消えゆくもの
エドヴァルドは老人の家に戻ると、玄関のドアを開けた。
家の中を見ると、廊下で医者が蠍に襲われた男を診ているところだった。
「おい、その男の容態はどうだ?」
エドヴァルドが聞くと、医者はエドヴァルドの方を見上げた。
「ああ、戻ってきたのか・・・・・このままだと厳しいかもしれない」
「ということは・・・・まだ生きているのか?」
「わずかながら息をしている。しかし傷口が見たところ深そうじゃ。ここでは何もできない。病院まで運んでいる間に
息絶えるかもしれん」
「そうか・・・・・」
エドヴァルドが落ち着かない様子で2人に背を向けようとすると、医者がこう言った。
「ところでさっき、蠍がこの前を通って行ったが・・・・・」
「丘の上にある城が何者かに爆破されたようだ」
エドヴァルドが後ろを振り返り医者にそう言うと、医者は驚いた表情を見せた。
「何じゃと・・・・・」
「もしかしたら城の中に、あの蠍の仲間がいるかもしれない。蠍が丘に行っているかもしれない。
丘にはレオン達がいるんだ。このままだとレオン達が危ない・・・・外にいる馬を貸してもらえないか?」
「何じゃと?それは大変じゃ!」医者はさらに驚きの声をあげた。「でもここに来た時に、この男の馬で来たじゃろう?
私の馬よりも男の馬を借りた方がいいんじゃないか?」
「そうか。それもそうだな」エドヴァルドは医者の前で倒れている男に近づいた。
そして顔色が悪く、苦しそうな男の顔を見ながら言った。
「悪いが、丘へと急いで行かねばならない。馬を借りるぞ」
エドヴァルドは家から外に出ると、急いで馬に乗り、丘へと向かって行くのだった。
一方、城では爆発によって城の入口がすっかり破壊されていた。
大小の岩が崩れ、入口はすっかり入れなくなってしまっている。
入口の廊下を挟んですぐの部屋の入口まで、爆発によってすっかり壁が崩れてしまった。
その部屋の奥では、アルマスが床に倒れていた。
突然の爆発によって、爆風に吹き飛ばされたのだ。
「・・・・・・・・!?」
アルマスが気がついて目を開けると、辺りは真っ暗だった。
ここは一体どこなんだろう・・・・・・。
確か、城の中に入ってすぐの部屋にいたはず。
それからいきなり後ろから音が聞こえて・・・・・・。
アルマスは状況が分からないまま、ゆっくりと立ち上がった。
辺りをゆっくり見回すが、真っ暗で何も見えない。
「レオン!ホーパス!どこにいるの?」
アルマスが辺りを見回しながら大声を上げた。
しばらくして、前の方からホーパスの声が聞こえてきた。
「アルマス!」
「その声はホーパス!どこにいるの?」
「アルマスの前にいるよ。よかった、無事で」
ホーパスがアルマスの姿を見てほっとしていると、アルマスは暗くてホーパスが見えないのか辺りを見回している。
「え?前って・・・・・どこにいるの?」
「暗くて見えないんだね。待って・・・・何か火をつけるものがあればいいけど。持ってくるよ」
ホーパスは灯りになりそうなものを探そうとその場を離れた。
「レオン!どこにいるの?」
アルマスがその場から歩き出しレオンを探していると、右足が何かに当たった。
アルマスは何かあると床を見ると、そこに倒れているレオンの姿があった。
「レオン!起きて。レオン!」
アルマスはレオンの体を両手で軽く揺らすと、しばらくしてレオンの声が小さく聞こえてきた。
「・・・・・ここは?」
「レオン!よかった。気がついたんだね」
レオンの声が聞こえるとアルマスはほっとしたようにレオンに声をかけた。
レオンはアルマスを見て
「その声は・・・・アルマス?」
「そうだよ。アルマスだよ。よかった無事で」
「一体、どうしてこんな事に・・・・・」
「僕にも分からないよ。何が起こったのか。それに暗くて何も見えないんだ」
「ランプを持ってきたよ!」
2人の会話に割り込むようにホーパスがやってきた「アルマス、ランプに火をつけて。そうすれば明るくなるよ」
アルマスは暗くて何も見えない中、なんとかホーパスからランプを受け取った。
そして火をつけ、ランプに再び灯りが灯ると、部屋が明るくなった。
ランプを部屋の入口側に向けると、3人は驚いた。
入口は爆発ですっかり壁が崩れ、大小の岩で城の入口が塞がれていたのだ。
「一体、何が起こったんだろう・・・・・・城の入口がなくなってる」とアルマス
「誰かが爆弾か何かを爆発させたんだ。でも誰がこんな事を・・・・・」
レオンが入口を見ていると、後ろでホーパスが悲鳴のような声を上げた。
2人が後ろを振り返ると、その有様に思わず顔が真っ青になった。
後ろの壁には無数の小さな蠍のようなものがびっしりとひしめき合うように潜んでいたのである。
「蠍が・・・・・蠍がこんなに大勢でいるなんて」
ホーパスが蠍の数に戸惑っていると、レオンは蠍を見ながら
「こんなに数が多いんじゃ、逃げても逃げきれない・・・・倒すしかなさそうだ」
「なら、アルマスの火で攻撃すればすぐ倒せるかもしれないね」
「いや、ダメだ」レオンはすぐに否定した「ここで今火を使ったら、さっきの爆発がまた起こるかもしれない」
「え、でもさっきアルマスがランプに火をつけても何も起こらなかったよ」
「それは小さい火だったからかもしれない。でも火を使えないとするとどうすれば・・・・・」とアルマス
するとレオンは崩れている入口を見た後、再び前を向いて
「とにかくここは風を起こしてやり過ごすしかなさそうだ」と両手を前に出した。
レオンの両手からたちまち強い風が放たれた。
壁側にいる無数の蠍は風に巻き込まれると、部屋の右奥へと運ばれていく。
「今のうちにここ出よう。早く!」
レオンが2人に声をかけると、3人は崩れている入口側へと走り出した。
3人が廊下に出ると、城の入口はすっかり崩れた岩で塞がれている。
レオンは左右を見ると、右側も岩で塞がれているが、左側は廊下が通れる状態だった。
その廊下は先の方まで伸びているように見える。
「左側へ行こう」
レオンが2人に声をかけると、ホーパスが聞いた。
「左側からでも奥の部屋に行けるの?」
「確か途中に奥の部屋に行ける廊下があるはず。早く行こう!」
レオンが走り出すと、あとの2人もレオンを追うように走り出すのだった。
「あの子供、生きていたのか」
城の外では、ドグラスとエドガーが崩れた岩の隙間からレオン達の姿を見ていた。
ドグラスが走り去って行くアルマスの後ろ姿を見ていると、その隣でエドガーが聞いた。
「どうする?追いかけるのか?」
「いいや」ドグラスはエドガーを見るとすぐ首を振った「わざわざ危険な城に入る必要はない」
「じゃ、どうするんだ?このまま放っておくのか?」
「城には至るところに蠍がいる。別の部屋に逃げたとしても、蠍に刺されて死ぬだろう」
「でも、それなら・・・・わざわざ爆弾を仕掛ける必要はなかったんじゃないか?」
「最初はそう思ったが、確実にあの子供を殺すには爆弾を使うしかない」
ドグラスは城から少し離れると、着いてきたエドガーに続けてこう言った。
「爆弾を使うタイミングが悪かった。もう少し早く爆発させていたら確実に殺せたかもしれない」
「そんな事言われたって、子供がどこにいるか分からないからしょうがないだろう?」
ドグラスの言葉にエドガーが不満そうに文句をつけた。
そして続けて
「でも、どうしてエドヴァルドだけじゃなく、その子供にまで手を掛けるんだ?」
「子供だけ残しても逆に可哀そうだろう。一緒にいなくなった方がいいんだ。それに大人になってから憎まれたら
それこそやっかいだからな」
ドグラスはそういった後、何かを探しているのか辺りを見回している。
エドガーはそれを見て
「爆弾ならさっき全部使った。もう残ってないぞ」
「そうか」ドグラスは再びエドガーを見た「まあいい。どっちにしても蠍に刺されて死ぬだろう。あとはエドヴァルドが
ここに来るのか来ないのか・・・・ここで待つしかない」
一方、マテウスの家では相変わらずマテウス達が家の前で迎えが来るのを待っていた。
「一体いつまで待たせるんだ?全く来る気配がないじゃないか」
しびれを切らしたマテウスがイライラしていると、隣で妻がマテウスをなだめるように
「きっと修道院に行く人が多いのよ。1軒ずつ行っているから時間がかかっているかもしれないわ」
「それにしてももう夜だぞ。時間がかかり過ぎる・・・・もしかして迎えの馬車1台しかいないのか?」
「分からないわ」
妻は首を振りながら辺りを見回した。
辺りには建物以外、何も見えない。
妻は再びマテウスを見るとこう提案した。
「それなら来るまで家の中で待ちましょう」
「中で待つのはいいが・・・・・外で待ってなくて大丈夫なのか?迎えに来て誰もいないと・・・・・」
「それは大丈夫よ。修道院に行くって伝えてあるから。迎えに来たらドアを叩いて呼びに来るわ」
「馬車が近くにいるかどうか見てくるよ」
一緒に待っていたアランがマテウスに言うと、マテウスは軽くうなづいた。
「あ、ああ・・・・・頼んだぞアラン」
アランがその場を後にしてしまうと、妻は少し離れたところで待っているアンネに声をかけた。
「アンネ。疲れたでしょう。迎えが来るまで中で待ちましょう」
アンネが妻の方を見ると、妻とマテウスがドアを開け家の中へと入っていくのが見えた。
エドヴァルドが馬を走らせ、マテウスの家の近くまで来た。
マテウスの家を見ると、そこからアランが出てきたのが見えた。
エドヴァルドはアランに声をかけようかと思ったが、思いとどまった。
今は城に行くのが先決だ。
エドヴァルドはこのまま通り過ぎようとすると、アランが気がついたのかエドヴァルドの名前を呼んだ。
「エドヴァルド!」
エドヴァルドが乗っている馬はアランの目の前を通り過ぎた。
「エドヴァルド!待って!エドヴァルド!」
アランの声にエドヴァルドが後ろを振り返ると、アランが走って追いかけてきている。
「アラン・・・・・!」
アランの必死の呼びかけに、エドヴァルドは仕方なく馬を止めた。
馬が止まり、エドヴァルドが馬から降りると、すぐにアランが走ってきて止まった。
エドヴァルドは息を荒くしながら体をかがめているアランに
「どうしたんだ?アラン・・・・・悪いが急いでるんだ。ゆっくりしている時間がない」
「エドヴァルド・・・・・一体、どうして・・・・?城に行っているんじゃ・・・・・」
アランが息を切らしながらとぎれとぎれに聞くと、エドヴァルドはアランを見ながら
「急いで城に戻らなくてはならないんだ。城で爆発があった。レオン達が危ない」
「なんだって・・・・・!」
「ところで、この辺りで大きな蠍を見なかったか?」
「いや・・・・見ていない。大きな蠍って・・・・・?」
アランが大きな蠍と聞いて戸惑っていると、エドヴァルドは辺りを見回した。
辺りは建物以外、何も見当たらない。
見ていないとなると、蠍はここを通っていないか、まだ来ていないのか・・・・・。
いや、ここに来るまで蠍を見かけていない。
一体、蠍はどこを行っているのか・・・・・。
エドヴァルドが黙っているとアランが声をかけた。
「兄さんを呼んでこようか?あ、いや・・・・・・ダメだ」
「マテウスか?マテウスがどうかしたのか?」
「実は今日になって、急に修道院に行くことになったんだ。まだ迎えが来ていない」
「そういう事か・・・・・・ならマテウスを呼ばなくていい。黙っておいてくれ」
「エドヴァルド・・・・・どうして」
「この事をマテウスが知ったら、一緒に行くと言い出すに違いない。そうなったら奥さんやアンネに申し訳が立たなくなる。
だから黙っておいてくれ」
「エドヴァルド・・・・・・」
「もう行かなくては。アラン、マテウスには黙っておいてくれ」
エドヴァルドがアランから離れると、再び馬に乗り込んだ。
エドヴァルドが馬を再び走らせると、アランはエドヴァルドを見送りながらこう言った。
「兄さんを見送ったら、私も後から城に行くよ、エドヴァルド!」
アランの声にエドヴァルドは一瞬後ろを振り返るが、何も言わず再び前を向くのだった。
エドヴァルドを乗せた馬の姿がなくなると、アランは後ろを振り返った。
振り返った途端、アランはいるはずのないアンネの姿に驚いた。
「アンネ・・・・・・・」
アンネはすっかり話を聞いていたのか、顔の表情が青ざめている。
アランはアンネに近づき、腰を落とした。
「アンネ、さっきの話を聞いていたのか?」
アランがアンネの顔を見ると、アンネは黙ったままうなづいた。
「・・・・大丈夫。エドヴァルドが城に向かっている。レオン達はきっと大丈夫。助かるよ」
アランがアンネを慰めようと声をかけると、アンネはしばらくしてからこんな事を言った。
「アランおじさん・・・・私、気になる事があるの。あの人達が城を爆発させたんじゃないかって・・・・・」
「え・・・・・?どういうこと?話してごらん」
アンネの言葉にアランが戸惑いながらアンネに聞くと、アンネはアランの耳元で何かを話し始めた。
しばらくしてアンネがアランから離れると、アランは驚いた表情を見せた。
「なんだって・・・・・・!」
一方、城の中ではレオン達が廊下を通り、奥にある部屋の中へと入って行った。
レオンがランプを前に向けながら前へと歩いて行く。
レオンの後ろでホーパスが部屋を見回しながら聞いた。
「ここが一番奥の部屋なの?」
「暗くてよく分からないけど・・・・・・」
レオンがそう言いながらランプを左右に向けている。
そして再び前に向けると、何かを見つけたのかあっという声を上げた。
「・・・・まだ奥に部屋があるみたいだ」
「じゃ、奥の部屋まで行けば、あの満月が見えるのかな?」とホーパス
「たぶん・・・・」
レオンがそう言った後、何かを感じたのか、急に辺りを見回し始めた。
「どうしたの?レオン」
レオンの様子にアルマスが聞くと、レオンは何かを感じ取っているのか、ゆっくりと辺りを見回した。
「何かがいる・・・・・そこだ!」
レオンが右側にランプを向けると、床には数匹の蠍の姿があった。
蠍はゆっくりとした動きでだんだんとレオン達に近づいてきている。
最初の部屋にいた蠍よりもひとまわりほど大きく、いつレオン達に襲い掛かってくるか分からない。
ホーパスは蠍を見つけるとレオンを見た。
「さっきよりも大きいよ!どうするの?レオン」
「とにかく倒すしかない」
レオンは蠍を見ながらゆっくりとランプを床に置いた。
アルマスも蠍を見ながら
「今度は僕もやる。火を起こしても大丈夫かな」
「さっきの爆発は外からだったから、大丈夫だと思う」
レオンとアルマスはお互い顔を見合わせ、うなづくと蠍に向かって攻撃を始めた。
レオンが両手を前に出し、強風を起こすと同時に、アルマスは蠍に向けて火を放った。
蠍は風に大きく煽られ、後ろに移動しながら体が浮き上がると、遠く後ろにある壁まで飛ばされた。
アルマスの攻撃を受けた蠍はたちまち火に包まれると、黒焦げの状態で動かなくなった。
2人の攻撃が止まると、2人の真上でホーパスが辺りを見回しながら言った。
「まだだよ!蠍があちこちからこっちに来てる!」
「何だって・・・・・」とレオン
「本当だ、廊下から蠍が入ってきてる」アルマスがさっき歩いてきた廊下側を見ながら火を向けた「このまま攻撃を続けるしかない」
「こんなにいるなんて思わなかったよ・・・・・」
上からホーパスの弱々しい声が聞こえてくると、アルマスはホーパスを見上げながら
「ホーパス、蠍が怖いの?」
ホーパスは下にいるアルマスを見て
「だって、刺されたら死んじゃうんでしょ?」
「そうだけど、ホーパスは大丈夫だよ。ホーパスは幽霊だから」
「そうか!僕もう死んでるんだった!」
ホーパスは気がつくと、途端に元気になった「じゃいくら刺されても大丈夫なんだ!攻撃してくるよ」
ホーパスが床にいる蠍に向かって移動を始めると、アルマスはレオンを見た。
レオンもアルマスを見ると、2人は再び蠍に向けて攻撃を始めるのだった。
場所は変わって、マテウスの家の前に大きな荷台と馬2頭が止まっている。
荷台には数人の人達が乗っている。
ようやく修道院の迎えが来たのだ。
マテウスと妻が大きなカバンを持って荷台に乗り込むと、その次にアンネが乗り込んだ。
マテウスはアンネが荷台に乗ると、家の前にいるアランを見た。
「アラン、あとは頼んだぞ」
「うん。分かってるよ。兄さん」
アランが答えると、マテウスは辺りを見回しながら
「あと、エドヴァルドがもし家に来たら、修道院に行ったと伝えてくれ」
「分かった」
アランはうなづくと、マテウスの隣にいるアンネを見た。
アンネは不安そうな表情でアランを見つめている。
アランはアンネと目を合わせると、アンネに近寄った。
「・・・・大丈夫?」
アランの言葉にアンネは何も言えずにいると、アランはアンネの頭を優しく撫でながら言った。
「大丈夫だよ。レオン達は戻ってくる・・・・・戻ってきたらアンネは修道院に行ったって話しておくよ」
「そろそろいいですか?出発しますよ」
アランの左横から中年の男性がアランに声をかけると、アランは黙ってうなづいた。
アランが荷台から離れると、しばらくして2頭の馬が動き出した。
マテウス達を乗せた荷台が出発すると、アランはマテウス達に手を振った。
荷台の姿が見えなくなると、アランは城へ行こうと馬がいる場所へと走り出すのだった。
一方、城の前ではドグラス達がエドヴァルドが来るのを待っていた。
ドグラスは辺りを見回しながら少しいらついた様子で同じところをうろついている。
「しかし・・・・エドヴァルドがなかなか来ないな」
エドガーはそんなドグラスを見て
「もしかしたらあの蠍に刺されて死んでるんじゃないか?」
「そうかもしれないが・・・・・そんなにうまくいくものなのか?」
ドグラスがエドガーを見ると、エドガーは不安そうな表情を見せるドグラスの顔を見て
「お前の計画が失敗するはずはないだろう。今までだってうまくいってたじゃないか」
「それはそうだが、うまくいってたのはお前のおかげだ」
ドグラスはエドガーにに近寄ると、続けてこんなことを言った。
「お前がいなければ今夜、エドヴァルドがここに来るとは知らなかった。エドヴァルド達を殺す絶好の機会が得られたんだ」
「礼を言うなら、あのじいさんに言った方がいい。あのじいさんが病院であの蠍の事をしゃべらなかったら、今回の計画を思いつかなかったんだ」
「ああ。それはそうだが、エドガー、お前が村に行くたびにいろんな情報を仕入れてくる。それを聞いたから今回の計画をやろうと思ったんだ。
今夜の事だってエドヴァルドの家で話を聞いてきたからできたことだ」
「でも、驚いたのはこの村に大きな蠍がいた事だ。その蠍をエサで手なずけるとは・・・・大したものだ」
「あの蠍に偶然会った時はもう終わりだと思ったが、その時にあった食べ物を食べるとは思わなかったな。思わぬ味方をつけたものだ」
「エドヴァルドを殺したかもしれないが、今頃どこにいるのやら」
「さあな。いつも通り水源の近くをうろうろしてるんじゃないか?」
ドグラスは再び崩れている岩の間から城の中を見ている。
「今頃、エドヴァルドの子供はこの中で蠍に刺されて死んでいるだろうな」とエドガー
「ああ、あとは来るのか来ないのかはっきりしないエドヴァルドを待つだけだ」
2人が岩の間から城の中を見ていると、後ろから大きな蠍の影がゆっくりと近づいてきた。
ドグラスが隣にいるエドガーを見て話しかけようとした時だった。
「うっ・・・・・・・」
ドグラスの苦しそうな声を聞いたエドガーがドグラスの方を向くと、ドグラスの背中に大きなハサミが刺さっているのが見えた。
「!?」
エドガーがそれを見て驚いた途端、エドガーも同じような声を上げた。
蠍のもうひとつのハサミがエドガーの背中を刺したのだ。
2人がその場に静かに倒れると、蠍は城の崩れている入口を見ている。
しばらくするとゆっくりと右側へと移動を始めるのだった。
一方、城の中ではレオン達が蠍と戦っていた。
レオンは風を起こし、蠍を空中に浮き上がらせる。
アルマスが火を蠍に当て、蠍を黒焦げにして動けなくしていく。
ホーパスは自分も戦いながら、蠍の動きを2人に知らせていた。
「だんだん蠍の数が減ってきたみたいだ」
床に倒れている蠍を見ているレオン
「ホーパス、こっちに来ている蠍はまだいるの?」
アルマスが部屋の入口にいるホーパスに大声で聞いた。
ホーパスは床で近寄ってくる蠍を手足で踏みつけながら
「まだこっちにはいるよ!でも・・・・・あと数匹ぐらいかな?」と辺りを見回している。
「こっちはもう生きている蠍はいないみたいだ」
レオンは辺りを見回しながら、動いている蠍がいないか確認している。
「じゃ、あとはホーパスがいる入口あたりだけだね」とアルマス
「たぶん、そうだと思う」
「ホーパス、そこから離れて!今からそこに向かって火を放つから」
「うん、分かった!そっちに行くよ」
ホーパスはアルマスを見てうなづくと、2人がいる場所へと移動を始めた。
ホーパスが2人のところに来ると、アルマスは火を起こそうとした。
するとレオンがこんな事を言った。
「まだこの辺りにも生きている蠍がいるかもしれない。火を起こす前に風で蠍をひとまとめにしよう」
「え、それって死んでいる蠍もまとめてって事?」とホーパス
「うん。奥の部屋は後ろにある。蠍を入口に集めてまとめてやっつけた方がいいと思うんだ」
「分かった。そうしよう」
アルマスがうなづくと、レオンは風を起こし始めた。
風は床にいる蠍を浮き上がらせると、たちまち入口へと運ばれて行った。
入口の床に蠍が落とされると同時に、今度はアルマスが入口に向かって大きな火を放った。
床にいる蠍は一瞬のうちに黒焦げの姿になり、一匹も動く気配はなかった。
蠍が動かないと分かると、レオンは2人に言った。
「奥の部屋に行こう」
2人はうなづくと、3人は急いで後ろにある奥の部屋へと走り出した。
一方、外ではエドヴァルドが馬で城へと向かっていた。
大きな蠍がいないか辺りを見回すが、それらしき姿は見えない。
もうそろそろ城に着くのに、蠍の姿が見えない。
もしかしたらもう城に着いているのかもしれない。
レオン達に何かある前に城に着かなくては・・・・・・。
エドヴァルドは急ごうと馬をさらに急かしながら、城へと向かっていた。
3人は奥の部屋に入ると、部屋の奥の壊れた窓から大きな赤い満月が姿を見せた。
アルマスが床を見渡すが、蠍の姿は見当たらない。
「この部屋には蠍はいないみたいだね」
ホーパスが2人の上から下の床を見渡している。
「うん」
アルマスは顔を上げてホーパスを見ると、窓の外の満月を見ている。
レオンは床をひと通り見ると、満月を見ているアルマスを見た。
アルマスを見た途端、突然寂しい気持ちに襲われた。
アルマスとはここで別れると思うと、寂しくて悲しくなってしまう。
今までアルマスを見送ろうとここまで来たものの、いざその時が来てしまうと悲しいのだ。
「アルマス、ホーパス」
レオンが2人に声をかけると、2人はレオンの方を向いた。
レオンは胸に込み上げて来る感情を抑えながら言った。
「・・・・・ここでお別れだね」
「・・・・・うん」
アルマスが静かにうなづくと、レオンはアルマスに近づきながら
「今まで楽しかった・・・・ありがとうアルマス」
「レオン・・・・・・」
レオンがアルマスの体を包み込むように抱きしめると、アルマスも両手でレオンの体を抱きしめた。
しばらくして2人が離れると、ホーパスの声が聞こえた。
「あっ!満月の下が消えて行ってる!」
「なんだって・・・・・」
アルマスが後ろを振り返り、外の満月を見ていると、レオンも満月を見ながら
「本当だ。急いだ方がいい。満月が消えないうちに」
「うん」アルマスが再びレオンの方を向いた「じゃ、そろそろ行くよ。レオン」
「2人とも、元気で・・・・・・僕はそろそろ行くよ」
「レオン、城の入口が塞がってるけど、城から出られるの?」とホーパス
「なんとかなるよ。最悪でも屋根から出られればいいから・・・・・じゃ、僕は行くよ」
レオンが2人に背を向けると、ゆっくりと2人から離れ始めた。
そんなレオンの背中をアルマスが見ていると、後ろでホーパスが言った。
「アルマス、早く行かないと、満月がだんだん消えていってるよ」
「・・・・・そうだね」アルマスは後ろを振り返ると、外の満月の下の部分がだんだんと消えて行っている。
「どうしたの?行くなら早くしないと・・・・・・」
「レオンにちゃんとした別れをまだ言ってないと思って、今言うよ」
アルマスがレオンに別れの挨拶をしようと、再び振り返った時だった。
床から大きな音が聞こえたかと思うと、大きな穴が開き、そこから大きな蠍が出てきたのだ。
レオンとアルマスがいる間に突然出てきた蠍は、辺りを見回している。
3人は驚いて戸惑いながら蠍を見ていると、蠍はアルマスを見た途端、アルマスへと向かってきた。
アルマスは蠍を避けようとするが、蠍の動きが速すぎてどこへ動けばいいのか分からない。
アルマスがその場を動けずにいるのを見たレオンは大声を上げた。
「危ない!」
一方、エドヴァルドはひたすら馬を走らせていた。
「・・・・城が見えてきた!もう少しだ!」
遠くに見えてきた城を見ながら、エドヴァルドはさらに馬を急かした。
あともう少しだ、レオン、アルマス・・・・・・無事でいてくれ。
2人の無事を祈りながら、エドヴァルドは城へと向かっていた。
アルマスはもうダメだと目を閉じていた。
蠍が目の前まで迫り、動けずにいたアルマスは覚悟を決めていたのだ。
しかし、蠍に襲われたと思っていたが、今のところ何の痛みも感じていない。
するとホーパスの叫び声が聞こえてきた。
アルマスはゆっくりと目を開けると、目の前の光景に驚いた。
「・・・・・!? レオン!?」
アルマスの目の前には、いないはずのレオンの後ろ姿があったのだ。
レオンの体を見ると、レオンの胸のあたりには大きな蠍のハサミが刺さっている。
レオンはアルマスをかばい、アルマスを守ろうと蠍の前に立ちはだかっていたのだ。
「レオン!レオン!しっかりして!レオン!」
アルマスが大声で何度もレオンの名を呼ぶと、しばらくしてレオンがアルマスの方を向いた。
「ア・・・・ルマス・・・・・・・・」
レオンは苦しそうな表情を浮かべながら、小声で何かを話し始めた。
しかしその声は小さすぎて、アルマスには何と言っているのか分からない。
「何?・・・・・レオン、何を言っているの?何て言っているのかわからないよ」
アルマスは倒れそうなレオンの体を後ろから支えながら、レオンに聞き返している。
「レオン、レオン!しっかりして」
ホーパスもレオンの側で声をかけている。
2人がレオンの名を呼び続けていると、レオンの体から風が吹き始めた。
レオンは最後の力を振り絞りながら、だんだん風が大きく、強くなるとその風を後ろにいるアルマスに向けた。
「レオン!? レオン!」
その風をまともに受けたアルマスはレオンの名を呼びながらたちまち城の外へと飛ばされて行った。
「アルマス!?待ってよ!」
それを見たホーパスもレオンの風に飛ばされながら、続いて城の外へと出て行った。
城の前に着く直前、エドヴァルドは城から風に飛ばされ、赤い満月へと飛ばされていくアルマスを見つけた。
「レオン!レオン!レオ────ン!」
大声で泣きながらレオンの名前を何度も叫ぶアルマス。
アルマスが吸い込まれていくように満月の中へと消えていくと、間もなくしてホーパスも満月の中へと消えて行った。
あれはアルマス・・・・・!
レオンに何かがあったに違いない。
まさか・・・・・・・!?
エドヴァルドは得体の知れない不安に襲われた。
アルマスとホーパスがいなくなった城の奥の部屋。
レオンが1人、床に倒れている。
レオンの側には灯りの消えたランプが落ちている。
大きな蠍は部屋を出たのか見当たらない。
赤い満月の光に照らされたレオンの体からは大量の血が床に流れていた。
エドヴァルドがようやく城に着くと、馬を降り、急いで城の入口へと向かった。
しかし入口は岩が崩れており、入れない。
エドヴァルドが他に入れるところはないかと右側を向いた途端、誰かが倒れているのを見つけた。
右端に行ってみると、そこにはドグラスとエドガーが倒れていた。
2人ともうつぶせに倒れており、背中からは大量の血が地面に流れている。
「これは・・・・・・!」
エドヴァルドは2人の遺体を見ると、思わず辺りを見回した。
あの蠍がここに来ている。
この2人を殺したとすると・・・・・!
「レオン!」
大きな不安に襲われながら、エドヴァルドはレオンの名前を大声で呼んだ。
しかし、レオンからの返事はない。
「レオン、まだ中にいるのか?レオン!」
エドヴァルドは再びレオンの名前を呼ぶが、返事はない。
城の中にレオンがまだいるかもしれない。
しかし、あの蠍もこの城の中にいるかもしれない。
一体どうすれば・・・・・・・!
「レオン!レオン!返事をするんだ、レオ───ン !」
エドヴァルドは城の入口の前を歩きながら、必死に何度も大声でレオンの名前を呼ぶのだった。
城の裏側に出ていた赤い満月は、何もなかったかのように消えていた。
一方、赤い満月に吸い込まれた2人は光の中を移動していた。
辺りは一面白い光に包まれている。
「一体、僕達はどこへ行ってるの?」とホーパス
「分からない」
ホーパスの左横で宙に浮いているアルマスが首を振った。
2人は状況が分からないまま、宙に浮いて前へと移動している。
2人は流れるように移動している光の流れに身を任せていると、突然その光が消えた。
2人は明るいところから、いきなり真っ暗な暗闇の中へと放りだされたのだ。
「え・・・・・・?」
アルマスは驚いて辺りを見回している。
「いきなり真っ暗だ!どうなってるの?」
ホーパスも辺りを見回していると、突然アルマスの体が下へ落下し始めた。
「アルマス!」
ホーパスは落ちて行くアルマスを見た途端、声を上げてアルマスの後を追い始めた。
アルマスは暗闇の中、ものすごいスピードで落下しながらうっすらと考えていた。
今度こそもうダメかもしれない。
レオンが助けてくれたのに・・・・・・。
レオン・・・・・・・。
アルマスが目を閉じ、気を失うと下には多くの木々が生い茂っている。
しばらくしてアルマスの体が森の中へ入ると、木々の葉や枝が次々とアルマスの体を受け入れ、ゆっくりと下へと降ろしていく。
最後に地面に近い枝がアルマスの体をゆっくりと下へ降ろすと、アルマスはうつ伏せの状態でゆっくりと地面へ着地した。
アルマスが着地した場所では、川のせせらぎの音が小さく聞こえていたのだった。