うごめく問題

 


それからというもの、アルマスとホーパスはしばらくヴィンドに留まっていた。
毎日エドヴァルドやレオンと一緒に村中をまわり、村人達の手伝いをして1日があっという間に過ぎていく。
村人達は最初ヴィンドの外から来たアルマス達に戸惑いを隠せなかったが、日が経つうちにすっかり打ち解けて仲良くなっていった。
アルマスとホーパスも最初はすぐにヴィンドから出て行く予定だったが、だんだんと居心地がよくなり、レオンはもちろんレオンの家族とも
すっかり打ち解けて仲良くなっていった。



ヴィンドの居心地の良さに、アルマスは毎日楽しく過ごせている一方で、一抹の不安を感じていた。
この生活がいつまで続くのか、突然この生活が終わってしまうのではないか・・・・・。
またヴィンドの外の世界はどうなっているのかという興味も捨てきれないでいた。
しかしレオンやマーヤ、エドヴァルドに村を出て行くと言ったところで、引き留められるのではないかということも考えていたアルマスは
なかなかその事を言い出せないでいた。



ヴィンドの先は一体どこに行くんだろう。
でも、ここでの生活もすっかり慣れてしまっていて、出て行くのも惜しい気がする。
それにこの村を出て行くって言ったら、レオンがどんな顔をするか・・・・・・。



「アルマス、アルマス!」
名前を呼ばれてアルマスがはっとして前を向くと、レオンがアルマスを見ていた。
レオンの右手には細い丸太を持っている。
レオンの家のすぐ近くで、2人は剣術の練習をしていたのだ。
アルマスが黙ってレオンを見ていると、レオンがアルマスに近づいてきた。
「どうかしたの?さっきからぼんやりして」
「え・・・・?僕ぼんやりしてた?」
アルマスが戸惑いながら聞くと、レオンはうなづきながら
「うん。疲れてるんじゃないの?さっきまで父さんの手伝いをしてたから」
「いや、そんなことないよ。ただちょっと考え事を・・・・」
「考え事をしているようじゃダメだ」
その声に2人は後ろを振り返ると、エドヴァルドの姿があった。



エドヴァルドが2人に近づいてくると、レオンは声をかけてきた。
「父さん・・・・・」
「今は剣術の練習に集中するんだ。そのための時間なんだから」
「僕、思ったんだけど」そこにホーパスがエドヴァルドの前に移動してきた「どうしてこんなことをするの?」
「どうしてって?」
エドヴァルドがホーパスに聞き返すと、ホーパスはアルマスの方を振り返りながら
「だって、アルマスは炎の力を持ってるし、レオンだって風の力を持ってるでしょ?どうして毎日剣の練習をするの?」
「それは・・・・・・」とレオン
「そうか。持っている力があるから、剣術はいらないんじゃないかって言いたいんだね?」
エドヴァルドがホーパスに聞き返すと、ホーパスは深くうなづいた。



「今持っている力も大事だが、その力がいつまでもあるとは限らない。明日いきなりその力がなくなってしまったら・・・・・
 そんなことを今まで考えた事はあるか?」
エドヴァルドがアルマスを見ていると、アルマスはしばらくしてから首を横に振った。
それを見たレオンは
「僕も父さんに言われるまでは考えた事なんてなかったよ。持っている力がなくなるなんて」
「生まれ持った力は簡単に失うことはないだろうとは誰もが思うことだ。でもこの先何が起こるかなんて誰も分からない。
 突然力がなくなったら、自分をどう守るのか、守るものがなくなってしまう。だからいざという時のために剣術を習っておくんだ。
 剣術を取得しておけば、たとえ持っている力が失ってしまっても、武器があれば戦える。習っておいて損はない」
「そうか。いざという時のために役に立つんだね」とホーパス
「そういう事だ」エドヴァルドはホーパスを見ながらうなづくと、次にアルマスを見た。
「疲れているようだったら、無理に続けることはないよ。しばらく休むかい?」
「・・・・いいえ」アルマスは右手に持っている細い丸太を握りなおした。「このまま続けます。練習します」



「今日はここまでにしておこうか」
しばらくしてエドヴァルドが2人に声をかけると、アルマスとレオンはそれぞれ持っている細い丸太を下に降ろした。
エドヴァルドはアルマスを見ると
「アルマス、最初の時よりはだんだんと上達してきているな」
「え・・・・・そうですか?」エドヴァルドの言葉を聞いてアルマスは戸惑った「自分ではどうなのかよくわからなくて」
「剣術を今まで誰かに習ったことは?」
「いいえ、ありません。全くそういうのをやる機会がなくて・・・・だから上達してきたと言われてもどこが良くなったのか分からなくて」
「今は分からなくても、続けていけばだんだんと分かるようになる。だから毎日少しでもいいから続けるんだ。そのうち剣術が必要な時が
 やってくるかもしれない。その時に分かるようになるだろう」
「は・・・・はい」
「そろそろ家の中に入ろうか・・・・・」
エドヴァルドが家のテントに目を向けると、テントに近づいてきている1人の男性の姿が目に入った。



「おい、どうしたんだ?こんな時間に」
エドヴァルドが男性に声をかけると、男性はエドヴァルドに気がついた。
「エドヴァルド、話がある。少しだけ時間取れないか?」
「分かった。すぐそっちに行く」
エドヴァルドは男性にそう答えると、アルマスとレオンの方を向いた。
「話があるようだ。先に戻っててくれ。話が終わったらすぐに戻るから」



しばらくして、アルマス達は食事をしていると、話を終えたエドヴァルドが入ってきた。
エドヴァルドが座ると、マーヤがエドヴァルドを見るなりこう聞いてきた。
「また何か相談事でも聞いてきたのか?」
「いいや、そうじゃない」エドヴァルドは首を振った「そろそろここも砂嵐が来る時期だ。近いうちに移動しようと思う」
「移動じゃと?そろそろ砂嵐の時期じゃが・・・・まだ今年は一度も来ていないというのに?」
「砂嵐はここではまだ来てはいないが、別の場所では来始めているらしい。被害が起こらないうちに移動したいと言ってきた」
「移動って、前と同じところに移動するの?」とレオン
「ああ。いつもと同じ場所だ。そこなら水源も近いし、安定して生活ができるだろう」
「いつ移動するの?」
「さっき言われたばかりだからこれから考えるが・・・・2,3日の間に移動することになるだろう」
「2,3日だって?そんなに急ぐのか?」
それを聞いたマーヤが戸惑っていると、エドヴァルドはうなづきながら
「ああ。もうテントを畳んで準備しているところも出てきている。移動する時はみんな一緒に移るんだ」
「じゃ、今から移動の準備をしなくちゃ。食事が終わったら準備をした方がいい?」とレオン
「いや、明日からでいい」
するとマーヤが突然その場から立ち上がった。
「エドヴァルド、ちょっと・・・・・・少しの間だけ向こうに行こうか」
「・・・・・分かった」
エドヴァルドがうなづくと、マーヤと一緒にその場から離れて行った。



食事が終わり、後片付けを終えたアルマスは部屋に戻ろうとした。
ホーパスがアルマスの隣で話しかけてきた。
「マーヤさんとエドヴァルドさん、結局戻って来なかったね」
「うん。話が長引いているのかもしれないね」
アルマスが答えると、外へ通じるドアが少し開いているのが目に入ってきた。
外にはマーヤとエドヴァルドが話をしている。



一体、何の話をしているんだろう・・・・さっきの移動の話かな。
マーヤさん、エドヴァルドさんの話に納得がいってなかったみたいだけど。



そう思いながらアルマスがドア越しに2人を見ていると、外から話声が聞こえてきた。



「移動については、今すぐというのは避けた方がいい・・・もう少し先に延ばせないか?」
マーヤがエドヴァルドに向かって聞くと、エドヴァルドは気難しい表情で
「それは難しい。さっきも言ったけど、もう移動の準備をしているところも出てきている。ここで先延ばしにすると言っても・・・」
「なら、どうしても移動したいところだけ先に移動させればいいじゃろう?」
「それはダメだ。昔からの決まり事じゃないか。移動するなら一度に移動するって」
「それはそうじゃが・・・・今回だけは先延ばしにした方がいい。とても嫌な予感がするんじゃ」
「先延ばしにした場合、どのくらい延ばすんですか?」
「それは・・・・・」
マーヤの声がそこで途切れるとエドヴァルドはマーヤを見ながら
「別の場所ではもう砂嵐が起こっている。被害を抑えるためにも早めに移動をした方がいいんじゃないか?」
「・・・・・・」



マーヤの声が途切れ、アルマスが2人の会話を待っていると、後ろからレオンの声が聞こえてきた。
「アルマス、ちょっと来て。手伝って欲しいんだ」
「・・・・・うん。分かったよ。レオン」
アルマスが後ろを振り返って答えると、ホーパスがこう言った。
「話の続きは僕が聞いておくよ」
「うん、ありがとう・・・・・聞いた話は後で部屋で聞くよ」
アルマスはホーパスに後を任せると、その場を離れた。



それから数日後。
アルマス達はテントをきれいに畳んで荷台に積むと、荷台を数頭の馬に引かせようと荷台と馬を繋ぎ始めた。
結局エドヴァルドはマーヤの意見を聞かず、場所を移動することにしたのである。



「結局、すぐ移動することになっちゃったね」
アルマスがエドヴァルドとレオンで荷台と馬を繋げる作業をしているのを見ていると、ホーパスが作業を見ながら言った。
「うん」アルマスはうなづくとホーパスの方を向いた「僕達も一緒に着いて行くことになったけど・・・・いいのかな」
「いいんじゃないの?一緒にいてもいいって言われたんだし。それか他にどこか行きたいところでも見つかったの?」
「いや、そうじゃないけど・・・・マーヤさんが言ってた事がどうも気になるんだ」
「すぐに移動するな、嫌な予感がするって言ってたよね・・・どういう事なんだろう」
「ホーパス、そのあたりを聞いたんじゃなかったの?」
「ううん。話は最後まで聞いたけど、どんな事が起こるのかまでは聞けなかった。話に出なかったんだ」



荷台と馬を繋げ終えると、エドヴァルドは作業を見ていたアルマスの方を向いた。
「これで移動の準備が終わった・・・・そろそろ移動するよ」
「ここから移動先までどのくらいかかるんですか?」とアルマス
「そうだな・・・・」エドヴァルドは辺りをひと通り見回すと、再びアルマスを見た「途中砂嵐が来なかったら、3時間くらいかな」
「3時間!そんなにかかるの?」
それを聞いたホーパスが驚いていると、レオンが話を聞いていたのかいつの間にかホーパスの後ろに来ていた。
「順調に行けばの話だよ。途中休憩しながら行くから、休憩を入れるとそのくらいかな」
「エドヴァルドさんとレオンは馬に乗るの?」
「馬には乗らないよ。ずっと歩いて行くんだ・・・・疲れてきたら乗るかもしれないけど」
「そろそろ出発しようか。母さん達に荷台に乗るように伝えてきてくれ」
エドヴァルドがレオンに頼むと、レオンはその場から離れて行った。



それから間もなくして、馬が動き始めた。
馬の側にはエドヴァルドが一緒に歩き、その後ろにはレオンとアルマス、ホーパスが着いて行く。
馬の後ろには荷台があり、荷台にはレオンの母親とマーヤが乗っている。



アルマスが辺りを見回すと、同じような荷台を数頭の馬が引いている姿があちこちで見える。
みんな同じ方向へ動いている。



みんな同じ場所に行くんだ。
昨日までは周りに他の建物が見えなかったから分からなかったけど、みんないっせいに動くんだ。



アルマスが周りの馬を見ていると、レオンが声をかけてきた。
「アルマス、大丈夫?」
「・・・え?」
アルマスが戸惑いながらレオンの方を向くと、レオンはアルマスを見ながら
「ずっと遠くを見てるから、もしかしたら疲れてないかなと思って。大丈夫?」
「ううん、まだ大丈夫。疲れてないよ」
アルマスは首を横に振った。「それにまだ出発して、あまり時間経ってないし」
「そうか。そういえば・・・・ずっと旅をしてきたって言ってたよね。今まではどうしてたの?乗り物に乗ってきたの?それとも歩いて?」
「色々かな。歩きだったり、乗り物だったり・・・・」
「そうなんだ」
「これから行く場所にはどのくらいいるの?」
「どのくらい・・・・冬になる前というか、寒くなる頃まではいるよ」
「寒くなったらまたさっきの場所に戻るの?」
レオンがうなづくと、2人の真上をふわふわと飛んでいるホーパスがレオンに聞いた。
「どうして同じ場所にずっといないの?」
「それは・・・・・」
「それはこの場所の環境が大きい」そこにエドヴァルドが割り込んで来た。
エドヴァルドは後ろを振り返りながらさらに続けた。
「砂嵐が多くなるこの時期はだんだんと気温が暑くなる。暑くなってくると水が必要だ。だから水源が近いところに移動する。
 夏が終わって寒くなったら暖かいところにまた移動するんだ。昔から我々遊牧民は過ごしやすい場所を求めて移動してきた。
 今は環境が悪くなってきて同じところを行ったり来たりしているけどね」



それを聞いたアルマスはエドヴァルドに聞いた。
「移動する時はみなさん一緒に移動するんですか?」
「そうだ」エドヴァルドはうなづいた「みんなでいっせいに動くのは、何かあった時のためだ。移動中何かあったら数人だと対応できない。
それに昔からの習わしというか・・・・・そう決まっているんだ」
「でも、最近は残る人も出てきてるけどね」とレオン
「え、移動しない人もいるの?それはどうして?」とホーパス
「それぞれ家庭の事情もあるが、いない間に何かがあった時のために残る人達もいる」
エドヴァルドが前が気になるのか、何度も前を見ながら答えた。
「じゃ、残っている人もいるんだね」
「これから行くところにも住み続けている人達がいるんだ」とレオン
「そうなんだ。じゃ久しぶりに会う人達がいるんだね」
ホーパスがそう言った途端、今まで歩いていたエドヴァルドの足が止まった。



エドヴァルドが後ろを振り返ったかと思うと、大声で叫んだ。
「砂嵐だ!先の方で砂嵐が起こっている!みんな止まるんだ!」



エドヴァルドの声を聞いた周りの馬の動きが止まった。
アルマス達も移動を止め、エドヴァルドはずっと前を見続けている。
アルマスも前を見ると、かなり遠くではあるが地面の砂が空高くまで舞い上がっているのが見える。



「あの砂嵐、こっちまで来るの?」
ホーパスが不安そうな表情で砂嵐を見ている。
「分からない」エドヴァルドは砂嵐をじっと見つめている「ただ風はあまり強くはないようだ。しばらく様子を見よう」
「風が弱いのなら、すぐ消えるかもしれないね」とレオン
「とりあえずしばらくはここで待機だ・・・・・母さん達の様子を見てくる」
エドヴァルドはレオンにそう言うと、馬から離れ荷台へと向かって行った。



それから数時間後。
あれから砂嵐はすぐに治まり、エドヴァルド達は目的地に向けて再び歩き出していた。
「あ、白い建物というか、テントみたいなのが見えてきた!」
アルマスとレオンの真上でホーパスが先に見えている建物を見つけて言った。
「もうそろそろ着くぞ。もう少しだ」
エドヴァルドも同じ建物を見ながら、後ろにいるレオン達に声をかける。
「よかったね、あれから何も起きなくて・・・・砂嵐を見た時はどうしようかと思ったよ」
ホーパスが下にいるアルマスを見ると、アルマスもホーパスを見ながら
「うん。何も起こらなくてよかった」
するとアルマスの遥か右端で、馬が嘶くような小さな声が聞こえてきた。
アルマスが右端を見ると、遠くで荷台を引いている馬が走って行く姿が見える。
レオンも右端を見ながら
「いい場所を探そうと馬を急がせているんだ。そんなに急がなくてもいいと思うけど」
「せっかちな人はどこにでもいるんだね」とホーパス
「父さん、テントを建てる場所は決めてるの?」
「ああ。いつもと同じ場所だ。たまには違うところにしたいが・・・そうすると他の人達が困るからな」
エドヴァルドは前を向いたまま、ゆっくりと歩き続けた。



アルマス達がテントを建てる場所を見つけると、エドヴァルドとレオンは荷台からテントを持って来ようとした。
エドヴァルドが荷台へ行こうとすると、後ろから声が聞こえてきた。
「エドヴァルド!」
エドヴァルドがその声に反応し、後ろを振り返ると見覚えのある顔に思わず表情が緩んだ。
「マテウス!」
「やっぱりエドヴァルドか!久しぶりだな」
マテウスも笑顔でエドヴァルドに近寄ると、エドヴァルドと熱い抱擁を交わした。



エドヴァルドはマテウスから離れると笑顔で聞いた。
「元気だったか?マテウス」
「ああ、ぼちぼちと言ったところだ・・・・・」
マテウスが途中まで言った途端、さらに後ろから数人の声が聞こえてきた。
「エドヴァルド!おい、エドヴァルドが来たぞ!」
「本当だ!エドヴァルドが来たぞ!」
「ようやく来たか。待ってたぞ」
そして2人の周りにはたちまち多くの人達が集まってきた。
マテウスは辺りを見ながら
「相変わらず人気だな。向こうでも大変だっただろう?何か手伝おうか」
エドヴァルドは周りの人達と握手を交わしながら
「手が空いているようだったら、テントを建てるのを手伝ってくれないか?」
「ああ。手伝うよ。テントは荷台にあるんだな?持ってくるよ」
「すまない」
マテウスがその場から行ってしまうと、エドヴァルドは周りの人達にこう言った。
「これからテントをここに建てる。手が空いていたら一緒に手伝ってくれないか?人手が欲しい」



しばらくしてテントが出来上がると、エドヴァルドは手伝ってくれた人達に礼を言ってまわった。
人々が次々とテントからいなくなると、マテウスが最後まで残っていた。
「マテウス、ありがとう。最後まで手伝ってくれて」
エドヴァルドがマテウスに礼を言うと、マテウスは辺りを見回しながら
「いいや、ちょっと手を貸しただけだ。そういえばお前の家族は?もう中に入ったのか?」
「たぶん荷台にある荷物を取りに行ってるんだろう。誰かに用があるのか?」
「ちょっと家に挨拶に来れないか?家族にもエドヴァルドが来たことを知らせないと」
「ああ、いいよ・・・・・とりあえずオレだけでいいかな」
するとそこに大きな布を抱えたレオンとアルマスがやってきた。



マテウスはレオンを見るなり声をかけた。
「レオン!レオンじゃないか」
「あ、おじさん」レオンはマテウスに気付くと立ち止まった「こんにちは」
「これからエドヴァルドが家に挨拶に行く、レオンも一緒に来るんだ」
「え?僕も一緒に?」
レオンが戸惑っていると、マテウスはレオンの側にいるアルマスが気になるのか、アルマスを見ている。
「レオンの隣にいるのは・・・・?見慣れない子供だが」
「レオンと一緒にいるのはアルマスだ」
エドヴァルドはアルマスに近寄り、側に来ると再びマテウスを見た。
「アルマスは旅をしていて、レオンとヴァッテンで会ったんだ。人が足りないから今回一緒に来てもらった」
「そうか」マテウスはアルマスを見ると次にこう言った。
「ならレオンと一緒に来るといい。家族を紹介しておこう」



マテウスに連れられて、エドヴァルド達はマテウスのテントの前までやってきた。
少し先にテントの入口前に1人の女の子の姿が見える。
アルマスやレオンと同じくらいの歳なのか、同じくらいの背丈だ。
白くて裾が下に広がっているワンピースのような服を着ている。
「お帰り、お父さん」
「ああ、ただいま」マテウスが女の子に声をかけると続けてこう言った「エドヴァルド達が来たぞ、レオンも一緒だ」
「こんにちは、レオン」
女の子がレオンを見ると、レオンも女の子を見て挨拶を交わした。
そして隣にいるアルマスを見ながら
「紹介するよ。隣にいるのはアルマス」とアルマスを紹介した。
アルマスは女の子の顔を見た途端、思わず目を見開いた。



え・・・・・・!



女の子の顔は、学校で同じクラスのレベッカにそっくりだったのだ。
アルマスはレベッカだと思ったが、すぐにそれを否定した。



いや、こんなところにレベッカがいるなんてありえない。
でも眼鏡を取った時のレベッカにそっくりだ。



「どうしたの?アルマス」
戸惑っているアルマスにレオンが聞くと、アルマスははっと気がついた。
「い、いや・・・・何でもないよ。ちょっとぼーとしてて」
「そうか、ここまでずっと歩いてきたから疲れてるんだね」
「アルマスです」アルマスは女の子に名前を告げるとこう聞いた「ところで君の名前は・・・・・」
すると女の子はアルマスを見て微笑みながら
「私はアンネよ。よろしくね」



よかった。レベッカじゃなかった・・・・・・。
でも本当にレベッカにそっくりだ。



アルマスがほっと胸を撫でおろしていると、マテウスがレオン達に声をかけた。
「エドヴァルドはもう中に入ったぞ。一緒に中に入ろう」
「あ、はい」
レオンが答えると、アルマスはレオンと一緒にテントの中へと入るのだった。



テントの中に入り、エドヴァルド達はアンネの母親とマテウスの弟と挨拶を交わした。
エドヴァルドはマテウスの弟と握手をした後、マテウスの顔を見た。
「まさかアランまで来ているとは思わなかったよ。しばらく会っていなかったから」
「ああ、しばらくヴィンドから離れていたから」マテウスはエドヴァルドにそう答えると、弟のアランを見た。
そして再びエドヴァルドを見ると、改まってこう言った。
「ところでエドヴァルド、話があるんだ。話を聞いてくれないか」
「何だ?いきなり改まって・・・・何か問題でもあるのか?」
「そういう事だ。今ここでは重大な問題が起こっている。エドヴァルドの意見を聞きたい」
「分かった」エドヴァルドはレオンの方を向くと、レオンにこう言った。
「レオン、大人達で話があるから、アンネと一緒に別の部屋で遊んでいてくれないか」
「いや、その必要はない」レオンが答えようとするとマテウスが割り込んできた「部屋を用意してある。我々が部屋に行こう」
エドヴァルドは一瞬動きが止まったが、すぐマテウスの方を向いた。
「分かった・・・・・レオン達はここにいていいんだな?」
「ああ。レオン達はここでお菓子でも食べながら待っていてくれ。行こうか」
エドヴァルドがうなづくと、マテウスとアランと一緒にその場から離れて行ってしまった。



子供たちと母親が残されると、母親がアンネを呼んだ。
「アンネ、レオン達にお茶とお菓子の準備をしましょう」
「はい」アンネは母親に答えるとレオンの方を向いた「お茶の準備をするから待ってて」
「うん、分かった」
レオンがうなづくと、アンネは母親がいる台所へと去って行った。



やっぱりレベッカにそっくりだ。よく似てるな・・・・・。



アルマスがアンネの後ろ姿を見送っていると、ホーパスが近づいてきた。
アルマスがホーパスの気配に気がつかないでいると、ホーパスがこんな事を言った。
「アルマス、さっきはどうしたの?」
「・・・・え?」
アルマスはアンネの事が気になるのか、しばらくしてようやくホーパスに気がついた。
ホーパスはアルマスの目の前に移動すると
「え?じゃないよ。さっきあの女の子を見て驚いてたじゃない。顔を見たまましばらく固まってたし」
「やっぱりホーパスもそう思う?」そこにレオンが割り込んできた「アンネを見た途端、動揺してたように見えたんだけど」
「アルマス、アンネさんの事知ってるんじゃないの?どこかで会った事があるの?」
「いや、会ってないよ」アルマスはすぐに否定した「ただ・・・・そっくりだったんだ」
「そっくり?アンネとそっくりな女の子がいるの?」とレオン
「うん。学校に行ってた頃、同じクラスの女の子にそっくりなんだ・・・・・レベッカに」



それを聞いたホーパスは思わずレオンと顔を見合わせた。
「レベッカって?学校のクラスにいたの?」
ホーパスがさらにアルマスに聞くと、アルマスは戸惑った様子を見せた。
「え・・・・?ホーパスってレベッカに会った事なかった?」
「アルマスをいじめてた連中は会ったけど、女の子はないよ」
「え、アルマス・・・・・学校でいじめられてたの?」
それを聞いたレオンがアルマスに聞くと、ホーパスはうなづきながら
「うん。僕にもひどい事をしたんだ。あいつら絶対に許せないよ」
「そんな事があったんだ・・・・・」
レオンはアルマスを見ると次にこんなことを言った。
「それでアルマスはレベッカの事が好きなの?」



それを聞いたアルマスは思わず首を振った。
「いいや、好きとかじゃなくて・・・・ただ顔がレベッカに似てたからびっくりしただけだよ」
「そうなんだ。でも・・・・すぐ名前が出て来るってことは気になってるんじゃないの?」とレオン
「気になってなんかないよ。ただいつも仲良くしてもらってたから名前を覚えてただけで」
「そうなんだ・・・・・」
「それはいいけど、エドヴァルドさんとマテウスさんって・・・・?」
アルマスが話を変えると、レオンは何か言いたそうな表情で
「マテウスおじさんは昔から父さんと親友なんだ。とても仲が良くて、普段から色々とお世話になってるんだ」
「そうなんだ。アンネさんとは?」
「アンネとは許嫁になってるんだ。親同士で勝手に決めたことだけど」
「え?許嫁?」
アルマスが何を言っているのか分からず聞き返していると、ホーパスも分からないのか
「許嫁って?何か美味しい食べ物?」
「違うよ」レオンは思わず笑いながら続けてこう言った「許嫁っていうのは、大人になった時に結婚することを約束してるって事」
「え、じゃ・・・・大人になったらアンネさんと結婚するって事?」
「そうだよ」
「レオンはアンネさんの事は好きなの?」とアルマス
「さあ、まだそこまでは分からない・・・・・親が勝手に決めたことだけど、僕がアンネの事を好きなのかどうかまでは」
「でも、アンネさんの事は嫌いじゃないでしょ?」とホーパス
「うん、嫌いじゃないけど・・・・・遠い未来の事なんて分からないよ」
レオンがそう言った途端、台所からアンネと母親が出てきた。
両手には飲み物が入ったコップにお菓子が入った皿がある。



「さあ、おやつの時間よ。遠慮しないで食べてね」
アンネの母親がテーブルの上に皿とコップを置くと、アンネがレオンの向かいに座った。



別室ではエドヴァルド達3人が話をしていた。
エドヴァルドは向かいにいるマテウスを見ながら聞いた。
「それで、重大な問題というのは何だ?」
マテウスはアランと一瞬顔を見合わせると、2,3度咳払いをして話し出した。
「・・・・去年、エドヴァルド達がここを去ってからしばらくして2人の男がこの村に来た。
 見慣れない者だったとすぐ分かったからどこから来たのか、どうしてここに来たのか聞いたんだ。
 そうしたら村の奥の水源のさらに向こう側から来た。食料が尽きたから何か恵んでくれないかと言ってきたんだ」
「それで、その男達をしばらくこの村に泊めたのか?」
「ああ」マテウスはうなづいた「最初は2,3日のはずだったが、体調が悪いだの、ケガしているからもう少し滞在したいと言ってきた・・・
それなら仕方がないと気を許しているうちに、いつの間にかこの村に居座るようになってしまったんだ」
「何だって・・・・・」
「まだ居座るだけならいいとして、だんだん様子が変わってきた。男達を水源の近くの空き家に滞在させていたんだが・・・・・
 いつの間にか周辺の住民を味方につけて、この水源は自分達のものだと主張してきたんだ」
「それだけじゃない」そこにアランが割り込んで来た「その水源で育てた野菜や穀物までも、自分達のものだと言ってきたんだ」
「それによってこっちまで食べ物が回らなくなってきている。この村の住民のための水源と食料なのに」
「何だって・・・・・男達だけじゃなくて、周辺住民もそんな事を言っているのか?一体どういう・・・・・」
エドヴァルドが戸惑っていると、さらにアランが
「私もここには久しぶりに戻ってきて驚いている。昔はみんなで水や食べ物を分けて共有していたのに、いつの間にこんな事になっているとは」
「それで今はどうやって食べ物や水を調達してるんだ?」
「水はもうひとつ水源があるから、そこから取ってきているが・・・・食べ物は今あるものをみんなで共有している状態だ」とマテウス
「それがなくなったら大変な事になるな。今どのくらいあるんだ?」
「当分はあるが、早めになんとかしないとまずいかもしれない」



エドヴァルドは口を閉ざし、しばらく考えていたが何かを思ったのか再び口を開いた。
「マテウスはその男と話をしたのか?この問題について」
「もちろん話をしに行った」とマテウス「この村の水と食べ物は住民達のものだ。それは守って欲しいと話をしたが、聞き入れてもらえなかった」
「・・・・・・」
「その後も何度も話をしようとしたが、それ以降向こうは我々を無視している。話が合わないと勝手に向こうが対立していると思い込んでるらしい」
「それで今日まで来ているということか・・・・・・」
「あの男、この村を乗っ取るつもりだ。早くなんとかしないと食料が尽きてしまう。その前になんとかして欲しい」
「話は分かった。その男がいるところに連れて行ってくれ。私がその男と話をしてみよう」



エドヴァルドが席を立とうとするとマテウスが止めた。
「待ってくれ。もうひとつ話がある」
「何だ・・・・まだ何か問題があるのか?」
エドヴァルドが椅子を座りなおすとマテウスは申し訳なさそうに
「ああ、すまないがもうひとつ問題があるんだ。エドヴァルドも薄々感じているとは思うが・・・・・・」
「薄々感じてる事?」
「ここ数年、この村の気温が急激に上がっている。この村だけじゃなく、エドヴァルドがいたところでもそうだと思うが
 気候変動で年々気温が上がっていて、乾燥もひどい」
「ああ、その事か。向こうでももう砂嵐が発生している。ここに来る途中でも小規模だったが砂嵐に遭った」
「何だって?大丈夫だったのか?」
「ああ、直撃じゃなかったから大丈夫だ。それで・・・・・・?」
「その影響なのかどうかは分からないが、蠍の数が多くなってきているようだ。村でも住民が刺されて亡くなっている人が多くなっている」
「蠍か・・・・・」エドヴァルドからため息が漏れた「しかし、蠍は昔から村に出ているだろう?みんな気をつけているはずだ」
「確かに、前から気をつけてはいるが・・・・・今回はそれどころじゃない」
マテウスの表情が暗くなるとエドヴァルドは気になったのかマテウスの顔を覗き込んだ。
「何かあったのか?」
するとアランがマテウスの代わりに答えた。
「直接には見ていないが・・・・・どうやら大きな蠍がいるらしいんだ。見た住民が数人いる」



「大きな蠍だって?どのくらいの大きさなんだ?」
エドヴァルドがマテウスに聞くと、マテウスは思い出しながら
「それが・・・・・自分は実際に見ていないから、あくまでも聞いた話だ。とても人1人では対応できないくらいの大きさだそうだ」
「1人では対応できない?だとしたら大人数だと対応できそうなのか?」
「私が聞いた話だと、動きが素早くて尻尾の毒針やハサミで攻撃されたら、一撃で即死だと・・・・」とアラン
「それは普通の大きさでもそうだろう。どちらにしても住民それぞれが気をつけていくしかない。蠍に出くわしたら逃げるしかない」
「でも、普通の大きさなら大人達なら退治はできる。それができないとなると・・・・・」とマテウス
「とにかく気をつけていくしかない。それに解毒剤や蠍の毒から守るプロテクタもあるだろう?今できる事はそれしかない」
エドヴァルドはそう言うと席を立った。
マテウスが何か言いたそうな表情をしていると、エドヴァルドはこう言った。
「まずはさっきの男に会うのが先だ。近いうちにその男のところに連れて行ってくれ。話をする」
「あ、ああ・・・・分かった」
マテウスが仕方がなさそうにうなづくと、エドヴァルドは部屋を出て行った。



「・・・なるほど、そんな事になっているのか」
数時間後、夕食の席でエドヴァルドの話を聞いたマーヤがつぶやいた。
「家ではまだ出てきていないようだが、もし蠍が出てきたらすぐ逃げるんだ。解毒剤は今のところはあるが・・・・」とエドヴァルド
「それにしても蠍の数がそんなに急に増えているのか?前回ここにいた時はそんなに見ていなかったはずじゃが」
「マテウスの話ではここ数年の気候変動で気温が上がっている。それで増えているんだろうと言っていた」
「そうであれば、今までいたあの場所にも出てきてもおかしくなさそうじゃが・・・・・」
「そう言われれば・・・・・」
「何か別の問題があるんじゃないか?」
「それは・・・・これから調べていけばいいだろう」
エドヴァルドは大きな蠍の話をしなかった。
大きな蠍をまだ見ていない事から、大した問題ではないだろうと思っていたからだった。



話が途切れるとレオンがエドヴァルドに言った。
「それなら解毒剤やプロテクタを持ってこないと」
「ああ、そういえばプロテクタはまだあるのか?」
エドヴァルドは隣にいる母親に聞くと、母親はエドヴァルドの方を向いて
「確か、まだあるはずだけど・・・・後で確認しておくわ」
「プロテクタって?」とアルマス
「足首に巻いてつける布みたいなものだよ。裏側に薄い鉄の板を縫い付けているんだ。足首は蠍に狙われやすいからね」とレオン
「鉄の板・・・・重くないの?」
「薄いからそんなに重くはないと思うよ。つけた時はちょっと重く感じるかもしれないけど」
「明日の朝、レオンにプロテクタのつけ方を教えてもらってくれ。プロテクタはこの後確認して部屋に持って行くから」とエドヴァルド
「ありがとうございます」
アルマスがエドヴァルドに頭を下げると、レオンが話を変えた。
「そういえば、ルイースの姿が見えなかったけど・・・・今回はこっちに来ないの?」



一瞬周りが静かになったが、マーヤが静かに口を開いた。
「ルイースは今回はこっちには来ない。今回はあの建物に残ることになった」
「え・・・・・1人であの家に残ってるの?大丈夫なの?」
それを聞いたホーパスがマーヤのところに来ると、マーヤはホーパスを見ながらうなづいた。
「大丈夫じゃ。ルイースの家族も向こうに残っている。当分の間あの建物に一緒に住むことになっているんじゃ」



一方、クリーム色の建物からルイースが出てきた。
右手には灯りの点いたランプを持っている。
外はすっかり夜になり、夜空には星がぽつぽつと散らばっている。
ルイースが歩き始めると、後ろから弱い風がルイースの体を撫でるように吹いてきた。



しばらく歩いて行くと、石の塔が見えてきた。
石の塔の上からは祈祷をしていたのか白い煙が出ている。
ルイースは石の塔の前まで来ると、ゆっくりと上へと昇り始めた。
石の塔の途中まで上がり、一番上の部分が見えるところで止まると、ルイースはランプを上にかざした。
一番上の部分がランプの灯りで照らされると、ルイースはそのまま一番上を覗き込んだ。



ルイースは上を見た途端、大きく目を見開いた。
「・・・・・・!?」
ルイースは声にならない声を上げ、驚きのあまり思わず持っていたランプを下に落とした。
ルイースの顔はすっかり青ざめ、体が小刻みに震えている。
そして両手で口を押えながらゆっくりと石の塔を降りると、落ちているランプを拾い慌てて建物へと走り出して行った。