闇からの救出



暗い森の中、1匹残されたホーパス。
「誰か助けて!誰もいないの?」
ホーパスは大声で何度も声を上げるが、答えるものは誰もいなかった。
聞こえてくるのはざわざわという風の音が聞こえているだけである。



ホーパスは誰も来ないという失意の中、穴を覗き込んだ。
穴の中は変わらず真っ暗で、何も見えない。
「やっぱり僕がアルマスを助けに行くしかない!」
ホーパスは意を決して穴の中に入って行った。



ホーパスは穴の奥へと入ろうとするが、途中で先に進めなくなった。
先に見えない何かがあり、ホーパスが何度も前に進もうとするが進めない。
「どうして?アルマスはこの先にいるかもしれないのに・・・・・・」
ホーパスは諦めず、何度も前に進もうと見えない壁のような何かにぶつかっていく。
しかし、やはりその先へは進めず、最後には見えない壁にはじかれてしまった。



はじかれたホーパスはたちまち穴の外へと出されてしまった。
ホーパスは再び穴を見ると、再び絶望感に襲われた。
「このままだとアルマスは一生あの中だ。アルマスに会えなくなっちゃうよ・・・・どうしたらいいの?」
ホーパスは悲しくなり、泣き始めた。



「う・・・・・・」
気がついたアルマスはゆっくりと目を開けた。
目の前には薄暗い色の空が広がっている。
「ここは・・・・・・・?」
アルマスはゆっくりと起き上がると、辺りを見回した。
辺りは空と同様に暗く、不気味な雰囲気が漂っている。
グレーのヒビが大きく入った大きな壁、同じくヒビが入り、今にも崩れ落ちそうなビルのような高い建物。
それに大きく、葉がひとつもない枝だけがある木々が広がっている。



とても気味の悪い場所だ。
そういえば・・・・・あのおじいさんにレオンに会わせてやるって言われたんだ。
ここが死者のいる世界・・・・・?



アルマスがそう思っていると、強い風が吹いてきた。
風に当たった途端、アルマスが身震いするほど冷たい風だった。



寒いくらい冷たい風だ。
こんなところにレオンはいるのかな・・・・・・。
とにかく、レオンを探しに行こう。



アルマスはレオンを探そうと歩き出した。



しばらく道を歩いていると、右側に人の姿が見えてきた。
数人集まって何かを話しているようだ。



何人か人がいる・・・・・レオンはいるのかな。



アルマスはレオンがいないか確かめようと、その人達に近づいて行こうとした。
しかし、数歩歩いたところでアルマスは思わず足を止めた。



「・・・・・・・!?」



アルマスは驚いて、声を上げる前に右手で口を押えた。
アルマスの少し先で話している人達の風貌に驚いたのだ。



1人は薄緑のシャツとズボンを着ているが、ボロボロで服の下から黒く汚れた背中や脚が見えている。
もう1人も薄汚れたグレーのシャツに黒いズボンを履いているが、左腕が見当たらない。
さらにもう1人は血のような赤い液体が全身にあり、ひどく痩せこけているのだ。



それを見たアルマスは寒気がし、生きた心地がしなかった。



まるで地獄にいるみたいだ。
もしかして僕は地獄に落とされたのかもしれない・・・・・・。



そう思うとアルマスは急に怖くなり、不安になってきた。



こんなところにレオンがいるのかな・・・・・・。
とにかくここから離れた方がいいかもしれない。



アルマスがそう思った瞬間、後ろからいきなり右肩を叩かれた。
アルマスが思わず振り返ると、そこには大きな斧を持った緑色の鬼のような風貌の男がいた。
「・・・・・・!?」
アルマスは思わず大声を上げると、一目散に逃げだした。



しばらくしてアルマスは大きな壁の裏側に身を潜めた。
息を切らしながら壁の裏側からそっと顔を出し、誰もいないのを確認すると、アルマスは再び壁の裏側に隠れた。



よかった。誰も追ってきてない・・・・・・・・。



アルマスはほっと胸を撫でおろすと、その場に座り込んだ。



しばらくして、ようやく落ち着きを取り戻したアルマスは考えていた。



こんなところにレオンがいるなんて考えられない。
もしかしたらあのおじいさんに騙されたのかもしれない。
とにかくここから出ないと・・・・・・でもどうやって?



アルマスが考えを巡らせていると、遠くから近づいて来る足音が聞こえてきた。



足音だ。だんだんこっちに来る・・・・・・・。



アルマスは立ち上がり、壁からそっと顔を出し、外を見た。
少し離れたところから、今度は黒い制服を着た3人の男が近づいてきているのが見える。
最初はよく見えなかったが、だんだんと近づいてくるにつれて、制服の飾りや黒いベルトまで見えてきた。
男達の胸元や腕にはたくさんの勲章やワッペンが見える。



あの人達は兵隊?それとも警察?
あの人達に話をすれば助けてもらえるかもしれない。



アルマスは男達の姿を見て、助けてもらおうと壁の前に出ようとしたが、その瞬間、嫌な予感が頭をよぎった。



いや、違う・・・・・・。
もしかしたら僕を捕まえに来たのかもしれない。
なんだか嫌な予感がする。



アルマスは前に出て行きたい気持ちを抑え、そのまま壁の裏側に留まることにした。
足音がだんだん大きくなり、アルマスがじっとしていると、男達の話声が聞こえてきた。



「今日は外から来た者はまだいないか?」
「さっき叫び声が聞こえたような気がするが」
「どうせわざとふざけて声を上げた奴がいるんだろう。この辺りはそんな奴が多い」
「とにかく外から来た者を見かけたらすぐに捕まえて、いつもの場所に連れて来るんだ」
「ああ。今日は何人くらい来るのかな」



話声が途切れ、足音がだんだんと遠くなり、音が聞こえなくなると、アルマスは壁から前に出てきた。
男達の姿は既に消えていた。



外から来た者って・・・・・もしかして僕みたいな人かな。
捕まったらどうなるんだろう。嫌な予感しかしない。
あんな奴らに捕まりたくない。
とにかくどこか隠れるところを探さなきゃ。



アルマスは辺りをひと通り見回すと、その場から逃げるように走り出した。



走ってしばらくすると、目の前に建物が見えてきた。
黒い壁のビルのような建物で、大きくヒビが入っていて今にも崩れそうな状態だ。



とにかくあの中へ行ってみよう。



アルマスはビルに向かって走って行った。



ビルに着いて、中に入ってみると、中は何もなかった。
あるのは黒い壁とガラスが割れて壊れた窓だけである。



誰もいない・・・・・・。
上にも誰もいないのかな。



アルマスは1階をひと通りまわると、階段を上って2階に上がった。
2階も1階と同じで、黒い壁と壊れた窓以外は何もない。



ここも誰もいない。
しばらくここで休もう。



アルマスは建物に誰もいないと分かると、その場に座り込んだ。



これからどうすればいいんだろう。



アルマスはどうすればいいのか分からず、途方に暮れていた。



穴の外ではホーパスが泣きながら助けを呼んでいた。
「助けて!お願いだから・・・・・・誰か助けて!」
しかし、何度叫んでも誰も来る気配がない。



「もう、誰もここには来ないのかな・・・・・・」
ホーパスはポツリと言いながら、穴の中を覗き込んだ。
「アルマス・・・・・・・・」
アルマスの名をつぶやくと、ホーパスは穴の奥をじっと見つめている。
「アルマス、ごめんよ。助けられなくて・・・・・」
ホーパスがあきらめたように後ろを振り返った時だった。
突然目の前が明るくなり、ホーパスの目が開けていられないほどの眩しさに包まれた。
「ま、眩しい・・・・・・!」
ホーパスが思わず目を閉じて、しばらくして目を開けた途端驚いた。
目の前に時の女神が現れたのだ。



「時の女神!」
ホーパスは時の女神の姿を見た途端、女神に抱きついた。
そして安心したのか声を上げて泣き始めた。
「ホーパス・・・・・・・どうしたの?何があったの?」
時の女神が戸惑いながら聞くが、ホーパスは泣き止まない。
時の女神はホーパスの体を優しく撫で始めた。
「何か辛い事があったのね・・・・・落ち着いてから話を聞くわ」
「よかった、来てくれた・・・・・誰も来ないかと思った・・・・・」
ホーパスは泣きながら途切れ途切れに話すと、時の女神は黙ったままホーパスの体を撫で続けた。



ようやくホーパスが泣き止むと、時の女神は辺りを見回した。
「そういえばアルマスはどうしたの?」
「アルマスの事だけど、その前にあの穴を見てよ」
ホーパスが右足で穴がある方を示すと、時の女神は右側にある穴に気がついた。



時の女神は穴に近づくと、穴の中を覗き込んだ。
「この穴・・・・・一体どうしたの?」
「死者の世界につながってる穴だよ」
時の女神の隣でホーパスも穴を見ている「アルマスは死者の世界に行ってしまったんだ」
「なんですって・・・・・?」
時の女神は驚いてホーパスの方を向いた「どうしてそんな事になったの?」
「うん、実は・・・・・・・・」
ホーパスは今まであった事を話し始めた。



「・・・・・話は分かったわ。どうしてアルマスが死者の世界に行ったのか」
時の女神が穴を見ていると、ホーパスは時の女神の前に移動しながら
「早くアルマスを助けてよ!時の女神なら死者の世界からアルマスを助けられるでしょ?」
すると時の女神は暗い表情でホーパスを見た。
「・・・・残念だけど、これは私だけじゃどうすることもできないわ」
「どうして?どうして助けられないの?」
ホーパスは驚きながらさらに聞き返した「じゃアルマスは・・・・もう死者の世界から出られないの?」
「・・・・・・・」
時の女神は何も言えずにいると、ホーパスは再び絶望感に襲われた。
「そんな・・・・・僕達は何もできないの?ううっ・・・・・・」
ホーパスは再び大声で泣き始めた。



ホーパスの泣き声に時の女神は戸惑いを見せた。
「アルマスを出してあげたいけど、私だけでは無理だわ・・・・それに出すなら早くしないと」
「早くって・・・・どういうこと?」とホーパス
「死者の世界には門番や兵隊がいるの。その人達に捕まったらすぐに裁判官のところに連れて行かれる。
 最後の審判で天に上がるか、地に落ちるかが決まるわ。そうなる前になんとかしないと」
「そんな・・・・・誤って死者の世界に行っただけなのに。なんとかならないの?」
「これは一刻を争う事態よ。今ならまだなんとかなるかもしれない」
時の女神は空を見上げた後、泣いているホーパスを見てこう言った。
「ホーパス、あなたの力も必要よ・・・・・一緒に来て」
「どこへ行くの?」
「力を貸してくれる人のところへよ」
時の女神は辺りを見回すと、再びホーパスを見た。
ホーパスは鼻をすすりながらも、すっかり泣き止んでいた。



「その前に、もう一度ここに戻るから、この場所が分かるようにするわ」
時の女神はホーパスに光を当てた。
するとホーパスの左隣に、もう一匹のホーパスの分身が現れた。
ホーパスは分身を見ながら
「・・・・もう1人の僕だ。でも動いてないみたい」
「動かない方がいいのよ」
時の女神はホーパスの分身を両手で抱えるように持つと、穴の前に置いた。
そして分身に光を当てると、分身はひと回り大きくなった。
「一体、何をしたの?」
ホーパスが分身を見ていると、時の女神はホーパスに言った。
「動かないようにして、さらに見つけやすいように大きくしたのよ。これで目印ができたわ。またここに戻って来れる」
「どうしてまたここに戻るの?」
「アルマスをあの穴からここに連れ戻すためよ。来てホーパス」
ホーパスが時の女神の前に来ると、時の女神はホーパスを両手で抱えた。
「じゃ、行くわよ。目をつぶってて。開けてもいいって言うまで目を閉じているのよ」
「うん」
ホーパスが目を閉じると、時の女神はその場から消え去った。



一方、アルマスは建物の2階の部屋から動けないでいた。
床に座ったまま、動かないでいると、下から物音が聞こえてきた。
コツコツという音が聞こえたかと思うと、さらに後から同じような音が聞こえてきた。
誰かが1階に入ってきたようだ。



誰かが入ってきた。
1人じゃない。足音がバラバラに聞こえる・・・・・・。
もしかしたら僕を捕まえに来たのかもしれない。



そう思うとアルマスは得体の知れない不安と恐怖に襲われた。



アルマスは辺りを見回した。
しかし辺りは何もなく、隠れる場所がない。



どうすればいいんだろう。隠れるところがない・・・・・。
どこかに隠れなきゃ。どこに?



アルマスは辺りを見回しながら考えを巡らせた。



しばらくすると下から階段を上り、2人の兵隊がやってきた。
2人が部屋に入り、辺りを見回すが誰もいない。
「誰もいないようだな」
「ああ。子供を見たという報告があったが・・・・・」
「こっちに逃げてきたと思ったのだが、見当違いかな」
「さあ・・・・・」
「窓から子供がいないか探してみようか」
「ああ」
2人の兵隊は会話を終えると、壊れた窓に行き、外を見ている。



すると兵隊の後ろ、部屋の通路からアルマスが出てきた。
階段が建物の屋上まで伸びているのを見たアルマスは、屋上に移動していたのだ。
足音を立てないようにゆっくりとした足取りで下に行こうとしている。



アルマスは部屋の中にいる兵隊の後ろ姿を見ると、緊張が一気に高まった。



このまま、後ろを振り返りませんように・・・・・・。



アルマスは下り階段の前まで出ると、ゆっくりと音をたてないように階段を降り始めた。



「ホーパス、もう目を開けてもいいわよ」
時の女神の声が聞こえると、ホーパスは目を開けた。
目の前の景色が見えると、思わずホーパスは目を見開いた。
「うわあ・・・・・・・」



ホーパスの目の前には明るい光が広がっていた。
白くて大きな建物が目の前にある。



「とても明るいところだね、ここはどこなの?」
ホーパスが辺りを見回していると、時の女神はホーパスを放した。
「ここは普段私達がいるところよ」
「え・・・・じゃここは天国なの?」
時の女神の言葉に、ホーパスは少し戸惑いながらさらに聞いた。
すると時の女神は答えたくないのか、少し間を置いた後
「・・・・私達がいるところよ。中に入るわよ」と建物へと歩き出した。
「ま、待ってよ。置いて行かないで」
ホーパスは時の女神の後を追った。



2人が建物の中に入ると、時の女神と同じような恰好の女性が数人いた。
みんな時の女神と同じ白いワンピースを着ている。
違うのは髪型や髪色、背丈や体形くらいだ。
ホーパスは女性達を見ながら
「同じような恰好の人達がいっぱいいる・・・・」
「ホーパス、こっちよ。後をついてきて」
時の女神はホーパスに声をかけると、ホーパスに来るように右手で手招きした。
ホーパスは時の女神の方を向くと、ゆっくりと近づいてきた。
「どこに行くの?」
「力を貸してくれる人のところへ行くわ。だからついてきて。迷わないようにね」
ホーパスがうなづくと、2人は再び歩きだした。



しばらく歩き、2人はある部屋に入った。
さらに奥へ歩いて行くと、部屋があるのか茶色のドアがある。
ドアの前で2人が止まると、時の女神はドアノブに右手を伸ばし、ドアを開けようとした。
するとドアが開き、中から背が高く、髪を束ねた金髪の女性が出てきた。
「あら、来ていたのね」
「・・・・驚いたわ。中にいたのね、エレン」
時の女神はエレンの登場に少し驚いた様子だった。
エレンは時の女神を見ながら
「さっきあなたの事を探したんだけど、いなかったから」
「ごめんなさい。戻ってきたばかりなの。何をしていたの?」
「あなたがいなかったから、あなたが頼りにしている人に相談していたの。ちょっと問題があって」
「え・・・・あなたをサポートしている人はどうしたの?」
「今は外に行っていていないわ。だからまずあなたに相談しようと・・・・・・」
すると部屋の中から低い男性の声が聞こえてきた。
「どうかしたのか?」
するとエレンは部屋の中に向かってこう言った。
「いいえ、何でもありません。気にしないでください」
そして時の女神の方を向くと小声でこう言った。
「もう用は済んだから行くわね」
時の女神はうなづくと、エレンはその場から離れて行った。



エレンの姿を見送ると、時の女神はホーパスを見た。
「中に入るわよ。後をついてきて」
ホーパスがうなづくと、時の女神は再びドアノブに右手をかけ、ドアを開けた。



2人が中に入ると、部屋の奥に1人の男性の姿があった。
白いシャツに黒のズボン姿で、細見の短髪で白髪の後ろ姿だ。
「今戻ったわ」
時の女神が男性に声をかけると、男性がゆっくりと振り返った。
本を読んでいたのか、男性の手には分厚い本がある。
「どうかしたのか?ティード」



それを聞いたホーパスが時の女神に聞いた。
「ティードって?」
「この人が勝手に私につけた名前よ」時の女神、ティードはホーパスを見た。
「ここは同じような女性が多いから、区別がつくように名前をつけているの」
「仕方がないだろう?ここは同じような恰好の女性ばかりだ」
男性はすぐ前にあるテーブルに持っている本を置くと、ティードを見た。
そして続けて
「それに私のところに相談をしに来る女性が増えた。だから名前をつけないと区別がつかない」
「それはそうだけど・・・・・」
「ここは時の女神が少なくとも10人はいるから、名前をつけた方が分かりやすいんだ。まさか時の女神AとかBとかで呼べないだろう?」
「え?時の女神って1人だけじゃないの?」
それを聞いたホーパスが戸惑いながら、ティードを見ている。
すると男性はホーパスが見えるのか、ホーパスに近づいてきた。
「珍しくネコを連れてきたのか・・・・・・」
「え、おじさん、僕が見えるの?」
ホーパスは男性が来ると、嬉しそうに男性に近づいた。
「ああ、見えるよ。お前さん言葉が喋れるのか」
男性はホーパスが来ると、右手でホーパスの背中を優しく撫でた。
「やっぱりネコはかわいいな・・・・・」
「それどころじゃないわ、話があるのよ」
ホーパスを撫でている男性の姿に、ティードは少しあきれながら言った。
男性はホーパスを撫でながらティードを見た。
「それどころじゃない?それにこのネコ、どこから連れてきたんだ? まあいい。とりあえず話を聞こう」



一方、ようやく1階まで降りてきたアルマスは建物の外に出た。



やっと外に出られた・・・・・。



兵隊達に見つからず、ほっと胸を撫でおろすのもつかの間だった。



これからどこに行けばいいんだろう?



アルマスがそう思いながら辺りを見回していると、突然上から声が聞こえてきた。



「いたぞ!あそこにいる!」



アルマスが声に反応して上を向くと、2階の窓から兵隊達がアルマスを見ている。



しまった、見つかった・・・・・・!



「おい、待て!」



アルマスがその場から走りだすと、兵隊達は声を上げて窓から姿を消した。
階段を急いで降りて行き、アルマスを追い始めた。



アルマスはどこに行けばいいのか分からないまま、兵隊から逃げようと無我夢中で走り続けた。



「・・・・・話の内容はよく分かった」
場所は変わり、ティードの話を聞いた男性はカップに入った飲み物をすすった。
3人は椅子に座り、前に置かれているテーブルには飲み物が入ったカップがある。
ティードは男性を見ながら
「早くしないと、アルマスが生きたまま天に上がるか、地に落ちてしまうわ」
「一刻を争う事態なのは分かっている。しかし・・・・・・・」
男性は途中まで言いかけると、カップをテーブルの上に置いた。
そしてティードを見ると、話を続けた。
「最後の審判の時に、裁判官が生きていると気がつくはずだ」
「それなら助かるかもしれないわ。でも落ちたところが問題なの。地に近いところなのよ」
「そうか。そうなると・・・・・裁判官によっては気がつかないまま、審判を下すかもしれない可能性はあるな」
「だから審判の前にアルマスをどうにかして助け出さないと」
「助けるならその前だ。兵隊に捕まる前に助けないと捕まってからじゃ助けるのは難しい」
「そうね・・・・・・」



2人の会話が途切れると、ホーパスがティードに聞いた。
「どうするの?早くしないとアルマスが捕まっちゃうよ・・・・・・」
するとホーパスを見た男性が聞いた。
「そういえばさっきまで気がつかなかったが、キミは幽霊なのか」
「うん、幽霊だよ」ホーパスは男性の方を向いてうなづいた。
すると男性は少し考えながら
「・・・・アルマスというのはキミを飼っているご主人?」
「ご主人というか友達だよ。アルマスが死者の世界に行くまではずっと一緒にいたんだ」
「キミは幽霊だから、もしアルマスがこのまま死んでしまったら、ずっと一緒にいられるかもしれない・・・・
 それでもキミはアルマスを助けたいと思うのはどうしてなのかな?」
「・・・・僕は一度死にかけた。その時にアルマスに助けてもらったんだ。自分の食べ物を僕に与えたり、ミルクを飲ませたり
 冷たくなった体を温めてくれた。僕の命を救ってくれたんだ。だからアルマスには生きていて欲しい。
 僕は幽霊になってしまったけど、それでも生きているアルマスと一緒にいたいんだ」
「なんてご主人思いのいいネコなんだ・・・・・・・」
それを聞いた男性はホーパスの体をゆっくりと撫でている。
「・・・・できれば、僕も生き返りたいけど」
男性に撫でられながら気持ちよさそうにホーパスがポツリと小声でつぶやいている。



「まず死者の世界にいるアルマスを探さないといけないわ、どうやって探すの?」
ティードが男性に聞くと、男性はティードを見た。
「大丈夫だ。それについてはもうすでに手は打ってある」
「え・・・・・・?それってどういうこと?」
男性の言葉にホーパスは戸惑いながらティードを見た。
するとティードもホーパスと目が合った。
3人の間に静寂が流れたが、ティードが何かに気がついたのか声を上げた。



ティードは再び男性を見た。
「また・・・・・あの例の手を使ったのね」
言われた男性は沈黙しながらも、謎めいた微笑みを見せるのだった。



一方、兵隊達から逃げ延びたアルマスは大きな黒い壁の裏に身を隠していた。
アルマスは辺りを見回しながら、兵隊が来ないか気になって落ち着かない。



今は誰も来てないみたいだ。
でも、ずっとここにいるとそのうちに見つかる。
どこに行けばいいんだろう。



アルマスが壁から顔を出し、誰か来ないか前をずっと見渡している。



そんなアルマスの後ろから黒い影が近づいてきていた。
音もなく、ゆっくりと確実にアルマスの背後へと近づいてきている。



あの兵隊達には捕まりたくない。
でも、どうすれば・・・・どこに行けば助かるんだろう?
誰に助けを求めればいいんだろう。
誰か・・・・・・。



その時、背後から何かが動く気配を感じた。



「誰・・・・・・・!?」



アルマスが後ろを振り返ろうとした時、突然左わき腹に激痛が走った。
アルマスは静かにその場に倒れ込むと、そのまま気を失った。



一方、静寂な空気を破るかのように、突然低いブザー音が部屋中に響き渡った。
「うわっ、びっくりした・・・・・・」
ホーパスは驚いたのか体をビクッとさせて辺りを見回している。
「どうやら、さっそく来たようだ」
男性は椅子から立ち上がると、部屋の奥へと歩き出した。
ホーパスはそれを見て男性に聞いた。
「どうしたの?何が来たの?」
「何かあったようね」ティードも席を立った「行ってみましょうか」
「うん」
2人は男性の後を追い、部屋の奥へと歩き出した。



部屋の奥では男性が壁についている丸くて赤く点滅しているボタンを見ている。
ボタンの下には黒くて丸いイヤホンのようなものが2個置かれている。
男性はそれを取ると、両耳に1個ずつそれを入れた。
そして点滅しているボタンを押すと、鳴っていたブザー音が止まった。
しばらくすると男性が話し始めた。
「・・・・・私だ。トールヴァルドだ。どうした?何かあったのか?」



「何か連絡があったようね」
トールヴァルドが会話をしながら何やら話を聞いている様子を、ティードは見ている。
するとホーパスはティードの方を向いて
「連絡?あのおじさん誰かと話をしているの?」
「そうみたいね。さっきの音は誰かが彼に連絡を取ろうとすると鳴る音なの」
「そうなんだ・・・・・・誰と話をしてるんだろう」
ホーパスがトールヴァルドの方を向くと、トールヴァルドの会話を聞いた。
「分かった。また何かあったら連絡してくれ。ありがとう」



トールヴァルドは話を終えると、耳につけたイヤホンを外した。
元の場所に戻すと、2人を見るなりこう言った。
「アルマスが見つかったそうだ」
「え、もう見つかったの?」
それを聞いたホーパスはあまりにもの早さに驚いた。
驚くと同時に、アルマスが見つかったということにほっと胸を撫でおろした。
「でもよかった・・・・・兵隊に捕まらなくて」
「早かったわね。もう少し時間がかかると思ったわ。アルフォンソが見つけたの?」
ティードがトールヴァルドに確認すると、トールヴァルドはうなづいた。
「ああ。アルフォンソからの連絡だ。黒い壁に隠れていたらしい」
「そう・・・・それならもう大丈夫ね」
「今、アルマスを連れて安全な場所に移動中だ。もう少ししたらまた連絡があるだろう」



アルマスが気がつくと、薄暗く、小さな灯りがついている部屋の中にいた。
「・・・・・ここは・・・・・?」
アルマスがゆっくりと起き上がると、後ろから声が聞こえてきた。
「お、気がついたな」



アルマスはゆっくりと振り返った。
そこには小柄だがいかつい体格のスキンヘッドの男がアルマスを見ている。
「・・・・・・!?」
「おいおい、そんなに怖がるな」
いかつい風貌に思わずアルマスが後ずさりすると、男性はやれやれというようにため息をついた。
「確かに見た目は怖そうだが、内面はそうでもない。お腹空いてないか?」
アルマスが黙っていると、グルグルというお腹が鳴る音が聞こえた。
それを聞いた男性は後ろにあるテーブルの方を向いた。
「やっぱり。お腹が空く頃だと思った。食べるか?」
男性は再びアルマスの方を向くと、右手をアルマスの方に差し出した。
右手には丸いパンが1個乗っている。



アルマスはパンを見て思わず手を伸ばしそうになるが、一瞬戸惑って手を止めた。
男性はアルマスを見て
「見た目は怖そうな兵隊に見えるが、兵隊じゃない。お前を助けに来たんだ。だから安心しろ」
「・・・・・・」
「まずは腹ごしらえだ。お腹が空いてると体が動かない。まずはひとつ食べるんだ」
男性はアルマスの前にパンを差し出すと、アルマスは恐る恐るパンを受け取った。



アルマスはゆっくりとパンを口に持って行き、一口、口の中に入れた。
口の中に小麦の香りがふんわりと広がり、噛むとふわっとしたパンの弾力を感じた。



美味しい・・・・・。
こんなに美味しいパン、久しぶりに食べる。



久しぶりにパンのおいしさを感じたアルマスは、口の中に入れたパンの塊を飲み込むと、思わずパンをほおばった。
それと見ていた男性は
「よほどお腹が空いてたんだな。もう1個食べるか?」
アルマスは黙ってうなづくと、男性はアルマスにパンを手渡した。
「そんなにほおばっているとのどに詰まるぞ。水を持ってきてやる」
パンを食べているアルマスを見た男性は、水を持って来ようとその場を離れた。



しばらくしてお腹をある程度満たしたアルマスは男性に聞いた。
「どうして僕を助けたの?」
「ある人から助けて欲しいっていう連絡があったんだ。だから助けた」
「ある人・・・・・?ある人って?」
男性の答えに、誰なのか分からないアルマスは聞き返すと、男性は少し間を置いてから答えた。
「・・・・そのうち分かる。水をもっと飲むか?」
アルマスが首を横に振ると、男性は水が入ったコップを口に近づけて水を飲んだ。
そして水を飲み干すとさらにアルマスに聞いた。
「しかしよく兵隊に捕まらなかったな。今までどうしてたんだ?」
「建物や大きな壁の裏に隠れてた。見つかるたびに逃げて・・・・・・」
「それは大変だったな。でも・・・・どうしてこんなところに来たんだ?」
「騙されてここに落とされたんです。あのおじいさんに」
「騙された?どうして?・・・・話を最初から聞かせてくれないか?」
「実は・・・・・・」



アルマスから話を聞いた男性はアルマスを見た。
「そうか、そんな事があったのか・・・・・辛かったな」
アルマスは黙っていると、男性は続けてこんな事を言った。
「モルケというのはこの世界で門番をやってる。門番の中でも一番悪い奴だ・・・・そいつにひっかかってしまったんだな」
「・・・・・・・」
「でももう大丈夫だ。今からお前を元の世界に戻してやる」
「あ、あの・・・・ここにレオンはいますか?」
アルマスが戸惑いながら男性に聞いた。
すると男性は首を振りながら
「ここにいるのかどうかは分からないな」
「レオンに会えると聞いて、ここに落とされたんです・・・・レオンに会いたかったのに」
「モルケに上手く騙されたんだな。レオンに会いたいのか?」
「はい」アルマスはうなづいた「レオンは僕を庇って死んでしまった・・・・ちゃんとした別れを言えずに。だから会いたい」
「しかし、そうしているうちにもし兵隊に会ったら・・・・・・」
「レオンに会えないのなら、僕はここで死にます」
男性が難色を示しているとアルマスはきっぱりと言った。
「今度兵隊に会ったら、自分から捕まりに行きます・・・・・・それで僕が死ねばレオンと一緒にいられる」
「それはダメだ」男性はアルマスの言葉に否定した。
「お前を助けるために、レオンは自らの命を犠牲にしたんだ。なのにお前が死んだらレオンが悲しむ」
「なら、どうしたら・・・・・・・」
「そうだな・・・・・」男性は考えながら続けてこんな事を言った「それなら、レオンがどう思っているか聞きに行くか?」



それを聞いたアルマスは思わず聞き返した。
「え・・・・・?聞きに行くって・・・・レオンに会えるんですか?」
「行ってみないと分からないが、死者と会える場所がある。そこに行ってみるか?」
「はい!」
アルマスが嬉しそうに答えると、男性は何かに気がついたのか
「あ・・・・・・その前にちょっと待ってくれ」と両手をズボンのポケットに突っ込んだ。
そして右ポケットから黒くて丸いものをひとつ取り出すと、それを右耳の中へと入れた。



再び低いブザー音が部屋中に響き渡った。
トールヴァルドは再びイヤホンを取ると、しばらくしてからこう答えた。
「・・・・・分かった。今から探す。また何かあったら連絡してくれ」
トールヴァルドがイヤホンを元にあった場所に戻すと、後ろからホーパスの声が聞こえてきた。
「何かあったの?」
「アルフォンソから連絡があった。これからアルマスと一緒に移動する。アルマスを元の世界に戻すと・・・・・」
トールヴァルドが途中まで話をしていると、ホーパスはそれを聞いて嬉しくなった。
「アルマスが戻ってくるんだ!」
「よかったわね」ティードがホーパスに声をかけると、トールヴァルドに聞いた。
「それで・・・・アルフォンソは他に何か言ってた?」
トールヴァルドは何度か咳払いをすると
「アルマスを元の世界に戻すから、元の世界につながる場所を探しておいてくれと言っていた。この後探す」
「そう・・・・・兵隊に見つかる前に場所がなんとか見つかればいいけれど」
「それは大丈夫だ。過去に同じような事を何度もやっている。慣れたものだよ」
トールヴァルドは嬉しそうに何度も飛び跳ねているホーパスを見ると、ティードにこう言った。
「それと・・・・・話がある。奥の部屋に行こう」
「いいけれど、ホーパスは?」
「できれば2人だけで話がしたい。今後の事で話がある」
「・・・・分かったわ」
ティードはうなづくと、ホーパスに声をかけた。
「ホーパス、私達は話があるから、奥の部屋に行くわ。ここで待ってて」



「え・・・・・・?」
ホーパスが戸惑いながら2人を見ると、2人は部屋の右端へと動き出した。
そして2人は右端の部屋に入ってしまうと、ホーパスは一匹部屋に残されてしまった。



「じゃ、そろそろ行こうか」
男性は右耳にイヤホンをつけたまま、アルマスに声をかけた。
アルマスはうなづくと、2人は部屋を後にするのだった。