港町ポルト
レンガ造りの建物の壁からトイヴォが姿を現した。
うわ、まぶしい・・・・・。
真っ暗なところから急に外に出てきたので、トイヴォは思わず手で陽射しを遮った。
続いてヴァロが出てくると、2人の後ろにあった真っ暗な穴は小さくなり消えていった。
「ヴァロ、ここがポルトなの?」
トイヴォは後ろを振り返って、ヴァロに聞くと、ヴァロはうなづいて
「うん、確かここのはずだよ。少し歩くと港があると思うけど」と辺りをキョロキョロしている。
トイヴォも辺りを見回すと、辺りは大きな建物が広がっている。
後ろの建物を見上げると、教会なのか屋根の上に木製の十字架があった。
「とにかく港に行ってみようよ」
ヴァロが後ろで声をかけると、トイヴォはヴァロの方を向いてうなづいた。
「うん、そうだね・・・・まずは港に行ってみよう」
2人は港に向かってしばらく歩いていると、海沿いの道に出た。
青い色をした海が2人の目の前に広がっている。
波は小さく穏やかで、海からの潮風が2人に向かって吹いている。
風が気持ちいい・・・・・しばらくここでこうしていたいな。
爽やかな風に当たりながら、2人は足を止めてしばらく海を眺めていた。
しばらくしてトイヴォが右を向くと、少し先に1人の小さな女の子の姿が見えた。
とてもきれいな赤色のワンピースがトイヴォの目にすぐ入った。
あの赤い服の女の子・・・・。
どこか見覚えのある服に、トイヴォは女の子の方へを歩き始めた。
「どこに行くの?」
トイヴォが急に歩き始めるので、少し慌てながらヴァロが追いかけてきた。
「あの女の子、もしかしたら和尚様が探している女の子かもしれない」
「和尚様が探してる女の子?」
「うん、人違いかもしれないけど、とにかく聞いてみるよ」
「じゃ、僕は少し姿を消してるね」
ヴァロが姿を消してしまうと、トイヴォは女の子の方へと歩き続けた。
トイヴォは海を見ている女の子の後ろで立ち止まった。
背がトイヴォより低く、鮮やかな赤いワンピースに、白のブラウス。
茶色くて肩にかかるくらいの長さの髪。
和尚様が話していた女の子にぴったりと当てはまっていた。
「こんにちは」
トイヴォが女の子に声をかけると、女の子はトイヴォの方を振り返った。
トイヴォの顔を見ていると、しばらくして少し戸惑いながらも小さく
「・・・・こんにちは」とあいさつをした。
「この近くに住んでるの?」
「うん、ここから少し離れてるけど・・・いつもここで遊んでるの」
「君、一人なの?親や友達と一緒じゃないの?」
「前はずっとお母さんと一緒だったの・・・・でも今日は一人」
「そうなんだ」
和尚様が探している女の子かもしれない。名前を聞いてみるか。
トイヴォはそう確信して、女の子にこう聞いた。
「僕、ここに来たばかりで何も分からないんだ。港はどこか知ってたら連れて行ってくれないかな」
「うん、いいよ」
「僕の名前はトイヴォ。君の名前は?」
「アウロラっていうの。港はもっと向こうだよ」
アウロラは港の方向を指さすと、トイヴォはアウロラの指さす方を向いた。
遠くに船の姿が見えると、トイヴォはアウロラの方を向いて言った。
「じゃ、一緒に行こう」
トイヴォはアウロラと一緒に歩き始めた。
やっぱり、この子が和尚様が探していた女の子だったんだ。
でも、どうやって和尚様のところへ連れて行こう?
まだ会ったばかりだし、無理やり連れていくなんてできないし・・・・。
トイヴォがそう思いながら歩いていると、あるお店の入口の張り紙が目についた
クジラの絵が描かれていて、「クジラ祭」と大きい文字で書かれている。
トイヴォがお店の前で立ち止まると、アウロラは気が付いて立ち止まった。
アウロラは張り紙を見ながら
「クジラ祭のチラシだよ。もうそろそろ始まると思うけど」
「クジラ祭ってどんなお祭りなの?」
「毎年、夏になると港に大きいクジラが来るの。今年はまだ来てないけど」
「港にクジラが来るんだ・・・・」
「クジラが来ないと、祭りが始まらないの。だからいつも港にクジラが来ないか見に行くの」
「じゃ、クジラが来ているかどうか行ってみよう」
2人はお店を離れ、港に向かって歩き始めた。
しばらくして数隻の船が停泊している港に着いた。
港は波が小さく穏やかで、小さな波の音が聞こえている。
潮風も優しく吹いて、静かな雰囲気になっている。
船には漁師らしき男たちが数人乗っているのが見える。
アウロラは海を覗き込むように下を見ながら
「まだクジラは来てないみたい」と海に沿うように歩いている。
「ねえ、どうしてここはクジラ祭をやるの?」
アウロラの後をついて行きながら、トイヴォはアウロラに聞いた。
「この町ではクジラが神様なんだって。1年に一度、港にクジラが来たらみんなでお祝いするの」
「お祝いってどんなことやるの?」
「クジラに食べ物をあげたり、クジラに乗ったりするの」
「えっ、クジラに乗れるの?」
「うん、でも乗れるのは男の子一人だけ」
アウロラは港の端まで行ってしまうと、つまらないというようにトイヴォの方を振り返った。
「アウロラはクジラに乗りたい?」
トイヴォはアウロラに聞くと、アウロラはしばらく考えて
「・・・乗りたいけど、なんだか振り落とされそうで恐いから、やっぱり見てる方がいいな」
「そうなんだ」
するとアウロラの方からぐるぐるという音が聞こえてきた。
トイヴォはお腹を空かせているアウロラを察して
「お腹空いてるの?何か食べに行こうか」
「うん、この近くにマーケットがあるから、行こう」
アウロラが走り出すと、トイヴォは慌てて後を追った。
トイヴォはアウロラの後を追って走っていくと、道が急に広くなり、ある広場に出た。
そこには屋台が多く出ていて、たくさんの人が歩いている。
ここがマーケットか。アウロラはどこにいるんだろう。
トイヴォは屋台を見ながら、アウロラの姿を探している。
屋台には色とりどりの野菜や果物、お皿などの食器や日用品、帽子や人形など
いろんなお店が並んでいる。
トイヴォは、広場にいる人たちに気が付いた。
おかしいな・・・・・ここにいる人たちはほとんど男の人ばかりだ。
トイヴォは辺りを見回してみると、広場にいるほとんどの人が男性だった。
屋台のお店の人達も、ほとんどが男性だった。
そういえば、ここに来てからアウロラ以外の女の子を見てないな。
女の子だけじゃない、女の人も・・・・・・。
そう思いながらアウロラを探していると、少し先の屋台の前で赤いワンピースが目に入った。
トイヴォはその屋台に行ってみると、案の定、アウロラがいた。
「ここにいたんだ。探したよ」
トイヴォはやれやれというようにアウロラに声をかけると、アウロラは後ろを振り返って
「あ、お兄ちゃん。やっと来たんだ。あのサンドイッチが食べたいの」
と前にある食べ物を指さした。
「じゃ、それをもらおうか・・・・・このサンドイッチを2つください」
トイヴォはお店の男性に頼むと、ついてきているであろうヴァロのことを思い出し
「あ、すみません・・・・あとひとつ追加でお願いします」と慌てて頼むのだった。
お店の男性からサンドイッチを受け取ると、ひとつをそのままアウロラに渡した。
お店から離れて、木製のベンチを見つけると、アウロラが先にベンチに座った。
トイヴォはアウロラの右隣に座った。
アウロラがサンドイッチを食べ始めると、トイヴォは後ろにいるであろうヴァロに
渡そうと、後ろにサンドイッチを向けた。
するとヴァロが受け取ったのか、サンドイッチがトイヴォの手からすぐに消えた。
ヴァロもお腹空いてたんだ・・・・よかった気が付いて。
トイヴォはほっとして、自分も食べようとサンドイッチを口に入れた。
トイヴォがサンドイッチを食べ終わると、アウロラに話しかけた。
「アウロラは友達はいるの?」
「うん、いるよ・・・・今はいなくなっちゃったけど」と下を向くアウロラ
寂しそうな表情のアウロラに、トイヴォは少し戸惑いながら
「え・・・いなくなっちゃったって、どういうこと?」
「どうしてか分からないけど・・・・誰もいなくなっちゃった」
そういえば・・・・。
トイヴォは辺りを見回すと、子供はアウロラ以外、誰もいない。
ポルトに入ってから、女の人とアウロラ以外の子供に会ってないな。
どうなっているんだろう、和尚様が言っていたことと何かあるのかな。
まだ大丈夫かもしれないって言ってたけど、もう何かが起こっているのかもしれない。
トイヴォはそう考えながら、さらにアウロラに聞いた。
「アウロラ。友達がいなくなったって言ってたけど、それは最近なの?」
「うん、気が付いたら誰もいなくなっちゃった・・・・それにママも」
「ママ・・・・・お母さんもいなくなったの?お父さんは?」
「アウロラが小さい頃に死んじゃったって。昔ママが言ってた」
「・・・・ところでお母さんはいついなくなったの?」
「少し前、買い物に行くから、お家で待っててってママが言ったの。でもまだ帰ってこないの」
「じゃ、食べ物とかどうしてるの?」
「お家に食べ物を持ってくるお姉ちゃんがいるの。いつも朝と夕方にお家に来るんだ。
お姉ちゃんがママを探してるの」
そうなんだ・・・・それで和尚様がアウロラを引き取ろうとしているのか。
お姉ちゃんっていうのが和尚様が話してたオリヴィアさんなのかな。
とりあえず、アウロラを連れてオリヴィアさんに会わないと・・・・。
和尚様がアウロラを探している理由が分かったトイヴォは、まずはアウロラの家に行こうとこう切り出した。
「そろそろ家に帰らないの?」
トイヴォはアウロラに聞くと、アウロラは首を振って
「まだ夕方じゃないから帰らないよ。今度は別のマーケットに行こう」
2人は今度は広場の近くの大きな建物に入った。
アウロラに続いてトイヴォが中に入ると、左右に同じようなお店が並んでいる。
人がたくさん入っていて、それぞれのお店の中で何かを食べたり、飲んだり
お店の人と話をしたりしている。
ここは室内のマーケットなんだ・・・・。
トイヴォが前にいるアウロラの後を追うように歩いていると、いきなり前から
大柄の男がトイヴォの左肩にすれ違い様にぶつかってきた。
トイヴォはぶつかってきた勢いで、その場に倒れこんでしまった。
「!?・・い、痛い・・・・」
「おっと、ごめんよお兄ちゃん」
トイヴォは立ち上がり、ぶつかった左肩を右手で痛そうに抑えていると、後から来た小柄の男が
トイヴォに謝ってきてすれ違った。
トイヴォは後ろを振り返ると、小柄の男はトイヴォにぶつかった男の知り合いなのか
2人で何やら話をしているのが見えた。
トイヴォは2人の男をしばらく見ていたが、アウロラのことを思い出し
前を向いて、アウロラの姿を追い始めた。
お店を見ながら歩いていると、アウロラの姿が目に入った。
アウロラのいるお店に入ると、そこはケーキやクッキーが並んでいるお菓子屋だった。
「ここはお菓子屋なんだ・・・・何か欲しいものはあるの?」
お菓子を見ているアウロラにトイヴォは後ろから声をかけた。
するとアウロラは後ろを振り向いて
「うん、このラズベリーパイが食べたいな」と前に置いてあるものを指さした。
トイヴォが見てみると、前の棚には四角い形のパイが何個も置いてある。
トイヴォは近づいてきた中年の女性の店員に声をかけた。
「すみません、このパイをください」
店員がパイを取って、紙袋に入れていると、トイヴォはお金を払おうと
ズボンの右ポケットに入っている財布に手を入れた。
しかし、財布が入っていない。
あ、あれ?・・・・反対側のポケットに入れたのかな。
トイヴォは慌てて左側のポケットに手を入れるが、左側にも財布は入っていない。
おかしいな、さっきサンドイッチを買ったときに、確かにズボンの右ポケットに
入れたはずなのに。
和尚様から別れた時にもらったお金と財布なのに・・・・・。
トイヴォが他のポケットに入れていないか慌てて探していると
店員が声をかけてきた。
「どうしたの?」
「い、いえ・・・・さっきまであった財布がいつの間になくなってて、探してるんです」
「財布をなくした?じゃ、今はお金は持ってないのかい?」
するとトイヴォの隣にいたアウロラが、前の棚にあるラズベリーパイをひとつ取って
素早く走り去って、お店を出て行ってしまった。
「ア、アウロラ!」
トイヴォが逃げていくアウロラに声をかけるが、アウロラの姿はもうなかった。
「お兄さん、あの子の知り合いなのかい?」
店員がトイヴォに声をかけると、トイヴォは首を振って
「アウロラとはさっき会ったばかりなんです。お腹が空いてそうだったんで・・・・」
「そんなこと言って、本当はあの子と一緒にお菓子を盗もうとしたんだろう?」
「ち、違います!さっきまで財布はあったんです」
「そんな・・・適当なことを言って、別のところでも何か盗んできたんじゃないのかい?」
「そんなことしません!信じてください。さっきまで本当に財布はあったんです」
トイヴォが首を振りながら答えていると、後ろから低い声が聞こえてきた。
「何をそんなに騒いでるんだ?」
トイヴォが後ろを振り向くと、そこには背が高く、体格のいい男がいた。
がっしりとした体つきで、左手には大きな魚を持っている。
「さっき、小さい女の子がうちのお菓子を盗んでいったんだよ」
店員が説明すると、その男はズボンから財布を取りだした。
「どのお菓子を盗んでいったんだ?オレがその分を払ってやるよ」
財布から紙幣を1枚、店員に渡すと店員は黙って受け取り
「盗んでいったのは、目の前にあるパイひとつさ」
「たったパイひとつで・・・そんなに大事にするもんじゃないだろう?
ところで、この男の子は何か関係があるのかな?」
「その男の子はあの女の子の仲間に違いないさ。さっき会ったばかりだって言ってたけど」
「違います!本当にさっき会ったばかりなんです」
2人の会話に割り込むように、トイヴォは強く否定した。
「そうか・・・・」その男は、トイヴォを見ながらこう言った。
「ところで、お前さん、この辺りでは見かけない顔だな・・・ポルトには来たばかりかい?」
「は、はい。そうなんです」トイヴォはうなづいた。
「さっきここには来たばかりなんです。それでアウロラに会ったんです」
「アウロラ・・・・どうしてその名前を?」
「アウロラを探しに来たんです。会ったのは偶然ですが・・・・マーケットをまわっている
うちに、アウロラがここにいるのを見つけて、お金を出そうとしたらいつの間にか
財布がなくなってたんです」
「そうか・・・・ここに入った時に、誰かとぶつからなかったか?」
「え・・・は、はい。この建物に入った時に、体の大きい男にぶつかりました。
その後、小柄の男が謝ってきて・・・・・。」
「そういうことか・・・・・お前さん、スリにうまくやられたみたいだな」
「スリ?」
「このマーケットにはいろんな奴がいる。親切な人もいれば、悪い人もいるってことさ。
ところでお前さんも何かここで買っていくかい?オレが払ってやるから」
トイヴォはしばらく考えて、首を振った。
「いえ、いいです・・・・そんなにお腹空いてませんから」
お店を出て、マーケットの外に出ると、トイヴォは男にお礼を言った。
「さっきは助けていただいて、ありがとうございました」と頭を下げるトイヴォ
「いいや。ところで・・・どうしてアウロラのことを知ってるんだ?」
「ある人にアウロラを探して欲しいと頼まれました。それでここへ」
「その頼んだ人っていうのは・・・・?」
「それは・・・・」
トイヴォが言うか戸惑っていると、その男はいいよというように首を振った。
「言いたくなかったら言わなくていいよ。それより今夜の泊まるところは決まってるのか?」
「いいえ、まだ・・・・・」
「なら、家に来ないか?アウロラがもしかしたら家に来ているかもしれない」
「え・・・・どうしてアウロラのことを知ってるんですか?」
「家で身寄りのない子供を預かってるんだ。アウロラもたまに家に来る時がある。
今お金がないのなら、家に来ればいい」
「・・・ありがとうございます」
「ところで、お前さん名前は?」
「トイヴォといいます」
「オレの名前はヘンリック。この港で漁師をやってる・・・その傍らで困っている
子供を助けてるんだ」
「そうなんですか・・・・・よろしくお願いします」
トイヴォはヘンリックと握手を交わすと、ヘンリックは空を見上げた。
「じゃ、家に行こうか・・・・きれいな夕焼けが見えてる。明日もいい天気になりそうだ」
トイヴォが空を見上げると、すっかり日が暮れて、鮮やかなオレンジ色の夕焼けに染まっていた。