洞窟の中で
アルマスとホーパスはヴァッテンへ行く道を歩いていた。
薄暗い洞窟の中を歩いていると、どこかから水の音なのかぴちゃぴちゃという音が聞こえている。
ホーパスはその音を聞きながら辺りを見回している。
「どこかに水があるのかな?さっきから音が聞こえてるけど」
「水の落ちる音みたいだね。どこかに水があるんだ」
アルマスは前を向いたままホーパスに言った。
しばらく歩いていると数メートル先の右端に、人の姿があった。
背中まである金髪の長い髪に、水のような薄い青色の丈の長いワンピース姿の小さな女の子の姿だった。
2人がだんだんとその女の子に近づいて行くと、女の子が2人を見て声をかけてきた。
「こんにちは。どこから来たの?」
アルマスは女の子を見た。
アルマスより背が小さいが、ワンピースのスカート部分がやたら長いのに目が入った。
女の子の足が見えないくらい長く、履いているはずの靴さえも見えない。
「ねえ、どこから来たの?」
返事をしないアルマスに女の子が再び聞いた。
アルマスは気がついて顔を上げた。
「あ、・・・・ヒメルから来たんだ」
「ヒメルから?じゃヒメルの人なの?」
「違うよ」アルマスは首を横に振った。
「じゃ、どこから来たの?」
「うーん・・・・遠くから来たんだ。旅をしているんだよ」
アルマスが言葉を選びながら答えると、今度はホーパスが女の子に聞いた。
「ねえ、君はヴァッテンに住んでるの?」
すると女の子はホーパスが見えるのか、ホーパスを真っ先に見た。
「子猫がしゃべってる・・・・それにどうして浮いてるの?」
「僕が見えるんだ。ヴァッテンに住んでるの?」
「うん、まあね」
2人のやり取りを見ていたアルマスが女の子に聞いた。
「ねえ、このまままっすぐ行けばヴァッテンに行ける?」
「うん、行けるよ」女の子はアルマスを見た「でもここからはまだ遠いけど」
「え、まだここから遠いの?」
ホーパスが驚いていると、アルマスは女の子の言葉に違和感を感じた。
おかしいな。マリアさんの話だとこの道を行けばすぐに着くようなことを言っていたのに。
すると女の子が2人を見た。
「じゃ、私がヴァッテンに案内してあげる。ついてきて」
女の子はそう言うと、ワンピースの裾を引きずりながらさっさと歩き始めてしまった。
「あ、待ってよ!」
ホーパスが女の子に声をかけるが、女の子は止まることなく歩いて行く。
ホーパスはアルマスの方を向いた。
「どうする?アルマス」
「後をついて行くしかなさそうだね。行こうホーパス」
アルマスが歩き始めると、ホーパスも後に続いた。
しばらく歩いて行くと、洞窟を出て外に出た。
空は薄暗く、分厚い雲が広がっていて今にも雨が降りそうな感じになっている。
「洞窟を出たから、もうヴァッテンに着いたのかな」
ホーパスが辺りを見回していると、アルマスは先にある洞窟を見て
「まだ先に洞窟があるよ。洞窟はまだ続いてるみたいだ。ここは切れ目みたい」
「なんだ・・・・じゃまだ歩くんだね」
ホーパスが少しがっかりしていると、アルマスは右にある池を見た。
池の先には多くの木々がそびえ立ち、森が広がっているように見える。
池の側にいる女の子が2人を見るとこう言った。
「洞窟はまだ先にあるから、ここでしばらく休もう」
「え?休むって・・・・・どうする?ホーパス」
アルマスが戸惑いながらホーパスの方を向いた。
ホーパスはアルマスを見ながら
「少し疲れたから、ここでしばらく休もうよ」
「僕はまだ行けるけど、ホーパスがそう言うのならそうしようか」
アルマスが再び女の子がいる方を向くと、女の子の姿はなくなっていた。
「あれ?どこに行ったんだろう」
アルマスが辺りを見回していると、ホーパスも辺りを見回しながら
「さっきまでいたよね?あの女の子・・・・・どこに行ったんだろう?」と探している。
しばらく2人は女の子を探していたが、どこを見ても女の子の姿は見当たらなかった。
「こんなに探しても見つからないなんて、どこに行ったんだろう?」とアルマス
ホーパスは辺りを見回しながら空から降りてきた。
「空から見たけど、見つからなかったよ・・・・・そのうち戻ってくるんじゃない?」
「・・・・・そうだね。しばらくここで休もうか」
ホーパスがうなづくと、アルマスはその場で座って休むことにした。
アルマスはホーパスと話をしながら池の水を見ていた。
池の水はとても透き通っていて、池の底まで見えるのではないかと思うくらいだった。
「この池の水、飲めるのかな?とてもきれいだけど」
ホーパスが池を見ながら言い出すと、アルマスも池を見つめながら
「のどが渇いたの?ホーパス」
「ううん、とても透き通っていてきれいだから。もしかしたらそのままでも飲めるんじゃないかと思って」
「それはどうだろう・・・・水はきれいでも池だから止めておいた方がいいんじゃない?」
「でもこの池の水ってどこから来てるんだろうね」
「さあ・・・・・」
アルマスがそう言いかけた時、どこかから声が聞こえてきた。
ホーパスも声に気がついたのか、両耳をピンと立てている。
2人が声を潜めて聞いていると、女性が歌っているような声が聞こえている。
その声はだんだんと高くなり、2人はどこから聞こえてくるのか気になり辺りを見回すが
2人の周辺には誰の姿もない。
「ねえ、ホーパス。どこからこの声が聞こえてるか分かる?」
辺りを見回しながらアルマスがホーパスに話しかけた。
「分からないよ」ホーパスは首を振った「でもだんだん声が大きくなってる気がする」
「それは僕も感じるよ。でも姿が見えない・・・・どこから聞こえてるんだろう」
「あっ!分かった!」
ホーパスが声を上げると、右前足を池に向けた「ここからだよ!池の中から聞こえる!」
「えっ・・・・・・?」
アルマスはホーパスにつられて池を見た。
すると池の水がだんだんと上へと盛り上がってきた。
女性らしき声がだんだんと大きくなっていく。
2人が戸惑いながら池を見ていると、池から何かが姿を現した。
「うわっ・・・・・・!」
アルマスはその姿を見て驚いた。
池の中から出てきたのは、金髪で髪の長い、上半身裸で下半身が魚の姿をした女性の人魚だったのである。
声が止み、2人が戸惑いながら人魚の姿を見ていると、人魚が2人を見て話しかけてきた。
「あなた達は今からヴァッテンに行くのですか?」
「え?・・・・・・は、はい」
アルマスが戸惑いながら答えると、穏やかだった人魚の表情がやや硬くなった。
そしてアルマスを見るとこう言った。
「今からヴァッテンに行くのなら、行くのを止めた方がいい」
「え?」
「悪いことは言わない。今からでも遅くはないから引き返した方がいいわ」
それを聞いたホーパスはふわふわ浮きながら人魚へと近づいた。
「どうして?どうしてそんな事を言うの?」
「ヴァッテンには行かない方がいいわ。あなた達のためよ」
人魚の言葉にアルマスは納得がいかなかった。
「ウィンドに行くのにヴァッテンを通らないと行けないんです。なのでここでヒメルに戻るわけにはいきません」
「・・・・・・」
人魚が黙っていると、再び池の水が上へと盛り上がってきた。
池から上がって来たのは小さな女の子だった。
2人を池に連れて来た女の子だった。
さっきまで服を着ていたが、今は上半身裸で、下半身は魚の姿をしている。
「あ、さっきの・・・・・!君、人魚だったんだ」
ホーパスが女の子の人魚を見て驚いている。
「うん」女の子の人魚はホーパスを見ながらうなづいた「ヴァッテンには行かない方がいいよ」
「どうしてですか?なぜヴァッテンに行ってはいけないんですか。理由を知りたいです」
アルマスは人魚に向かって聞いた。
人魚はしばらく黙っていたがゆっくりと口を開いた。
「・・・・今、ヴァッテンはとても荒れています。今すぐ行くのはとても危険。だから引き返して欲しいのです」
「でもヴァッテンは通るだけだし、長い間そこにいなければ大丈夫だと思うんだけど」とホーパス
「ヴァッテンに行くなと言うのであれば、ヴァッテンを通らずにウインドに行く道を知っているんですか?」とアルマス
「ないわ」アルマスの問いに、人魚はあっさりと首を振った。
「それなら・・・・・ヴァッテンに行くしかない。危険って言いますけど、何が危険なんですか?」
アルマスが再度人魚に理由を聞いた。
「そ、それは・・・・・・」
人魚が戸惑いながらどう答えるか考えながら、アルマスを見ていた。
するとアルマスの右手の指に光る指輪が目に入った。
「その手にはめている指輪は・・・・・?」
人魚に聞かれたアルマスは右手の指輪を見た。
「これはフラーマでもらった指輪です」
アルマスはそう言いながら、人魚に向かって指輪を見せるように右手を上に上げた。
アルマスの指輪を見た人魚は口を開いた。
「・・・・どうしてもヴァッテンに行きたいのであれば仕方がないわ」
「え、じゃ・・・・・」とホーパス
「行ってもいいけど、あまり長い間留まらない方がいいわ。入ったらすぐに出ることね」
人魚はそう言ってしまうと、水の中に入って行ってしまった。
「あ、待ってよ!置いて行かないで」
女の子の人魚も後を追うように水の中へ入って行った。
人魚が去り、池の水が元通りになると2人はしばらく何が起こったのか分からなかった。
「一体、さっきまで何が起こってたんだろう・・・・」
ホーパスが池を見ながらつぶやくと、アルマスも池を見ながら
「あの人魚、何を伝えたかったんだろう・・・・何が危険なのか、何が起こってるのか」
「でも、行っていいって言ってたよね」
「うん。でも短い間だけどね。そろそろ行こうか」
アルマスはホーパスにそう言うと、池に背を向けて歩き始めようとした。
すると後ろから声が聞こえてきた。
「待って!」
アルマスが池の方を振り返ると、女の子の人魚が池から再び姿を見せていた。
どうかしたのかとアルマスが女の子に声をかけようとすると、女の子がアルマスを見ながら聞いた。
「ヴァッテンに行くの?」
「うん、行くよ」アルマスはうなづいた。
「ヴァッテンに行く洞窟に入るんだったら、洞窟に出る前に誰かと会うと思うよ」
「え・・・・・?それはどういうこと?」
「さっきの人魚が言ってたの。男の子と会うはずだから、そのように伝えておいてくれって」
「え・・・・・?」
「じゃ、伝えたから行くね」
「あ、ち、ちょっと・・・・・・!」
アルマスが戸惑いながら女の子を呼び止めるが、女の子は池の中へ入ってしまった。
アルマスが誰もいなくなった池を見つめていると、ホーパスが戻ってきた。
「どうかしたの?アルマス」
「あ、ホーパス・・・・・さっきまであの女の子がいたんだ」
アルマスはホーパスの方を向くと、ホーパスは池を見た。
「女の子がいたの?」
「うん。これから入る洞窟の出口で男の子に会うって・・・・」
「え?それはどういうこと?」
「さあ、僕にも分からないよ。さっきの人魚が僕に伝えるようにって女の子に頼んだみたい」
「そうなんだ・・・・とりあえずヴァッテンに行こうよ。行けば分かるんじゃない?」
「・・・・そうだね。行こうか」
アルマスは人魚の言葉が気になるが、ヴァッテンに行こうと歩き始めた。
再び薄暗い洞窟の中に入った2人。
2人は何も言わず歩いていたが、しばらくすると先が明るくなってきた。
「先が明るくなってきた。もうそろそろ出口じゃない?」
ホーパスがアルマスの手前でふわふわ浮きながら進んでいる。
「うん。もう少しで出るね」
前を向いたままアルマスは出口を見ていると、人魚が言っていたことを思い出した。
そういえば、出口で男の子に会うって言ってたけど・・・・・・いるのかな。
今はまだ出口が遠いから分からないけど。
そう思うと、アルマスは急に心が落ち着かなくなってきた。
人魚が言ったことが本当なのか気になってきたのである。
「ねえ、ホーパス。出口に誰かいる?」
アルマスは上でふわふわ浮いているホーパスに聞いた。
ホーパスは前を向いたまま
「誰かって?まだ遠くて出口以外は何も見えないよ」
「そうか・・・・誰かいたら教えてくれる?」
「うん」
2人は出口へ向かって歩き続けた。
だんだんと外からの光が明るくなってきている。
そしてあと少しで洞窟から出ようとした時だった。
アルマスがふと右側を見ると、外からの光が届かないところの壁側に誰かがいる気配を感じたのだ。
何だろう。誰かがいるような気がする。
真っ暗で何も見えないけれど・・・・・。
「どうしたの?アルマス」
アルマスが右を向いたまま止まっているのを見たホーパスが声をかけた。
アルマスはホーパスの方を向いて
「右側に誰かがいるような気がするんだ。暗くて見えないけど」
「誰かがいる?ここからだと何も見えないけど」
ホーパスが右側の壁を見るが、暗くて何も見えていない。
「何か灯りでもあれば照らして見れるんだけど」
「止めた方がいいよ・・・・ここを出てヴァッテンに行こう」
ホーパスがそう言った途端、右側から黒い人影のようなものが動いた。
そしてガサガサという音が聞こえると、2人に向かって声をかけてきた。
「誰か・・・・・そこに誰かいるの?」
それは男の子の声だった。
「そこに誰かいるの?どこにいるの?」
アルマスが右側の壁に向かって聞くと、返事が返ってきた。
「・・・・壁の側にいるよ。ヴァッテンには今は行かない方がいい」
「どうして?」とホーパス
「今そこに行くから、動かないで待ってて」
アルマスが声が聞こえる右側の壁へと歩き出した。
ホーパスもアルマスの後に続いて移動を始めた。
壁の側には1人の男の子の姿があった。
壁に寄りかかっている男の子にアルマスが顔を見ようとするが暗くてよく見えない。
アルマスは男の子に近づいた。
「どうかしたの?ヴァッテンで何かあったの?」
「今は行かない方がいい・・・・しばらくの間、ここにいた方がいいよ」
男の子はアルマスを見ると、首を横に振りながら言った。
「ヴァッテンで何かあったんだね。何があったの?」
「そうだよ。理由を教えてよ」ホーパスが2人の間に割り込んで来た「でないと分からないよ」
「分かった。でも・・・・少し休ませて。少し前にここに来たばかりで疲れてるから」
男の子がそう言うと、アルマスは黙ってうなづいた。
アルマスとホーパスはその場で休むことにした。
アルマスはフランシスからもらった焼菓子を食べようと、焼菓子が入った包み紙を出した。
「ガサガサ音がする。もしかしてフランシスさんからもらったお菓子?」
ホーパスがアルマスに近づくと、アルマスはうなづいた。
「うん。今食べようと思って・・・・でも暗すぎてよく見えないな」
「灯りがあればいいけど・・・・あ、火を起こして明るくしたら?」
「それはいいけど、燃やすものがないと火を起こせないよ」
「今持ってる包み紙は?」
「それだと中に入ってるお菓子まで燃えちゃうよ。それに紙だとすぐ燃え尽きちゃう」
すると2人の話を聞いていた男の子が割り込んできた。
「外に出れば、木の枝がいくつか道にあったけど」
「木の枝・・・・それなら大丈夫かもしれない。ホーパス、何本か取りに行ってくれる?」
「うん。行ってくるよ」
ホーパスはうなづくと洞窟の外へと行ってしまった。
それを聞いた男の子は戸惑った様子で
「え・・・・外に行ったの?今行って見つかったら危険な目に遭うかもしれないのに」
「大丈夫。ホーパスはそう簡単には見つからないから」とアルマス
「え・・・・・・?それってどういうこと?」
「ホーパスが戻ってきたら分かるよ。でもホーパスが見えるかどうかによるけど・・・・・」
「・・・・・」
アルマスの言っていることが分からないのか、男の子は黙ってしまった。
ホーパスが数本の木の枝を持って戻ってきた。
アルマスはホーパスから木の枝を受け取ると、そのうちの1本を左手に持った。
「今から火をつけるからね」
アルマスはそう言うと、右手を木の枝にかざした。
そして火がつくように念じると、枝の先から小さな火がついた。
火がついた木の枝を男の子の方に向けると、男の子の顔が見えた。
そして男の子の姿をよく見ると、アルマスと同じくらいの背丈で同じくらいの歳ではないかとアルマスは思った。
「明るくなったから、そのお菓子早く食べようよ」
ホーパスがアルマスの膝の上にある包み紙を見ている。
「あ、そうだった」アルマスは火のついた木の枝を側の壁にそっと立てかけると、包み紙を開けた。
包み紙の中にはクッキーやフィナンシェのような焼菓子が入っている。
「わあ、おいしそう!いただきます」
ホーパスがクッキーを1枚取ると、さっそく口に入れて食べている。
「ねえ、よかったらお菓子でも・・・・・・」
アルマスが男の子に向かってそう言いかけた時、お腹がグルグルと鳴っている音が聞こえてきた。
男の子のお腹が鳴ったのか、男の子は黙ってうつむいている。
「お腹が空いてるの?」
アルマスが男の子に聞くと、男の子は黙ってうなづいた。
「ならお菓子でよかったら食べる?たくさんあるからあげるよ」
アルマスが包み紙を男の子に向けようとすると、ホーパスが口を挟んだ。
「え?僕ももうちょっと食べたいのに」
「じゃホーパスの分を取ってあげるよ。それならいい?」
「うん」
アルマスは包み紙からお菓子を適当に何個か取ると、ホーパスに渡した。
アルマスはフィナンシェをひとつ取ると、包み紙を男の子に差し出した。
男の子は包み紙の中を見た。
「・・・・・こんなにたくさん。いいの?」
「うん。僕はまだそんなにお腹空いてないから」とアルマス
「ありがとう」
男の子は包み紙を受け取ると、お菓子の中からゆっくりとクッキーを1枚取り出し、口に入れた。
「・・・・美味しい」
男の子はそう言うと次々とほおばるように焼き菓子を食べ始めた。
「余程お腹が空いてたんだね」
お菓子を食べながらホーパスが男の子を見ていると、アルマスも黙って男の子を見つめていた。
しばらくして男の子がお菓子を全部食べてしまうと、何があったのかを話し始めた。
「僕は馬を連れて海沿いを歩いてたんだ。そうしたら海から大きな音が聞こえてきた。何かが海から上がってきたような、大きな音だった。
そうしたら近くにいた人が海を見て悲鳴や大声を上げて逃げ出したんだ。何だろうと思って海を見たら、大きなタコのような化け物がいた」
「大きなタコ?何それ」とホーパス
「海にいる生き物だよ。8本の長い手足を持ってるんだ」とアルマス
「そのタコはこっちを見てて、海岸に近づいているように見えた。逃げようと思っていたらタコの長い手足がこっちに向かって伸びてきた。
もう少しで捕まるところだったけど、なんとかここまで逃げてきたんだ」
「一緒にいた馬はどうしたの?」
「タコを見た途端、びっくりしたような悲鳴のような声をあげてどこかに逃げてしまったよ。馬にほとんどの荷物を乗せていたから食べ物も
お金も少ししか持ってなくて・・・・・・」
「そうだったんだ。その大きなタコはその後どこに行ったんだろう」
「分からない。たぶん海に戻って行ったと思うけど・・・・・これからどうすればいいのか分からなくて」
男の子の話を聞いたアルマスは人魚の話を思い出した。
人魚が言っていたのは、この事だったのかもしれない。
大きなタコの化け物が出るから、ヴァッテンに行くなって言っていたんだ。
「君はヴァッテンに住んでるの?」
アルマスが男の子に聞くと、男の子は首を横に振った。
「違う。ヴァッテンには来たばかりだよ」
「じゃ、ヒメルから来たの?」
「ウインドから来たんだ」
「ウインドからなんだ!なら今から一緒にウインドに行こうよ。僕はウインドに行くところなんだ」
ウインドと聞いてアルマスが思わず声を上げると、男の子はうかない顔をしている。
「すぐには行けないよ。ヴァッテンにはお使いで来たんだ」
「お使い?」とホーパス
「馬に積んでいたものを渡しに来たんだ。馬が逃げてしまったから探さないといけないし。馬がいないと渡すものも渡せないし」
「そうなんだ・・・・・・」
アルマスはそれを聞いてがっかりした。
アルマスのがっかりした表情に男の子が聞いた。
「ウインドに何か用事があって行くの?」
「うん」アルマスはうなづいた「ヴァッテンからウインドまで遠いの?」
「かなり遠いよ。馬で行けば早いけど。歩いて行くんだったら1日じゃ着かないと思う」
「そうなんだ。それは厳しいね」
アルマスがうかない表情をしていると、男の子は次にこう言った。
「・・・・あの、もしよかったらだけど。僕に考えがあるんだ」
「何?」
「もし一緒に馬を探してくれるのなら、ウインドまで一緒に行ってもいいよ」
男の子の提案にアルマスは考えた。
馬を探すのはいいけど、もし見つからなかったら・・・・・。
それにタコの化け物が出たって言ってるけど、本当にいるのかどうか分からないし。
するとホーパスが男の子に近づいてきた。
「本当?本当にウインドまで連れて行ってくれるの?」
「うん、本当だよ」男の子はホーパスを見た「猫なのに僕の言っていることが分かるんだね」
「君、ホーパスが見えるの?」とアルマス
「うん。この猫がさっき言ってたホーパスなんだ」
「アルマス、この子と一緒にウインドへ行こうよ。僕達だけだと道が分からないでしょう?」
ホーパスが今度はアルマスに近づくと、アルマスは男の子を見ながらうなづいた。
「・・・・・そうしようか。一緒に馬を探そう」
すると男の子は嬉しそうにアルマスを見た。
「ありがとう。僕はレオン。君の名前は?」
「僕はアルマス」
「僕はホーパスだよ」
3人は挨拶を交わすと、洞窟の外を見た。
外は夕方なのか、光が弱く空が暗くなってきている。
「外がだんだん暗くなってる。夜になるね。どうする?」
アルマスが外を見ていると、レオンも外を見つめながらつぶやいた。
「どうしようか・・・・・ずっとここでこうしているわけにもいかないし」
「ヴァッテンでどこか泊まるところがあるかどうか知らない?」
アルマスがレオンの方を振り返ると、レオンはアルマスを見ながら
「海側に1軒あるけど、今行ったらあの化け物に襲われるかもしれない。それに今あるかどうかも分からないけど」
「そうだね。他の場所はあるのかな」
「他にもあるけど、みんな海岸沿いだから危険だ。山の頂上にお寺があるから、行ったら泊めてもらえるかもしれない」
「お寺があるんだ。泊めてもらったことがあるの?」
「うん」レオンはうなづいた「それにヴァッテンに来たらいつも寄ってるんだ。今日のお使いもそのお寺に行くつもりだったんだよ」
「じゃ、そのお寺に行こうよ」
「行くのはいいけど、一度海岸に出ないと行けない・・・・またあの化け物が出なければいいけど」
不安な表情を見せるレオンに、ホーパスはレオンに近づいた。
「ずっとここにいてもしょうがないから、今から行こうよ。暗くなる前に」
「それにそろそろ火が消えそうだ」アルマスが壁にたてかけている木の枝を見た「火が消えて暗くなる前に出た方がいいと思う」
レオンが壁を見ると、たてかけてある木の枝の炎がだんだんと小さくなってきていた。
「・・・・そうだね。行こうか。暗くなる前に行こう」
レオンが静かに立ち上がると、3人は洞窟の外へと歩き出した。
洞窟を出てしばらく歩いて行くと、海岸に出た。
波は穏やかで小さく、遠くの地平線の向こう側には太陽がだんだんと沈んでいくのが見える。
辺りは静かで、波の音が聞こえているだけの穏やかな雰囲気だった。
「とてもきれいな海だね。それに夕焼けがきれいだよ!」
ホーパスが2人の上で空を見上げながらふわふわと宙を浮いている。
アルマスも立ち止まり、地平線の太陽を眺めながら
「本当だ。それにこんなに静かなのに・・・・こんなにきれいな海なのに化け物が出るなんて」
「信じられないかもしれないけど、本当に見たんだ」
レオンも立ち止まって2人に言った「あの海の奥から化け物が上がってきたのを見たんだ。それで長い手足がこっちまで伸びてきて・・」
「海の奥って・・・・・あの太陽があるあたりから?」
「そんなに遠くじゃなかったと思うけど。手足が伸びてきて捕まった人達が海に引きずり込まれていくのを見たんだ」
「・・・・・・」
「とりあえず早く山へ行こう。あの化け物がまた出てこないうちに」
レオンが2人を急かすように再び歩こうとすると、後ろから声が聞こえてきた。
「お前達、こんなところで何をしているんだ?」
3人が後ろを振り返ると、そこには2,3人の若い男達の姿があった。
レオンは男達を見た途端、見覚えがあるのかはっとした様子を見せた。
アルマスはレオンの様子に気がついた。
「どうしたの?」
「あいつら・・・・・・・まだいたのか」
「レオンの知ってる人?」
「いいや」レオンは首を振った「地元の人みたいだけど・・・・・」
レオンが途中まで言いかけた時、男達の1人が3人に近づいてきた。
「お前達、ここで何をしてるんだ?」