霧と影



アルマスが気がつくと、深い霧の中にいた。



辺りが真っ白だ。何も見えない。



「ホーパス!」
アルマスは辺りを見回しながら、ホーパスがいないかホーパスの名を大声で呼んだ。
しかしホーパスはいないのか、シンとした静かな空気が漂っている。



ホーパス、どこに行っちゃったんだろう。



「ホーパス!いないの?ホーパス!」
アルマスはホーパスを探しながら前へと歩き出した。



ホーパスの姿を探していると、水のせせらぎの音が聞こえてきた。
程なくして川の前に出ると、アルマスは右から左へと流れていく川の流れを見た。



どうしてこんなところに川が・・・・・・・。



アルマスがふと川の向こう側を見ると、霧の中から黒い人影が見えた。
最初は小さな影だったが、こちらに近づいてきているのかだんだんと大きくなっていく。
アルマスが影をじっと見ていると、だんだんと影の周りの霧が薄くなってきた。
しばらくすると霧が晴れ、人影が誰だか分かるとアルマスは思わず声を上げた。
「レオン!」



レオンは川の側まで来ると、向こう側にいるアルマスの姿を見た。
アルマスと目が合うと、アルマスはレオンの目をじっと見つめた。
「レオン・・・・・・・」
アルマスが再びレオンの名を呼ぶが、レオンは何の反応も見せない。
レオンは動かず、そのままアルマスを見続けている。



レオン、どうして・・・・・何も応えてくれないの?



アルマスがどうするか戸惑っているうちに、レオンがゆっくりとアルマスに背を向けた。
そしてゆっくりと川から離れていく。



「レオン、待って!行かないで・・・・・・レオン!」
だんだんと離れていくレオンにアルマスは声を上げるしかなかった。



「レオン!」
アルマスがレオンの名を上げながら起き上がった。
辺りは霧はなく、木々の緑が生い茂っている。
アルマスは周辺の景色が違っていることに気がつくと、ゆっくりと辺りを見回し始めた。



ここは・・・・・・ここは一体どこ?



「アルマス!」
右側を見た途端、ホーパスが声を上げた。
「ホーパス・・・・・・・」
「よかった・・・・・アルマス・・・・気がついて。本当によかった・・・・・!」
ホーパスはアルマスの顔を見た途端、泣きながらアルマスに抱きついてきた。
「ホーパス・・・・・」
抱きつかれたアルマスはホーパスの体を抱きしめながら思った。



ホーパスがいる・・・・・さっきのは夢だったんだ。
でなければレオンが僕から離れるなんて・・・・・・。



しばらくしてホーパスがアルマスから少し離れると、アルマスはホーパスの頭を撫でながら辺りを見回した。
「そういえば・・・・ここはどこなんだろう」
「森の中っていうのは分かるけど」
ホーパスが辺りを見回している。
「それは僕も分かるよ。とりあえず村かどこかに出ないと・・・・・・」
「少し先に行ったところに川があるよ」
「そういえばノドが乾いた。川に行ってみよう」
アルマスが立ち上がると、2人は川に行こうとその場を後にした。



しばらくして川に出ると、アルマスは川の手前で立ち止まった。
その場にしゃがみ、両手を川の中に入れるとゆっくりと川の水をすくい上げた。
そして両手の中にある水を飲むと、一気に水を飲みほした。
「・・・・・・おいしい」
そして再び両手を川の中に入れると、水をすくい上げて水を飲んでいる。
それを見たホーパスも川の側に来ると、舌を出して少しづつ水を飲むのだった。



水を飲み続け、ある程度お腹を満たした2人は川を眺めていた。
川の向こう側は霧に包まれているが、霧が薄くなっているところをよく見ると同じような景色が続いている。
「これからどうするの?」
アルマスが川の向こう側を見ていると、隣でホーパスが話しかけてきた。
「・・・・・・・」
アルマスは黙ったまま、じっと川の向こう側を見つめている。



この景色、さっきの夢と同じだ。
もしかしたらレオンが・・・・・・・。



アルマスは川の向こう側を見ているうちに、さっき見た夢の中のレオンの事を思い出したのだ。



いや、向こうからレオンが出て来るはずがない。
あれは・・・・・さっきのは夢だったんだ。



アルマスは心の中で否定した。



僕はあの村を出ない方がよかったんじゃないか?
あのままあの村にいたらレオンが死ぬなんてことはなかった。
僕のせいだ・・・・・・。



「アルマス、どうしたの?返事してよ、アルマス」
何の反応も見せず黙っているアルマスに、ホーパスが声をかけた。
しかしアルマスはホーパスの方を向かず、黙って川を見つめている。



ホーパスがアルマスを見ていると、背後から誰かが近づいてきている気配を感じた。
後ろを振り返ると、少し離れたところから1人のか細い老人の姿があった。
長い白髪にあごに白髭をたくわえ、骨が見えそうなくらい細い体をしている。



ホーパスは老人を見ると、老人に声をかけた。
「こんにちは、この近くに住んでる人?」
すると今まで近づいてきていた老人の動きが止まった。
ホーパスは黙っている老人を見て
「返事がない・・・・・さっき言ったこと聞こえなかったのかな?」
ホーパスは戸惑いながら、老人と話をしようとその場を離れた。



「おじいさん、この近くの村に住んでる人?」
ホーパスが老人の側まで近づき、再び同じ事を聞いた。
すると老人はホーパスをじっと見つめているが、返事がない。



老人の前まで近づいた途端、ホーパスは異様な雰囲気を感じた。
老人の顔色が悪く、肌はげっそりと痩せこけ、真っ青な顔色だ。
それに老人の体は辺りの木々と比べ、うっすらとしか見えていない。
ホーパスはそれが不気味に感じた。



「お、おじいさん・・・・顔色が悪いみたいだけど、大丈夫?」
ただならぬ不気味な雰囲気に戸惑いながらホーパスが後ろに下がると、その後ろからも同じような気配を感じた。
ホーパスが後ろを振り返ると、老人と同じような雰囲気の人々が数人、ホーパスの近くにいるではないか。
いつの間にかホーパスを取り囲み、だんだんとホーパスに近づいてきている。



だんだん近づいて来る人達に得体の知れない恐怖を感じたホーパスは大声で川に向かってアルマスを呼んだ。
「アルマス・・・・・・アルマス!」
するとアルマスは振り返ってホーパスを見た。
「アルマス!すぐにこっちに来て!気味の悪い人達に囲まれてるんだ!助けて!」
「え・・・・・・?」言われたアルマスは戸惑いを見せた「ホーパスしかいないけど・・・・・?」



「え?誰もいない?見えないの?」
アルマスの言葉にホーパスはさらに戸惑った。
そして前にいる老人を見ながら
「それじゃ、今いるのは僕と同じ幽霊ってこと?」
ホーパスが再び周りにいる人々を見ていると、しばらくして前から低い声が聞こえてきた。
「・・・・・その通りだ」
すると今までホーパスに近づいてきていた人々の動きが止まった。



ホーパスは再び前にいる老人を見た。
老人はホーパスを見ると、赤い目をギロっとさせながら聞いた。
「お前はなぜ生きている人間と一緒にいる?」
「僕はアルマスと一緒にいたいんだ」
ホーパスが答えると、老人はさらに赤い目をぎらつかせながら
「・・・・・ダメだ。お前は我々の世界にいるべきだ。お前を我々の世界に引き戻してやる」
「嫌だ!」
「ならば無理やりにでも引き戻すしかない」
老人がそう言った途端、老人の右腕がホーパスに向かって伸びてきた・・・・・・。



「嫌だ!助けて!」
老人の手がもう少しでホーパスに届きそうになった時、突然目の前が真っ白になった。
2人の間に一筋の光が落ち、その光は目を開けていられないほどの眩しさだった。
ホーパスは目を開けていられず、その場で目を閉じた。
「うっ・・・・・・・ま、眩しい。眩しすぎる・・・・・!」
光を浴びた老人の苦しそうな声が聞こえ、それはホーパスの周りにいた人々も苦しそうな声を上げている。
断末魔のような声が上がり、しばらくして光が消えると、ホーパスはゆっくりと目を開けた。



ホーパスの前にいた老人や周辺にいた人々の姿は消えていた。
「さっきの人達がいない・・・・・・どうなってるの?」
ホーパスが辺りを見回していると、アルマスがホーパスに近寄ってきた。
「一体、何が起こったの?突然光が・・・・・・」
「僕に言われても分からないよ、どうなってるのか・・・・・・」
「危なかったわね」
女性の声に2人が気がつくと、後ろにはいつの間にか時の女神が姿を見せていた。



「時の女神!」
ホーパスが時の女神を見て声を上げると、アルマスも時の女神を見た。
「さっきの幽霊は?どこに行ったの?」
ホーパスが時の女神に近づいて聞くと、時の女神はホーパスを見つめながら答えた。
「さっきの人達はここに棲んでいる霊なの」
「え・・・・・ここに棲んでる?どういうこと?」
「ここはちょうど生きている人と亡くなった霊が交わる場所なの。微妙なところね」
「え・・・・・じゃあれはやっぱり幽霊だったんだ」
「そうよ」時の女神はうなづいた「ここにはいい霊もいるけれど、さっきのは悪い霊ね。あなたを引き込もうとしていた・・・・・
だから聖なる光であの霊達を追い払ったの」
「そうだったんだ・・・・・」
ホーパスが時の女神の話にうなづいていると、時の女神はアルマスの方を向いた。



「アルマス」
時の女神がアルマスに声をかけると、アルマスに近づいて行った。
そしてアルマスの手前まで来ると立ち止まり、アルマスの顔を見た。
「・・・・・元気がなさそうね。ヴィンドでは色々と大変だったようだけど」
「時の女神・・・・・・」それを聞いたアルマスは顔を上げた「レオンは・・・・レオンはどうなったの?」
すると時の女神は首を振った。
「レオンは亡くなったわ・・・・・」
「・・・・・僕のせいだ。僕があの村を出て行かなかったら、こんなことにはならなかった・・・・・」
「自分を責めないで」
うつむくアルマスに時の女神は声をかけた「あなたのせいじゃないわ。レオンが決めてした結果なの」
「レオンを生き返らせることはできないの?」
ホーパスが2人のところに来て時の女神に聞くと、時の女神はホーパスを見て
「それはできないわ。私にはその力はないの」
「そんな・・・・・せめて僕みたいに幽霊としてここに呼び出すとかもできないの?」
「それは無理よ。もうレオンは天へ上がって行ってしまっていると思うわ・・・・・上がってしまってからはもう呼び出すことはできないの」
「そんな・・・・・」
ホーパスがアルマスを見ると、アルマスはホーパスを見て
「もういいよ、ホーパス。ありがとう・・・・・」
「アルマス・・・・・・」
ホーパスがアルマスを見つめていると、アルマスは気持ちを切り替えようと時の女神に聞いた。
「ところでこの近くに村はあるの?」



時の女神は辺りを見回しながら
「確か・・・・・東をまっすぐ行けば村に出ると思うわ」
「東ってどっちなの?」とホーパス
「東は・・・・ここからだと前の方ね。ここをまっすぐ行けば村に着くはずよ」
時の女神が右腕をまっすぐ前に伸ばして方向を示した。
「じゃ、前をこのまま行けばいいんだね」
「村に行くのはいいけど、気をつけて。ここは霊がいるところよ・・・・またさっきのような霊に会ったら同じような目に遭うかもしれないわ」
「え、そんな・・・・・もうあんな怖い目に遭うのは嫌だよ。どうすればいいの?」
ホーパスに聞かれ、時の女神はどうするかしばらく頭を悩ませた結果、仕方がなさそうに言った。
「・・・・ホーパスを一時的に生き返らせるしかないわね」



それを聞いたホーパスは嬉しくなった。
「え、本当?僕生き返れるんだ!やった!!」
ホーパスが嬉しそうに飛び上がっていると、時の女神はそんなホーパスにあきれながら
「勘違いしないで。生き返るわけじゃないわ。この場所にいる間だけ・・・・・生きているように見せるだけよ」
「それはどういうこと?」とアルマス
「さっきも言ったけど、私は一度亡くなった魂を生き返らせることはできないわ。でもそれに近いことはできるの」
「それに近いこと?」
「魂までは戻らないけれど、ホーパスを誰にでも見える形にはできるわ。それなら霊達は寄ってこない」
「・・・・そういうことか」
アルマスが納得してうなづいていると、時の女神は周りではしゃぎながら動き回っているホーパスを見た。
「魂までは戻らないけれど、あなたを誰にでも見えるようにするわ。それなら霊達は寄ってこない。それでいいわね?」
「うん、それでもいいよ!」
ホーパスが答えると、時の女神はホーパスに向かって光を当て始めた。



ホーパスの体が光に当たると、だんだんと体がくっきりと浮かび上がってきた。
しばらくして光が消えると、透明だったホーパスの体がはっきりとアルマスにも見えた。



茶色で短い毛並み、小さくて尖った耳、黒い目に細長い尻尾・・・・・。
それに教会で見た時より、体が少し大きくなってる。



アルマスがホーパスの体を見ていると、ホーパスも自分の両手両足を見ている。
「さっきよりもはっきりと見えるようになってる!」
「これでさっきみたいな怖い目に遭うことはないわ」
時の女神はホーパスにそう言うと、アルマスの方を向いた。
「次はアルマス。あなたの番よ」



「え?僕にも何かあるの?」
アルマスが戸惑っていると、時の女神は大きくうなづいた。
「そうよ。あなたにも用があるの・・・・あなたが今持っている力を封印しに来たのよ」
「え、今持っている力って・・・・・炎の指輪のこと?」
「その通りよ。今いるこの世界はあなたが異世界に来る前の世界と同じような場所なの」
時の女神が辺りを見回しながら言うと、アルマスは右手にある炎の指輪を見た。
「え、同じような世界って?今までとはまた違う世界に来たってこと?」とホーパス
「その通りよ」時の女神は再びアルマスを見た「だから今まで通り、その炎の力を使ったら、大変なことが起こるかもしれない」
「大変なこと・・・・・?」とアルマス
「炎の力はとても強力な力。それをあなたが持っていると知ったら、みんながあなたに目をつけるわ。悪い連中に目をつけられるかもしれない。
 もしかしたら命も狙われるかもしれない」
「・・・・・・・」
「それだけあなたが持っている力は強いものなの。だから封印しに来たのよ」
「そんな。せっかく持った力をないものにするなんて・・・・アルマスの炎の指輪を取り上げてしまうの?」
ホーパスががっかりした様子でアルマスを見ている。
時の女神は首を振りながら
「指輪までは取り上げないわ。力を封印するだけよ。力を使うべき時が来たら、また使えるようになる」
「・・・・分かった」アルマスは戸惑いを隠せないが、仕方がなさそうにうなづいた「また使えるようになるんだったら・・・・」



それを聞いたホーパスは驚いた。
「アルマス、それでいいの?力がなくなっちゃうんだよ」
「仕方がないよ。それに僕が襲われて死んだらホーパスも嫌だろう?それにしばらくしたらまた使えるかもしれない」とアルマス
「それはそうだけど・・・・・・」
「それなら今から封印するわ。光で眩しいと思ったら目を閉じていて」
時の女神の言葉にアルマスがうなづくと、ゆっくりと両目を閉じた。



時の女神は両手から眩しいほどの光を放った。
光はアルマスの体を包み込み、しばらくするとアルマスの右手にはまっている指輪が消えた。
しばらくして再び指輪がアルマスの前に現れると、ゆっくりとアルマスの胸の中へと入っていく。
指輪がアルマスの胸の中に消えると、光がゆっくりと消えていった。



光が消え、アルマスが目を開けると、右手を見た。
指輪がはまっていた指にはくっきりと指輪の跡が残っている。
「・・・・指輪がなくなってる」
アルマスが指輪の跡を見ていると、ホーパスもそれを見て
「本当だ。どこに行っちゃったの?」
「指輪はあなたの体の中に封印したわ。いざという時には使えるようにしてある・・・・指輪の跡はしばらくすれば消えると思うわ」
時の女神はアルマスの右手に指輪がないことを確認すると続いてこう言った。
「なるべく早くここから出た方がいいわ。また悪い霊や人が来るかもしれない」



するとホーパスがこんなことを言った。
「え・・・・でも、もう僕は怖い目に遭うようなことはないんでしょう?」
「少なくともホーパスはその心配はないわ。でも悪い人が寄ってくるかもしれない。ここは死後の世界から近いところにあるの。
 その世界に引き込もうとする人物がいるかもしれないわ」
「え、そんな悪い人がいるの?」
「そうよ、死後の世界と行き来している人物もいる・・・・・もしその人と接触したら死後の世界に引きこまれるかもしれない」
「そんな・・・・・・」
「だから早く村へと移動して・・・・・」
時の女神はそう言った途端、消え去ってしまった。



「消えちゃった・・・・・・」
ホーパスが時の女神がいた場所を見ていると、アルマスはホーパスを見ていた。
今までよりもはっきりと見えるホーパスに、アルマスは違和感を感じていた。



なんだろう。ホーパスがはっきり見えるようになって嬉しいはずなのに・・・・・。
見慣れていないせいなのかな。



するとホーパスがアルマスの方を向いた。
「アルマス、僕の事が見える?」
「うん」アルマスはうなづいた「はっきり見えるよ。ホーパスの茶色の毛並みも、黒い目と耳、尻尾も」
「アルマス!」
ホーパスが嬉しそうにアルマスに抱きつくと、アルマスはホーパスの体が暖かく感じた。
「体が暖かいよ、ホーパス・・・・・・まるで生き返ったみたいだ」
アルマスがホーパスのぬくもりを感じながらホーパスを抱きしめている。
ホーパスもアルマスのぬくもりを感じているのか嬉しそうに
「僕もだよ。アルマスの体ってこんなにあったかいんだ・・・・久しぶりに感じる暖かさだよ」
「ホーパス・・・・・・」
2人はお互いのぬくもりを感じながら、アルマスはホーパスが生きていた頃を思い出すのだった。



2人は村へと向かって歩き始めた。
しばらく歩いて行くと、少し先に1軒の茶色い小屋が見えてきた。
ホーパスが小屋を見ながら
「小屋みたいなのがあるけど、誰か住んでるのかな?」
「どうだろう」アルマスも小屋を見ている「もしかしたら誰かいるかもしれない。誰かいたら村へ行く道も聞きたいな」
「じゃ行ってみよう」
ホーパスがスピードを上げて小屋へ移動を始めた。
アルマスはホーパスの姿を見ながら、そのまま小屋へと歩いて行くのだった。



2人は小屋の入口前まで着くと、アルマスはドアを叩いた。
しかし何度ドアを叩いても、ドアは開かない。
「いないのかな?誰も出てこないよ」とホーパス
「こんにちは、誰かいませんか?」
アルマスがドアを叩きながら声をかけるが、誰もいないのかドアは開かない。
「出かけてるのかな。誰も出てこないよ」
ドアを見つめているホーパス
アルマスはドアノブに右手を掛けて引いてみると、あっさりとドアが開いた。
「開いた・・・・・」
「こんにちは。誰かいないの?」
小屋の中に入って行くホーパス
「ホーパス、勝手に中に入っちゃだめだよ」
アルマスがホーパスに注意をすると、小屋の中からホーパスの声が聞こえてきた。
「・・・・誰もいないよ」



アルマスが小屋の中に入ると、中にはホーパス以外誰もいなかった。
辺りを見回してみると、あるのは大きなスコップや鍬、高く積まれている藁だけだった。
「ここは家じゃない・・・・・・物置小屋だ」
アルマスがここは小屋だと分かると、ホーパスは辺りを見回しながら
「物置小屋?じゃ誰も住んでないの?」
「そうだね。ここにいてもしょうがないから、村に行こうか」
「え、もう出て行くの?少し休もうよ」
「え、休むって・・・・・さっき歩きだしたばかりなのに?」
ホーパスの言葉にアルマスが戸惑っていると、ホーパスは藁の上に乗った。
「うん。歩き始めたばかりだけど、その前にいろいろあり過ぎて・・・・疲れちゃったよ」
「そうか。ならさっきそう言ってくれれば良かったのに」
「それにしばらくここにいれば、もしかしたら誰か来るかもしれないよ」
「でも、時の女神が早く森から出た方がいいって・・・・・」
アルマスは時の女神が言っていた言葉が気になっていたが、ホーパスの言葉に途中で話を止めた。



ホーパスの言う通り、しばらくしたら誰か来るかもしれない。
村の人が来たら、村に案内してくれるかもしれない。



ホーパスは藁の上に寝そべりながら
「じゃ少しだけ休もうよ。休んだら村へ行こう」
「分かった。少しだけ休もう」
アルマスはそう言うと、藁に寄りかかるようにその場に腰を下ろした。



しばらくするとアルマスは目を開けた。
いつの間にか眠ってしまったようだった。
「しまった・・・・・・!」
気が付いたアルマスはその場から立ち上がるが、小屋の中は誰もいない。
辺りを見回すが、スコップや鍬もそのままで移動した形跡もない。



誰も来なかったんだ・・・・。
なら、もうここから出て、村に行った方がいいかもしれない。



「ホーパス、そろそろ行くよ」
アルマスは藁の上で眠っているホーパスに声をかけた。
ホーパスの体を何度かさすると、ホーパスは目を開けた。
「・・・・・ん?いつの間にか寝ちゃってた」
「そろそろここを出よう。誰も来なかったみたい」
「そうなんだ・・・・・じゃ村に行こう」
ホーパスは大きなあくびをすると、藁から離れて移動を始めた。



2人は小屋から外に出ると、木々の間からは青空が見えている。
2人が小屋を離れ、再び村へと歩きだした。



その2人の姿を、小屋の後方の木の陰から見ている人影があった。



しばらく歩いていくと、分かれ道に出くわした。
道は大きく左右に分かれている。
「どっちが村に出る道なんだろう?」
ホーパスは周りに何かないか辺りを見回している。
アルマスも辺りを見回すが、立て看板や道しるべらしきものは何もない。
「何もない・・・・・」
「どうすればいいんだろう。誰かいないかな・・・・・いないか」
ホーパスはもう一度辺りを見回すが、人は誰もいない。
「どっちに行く?アルマス」
「うーん・・・・・右だとさっきの川に出そうな気がするな」とアルマス
「じゃ左に行く?」
「左・・・・・どうなんだろう。先が全く見えないよ」
アルマスが左の道の先を見るが、同じような景色が続いている。



2人がどっちに行くかしばらく悩んでいると、後ろから声が聞こえてきた。
「どうしたの?」
2人は後ろを振り返ると、そこには1人の男の子の姿があった。



アルマスは男の子を見た。
背丈がアルマスと同じくらいで、茶色い短髪で細い体をしている。
「・・・・近くの村に行きたいんだけど、村に行く道はどっちなの?」
「村に行くの?それなら左の道だよ」
アルマスの言葉に男の子はあっさりと答えた。
するとホーパスが男の子に近づいて聞いた。
「君、村に住んでるの?」
「え・・・・・この猫、言葉が喋れるんだ!」
男の子はホーパスが見えるのか、ホーパスの声を聞いて驚いている。
「僕が見えるんだ。君は村に住んでるの?」
「うん」男の子はうなづいた「村に行きたいの?なら一緒に行こうよ」
「え、いいの?どこかに行くつもりじゃなかったの?」とアルマス
「いいよ。村に帰るところだから。一緒に行こう」
男の子はアルマスに向かって言うと、アルマスはうなづいた。
「じゃ、僕についてきて」
男の子が左の道を歩き始めると、アルマスとホーパスも後をついて歩き出した。



しばらくすると男の子がアルマスに聞いてきた。
「村に行きたいって言ってたけど、誰かに用があるの?」
「え、あ、いや・・・・・」アルマスは少し戸惑いながら言った「村に行けば何かあると思って」
「そうだったんだ。どこから来たの?」
「え?えーと・・・・・」
アルマスがさらに戸惑っていると、隣でホーパスが代わりに答えた。
「遠いところから来たんだ。だからこの辺りはよく分からなくて」
「そうなんだ」と男の子
「ここから村は近いの?」とアルマス
「少し歩くけど、この道を歩いて行けば着くよ」



アルマスは男の子の後ろを歩きながら思った。



この子、僕と同じくらいの歳なのかな。
レオンと同じくらいの背丈だ。



「遠いところから来たってさっき言ってたけど、旅をしているの?」
男の子が再びアルマスに聞いてきた。
「う、うん」
アルマスが少し戸惑いながらうなづくと、男の子はさらに聞いた。
「じゃいろんなところに行っているんだね。どこか行きたいところがあるの?」
「行きたいところというか・・・・・自分が過ごしやすい場所を探してるんだ」
すると男の子の表情が一瞬曇った。
「そうなんだ。じゃあの場所じゃないんだね」



それを聞いたホーパスが男の子に近づいた。
「あの場所って?」
「村で噂になってる場所があるんだ」
「噂になってる場所?」
「うん。その場所に入ったら、自分の好き勝手に過ごせて、毎日が楽しいって」
「そんな場所があるんだ。誰か行ったことがあるの?」
「村の人は誰もいないみたいだけど、村の外から来た誰かが話してるのを聞いたって」
「その場所ってどこにあるの?」
「よく分からないけど・・・・確かその場所があるっていう目印の塔があるみたいなんだ」
「目印の塔?」
「君はその場所に行ったことはあるの?」とアルマス
すると男の子は首を振った。
「ううん。行ったことはないよ。でも塔まで行けば、どんな場所なのか分かるみたい」



目印の塔・・・・・どこにあるんだろう。
そんな場所があるんだったら、行ってみたいな。



アルマスがそう思っていると、ホーパスがアルマスのところに戻ってきた。
「アルマス、塔がある場所に行ってみる?」
「うーん、でも・・・・・もう少し詳しい話を聞きたいな」とアルマス
「じゃ、村に着いたら村の人に聞いてみようよ」
「そうだね」
「君、アルマスっていうの?」
男の子が割り込んでアルマスに話しかけてくると、アルマスはうなづいた。
「うん。ところで君の名前は?」
「僕はモルケ。隣にいる猫は?名前をつけてるの?」
「僕はホーパスっていうんだ」
ホーパスがモルケにそう名乗ると、モルケはホーパスを見た。
「ホーパスか。僕はモルケ。よろしくね」
「うん」



しばらく歩いていると、ホーパスが隣にいるアルマスを見た。
「アルマス、そういえばお腹空いてないの?」
するとアルマスはしばらくしてから答えた。
「・・・・さっき川の水を飲んだから、あまりお腹は空いてないかな」
「え、でも・・・・・川からだいぶ歩いているように思うけど。それに時間も経ってるし」
「そういえば・・・・・・」
「食欲がないの?それともどこか具合でも悪いの?」
「どうしたの?2人とも」
後ろで話を聞いていたモルケが2人の方を振り返った。



するとホーパスがモルケに聞いた。
「村にはまだ着かないの?」
「うん、まだもう少しかかるよ」モルケはホーパスを見た「どうかしたの?」
ホーパスはモルケに近づくと、アルマスに聞こえないように小声でこう言った。
「アルマスがなんだか元気がないみたいなんだ」
「え・・・・・それはどうして?」
モルケが戸惑いながら聞くと、ホーパスはしばらく考えてからこう言った。
「ここに来る前、アルマスと仲良くしてた男の子がいたんだ。その男の子が亡くなってからなんだか元気がなくて・・・・・」
「そうなんだ・・・・・」
モルケはアルマスを見ると、ゆっくりとアルマスに近づいた。



「アルマス、ホーパスから聞いたよ。元気がないみたいだって」
モルケがアルマスに話しかけると、アルマスは戸惑いながらも否定した。
「え・・・・そんなことないよ」
「ううん、そんなことあるよ」とホーパス「だってここに来てからなんだかおかしいもの」
「ここに来る前に、亡くなった男の子がいたんだって?とても仲良くしてた・・・・・・」
モルケが話をしている途中で、アルマスは深くうなづいた。
「・・・・僕が村を出て行かなかったら、レオンは・・・・レオンは死ぬことはなかったんだ」
「レオン・・・・亡くなった男の子だね」
アルマスは黙ってうなづくと、モルケがこんなことを聞いた。
「レオンにもう一度会いたい?」
アルマスは大きくうなづいた。
「うん。会いたいよ・・・・・・会ってもう一度話をしたい」
「それなら会わせてあげよう」



モルケの言葉に2人は驚いた。
「え・・・・・?さっき何て言ったの?レオンに会えるって言ったの?」とホーパス
「うん」モルケはうなづいた「本当に会いたいのなら会わせてあげるよ」
「本当に・・・・・?」
アルマスも信じられないという表情でモルケを見ている。
「本当に会いたいのなら会わせてあげるよ。でもそれなりの準備がいるけど」
「準備って?」とホーパス
「死者を呼び出す準備というか、儀式があるんだ。それをやらないと呼び出せない」
「儀式・・・・・」
アルマスは教会での儀式めいた出来事が頭に浮かんだ。



「それって、何か動物を殺したり、生贄が必要だったりするの?」
「そんな事はしないよ」アルマスの言葉にモルケはすぐに否定した「儀式には生贄はいらない。ただ祈るだけだよ」
「そうなんだ。よかった・・・・・」
「でも儀式をやる場所が決まってるんだ。ここから遠いところにあるから、また歩くことになるけど・・・・」
「その場所って村とはまた別のところ?」
ホーパスが聞くと、モルケはうなづいた。
「この先に分かれ道がある。村に出る道とは別の道を行くことになるけど大丈夫?」
「アルマス、どうするの?」
するとアルマスはうなづきながら答えた。
「うん、いいよ。レオンにもう一度会えるんだったら・・・・・」
「じゃ、行こう」
モルケは再び歩き出すと、2人も後について歩き出した。



分かれ道に出て、左側の道に入ってしばらくした時だった。
ホーパスが何かに気がついたのか、急に辺りを見回している。
「どうしたの?ホーパス」
急にキョロキョロし始めたホーパスにアルマスが気がついた。
ホーパスはアルマスを見ると
「さっきの分かれ道の左側を歩いてるんだよね?」
「うん。そうだけど」
「その前の分かれ道も左側じゃなかった?」
「そうだけど・・・・・それがどうしたの」
「なんだか同じようなところをぐるぐる歩いてるんじゃないかって思って・・・・そう思わない?」
するとアルマスは辺りを見回した後、再びホーパスを見た。
「ずっと森の中を歩いてるから・・・・・同じような景色が広がっているだけじゃないのかな」
「そうなのかな・・・・・・?」
「同じ場所を歩いてるっていうのが分かるようなものってある?」
アルマスに聞かれるとホーパスは自信がないのか小さな声で
「それは分からないけど・・・・・なんだかそんな気がするんだ」
「モルケに案内してもらってるんだ。同じところをぐるぐる回ってるなんて・・・・・」
アルマスがホーパスにそう言っていると、前を歩いているモルケが2人の方を向いた。
「同じような景色が続いてるけど、大丈夫だよ。もう少ししたら着くから」



「ごめん。話が聞こえてたんだね」
アルマスがモルケに謝ると、ホーパスはモルケに聞いた。
「ところでこれからやる儀式って誰がやるの?君がやるの?」
モルケは首を横に振りながら
「僕じゃないよ。儀式はおじいさんがやるんだ。今から行く場所に家があるから、着いたら呼びに行くよ」
「そうなんだ・・・・・」
「おじいさんがやるって、そこはモルケの家なの?」とアルマス
「違うよ。そこにはおじいさんだけがいるんだ。儀式をやる場所が決まってるから・・・・」
モルケはそう言うと、再び前を向いて歩き出した。



2人も歩き出したが、ホーパスはそれでも違和感を感じていた。



なんだか村からだんだん遠くに離れて行くような気がする。
嫌な予感がする・・・・・・。



3人はさらに森の中を歩いていくと、辺りがだんだんと暗くなってきた。
今までは空からの光が木々の隙間から差し込んでいたが、歩いて行くにつれて大きな木々の枝が空を埋め尽くすようになり
光が入ってこなくなっている。
「なんだかだんだんと周りが暗くなってきたね」
辺りを見回しているホーパスに、アルマスも同じ事を思ったのか
「うん、さっきまでは明るかったのに・・・・・この辺りは薄暗いね」と辺りを見回している。
2人が不安そうな表情で辺りを見回している様子に、モルケは平然とした様子で
「大丈夫だよ。ここはいつも暗いから」
「アルマス、戻ろうよ・・・・・なんだか気味が悪いよ」
「大丈夫だよ」
不安そうな表情のホーパスにアルマスは右手を伸ばしホーパスの体を撫でている。
そうしているうちに、数メートル先に1軒の建物が見えてきた。
「あれがおじいさんが住んでる家だよ。先に行って呼んでくるからね」
モルケは2人に右手で家を指差すと、だんだんと歩くスピードを速めていく。
「ま、待ってよ」
2人はモルケの後をついて行こうと、歩くスピードを速めるのだった。



2人が家の前に着き、しばらくすると家から1人の老人が出てきた。
短髪で白髪の老人がアルマスを見た途端、低い声でアルマスに向かって聞いた。
「お前か、死者を呼びたいのは」
アルマスが老人を見て黙ってうなづくと、老人はアルマスの前を通り過ぎてから言った。
「なら着いて来い」
老人が歩き出すと、アルマスとホーパスは黙って老人の後を歩き始めた。



しばらく歩き、後ろにある家が見えなくなり、辺りが薄暗く広い場所に出たところで老人の足が止まった。
アルマスとホーパスが足を止めると、老人は後ろを振り返って2人を見た。
「今から儀式を始める」
「あの・・・・・僕は何をすればいいんでしょうか?」
アルマスが老人に聞くと、老人はアルマスを見て
「何もしなくてもいい。ただここで死者が来るのを待っていればいい」
「え・・・・レオンが来るようにお祈りするとか、しなくていの?」とホーパス
「何もする必要はない。わしが今から死者を呼び寄せる。ここで待っていればいい」
老人は2人から離れると、2,3歩歩いたところでゆっくりと腰を下ろした。
そして目の前の地面を見ると、突然大声で呪文のようなものを唱え始めた。



老人の大声に一瞬2人は驚いた。
老人が唱え続けている呪文に、ホーパスは何が起こるのかそわそわしながら辺りを見ている。
アルマスは老人が見ている地面を見つめている。



しばらくして呪文を唱える声が止まった。
辺りは何も起こらず、静けさに包まれている。
「何も起こらないけど・・・・・」
ホーパスが辺りを見回している。
アルマスも辺りを見回すが、特に何かが起こっている気配がない。



何も起こらない・・・・・。
でも、なんだかとても静かで不気味な雰囲気だ。



アルマスが動かず、地面を見つめている老人に声をかけようとした時だった。
突然、空から地面に向かって強い風が吹いてきたのだ。
「風が・・・・・・!」
アルマスが空を見上げると、ホーパスもつられるように空を見上げている。
風は辺りの木々の葉を大きく揺らし、ざわざわという音が大きく聞こえている。
風は木々の葉を落としながら、風の中へと巻き込んでいく。



しばらくして風がある程度の葉を巻き込むと、竜巻のような形になった。
その竜巻は力を蓄えていくかのようにだんだんと大きくなっていく。
そして大きな葉の塊のような竜巻になると、地面に向かって突進して行った。
竜巻が老人の目の前の地面へと入って行ったかと思った瞬間、ボコっという大きな音が聞こえてきた。
「あっ・・・・・・・・!」
竜巻が消え、ホーパスが大きな音が聞こえたところを見ると、そこには大きな穴が開いていた。
老人はゆっくりと立ち上がり、大きな穴を見るとこう言った。
「・・・・儀式は成功だ。死者の世界へと通じる門が開かれたぞ」



「え、この穴が死者の世界につながってるの?」
それを聞いたホーパスが老人に聞き返した。
「そうだ。門の中に入れば、死者の世界に行くことができる・・・・死者がこちらの世界に戻ることもできる」
老人の話を聞きながら、アルマスは穴に近づいた。
穴の中を覗いてみるが、中は真っ暗で何も見えない。
「レオン・・・・・レオン!」
アルマスが大声で穴に向かってレオンの名を呼ぶが、返事はない。



すると老人がアルマスに近づいてきた。
「何をしている?」
アルマスは老人を見るなり
「レオンは・・・・・レオンはあの中にいるんですか?」
「ああ、いるとも」老人は深くうなづいた「あの中から先は死者の世界だ」
「レオンをここに呼び出すことはできないんですか?」
「呼び出せることはできなくもないが、時間がかかる・・・・・その前にせっかく開いた門が閉じてしまうぞ」
「そんな・・・・・」
アルマスが穴を見ていると、老人はこんな事を言った。
「ならば、お前があの中に行って探してくるといい」
「え・・・・・・!?」
アルマスが老人の方を見ようとした時、老人はアルマスを後ろから穴へと突き落とした。



「あ・・・・アルマス!?」
穴の中に落ちて行くアルマスを見たホーパスが後を追おうと穴へと向かった。
アルマスが入って行った門の中を通ろうとするが、なぜか門の手前から先に進めない。
そうしているうちにアルマスの姿が暗闇の中に消えて行った。
「アルマス!アルマス───!」
ホーパスは何もできないまま、ただ叫ぶしかなかった。



しばらくしてホーパスが穴から出ると、老人は黙ったまま穴を見ている。
「どうして僕は入れないの?」
「どうやら門が閉じてしまったようだな」
ホーパスの問いに、老人は穴を見たまま答えた。
ホーパスは素っ気ない老人の態度に怒りを覚えた。
「どうしてアルマスを突き落としたの?」
「それはあの子が早く中に入らないから、気を利かせて中に入れてあげたんだ」
「なんだって?アルマスはもともとあの中に入るつもりは・・・・・」
ホーパスが反論していると、老人がいきなり笑い声をあげた。
ホーパスはさらに戸惑いながら聞いた。
「な・・・・・何がおかしいの?」
「何もわかっていないようだな」
老人はホーパスの方を向くと、突然別の姿に変わった。
黒髪の短髪で、黒い顔に赤い目をぎらつかせ、全身黒い服に身を包んでいる。



「お前は誰だ?」
ホーパスが聞くと、その者はホーパスを見ながら答えた。
「オレはモルケだ。この地下につながっている死者の世界の番人だ」
「モルケだって?モルケはアルマスと同じ子供じゃ・・・・・・」
「ああ、この姿か」
モルケはそう言うと、ホーパスが数分前に見た子供の姿に変わった。
「・・・・・・!?」
ホーパスが黙ったままモルケを見ていると、モルケは再び元の姿に戻った。



「どうして・・・・どうしてアルマスを突き落としたの?」
ホーパスが再度モルケに聞いた。
「あの子の望み通りにしたまでだ。死んだ相手に会いたいと言っていたからな」
「だからって死者の世界に突き落とすなんて・・・・」
「でも、あの子供の望み通りにはなっただろう?今頃は相手に会っているかもしれない」
「違う」ホーパスは首を振った「レオンはもう天に上がって行ったんだ。地下になんているはずがない」
「お前、よく見ると体が透けているな・・・・・もう死んでいるのか」
モルケがホーパスの体をひと通り見ると、やれやれと言うようにため息をついた。
そして続けてこんなことを言った。
「どうして生きている子供と一緒にいるんだ?それに普通の幽霊よりも体がはっきりとしているようだが」
「僕はアルマスと一緒にいたいだけだ」
ホーパスが答えると、しばらくして今度はホーパスがモルケに聞いた。
「普段は地下にいるんでしょう?どうしてこんなところにいるの?」



モルケは黙っていたが、しばらくして口を開いた。
「・・・・ずっと死者の番人をしているのもつまらない。だから時々こうして出てきて生きている者と話をしている」
「だから僕達に話しかけてきたんだ」
ホーパスはモルケを見ていると、だんだんと怒りが込み上げてきた。
「だからってどうしてアルマスを死者の世界へ突き落としたの?レオンに会わせたかったんじゃないんでしょう?」
するとモルケは淡々と話し始めた。
「・・・・さっきも話したが、オレは自由気ままに生活ができる場所が欲しいんだ。死者の世界で番人をしているとストレスが溜まる。
 そこに村で噂になっている、ある場所にある塔に興味を持った」
「・・・・・・」
「塔を探したいが、そうなるとしばらくの間、この世界に留まることになる。そうすると死者の番人がいなくなってしまう・・・・
 番人がいなくなったと分かれば大騒ぎになる。だからあの子供には代わりに死者の世界に行ってもらったのさ」
「なんだって・・・・・・・!」
ホーパスが怒りながら手足の爪を立て、モルケに向かって行ったが、飛びかかる前にモルケの姿は消えていた。



「どこだ?モルケ!出てこい!」
ホーパスがモルケの姿を探していると、後ろからモルケの声が聞こえてきた。
「・・・・塔の場所が分かったら、死者の世界に戻る。それまでにあの子供がここに戻れるかどうかは分からないがな」
「な、なんだって・・・・・」
それを聞いたホーパスが後ろを振り向くが、既にモルケの姿は消えていた。



ただ一匹残されたホーパスはどうすればいいのか分からなかった。



大変だ。早くなんとかしないと、アルマスがここに戻れなくなるかもしれない・・・・・・。



そう思った途端、ホーパスはとてつもない絶望感に襲われた。



「誰か・・・・・誰か助けて!」
暗い森の中、ホーパスの悲鳴にも似た叫び声が響き渡るのだった。