それぞれの思い
アルフォンソに連れられ、アルマスはある場所にやって来た。
灯りがついておらず、暗い部屋に大きなスクリーンが何かを映している。
「よかった。誰もいないようだな」
アルフォンソが辺りを見回しながら、部屋に誰もいないことを確認している。
アルマスは前にあるスクリーンを見ている。
あれは海・・・・・・?
スクリーンには海岸なのか、砂浜と大きく波打つ水が映し出されていた。
音は出ていないのか、シンとした空気が漂っている。
アルマスはしばらくスクリーンを眺めていると、ある事に気がついた。
海の波が止まってる・・・・・・?
それになんだか凍っているように見えるけど・・・・・・。
「気がついたようだな」
アルマスがスクリーンに近づいて見ていると、アルフォンソが後ろから近づいてきた。
そしてアルマスの右隣に来ると、スクリーンを見ながら
「わざと静止画にして止まってるように見えるだろう?海が凍っているんだ」
「え・・・・・?本当に海が凍っているんですか?」
アルマスがアルフォンソの方を向くと、アルフォンソはアルマスの方を向いて
「そうだ。このスクリーンに向かって死者に話しかけると、その死者を連れてきてくれる」
「え・・・・・本当ですか?」
「連れてきてくれるかどうかは時と場合によるから分からないが、やってみないと分からない。とりあえず名前を呼んでごらん」
アルマスは再びスクリーンを見た。
凍ったまま高くそびえ立つ波を見つめながら、アルマスはなぜか胸の鼓動が速くなっているのを感じた。
もしかしたらレオンに会えるかもしれない。
そんな希望を持ちながら、アルマスはスクリーンに向かって名前を呼んだ。
「レオン」
しかしスクリーン画面はそのままで動かなかった。
「おかしいな。いつもならすぐ画面が切り替わるはずなんだが・・・・・・」
アルフォンソが頭をかしげていると、アルマスは再びレオンの名前を呼んだ。
「レオン・・・・・・レオン!」
しかし、画面はそのままで動かない。
「画面が切り替わらないな・・・・・・あっ」
アルフォンソが何かに気がついたのか、アルマスの方を向いた。
「そのレオンなんだが・・・・・いつ亡くなったんだ?」
アルフォンソに聞かれたアルマスは考えながら
「ここに来る前だから・・・・ここに来てからどのくらい経っているのか分からないけど。昨日か、1日しか経ってないと思う」
「そうか・・・・そういう事か」
アルマスの返事にアルフォンソの表情が曇った。
「亡くなったばかりだと・・・・・もしかしたらまだ向こう側でレオンの事を認識できてないかもしれない」
「え・・・・・どういうことですか?」
アルマスが戸惑っていると、アルフォンソはスクリーンを見ながら
「向こう側に行った死者が多い日に当たると、1人1人認識するのに時間がかかる。その日に当たったかもしれないな」
「そんな・・・・・」
アルマスはがっかりした表情でスクリーンを見つめている。
落胆した様子のアルマスにアルフォンソは聞いた。
「まだがっかりするのは早い。レオンが亡くなった場所はどこだ?」
「・・・・ヴィンドです」
アルマスがアルフォンソの方を見ると、アルフォンソは続けて
「ヴィンドのどの辺だ?」
「丘の上の・・・・・遺跡みたいな建物」
「そうか・・・・・まあ、そのくらいの情報でも大丈夫か。やってみよう」
アルフォンソがス再びスクリーンを見ると、アルマスは戸惑いながら聞いた。
「あ、あの・・・・何をしようとしているんですか?」
「今からレオンが亡くなった場所をこのスクリーンに映す。そこに残っているレオンの残留思念を呼び出すんだ」
「残留思念・・・・・?」
「説明は後だ。とりあえずやってみよう。画面が切り替わるかどうか・・・・・・」
アルフォンソは画面を見つめたまま両手を合わせ、小声で何かを唱え始めた。
一方、部屋に残されたホーパスは退屈そうに椅子に座っていた。
トールヴァルドとティードが奥の部屋に入ったまま、なかなか出てこない。
「ここでじっとしてるのもつまらないな・・・・・」
座っているのに飽きたホーパスはその場から上へと上がり出した。
そして奥の部屋のドアを見ると、2人が何を話しているのか気になってきた。
「一体何の話をしてるんだろう・・・・行ってみようかな」
ホーパスは部屋に行こうと移動を始めた。
ドアの前まで来ると、ホーパスはあることを思いついた。
「そうだ、僕は幽霊だからドアを開けなくても中に入れる。中に入っちゃおう」
そしてホーパスは部屋の中に入ろうと、ドアに向かって進みだした。
しかし、ホーパスの体はドアを通り抜けられなかった。
ドアに体が接触した途端、体がぶつかって先に進めない。
「あ、あれ?・・・・どうして?どうして通り抜けられないの?」
ホーパスは戸惑いながらいったんドアから離れた。
ホーパスはそれでも諦めきれず、何度もドアを通り抜けようとドアに体当たりをするが、中には入れなかった。
「どうして?幽霊なのにどうして中に入れないの?」
何度もドアにぶつかり、疲れてきたホーパスはドアに向かって不満そうに言った。
それでも諦めきれないホーパスは辺りを見回しながら
「誰か入って来ないかな・・・・・そうしたら開けてもらえるかもしれない」と部屋の入口へと移動するのだった。
アルマスがスクリーンを見ていると、突然画面が青空に切り替わった。
「よし、場所が変わったな」
アルフォンソが画面を見ていると、画面の景色はだんだんと下に下がっていく。
すると画面中央に、崩れている建物が見えてきた。
「あ、あれは・・・・・・!」
建物を見たアルマスが声を上げると、アルフォンソはアルマスに聞いた。
「今見えてるのはヴィンドの丘の上だ。建物はあれで間違いないか?」
アルマスは建物を見たまま、深くうなづいた。
画面が上に上がって行き、再び青空だけになると、アルフォンソは画面に向かって聞いた。
「おい、そこにレオンはまだいるのか?」
「え・・・・・?」
アルマスが戸惑いながら画面を見ていると、しばらくして音が聞こえてきた。
ひゅうひゅうという風の音が聞こえている。
その音はだんだんと大きく強くなり、まるで意思があるかのようだ。
この風の音、なんだか意思があるみたいだ。ここにいると言っているみたい・・・・・。
アルマスが戸惑いながら画面を見ていると、アルフォンソはうなづいてこう言った。
「そうか・・・・・風を操る子供だったんだな」
「え・・・・?どうして分かるんですか?」
それを聞いたアルマスが思わずアルフォンソの方を向いた。
アルフォンソは画面を見たまま
「今聞こえている音はレオンの残留思念だ。おそらくレオンは風を操る子供だったんだろう?」
レオンは黙ったままうなづいた。
「残留思念は亡くなった本人の思いがモノや場所に残ることを言う。レオンは風を操っていた。
だから亡くなったこの場所に風として残っているんだ」
「・・・・・・」
「今からレオンと話をしてみる」
アルフォンソはそう言うと、続けて画面に向かって呼びかけた。
「今アルマスと一緒にいる。話がしたい。今から簡単な質問をするから、はいかいいえで答えて欲しい」
すると画面から穏やかで心地いい風が吹いてきた。
「今の風は「はい」だな。「いいえ」はどうしようか・・・・・さっきみたいな強い風にしようか?」
アルフォンソが画面に向かって聞くと、今度はひゅううという音と共に強い風が吹いてきた。
「おお、強い風だな。それを「いいえ」にしよう」
アルフォンソはそう決めると、アルマスの方を向いた。
「これでレオンと話ができる。画面に向かって話かけてごらん」
アルフォンソに言われたアルマスは戸惑っていた。
何を話したらいいのかすぐには出てこなかったからだった。
「・・・・どうした?」とアルフォンソ
「い、いえ・・・・・何を話したらいいのか分からなくて・・・・」
「積もる話が色々とあるんだな。簡単な話では済まない。そうだろう?」
アルマスがうなづくと、アルフォンソは右手をアルマスの左肩に置いた
「まずは自分が一番伝えたい事を話すんだ。残留思念もずっとここにいる訳じゃない・・・・今伝えたい事を話すんだ」
「・・・・・はい」
アルマスが答えると、アルフォンソは再び画面の方を向いた。
アルマスも再び画面を見ると、しばらくしてゆっくりと話始めた。
「・・・・レオン、ごめんよ。僕のわがままでこんな事になってしまって」
画面からは何の反応もなく、シンとした静かな空気が漂っている。
「本当はレオンとずっと一緒にいたかった。ヴィンドも好きな村だった・・・・でもヴィンドでいろんな事があって。
だんだんヴィンドにいるのが辛くなってきたんだ。だから他のところに行きたくなってきたんだ」
アルフォンソは画面を見ているが、画面からは何の反応もない。
「今思うと僕のわがままだった。僕は辛い事から逃げたんだ、レオンを置いて。・・・・レオンが亡くなるなんて思わなかったんだ。
こんな事になるのなら、僕はヴィンドから出るんじゃなかった。レオン、怒っているだろう?本当にごめんなさい」
アルマスは画面に向かって深々と頭を下げた。
するとしばらくして画面から穏やかな風が吹いてきた。
その風はアルマスを優しく包み込み、アルマスを許しているようだった。
アルフォンソは風を感じながらアルマスの方を向いた。
「大丈夫。レオンはアルマスを許しているよ」
アルマスは顔を上げ、再び画面を見た。
するとアルフォンソは続けて
「レオンはこうも言っているな・・・・・こちらこそごめんなさい。アルマスに気を使わせてしまったと」
「アルフォンソさん、レオンの話が分かるんですか?」
アルマスが戸惑いながらアルフォンソの方を向いた。
アルフォンソはアルマスを見るとうなづいた。
「ああ。分かるよ。こう見えても死者の話が聞けるんだ。レオンに聞いてみようか?」
「え・・・・・?」
「レオン、アルマスは今訳あってここにいる。アルマスに生きていて欲しいか?」
アルフォンソが画面に向かってレオンに聞いた。
するとすぐに画面から爽やかな風が吹いてきた。
アルフォンソは風を感じながら
「レオンはこうも言っている・・・アルマスに会えて嬉しかった。ヴィンドにいる間、アルマスと一緒に居れて楽しかった。
それはずっと忘れない。僕は死んでしまったけど、アルマスには生きていて欲しい」
「レオン・・・・・・!」
アルマスはその場で泣き崩れた。
一方、ホーパスが椅子に座っていると、入口のドアが開かれる音がした。
ホーパスが入口を見ると、さっき入口で見たエレンの姿だった。
エレンは誰かを探しているのか辺りを見回している。
「あら・・・・・いないわ。どこにいるのかしら」
「あ、さっきの・・・・・」ホーパスはエレンに気がつくと、その場から上に上がりエレンを見ている。
「あら、さっきのネコね」
エレンもホーパスに気がつくと、ホーパスに近づいた。
「ティードとトールヴァルドはどこにいるの?」
「あの2人だったら、奥の部屋にいるよ」
ホーパスが右前足で奥の部屋を指すと、エレンは奥の部屋を見た。
「あの部屋にいるのね。ありがとう」
エレンはホーパスに礼を言うと、奥の部屋へと向かって行った。
あの奥の部屋のドアが開く。
開いているうちに中に入れるかも・・・・・!
ホーパスはエレンの後を追った。
奥の部屋のドアの前に着くと、エレンはドアを2,3度軽く叩いた。
するとドアが開いて、中からティードが出てきた。
「あら、エレン。どうしたの?」
「問題が解決したの。だから一言お礼が言いたくて・・・・」とエレン
「それはよかったわ。彼なら奥にいるけど、直接お礼を言ったら?」
ティードが部屋の奥を見ていると、エレンは首を振った。
「そうしたいところだけど、すぐに戻らないといけないの」
「そう・・・・・なら伝えておくわ。問題が解決したって」
「ありがとう。じゃ、もう行くわね」
エレンはそう言うと、ティードに背を向けて歩き出した。
その時、ホーパスは開いているドアの床下にいた。
エレンが入口へと歩き出した時、ドアの右端に沿うように部屋の中へと入って行った。
ティードはホーパスに気がつかず、エレンの後ろ姿をある程度見送ると、ドアを閉めた。
ティードが部屋の奥に戻ると、トールヴァルドは白く光っている画面を見ている。
「エレンが来てたのか?」
トールヴァルドが画面を見つめながら聞くと、ティードはうなづいて
「エレンよ。さっきの問題が解決したから、お礼を言いに来たって」
「そうか・・・・・それはよかった」
「それって・・・・さっき話していた出口を探しているの?」
ティードがトールヴァルドの隣に来ると、画面を見ている。
「出口はもう見つけているが、最近兵隊達の感が鋭くなってきているような気がして‥‥今手を入れているところだ」
「そう・・・・こうして見ていても何をしているのか分からないけれど」
「分からない方がいい事もある。・・・・・これで大丈夫だろう」
トールヴァルドは画面を消すと、続けてティードにこう切り出した。
「ところで、さっきの話に戻るんだが」
さっきの話?
さっきの話って何だろう・・・・・僕がいない時にしていた話かな。
ホーパスは2人がいる場所から後ろにある、奥の大きな棚の裏側に隠れていた。
2人の話を聞き逃さないよう、耳を前に傾け聞き耳をたてている。
「さっきの話って、あの2人の事?」
ティードがトールヴァルドに聞くと、トールヴァルドはうなづいた。
「さっきの画面に手を入れている間、上の方から連絡があった」
「え・・・・・」
「今あの2人に動いてもらっているが、問題がある。だから別の人で最初からやり直して欲しいということだ」
「なんですって?」
それを聞いたティードは戸惑い、思わず大声を上げた。
「今さら何を言ってるの?またやり直しなんて・・・・・もうこれ以上やり直しはしたくないわ」
「それは私も同感だ」
トールヴァルドは平然とした様子でうなづいた。
そして続けて
「それにもうやり直せる時間はない。これまで何度も同じ失敗をしている・・・・今のあの2人で一番難しいところをクリアした。
このまま続けた方がいいかもしれない」
「一体、何が問題だと言うの?やっとここまで順調に来ているのに」
「それは子供と動物だからだろう。今までは大人だけだった。それが上は気に食わないんだろう」
「どうして・・・・・?それに大人だけっていう縛りはないはずよ」
「子供と動物は何がしたいのか、どう動くのか予測がつかない。上の方も予測がつかないんだろう。それに今回、動物と言っても
幽霊だ・・・・幽霊の動きまでは見ていられないんだろう」
「・・・・・・」
「大人ならある程度予測がつく。何を考えて、どう動くのか・・・・だから大人に変えろと言っているんだろう。
しかし今まで大人だけでやってきたが、同じところでつまづいている。物理的誘惑に負けて脱落した者、精神的負担が大きくなり
脱落した者・・・・・・最終的には心まで病んで脱落している」
「・・・・・・」
「それに比べ、今のあの子供は少し不安定で危なっかしいところはあるが、今までより一番先のステージまで来ている。
それにあのかわいいネコも行動力があってなかなかのものじゃないか。あの2人ならうまくいくかもしれない」
「え・・・・?じゃこのまま最後まで続けるつもりなの?」
ティードがトールヴァルドを見ると、トールヴァルドはうなづいた。
「このまま最後まで行けるか、様子を見てみたい・・・・たとえ上が反対しているとしても」
トールヴァルドの話を聞いて、ティードはうなづいた。
「私もこのまま続けたいわ。最後までいけるかどうか見てみたい」
「ティードもそう思うか。ならこのまま続け・・・・・」
トールヴァルドが途中まで言いかけた時、後ろからガタガタという音が聞こえてきた。
2人が音がした方を見ると、勢いよくホーパスが2人の前に現れた。
「ホーパス・・・・・!いつの間にここに?」
ティードが驚いていると、ホーパスはティードの顔を見るなり責め立てた。
「さっきの話ってどういうこと?選んだってどういうこと?僕達は何に選ばれたの?」
「そ、それは・・・・・・」
「どうやらエレンが来た時に入ってきたようだな。話は途中から聞いたんだろう」
トールヴァルドは平然とホーパスを見ている。
「え、どうして分かったの?」
ホーパスがトールヴァルドの方を向くと、トールヴァルドは右手を伸ばし、ホーパスの頭を撫でた。
「とても賢いネコだ。自分の状況を分かっている・・・・・途中から聞いて話が分からないだろうから説明しよう」
「トールヴァルド!それはまずいわ」
ティードが反発すると、トールヴァルドはティードを見た。
「どうして?何かルールでもあるのか?」
「いいえ、ないけれど・・・・・上がそれを知ったらどうなるか・・・・・」
「別に私はどうなっても構わない。それにちゃんと説明しないとこのネコだって分からないだろう?それに・・・」
「それに?」とホーパス
「説明するのはこのネコだ。あの子に説明をするんじゃない。あくまでも今回の主はあの子供だ。でなければ大丈夫だろう?」
「それはそうだけど・・・・・」とティード
「なら、今から説明しよう。場所は・・・・・ここでいいか。今から説明する」
しばらくして、落ち着いたアルマスはスクリーンを見つめていた。
「さよなら、レオン・・・・・」
アルマスがそう言うと、画面はゆっくりと変わり、元の凍った海に戻った。
「よかったな。レオンに別れを言えて」
アルフォンソがアルマスを見てそう言った時、後ろから何かが開く音が聞こえてきた。
誰かが入ってきたのか、コツコツという複数の靴音が聞こえてきている。
「誰かが来る。兵隊かもしれない」
アルフォンソはアルマスに言うと、辺りを見回し始めた。
アルマスも辺りを見回すが、あるのは大きなスクリーンだけで、何も見えない。
「とりあえず、どこかに隠れないと・・・・・・・こっちだ」
アルフォンソはアルマスの右手を取ると、アルマスを連れてどこかへと消えた。
しばらくして3人の兵隊が入ってきた。
スクリーンの前で立ち止まり、辺りを見回しているが、部屋には誰もいない。
あるのは海を映しているスクリーンだけである。
3人は誰もいない事を確認し、お互い顔を合わせてうなづくと、その場を去って行った。
ドアの閉まる音が聞こえると、スクリーンの裏側からアルフォンソが出てきた。
スクリーンの前まで歩き、辺りを見回して誰もいないことを確認すると、後ろを振り向いた。
「もう出てきていいぞ。兵隊達は出て行った」
すると少し間を置いて、アルマスがスクリーンの裏側から出てきた。
そしてアルフォンソのところまで来ると、アルフォンソはこう言った。
「しかし兵隊達がここまできてるとは・・・・・どこかに移動しないと」
「さっきのところに戻らないんですか?」とアルマス
「戻ってもいいが、途中で兵隊に合うかもしれない。しばらくここにいるのもいいが・・・・・・!」
アルフォンソがどうするか辺りを見回しながら考えていると、途中でいきなり動きが止まった。
右耳にあるイヤホンを右手で押さえながら、誰かと話をしている。
「うん、そうか・・・・・・、ああ、それなら大丈夫だ。分かった・・・・・・じゃ今からそこへ向かう」
アルフォンソが話を終えると、アルマスを見た。
「今から場所を移動する。ついに元の世界に戻れるぞ」
「え・・・・本当ですか?」
「ああ、さっき連絡があった。ここから少し離れたところに休憩所がある、そこに行けば元の世界へ行ける入口がある。
早速行こう」
アルフォンソは兵隊達が出て行ったドアがある方向を見たが、急に後ろを振り返った。
「どうかしたんですか?」
「もしかしたらまだ兵隊がこの辺りにいるかもしれない。反対側の裏口から出よう」
アルフォンソはアルマスの右手を取ると、2人は裏口へと向かって行った。
一方、ホーパスに説明を終えたトールヴァルドは再び画面を映しながら、ある準備をしていた。
右手に丸い置き時計を持ったまま、画面を見つめている。
「これで大丈夫だ。あとはこれを置けば・・・・・・」
トールヴァルドが手前にある机の上に時計を置こうとすると、後ろからホーパスとティードが現れた。
ホーパスは画面をちらっと見ると、トールヴァルドに近づいた。
「何をしているの?」
「ああ・・・・これからキミのご主人を助けるための準備だ」
トールヴァルドが時計を机の上に置くと、ティードが隣に来て時計を見ている。
「その時計はどうするの?」
「これか?これは念のために用意した時計だ。画面上のアラームが鳴るはずだが、もし鳴らなかったら手動でアラームを鳴らす」
「・・・・そう言って、この間も両方のアラームを鳴らしてたような気がしたけど?」
「そうか?そうだったかな・・・・・」
「どうしてアラームを鳴らすの?」と画面を見ているホーパス
「このアラーム音を聞けば、キミのご主人は瞬時に元の世界に戻るようになっている。今いる向こう側の世界に行く前の場所に
戻れるんだ」
「そうなんだ。すごいね」
「さて・・・・・そろそろあの2人が指定の場所に着く頃だ。そろそろ行った方がいい」
トールヴァルドがティードに行くように促すと、ティードはうなづいた。
「ホーパス、そろそろ行きましょう。アルマスを迎えに」
ホーパスがティードの方を向くと、再び画面を見た。
「うまくいくかな・・・・・・」
ホーパスの不安そうな表情に、トールヴァルドは答えた。
「大丈夫だ。何度もやっていて成功している。心配することはない」
「そうよ」ティードが後に続いて言った。
「後は彼に任せて、早く向こうに行った方がいいわ。アルマスを安心させるために。私も一緒に行くから」
ホーパスはティードに近づくと、ティードはホーパスの体を両手で抱きかかえた。
「ここから行くわ・・・・・何かあったら連絡して。大丈夫だとは思うけど」
ティードがトールヴァルドに言うと、トールヴァルドは右手でホーパスの体を撫でた。
「しばらくのお別れだ。キミのご主人に会ったらよろしくと言っておいてくれ」
「ありがとう。アルマスを助けてくれて。また会えるかな?」
ホーパスがトールヴァルドに聞くと、トールヴァルドは右手を放した。
「もしかしたらまた会えるかもしれない。今度はキミのご主人も一緒に・・・・・ティード、後は任せる」
トールヴァルドがティードから2,3歩後ろに離れると、ティードはホーパスを連れてその場から姿を消した。
一方、裏口から出た2人は休憩所へと向かっていた。
アルフォンソが辺りを見回すと、数メートル先にクリーム色の四角いビルのような建物が見える。
「あれが休憩所だ。もう少しで着くぞ」
アルフォンソが後ろにいるアルマスに声をかけ、後ろを振り向こうとした時だった。
「いたぞ!向こうだ!」
アルフォンソが声が聞こえてきた方を向くと、右側から数人の兵隊が走ってきているのが見えた。
2人との間はまだかなり離れているが、だんだんと近づいてきている。
「見つかった!でもまだかなり遠くにいる。休憩所まで走れるか?」
アルフォンソがアルマスに聞くと、アルマスは黙ったままうなづいた。
「あいつらが追いつく前に休憩所まで走るぞ!」
アルフォンソは前を向くと休憩所の建物へと走り出した。
アルマスも後に続いて休憩所へと走っていたが、右足を前に出した途端、大きな石につまづいた。
「うわっ・・・・・・・!」
アルマスが思わず声を出して倒れると、アルフォンソがすぐにアルマスに気がついた。
「大丈夫か?」
アルフォンソはアルマスのいる場所まで戻ると、アルマスの体を両手でひょいと持ち上げた。
そして後ろに背負うと
「しっかり捕まってろよ。休憩所まで走って行くからな」と声をかけ、再び休憩所へと走り出すのだった。
しばらくして2人は休憩所に入った。
中に入ると、薄暗く、細い通路が奥まで続いている。
アルフォンソはアルマスを背負ったまま、通路の奥へと走って行った。
通路の奥に出ると、広い場所に出た。
アルフォンソは立ち止まり、辺りを見回すと、後ろにいるアルマスに言った。
「ここで降ろすぞ」
アルフォンソがその場に腰を下ろすと、アルマスは地面に降りた。
「大丈夫か?ケガはないか?」
アルマスは傷がないか両足を見ると、右ひざに擦り傷のようなものがあった。
右手で傷をさすってみるが、痛くはない。
「・・・・大丈夫です」
「それはよかった。擦り傷程度で済んで」
アルマスの言葉にアルフォンソは安堵しながらもこう言った。
「でも、こうしている時間はない。すぐ追手が来てるかもしれないからな・・・・」
アルフォンソは前を向くと、ゆっくりと歩き出した。
アルマスも後を着いて行くと、少し先に3つのドアが見えた。
そしてドアの前に着くと、アルフォンソは3つのドアを見ながら
「まずは最初の難関だ・・・・・・確かこっちだと思う」と右側のドアの前に立った。
アルマスは3つのドアを見ながらアルフォンソに言いかけた。
「このドアは・・・・・?」
「次の部屋に行けるドアは1つだけだ。説明は後にしよう。こっちだ」
アルフォンソはアルマスの右手を取ると、右側のドアを開けて中に入った。
2人が姿を消した後、足音が聞こえ数人の兵隊達が入ってきた。
3つのドアの前で兵隊達は戸惑うが、全てのドアを開け、1人ずつ中へと入って行った。
アルフォンソとアルマスがドアからの細い通路を抜けると、また広い場所に出た。
2人が奥へと行くと、今度は6つのドアが横に並んでいる。
「今度は倍の数か・・・・・・」
アルフォンソは6つのドアをひと通り見ると、どのドアに入ろうか考えている。
「ここも次の部屋に入れるのは1つだけですか?」
アルマスがドアを見ていると、アルフォンソはうなづきながら
「その通りだ。兵隊を欺くために作られている」
「もし行けなかったらどうなるんですか?」
「それは分からない。今まで行けなかったことはないからな・・・・・・こっちだ」
アルフォンソは左から2番目のドアの前で止まると、ドアを開けた。
アルフォンソが中に入ると、アルマスに後に続いて中に入って行った。
2人が姿を消した後、しばらくして数人の兵隊達がドアの前にやってきた。
6つのドアの前に、兵隊達はしばらく迷っている様子だったが、1人づつ別のドアを開けて入って行くのだった。
一方、ティードとホーパスは森の中に戻ってきた。
ティードはホーパスを放すと、穴の前へと移動し、置いてあるホーパスの分身を見つけた。
「アルマスはまだなの?姿がまだ見えないけど」
穴の上をフワフワ浮きながら、アルマスがいないか見ているホーパス。
ティードはホーパスの分身を消すと、ホーパスを見ながら
「まだ早かったみたいね。大丈夫よ。きっと戻ってくるわ」
「本当に大丈夫かな・・・・・」
ホーパスが心配そうな表情で穴を見つめながら、ティードがいる場所へ戻ると、ティードはうなづいた。
「大丈夫よ。ここでアルマスが戻るのを待ちましょう」
しばらくしてホーパスは穴を見ながら、ティードに話しかけた。
「・・・・さっきの話だけど、あの話は本当なの?」
「え、さっきの話?」
ティードが思わず聞き返すと、ホーパスはティードを見て
「さっきあのおじさんが僕にしてくれた話だよ」
「・・・・本当よ。あなたとアルマスが偶然に選ばれたの」
ティードはそう答えた後、何かを思い出したのかはっとして
「でも、まだアルマスには話してはダメ。今話してしまうと全てが水の泡になってしまうわ。あなたもすぐに天に返されてしまうのよ。
アルマスと離れ離れに・・・・・」
「分かってる。でも・・・・なんだか荷が重すぎるよ」
「・・・・・」
「あっ!そういえば」何かを思い出したのか、突然ホーパスが声を上げた。
ティードがホーパスを見ていると、ホーパスはこんな事を言った。
「あのおじさん、この事を黙っていたら僕の願いを叶えてくれるって言ってた!」
それを聞いたティードは平然と答えた。
「確かにトールヴァルドはそう言っていたけれど、最後まで成功したらの話よ」
「うん、分かってるよ」ホーパスは大きくうなづいた「アルマスには最後まで黙ってる。もし成功したら、僕を生き返らせて!」
「それはダメよ、できないわ」
ティードがとんでもないというように首を振って否定した。
「どうしてダメなの?」
「それは・・・・私だけの判断ではどうすることもできないの」
「なら、あのおじさんに頼んでみる。その前にアルマスが戻ったら話そうかな・・・・・僕は幽霊のままでもアルマスと一緒にいられればいいし」
「今はアルマスには話さないで」
「なら、僕の願いを叶えてくれる?」
「・・・・・分かったわ。上に話をしてみる」
「やったあ!」ホーパスは嬉しそうにその場で高くジャンプすると、再び穴の上へと移動した。
そして穴の上をフワフワと漂いながら
「早くアルマス戻ってこないかな・・・・・」とアルマスの帰りを待つのだった。
一方、アルマスとアルフォンソは相変わらず休憩所の中を彷徨っていた。
何度も細い通路とドアを出たり入ったりを繰り返している。
そうしているうちにアルマスはだんだん疲れてきていた。
何度目かもう分からなくなっている中、2人は細い通路を抜けると驚いた。
目の前には無数のドアが張り巡らされており、見ているだけでくらくらしそうなほどだ。
「これは・・・・・・ここまで来るとやり過ぎだ」
アルフォンソは辺りを見回すと思わずつぶやいた。
アルマスも辺りにあるドアを見ながら
「こんなにドアがあるなんて・・・・・・・どこに入ればいいのか分からない」
「おそらくこれで最後だ。次で目的地に着くはず・・・・・でもこんなにあると分からなくなるな。ちょっと待ってろ」
アルフォンソはアルマスにそう言うと、右耳にあるイヤホンを外した。
そしてイヤホンに向かって話しかけた。
「おい、このドアの数・・・・・・やり過ぎじゃないか?」
するとイヤホンから低い男性の声が聞こえてきた。
「アルフォンソか。少し手を入れただけだが、どうやら多すぎたようだ」
「多すぎにも程があるぞ」声が聞こえるとアルフォンソはイヤホンを再び右耳に入れた「どこが目的地につながってる?」
「分からないのか?」
「ああ、だからこうして聞いてるんじゃないか」
するとしばらく間が空いたが、再び声が聞こえてきた。
「・・・・・大丈夫だ。アルフォンソ、キミなら見つけられる。私と一緒に修行を積んだキミなら分かる」
「そんな事言って、本人も分からなくなってるんじゃないか?」
「そんな事はない。いいか?今から私の言うことを聞くんだ。目を閉じて、じっくり耳を澄ませて心を落ち着かせるんだ。
そうすればわずかな変化を見逃すことはない。目的地が分かるようになる」
「・・・・・・・」
「目的地に着いたら、また連絡してくれ。待っているよ」
「あ、ち、ちょっと・・・・・・」
アルフォンソが戸惑っているうちにイヤホンから声が途絶えた。
アルフォンソからため息がもれると、アルマスの声が聞こえてきた。
「どうかしたんですか?」
「・・・・いや、なんでもない」
アルフォンソはアルマスの方を向いて答えると、その場に座り込んだ。
「今からどのドアにするか決める。少し静かにしてくれないか」
アルフォンソはアルマスにそう言うと、深呼吸をした。
そしてまずは落ち着こうと目を閉じた。
しばらくすると暗闇の中、アルフォンソの右端に何かが小さく光り始めているのに気がついた。
これは・・・・目的地に通じるドアが光っているのか?
アルフォンソが考えながら様子を見ていると、その光はだんだんと強くなり、小さく点滅し始めている。
間違いない。右端のどれかだ。
アルフォンソは目を開け、右端を見た。
すると他のドアに比べて小さなドアが内側から光を放っているように見えた。
「見つけた・・・・・・あのドアだ!行こう」
アルフォンソは立ち上がり、光っているドアに向かって走り出すと
アルマスもそれを見て、後に続くのだった。
2人がドアの中に入ると、今までとは違う光景が広がっていた。
通路の奥から明るい光がもれている。
「奥から光が・・・・・目的地に着いたぞ!」
通路の奥の光を見たアルフォンソは、足早に奥へと歩いて行く。
アルマスもアルフォンソの後を追った。
2人が通路を抜けると、辺りは明るい光に包まれた。
アルマスが前を見ると、目の前には大きなベンチがある。
ベンチの座るところには、左端にコップがいくつか縦に積み重なるように置いてあり
その隣には大きなポットが置いてある。
アルマスは辺りを見回すが、あるのはそれだけだった。
目的地って・・・・・?
元の世界へつながってる入口はどこに・・・・・・?
「ここが目的地ですか?」
アルマスが戸惑いながら聞くと、アルフォンソはアルマスを見た。
「そうだ。まずはあのベンチに座って休もうか。行こう」
アルフォンソはアルマスの左肩を軽く叩くと、ベンチへと向かって行った。
2人はベンチに座ると、アルフォンソはさっそくすぐ隣にあるコップをひとつ取り出した。
そのコップをベンチの上に置くと、ポットを取り、ポットからお茶をコップに入れている。
「まずはこれを飲んで落ち着こうか」
アルフォンソはお茶が入ったコップをアルマスに渡すと、アルマスは黙ってコップを受け取った。
アルマスはコップから伝わってくるお茶の温かさを感じた。
このお茶、熱くもないし冷めてもない。ちょうどいい温度だ。
さっきまで誰かがいて、ポットにお茶を入れたような・・・・・・。
アルマスはコップを口に近づけ、お茶を一口すすった。
お茶が口に入り、飲み込んだ途端、なんだか心が落ち着くような感じがした。
なんだろう、このお茶・・・・・・とても心が落ち着く。
「このお茶美味いな。もう飲み干してしまった」
アルマスが隣にいるアルフォンソを見ると、アルフォンソが空のコップを見ているところだった。
アルフォンソがコップにお茶を入れていると、アルマスがお茶をすすりながら聞いた。
「あの・・・・・この後どうするんですか?」
「まあ、そんなに焦るな。まずはゆっくり休もう。話はそれからだ」
アルフォンソはお茶をコップに入れ終えると、今度はゆっくりとコップを口に近づけるのだった。
一方、トールヴァルドは1人、画面を見つめていた。
何かを考えこんでいるような表情で画面を見ていると、耳元からイヤホンを通じてアルフォンソの声が聞こえてきた。
「・・・・着いたのか?分かった。今から準備をする。時間はそれほどかからない・・・・3分後にしよう」
トールヴァルドはそう答えると、イヤホンから声がしなくなった。
トールヴァルドは画面を操作し、画面中央にある設定画面を写した。
そして設定を終えると、机上に置いてある時計を見た。
時計はカチカチという音が小さく聞こえ、秒針を動かしている。
トールヴァルドは時計に両手を伸ばそうとしたが、途中で手を止めた。
「・・・・・まあ、そこまでする必要はないか。もしもの時はすぐに動かせばいい」
トールヴァルドは再び画面を見た。
画面中央には残り時間が表示され、だんだんと減っていく時間を見つめていた。
トールヴァルドと話を終えたアルフォンソはアルマスに話をしていた。
「そろそろお別れの時間だ。3分後、アラームが聞こえてくる・・・・・それを聞いた途端、元の世界に戻るんだ」
「アラーム?」アルマスは思わず聞き返した「ここに入口があるんじゃないんですか?」
「ここに元の世界に行ける入口はない」
アルフォンソは否定すると、さらにこんな事を言った。
「もしここに元の世界に通じる入口があったら、ここにいる全ての人達が元の世界に行ってしまう。そうなったらどうなるか・・・・・。
元の世界は混乱することになるだろう。それを避けるためにここには入口は作っていない」
「・・・・・・」
「それにアラームはここから聞こえる訳じゃない。お前の頭の中から聞こえてくる。聞こえるのはお前だけだ」
「僕だけにしか聞こえない・・・・・・」
「だから時間になったら、アラームを聞き逃さないように目を閉じるんだ」
「・・・・分かりました」
アルマスがうなづくと、アルフォンソは自分のコップにお茶を入れていた。
「ここにいるのもあと少しだな・・・・」
「ありがとうございます。いろいろと助けてもらって」
アルマスはアルフォンソに礼を言うと、さらにこう言った。
「最後にお茶をもう1杯もらえますか?」
2人は揃ってお茶を飲み干すと、アルマスはコップをベンチの上に置いた。
「・・・・・そろそろ時間だ」
アルフォンソも空のコップをベンチに置くと、アルマスを見た。
アルマスもアルフォンソを見ると、アルフォンソは右手をアルマスの顔に伸ばし、アルマスの左頬に触れながら言った。
「いいか。もう二度とここに来るんじゃないぞ」
「分かりました」アルマスはうなづいた後、続けてこんな事を言った。
「でも、もしかしたらまたここに来るかもしれない・・・・・・もし来たらまた会えますか?」
「来るなと言ったばかりだぞ。でも何が起こるか分からないからな。・・・・ああ、また来たら助けてやる。タイミングよく会えたらの話だが」
アルフォンソは右手を放すと、微笑みながらアルマスに言った。
「もう時間だ。目を閉じて静かにするんだ」
画面の残り時間がゼロになると、トールヴァルドは画面に向かって言った。
「時間だ・・・・・鳴れ、アラーム!」
しかし、画面からアラームが聞こえてこない。
辺りはシンとした空気に包まれたままだ。
「おかしい、どうしてアラームが鳴らないんだ?」
トールヴァルドは戸惑いながら設定画面を見るが、設定時間は3分になっていて異常はない。
「仕方がない。これを鳴らそう」
トールヴァルドは机上にあり時計を取ると、時計の裏側を見た。
そしてアラームのボタンがあるのを見ると、右手の人差し指をボタンに伸ばした。
「鳴れ、アラーム!」
トールヴァルドがボタンを押し、時計のアラーム音がけたたましく鳴り始めた。
するとそれに同調するかのように、画面のアラーム音が鳴り始めた。
アルマスが目を閉じていると、遠くから何かの音が聞こえてきた。
その音はだんだんと大きくなっていく。
音はピピピピ・・・・・という高音に、ジリリリリ・・・・という音も聞こえてきている。
これがアラームの音・・・・・・?
なんだか2重に聴こえるけど気のせいかな・・・・・・・。
2重に聴こえてくるアラーム音に違和感を感じながら、アルマスは音を聴き続けた。
しばらくして、アルフォンソがベンチからゆっくりと立ち上がった。
アルマスの姿はなく、アルマスが使っていたコップだけが残されている。
アルフォンソはそのコップを取ると、なぜか地面に落とすのだった。
「これで終わった・・・・・・もう少しここでひと息つかせてもらおうか」
アルフォンソは再びベンチに座り、自分が使ったコップにお茶を注いだ。
そしてコップを口に近づけて、お茶を飲もうとすると、どこかからバタバタと音が聞こえてきた。
アルフォンソが音が聞こえてきた方を見ると、程なく数人の兵隊達がやってきた。
「おい、お前。子供と一緒だっただろう?子供はどこだ?」
兵隊の1人がアルフォンソに聞いた。
アルフォンソは平然と答えた。
「ああ、あの子か・・・・・途中まで一緒だったが、はぐれてしまった。ここにはいない」
「なんだって・・・・?」
「おい、この落ちているコップは何だ?」
別の兵隊が地面に落ちているコップを見つけると、アルフォンソはそのコップを見て
「ああ、それはお茶を飲もうとして誤って落としてしまった。後で拾おうかと」
「・・・・本当か?」
「探したければ隅々まで探せばいい」
アルフォンソはコップのお茶を飲み干すと、コップをベンチに置いた。
「ところでここまでたどり着くのにかなりの時間と手間がかかっただろう?一緒にお茶でもどうかな?」
アルフォンソが兵隊達にポットを差し出すと、兵隊達は黙ってその場から立ち去るのだった。
しばらくすると暗闇の中から声が聞こえてきた。
・・・・アルマス、アルマス!
誰かが僕を呼んでる・・・・・・。
アルマスが声に気がついて目を覚ました。
目の前にはホーパスとティードがアルマスを見つめている。
「アルマス!」
アルマスが目を開けた途端、ホーパスは声を上げてアルマスに抱きついた。
「ホ・・・・ホーパス・・・・?」
まだ意識がぼんやりとしているアルマス。
「よかった、戻ってきて・・・・・本当によかった!」
「戻ってきたのね、アルマス。本当によかったわ」
ティードが安堵している表情でアルマスに声をかけると、アルマスは辺りを見回した。
ホーパス、時の女神・・・・・・それにここはあの森だ。
戻ってきたんだ・・・・・・。
ホーパスに抱きつかれたまま、アルマスがようやく元の世界に戻ったことが分かるとティードを見た。
「時の女神・・・・・」
「よかったわ、戻ってきて」
ティードは微笑みながら、再びアルマスに声をかけた。
「僕は今までどこに・・・・・?地獄みたいなところにいたような・・・・・・」
「地獄ではないけれど、それに近いところにいたの。でも危なかったわ。もう少し遅かったら本当に地獄に行っていたかもしれない」
「・・・・・・・」
「それで、あなたがしたかったことだけど・・・・・レオンには会えたの?」
ティードがレオンについて聞いた途端、アルマスは驚いた表情でティードを見た。
「どうしてそれを・・・・?」
「あなたの考えている事は分かるわ。前にも話したはずよ。レオンには会えたの?」
アルマスは首を横に振った。
しかししばらくして再び首を振りながら
「・・・・・分からない。でも・・・・会えたかもしれない」
「直接には会えなかったのね」
ティードの言葉にアルマスはうなづいた。
「レオンには会えなかった。でも、レオンの思いは分かった・・・・・」
「レオンの思い・・・・・・?」
「レオンがいなくなったのは僕のせいだ。だから僕はレオンの後を追って死のうと思ってたんだ」
「ダメだよ!」
ホーパスが大声を上げると、アルマスは驚いてホーパスを見た。
ホーパスはアルマスから離れ、その場をフワフワと浮きながら、アルマスを見ていた。
「レオンは・・・・レオンはアルマスの事を思って、あの大きな蠍からアルマスを助けたんだ。自分が死ぬかもしれないのに・・・・」
「ホーパス・・・・・・」
「レオンは死んでしまったけど、自分の命を犠牲にしてアルマスを行かせようとしたんだよ。なのに、死のうとしたなんて・・・・
アルマスはレオンの死を無駄にするの?」
「・・・・・」
「レオンはアルマスに生きていて欲しいから、自分を犠牲にしたんだ。それが分からないの?レオンの思いがアルマスには分からないの?」
「ホーパス・・・・・!」
アルマスは思わずホーパスを抱きしめた。
アルマスの目からは涙があふれ出ていた。
アルマスは泣きながら
「レオンからも同じようなことを聞いた・・・・アルマスには生きていて欲しいって・・・・・」
「うん・・・・・そうだよ」ホーパスもいつの間にか泣いていた。
そしてアルマスの顔を見つめながら泣き顔でこう言った。
「僕だってそうさ。アルマスには生きていて欲しい。いつまでもアルマスと一緒にいたいんだ」
「ホーパス・・・・・ごめん・・・・・ごめんよ・・・・」
「アルマス・・・・・・」
泣きながら抱き合っている2人をティードは黙って見ているのだった。
しばらくして2人が泣き止み、落ち着いた頃、ティードが2人に声をかけた。
「・・・・・2人とも、落ち着いたみたいね。そろそろ行きましょう」
「行くってどこへ?」とホーパス
「森を抜けて近くにある村よ。そこまで一緒に行くわ」
「どうして?」
「まだここは森の中よ。また何かあったら今度は助けられないかもしれない。森を抜けるまでは一緒に行くわ」
「村はどこに・・・・・?」とアルマス
「少し歩くけど、それほど時間はかからないと思うわ。後を着いてきて」
ティードが歩き始めると、2人はその後に着いて歩き始めた。
3人がしばらく森の中を歩いて行くと、だんだんと道が開けてきた。
辺りに生い茂っていた木々がだんだんと少なくなり、道もだんだんと広くなっている。
「もう少しで森を抜けるわ。森を抜ければ村が見えてくるはずよ」
2人の前をティードが歩いている。
「よかった・・・・・やっとこの森を抜けられる。村で休めるね」
ホーパスが安堵していると、ティードが後ろを振り向いて
「森を抜けたら、ホーパス・・・・・あなたの姿も元に戻るわ」
「元に戻るって?」
ホーパスがキョトンとしながら聞き返すと、ティードは呆れてため息をついた。
「すっかり忘れているのね。今は誰の目にも分かるようになっているけれど、森を抜けたら元の状態に戻るのよ」
それを聞いたホーパスはしばらく何を言っているのか分からず黙っていたが、突然あっという声を上げた。
「それって・・・・・また幽霊に戻るってこと?」
ティードは黙ってうなづくと、ホーパスは首を大きく左右に振った。
「嫌だ、嫌だよ!」
「それは森に入った時にちゃんと話したわ。それで納得してたでしょう?」
ティードがそう言い聞かせるが、ホーパスは首を大きく振るばかり。
「嫌だよ、僕このままがいい!またあの悪霊に襲われるのは嫌だよ!」
「それは大丈夫よ。森を抜ければ悪い霊達は見えなくなる。村に入れば安心できるはずよ」
「ホーパス、大丈夫だよ」アルマスがホーパスの方を向くと、続けてこう言った。
「森を出て、ホーパスの姿が見えづらくなっても、僕はホーパスと一緒だよ」
「アルマス・・・・・・」
ホーパスはアルマスを見ると、アルマスは微笑みながらうなづいた。
ホーパスはアルマスに近づいた。
「なら、森を出る前にもう一度アルマスに触れたい・・・・感覚がなくなる前にもう一度、アルマスの温かさに触れたいんだ」
「僕もだよ」アルマスはうなづくと、ホーパスに近づいてホーパスを抱きしめた。
「アルマス・・・・・」
抱きしめられた途端、アルマスの温かいぬくもりを感じながらホーパスもアルマスに抱きついた。
「ホーパス・・・・・・」
お互いのぬくもりを感じながら、2人は何も言わず抱き合っていた。
しばらくすると2人はゆっくりと離れていき、再び森を出ようと歩き始めた。
アルマスがしばらくしてホーパスを見ると、ホーパスの姿が薄くなっている。
ホーパスの体が・・・・だんだん見えづらくなってる・・・・・。
アルマスは変わっていくホーパスの姿に悲しくなっていた。
ホーパスは幽霊だって分かっているのに。
今まで見えていた、触れられたのは特別だったって分かっているのに
どうしてこんなに悲しいんだろう・・・・・・。
アルマスはだんだん姿が消えていくホーパスを、歩きながらずっと見つめていた。
森を抜けると、ホーパスはすっかり元の半透明の姿に戻っていた。
さらに歩いていくと、数メートル先に数件の建物が見えてきた。
「あれが村の入口よ。ここからは2人で行けるわね」
ティードが後ろにいる2人の方を振り返ると、アルマスは黙ってうなづいた。
「なら、私はここで失礼するわ」
「ありがとう」
アルマスはティードにお礼を言うと、そのまま村へと歩き出した。
ホーパスもアルマスの後をついて行こうとしたが、ティードの前で止まった。
そして小声でティードにこう言った。
「ねえ、僕を生き返らせてっていうお願い、忘れないで考えておいてよ」
それを聞いたティードはしばらくしてから答えた。
「・・・・考えておくわ」
「絶対だよ。あのおじさんにも話しておいて。忘れないでよ」
「それよりここでじっとしてていいの?アルマスに置いて行かれるわよ」
ティードがアルマスを見ると、アルマスはどんどん村へと歩いて行き、2人から離れて行っている。
「あっ・・・・・アルマス、置いて行かないで!」
ホーパスがだんだん遠くなっていくアルマスの後ろ姿を見ると、声を上げながらアルマスを追いかけて行った。
ティードは村へと歩いて行く2人の後ろ姿を見送ると、その場で姿を消すのだった。