死の島

 

「はあ・・・・・・・」
薄暗い部屋の中、タダシは溜息をついた。
電気も付けず、ベッドに横になったまま、タダシはスマホを見ていた。
あるSNSを眺めながら、タダシはある事について探していた。



どうすれば、誰にも知られずに死ねるんだろう。
誰にも迷惑をかけずに死ねるんだろう。



タダシは自殺する方法を探していた。
1か月前に勤めていた会社をクビになり、仕事を探すがなかなか見つからない。
失業と同時に付き合っていた恋人に振られ、さらに田舎の母親が重い病気にかかったのだ。
その間にもだんだんと所持金が底をついてきた。



どうしてオレばかり悪いことが重なるんだろう。
もうオレはダメだ・・・・これ以上生きていてもどうしようもない。



そう思ったタダシは自殺をしようと、色々な方法を考えてみた。
まずは部屋で手首を切ることや、首を吊ることを考えたが
死んだ後、警察に通報されて、両親に見つかることが頭に浮かんだ。
それに自殺する前に怖くなってできなくなるのではないかと思い、あきらめた。



次に電車やバスの前に飛び込むことを考えたが
それも迷惑がかかると思い、あきらめた。



誰にも知られずに、誰にも迷惑をかけずに死ねる方法はないのか?



タダシはスマホで探そうと思い、あるSNSを見つけ、こう投稿してみた。



誰にも知られずに、誰にも迷惑をかけずに死ねる方法はないですか?



しばらくて返事は来たが、タダシにとっては納得のいく内容ではなかった。
海や湖に飛び込んだり、どこか海外に行ってそこで事故に遭う、富士山のある森に行って遭難するなど
タダシにとってはとっくに考えたことで、納得のいく方法ではなかった。



オレが死んだ後で迷惑がかかる方法ではダメなんだ。
他に何かないのか?



タダシがSNSの画面を上にスクロールしていると、突然画面の上にメッセージが現れた。



「1件のメッセージがあります」



タダシがメッセージ画面を開くと、未読のダイレクトメールがあった。
誰からのメールかタダシが名前を見ると、「案内人」という名前だった。



「案内人」?こんな人、フォローしたことないけどな・・・・・。
いつの間にフォローしたんだろう。



見知らぬ名前からのメールに、タダシは戸惑ったが、メールを開こうと指をスマホに近づけた。
メールを開くと、数行のメッセージと一番下に、あるリンクが貼られてあった。




周りに知られずに、誰にも迷惑をかけずにあなたの人生を終わらせたいですか?
それなら、とてもいい場所があります。
この場所に行けば、あなたは誰にも気兼ねをすることはありません。
あなたの好きな時に、自分の人生を終わらせることができます。
詳しいことは全部こちらに書いてあります。
見てみるだけでもいいです。一度見てみてください。
URLは・・・・・・。




メッセージの内容に、タダシはまっさきにクリック詐欺を疑った。



こんな時にクリック詐欺か。今時こんなの誰もひっかからないだろう。



タダシはメッセージを削除しようとしたが、文章のある部分がなんとなく気になった。



あなたの好きな時に、人生を終わらせることができる。



一体、どういう事なんだろう。
そこに行けば確実に死ぬことができるのか?
クリック詐欺だったとしても、すぐ死ねばいい。
こっちはもう持っているお金がないんだから・・・・・。



タダシはゆっくりとリンクのURLを押した。



リンク先の画面が開くと、タダシはそこに書かれている内容を見た。
しばらくして見終わると、タダシは意を決したような顔つきで、画面を下にスクロールしていく。
そして氏名等を記入する欄が見えると、タダシは静かに入力を始めたのだった。






それから数週間後。
一隻の船が、ある島に到着した。
船乗り場らしきデッキに船が到着すると、1人の船員がデッキに降りてきた。
そして船の方を振り向くと、船の出入口に向かって声をかけた。
「おい、着いたぞ。1人ずつ降りるんだ」



するとドアが開き、船から1人ずつ人が出てきた。
まず出入口のドアの両側に船員が立ち、しばらくすると1人の男性が出てきた。
男性は船員に何かを渡すと、ゆっくりと船を降りて行く。
その後にも次々と人々が船員に何かを渡しながら船を降りて行く。



そしてタダシが船を降りる番になった。
タダシが出入口まで歩いていくと、ドアの両側にいる船員が静かに手を差し出してきた。
タダシは右手に持っているスマホを船員に渡すと、右側にいた船員が聞いてきた。
「他に持っているものはないか?カメラとか」
「いいえ、カメラは持ってません。外部との連絡を取れるものはそれだけです」
タダシは船員の手にあるスマホを見ながら答えると、船員はうなずいてこう言った。
「分かった。なら行っていい」



タダシが船を降りて、しばらく歩いて行くと、船に乗っていた人々が集まっていた。
その人々の中に入って行くと、白髪で細身の白衣を着た男性がタダシの姿を見て、人々に声をかけた。
「ようこそいらっしゃいました。これで船に乗っていた人達は全員ですか?」
言われた人々が辺りを見回しながら戸惑っていると、その白衣の男性は人数を数え始めた。
「1、2・・・・・・ああ、10人いますね。なら全員だ。行きましょうか。ついて来てください」
白衣の男性が歩き始めると、その場にいた人達も後について歩き始めた。



11人が歩いて行くと、すぐ森の中に入って行った。
辺りは木々や高く伸びている草、それに植物のつるらしきものが上から下がっているのも見える。
森というよりもジャングルの中を歩いているという感じだ。



しばらく歩いて行くと、数メートル先に四角くて、クリーム色の建物が見えてきた。
「あの建物があなた達がこれから住む住居になります・・・・・」
一番先頭で歩いている白衣の男性が説明すると、タダシは先にある建物をじっと見ていた。



建物に入り、内部の案内がひと通り終わると、10人はそれぞれの部屋に案内された。
そしてそれぞれがすっかり落ち着いた頃、リビングに11人が再び集まった。
ささやかな歓迎パーティーを開くというのだ。



タダシがパーティー会場に入ると、既に数人が来ていた。
白衣の男性がタダシに気が付くと、空のワイングラスを持って、タダシに近づいた。
「ようこそ。飲み物は赤ワインでいいですか?」
タダシはワイングラスを受け取りながら
「ありがとうございます。飲み物は他に何かあるんですか?」
「残念ながら、今日は赤ワインしか調達できなくて・・・・アルコールは苦手ですか?」
「いいえ、大丈夫です。いただきます」
「ありがとうございます。では・・・・・・」
白衣の男性はグラスにワインをゆっくりと注ぎ入れた。



グラスを持ったまま、指定されたテーブルの場所に着くと、タダシは辺りを見回した。
テーブルの上には様々な料理が所狭しと並んでいる。
椅子は置いておらず、目の前には自分用のお皿とフォーク、ナイフが置いてあった。
立食パーティーか・・・・・・・。
タダシがそう思っていると、隣にいる男性が声をかけてきた。



「こんにちは。初めまして」
タダシが隣の男性の顔を見ると、黒髪の短髪でさわやかな感じの好青年という感じだった。
「こ、こんにちは・・・・・」
タダシが戸惑っていると、さらにその後ろで髪の長い黒髪の女性が挨拶をしてきた。
「こんにちは。あなたもあのサイトからここに来たの?」
「え・・・・・サイト?」
「サイト・・・・というか、ダイレクトメールです」
男性が後ろの女性を見た後、タダシの方を向いてこう言った。
「ああ・・・・ダイレクトメールなら見ました。それからサイトを見て」
「そうでしたか」
「ところで、後ろにいる女性とはお知り合いですか?」
「あ、ユリの事ですか?」男性は後ろにいる女性の方を向いた。
「いいえ、船で会ったばかりです。船内でたまたま隣に座っていて、話をしているうちに仲良くなって」
「ユリです。よろしくお願いします」
長髪の女性、ユリがタダシに声をかけると、タダシもユリに挨拶した。
「タダシです、よろしくお願いします」



タダシが再び男性の方を向くと、男性も再び挨拶をした。
「僕はノリユキです。よろしくお願いします」
「よろしくお願いします・・・・・」
タダシがそう言いかけている途中、後ろで何かが割れる音が聞こえてきた。



後ろを振り向くと、大柄の男性の前で白衣の男性が頭を下げていた。
下を見ると、床には割れたワイングラスと赤ワインの液体が飛び散っている。
ワインをグラスに入れている途中で、どちらかが誤って落としたのだろう。
「申し訳ございません。今新しいものを用意します」
白衣の男性が謝りながら、慌ててその場を後にした。



「あの人・・・・・」
ユリが大柄の男性を見ながらそう言いかけた。
「え?あの人、知ってる人ですか?」
タダシがユリに聞くと、ユリは首を振って
「いいえ、船で会ったんだけど、船内で色々トラブルを起こしていたの」
「船内で?」
「お酒を飲み過ぎて大声を出したり、船内のいろんな場所をカメラやスマホで撮影したりしてたの。
 船内では撮影は禁止なのに」
「あの人、フリーカメラマンで記者だって言ってた」
ワインを飲んだ後、ノリユキが話に入ってきた。「この島を取材するって話してたよ」
「え、でも船を降りる時にカメラとかスマホとか全部没収されたじゃないですか」とタダシ
「そうだけど、もしかしたら今も、どこかにカメラとかを隠し持っているかもしれませんね」
「あの人、ここから出ようと思っているのかしら?」とユリ
「取材して、ここを出たら、雑誌や出版社にここの情報を売るつもりなんじゃないかな。
 この島、ネットでちょっとした噂になってるし・・・・・・」



この島、結構話題になってるのか・・・・・。



タダシが再び後ろを向くと、白衣の男性が大柄の男性に新しいグラスを渡すところだった。
そして赤ワインをグラスいっぱいに注ぎ入れると、大柄の男性がテーブルへと歩き始めた。



タダシが再び2人の方を向くと、ノリユキが話しかけてきた。
「ところで、船内ではどう過ごしていたんですか?船内では見なかったような気がして」
「ああ・・・・船内では食事の時間以外は、ずっと部屋にいました。疲れていて・・・・・」
「そうだったんですか。部屋で寝ていたとかですか?」
「そうです。それに何もする気が起きなくて・・・・・」
タダシが途中まで言いかけると、後ろで大きな声が聞こえてきた。



「はい、皆さん。お楽しみの途中ですがよろしいですか?」
白衣の男性が大きな声で話しかけると、10人はいっせいに白衣の男性の方を向いた。
「全員揃いましたので、この島についてもう少し話しておきたいことがあります。
 自己紹介が遅れましたが、私の名前は・・・・・白衣を着ているのでハカセとよく言われていました。
 名前を言っても短い間のお付き合いですので、よろしければハカセと呼んでください」



辺りが静まり返ると、ハカセが再び話を始めた。
「あなた達はもうご存じかと思いますが、念のため説明します。あなた達は死ぬことを望んで
 この島に来ました。それはここに来る前に誓約書を読んで、サインをしましたよね?
 この島に来た以上、もう帰ることはできません。ここからは一歩も島の外に出ることはできないのです」



「あなた達それぞれが自分の都合のいい時、好きな時に自分の人生を終わりにできるのです。
 ここにいる間、好きな事をしていただいて構いません。海も山もあります。
 でもそれは・・・・・・」



話の途中、突然グラスの割れる音が聞こえてきた。



全員が音がした方を向くと、さっきの大柄の男性が突然苦しみ、もがき始めた。
「う、ううっ・・・・・・・」
そして苦しそうに口から大量の血を吐くと、そのまま地面に倒れた。



倒れたと同時に、女性の悲鳴がいっせいに聞こえてきた。
倒れた男性は、そのまま固まって動かない。
口からは赤い血がだんだんと床に広がっていく。



「死んだ・・・・・のか?」
近くにいた男性が恐る恐る、大柄の男性を見ている。
するとハカセがそれを見て、淡々と答えた。
「ええ・・・・・そうですね。全く動きませんから。死んでいます」
「そ、そんな・・・・・・」
「あなたは助けようと思わないのですか?どうしてそんなに冷静なんですか」
ノリユキがハカセに向かって聞いた。



ノリユキの言葉に、ハカセは淡々と聞き返した。
「助ける?この島にあなた達は何をしに来たんですか?自分の人生を終わりにするために来たんでしょう」
「で、でも・・・・・来たばかりなのにこんなことって・・・・・・」
「さっき言いかけたことをここで言いましょう。自分の人生を好きなタイミングで終わらせる。
 でもそれはあくまでも、それまで生きられた場合です」
「それまで、生きられた場合・・・・?」
「そうです」
ハカセが死体から離れると、9人を見ながら話を始めた。



「この島にはいろんな死が待ち受けています。海に行けばサメなどの狂暴な生き物がいますし
 山や森に行けば、毒を持っている動物や植物、さらにはハイエナなどの肉食動物がいます。
 本来、この島にいることは危険なんです」



「じゃ、ずっとこの建物にいれば、好きな時に死ぬことができるという訳ですよね?」
ノリユキの言葉に、ハカセはゆっくりと首を振った。



「いいえ、この建物には未知のウイルスがいます。人体に影響のないウイルスもいれば、感染したら
 すぐに命を落とすウイルスもいます」
「な、何だって・・・・・・!」
それを聞いた9人は戸惑いを隠しきれず、辺りはざわざわとし始めた。



ハカセは淡々と話を続けた。
「ここには予測不可能な死が、あなた達を待ち受けています。いつウイルスに感染するか分かりません。
 島の外に出ない限りは何をしても構いません。そもそもあなた達は死ぬためにここに来たんですから
 それまでの間、短い間かもしれませんが・・・・・充分悔いのないよう楽しんでください」



ハカセが静かにリビングを立ち去ると、タダシはあまりにも衝撃的な話に、何も言えなかった。






次の日の朝。
タダシが部屋を出て、朝食を食べようと廊下を歩いていると手前の部屋のドアが開いた。
「おはよう」
黒いTシャツに、青のジーンズ姿の中年の男性が、タダシに声をかけてきた。
タダシはその男の姿を見ると、軽く頭を下げた。
「おはようございます。松前さん。これからご飯ですか?」
「君とは船内でもよく食事で一緒になったね。気が合うのかな?昨日はよく眠れた?」
「いいえ、昨日あんなことがあって・・・・・なかなか寝付けなくて」
「そうだよね・・・・でもこれからもあんなことがあるかもしれない」
松前がそう言った後、突然どこからか悲鳴が聞こえてきた。



2人が悲鳴が聞こえた方に行って見ると、部屋の前には数人が集まっていた。
「どうしたんですか?」
タダシが側にいるセミロングの茶髪の女性に聞いてみると、その女性はタダシの方を向いた。
「この部屋にいた人が・・・・・・・」
「みなさん、どうしましたか?」
その場にいた人達がいっせいに声がした方を向くと、ハカセの姿があった。



ハカセが部屋のドアを開け、中の様子を見た。
奥のベッドには、Tシャツに短パン姿の男性が横たわっている。
男性の顔は青ざめており、体は全く動かない。
呼吸をしていないと分かると、ハカセは静かにドアを閉めた。



ハカセは集まっている人達にこう言った。
「・・・この部屋にいる人は、もう亡くなっています。どなたか前日に何か変わった様子を見た人は
 いませんか?」
誰も見た人がいないのか、誰からも返事はなく、静寂な空気が漂っていた。
ハカセは誰も知らないと分かると
「そうですか。もしかしたらウイルスに感染したかもしれないので、この部屋には入らないようにしてください」
とズボンのポケットから鍵の束を出した。
そしてドアの鍵穴に鍵を入れて施錠すると、鍵の束を右手に持ったまま、その場を離れて行った。



朝食後、しばらくして再びタダシが部屋を出ると、再び松前と出くわした。
「松前さん、これから出かけるんですか?」
背中に大きな黒いリュックを抱えているのを見て、タダシが聞いた。
松前はうなづいて
「うん。いつまでもここにいると気が滅入るからね。朝からあんなことがあったし」
「どこに行くんですか?」
「森に探検しに行くのさ。アウトドアが好きでね。最後に好きなことを思いきりやろうと思って。
 どうせ死ぬんだったら、好きな場所で死んだほうが本望だからね」
「松前さん・・・・・・」
話を聞いたタダシが途中で黙り込んでしまうと、松前はタダシの寂しそうな顔を見て
「短い間だったけど、楽しかったよ。ありがとう」とタダシの右肩を軽く叩いた。
そして建物を出ようと、ゆっくりと歩き始めた。



タダシが後ろを振り返り、松前の背中を見送っていると、松前が後ろを振り返った。
「運がよければ、戻って来るかもしれない。でも戻って来なかったら死んでいると思ってくれ」
松前がタダシにそう言い残すと、再び前を向いて歩き始めた。



夕方になり、タダシは部屋のベッドで横になっていた。
あれから何もする気にもなれず、ずっと部屋に閉じこもっていたのである。



自分はこれからどうやって、自分の人生を終わりにすればいいんだろう。
松前さんみたいに好きなことがあれば、それをやってから死ねればいいけど
好きなことは何もないし。
黙ってここで、死ぬのを待つしかないのか・・・・・・。



ぼんやりとそう考えていると、隣の部屋から女性の怒鳴り声が聞こえてきた。



な、何だ・・・・・?



タダシが起き上がり、壁に耳を近づけると、何やら言い争っている声が聞こえている。
隣の部屋で誰かと喧嘩をしているようだった。



とにかく騒がしくてうるさいから、静かにしてもらうように言ってこよう。



ベッドから立ち上がると、タダシは部屋を出て行った。



部屋を出て、隣の部屋を見た途端、隣のドアが開き、セミロングの茶髪の女性が出て行くのが見えた。
今朝、男性が亡くなった部屋の前で、タダシが話しかけた女性だった。



あの人、今朝会った人だ。



タダシが走り去る女性を見ていると、部屋からもう1人、長い黒髪を後ろにひとつに束ねた女性が出てきた。
「待ちなさい!カズミ、どこに行くつもりなの?カズミ!」
「あ、あの・・・・・・何かあったんですか?」
女性の後ろでタダシが声をかけると、その女性がタダシに気が付いた。
「あ、すみません。・・・・・隣の方でしょうか?声がうるさかったとか・・・・・」
「は、はい。急に怒鳴り声が聞こえて・・・・何かあったんですか?」
「すみません。お騒がせしてしまって・・・・・」
女性がすまなそうに頭を下げていると、そこにユリが通りかかった。
「どうしたの?何かあったの?」
「あ、ユリさん」とタダシ
「廊下を歩いていたら、カズミさんが走って来たものだから。何かあったのかと思って。
 サクラさん、何かあったの?」



タダシとユリがサクラを見ていると、サクラは辺りを見回しながら2人に言った。
「ここじゃ何ですから、私の部屋に入りましょう」



サクラの部屋に入り、サクラからひと通り話を聞くとユリが口を開いた。
「そうだったの。大事にしていたブローチが無くなったのね。それでカズミさんが持っているんじゃないかと
 思って・・・・・」
「亡くなった母が大事にしていたものなんです。昨日から探してもないので、カズミが持ってるんじゃないかと」
サクラがうなづきながら答えると、タダシが聞いた。
「この部屋には2人で?そのブローチはどんな形というか・・・・・どんなものなんですか?」
「私とカズミは姉妹で、この部屋には一緒にいます。ブローチは青い蝶々が羽根を広げているデザインで
 亡くなった母がとても気に入っていたものなんです」
「それで、探している途中で言い合いになったのね」とユリ
「昨日からなくなったということは、船の中に置き忘れたんじゃないですか?」とタダシ
「いいえ」サクラは首を振って否定した。「この部屋に入って、荷物を確認した時はあったんです」



「となると・・・・・やっぱりこの建物のどこかにあるのか」
タダシが部屋を見回していると、ユリがサクラにこう言った。
「分かったわ。カズミさんには、私から話を聞いてみる」



「え・・・・で、でも、あの子が素直に話してくれるかどうか」
サクラが戸惑っていると、ユリはお構いなしで
「カズミさんを探してくるわ。会ったら話を聞いてみる・・・・大丈夫よ。そんなに遠くへは行ってないと思うわ」
「ごめんなさい。迷惑をかけてしまって」
「いいのよ。気にしないで。行ってくるわ」
ユリが部屋を出てしまうと、サクラとタダシはブローチがないか部屋を探すことにした。






2人でブローチを探したが、その日は見つからなかった。
次の日になり、部屋ではサクラがカズミにブローチの事を聞いていた。
「カズミ、もう一度聞くわ。お母さんの形見のブローチはどこにあるの?」
「・・・・・・」
カズミは黙ったまま、サクラを無視しているかのように窓の外を見ている。
「カズミ、心当たりがあるなら話して。無くしたなら無くしたでいいから。正直に話して」
カズミの態度にサクラは少し苛立ちながら、もう一度聞くと、入口のドアがコンコンとノックされた。



入って来たのはユリだった。
「ユリさん・・・・・」
サクラが少し驚いて戸惑っていると、ユリはカズミの姿を見た。
窓の外を眺めているカズミに、ユリが声をかけた。
「カズミさん、昨日私に話したことを正直に話して」



「え・・・・・ユリさん、カズミと昨日・・・・・・」
「昨日会って話をしたわ」サクラが言いかけている途中、ユリがそれを遮るように答えた。
「昨日、この建物を歩いている途中で無くしたのよね?カズミさん」



それを聞いたカズミは、ゆっくりとユリの方を向いた。
「そうよ・・・・昨日部屋を出て、この家の中を彷徨っている途中でブローチを落としたかもしれないわ」
「落とした・・・・?どこに落としたの?」とサクラ
「そこまでは覚えてないわ。いつの間にか無くなっていたから・・・・・」



ユリはサクラを見るとこう提案した。
「この建物の中で落としたのなら、探せばあるかもしれないわ。これから探してみましょうよ」
「え、ええ・・・・・・」
「カズミさんも、一緒に探しに行きましょう。行けばどこで落としたか思い出すかもしれないわ」



3人が部屋を出ると、廊下にはタダシの姿があった。
「あ、ユリさん・・・・・探し物は見つかったんですか?」
タダシが3人の姿を見かけ、ユリに声をかけると、ユリがタダシの顔を見るなり
「タダシさん、ちょうど良かったわ。これからみんなで探しに行くの。よければ一緒に探してくれないかしら」
「探すって、どこを?」
「この建物の中、全部よ・・・・・あ、でもカズミさんが行ったところだけなんだけど。昨日どこかに
 落としたらしいの」
「分かりました。ちょうどやることがないし、暇を持て余してしてたところなんで、手伝います」
「ありがとう」



4人が建物の中を探しながら歩いて行くと、透明のガラス張りの部屋に辿り着いた。
ガラスの向こう側には机の上にいろんなものが置いてあるのが見える。



この部屋・・・・・来た時にざっと見ただけだけど、中には入らせてくれなかったな。



タダシがそう思っていると、突然前にいるカズミが思い出したように声を上げた。
「あっ・・・・・・・そうだわ。この部屋・・・・・・・・」
「どうしたの?何か思い出したの?」とサクラ
「昨日、この部屋に来た時に、何かにつまづいて転んだの。その時に落としたかもしれないわ」
それを聞いたタダシは床を見てみるが、何も落ちていない。
「ここには何も落ちてないけど・・・・」
「ここじゃないわ、部屋の中で転んだの。ゴミ箱か何かにつまづいて・・・・・」
「部屋の中に入ったの!?」それを聞いたサクラは驚いて声を上げた。
「ここには入らないようにって、来た時にあの人が言ってたじゃない!どうして入ったの?」
「どんな部屋なのか興味があったの。少しだけならいいと思って・・・・」
「まあまあ2人とも」
タダシが2人の間に入り、言い合いを止めようとなだめているとユリが部屋を見ながら
「部屋に落としたのなら、床にブローチがあるはずだけど・・・・ここからじゃよく見えないわ」
「なら、私が部屋に入ります」とサクラ



「え・・・・入るのなら、あの人に言って、あの人に取ってもらえばどうですか?」
タダシが反対すると、サクラは首を振りながら
「いいえ、あの人を待ってるより、中に入って探した方が早いですから。それにすぐ見つかると思います」
「で、でも・・・・入らないようにと言われてるのに。それに何かあったら・・・・」
「見つけたらすぐ出ます。大丈夫です」
サクラは部屋の入口へと歩き出した。



入口のドアノブに手をかけ、ドアを押してみると、カギがかかっていないのか、ドアが開いた。
サクラが中に入ると、両側に机があり、その上にはいろんなものが散乱しているように置いてある。
ブローチが落ちていないか、床を見てみるが、それらしきものは落ちていない。



ここにはないのかしら。



サクラがそう思いながら顔を上げると、すぐ右側にある黒いタイプライターが目についた。
長年使われていないのか、白いほこりが被っている。
「あっ」
キーボードを見ると、そこには見覚えのある青い蝶のブローチが乗せられていた。
「あったわ・・・・・・・・」
サクラはキーボードの上にある、ブローチに手を伸ばした。
もう少しでブローチに手が触れようとした時、突然地面が大きく揺れ始めた。



「え・・・・・地震?」
部屋の外ではユリが戸惑いながら辺りを見回していると、タダシが2人に
「地震だ・・・・ここにいたらガラスが割れるかもしれない、ここから離れましょう」
「で、でもサクラさんは・・・・・?」
「机の下に隠れれば大丈夫ですよ、とにかく今はここから逃げましょう、少しでもガラスから離れれば大丈夫です」
タダシは2人を連れてガラスの部屋から離れると、3人は近くにあった大きな机の下に身を潜めた。



一方、サクラは大きな揺れによろけながらも、目の前にあるブローチを取ろうとしていた。
右手でブローチをつかんだ途端、さらに大きな揺れがサクラを襲った。
体がタイプライターに覆いかぶさろうとした時、サクラは右手を思いきり下に押した。
それと同時にパシャっという音が聞こえると、サクラはそのままの体勢で揺れが治まるのを待った。



しばらくしてカチッと何かが押されたような音が聞こえた。



揺れが治まると、机の下に隠れていた3人は再びガラスの部屋に戻った。
「サクラさん、大丈夫ですか?」
ユリが大きな声で部屋の中にいるサクラに呼びかけた。



するとしばらくして、サクラが3人の前に現れた。
サクラはブローチを持っている右手を上げながら
「大丈夫よ・・・・・ブローチはあったわ」とブローチを3人に見せた。
それを見たユリは安堵しながら
「よかった。部屋に戻りましょう。そこから出てきて」
「すぐに出るわ」
サクラは右手を下げると、部屋を出ようと歩き始めた。



動き出した途端、サクラは急に息苦しさを感じた。
突然の変化に、サクラは何が起こっているのか分からなかった。
急にどうしたのかしら・・・・・・早くここから出ないと・・・・・・。
サクラが部屋の外に出ようと一歩前に歩いた時、さらに苦しくなり、激しく咳き込み始めた。



部屋の中のサクラが体を丸めて咳き込む姿に、ユリは心配そうに声をかけた。
「サクラさん?どうしたの?」
「だ・・・・・大丈夫・・・・・・・・く、苦しい・・・・・・」
息が出来ず、途切れ途切れになりながらも、サクラはゆっくりとドアへと歩いて行く。
タダシはサクラの苦しそうな様子に戸惑いながら
「今ドアを開けます!」と、ドアノブに手をかけて開けようとするが、なぜかカギがかかったように開かない。
「どうしたの?早くドアを開けて!開かないの?」とユリ
「くそ、どうして開かないんだ!さっきまでは開いてたのに!」
「サクラさん、早く!中からならドアが開くかもしれないわ、早く来て!」



しばらくしてようやくセキが止まると、サクラは顔を上げた。
「サ・・・・・・サクラさん・・・・・・」
サクラの顔を見た途端、ユリはさらに戸惑った。
サクラの両目からは、一筋の細い血がゆっくりと下に流れていた。
「う・・・・・うわあああっ」
それを見たタダシはあまりにもの恐怖に、思わずドアの前から離れた。



外の2人の様子に気づいたサクラは、左手で顔に流れている赤い血を拭った。
左手に血がついているのを見たサクラは戸惑いを隠せなかった。
「な・・・・・・・何、これ・・・・・・・」
サクラの体がガクガクと震え出した。



それでもサクラは部屋の外に出ようと、ゆっくり一歩づつ、ドアへと歩いていた。
そしてドアまであと少しというところで、再び激しいセキに襲われた。
咳き込むたびに赤い血が部屋に飛び散り、ドアにも血が飛び散って来る。



サクラがドアノブに手をかけた途端、口から大量の血を吐き出した。
そしてゆっくりとその場に倒れると、もう動くことはなかった。
ドアには大量の血がべったりと張り付いている。



「サクラさん!」
ユリがすっかり青ざめた顔で叫んでいると、後ろでカズミの声が聞こえてきた。
「お姉ちゃん・・・・・・私、私のせいで・・・・こんな・・・・・こんなことに・・・・」
カズミがその場に座って泣き崩れていると、タダシは何も言えずその場を立ち尽くしていた。
すると後ろから誰かの声がした。
「あなた達、ここで何をしているんですか?」



3人が後ろを向くと、そこにはハカセの姿があった。
ハカセはガラス張りの部屋を見て、何が起こったのか知ると、ドアの前に立ちふさがった。
「あなた達、ここで何をしていたんですか!この部屋に入ってはいけないと言ったはずです」
3人が何も言わず黙っていると、ハカセは続けて話を始めた。
「この部屋は昔、実験場だったんです。いろんな薬品や毒物を扱った実験をしてきた場所です。
 もしかしたら人体に影響を及ぼすものも作っていたかもしれません。一度毒ガスを使って
 事故があったとも聞いています・・・・・もしかしたらウイルスも扱っていたかもしれません」
「何だって・・・・・じゃもしかしたらサクラさんは何らかの事故に巻き込まれたかもしれないってことですか?」
「それは分かりません」タダシの質問に、ハカセは首を振った。
「もしかしたら事故かもしれませんし、ウイルスに感染したかもわかりません。もうこの部屋には入らないように
 してください」
ハカセがドアが開かないことを確認すると、ゆっくりとその場を後にした。






その日の深夜。
灯りがついていない廊下に、カズミが部屋からゆっくりと出てきた。



私のせいだ。
私のせいでお姉ちゃんが死んでしまった。
私がお姉ちゃんを殺したんだ。



カズミはサクラを亡くしたことをひどく後悔した。
激しい喪失感がカズミを包み込み、カズミは何もする気にもなれない。



お姉ちゃん、ごめんなさい。
すぐ・・・・・すぐ行くから。



暗闇の中、カズミは背中を丸めたまま、ゆっくりと廊下を歩いて行く。
そして建物の外に出ると、そのままどこかへと消えて行った。






次の日。
朝から天気は良く、外には雲ひとつない青空が広がっている。
タダシはテーブルに座って食事をしていると、隣に座っているノリユキが話しかけてきた。
「昨日、いろいろ大変だったみたいですね。ユリから話は聞きました」
「あ、は、はい」タダシは一瞬戸惑いながらもうなづいた。
「それで、カズミさんとは今朝は会ったんですか?」
「いいえ・・・・・・会っていません。昨日の夜からいなくなったみたいです。部屋も静かでしたし」
「さっき部屋に行ってみたけど、いなかったわ」
ノリユキの向かい側でユリが話に入ってきた。「どこに行っちゃったのかしら・・・・・」
「昨日あんなことがあってから、カズミさんずっと落ち込んでて。どこに行ったのか気になってるんです」
「そうですか・・・・・それは心配ですね」とノリユキ
「ところでノリユキさん、最近姿を見てなかったですけど、何かあったんですか?」
「え、あ・・・・・僕ですか」
タダシに聞かれ、ノリユキは少し戸惑いながらも、続けて話を始めた。



「実は、初日の歓迎パーティーでお腹をこわして・・・・何かにあたったみたいで。昨日までずっと寝てました」
「え、今は大丈夫なんですか?」
「今朝起きたら痛みはなくなりました。もう大丈夫です。こうして食欲もありますし」
ノリユキが空のお皿を見せると、ユリがノリユキを見ながら
「何かにあたったって、心当たりはあるの?」
「いいや・・・・・嫌いなものはなかったし、変なにおいもしてなかった。心当たりはないよ」
「もしかしたら食べ過ぎでお腹をこわしたんじゃないの?」
「いや、食べすぎはないよ。ワインは美味しかったから飲み過ぎたかもしれないけど」
2人の会話をタダシは聞き流しながら、カズミのことを気にしていた。



食事を終えて、タダシが部屋に戻ろうとすると、ノリユキが再び声をかけた。
「ところで、よかったらこの後、海に行きませんか?今日は暑くなりそうだし」
「そうですね・・・・・ユリさんも一緒に行くんですか?」
「ええ、行くわ。よかったら行かない?気分転換になるわ」
ユリがうなづいて答えると、タダシはノリユキとユリを見ながら答えた。
「悪いですけど、疲れてるので。しばらく部屋にいます」



タダシが歩き出すと、ノリユキがうなづきながら言った。
「分かりました。もし気が変わったら海に来て下さい。今日は1日海にいますので」
タダシは2人の方を見てうなづくと、再び部屋へと歩き出した。



タダシは部屋に戻ると、そのままベッドに横になった。



まだ午前中なのに、なんだかとても疲れた。
ここに来て、いろんなことがあったせいかもしれない。
少し休みたい・・・・・・。



タダシは目を閉じると、そのまま眠りに落ちていった。



「タダシさん、タダシさん」
聞き覚えのある声にタダシが気が付くと、目の前にはカズミの姿があった。
「・・・・カズミさん!どこに行ってたんですか?」
カズミに気が付いたタダシが聞くと、カズミは表情ひとつ変えず静かにこう言った。
「え・・・・・?何を言ってるの?私達ずっとここにいたじゃない」
「え・・・・・・?」
カズミの話に、タダシは戸惑って辺りを見回した。
辺りは森に囲まれ、どこにいるのか全く分からない。



「え・・・・?いつの間に外に?ここは一体・・・・・・」
タダシが戸惑っていると、カズミは無表情のままこう言いだした。
「私、そろそろ行かなきゃ・・・・・あなたとはここでお別れよ」
「行くって、どこへ・・・・?」
タダシがカズミに聞くと、カズミは何も言わず、タダシに背を向けた。



カズミが歩きだし、だんだん離れていくのを感じたタダシはカズミに向かって叫んだ。
「カズミさん、どこに行くんですか!」
しかしカズミは黙ったまま、だんだんとタダシから離れていく。



「カズミさん!」
タダシはカズミの後を追おうとするが、体が全く動かない。
どうしたんだ、体が全く動かない・・・・・。
「カズミさん!」
動けないタダシはカズミの名を呼ぶが、カズミの姿はだんだんと森の中へと消えていく。



「カズミさん!」
タダシが大声で叫びながら、ベッドから起き上がった。
辺りを見回すと、そこは部屋の中だった。



あ、あれ・・・・・・誰もいない。
ここは・・・・・・。



タダシは辺りを何度も見回しながら、ようやく自分が夢を見ていたんだと理解した。



あれは夢だったのか・・・・・・。



タダシは窓の外を見ると、空は雲に覆われ、暗くなっていた。



タダシは気分転換をしようと建物の外に出た。
空はだんだんと暗くなり、今にも雨が降りそうな天気だったが
少しの間、海に出てみようと思ったのである。



まだあの2人、海にいるのかな・・・・・。
カズミさんもまだ戻ってきていないみたいだし。



タダシはそう思いながら、ふと後ろを振り返った。
後ろを見ると、行き止まりはなく、建物の奥には数本の木々が見えている。
奥に行けば森に行けそうな感じであった。



あの奥は何があるんだろう。



気になったタダシはそのまま歩き始めた。



建物の裏側に出ると、深い茂みが目に入った。
あまり人が入っていないのか、植物や雑草がかなり伸びている。



あまり人が来ないのかな・・・・全く手入れしてないみたいだ。



タダシが茂みの中に入って行くと、何か下にあるのか、何かを踏んだような感触を感じた。



下を見た途端、タダシは大きく目を見開いた。
そこには茶髪のセミロングの女性がうつ伏せに倒れていた。
タダシは女性の足を踏んだのだ。
その女性は紛れもなく、カズミだった。



「カ・・・・・カズミさん?」
タダシはカズミの姿を下から上へと見ながら、カズミに声をかけた。
カズミの頭を見ると、髪の毛に大量の血がついている。
タダシが恐る恐るカズミの顔を見ようと、腰を下に降ろしながら顔を近づけた。



「う、うわああああ!!」
カズミの顔が見えた途端、タダシは思わず悲鳴を上げた。
頭から血が顔にまで流れており、カズミの顔は血で染まっていた。
両目は大きく見開いたままで、口は少し開いており、そこからも血が出ている。



カズミが死んでいるのが分かると、タダシは立ち上がり、後ずさりしながら茂みを出た。
そして建物が目に入ると、タダシはカズミが建物の上から飛び降りたのだと思った。
タダシは怖くなり大声を上げながら、その場から逃げるように走り出した。






一方、海ではノリユキとユリが海水浴を楽しんでいた。
「だんだん空が暗くなってきた。そろそろ帰ろうか?」
空を見上げたノリユキが、後ろにいるユリに声をかけた。
数メートル後ろにいるユリは泳ぎながら
「待って・・・・あなたのところまで行ってから考えるわ」
とノリユキに近づいて行く。
ノリユキはユリの姿を見ながら
「この辺りは急に深くなってるから気をつけた方がいいよ。ゆっくりおいで」
「分かったわ」



ユリが両足を動かした時、何かに当たったのか右足に激痛が走った。
「痛い・・・・・・!?」
思わずユリが顔をしかめ、右手で右足を何度かさすると、その場で海に潜った。
するとすぐ側は岩場になっているのか、目の前にはゴツゴツした岩があった。
そのうちのひとつの岩の先端が鋭く尖っている。
この岩に足をぶつけたと分かったユリは、海面へと上がって行った。



海面からユリが上がって来ると、ノリユキがユリのところへと近づいてきていた。
「ユリ、どうしたんだ?何かあったのか?」
「ノリユキさん・・・・・・」
ユリは岩に当たった右足を海面から確認すると、足首から少し赤い血が出ているようだった。
「岩に足をぶつけたの」
ユリが近づいてきたノリユキに答えると、ノリユキは心配そうな顔で
「え・・・・大丈夫?怪我をしてるのなら、もう上がった方がいいよ」
「う、ううん、大丈夫よ。ぶつけただけだから」
ユリは微笑みながら首を振った。






タダシは海へと向かっていた。
カズミの死をユリに知らせるために、タダシは海へと走っていた。
空はすっかり暗くなり、雨がポタポタと落ちてきたかと思うと泣き出したように
ザーという音を立てながら強くなっていった。






雨が本降りになり、海の波が大きくなり、荒れてきていた。
「ユリ、そろそろ帰ろうか?海が荒れてきた」
ノリユキが辺りを心配そうに見回している。
「そうね・・・・・」ユリは辺りを見回しながらも、続けてこう言った。
「でも、もう少しだけ泳ぎたいわ」
「でも、波も大きくなってきてるし、このままだと波に巻き込まれて溺れるかもしれない」
ノリユキがユリに向かって反論すると、ユリはノリユキの顔を見ながらこう言った。
「そうね。でもそれもいいかもしれないわ。私達はここに死ぬつもりで来たんだもの」
「ユリ・・・・・・・」



ノリユキが黙り込むと、ユリはノリユキに近づいた。
「もっと早くあなたに会いたかったわ。違う場所で会っていれば、幸せになっていたかもしれない」
「ユリ・・・・・・・・」
ノリユキはユリの体を引き寄せると、そのままユリを抱きしめた。
「僕も同じ気持ちだ。船で会った時、どうしてこんなところで会ってしまったんだろうって思った。
 別の場所で会っていれば、こんなところに来ることはなかったのに」
「ノリユキさん・・・・・・・」
「でも、ここでユリに会えてよかった。僕は今、こうしていることがすごく幸せだよ」
「私もよ。あなたと居てとても楽しいわ。幸せ過ぎて、今死んでしまいそうなくらい・・・・」
「ユリ・・・・・・」
ノリユキがユリの顔を見つめていると、2人はお互いの顔を近づけた。



海の中では、ユリの右足の傷口から、かすかな血がまだ出ていた。
2人の背後からは黒くて大きな何かがゆっくりと近づいてきていた。






タダシがようやく海の砂浜に辿り着いた。
砂浜に入ったところで立ち止まり、息を整えて落ち着かせると、荒れている波の音が大きく聞こえている。



あの2人はまだいるのかな・・・・・それとももう戻ったかな。



タダシは2人がいないか海を見渡しながら、海へと歩き始めた。



タダシが海水が足に届くぎりぎりのとろで立ち止まった。
2人がいないか海を見渡していると、遠く右端の方に誰かの姿が見える。
目を凝らして見てみると、ノリユキなのか白い背中が見えた。
その奥にはユリの長い黒髪がちらっと見えた。



タダシは2人に向かって大声で名前を呼んだ。
「ユリさん!ノリユキさん!」



しかし、声が聞こえないのか、2人はタダシの方を向こうとしなかった。
「ユリさん!ノリユキさん!」
タダシが再び大声で呼ぶが、2人は一向に動かない。



ダメだ・・・・・雨と波の音で、声が聞こえていないのかもしれない。



タダシは2人の近くに行こうと、右端へ走り出そうとした。



その時だった。
突然、2人のいるところから大きな波しぶきが上がった。
波しぶきが上がり、その中から得体の知れない、多いな黒いものが上がってきたのだ。
その黒いものは近くにいる2人に向かって来たかと思うと、そのまま再び海の中へと消えていった。
海面に浮かんでいた2人の姿は一瞬で消えて行った。



それを見ていたタダシは、何が起こったのかよくわからなかった。



あの黒いものは・・・・・・?あの2人はどこに・・・・・・・。



タダシは2人がいた場所を再び見たが、2人の姿は見当たらない。



あの黒いもの・・・・・あれは・・・・・・。



タダシが考えていると、ハカセが言っていた言葉を思い出した。
「海に行けばサメなどの狂暴な生き物がいます」



あれは・・・・・もしかしたらサメ・・・・・・!
ということはあの2人は・・・・・・・!?



タダシは2人がサメに襲われたと思うと、恐怖と失望感に襲われた。
「そ、そんな・・・・・うわあああああ」
タダシは悲鳴にも似た叫び声を上げながら、砂浜を駆け出して行った。






次の日。
タダシはベッドの上で目覚めると、失望したような顔で起き上がった。



まだ、生きている。死んでいないんだ。
次は自分の番だと思ったのに。



この場所で仲良くしていた仲間が次々と死んでいくのを見たタダシは
次は自分が死ぬ番だと思っていた。



そもそも、ここに来たのは死ぬために来たんだ。
ここで死ねないんだったら、自分で死に場所を決めるしかない。



タダシは窓の外を見た。
外は晴れていて、周りの木々の緑が昨日の雨で、きれいに光っているように見えた。
タダシは覚悟を決めたように、ベッドから離れて行った。






数時間後。
タダシは森の中を歩いていた。
自分の死に場所を森にしようとタダシは決めたのだ。
ただ、森のどこにするかまではまだ決めていなかった。
誰にも見つからないような場所で、ひっそりと死のう。
タダシは自分にふさわしい場所がないか、辺りを見回していた。



しばらく歩いていくと、右側に少し開けた場所があるのが見えてきた。
あの場所はどうなんだろう。
そう思いながらタダシが歩いて行くと、目の前に黒いものが落ちていた。
タダシが黒いものを見た途端、はっと何かを思い出した。
これは・・・・・確か松前さんが出て行く時に持っていたリュックだ。
タダシは落ちているリュックを拾うと、中身は空なのか何も入っていなかった。
この近くに松前さんがいるかもしれない。
タダシは松前がいないか、辺りを見回した。



タダシが開けた場所に行ってみると、少し先に誰かが椅子に座っている姿が見えた。
黒いシャツに、青のジーパンが見えると、タダシはその人に向かって声をかけた。
「松前さん!」



しかし松前は何の反応もなく、動こうともしなかった。
「松前さん・・・・・・?」
タダシは名前を呼びながら、松前に近づいた。
そして松前の横を通り過ぎ、松前の顔を見ようと後ろを振り向いた。



松前の顔を見た途端、タダシは思わず言葉を失った。
「・・・・・・・!?」
松前の胸部にはクマか何かに襲われたような引っ掻き傷があり、シャツは引き裂かれ、傷口には血がついている。
顔にも同じような傷があり、左頬は血で真っ赤に染まっていた。
両目は大きく開いたまま、何かを見ているようだった。



松前の周辺には、クマのような丸い足跡がクッキリと残っていた。
その足跡は先の茂みへと続いている。



松前の死体を見たタダシは絶叫しながら、逃げるように走り出した。



無我夢中で森の中を走っていたタダシは、いつの間にか山の頂上へ辿り着いた。
タダシは立ち止まり、息を荒くしながら辺りを見回した。
目の前には崖があるが、その先は何があるのか見えなかった。



崖がある・・・・・・。
ちょうどいい、崖から身を投げ出して死のう。
もうこれ以上、誰かの死体は見たくない。



タダシは崖から飛び降りようと、崖の先端へと歩き出した。



崖の先端まで来たタダシは、ふと崖下を見た。
崖下には、木々の緑が見えるが、その間に何か白いものが山積しているのが見える。
それは1カ所だけではなく、至るところにあった。



タダシは白いものは何かと目を凝らした。
よく見てみると、白いものに紛れて、茶色のものや黒いものが見える。
さらに見てみると、赤い服のようなものが見えてきた。



それを見たタダシは、崖下に山積しているものが何なのか分かった。
そ、そんな・・・・・・・。
何なのか分かった途端、タダシは得体の知れない恐怖に襲われた。
崖下に山積しているものは、崖下から飛び降りて亡くなった者達の白骨死体だったのだ。



ここから飛び降りれば、確実に死ねる。
でも、こんな・・・・・こんな野ざらしにされるなんて・・・・・・。
この中に飛び込むなんて、オレは嫌だ。



タダシは恐怖のあまり、体中がガクガクと震え出した。
顔は真っ青になり、ゆっくりと後ずさりしながら崖から離れた。
そして崖から離れた場所まで来ると、悲鳴にも似た大声を上げながら頂上を走り去って行った。



タダシが泣き止み、落ち着いてきた頃、建物の前まで戻ってきていた。
下を向いたまま、疲れ切った顔で中に入ると、ある部屋の前でハカセの姿を見かけた。
部屋に鍵をかけ、鍵穴から鍵を出すと、ハカセはタダシがいることに気が付いた。



「もう、戻ってきたんですか・・・・・・?まだお昼前ですが」
ハカセがタダシに声をかけると、タダシはようやく顔を上げて、ハカセを見た。
ハカセの右手にある鍵を見ると、タダシは何があったのか察しがついた。
「また、誰かが亡くなったんですか・・・・・?」
「ええ、ウイルスに感染したようです」ハカセはゆっくりとうなづいた。
「これで生き残っているのは、あなただけになりました」
「え・・・・・今朝食事をしていたのは僕を入れて3人でした。もう1人いるはずですが」
タダシが戸惑っていると、ハカセは首を振って答えた。
「その1人ですが、さっき部屋の中で死んでいました。手首を刃物で・・・・・自殺したようです」
それを聞いたタダシは絶望感に襲われた。



ここに来て、生きているのはもう自分しかいない。
次は自分の番だ。
次は自分がここで死ぬんだ。



そう思いながら、タダシは部屋に戻って行った。






それから島には定期的に新しい人が入ってきては、次々と亡くなっていくが
なぜかタダシは生き残っていた。



ここに来て、もう半年くらい経つけど
どうしてオレは生き残っているんだろう・・・・・。
後から来た人は次々と死んでいくのに。



そう疑問に思っていたある日、タダシは食事の後、近くの部屋に入ろうとするハカセの姿を見かけた。
「あの、すみません」
タダシの声にハカセが振り返ると、タダシはこう切り出した。
「聞きたいことがあるんですけど、今いいですか?」
「ええ、いいですよ」
ハカセはうなづいて、部屋のドアを大きく開けた。
「立ち話もなんですから、部屋で座って話を聞きましょうか」



2人は部屋に入り、それぞれ椅子に座ると、ハカセが聞いてきた。
「ところでお話というのは・・・・・」
「どうしてオレだけが今も生きているんでしょうか?他の人達は次々と死んでいるのに・・・。
 ここに来てもうしばらく経っているのに、どうして・・・・・・」
「あなたは・・・・確かタダシさんでしたね。ここに来てどのくらい経ちますか?」
「もう半年くらいは経つと思います。自殺することも何度も考えましたが、できなくて。
 ウイルスに感染すれば死ねると思っているんですが・・・・・」
「半年・・・・・そうですか・・・・・」
ハカセはそう言った後、何かを考えているように黙り込んでしまった。



2人の間は静かな空気が流れていた。
しばらくしてタダシが何かを言おうとすると、ハカセが話し始めた。
「もしかしたら、あなたは今、この部屋に蔓延しているウイルスには感染しない体質ではないでしょうか。
 免疫力が強いとか、疲れてもすぐ回復するとか」
「いいえ、そんなことありません」タダシは首を振った。「最近は寝ても疲れが取れないし」
「そうですか。今もすぐに死にたいと思っているんですか?」
「そもそもそのつもりでここに来ました。今もここに来てる人がウイルスに感染して死んでいるのに
 オレだけが生きているのは納得がいかないというか・・・・・」
「今すぐにでも死にたいと言うのでしたら、森に行って崖から飛び降りるか、海で溺れ死ぬか
 部屋で自殺するか・・・・・どちらかしかありませんね」
タダシがうなづくと、2人の間には再び静寂な空気が流れた。



しばらくして、ハカセが話を始めた。
「自分で死ぬことができないのなら、ここでウイルスに感染するのを待つしかありません。
 いつになるかは分かりませんが」
ハカセの言葉に、タダシが黙っていると、ハカセが続けてこう言った。
「ここではウイルスが毎日のように発生しているみたいですが、私も今までウイルスに感染していません。
 毒性の強いウイルスが発生したら死ねるかもしれませんが・・・・・・」
「え、ウイルスに感染していないって・・・・・」タダシは戸惑いながら続けてこう言った。
「あなたはいつからここにいるんですか?どうしてここに」
「実は私もあなたと同じで、ここには死ぬために来ました」
ハカセがあっさりと答えると、タダシはそれを聞いて驚いた。
「え・・・・・?」
「私もここに来た時は、すぐ死ねるだろうと思っていました。でも、時間が経つうちに周りの人達が死に
 自分だけが生き残っている。自殺したくても思いとどまる日々が何度もありました。
 不思議ですよね・・・・・あんなに死にたいと思っていたのに、いざ死のうとすると心のどこかで
 生きたいと思ってしまう自分がいる。それで何度も自殺を思いとどまってしまうんです」



同じだ・・・・・・。
今の自分と全く同じじゃないか。



タダシがそう思っていると、ハカセは話を続けた。
「それなら、無理に死ぬことはない。死ぬ時が来たら死のうと思いました。毎日ここにいれば
 いずれはウイルスに感染するでしょう。毒性の強い変異株が発生すれば、すぐに感染して死ぬことになる。
 それまで待つことにしたんです」


 
ウイルスの変異株に感染すれば死ねるかもしれない。
自殺ができない今はそれまでここで待っているしかないのか・・・・・・。



タダシは自殺ができないという自分の弱さにもどかしさと虚しさを感じながらも
ウイルスの変異株の発生に淡い期待を持つことにした。






そうしているうちに、ハカセが突然体調を崩し倒れた。
部屋でタダシがベッドに寝ているハカセを看病していると、ハカセが話しかけてきた。
「タダシさん、ここ数日は色々と世話になりました。ありがとう」
「いいえ、とんでもない」タダシは首を振った。
「ゆっくり休んでください。この数日間は誰も来ていないので、僕もゆっくりできました」
「もう私はダメかもしれない・・・・」ハカセがそう言いかけた途中、激しく咳き込んだ。
タダシが咳き込んでいるハカセを見つめていると、ようやく咳が止まった。
「どうやらウイルスに感染したようだ・・・・倒れてから熱が続いて、話し出すと咳が止まらない。
 こうして話すのも辛くなってきた・・・・・息がしづらい」
「そんな・・・・!ここには治療器具とか何もないんですか?せめて酸素ボンベとか」
ハカセの声が細々と小さくなっていくのを聞いたタダシは、椅子から立ち上がった。



ハカセは小さく首を振った。
「ここには・・・・・救命器具は何もありません・・・・あとは死ぬだけです・・・・・」
「そんな・・・・・あなたがいなくなったら、ここには僕しか・・・・・・」
「あなたにはこの施設に何があるのかを話しました・・・・・私がいなくても大丈夫です。
 次の船がいつ来ても、あなたはきっと大丈夫で・・・・・」
ハカセが再び咳き込み始めた。



しばらくしてようやく咳が落ち着くと、ハカセはタダシに向かって再び話を始めた。
「私が生きているのはあと数時間でしょう・・・・・最後に言っておきたいことがあります」
「な・・・・・何ですか?」
「この・・・・島のことです」ハカセは力のない、か細い声でゆっくりと言った。
「この島は・・・・・私がここに来た時・・・・・聞いた話・・・・・だと、ある国の政策によって
 ここはできた・・・・・そうです。・・・・・・この島は、地図には・・・・ありません」
だんだん小さくなっていく声に、タダシはハカセの話を聞こうと、口元に耳を近づけて行った。



小さめの咳が何度か出た後、ハカセは話を続けた。
「この島について・・・・・もっと知りたければ、後ろに机があります。・・・・・その引き出しに
 1冊のノートが・・・・・・・」
ハカセが途中で咳き込むと、タダシはうなづきながらこう言った。
「分かりました。ノートを見ればいいんですね」
ハカセはうなづいて
「ウイルスに感染した死体は・・・・・島のどこかに処分場が・・・・あります。
 鍵は・・・・部屋の鍵は後ろの机の上・・・・・にあります。私が死んだら・・・・部屋に鍵をかけて
 ・・・・・そうすれば死体は自動的に処分・・・されます・・・・・」
タダシは黙ってうなづくと、ハカセはゆっくりと笑って見せた。
「だからあなたは・・・・・何もしなくていい・・・・。やっと私も・・・・これで妻の元へ行ける。
 ありがとう・・・・・・・」
そう言い終えると、ハカセはゆっくりと両目を閉じた。
そして再び話をすることはなかった。






次の日。
午後になり、タダシはハカセがいる部屋に入った。
昨日は数時間ハカセの側にいたが、ウイルスに感染することはなかった。
中に入り、恐る恐るベッドに近づくと、ハカセの姿はない。
ベッドの上は妙にスッキリときれいに整えられ、シーツも新しいものがしわひとつなくかけられていた。



昨日、鍵をかけてから誰かがこの部屋に入ったのか?
ベッドの周りがきれいになってる・・・・・・。



きれいになっているベッドを見ながら、タダシは先にある机に向かっていた。



机の前に向かうと、タダシはハカセが言っていた引き出しを開けた。
中には1冊の茶色のノートが入っていた。
その隣には、1台の黒い折りたたみ式の携帯電話が、折りたたまれた状態で置いてあった。



タダシが引き出しからノートを出すと、机の上に置いた。
ノートを開くと、そこには手書きの文字がびっしりと書かれていた。
タダシは書かれている文字を目で追い始めた。




この島はずっと夏と春の気候なのか、寒い日はない。
地下の倉庫に行けば、食料はあるから、食事には困らない。
定期的に来る船が食料を運んでくる。死を望んでいる人達と一緒に。
どこから運んでいるのかは分からないが。


この島に入ったら、二度と外には出られない。
死ぬまでずっとこの島に閉じ込められる。
この部屋で死ぬのはまだいい方だ。島のどこかにある処分場で処分されるらしい。
森や海で死んだ奴等は、死体は誰も片付けない。野ざらしのままだ。
野ざらしで白骨化した死体を見て、発狂して自殺した奴等を何人も見ている。




これは・・・・今までここを管理していた人達が書き残してきたんだ。
やっぱり・・・・森で見たあの骨は・・・・・今まで死んだ人の骨なんだ。
野ざらしのままだなんて・・・・ひどすぎる。



タダシがそのまま読み進んで行くと、気になる文章が目についた。




これを見ている人がいたとしたら、今度はその人がこの部屋の管理者になる。
この島で生き残った者は、死ぬまで次々とこの島にやってくる者達を迎えなくてはならない。
そしてそれは、死を望む者がこの島に来なくなるまで永遠に続くだろう。




文章を見て、タダシは戸惑った。



今、ここにいるのはオレだけだ。
ということは今度はオレがこの島の管理者に・・・・・・。



そう思うとタダシはいたたまれない思いに襲われた。



そんな・・・・今度はオレがこの島の管理者だなんて。
毎日死体を見ることになるかもしれない。
嫌だ、絶対に嫌だ。



すると突然引き出しの中から、電話のベルが鳴り始めた。
電話の音にタダシは最初、どこで音が鳴っているのか分からなかったが、引き出しに携帯電話があるのを
思い出すと、再び引き出しを開けた。



なんだ・・・・・この電話、この島には電波は届かないって聞いていたのに。
一体、どういうことだ?



タダシが携帯電話を取り出した途端、ベルの音が止んだ。


止まった・・・・・・。



念のため、タダシは携帯電話を広げ、画面を確認すると、メッセージが表示されていた。
「1件のメールが届いています」



タダシはメールを開くと、日本語でこんなことが書かれていた。




管理者へ

希望者10人を乗せた船が、もうそろそろ島に着く頃だと思います。
迎える準備をして下さい。

それから1名、島のことを調べようとしている人がいます。
島のことは決して外部に知られてはならない。
前回と同じように、まず最初に処分するよう願います。

そういえば、今回から新しい管理者でしたね。
処分は、地下の倉庫の冷蔵庫の隣の棚に、毒薬があります。
それをワインと一緒に入れて該当者に渡すか、ワインにあらかじめ毒を仕込んでおいてください。
それだとやりにくいようでしたら、粉末にしたものもあるので、それをグラスの内側に塗るなりしてください。
決して他の人達に怪しまれないように。




タダシはメールを見て愕然とした。



そ、そんな・・・・・・どうしてあの人が死んだことを知っているんだ?
もしかしたらオレが生きていることも知っていて、こんなことを・・・・・・。



メールを見ていくと、最後にこんなことが書かれていた。




あなたには拒否する権利はありません。
この島のことがもし外部に知られたら、我々はただちに島を爆破し、なかったことにするか
あなたを管理者として、外部に差し出すことにします。
今、あなたができることは我々に従うか、拒否してすぐ死ぬかのどちらかです。
船が島に着く前に、どうするか決めてください。




タダシはメールを送った相手が、とてつもなく大きい権力を持った者だと感じた。
この相手の言う通り、人を殺すか、それともすぐに自殺するか・・・・・・。
究極の選択にタダシはどうするか迷っていた。



すると突然、タダシは島に来た時の歓迎パーティーを思い出した。



そうか・・・・・・・。
ここに来て初めての夜、あのパーティーで死んだあの男は
もしかしたらあの人が殺したのかもしれない。
このメールに書いてある方法で。



すると後ろで船の汽笛が鳴る音が聞こえてきた。



船が来たんだ・・・・・・!



タダシは携帯電話を机の上に置くと、部屋を出て行った。






海に出ると、船の姿がはっきりと見えてきた。
タダシは船を見つめながら、心の中で叫んだ。



来るな!来るんじゃない!



船はゆっくりと、右側にあるデッキへと向かって来ている。
このまま何も起こらなければ、10人が島に上陸するのは明らかだった。
タダシが死ぬ選択肢は、もはやなくなってしまった。



自分で死を選ぶか、誰かが生き残るまで、これは続くんだ。
死ぬのも地獄、生き残るのも地獄。
オレは一体、いつこの状況から解放されるんだろう・・・・・・。



デッキに到着した船を、タダシはただ遠くから見つめていた。




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