交差する思惑
次の日の朝。
ベッドでアルマスが眠っていると、誰かが部屋に入ってきた。
「・・・・・おい、起きてくれ。もう朝だ」
マリアがアルマスの肩を軽く叩きながら声をかけると、アルマスはゆっくりを目を開けた。
アルマスは眠そうな顔でマリアの顔を見ると、ゆっくりと起き上がった。
マリアの後ろの窓の外を見ると、空は白めいてきているがまだ暗い。
「朝って・・・・・・まだ暗いですけど、まだ夜明け前じゃないんですか・・・・?」
アルマスが眠そうな声でマリアに聞くと、マリアはアルマスを見ながら
「父に見つかる前に戻った方がいい。今すぐ出かける準備をするんだ」
「え・・・・・?昨日、あの人に連絡してなかったんですか?」
アルマスが戸惑いながら聞くと、その声に気がついたホーパスが目を覚ました。
ホーパスはアルマスとマリアの姿を見ると、ベッドから離れ2人の間に近づいた。
「おはよう・・・・・朝からそんな大きな声出してどうしたの?」
「あまり大きな声を出すな。まだ母が寝ている」
マリアはアルマスに注意をすると、ベッドから立ち上がった。
「部屋の外で待っている。出かける準備ができたら出てきてくれ」
マリアはそう言うと、足早に部屋を出て行った。
ホーパスは窓の外の空を見た。
「まだ朝になってないみたいだけど。まだ空は暗いし」
「あの人に気づかれないように今から戻れって言ってた」
アルマスはベッドから立ち上がると、両腕を上げながら大きなあくびをした。
「え?じゃマリアさんお父さんに話をしてないの?」
ホーパスがアルマスの方を振り返ると、アルマスは両腕を下ろしながら
「分からないけど、たぶん話をしてないんじゃないかなと思う・・・・でないとこんな早い時間に起こされないだろうし」
「まだ眠いよ・・・・上に戻ったらまた寝たい」
ホーパスが大きなあくびをした後、辺りを見回すと、部屋のドアの近くに布が被された大きな四角いものが目に入った。
壁に立てかけられており、布で何かを覆いかぶせている。
「あれは何だろう?」
ホーパスは気になるのか、近くで見ようと移動を始めた。
「ホーパス?どこに行くの?」
ホーパスが移動しているのを見たアルマスは、ホーパスの後を追った。
2人が移動し、アルマスが大きな布を取ると、大きな絵画が現れた。
風景画なのか上側には青空、下側は1軒の小さな家とその周辺には畑や木々が描かれている。
2人が絵画を見ていると、再びマリアが部屋に入ってきた。
「・・・・準備はできたのか?何をしている」
マリアが2人の姿を見かけると、アルマスはマリアの方を向いた。
「この絵は上の家の・・・・・あの部屋にあったものですか?」
「そうだ」マリアはあっさりとうなづいた「先日部屋から持ってきたものだ。今日売りに出そうと思っている」
「売りに出すって・・・・・どこに出しているんですか?」
「この近くに母の親戚が店をやってる。美術商をやってるんだ。いつもそこに売りに行っている」
「こんなにきれいな絵なのに、売るなんてもったいないよ」
ホーパスが絵画を見ていると、マリアは平然と2人に言った。
「準備ができたのなら、そろそろ出かける・・・・・行こう」
アルマスが絵画に布を被せると、3人は部屋を出て行くのだった。
しばらくして3人はエレベーターでボスの家に向かった。
エレベーターのドアが開き、アルマスとホーパスがエレベーターから降りるが
マリアはその場から動かなかった。
「降りないんですか?」
アルマスが後ろを振り返り、エレベーターに乗ったままのマリアに聞いた。
マリアはうなづきながら
「私はこのまま下に戻る。そろそろ父が起きる時間だ。早く戻った方がいい」
「もう行っちゃうの?また会える?」
ホーパスが寂しそうな顔でマリアを見ていると、マリアは平然とした様子で
「また村で会うことがあるだろう。もしかしたらまたあの部屋で会うかもしれない」
「ということは、また絵を取りに来るんだね」
「・・・・・・そろそろ閉めるぞ」
マリアがボタンを押したのか、エレベーターのドアがゆっくりと閉じられた。
2人はエレベーターの部屋を出て、自分達の部屋に戻ろうと廊下を歩き出した。
廊下を歩いていると左側の窓から太陽の明るい光が入ってきている。
アルマスが窓を見ると、空はすっかり明るくなってきていた。
「すっかり空が明るくなっちゃったね」
ホーパスが窓に近づいて外を見ている。
アルマスも立ち止まり、窓の外を見た。
薄い雲が広がっているが、青空が広がってだんだんと明るくなっている。
「外に出たら気持ちいいだろうなあ」
「なら、ちょっと外に出てみようか?」
ホーパスの言葉を受けて、アルマスが外に出ようと出口を探していると、後ろから声が聞こえてきた。
「おはようございます」
2人が後ろを振り向くと、フランシスの姿があった。
「お、おはようございます。早いんですね」
アルマスが戸惑いながら挨拶を交わした。
「お二人とも早いですね」フランシスは微笑みながら2人に近づいた「昨日はよく眠れましたか?」
「は、はい・・・・・いつもこの時間に起きてるんですか?」
「ご主人様が早起きでしてね。この時間にはもう起きています・・・・いろいろと準備がありますから」
「そ・・・・そうなんですね」
「もうそろそろ朝ご飯の時間です。まだ少し早いですが・・・・よろしかったら私と一緒に行かれますか?」
フランシスが右腕にはめている時計を見ていると、アルマスは戸惑いながら
「そ、そうなんですか。いったん部屋に戻ってからにします」
「分かりました。では時間になりましたら部屋までお呼び致します。それでは」
フランシスがその場を後にすると、アルマスはほっと胸を撫で下ろした。
「僕達が夜いなかったこと、バレてないみたいだね」
ホーパスが小声でアルマスに声をかけると、アルマスは黙ってうなづいた。
それからしばらくして、アルマスとホーパスはフランシスに呼ばれると、ボスと一緒に朝食をとっていた。
アルマスがパンを食べていると、ボスがアルマスにこう切り出した。
「昨日はよく眠れたか?」
「え、あ、はい」アルマスは少し戸惑いながらも答えると、ボスはアルマスを見ながら
「そうか。ならいい。昨日ずっと荷物を運んでもらったから疲れただろう?」
「ま、まあ・・・・・」
「今日は仕事には行かなくていい。他のところに行ってもらうから」
「他のところ・・・・・?」
「その指輪を使えるように、昨日あれから村外れの鍛冶場に連絡した。今日指輪を見てもらえるようにしたから
今から行ってくれ」
「今からですか?村外れの鍛冶場って・・・・・どうやって行けばいいんですか?」
「そろそろブルーノがこっちに来る。ブルーノの飛行機で鍛冶場に行ってくれ」
「飛行機で行くの?そんなに遠いところに鍛冶場があるの?」
話を聞いていたホーパスが2人に近づいてくると、ボスはホーパスを見ながら
「村の端に鍛冶場がある。それに歩いては行けない場所にあるんだ。だから飛行機でしか行けない。それに・・・・」
「それに?」
「指輪を使えるようにしてもらうんだが、作業がいつ終わるか分からない。だから今日は仕事場には行かなくていい。
早く終わったら好きにしてていいぞ」
ボスがそう言い終わった時、遠くから大きな音が聞こえてきた。
朝食を終えてしばらくするとブルーノが家の中に入ってきた。
「おはよう。朝早くから出かけるのか?」
ブルーノがボスの姿を見かけるなり聞くと、ボスは隣にいるアルマスを見ながら
「出かけるのはオレじゃない。隣にいるアルマスだ。村外れの鍛冶場に連れて行ってくれないか?」
「村外れの鍛冶場?あの空に浮かんでいる城みたいなところか?」
「そうだ。向こうには昨日連絡してある」
「分かった」ブルーノはボスに答えると、アルマスの方を向いた「もうこのまま行っていいのか?」
アルマスは黙ってうなづくと、ブルーノは2人を連れて外に出た。
ボスの家を出発してしばらくするとブルーノが後ろの席にいるアルマスに声をかけた。
「昨日からあのボスのところで働いてるのか?キツイだろう?」
「あ・・・・はい。あまり大したことはしてないですけど」
アルマスがうなづきながら答えた。
「大したことはしてない?何をやったんだ?」
「昨日は荷物を運んでただけで・・・・・・」
「荷物運びだけでも立派な仕事だ。重い荷物もあって大変だっただろう?」
「持てない荷物は他の人に持ってもらいました。自分は軽い荷物だけで・・・・・・」
「それでも仕事は仕事だ。仕事があるだけでありがたいよ。仕事があればやりがいもあるし生活していける」
「ブルーノさんは飛行機に乗ってますけど、飛行機が好きなんですか?」
「ああ、飛行機に乗るのも、こうやって操縦するのも好きだ。好きなことを仕事にするのは楽しい。
いろいろ大変なことはあるけどな」
「・・・・・・」
「ところであの鍛冶場に行ってどうするんだ?ボスからは詳しく話は聞いてないが」
「指輪を見てもらうんです。昨日指輪から火が出なくて・・・・火が出るようにしてもらいに行くんです」
「火が出るようにって・・・・お前、フラーマの指輪を持ってるのか。フラーマから来たのか?」
「はい。昨日見てもらったら、封印されているから火が出ないって」
「そうか・・・・・・・と話をしていたら見えてきた。あの大きな城が鍛冶場だ」
ブルーノの言葉にアルマスが前を見ていると、数メートル先にぼんやりと大きな建物が見えてきた。
しばらくして大きな城の前に飛行機が止まった。
アルマスが飛行機から降りると、目の前に大きな城がそびえ立っている。
辺りは雲と青い空だけで、高い山の頂上にいるようだった。
ホーパスがアルマスに続いて飛行機から降りると、乗ったままのブルーノに聞いた。
「降りないの?」
「オレはここで待ってるから、行ってこい。ゆっくりでいいぞ」
「分かりました。終わったら戻ってきます」とアルマス
「ああ、ゆっくりしてていいぞ」
アルマスとホーパスは飛行機を離れると、ゆっくりと城の中へと入って行った。
城の中に入ったところでアルマスの足が止まった。
辺りは広く、ところどころにドアがあり、どこに行ったらいいのか分からないからだった。
「どうしたの?」とホーパス
「広すぎてどこに行ったらいいのか分からないんだ。どこが鍛冶場なんだろう」
アルマスが辺りを見回していると、ホーパスも辺りを見回しながら
「そう言われてみると分からないね・・・・・どこも同じような感じだし。この城全部が鍛冶場なのかな」
「それは違うと思うよ。どこかが鍛冶場なんだと思う。どこにあるんだろう?」
「この雰囲気だったら、奥の方にあるんじゃないかな?近くにある感じじゃないと思う」
「奥ってどこが奥なんだろう。どこも同じような感じで分からないよ」
2人が辺りを見回していると、後ろから1人の女性の姿が見えてきた。
しばらくすると女性がアルマスに声をかけてきた。
「そこで何をしているの?」
「あ・・・・・すみません」
アルマスが長髪の黒髪で、黒いワンピースを着た細身の女性を見ると軽く頭を下げた。「鍛冶場がどこにあるのか知りませんか?」
「鍛冶場・・・・もしかして村の鍛冶場のボスのところから来たの?」
「そうです。この指輪を見てもらいに来たんです」
アルマスが女性に右手を見せ、指輪を見せた。
女性は指輪を見ながら
「ああ・・・・迎えに行こうと思って出てきたところだったの。ちょうどよかったわ」
「よかった。どこに行ったらいいのか迷っていたところなんです」
アルマスがほっとしていると、女性は微笑みながら
「じゃ行きましょうか。私はサリーよ。よろしくね」
「僕はアルマスです」
「僕はホーパスだよ」
ホーパスがサリーの隣に近づくと、サリーはホーパスが見えるのかホーパスを見た。
「あら、この子猫言葉を話せるのね。それによく見るとかわいいわ」
「か、かわいいって・・・・」
サリーに透明の体を手で撫でられると、ホーパスは嬉しそうに照れている。
何度かホーパスの体を撫でると、サリーは手を放しながらこう言った。
「鍛冶場に案内するわ。一緒についてきて・・・・広いから離れないようにね」
2人は城の奥にある塔の最上階へ連れて来られた。
部屋は何もなく、奥に暖炉のようなものがあり、その中で火が燃えているのが見える。
「ここが鍛冶場なの?とてもきれいな部屋だけど」
辺りを見回しているホーパスにサリーはうなづいた。
「ここは他の鍛冶場とは違って、神聖で特殊な力を持った火を燃やしているの。フラーマから火を持ってきているのよ」
「え?じゃサリーさんはフラーマから来たの?」
「違うわ」サリーは否定して続けた「私はフラーマの人でも、ここヒメルの人でもないわ。そうね・・・どこか遠くからここに来て
火を守っていると言えばいいかしら」
アルマスが2人の話を黙って聞いていると、サリーがアルマスの方を向いた。
「アルマス。あなたがしている指輪を見せてもらえるかしら」
「あ、はい・・・・・・」
アルマスは右手にはめている指輪を左手で外すと、そのままサリーに指輪を差し出した。
サリーは指輪を受け取ると、指輪を見ながら
「・・・・・これはフラーマの指輪ね。それにまだ新しいわ。まだ火の力が一度も出ていないみたい」
「え・・・・・どうしてそんなことまで分かるんですか?」
「分かるわ。火の力が一度でも使われると、指輪が火に当たってというか・・・・指輪が火に接触して少しこげた色になるの。
でもこの指輪にはこげた色がひとつもないわ」
「昨日、村の鍛冶場で火を出そうとしました。でも何度やってみても出なくて」
「火の力が封印されているみたいね。フラーマの村長が封印を解くのを忘れたのかしら・・・・」
サリーは指輪をひと通り見終えると、指輪を右手の手のひらの中に入れて、右手を握った。
サリーはアルマスを見るとこう言った。
「これから指輪を奥にある火の中に入れるわ。それで封印を解けば、指輪を使えるようになる。封印が解かれるには少し時間がかかるわ。
ここでずっと待っているのも疲れるでしょうから、隣の部屋で待っててくれないかしら」
「ここでずっと見てちゃいけないの?」とホーパス
「見ていてもいいけれど、火の扱いに慣れてないと難しいわ。それに火は気まぐれなところがあるから、急に火が大きくなったりするの。
私は慣れているから火を避けられるけれど、あなた達は避けるのは難しいかもしれない」
「そんなに大変なの?封印を解くのって」
「そうよ。だから大けがをしたら大変。だから隣の部屋で待っていて。終わったら呼びに行くから」
2人は隣の部屋に案内された。
部屋の中央には長いテーブルと、テーブルに沿うように椅子がいくつも並べられている。
アルマスが一番手前の椅子に座り、ホーパスがアルマスの向かいの椅子に座ると、サリーが部屋に入ってきた。
サリーの両手には大きなトレイがあり、その上には大皿に乗ったお菓子やフルーツ、飲み物が乗っている。
「よかったらこれを食べながら待ってて」
サリーがテーブルの上にお菓子が乗った大皿を置くと、ホーパスがさっそく身を乗り出してきた。
「うわあ。みんな美味しそう!」
「アルマスも遠慮しなくていいのよ。食べながら待ってて。終わったら呼びに来るから」
「は・・・・・はい。すみません」
アルマスがそう答えると、サリーはそのまま部屋を出て行ってしまった。
サリーがいなくなると、ホーパスはさっそくお皿にあるお菓子に手を伸ばした。
「これ、初めて食べたよ。甘くて美味しい」
テーブルの上でお菓子を食べているホーパス。
「ホーパス、お菓子大丈夫なんだ・・・・・ミルクだけしか飲まないって思ってたよ」
ホーパスを見ながらアルマスはオレンジジュースが入っているグラスに手を伸ばした。
ホーパスはお菓子をほおばりながら
「うん、食べるまでは不安だったけど。食べてみたら美味しいよ」
「あまりほおばらない方がいいよ。お腹壊すかもしれないから」
アルマスはふと前方の壁に目を移すと、大きな鏡がアルマスとホーパスの姿を写し出していた。
大きな鏡・・・・・。
アルマスが鏡を見ていると、ホーパスも気がついたのか鏡を見た。
「大きな鏡がある!僕の姿がうつってるよ!幽霊なのに」
「幽霊って鏡にうつらないの?」とアルマス
「さあ、僕もよく分からないけど・・・・でもすごくきれいな鏡だね」
「うん」アルマスはうなづきながらオレンジジュースを一口飲んだ。
ホーパスは再びテーブルにあるお菓子に手を伸ばしながら
「サリーさん、部屋に戻って指輪の封印を解いてるのかな?」
「うん・・・・!?」
アルマスがそう答えてる途中、鏡を見て驚いた。
さっきまで2人をうつしていた鏡が隣の暖炉の部屋をうつしていたからだ。
「どうしたの?アルマス・・・・そんな驚いた顔をして」
ホーパスがお菓子を食べながらアルマスを見ると、アルマスは鏡を見たまま
「場所が変わってるんだ。さっきまでいた隣の部屋に」
「え・・・・・?」
ホーパスが再び鏡を見ると、鏡には部屋に入ってきたサリーの後ろ姿がうつしだされていた。
一方、隣の部屋に戻ってきたサリーは右手にある指輪を見た。
ゆっくりと暖炉の前まで来ると、燃えている火に向かって指輪を投げ入れた。
炎は指輪をのみ込んだ途端、ぼわっという音をたてながら大きくなった。
サリーは大きくなった火に怯むことなく、そのまま火を見守っている。
しばらくして炎の勢いがだんだんと小さくなってきた。
サリーはその場を動かず、火の動きをじっと見つめている。
そして炎の勢いが落ち着いてきたのを見計らったように、サリーは突然大声を上げ、呪文のようなものを唱えた。
呪文をかけられた火は再び勢いを取り戻したかのように大きくなった。
サリーは両腕を火に向かって伸ばし、呪文を唱え続けている。
火がだんだんと大きくなり動きも大きくなると、サリーの動きも火に合せるように大きくなっていく。
サリーが火を操っているようだった。
その様子を隣の部屋の鏡越しに2人が見つめていた。
「すごい・・・・・火を操ってるよ。火の側にいて熱くないのかな?」
テーブルの上でホーパスが鏡にうつっているサリーを見ている。
「熱いだろうけど・・・・もう慣れてるんじゃないのかな。いつも火の側にいると思うから」
アルマスも鏡にうつっているサリーの後ろ姿を見ている。
「ここにいてよかった。もし向こうにいたらヤケドするところだったね」
「うん・・・・・・え?」
アルマスは鏡を見ていると、思わず戸惑いの声を上げた。
「あ、あれ?」
鏡を見ていたホーパスも何度も目を見開いている。
鏡には今までサリーの姿がうつっていたが、突然小さな女の子の姿に変わったのだ。
大きく燃え盛る炎と一緒に楽しそうに踊っている。
「あんな小さな女の子いた?」
ホーパスがアルマスの方を向くと、アルマスもホーパスの方を向いて首を振っている。
そして2人が再び鏡を見ると、小さな女の子が今度は太目の老婆に変わっている。
「え・・・・・・・?」
アルマスがさらに戸惑っていると、ホーパスも老婆を見ながら
「どうなってるの?もしかして・・・・・サリーさんって魔法使いなの?」
「魔法・・・・・・もしかしたらそうかもしれない。信じられないけど・・・・」
2人は鏡の中で炎と踊っている老婆の姿を驚きの目で見つめていた。
しばらくして炎が落ち着き、火が小さくなるとサリーは元の姿に戻った。
暖炉の側には金色に光る指輪が落ちている。
サリーはその指輪を拾うと、2人がいる隣の部屋へと歩き出した。
サリーが隣の部屋に入り、2人の姿を見た。
アルマスは椅子にもたれながら、ホーパスはテーブルの上で2人ともぐっすりと眠っていたのだった。
しばらくして3人は暖炉の部屋にいた。
サリーは指輪をアルマスに返した。
アルマスが指輪をはめていると、サリーは指輪を見ながらこう言った。
「指輪の封印は解けたけど、まだ完全な形じゃないわ」
「え?それは・・・・・どういうことですか?」
アルマスがサリーを見ると、サリーは指輪を見ながら
「封印が解けて、火は出るようになった・・・・・でも火が出るだけで制御ができない状態になってるの」
「え、それじゃどうなるの?むやみに火を出せないってこと?」とホーパス
「自分の思い通りに火を操れない状態なのよ。火を操るには制御の力も必要なの・・・・ここでは制御するまではできないわ。
ヴィンドっていう国にここと同じような建物があるから、そこで制御の力を入れてもらうしかないわね」
「そのヴィンドっていう国はここから近いんですか?」とアルマス
「近いけど・・・・・・近くて遠いところね」
「近くて遠い?」とホーパス
「ヴィンドはここから近い場所にあるけど、まっすぐ行けないの。ヒメルのすぐ隣の国なんだけど・・・・・見えない境界があって
それがヒメルとヴィンドを遮断していてまっすぐには行けないのよ」
「それじゃ、遠回りして行けば行けるんですね。どうやって行けばいいですか?」とアルマス
「ヒメルからヴァッテンっていう国を経由すれば行けるわ。そこを通らないとヴィンドには行けないようになってる。
行き方は村の人達が知っているはずよ」
「分かりました。戻ったら聞いてみます」
アルマスとホーパスが部屋を出ようとすると、サリーが後ろから声をかけた。
「ヴィンドにはこの後、すぐに行くの?」
「すぐに行きたいですけど・・・・・・行けないかもしれません」
後ろを振り返りアルマスが答えた。
「ヴィンドに着くまではその指輪を使わないでって言いたいけど・・・・・それは無理よね?」
「それは・・・・・・難しいかもしれません」
「フラーマで指輪をもらった時に火を操ったことはあるの?」
「いいえ」
「もしこの後村に戻るんだったら、村の鍛冶場に行って・・・・鍛冶場の誰かに火の操り方を教えてもらった方がいいわ」
「・・・・・分かりました」
アルマスは深くうなづくと、前を向いてホーパスと一緒に部屋を出て行った。
それから数時間後。
ブルーノの飛行機でボスの家に戻ってきた2人は部屋にいた。
2人はしばらくベッドに横たわっていたが、アルマスがゆっくりと起き上がった。
「どうしたの?」
アルマスの隣でホーパスが横になったまま聞いた。
アルマスは窓の外を見ながら
「まだお昼を過ぎたばかりだよね・・・・・・」
「うん。戻った後すぐフランシスさんからお昼はどうしますかって聞かれたから・・・・それで食べて戻ってきたところだし」
「じゃ、まだ間に合うかな」
「間に合うって?・・・・・ああ、マリアさんのところ?」
「うん」アルマスはホーパスの方を向いた「今行けばまだ間に合うかもしれない。どこにあの絵を売りに行ってるのか気になるんだ」
「じゃ、今から行こうよ」ホーパスが起き上がった「早く行かないともう家を出てるかもしれないよ」
「そうだね、すぐに行こう」
2人は部屋を出て行った。
2人はエレベーターを降り、村に着いてマリアの家へと歩いて行こうとすると、近くにマリアの姿があった。
マリアは布に包んだ絵画を右脇に抱えるように持っている。
「マリアさん」
アルマスがマリアに声をかけると、マリアは平然とした様子で2人を見た。
「お前達か。父の鍛冶場に行ってるんじゃなかったのか?」
「今日は別のところに行ってました。これからその絵を売りに行くんですか?」
アルマスが布に包まれた絵画を見ると、マリアはうなづいた。
「これから店に行く。お前達も一緒に行くか?」
「はい」
アルマスがうなづくと、3人は再び歩き出した。
しばらくして3人はあるお店に入った。
中には絵画や美術品が所狭しと並べられている。
店の奥のカウンターではマリアと1人の女性が話をしている。
2人の近くでアルマスとホーパスは陳列されている美術品を見ていた。
「はい、これ・・・・・・」
金髪で長い髪を後ろでひとつに束ねた中年の女性がマリアに白い封筒を渡した。
マリアは封筒を受け取ると、封筒の中身を出した。
「ありがとう。でも思ってたより金額が少ないような気がするけど・・・・・」
マリアがお札を見ていると、女性は申し訳なさそうに
「最近人気がある作品だからね。値崩れが起こってるんだよ。それでもおまけした方だよ」
「そう・・・・だったら仕方がない。ありがとう」
マリアはお札を封筒に戻すと、ズボンのポケットに封筒を入れた。
女性はマリアを見ながら話を変えた。
「ところで、例のものはまだ持ってこれないのかい?」
「ああ・・・・・金の象の彫刻のこと?あれは重くてなかなか持ってくるのが難しくて」
「重い?前に見た時は小さかったような気がするけどね」
「小さくはない。重いから1人で持って来るのはとてもじゃないが持って来れない」
「なら、お父さんに手伝ってもらって。2人で持って来られないの?」
「それは無理だ。それに父が気に入ってる」マリアは強く否定した「話をしても断られるに決まってる」
「そう・・・・・あんなにきれいな彫刻なのにね。それに売れば高く売れるだろうし」
アルマスは2人の会話を近くで聞いていた。
どうしてあの人、金の象の彫刻の事を知ってるんだろう。
それに前からマリアさんに頼んでいるみたいだけど、そんなに気になるのかな。
アルマスはマリアの右隣まで近づくと、カウンターの向こう側にいる女性に聞いた。
「金の象の彫刻って見た事あるんですか?」
「あら、見慣れない子供ね」女性はアルマスの顔を見ると、マリアは一瞬アルマスの方を見た。
そして再び女性の方を向いて
「最近村に来たらしい。父のところで働いてるんだ」
「そうなの」女性はマリアの方を向くと、再びアルマスの方を見た「だいぶ前に家に行ったことがあるの。その時に見たのよ」
「そうなんですか」とアルマス
「全部金でできていてとてもきれいな彫刻だから、売りに出せばとてもいい値段で売れるし、マリアにもさっきよりも多くお金が渡せるわ。
その方がマリアも助かるでしょう?」
「それは分かるが、父があの彫刻を気に入ってるんだ。それに重くて持ち出せない」とマリア
3人が話をしている中、ホーパスは女性の後ろに何かが置いてあるのに気がついた。
「あれ・・・・・・あれは何だろう?」
ホーパスが布に包まれた絵画のようなものの側まで移動すると、それはマリアが持ってきた絵とは違う絵だった。
「また違う絵だ。あっ・・・・・・」
ホーパスがふと前を見ると、すぐ側に部屋がある。
部屋にはさらに多くの美術品が置いてあるのが見えた。
ホーパスが部屋に入ると、すぐ側に椅子に座っている1人の中年男性の姿があった。
「こんにちは」
ホーパスが男性に近づいて挨拶をするが、男性はホーパスが見えないのか黙ってどこかを見つめている。
一方、話をしているマリアは女性の後ろにある絵画に気がついた。
「あ、あれは・・・・・・まだ売れてないのか?」
「え?」女性は戸惑いながら後ろを振り向いた「ああ、この間持ってきたこの絵ね。まだここにあるのよ」
「そうなのか・・・・・」マリアは絵画を見ながら表情を曇らせた「あと、それとは別に持ってきた花瓶は?」
「それは・・・・・それもまだ奥の部屋にあるわ」
「そうか」マリアは何か言いたげな表情をしながら軽いため息をついた「そろそろ帰る。また何かあったら持ってくるよ」
「そ、そう・・・・・また何かあったらお願いね」
女性がそう言い終えるとマリアはその場を後にするのだった。
アルマスとホーパスもマリアの後について行くのだった。
3人は店を出て、数歩歩いたところでマリアが足を止めた。
「おかしいな・・・・・・・」
「何がおかしいの?」
ホーパスがマリアの目の前まで来ると、マリアはホーパスを見ながら
「あの絵、この間持って行った時は買い手があるからすぐに売れるだろうって言っていたのに・・・まだ店にあるなんて」
「まだお店に取りに来てないだけじゃないの?」
「村はこの辺りしかない。取りに来るならすぐに来れるはずだ。それに売りに出してかなり時間が経っている」
「たまたま、まだ取りに来てないだけじゃないの?」
「それにこの間も同じような事が・・・・・・・・・・」
「同じ事が前にもあったんですか?」とアルマス
「たびたびある。でもその後引き取りに来たものもあると話をしていた。本当にそうなのかは分からないが」
「それは・・・・・おかしいですね」
マリアが振り返って店を見ると、アルマスもつられるように振り返って店を見つめているのだった。
一方、店の奥の部屋では女性と男性が話をしていた。
「さっきまでマリアが来ていたようだが・・・・もう帰ったのか?」
「帰ったわ」女性は男性を見ながらうなづいた「今度は金の象の彫刻が来るかしら」
「おいおい。そんなにあの彫刻が欲しいのか?」
男性があきれながら女性を見ると、女性は大きくうなづいた。
「前に一度だけ、あの子の父親の家に行った時があったでしょう?父親に頼まれて美術品を取りに行った時に見せてもらったじゃない。
その時からいいなって思ってたのよ・・・・・どうしても手に入れたいわ」
「でも重たいって言っていただろう?マリアみたいな女性が持ってくるのは無理じゃないか?」
「ならあなたが取ってきなさいよ。他のものは取ってくるクセに」
「それは無理だろう。マリアとあの父親とは親戚なんだから。もし取ってきたのがバレたら他の親戚に何を言われるか・・・・・・」
「だからマリアに持ってきてもらうしかないのよ。いつまでも持って来ないのなら無理にでも手に入れるんだから」
女性が部屋を出て行くと、男性はやれやれとばかりに大きなため息をつくのだった。
マリアと別れたアルマスとホーパスは鍛冶場へと向かった。
鍛冶場に入りしばらく歩いていると、ボスにばったりと出くわした。
「何だ。もう戻ってきたのか?今日はゆっくり休んでいればいいのに」
ボスがアルマスの姿を見た途端声をかけた。
アルマスはボスを見ながら
「村に来たので、ついでに来てしまいました」
「そうなのか。指輪は見てもらったのか?」
「はい」
「そうか、それなら・・・・・・・」ボスは辺りを見回しながら続けてこう言った「さっそく火が出るのか見せてもらおうか」
アルマスがうなづくと、3人はどこかへと移動を始めた。
3人は昨日と同じ場所の壁の前に来ていた。
アルマスは壁の前に出ると、後ろでボスがアルマスを見ている。
「ゆっくりでいいから、自分のタイミングで火を出すんだ」
「はい・・・・・」
アルマスは右手を前に出すと、緊張してきたのかゆっくりと深呼吸をした。
本当に火が出るのかな・・・・。
指輪をはめてから火を出してない。
サリーさんに指輪をもらった後、すぐ火が出るかどうかやってみればよかった。
アルマスは暖炉の部屋で指輪を試さなかった事を後悔した。
サリーさんに封印を解いてもらったんだ。火は出ると思う。
ここで今やるしかない。
アルマスはそう思いながら、右手の薬指にはめている指輪に視線を向けた。
いったん右手を後ろに下げると、アルマスは火が出るように念じながら再び右手を壁に向けた。
その時だった。
右手を壁に向けた途端、指輪が激しく光ったと思うと、指輪からものすごい光が壁に向かって放出された。
それと同時に大きな炎が壁に向かって突進し、炎が壁に衝突したかと思うと、壁がたちまち大きな音をたてて崩れてしまった。
え・・・・・・・!?
一瞬にしてなくなった壁を見つめながらアルマスは驚いたままその場を立ち尽くしていた。
アルマスの後ろには、大きな音を聞きつけてきた職人や作業員が続々と集まってきていた。
「おい!」
アルマスが後ろを振り向くと、昨日の職人がアルマスに近づいてきた。
「村外れの鍛冶場に行ったのか?」
職人の問いにアルマスがうなづくと、職人はアルマスの右手の指輪を見た。
「そうか・・・・・火が出るようにしてもらったのか」
「はい。でも今は制御ができないって言ってました・・・・・まさかこんなことになるなんて」
「だろうな。すごい音がした」アルマスの言葉に職人は崩れた壁を見た。
そして再びアルマスの方を向くと
「ならオレが火の扱いを教えてやる。ある程度操れるようになれば問題ないだろう」
するとボスが2人に近づいて来た。
「火の威力を見せてもらった・・・・・今まででこんなにすごい火は見た事がないぞ」
「す、すみません」ボスを見た途端アルマスは頭を下げた「壁を壊すつもりじゃなかったんです」
「ケガ人がいなくてよかった。壁は後で直そう」
ボスは崩れた壁を見ると、再び2人に向かってこう言った。
「今度新たに開拓する鉄の山がある。近いうちに鉄を取りに行くつもりだ。さっきの火の威力があれば充分鉄が取れる・・・・・。
山へ鉄を取りに行くまでに火をある程度使いこなせるようにするんだ」
「分かりました」
職人が頭を下げると、ボスはアルマスを見た。
「火の扱い方をこの人によく教えてもらうんだ。任せたぞ、ロビン」
「は、はい」
アルマスが返事を返すと、ボスはロビンの右肩を軽く叩いてその場を後にするのだった。