽い作業を手伝ってもらおうか。場所を移動しよう」
夜になり、食事を終えたアルマスとホーパスは部屋に戻ろうと廊下に出た。
「アルマス、疲れてない?今日あんなに動き回ってたから」
ホーパスが声をかけると、アルマスはホーパスの方を見た。
「うん、荷物を運んだだけだったけど・・・量が多かったから疲れたよ」
「しばらくの間、荷物運びなの?早くその指輪が使えるようになればいいけど」
「そうかもしれない・・・・・・」
アルマスが部屋に戻ろうと、ホーパスから廊下に目を移した。
その時だった。
黒い人影が再び廊下を横切ったのが見えたのだ。
昨日とは逆で、今度は外からどこかに入っていくようだった。
「あの影・・・・・やっぱり気のせいじゃなかったんだ!」
アルマスは人影を追いかけようとその場を走り出した。
「え・・・・?ちょ、ちょっと待ってよ!アルマス!」
ホーパスは何が起こったのか分からないまま、アルマスの後を追った。
人影の後を追って入った部屋は美術品が置いてある部屋だった。
部屋は真っ暗だったが、アルマスは人影がいないか辺りを見回しながら奥の方へと進んで行く。
あの人影、もしかして泥棒なのかな・・・・・・。
一体何を狙っているんだろう。
そう思いながらアルマスは辺りに置いてある美術品を見ながら、人影を追っていく。
すると上の方でホーパスの声が小さく聞こえてきた。
「あっ・・・・・・!」
アルマスがホーパスのいる方を見上げると、ホーパスは前を向いたまま何かを見つめている。
「どうしたの?ホーパス」
アルマスが小声でホーパスに聞くと、ホーパスは前を向いたまま答えた。
「奥の方に何かいる・・・・・さっき影が動いたのが見えたんだ」
「え・・・・・・・?」
アルマスは前を向いた。
部屋の奥では、黒い人影がちらちらと動いていた。
人影の側には金の象の彫刻が置かれている。
人影が彫刻に触れ、持ち出そうとしているのだ。
しかし大きくて重いのか、持ち上げようとしてもなかなか動かない。
何度も動かそうと彫刻に手を触れて力を入れて動かそうとするが、彫刻はびくともしない。
だんだんと人影の息が荒くなり、彫刻から両手を放すと、何かを感じたのか後ろを振り向いた。
思わず人影と顔が合ったアルマスとホーパスは驚いた。
黒いマスクを被り、全身黒ずくめ姿の人影にアルマスは声を上げようとしたが、驚いたままで声が出ない。
人影が逃げようとその場から離れようとした時、ようやくホーパスが声をかけた。
「もしかして・・・・・ここの美術品を盗んでいる泥棒さんなの?」
それを聞いた人影は一瞬動きを止めたが、再び逃げ出した。
「もしかして、警察から追われてる泥棒さんなの?」
逃げる人影にホーパスが後ろからさらに聞くと、人影の動きがピタリと止まった。
そして2人がいる方を振り返ると、首を横に振っている。
それを見たホーパスはさらに聞いた。
「どうして?この村中の家からいろんなものを盗んでるんじゃないの?」
「違う!」人影の声なのか、聴き覚えのない声が聞こえてきた「ここにある美術品だけだ。他の家には盗みには入っていない」
「ここの美術品だけなの?どうして?」
「どうして美術品を盗むんですか?」
ホーパスに続いて、アルマスは人影に近づいた「本当にここの美術品しか盗んでないんですか?」
「・・・・・・」
人影が何も言わず沈黙していると、3人の間はシンと静まり返った空気が漂っていた。
しばらくすると人影の声が聞こえてきた。
「・・・・・・どうしてここの美術品を盗むのか知りたいのか?」
「うん」
ホーパスがあっさりとうなづくと、アルマスも黙ってうなづいた。
「それなら・・・・・・・」
人影はゆっくりと2人に近づいた。
そしてアルマスの目の前まで来ると、いきなりアルマスの左手をつかんだ。
つかんだかと思うと、突然そのまま部屋の出口へと走り始めた。
突然の出来事にアルマスは戸惑うが、人影に連れられるがままで何もできない。
「え・・・・・?ねえ!ちょっと待ってよ!」
それを見たホーパスは慌てて2人を追い始めた。
アルマスを連れ、人影は別の部屋に入ると、目の前にあるエレベーターに乗り込んだ。
2人の後を追ってきたホーパスが閉まりかけたドアの中へギリギリ滑り込むと、エレベーターが下へと降り始めた。
この人、どうしてこのエレベーターの事を知ってるんだろう?
アルマスは人影がエレベーターを知っていることに違和感を感じた。
「どうしてこのエレベーターの事を知ってるんですか?」
アルマスが人影に聞いたが、人影は何も言わずに黙っている。
「もしかして何度もあの家に行ってるうちに見つけたとか?」
ホーパスが2人の後ろで人影に聞くが、それでも人影は黙っている。
「このエレベーターで何度もあの家に行ってるんですか?」
アルマスが再度人影に聞くが、人影は黙ったまま前にあるエレベーターのボタンを見つめていた。
エレベーターが止まり、ドアが開くと、人影はアルマスの左手を握ったまま外に出た。
村に戻ってきたアルマスは辺りを見回してみると、昼間と違い人はまばらで、すっかり暗くなっている。
「どこに行くの?」
ホーパスが人影に聞くと、人影は何も言わずに歩き始めた。
しばらくして3人は路地裏の細い道を歩いていた。
そして広い場所に出ると、目の前には古くてボロボロの家のような建物が数軒並んで建っている。
ある家は窓が開いていて、中は真っ暗で誰も住んでいないように見え、その隣は壁にひびが大きく入っていて今にも崩れそうな状態。
またある家は掘っ立て小屋のような家で、古い木やトタンの壁が汚れていたりして汚らしく見える。
アルマスが家を見ていると、人影はつかんでいたアルマスの左手を放した。
そして白いハンカチのようなものを取り出すと、アルマスに言った。
「ここで待つんだ。すぐ戻ってくる」
人影はアルマスから離れると、建物へ向かって歩き出した。
人影はまず左端の家の前まで来ると立ち止まった。
右手に持っているハンカチに何かを包むと、そのハンカチを玄関前にそっと置いた。
そしてズボンのポケットから白いハンカチを出すと、隣の家へと歩き出した。
隣の家の玄関前でまた止まると、ハンカチに何かを包み、それを玄関前に置く。
同じような動きが何度も続き、全部の家を周り終えると、アルマスがいる場所へと戻って行った。
人影が戻ってくるとアルマスは聞いた。
「一体、何をしていたんですか?何かを置いていたみたいですけど」
「それは・・・・・もうすぐ分かる」
人影は顔に被っている黒いマスクに両手をかけると、それを上に上げた。
マスクが取られ、人影の顔が見えた途端、アルマスとホーパスは驚いた。
「え・・・・・!?」
マスクの下は茶色の短髪に美しく整えられた女性の顔だったのである。
「お、女の人だったの?男の人かと思ってた」
ホーパスが人影の顔を見ながら驚いていると、人影は2人の方を向いて
「男性だと思っていた・・・・・?それなら他の人も同じように思っているのかもしれない」
「一体、何を置いたんですか?全部の家に置いたみたいですけど」
アルマスが再び同じ事を聞くと、人影の後ろで物音のような音が聞こえてきた。
「誰かが出て来るようだ。とりあえずこの建物に隠れよう」
人影がすぐ側にある建物の裏側へと移動すると、あとの2人も後を追った。
3人が建物の裏側に隠れると、向かい側の建物の玄関が開いた。
ボロボロの服を着ている1人の男性が外に出て、下を見ると、白いハンカチが目に入った。
その場に座り、ハンカチを開いてみると、中には数枚の紙幣があった。
男性はその紙幣を取ると、立ち上がって辺りを見回している。
「誰なのか知らないが、とてもありがたい・・・・・・・これでしばらくの間やっていける。ありがたいことだ」
男性は紙幣を握りしめながら、家の中へと入って行った。
男性が家の中に入ってしまうと、今度は別の家から次々と住人が外に出てきた。
そしてハンカチを拾い、紙幣を見つけるとみんな嬉しそうに紙幣を手に取り、ありがたいと感謝するのだった。
あの中にはお金が入っていたんだ。
でもどうしてこんなことを・・・・・・。
アルマスが建物の裏側から見ていると、後ろから人影が話し出した。
「ここは貧困層が暮らしている集落だ。働きたくても病気や持病で働けない人達が暮らしている。彼らは生活がとても厳しい。
だから週に数回、少ないがお金をこうして渡してるんだ」
「そうなんですか」アルマスは振り向いて人影を見た「でも・・・・・・・」
「でも?」
「そのお金って、盗んできたお金ですよね。それをあの人達に渡すっていうのは・・・・・」
「・・・・納得がいかないのか?」
「はい。それにあの人達の面倒を見るのは村の役人の人達じゃないんですか?」
「それはそうなんだが、この村の役人達は自分達の事しか考えていない」
人影は首を振りながらため息をついた「今を生きているのがやっとだという人達の事を、役人達は考えていないのだ」
「そんな・・・・・・・」
「あの人達を助けるように役人達に話をしても全く受け付けない。他の村人に話をしても同じだ。同情はするが誰も支援しない。
結局みんな自分の事しか考えていない・・・・だから自分がやるしかないんだ」
するとホーパスがこんなことを言った。
「そういえば、さっきあの部屋の美術品以外は盗んでいないって言ってたけど本当なの?」
「本当だ」人影はすぐに答えた「さっきも言った通り、盗んでいるのはあの部屋のものだけだ」
「じゃ、警察が探してるのは他の泥棒なの?」
「でも、どうしてあの部屋のものしか盗まないんですか?」
畳みかけるようにアルマスが聞くと、ホーパスは何かを思い出したのかあっという声をあげて
「・・・・そういえば、さっきエレベーターで村に降りて来たけど、あのエレベーターってボスしか使えないんじゃないの?」
「そういえば・・・・・・」アルマスもそれを聞いてはっとした。
2人が人影の方を見ていると、人影は仕方がなさそうにため息をついた。
「・・・・仕方がない。どういうことなのか話をしよう。ずっとここにいるのもまずいから場所を変える。ついて来い」
人影が歩き始めると、2人もその後を追って歩き始めた。
しばらくして3人は建物の中に入った。
すると奥から1人の細身の女性が出てきた。
「お帰り、マリア・・・・その子はどうしたの?」
女性がマリアの後ろにいるアルマスの姿を見つけると、マリアはアルマスの方を一瞬振り向いて
「ああ・・・知り合いというか。さっき上で会ったばかりだ」
「上って、またお父さんのところに行ってきたの?」
「え、お父さん?」
女性の言葉を聞いたアルマスが思わず口に出すと、マリアは何も言わずその場を離れようと足早に歩き出した。
「え、あ・・・ちょっと待ってよ」
ホーパスがマリアの後をついて行くと、アルマスも仕方がなく後を追うようにその場を離れた。
3人が部屋に入ると、アルマスはマリアに聞いた。
「さっきの人ってお母さんですか?」
マリアが黙ってうなづくと、ホーパスはアルマスの隣で
「じゃ、さっき言ってたお父さんって・・・・・」
「そうだ」マリアは再度うなづきながら答えた「上に住んでいるのは私の父親だ」
「え、じゃ家が2つもあるってこと?どうして別々に住んでるの?」
ホーパスが驚いていると、マリアはフワフワ浮いているホーパスを見ながら
「父は仕事中は上にいるんだ。休みの日になるとここに戻ってくる。上の方が仕事に集中できるから」
「そうなんだ・・・・じゃさっきの話だけど、親子だったらどうして勝手に美術品を盗ってくるの?一言言えばいいのに」
「父には話をしていて許しを得ている。上にある美術品は好きに持って行っていいと・・・・・」
「そうなの?」
それを聞いたアルマスはフランシスの言葉を思い出していた。
だからあの人は警察に知らせなかったんだ。
フランシスさんは泥棒がこの人だなんて知らないかもしれない・・・・・・・。
でも、それならフランシスさんに知らせておいてもよさそうなのに。
するとホーパスがこんなことを言った。
「それなら泥棒じゃないんじゃない?ボスに話をしてあって、持っていっていいって言ってるんだったら」
「それで・・・・美術品をお金に換えて、あの人達に配っているんですか?」とアルマス
「そうだ」マリアはうなづいた「でもあの部屋にある美術品を持って行くにも限りがある。大きなものは持ち出せない」
「うん、確かにそうだね。大きな絵は持って行くの大変そうだし」
ホーパスが何度もうなづきながら話を聞いていると、マリアはホーパスを見て
「そこで考えたのが金の象の彫刻だ。あの彫刻は価値があると聞いている。さっき部屋に行って持ち出そうとしたが持って来れなかった」
「どうして?」
「重くて持って来れなかった。それに途中でお前達に見つかったから・・・・・・」
「あ、そうか。あの時盗もうとしていたんだね」
「それで頼みがある。あの部屋に一緒に行って、あの象の彫刻を持ち出すのを手伝って欲しい」
それを聞いたアルマスは表情を曇らせた。
「・・・・・なら、直接あの人に話をした方がいいのではないでしょうか?」
「うん、そうだよ」ホーパスもアルマスの意見にうなづいた「それにあの象、おじいさんから受け継いだものだって聞いたから
話をしてもたぶん断られると思うけど」
「そうか・・・・・・」
2人の話を聞いたマリアは表情を曇らせた。
マリアは側にある窓の外を見上げた。
外はすっかり暗くなっており、空には無数の星が出ている。
「今夜はもう遅い。このままここに泊まって行ってくれ」
「え?でも・・・・・あのエレベーターで上がって行けば帰れるけど」とホーパス
「もうこの時間は動いていない」マリアは首を振った「今行っても止めた後だ。動いている時間が決まっている」
「え・・・・・・そうなんだ」
「山の頂上に戻るには、あのエレベーター以外はないんですか?」
アルマスがマリアに聞くと、マリアはアルマスの方を向いてうなづきながら
「父にはお前達がここにいることを知らせておく。それに明日の朝、上へと送って行くつもりだが・・・・・何かあるのか?」
するとアルマスは戸惑いながら
「い、いえ。特には何も。エレベーターがもう動いてないんだったら、ここに泊まります」
「分かった。ならこの部屋を使うといい・・・・・明日になったらまたここに来る」
マリアはそう言うと、部屋を出て行ってしまうのだった。