受け継ぐもの

 



ロビンは黒ずんだ古い指輪を見つめていた。
「どうしてこれがこんなところにあるんだ・・・・・?」
すると後ろからブルーノの大声が聞こえてきた。



「おい、どうした?」
ブルーノの声を聴いたロビンが後ろを振り返った。
「これは・・・・前に村役場にあった絵じゃないか!」
ブルーノは壁に立てかけてある紙に包まれた大きな絵画のようなものを見ている。
「村役場にあった絵だって?」
ロビンが近づいて包んである紙を広げると、鮮やかな色彩の絵画が現れた。
「やっぱりそうだ」ブルーノが困惑の表情で絵画を見た「ずっと前、ボスが村役場に譲った絵だ」
「確か、これって盗まれたって言ってなかったか・・・・?」
「そうだ。村役場が警察に盗難届を出したって聞いた」ブルーノが深くうなづいた。
そしてロビンが右手に持っている指輪を見ながら聞いた。
「その指輪はどうしたんだ?」
ロビンは指輪に目を移すと話し出した。
「ああ・・・これは後ろの棚に置いてあった。オレがあの鍛冶場に入った頃、色々と教えてもらってたじいさんがいてな。
 そのじいさんがしていた指輪だ。数年前に指輪がなくなったって言ってずっと探していたんだ」
「どうしてその指輪がじいさんのだって分かるんだ?指輪といっても同じようなものが・・・・」
「指輪に模様が入っている」ロビンはブルーノに指輪の模様が見えるように前に出した。
「指輪に模様が入っているのは珍しいんだ。フラーマでも模様が入っているのは貴重で、限られた人しか
 つけられない。だから覚えていたんだ」
「そうだったのか・・・・・」ブルーノは指輪の模様を見ると、ロビンの方を向いてこう言った。
「なら、そのじいさんにその指輪を返さないとな」
「もうじいさんはいない・・・先日病気で亡くなったからな。後でじいさんの墓にでも置いておくよ」
ロビンは寂しそうな表情で指輪を見ながら、ズボンのポケットに指輪をしまった。



しばらく2人は黙っていたが、ブルーノが先に口を開いた。
「さっきの指輪といい、この絵といい・・・・・どうしてここにあるんだ?」
「考えられるのはひとつしかないだろう?」
ロビンが絵画を見ていると、ブルーノは深くうなづいた。
「ああ、この店の店主が盗んだとしか思えない」
「その通りだ。もしかしたら他の住人からも何かを盗んでいるかもしれない」
「警察を呼ぼう。それと他の住人もここに来るように呼ぼう。他にも被害者がいるかもしれない」
2人はお互いの顔を見ながらうなづくと、その場を後にした。



一方、アルマスとホーパスはようやくボスの家にたどり着いた。
エレベーターを降り、廊下を歩いていると、フランシスの姿が見えた。
「あ、フランシスさん!」
ホーパスがフランシスの姿を見つけると声を上げた。
「ああ。お二人とも。戻ってきたんですか」
ホーパスの声にフランシスが2人の方を向くと、そのまま2人に近づいてきた。
「さっきボスとマリアさん達を見なかった?」
「ええ、見かけましたよ」
フランシスはあっさりとうなづくと、アルマスがさらに聞いた。
「あの人とマリアさんとあと2人の4人だったと思いますけど、どこに行ったか分かりますか?」
「寄贈品が飾ってある部屋に入りました」
「フランシスさん、今すぐ警察を呼んでよ!でないとマリアさんが危ないよ」とホーパス
「それは分かりますが、今は警察を呼べません。ご主人様やマリアさんに何かあったら大変です。それに・・・」
「それに?」とアルマス
「ご主人様から言われているのです。身内の事だからよけいなことはするなと」



それを聞いたホーパスは納得がいかなかった。
「どうして?どうしてそんなことを言うの?」
「ご主人様に何か考えがあるのでしょう」フランシスは平然と答えた「それに警察は呼びますがすぐには呼びません。
警察を呼ばないとは言っていませんよ」
「でも・・・・・こうしている間に何かあったらどうするの?」



フランシスさん、すごく落ち着いてる。
もしかしたら何か考えがあるのかもしれない。



平然とホーパスに対応しているフランシスを見ながら、アルマスは何かあるとは思わずにはいられなかった。



一方、美術品が飾られている部屋にボス達4人がいた。
ボスは部屋の奥まで来ると立ち止まった。
「例のものはどこにあるんだ?」
ボスの後ろでマリアの右腕を組みながら美術商の女がボスに聞いた。
するとボスは後を振り返り
「金の象の彫刻だったら、オレの目の前にある。これがお前のお目当てのものだ」
と再び前を向くと、後ろにいる3人に見えるように移動した。
3人の目の前には、金色に輝いている象の彫刻がある。



それを見た美術商の女は微笑みを見せた。
「これがそうなのね・・・・・・」
美術商の女はマリアから離れると、金の象の彫刻に近づいて行った。
そして彫刻を隅から隅まで見ながら
「こうして見ると、とてもきれいな代物だ。やっとこれが手に入る・・・・・」
「約束通り、これとマリアと交換だ。さっさと持っていけ」とボス
「ああ、じゃ遠慮なく持って帰るよ」
美術商の女は彫刻を両手でつかみ、動かそうとした。



しかし、どう動かそうとしても彫刻はびくともしなかった。
「くっ・・・・・お、重い。重いし動かないね・・・・・」
「そんなに重たいのか?見た目はそうは見えないが」と美術商の男
「あんた、何ボケっと見てるんだよ!動かすのを手伝っておくれ」
「あ、ああ・・・・分かった」
美術商の男はマリアから離れると、彫刻へと近づいて行った。
マリアはその場に倒れこみながら、金の象の彫刻を見ている。
そして美術商の男女2人で彫刻を動かそうとするが、彫刻はそれでも全く動かない。



一方、店主がいない美術商の店では、大勢の村人達の姿があった。
村人達は店の奥まで入り、物品を見ながらあちこちから声が聞こえている。
「おい、これ・・・・!先日家からなくなった絵じゃないか!」
「どうしてこれがここにあるんだ?家から一歩も外には出してないのに」
「こんなところにあったのか」



「やっぱり、他にも被害者がいるようだな」
店の奥のカウンターのところで、ロビンが村人達を見ながらつぶやいた。
「ああ、思った通りだ。まさかここの店主が泥棒だったなんてな」とブルーノ
「ところで、この店の人はどちらにいらっしゃいますか?」
2人の前には黒の制服姿の警官が1人いた。
「ああ、今ボスの家にいる」
「ボスの家ですか?あの鍛冶場の」
「そうだ」ロビンはうなづきながら続けた。
「ボスの娘を人質にとって、さらにボスの大事にしているものを盗ろうとしている。その前になんとかしたい」
「なんだって!? それは大変だ。今すぐ応援を呼ぶことにします」
警官が慌てて外へ出ていくと、2人は辺りにいる村人達を見ていた。



美術商の男女2人で金の象の彫刻をどうにか動かそうとするが、彫刻は全く動かなかった。
「どうして動かないんだ?2人がかりでやってもびくともしない」と美術商の男
美術商の女はボスを見て
「一体、どうすればこの彫刻は動くんだ?全く動こうとしないじゃないか」
「無理やり動かそうとするからだ」ボスは平然と答えた「簡単だ。彫刻に新しい主として相応しいのか聞けばいい」
「なんだって?」
「この彫刻は先祖代々受け継がれているものだ。新しい主になるにはこの彫刻の許可がいる」
「なんだって?」美術商の男は信じられないという表情でボスを見た。「ただの彫刻にしか見えないが」
「そ、そうだ。ただの彫刻じゃないか。まさか自分が受け継いだ時もこの彫刻の許可を得たのか?」
美術商の女も信じられないというようにボスに向けて言い放った。
ボスはそんな2人を見ながら
「信じないのならそれでいい。でも彫刻に許可を得られなければ一生そのまま動かないだろう」
「え、そ、そんな・・・・・・分かった」
美術商の女は戸惑いながらも、彫刻に向かって聞いた。
「今から私がお前の新しい主だ。許可を与えろ」



しばらくの間静寂が続いた後、突然地面が大きく揺れ始めた。
「地震だ!」
部屋にいる4人はいっせいに床に身を伏せた。
最初大きく横に揺れていたが、次第に上下の縦揺れに変わり、揺れはなかなか治まらない。
次第に壁に立てかけている絵画や飾っている彫刻が地面に落ち始めた。



別室ではアルマス達3人がいた。
「地震だ!かなり揺れてるよ!」
テーブルの上にあった皿やカップが床に落ちているのを見ながら、ホーパスが慌てている。
「これはかなり揺れていますね」フランシスは椅子から立ち上がると辺りを見回した「こんなに大きな揺れはあまり・・・」
「マリアさん達大丈夫かな?」
「ご主人様がいるから大丈夫ですよ。さあ、避難しましょう」
「避難するってどこへ?」
「実はこの部屋がシェルターになってましてね。多少の揺れでは壊れないようになっているのですが・・・・」
フランシスはテーブルから離れると、ゆっくりとした足取りで部屋の奥へと歩いて行く。
あとの2人もフランシスの後を追うと、目の前には扉があった。



フランシスはズボンのポケットから鍵を出すと、扉の鍵穴に入れた。
扉を開けると何もない狭い小部屋になっている。
「揺れが収まるまでこの部屋に避難しましょう。中に入ってください」
フランシスが2人に向かって部屋に入るよう促すと、2人は小部屋に入って行った。
最後にフランシスが小部屋に入ると、扉の鍵穴に再び鍵を入れて鍵をかけた。
ホーパスはふわふわと浮きながらアルマスに聞いた。
「まだ揺れてる?」
「うん、まだ揺れてるよ・・・・なかなか地震が収まらないね」とアルマス
「しばらくの間はここにいた方がいいかもしれません。ここにいれば大丈夫ですよ」とフランシス
「でも、かなり大きい地震ですね。こんなに長く揺れてるなんて」
「もしかしたらただの地震ではないかもしれません」
「え・・・・・?それはどういうことですか?」
フランシスの言葉にアルマスとホーパスは戸惑いながら、フランシスの次の言葉を待った。



大きな揺れは続いていた。
壁に立てかけておいた絵画はすべて床に落ち、他の展示品もほとんどが床に転がっている。
「どうやら新しい主の許可は得られなかったようだな」
ボスがゆっくり立ち上がると、金の象の彫刻の側にいる美術商の女に言った。
美術商の女は床に伏せながらボスを見た。
「それは一体どういうことだ?」
「金の象の彫刻の目を見るがいい」
ボスは彫刻の方を一瞬見たかと思うと、視線を床に伏せているマリアに向けた。



美術商の女は金の象の彫刻に目を向けた。
象の目は黒だったのが赤に変わっている。
「目が真っ赤だ・・・・・・それに恐ろしいほど光っている」
「それはその彫刻がお怒りになっている証拠だ。お前たちが怒らせたんだ」とボスはマリアに近づいて行く。
「なんだって・・・・・それはどういうことだ?」
「オレはそこまでは知らん」
マリアの目の前に来たボスがそう言いながらマリアをゆっくりと両腕で抱き上げた「直接その彫刻に聞いてみるんだな」



ボスが言い終えた途端、さらに揺れが大きくなった。
「ずっとここにいるのはまずい。逃げるぞ!マリア」
ボスはマリアを抱いたまま、足早に部屋を出ていくのだった。



「揺れが・・・・さっきよりも大きくなりましたね」
フランシスが気がつくと、ホーパスは不安なのか辺りを見回しながら
「大丈夫なの?ここにいて・・・・外に出た方がいいんじゃない?」
「大丈夫ですよ。それにある程度の揺れには耐えられますから」
「さっき、ただの地震じゃないって言ってましたけど・・・・どういうことですか?」
アルマスが再度聞き返すと、フランシスはうなづきながら
「ああ、その話でしたね・・・・・美術品が置かれている部屋にある、金の象の彫刻には不思議な力がありましてね。
 あの彫刻は昔から代々受け継がれているものですが、受け継ぐ者の人となりを見て主にするかどうか判断しているみたいで
 今回はもしかしたら怒りにふれてしまったのかもしれません」
「怒りって・・・・あの金の象の彫刻の?」
「ええ」フランシスは深くうなづいた「信じられないかもしれませんが、あの彫刻には神がかり的な力が宿っているのです。
ご主人様の祖先はこの村を作った方で、空の神々とも近かった方と聞いています」
「・・・・・・・・」
「かなり昔の話ですが、今起きていることと同じようなことがあったと聞いています。その時も今のような地震と自宅が燃える
 火災があったと。ご主人様はもしもの事を考えて、このようなシェルターを作ったのです」
「ここは大丈夫かもしれないけど、それ以外の部屋はどうなっちゃうの?」とホーパス
「もしこの家が壊れても、シェルターがあるこの部屋は残るでしょう。それ以外は全壊するかもしれませんが・・・・・・」



激しい揺れは相変わらず続いていた。
美術品はすべて床に落ち、床にはガラス片や木枠、絵画が至るところに散らばっている。
突然何かが割れる音が聞こえてきた。
ずっと床に伏せていた美術商の女が音が聞こえた方を見ると、外に通じる窓ガラスが全部割れていた。
美術商の女はゆっくりと起き上がった。
そして近くで床に伏せている美術商の男に声をかけた。
「窓から外に出るよ。このままここにいると危ないからね」
「窓から・・・・・?外に出られるのか?」
それを聞いた美術商の男が起き上がり、窓を見ている。
「ガラスが全部割れたんだ。今のうちにここから逃げるよ」
「彫刻はいいのか?」
「今はそんなことより、自分の命が大事だよ」
美術商の女は金の象の彫刻を見た。
彫刻の目を見た途端、美術商の女の表情は困惑した。
「まだ目が真っ赤じゃないか・・・・・」



美術商の男が彫刻を見た時だった。
突然象の彫刻の鼻の部分が動き出したのだ。
次第に両手両足、尻尾や大きな両耳が動き出すと、その象は鼻を高々に上げた。
そして大きな低い声を上げると、赤い目を光らせながら2人にだんだんと近づいてくるではないか。
象の表情は怒りに満ちた顔だった。
「これはまずい・・・・に、逃げろ!」
2人は割れた窓ガラスに向かって逃げ出した。



「マリア、大丈夫か?」
美術品が置いてある部屋とは反対側にある、家の外にある小さなシェルターの中に2人はいた。
「・・・大丈夫」
ボスがマリアを縛っている縄を全部解くと、マリアは小さくうなづいた。
「ケガはないか?見た感じはなさそうだが」
「大丈夫みたい。縛られたところは少し痛いけど・・・・・」
マリアが縄で縛られた箇所を見ると、縄の跡がくっきりとついている。
手足を動かしてみるが、特に痛いところはなかった。
ボスはマリアを見ながら
「大きなケガはなさそうだな。よかった・・・・もう大丈夫だ」と安堵の表情を見せた。
「揺れが続いてるけど、家はどうなるの?中にいるあの人達は・・・・・」
「このまま怒りが収まらない限り揺れは続く。もしかしたら家が崩れるかもしれない・・・・・
 でもここにいれば大丈夫だ。外の様子を見てくる」
ボスはマリアから離れると、シェルター入口の扉に行き、中央にある細長く小さな窓から外を覗き込むのだった。



「や、やっと出られた・・・・・」
割れたガラスの窓からようやく外に出た美術商の男女。
ボスの家から離れようと走っていたが、しばらくすると疲れてきたのか息を荒くしながら足が止まった。
「こ、ここまで来れば・・・・あの象も追ってこないとは思うけど・・・追って来てる?」
美術商の女が息を切らしながら男に聞いた。
男は後ろを振り返りながら
「・・・・・今のところは姿は見えない。大丈夫じゃないか?」
「よかった・・・・あの象が動いた時はどうしようかと思った・・・・・」
「ところでここからどうやって村に帰るんだ?来た時はあの2人と一緒だったけど」
「そういえば・・・・・直接あの家に来たんだったね」女ははっとして辺りを見回した。
「あの家以外に帰る方法を知らないのかい?」
「オレは知らないよ」男は戸惑いながらも辺りを見回している「ここにはあまり来たことがないし」
「それは困ったね・・・・・村へのエレベーターはあの家にまた戻らないと乗れないし。どこかから下る道はないのかい?」
「だからその道がないか、こうして探してるじゃないか」
2人が言い争っていると、上の方から飛行機らしき音が聞こえてきた。



2人が空を見上げると、1機の飛行機が近づいてきていた。
警察の飛行機だと分かると、美術商の女は大きく手を振った。
「助けに来たんだわ!ここです!」
美術商の男は両腕を大きく振りながら「おーい!」と何度も飛行機に向かって叫んでいる。
「助かった・・・・まさかこんなに早く警察が来るなんて」



しばらくして警察の飛行機が2人の前に停まった。
2人の警官が降りてくると、美術商の男女は警官に駆け寄ってきた。
警官は美術商の男女を見ると
「あなた達が村の美術商の・・・・・」
「そうです」美術商の男はあっさりとうなづいた。
美術商の女は安堵した表情で「助けに来てくれたんですね。対応が早くてとても助かります」と警官を見ている。
すると警官は戸惑いながらも平然とした態度でこう言った。
「助けに来た?何を言ってるんですか・・・・我々はあなた達を逮捕しに来たんですよ」
「え?逮捕?」
美術商の女が戸惑っていると、もう1人の警官が女を見ながら
「そうだ。多くの村人から美術品や貴重品を盗んだ容疑で逮捕状が出ている」と2人に逮捕状を突き出すように見せた。



逮捕状を見た2人は真っ青になった。
「店では多くの村人が盗まれたものを確認している。言い逃れはできないぞ」
警官が2人にそう言うと、隣にいるもう1人の警官に目線を送った。
するとその警官が美術商の男の右手をつかみながら
「窃盗の容疑で逮捕する」と手錠をかけた。
それを見た美術商の女が逃げようとするが、逮捕状を持った警官が素早く女の左腕をつかんだ。
「い、痛い!女性にはもうちょっと優しくしたらどうなの?」
「言いたいことは全部署に行ってから聞こうか。行くぞ」
警官は女に手錠をかけると、2人の警官は美術商の男女を飛行機に乗せるのだった。



美術商の男女が警察に連行された頃、ようやく揺れが止まった。
「・・・・どうやら揺れが収まったみたいだ」
外のシェルターにいたボスは入口の扉を開けた。
そして家の方を見ると、手前側は何も変化はなかったが、美術品がある部屋側はガラスがすっかり全部割れていた。
「父さん、大丈夫・・・・?」
マリアがボスの後ろから外を見ながら声をかけた。
ボスは後ろを振り返ってマリアを見た。
「ああ、外に出てみよう」



シェルターを出た2人が歩いていくと、美術品がある部屋を見た。
ガラスが割れ、すっかりむきだしになっている部屋は美術品がすべて床に落ちていた。
金の象の彫刻だけはは床に落ちず、定位置に置かれている。
ボスが部屋に入り彫刻の目を見ると、黒に戻っていた。
「もう怒りは収まったみたいだ」
すると外でマリアが何かを見つけたのか声を上げた。
「アルマス!」



ボスが部屋から出て、マリアと一緒に歩いて行くと、アルマスとフランシスの姿が見えた。
上にはホーパスと遠くに1機の飛行機が見える。
「アルマス、どうしてここに?」
マリアがアルマスに近づいて聞くと、アルマスの隣にいるフランシスが答えた。
「あなた達が心配で追って来たんですよ。地震の時は私と一緒にシェルターにいました」
「マリアさん、大丈夫だったんですね」とアルマス
マリアが黙ってうなづくと、ボスが近づいてきた。
「アルマス、どうしてここにいるんだ?あいつらは一体どこに行ったんだ?」
「悪者でしたら警察に逮捕されましたよ。連行されてあの飛行機の中です」
フランシスがボスにそう言った後、空を見上げた。
フランシスにつられてボスとマリアが空を見ると、飛行機が遠くに見えている。



アルマス達がだんだん小さくなっていく飛行機を見ていると、ホーパスが声を上げた。
「あっ・・・・・・あれは何だろう?」
「え?ホーパス。他に何かあるの?」
アルマスがホーパスが向いている方向を向こうとすると、ボスがあっという声を上げた。
「あれは・・・・・・!」
ホーパスが見ている方を一足先に見たボスは、それを見た途端驚きの声を上げた。



それは大きな白い羽を持ち、紺色の着物を来た白髪の男性のような人だった。
体はがっちりとしていて白い羽を大きく広げながら、天高く上がって行く。
後ろ姿だけだったが、それを見たボスは何とも言えない思いが込み上げてきた。



親父・・・・・見てくれていたんだ。



ボスは姿が見えなくなるまでずっと空を見上げていた。



一方、アルマスは空をくまなく見ていたが、何も見えなかった。
「ホーパス、何が見えてたの?」
「え?見えなかったの?」それを聞いたホーパスが思わず聞き返した「向こうにいたじゃない。大きな羽を持った人が」
「羽を持った人・・・・・・?」
「うん。もう高いところまで行っちゃたけど」
「え・・・・・もしかして僕だけ見えてなかったの?」
「そんなことありませんよ。私も見えませんでしたから」フランシスが割り込んできた「マリアさんは見えましたか?」
「いいや・・・・・ずっと見ていたけど見えなかった」
マリアも空を見ているが、首を横に振っている。
フランシスはアルマスを見ながら微笑んだ。
「きっとホーパスさんとご主人様にしか見えない何かがあるのでしょう。世の中不思議なことがあるものです」



ホーパスとあの人は何を見たんだろう。



アルマスはしばらくの間、空を見上げていたのだった。



その後、半壊状態のボスの家を直すことになった。
地震の影響がなかった部屋にはボスとフランシスが使うことになり、アルマスとホーパスが使っていた部屋は壊れてしまったため
下のマリアが住む家に移ることになった。
そんな中、鍛冶場に人が来ることになった。
その人が当分の間、マリアの家に来ることになったため、泊まる場所がなくなったアルマスとホーパスはヒメルを出ることにした。



そして2人の旅立ちの日。
ヴァッテンへ行く道をマリアに尋ねたところ、マリアがヴァッテンの入口まで一緒に行くことになった。
アルマスとホーパスが外に出ると、外は青空が広がっている。
「誰もいない・・・・誰か1人ぐらいいるかなって思ったのに」
ホーパスが辺りを見回すが、辺りには人が誰もいない。
アルマスはホーパスを見ながら
「昼間だからみんな仕事なんだ。しょうがないよ」
「それは分かってるけど。ちゃんとお別れを言いたかったな」
寂しそうにホーパスがアルマスに向かって言うと、家からマリアが出てきた。
両手には手紙や包み紙を持っている。
「アルマス、出発する前に渡したいものがある」



「え・・・・・?」
アルマスがマリアの方を振り返ると、マリアはまず折りたたまれた紙をアルマスに渡した。
アルマスが紙を受け取り、広げようとするとマリアがこう言った。
「それはロビンさんとブルーノさんからの手紙だ」
アルマスが紙を広げて見ていると、ホーパスがアルマスに近づいてきた。
「なんて書いてあるの?」
「えーと・・・・・「仕事でお別れの日に見送りに行けなくてごめんなさい。これからもいろいろあると思いますが、良い旅を!
 またヒメルに来る時はまた会いましょう。それまで元気で」これはブルーノさんだ」
「ロビンさんはなんて書いてあるの?」
「ロビンさんは・・・「ずっとこの村にいると思っていたのに残念です。鍛冶場で覚えた技をこれからも鍛え、磨いていってください。
 また村に来てください。また会いましょう」だって」
「あとフランシスさんから、預かってるものがある。これを渡して下さいって」
アルマスが紙を折りたたんでいると、マリアが包み紙をアルマスに渡した。



アルマスが包み紙を広げると、焼菓子がたくさん入っている。
「うわあ。お菓子だ!とてもおいしそう!」
焼菓子を見たホーパスが思わず声をあげると、アルマスは包み紙を閉じながら
「ヴァッテンに着いてからだよ、ホーパス・・・・さっきお昼食べたばかりじゃないか」
「それはそうだけど・・・・」
「フランシスさんに会ったらありがとうと伝えてください」
アルマスがマリアの方を向くと、マリアはうなづきながらアルマスに封筒を差し出した。
「あと、これは父さんから。鍛冶場で働いた分のお金と手紙が入っている」



アルマスが封筒を開き、中身を見た。
折りたたまれた紙とその下には何枚ものお札が入っている。
「こんなに・・・・・?」
お札の多さに戸惑っているとマリアはこう言った。
「鍛冶場で働いた分と、今回の件で迷惑をかけたからって・・・・多めに入れたみたい」
「そんな・・・・働いた分だけでよかったのに」
アルマスは封筒から紙を取り出すと、紙を広げた。



アルマス

短い間だったが、今回はいろいろと世話になった。
また家のことで迷惑をかけて申し訳なかった。
できればずっとこの村の鍛冶場で働いてもらいたかったが、子供をずっと働かせる訳にもいかない。
今まで鍛冶場で働いた分のお金と、家のことで迷惑をかけた分、それに今後の旅のお金を入れておきます。


またヒメルに来ることがあれば、鍛冶場にも寄ってくれ。
ロビンやブルーノ、マリアも喜ぶと思う。


最後になったが、いい旅を続けてください。
アルマスとホーパスに幸運が訪れますように。



アルマスは手紙を読むと、紙を畳んで封筒の中へと戻した。
そしてマリアの方を向いた。
「あの人に会ったら、ありがとうと伝えてください」
「分かった・・・・・そろそろ行こうか」
マリアがうなづくと、アルマスは封筒をズボンのポケットにしまうのだった。



マリアの家を出て、しばらく歩いていると広い場所に出た。
右側には古くてボロボロの家のような建物が数軒並んで建っている。



ここは確か、前にマリアさんに連れて来られたところだ。



アルマスが建物を見ていると、ホーパスがマリアに聞いた。
「ヴァッテンにはどうやって行くの?歩いて行ける?」
「歩いて行ける」マリアはうなづいて続けた「ヴァッテンに出るエレベーターがあるんだ。それに乗って行く」
「ここからはまだ遠いの?」
「もう少し歩いたところに塔がある・・・・その中にエレベーターがあるんだ」



しばらくしてマリアの後ろを2人が歩いていると、だんだんと細長い1つの塔が見えてきた。
クリーム色の塔で、上側には窓がついている。
「あの細い建物ですか?」とアルマス
「そうだ。階段で上まで上る。上ったところにエレベーターがあるんだ」
前を向いたままマリアが塔を見ている。
「階段で上まで上るの?エレベーターで行くんじゃなくて?」とホーパス
「そうだ。どうしてそうなってるかまでは分からないが・・・・・着いた」
塔の階段の前でマリアが止まると、振り返って後ろにいる2人を見た。
「後ろにあるのが階段だ。一番上まで上ろう」



3人は階段を上り、一番上まで来ると、中央にエレベーター乗り場があった。
マリアが扉のすぐ横にあるボタンを押すと、白い扉が左右に開いた。
3人はエレベーターの中へと歩いて行った。



エレベーターに乗り込み、扉が閉まると、マリアは2人を見た。
「最後に私から渡したいものがある」
マリアはズボンのポケットから何かを取り出すと、アルマスに何かが入っている右手を差し出した。
アルマスがマリアの右手を見ると、マリアは右手をそっと開いた。
手のひらの上には小さな白い羽がいくつか乗っている。
「これは・・・?」とアルマス
「これは移動したい時に使うものだ。行きたい場所の名前を言って軽く羽を振れば、羽が大きくなる。
 羽に乗って行きたい場所に行けるものだ」
「そうなんだ。これは便利だね!」ホーパスが羽をじっと見ている「でもこんなにもらっちゃっていいの?」
「ただこれは片道だけだ。1回しか使えない。目的地に着いたら羽が消えるんだ。だから多めに持って来た」
「ありがとうございます」
数本の羽をマリアから受け取ると、アルマスは礼を言うのだった。



アルマスはもらった羽をズボンのポケットに入れると、マリアに聞いた。
「マリアさんはこれからどうするんですか?」
「今回の事で父さんと話をした。今後は村役場に入って、困っている人達を助けて行こうと思う」
「え、村役場の人になるの?」とホーパス
「父さんと話をして分かったんだ。1人だけで活動していてもいつか限りが来る。それよりも役場に入ってその中でどんな支援の方法が
 あるのか、学びながら活動をした方がいいと思って。それに・・・・」
「それに?」
「父さんも時々村役場に来て、支援の手助けをするって言っていた。支援の手は多い方がいいだろうって」
「そうなんですか、それはよかったですね」とアルマス
「話が長くなった。そろそろ行こうか・・・・・ヴァッテンはエレベーターを降りて少し歩いたところにある」
マリアは右手を伸ばすと、ボタンを押した。



エレベーターはゆっくりと下へと降り始めた。
だんだんと速度が増していくにつれ、アルマスは自分の身体が浮いて行くのではないかという感覚になった。



何だろう。下へ降りているはずなのに、なんだかこのまま宙に浮きそうな感じがする・・・・・。



すると隣でマリアがアルマスに言った。
「大丈夫だと思うが、時々速度が速すぎて強風が下から吹く時がある。もしかしたら上に飛ばされるかもしれない」
「え・・・・・?」
アルマスがマリアの方を向いた途端、突然下から強い風が吹きつけてきた。



「うわっ・・・・・・!」
強風にあおられたアルマスは風を避けようと両手を顔の前に出した。
それでも強風はどんどん下から吹き上げて来る。
アルマスの身体はだんだんと宙に浮き、エレベーターの天井へと上がって行った。
「アルマス!風に飛ばされてるよ、大丈夫なの?」
ホーパスがアルマスの側に移動すると、下でマリアが2人を見上げた。
「天井は頑丈だから、これ以上上へ飛ばされることはないと思うが・・・・・・」
「アルマス、大丈夫?」とホーパス
するとアルマスは両腕を大きく横へと広げた。
「大丈夫・・・・・なんとか風に乗れるようになったよ。空を飛んでみるのも悪くないね」
「うん!」
ホーパスがうなづくと、2人は宙を浮きながら微笑みを見せるのだった。