たからもの

 



それから次の日以降、アルマスは仕事の合間に職人のロビンから火の扱い方を教えてもらっていた。
鍛冶場の裏側の何もない場所で火の操り方や出し方を教えていくロビン。
アルマスは最初は思うように火を操れなかったが、日が経つにつれてだんだんと思うように火を操れるようになっていった。



そんなある日の夕方。
ロビンはアルマスをいつも通り、鍛冶場の裏側に連れて来ると中央に大きな木の切り株があった。
切り株の上には小さなロウソクが1本、縦に置かれている。



なんだろう。木の上にロウソクがある・・・・・。



アルマスがロウソクを見ていると、隣にいるロビンがアルマスに言った。
「そのロウソクに火を点けるんだ」
「この小さいロウソクに火を・・・・・ですか?」
アルマスが戸惑っていると、ロビンはうなづいた。
「今までやってきたのなら、これくらいできるだろう?大丈夫だ。やってみろ」
「は・・・・・はい」
アルマスは戸惑いながらも、再びロウソクに目を向けた。



こんなに小さいロウソクに火を点けるなんて。
もし大きな火が出て木まで燃えたらどうしよう・・・・・・。



アルマスは一瞬不安になったが、しばらくすると意を決したように右手をロウソクにそっと添えるように差し出した。
そして軽く深呼吸をすると、ロウソクの芯を見ながら火が出るように念じた。



するとロウソクの芯に小さな火が点いた。
「火が点いた・・・・・・・」
ほっとしたようにアルマスがロウソクの火を見ていると、それを見たロビンは微笑みを見せた。
「うまくできたじゃないか。火の調整ができるようになったな。短い間でよくここまでできた。大したもんだ」
「い、いや・・・・ロビンさんが教えてくれたからです」
「今まで何人も教えてきたが、こんなに早く上達するとは・・・・お前、火の職人の素質があるぞ」
「そんなことはないですよ」アルマスは首を振りながら続けてロビンに聞いた「ロビンさんは火の扱い方はフラーマで教わったんですか」
「オレは・・・・基本的な事はフラーマで教わったが、あとはほとんどここに来てからだ」
「え・・・・・でも火の制御の力はヴィンドに行ってもらったんですよね?」
「いいや」ロビンは首を振って否定した「確かに制御の力はヴィンドに行けば授けてもらえるが、オレは行ってない」
「それはどうしてですか?」
「火の扱い方の基本・・・・点け方や消し方はフラーマで教えてもらったが、調整はここに来てからほとんど先輩の職人に教わった。
 細かいところはみんな自己流だ。今までそれでなんとかなってるからヴィンドに今さら行く必要はない」
「じゃ・・・・・火の調整ができれば、ヴィンドに行かなくてもいいってことですか?」
「それは何とも言えないな。それに火は気まぐれなところがある。それに雨や風に左右されるからな・・・・思いがけないことで
 大けがをするかもしれない。子供はやっぱりヴィンドに行って、制御の力を授かった方がいいかもしれないな」



すると2人の後ろからボスの声が聞こえてきた。
「どうだ?アルマス・・・・・火をうまく扱えるようになったようだな」
アルマスが後ろを振り返ると、ボスは2人に近づいてきた。
「もしかして、ずっと見ていたんですか?」とロビン
「ああ。毎日ここでやっているのを見てた・・・・・」
ボスは切り株の上にある火の点いたロウソクを見ると、2人の方を向いた。
「近いうちにあの鉄の山に行く。今から準備をしておくんだ」



しばらくして空が暗くなった頃、アルマスは鍛冶場を出て行った。
ボスの家に通じるエレベーターの乗り場まで来ると、ホーパスの姿が見えた。
「ホーパス!」
「あ、アルマス!」気がついたホーパスが後ろを振り返った「仕事終わったの?」
「うん」アルマスがうなづくと続けてこう聞いた「ところで今日はどうだったの?マリアさん」
「うーん、今日は特に何もなかったよ。ずっと家にいたし。あのお店にも行かなかった」
「そうなんだ」アルマスがそう言った途端、ドアが開いた。



アルマスが鍛冶場に行っている間、ホーパスにマリアの動きを見てもらうように頼んだのだ。
マリアと美術商の店の男女の動きが気になっていたからだった。



2人はエレベーターに乗り込み、アルマスはボタンを押すと、エレベーターのドアがゆっくりと閉じた。
エレベーターがゆっくりと上へと昇り始めると、アルマスはホーパスの方を向いた。
「またマリアさん、あの部屋に来るかな?」
「たぶん来ると思うよ。マリアさんの部屋を見たけど、絵みたいなものは置いてなかったし」
アルマスの隣でふわふわと宙を浮きながらホーパスが答えると、アルマスはうなづきながら
「来るとしたら夜かな?」
「たぶん夜だと思う。早ければ今夜には来るかもしれないね」
2人はお互いの顔を見合わせると、深くうなづいた。



そしてその夜。
ボスとの夕食を終え、2人は部屋を出て自分達の部屋に戻ろうと廊下を歩きだした時だった。
どこかから小さな音だったが、物音が聞こえてきた。
「・・・・・・聞いた?今の音」
アルマスがホーパスを見て聞くと、ホーパスもうなづいた。
「うん。もしかしたらあの部屋にいるのかもしれないね」
ホーパスが移動を始めると、アルマスも後に続いた。



美術品が陳列されている部屋の奥では、明かりがついていない暗闇の中でうごめいている人影があった。
金の象の彫刻を動かそうと必死で彫刻を抱えながら後ろへ動かそうとするが、彫刻はびくともしない。
「・・・・・やっぱりだめだ。全くびくともしない・・・・・」
すっかり息が上がり、大きなため息をつきながらマリアは彫刻から離れた。
そして他に何かないかと辺りを見回していると、前から誰かが近づいてきている気配を感じた。
アルマスとホーパスだった。



「マリアさん?」
アルマスが目の前に人影を見つけると声をかけた。
ホーパスはマリアの側まで来ると
「やっぱりマリアさんだ。絵を取りにきたの?」
「そうだ」マリアは2人だと分かるとすぐ答えた「どうして来たのが分かった?」
「さっき廊下を歩いてたら物音がしたから。マリアさんじゃないかと思って」
「そうか。なるべく音をたてないようにしたつもりだったんだが・・・・・・」
マリアがそう言いながら辺りを見回しているとアルマスがさらにこう聞いた。
「でも、持っていける作品はあるんですか?もう残ってるのは大きいものしかないような気がするんですけど」



アルマスに意表を突かれたマリアはしばらくしてからうなづいた。
「・・・・アルマスの言う通りだ。もう持って行ける作品がない。あとは1人じゃ持って行けない大きな作品ばかりだ」
「金の象の彫刻は持って行かないの?」とホーパス
「さっき持って行こうとしたが、やっぱり重すぎてびくともしない。とてもじゃないが持ち出せない」
マリアが後ろにある金の象の彫刻を見ると、アルマスもつられるように金の象の彫刻を見た。
暗闇の中で小さく輝いている彫刻にアルマスは疑問に思った。



どうしてあの店の女性はこの彫刻が欲しいんだろう。
高く売れるからって言ってたけど、本当にそれだけなのかな・・・・・・・。



すると突然部屋の灯りが点いた。
3人は気がついて入口の方を振り返ると、そこにはボスの姿があった。
「マリア・・・・・」
ボスはマリアの姿を見ると、3人がいる部屋の奥へと歩き出した。



「父さん・・・・・・」
ボスが近づいてくるのが見えるとマリアは戸惑いを見せた。
「また絵を取りに来たのか?」
ボスがマリアに近づきながら聞くと、マリアはうなづくだけであった。
ボスはマリアの少し手前まで来て止まると、マリアの顔を見ながら
「貧しい人達を援助するのはいいが、このままのやり方だと終わりが来る。この部屋から何もなくなった時がその時だ・・・・・
 援助する方法を変えた方がいいんじゃないのか?」
「父さん・・・・・知ってたの?」
ボスの言葉にマリアは戸惑いながらも、それ以上何も言えなかった。



ボスはマリアの後ろにある金の象の彫刻を見た。
「まさか後ろにあるその彫刻を持って行こうとしているんじゃないだろうな?」
「持って行こうにも重すぎて持って行けない」マリアが首を大きく振りながら答えた「でも、もう持っていけるものが・・・・・」
「そうか・・・・もう今のやり方では難しいということだな」
ボスは右手をズボンのポケットに突っ込み、何かを取り出すとマリアに向けて差し出した。



マリアが戸惑いながら右手で受け取ると、受け取ったものを見た。
手のひらには金色に輝く細長い鎖のようなネックレスがあった。
マリアが見上げてボスの顔を見ると、ボスは平然とした態度でこう言った。
「持って行くものがないんだろう?それを持って行け」
「・・・・・ありがとう」
マリアはボスに頭を下げると、足早に部屋を出て行った。



マリアの後ろ姿をアルマスとホーパスが見届けると、ボスは2人を見た。
「さあ、明日も早いぞ。そろそろ部屋に戻って寝たほうがいい。寝るぞ」
「は、はい・・・・・・」
アルマスは戸惑いながら答えると、2人は足早に出ていくボスの後に続いて部屋を出ていくのだった。



それから数日後。
アルマスは飛行機に乗って、鉄の山へと向かっていた。
窓の外を見ると、数機の飛行機が同じ方向へ向かっているのが見える。
「今日は村にある飛行機がほとんど同じ場所に向かってるな」
前の席でハンドルを握りながらブルーノが話し出した。
アルマスは窓の外の飛行機を見ながら
「飛行機がほとんど・・・・?全部あの鉄の山に行くんですか?」
「ああ。今から行く山はとても高いところにあるから、歩いてではとても行けない。だから全員飛行機だ」
「僕は先に乗せてもらいましたけど、ブルーノさんまた戻るんですよね?」
「ああ。この後戻ってボスを乗せてまた行く」
「他の人達も1人ずつ乗せて行ってるんですか?」
「そんな事やってたら、全員が山に着く前に日が暮れる。1人で来る奴もいるだろうが、他の連中は20人ぐらい乗れる大きな飛行機で来るはずだ。
 確かあの山に行くのは今日だけだったと思うけどな」
「今日だけ?」
「新しく入る山だから、あまり大した量は採らないんだろう。お試しでっていうところかもしれないな。
 ・・・・・・そろそろ着くぞ」
ブルーノはハンドルを前に倒すと、飛行機はゆっくりと下降を始めた。



しばらくして飛行機が到着すると、アルマスは飛行機を降りた。
辺りは先に来ていたのか、既に数十人の人達の姿がある。
小型の飛行機や大型の飛行機も停まっており、飛行機の側にはパイロット達が数人集まって話をしている。



アルマスが集まっている集団の中に入ると、その中にロビンの姿があった。
「アルマス!さっきの飛行機で来たのか」
ロビンがアルマスの姿を見るなり声をかけてきた。
「はい。もう来ていたんですか。ロビンさんはどの飛行機で来たんですか?」
「オレは他のみんなと一緒にあの大型機で来た」ロビンは少し離れた場所に停まっている大型の飛行機を指さした。
アルマスはそれを見ながら
「あの大きい飛行機・・・・・何人乗れるんですか?」
「30人ぐらいは乗れるんじゃないか?さっき乗って人数数えたら20人で空いてる席があったからな」
「そうなんですか。ところで鉄を採る場所ってここなんですか?」
「いいや」ロビンはあっさりと否定した「ここは飛行機が停まる場所だ。鉄を採る場所はまだ先のところにある。上の方だ」
「上の方・・・・・・?」
「オレもここは初めてだから場所は分からないが、たぶん上の方だと思う。ボスが来れば分かるだろう」



しばらくすると、ブルーノの飛行機が再びやって来た。
飛行機が到着し、先にボスが降り、続いてブルーノが降りると、そのまま他のパイロットがいる場所へと移動して行った。
ボスはアルマス達がいる集団のところへ歩いて来ると、集団の人達を見ている。
そしてひと通り見終わると、大きな声でこう言った。
「・・・・・全員揃ってるようだな。これから鉄がある場所へ移動する。後からついて来い」
ボスがゆっくり歩き始めると、あとの人達もぞろぞろと歩き出した。



その頃、マリアの家の前にはホーパスがいた。
地面に座り、毛づくろいしながらマリアが外に出てこないか様子を見ている。
「家の中に入った方がマリアさんの動きが分かるけど、マリアさん僕が見えてるからな・・・・入りにくいよ」
ホーパスが眠そうに大きなあくびをしていると、家の中から物音が聞こえてきた。
ホーパスが立ち上がり、玄関を見ると、奥からマリアが出てくる姿が見える。
「もしかして出かけるのかな?」
ホーパスはフワリと上に上がると、マリアが外に出てきた。
マリアはホーパスがいることに気がついていないのか、そのまままっすぐ歩き始めた。



ここ数日外に出てないから、もしかしたらあのネックレスを売りに行くのかも。



ホーパスはマリアの後を追うように移動を始めた。



しばらくしてマリアが美術商の店に入っていった。
「やっぱり・・・・・マリアさんに気づかれないように後から入ろう」
ホーパスは店の入口まで来ると、外から店の中を覗き込んだ。



マリアが店に入り、奥にあるカウンターに行くが、誰もいなかった。
「誰もいない・・・・・こんにちは。誰かいませんか?」
マリアは辺りを見回すが、誰の姿も見当たらない。
カウンター奥の部屋にいないか、マリアは奥の部屋の前まで行って覗いてみるが、部屋にも誰の姿もない。



誰もいない・・・・・。
一度時間を置いて、出直した方がいいかもしれない。



マリアはそう思いながら、一度家に戻ろうとした時だった。
ふと目に留まったものを見た途端、マリアははっと気がついたように動きを止めた。



あれは、先日売りに出した絵画のはず・・・・・。



確かめようと、マリアは部屋に入ると大きな包み紙に包まれた四角いものの側まで近づいた。
そして包み紙を開け、出てきた絵画を見た途端、マリアの表情が曇った。



やっぱり、まだ売りに出してないのか・・・・・・・。
それとも売れずに残っているのか。



マリアは包み紙を閉じて元の状態に戻すと、再び部屋を出て行こうとした。
ふと別の場所に目をやった途端、マリアは再び動きが止まった。
「あれは・・・・・・・!どうしてここに?」
マリアの視線の先には、金色に輝く小さなうさぎの彫刻があった。



マリアはうさぎの彫刻がある場所に近づいて、彫刻を手に取った。
「これはかなり前に売ったはずなのに、どうしてここにあるんだ?すぐに売れてなくなったって言っていたのに」
マリアは戸惑いながら彫刻を元の場所に戻した。



一体、どういうことなんだ?売ったものがここに2つもあるなんて。
もしかしたら今まで売ったものが他にもあるかもしれない。



マリアは辺りを見回しながら、過去に売ったものが他にないかと探し始めた。



しばらくして、アルマス達はようやく鉄がある場所にたどり着いた。
数メートル先には大きな岩の壁がある。
アルマスが岩の壁を見ていると、ロビンが辺りを見回しながらつぶやいた。
「どうやら、ここが新しい採掘場みたいだな・・・・・」
「ここが・・・・?ここから鉄が採れるんですか?」
アルマスがロビンの方を向くと、ロビンはうなづいた。
「ああ。先に壁みたいな岩があるだろう?あそこから鉄鉱石っていう石を採るんだ」
「鉄鉱石・・・・・?石を採るんですか?」
「そうだ。鉄鉱石から鉄を取り出して鉄を作るんだ。鉄鉱石を採るには普通は大きな重機を使って岩を砕くんだが・・・・・」
「ここはとても高い場所だ。重機は持って来られない」そこにボスが割り込んで来た「だから火を使うんだ」
ロビンは思いがけないボスの登場に少し戸惑いながら続けた。
「そ、そうだ・・・・・火を使って少しづつ岩を崩しながら鉄鉱石を採るんだ」
「そうなんですか」2人の説明を受けてアルマスは岩の壁を見た「でも、どうやって火であの岩壁を崩すんですか?」
するとボスがロビンにこう言った。
「そうくると思っていた・・・・・ロビン、今から手本を見せてやれ」



ボスに言われたロビンはゆっくりと岩壁へと歩き出した。
そして岩壁の前までやって来ると、アルマス達がいる後ろを振り返り大声で叫んだ。
「岩が崩れると危ないから後ろに下がれ!」



アルマス達がいっせいに後ろに下がり、ロビンはそれを見届けると再び前を向いた。
ふと顔を上げ、上から下へとゆっくりと岩壁を見ると、大きなため息をついた。
「よし・・・・・・やってやるか」
ロビンは指輪をはめている右手を前に出し、岩壁に向けると深く息を吸った。
そして大声をあげると、指輪から強い光が放たれた。



ロビンは声をあげながら右腕を上げ、一瞬後ろにやったかと思うと指輪から赤く大きな炎が上がった。
そして右腕を前に出すと、大きな炎は岩壁へとぶつかっていった。
炎が当たった途端、岩壁は大きな音とともに崩れ、ガラガラという音とともに崩れた岩が下の地面へと落ちて行った。



後ろから見ていたアルマスはあまりの迫力に圧倒されていた。
「どうだ?アルマス。ああやって岩を崩すんだ」
ボスがアルマスに声をかけると、アルマスは岩壁の方を見たまま
「崩れたのは下の方ですよね・・・・・上の部分は後から崩れてこないんですか?」
「一気に下を崩したら上もすぐに崩れるが、少しぐらいなら大丈夫だ。場所を変えながらやっていけば上からは崩れてこない」
「・・・・・・・」
「不安だったらロビンに場所を決めてもらえばいい。それに今日全部崩す訳じゃないからな。ロビンと一緒にやってくれ」
ボスはアルマスにそう言った後、辺りにいる人々に向かって大声でこう言った。
「崩れた岩から鉄鉱石を探すんだ!準備できた者から順次行ってこい!」



すると片手に道具や大きな袋を持った人達がロビンのところへと歩き始めた。
アルマスもその人達の後に続くように、ロビンのいるところへと移動を始めた。



一方、店の奥の部屋ではマリアが置いてある美術品を確認していた。
「これも・・・・これもそうだ」
テーブルの上には多くの彫刻や装飾品、絵画が置かれている。
「今まで売ったものがほとんどここにある。どういうことなんだ・・・・・・?」
マリアはテーブルにある美術品を見ながら考えていた。



今まで売ったものをそのまま置いてあるってことは、自分のものにしようということなのか?
でもどうしてそんなことを・・・・・・・。



マリアがふと視線を右にやった時だった。
紙に包まれた大きな絵画のようなものが壁に立てかけて置かれていたのだ。
紙と紙の間からは鮮やかな色彩が見えている。



あれは何だろう?
少しだけ見えてるけど、どこかで見たことがあるような・・・・・・。



マリアは右側の壁に近づいた。
そして包んである紙を取り、中身を見た途端、何かを思い出したのか困惑した表情を見せた。



この絵・・・・・・!
確か、数年前に村役場から盗まれたものじゃ・・・・・?
父が役場に寄贈したものだから、よく覚えてる。



マリアは絵画を見ながら、村役場に飾られていた当時のことを思い出していた。



村役場から警察に盗難届が出されていたはず。
でも、どうしてここにあるの?



マリアが考えていると、背後から人影がだんだんとマリアに近づいていった。



店の外では、ホーパスがマリアが出てくるのを待っていた。
「遅いな・・・・・ネックレスを売りに行くだけなのに。この間はすぐ終わったけど、時間かかってるのかな」
ホーパスが店の入口を覗こうとした途端、奥から女性の叫び声が聞こえてきた。
「・・・・マリアさんの声だ!」
ホーパスは店の中へと入って行った。



店の奥の部屋では、マリアが縄で両手両足を縛られた状態で拘束されている。
床に座った状態のマリアのすぐ前には、美術商の男女の姿があった。
「どうしてこんな事を・・・・あなた達が泥棒だったの?」
マリアが美術商の男女を見上げていると、女性がマリアに近づいてきた。
そしてマリアの顔を見ながらあっさりと認めた。
「そうよ」
「どうして・・・・?どうしてこんなことを」
「世の中が不公平だからよ」女性はマリアにそう言うと、背を向けて後ろにある椅子まで移動すると、椅子に座った。
椅子に座ると再びマリアの顔を見て
「このお店だけじゃやっていけないの。いくら値打ちのあるものを引き取っても、買う人がいなきゃ商売にならない。それに比べてあんたの父親は
 昔からお金持ちで、お金に苦労することなんてない・・・・・不公平だと思わない?だからもっと価値があって、売りに出せばすぐに
 高値で売れるものを探して、大儲けした方が手っ取り早いんだよ」
「だからって泥棒をするなんて・・・・・・あなた達よりも生活が苦しい人達だっているのに、あまりにも自分勝手すぎる・・・・」
「うるさいわね!」マリアの言葉を聞いた女性は大声で怒鳴りつけた「だいたいお前が早くあの金の彫刻を持って来ないから、こんな事になるのさ」
「ところでこれからどうするんだ?」
男性が女性に向かって聞くと、女性はマリアを見ながら
「取引をするのよ。マリアと引き換えにあの彫刻を持って来させるわ」
「取引って・・・・・・まさかあの父親と?」
「もちろんそうよ」戸惑っている男性に女性は平然と答えた「父親以外にあの彫刻を持ってこれる人がいると思ったのかい?」
「で、でも・・・・・」
「仕事人間のあの父親でも、自分の娘が危険だと知ったらすぐにでも持ってくるだろう。これであの彫刻が手に入る」
女性が不気味な笑みを浮かんでいると、男性は戸惑いながらこう聞いた。
「それはそうだけど、父親の連絡先は知ってるのか?」



すると女性の顔つきが変わった。
「え・・・・・?あの父親の連絡先を知らないのかい?」
「オレは知らない。こっちから連絡したことなんてないからな。知らないのか?」
「いいわ。この娘に聞くから」
女性は椅子から立ち上がると、マリアに近づいた。
「お前の父親の連絡先を教えろ。あの金の彫刻とお前と引き換えにする」
するとマリアは首を横に振って拒否した。
「知らない・・・・それに父とは電話をしたことがない」
「何だって・・・・・?」
マリアの言葉に女性はいらだったが、間もなく平然とした態度でこう言った。
「ならいいわ。お前の母親のところに行って聞くから」
女性は部屋を出て行った。



一部始終を部屋の入口で見ていたホーパスは女性が店の外へ出ていくのを見届けた後、店の外へ出た。
「マリアさんが大変だ。早くアルマスとボスに知らせないと・・・・・」
ホーパスはどこかへと移動しようとしたが、途中で立ち止まった。
「そうだった!あの2人、今日は鉄の山に行ってるんだった!どこにあるか分からない。どうしよう・・・・」
焦りながらホーパスが考えていると、何かを思いついたのかあっという声をあげた。
「そうだ!フランシスさんからボスに連絡してもらおう。あの家に戻らなきゃ」
ホーパスはボスの家に行くエレベーターに乗ろうと再び移動を始めた。



一方、鉄の山にいるアルマス達はある程度の鉄鉱石が採れたので村へと引き揚げようとしていた。
アルマスは鉄鉱石が入っている大きな袋を持った人達が次々と大型の飛行機に向かっているのを見ている。
「今日は思っていたよりも多く採れたな」
アルマスの隣でロビンも袋を持った人達を見ている。
「え・・・・・いつもはあまり採れないんですか?」
アルマスがロビンの方を向くと、ロビンはうなづきながら
「他の山だとあまり採れない。というか今まで同じ山に採りに行ってたから、だんだんなくなってきたんだろう。
 だからボスは他に鉄鉱石が採れる山を探してたんだろうと思う」
「・・・・・・・・」
「鉄鉱石も限りがある。自然にできる訳じゃないからな。あまり採り過ぎてなくなっても困る・・・だからなくならないように
 他のところを探しながら採っていくんだ」
「そうなんですね」
「今日は思ったよりも多く採れたし、鉄鉱石の状態もいいだろうから、今後はここから採るようになるかもしれないな。
 あくまでもオレの意見だからボスはどう思ってるかは知らないが」
「オレが何だって?」
ロビンが言い終えた途端、2人の後ろからボスが間に入ってきた。
「え、あ、いや・・・・・・」ボスの顔を見たロビンは驚いた表情で戸惑った「今日は思ったより多く鉄鉱石が採れたなって」
「ああ、今日は2人のおかげで多く鉄鉱石が採れた。ご苦労様」
ボスは両手で2人の肩を軽くたたくと、アルマスを見た。
「アルマスも初めてなのによく頑張ったな。疲れただろう?」
「あ、はい」アルマスはうなづくと続けてこう言った。
「硬くてなかなか石が切れなかったところもありましたけど、ロビンさんのおかげでなんとか切れました」
「そうか。鉄鉱石の中でも硬いところはあるからな・・・・・・」
ボスが話をしている途中、どこかからベルのような音が鳴り始めた。



ボスがズボンのポケットから電話を取り出すと、電話の画面を見た。
画面に表示されている電話番号のような番号を見ると、ボスは電話のあるボタンを押して電話を切ってしまった。
「電話ですか?出なくてもよかったんですか?」
それを見たロビンが聞くと、ボスは電話の画面を見たまま
「ああ、知らない番号だったから切った。たまに間違い電話とかがかかってくるからな。知らない番号は出ない」
「そうでしたか。知らない番号には出ない方がいいですから・・・・・」
ロビンが言い終わるか終わらないかで再び電話のベルのような音が鳴り始めた。
ボスは画面に表示されている番号を見て
「今度はフランシスからだ。フランシスから電話をかけてくるなんて珍しいな・・・・・」と電話のあるボタンを押した。



「もしもし?どうした?」
ボスが電話に出るのを見たロビンは、アルマスを連れてその場を離れようとした。
するとボスの大声が聞こえてきた。
「な、なんだって!」



大声を聞いたロビンは後ろを振り返った。
ボスを見るとさっきとは様子が違い、明らかに大きく動揺しているように見える。
「どうしたんですか?」
ロビンはボスに近づくと、ボスは困惑した表情で
「マリアが誘拐された・・・・・今すぐ戻らないとマリアが危ない」
「なんだって・・・・!」
「アルマス」ボスは電話をアルマスに差し出した「電話に出てくれ。ホーパスが話をしたがっているようだ」
「ホーパスが・・・・・?」
アルマスはボスから電話を受け取ると、電話を右耳に近づけた。
「もしもし?ホーパス?」



すると聞こえてきたのはフランシスの声だった。
「あ、アルマスさんですか。フランシスです」
「フランシスさん。ホーパスは?何があったんですか?」
「それについては私もホーパスさんから聞いたばかりで。今ホーパスさんにかわります」
「アルマス?」フランシスに続いてホーパスの声が聞こえてきた「聞こえてる?ホーパスだけど」
「ホーパス!何があったの?さっきマリアさんが誘拐されたって・・・・・・」
「誘拐?誘拐って?何を言ってるのかよく分からないけど」
戸惑っているホーパスにアルマスは少し間を置いてから
「・・・・そうか、誘拐って言っても分からないか。マリアさんが誰かに捕まったの?何があったの?」
「マリアさんがネックレスを売りにあの店に行ったんだ。そうしたら店の人達がマリアさんを縄で・・・・・・」
「そうか。マリアさんが店の人に捕まったんだね」
「うん。それで店の人はマリアさんとボスの家にあるあの金の象の彫刻と引き換えに取引するって言ってた」
「そうか。それで・・・・・他に何か言ってなかった?」
「ボスに電話するって言って、誰も番号を知らないから、マリアさんの母親に番号を聞くって言って出て行ったよ」
「そうなんだ。それを知らせようとフランシスさんのところに・・・・分かった」
アルマスは電話を切ると、ボスに電話を差し出した。



ボスが黙ったまま電話を受け取ると、ロビンはボスにこう言った。
「今すぐマリアさんにところに行かないと・・・・飛行機ですぐに行きましょう」
「ああ」ボスはうなづくと、電話をズボンのポケットに入れた。
「あいつら、前から怪しいと思っていたがやっぱりそうだったか・・・・・とんでもないことをしやがって」
ボスは込み上げてくる怒りを抑えながら、ゆっくりと歩き出した。
そして辺りを見回しながら大声を上げた。
「ブルーノ!どこにいる?今すぐ村に戻るぞ!」



アルマスがボスの後ろ姿を見ていると、ロビンが声をかけた。
「アルマスはどうする?ボスと一緒に・・・・・」
「僕は一緒でなくてもいいです。ブルーノさんの飛行機は2人乗りなので」
アルマスが断ると、ロビンは遠くに見える大型の飛行機を見ながら
「ならオレ達と一緒に大型の飛行機に乗るか?鉄鉱石を村の鍛冶場まで運ばないといけないから、行先はボスと一緒だ」
「大型の飛行機で大丈夫です。一緒に行きます」
アルマスはうなづくと、2人は大型の飛行機へと移動を始めた。



しばらくしてブルーノの飛行機が村に着くと、ボスは急いで飛行機を降りた。
走って店の前まで着くと、息を荒くしながら立ち止まった。
そしてそのまま店の入口へと歩いて行った。



「マリア!どこにいるんだ?」
店の中に入ると、ボスは大声をあげながら辺りを見回した。
しかし店にはマリアの姿は見当たらない。
ボスは辺りを見回しながら、だんだんと店の奥へと入って行った。



店の奥の部屋に入ると、ボスは大声を上げた。
「マリア!」
「父さん・・・・・・!」
ボスの姿を見たマリアが驚いていると、マリアの隣にいる美術商の男女も驚きの表情を見せた。
「どうしてここに・・・・!こっちから連絡してもつながらなかったのに」
「そんな事はどうでもいい。マリアを放すんだ!今すぐマリアを放せ!」
ボスがマリアに近づこうとすると、美術商の男がナイフをマリアの顔に向けた。
ナイフを見たマリアの顔は怯えている。
ナイフを向けられているマリアを見たボスは、これ以上近づくことはできなかった。



動きを止めたボスに、美術商の女性が声をかけた。
「マリアを助けたかったら、今から私達の取引に応じてもらおうか」
「取引だって?」
ボスは女性を見ると、女性は深くうなづいた。
「そうだ。お前が持っている金の象の彫刻とマリアを交換だ」
「金の象の彫刻とだと?」ボスは思わず聞き返した「あれは重くてとても1人じゃ動かせない。そう簡単に渡せるもんじゃ・・・・」
「だったら数人がかりで動かせば、動かないこともないだろう?私はあの彫刻が欲しいんだ」
「どうしてあの彫刻にこだわるんだ?他にも美術品はある。他のものならいくらでも渡せる」
「いいや、あの彫刻じゃないとダメなのよ」女性はきっぱりと否定した。
「どうしてだ?どうしてあの彫刻じゃないとダメなんだ?」
「昔、あなたの父親に会ったことがあるの。一緒に食事をした時に代々伝わる家宝の話になってね。金の象の彫刻の話になったの。
 あの彫刻を持っていればずっとお金には困らない。それに大きな幸せをもたらしてくれるって話してくれたわ。だからうちは
 代々お金には困ってないんだってね・・・・・・それに」
「それに?」
「あの彫刻には特別な力が込められているとも話してたわ。それは何なのかとても気になってね・・・それ以来、ずっとあの彫刻を
 手に入れたかったのよ」
「確かに、あの彫刻にはそういう力があるっていうのは親父から聞いたことはあるが、オレはそうは思わない。
 オレの家が代々お金に困らないのは、それなりの努力と苦労をしているからだ。それがたまたま報われているだけだ」
「そんなきれい事なんて聞きたくないわ!」
女性は持っているナイフをマリアに向けた。
「彫刻を渡さなかったら、この娘の命はないよ・・・・・どうするか早く決めるんだね」



ボスがマリアを見つめながらどうするか考えていると、そこにアルマス達4人がやって来た。
ブルーノはナイフを向けられているマリアを見た途端、ナイフを向けている男女に向かって声を上げた。
「これは・・・・・ナイフを放せ!警察を呼ぶぞ!」
「待て!警察は呼ぶな!」ボスはブルーノを見るなり叫んだ「これはオレ達身内の問題だ、部外者は出ていけ!」
「し、しかし・・・・・・・」
ブルーノが戸惑っていると、マリアにナイフを向けたまま美術商の女が聞いた。
「さあ、どうするんだ?彫刻を譲るのか譲らないのか?」
ボスはマリアを見ながら、しばらくして静かにこう言った。
「・・・・・・分かった。あの彫刻を譲る。だからマリアを放してくれ」



「えっ・・・・・・!?」
ボスの言葉を聞いた全員、驚いた表情を見せた。
「父さん!ダメだ」マリアは大きく首を振った「大事にしてきた彫刻を渡すなんて・・・・・」
「やっと譲る気になったようだね」
不気味な笑みを浮かべながら、美術商の女性はマリアに向けているナイフを降ろすと、続けてこう言った。
「でもここでマリアを渡す訳にはいかない。彫刻のあるところで、彫刻が自分のものになったらマリアを渡す」
「・・・・・分かった。今から彫刻のある場所まで案内する。ついて来い」
ボスはそう言うと、ゆっくりと部屋の外に出ようと歩き出した。
美術商の男女は縛られているマリアを2人がかりで立たせ、マリアの両側につくと、3人でボスに続いて部屋を出て行った。



「お、おい・・・・・・どうするんだ?」
だんだんと姿が見えなくなるボス達を見つめながらロビンが聞いた。
「このまま放っておくわけにはいかない。やっぱり警察を呼ぼう」
ロビンの後ろでブルーノが電話がないか辺りを見回している。
「やめろ!」ロビンはブルーノの方を振り返った「ボスから呼ぶなと言われただろう?それにあの娘の命がかかってる」
「それなら一体どうすればいいんだ?」
2人で言い合いをしている中、アルマスがその場から離れようとしていた。



ロビンは部屋から出て行こうとするアルマスを呼び止めた。
「おい、どこへ行くんだ?」
「あの人の家に戻ります」とアルマス
「戻ってどうする?それに見つかったらよけいややこしくなるぞ」とブルーノ
「分かっています。見つからないように後から追って行きます。彫刻がある場所を知ってるので・・・・」
「それにフランシスさんがいるから、戻ってフランシスさんに話せば警察を呼べるかも」とホーパス
「あの人達がエレベーターに乗った後に僕達は乗ります。戻ってフランシスさんに会えたら警察に連絡してもらいます」
2人の話にロビンはしばらくしてから答えた。
「・・・・・分かった。でもくれぐれも気をつけろよ。無理はするな」
「はい。行こう、ホーパス」
アルマスはホーパスに声をかけると、足早にその場を出て行った。



「行ったか・・・・オレ達はどうする?」
アルマスとホーパスの姿が見えなくなると、ブルーノがロビンに聞いた。
「何があったのか知らないが、このまま放っておけないことは確かだ」とロビン
「やっぱり警察に電話するか?それともオレの飛行機でボスの家に行くか?」
「そうするか」ロビンは辺りを見回し始めた「警察に電話してから、お前の飛行機でボスのところに行こう」
「ああ、最悪の事態にならないようにな」ブルーノも辺りを見回し電話を探している「でもこの部屋、電話はないのか?」
「ざっと見たところはなさそうだな」
ロビンがふと目の前にある棚に目をやると、あるものに目を留めた。
それは黒ずんでいて模様が入っている古そうな指輪だった。
「これは・・・・・・・!?どうしてここにあるんだ?」
ロビンは右手で指輪を取ると、驚いた表情で見つめていた。