sadness1

 



ある大雨の夜だった。
地面に打ちつける雨の音が響く中、ひとつの影が道路を静かに横切って行った。
雨の音に紛れながらも、小さな泣き声のような声が聞こえてきた。
その影は灯りもなく真っ暗なビルの壁に写り込むと、ぽっかりと穴が開いたようなビルへと
吸い込まれるように入って行った。



中に入ると辺りは真っ暗で、窓のガラスは割れており、椅子や机が散乱している。
壁に写った影は立ち止まり、廃墟になったビルの中を見回すような動きを見せると、再び動きだした。



しばらくするとコツコツという音がビルの中に響き渡った。
階段を上ってビルの屋上に出ると、再び雨の音が聞こえてきた。



雨の中、屋上に出た1人の黒髪の長髪の女性は、傘も何も持たず、真っすぐと屋上の端へと向かった。
白いワンピースを着ているが、雨ですっかり濡れており、所々が泥で茶色に汚れている。



屋上の端まで来ると、女性は立ち止まった。
目の前は壁も柵すらもない。



女性はすすり泣きながら、広がっている夜の暗い空を見上げた。



しばらくすると、ドスンというにぶい音が聞こえてきた。



ビルの側には屋上から飛び降りた女性がうつ伏せで倒れていた。
強く打ちつける雨の中、女性の体からは大量の液体が地面へとあふれ出していた。



それから13年の月日が流れた。
海の中を1隻のプレジャーボートがどこかへと向かって進んでいた。
「おい、ヒロト、シンゴ・・・・このまま真っすぐ行って大丈夫だったっけ」
運転席でハンドルを握りながら、黒いスーツ姿の男性が後ろにいる誰かに話しかけた。
すると後ろから、紺色のスーツを着た茶髪の男性、シンゴが体を前に乗り上げながら、辺りを見回した。
「うん、しばらくはまっすぐでいいんじゃないかな」
「おいおい、行き方を忘れたのか?」
後ろで席に座っている黒髪の茶色のスーツを着た男性、ヒロトが眉をひそめていると、シンゴが後ろを振り返りながら
「大丈夫だって、しばらくすれば建物が見えてくるから」
「お前、今日行くホテルに行ったことあるのか?」
「いいや、ないけど」シンゴは首を振りながら、続けて答えた。
「でもホテルが出来る前に行ったことはある。ケンジだってあるだろう?行ったこと」
すると運転している男性、ケンジが後ろを振り返って
「行ったけど、もう随分昔の話だからな・・・・まさかあそこがホテルになるなんて思わなかったけど」
「ああ・・・・・」
一瞬、3人の間が静まり返った。



するとシンゴが再び話を始めた。
「と、ところで今日やるパーティーって、同窓会だろう?誰が主催なんだ?」
「え?誰が主催・・・・・・学校じゃないのか?」
ヒロトが聞き返すと、ケンジが前を向いてこう言った。
「あ、小島だ・・・・・島が見えてきたぞ!」
その声に2人が前を向くと、遠くにうっすらと島が見えてきた。



しばらくして3人を乗せたプレジャーボートは小島の小さな砂浜に到着した。
既に誰かが来ているのか、数隻のプレジャーボートが停まっている。
3人は荷物を持つと、ボートを降りて歩き始めた。



砂浜を出て歩いて行くと、数メートル先に建物が見えてきた。
2階建ての建物で、白い壁には汚れがひとつもなく、新しくできたばかりのようである。
その建物以外は建物がなく、周りは大きな木々が生い茂っている。



3人がホテルに入ると、すぐ側にいる制服姿の年配の男性に声をかけられた。
「いらっしゃいませ。招待状をお持ちでしょうか?」
それを聞いた3人は戸惑っていると、そのうちシンゴが聞いた。
「え、もう招待状をここで見せるんですか?」
「はい。本日は招待状を持っている方のみしかご利用できません」
「ということは今日は貸し切りか・・・・・・」
シンゴがスーツのジャケットから招待状を出し、制服の男性にそれを見せた。
他の2人も招待状を見せると、制服の男性はうなづきながら微笑んだ。
「ありがとうございます。それでは各お部屋にご案内しましょう」



制服の男性がゆっくりと歩き始めると、3人は後を追うように歩き出した。
すると入口から1人の黒いワンピースを着た、細い黒ぶち眼鏡をかけた黒髪のショートヘアの女性が入ってきた。
4人の姿を見かけると、立ち止まってしばらくの間、後ろ姿を見つめるのだった。



夜になり、ホテルのホールには人々が集まっていた。
ホールにはスーツやドレス姿の男女が、丸いテーブルを囲んで食事を楽しんでいる。
それぞれ隣り合った人々と会話を楽しんでいた。



黒ぶち眼鏡のショートヘアーの女性がホールに入ってきた。
「あら、アヤさんじゃないの」
その声がした方を向くと、そこには2人の女性が席に座っていた。
茶髪で髪の長い女性と、黒髪のミディアムのストレートで青いワンピース姿の女性だった。



アヤは2人に軽く頭を下げると、2人を避けるようにひとつ離れた席に座った。
すると茶髪で髪の長い女性がアヤを見ながら声をかけてきた。
「あなたもこの同窓会に来たの?」
アヤはうなづきながら
「ええ・・・・・ミカさんも、それにナツキさんも来てたんですか」
すると青いワンピース姿の女性、ナツキもアヤを見ながら
「そうよ。あなたは来ないと思ってたけど、まさか来るなんてね・・・・・」
「卒業してからかなり経つけど、元気そうみたいね。あなたの顔は見たくなかったけど」とミカ
「・・・・私がここに来ちゃいけないんですか?」
アヤが2人をじっと睨むように見ていると、誰かの声が聞こえてきた。
「あら、あなた達も来てたの」



3人がいっせいに声がした方を向くと、そこには黒髪のストレートで、髪を背中まで伸ばした女性がいた。
「あ、アンナさん」とアヤ
「アンナ、久しぶり!」アンナの姿を見たミカが笑顔で声をかけると、アンナは3人を見ながら微笑んだ。
「久しぶりね、空いてる席はあるかしら?」
するとナツキが席から立ち上がって
「私の隣が空いてるわよ。隣にどうぞ」
「ありがとう」
アンナがナツキの隣に座ると、ミカとナツキはアヤに絡まなくなった。
アヤはほっとしながら、目の前にある赤ワインが入ったグラスを口に運ぶのだった。



白いシャツに青のジャケットを羽織り、ジーンズ姿の男性がホールに入ってきた。
空いている席がないか探していると、ケンジが男性に気が付いた。
「レン!」
レンがケンジの方を向くと、ケンジの隣の席が空いているのに気が付いた。
「ケンジか?隣空いてるか?」
「ああ、空いてるよ。こっちに来ればいい」
「ありがとう」
レンがケンジの隣に座ると、2人は話を始めるのだった。



「あ、ユウスケじゃないか!」
ラフな黒いジャケットに、黒いズボン姿の男性がホールに入って来ると、シンゴが声を上げた。
「あ、・・・・・ああ、シンゴか」
ユウスケはシンゴの方を向くと、空いている席がないか辺りを見回している。
「お前、一番最後に来たのか?空いてる席が・・・・・・」
「ああ、そうみたいだな」
ユウスケはアヤの隣が空いているのを見つけると、席へと歩きだした。



するとシンゴの右隣に座っているヒロトが辺りを見回した。
「おい、ところで集まってるのってこれだけか?」
「え?」とシンゴ
「だって、ユウスケが最後だってさっき言ったじゃないか。ここに集まってる全員同じクラスだけど
 普通、同窓会ってもっと人が多いんじゃないのか?クラスだって実際これより多いし・・・・・・」
すると2人の向かいに座っている、ミカが言った。
「全員に声をかけたけど、来られるのが少なかったんじゃないの?だからこの人数なのよ」
「それにしても少なすぎないか?・・・・・9人しかいないぞ」
「まあまあ、ヒロト。たまたまなんじゃないの?みんな仕事とかで忙しいとかさ」
シンゴがそう言うと、ヒロトはシンゴの方を向いて
「でも、今日は週末だぞ?せっかくの同窓会なのに・・・・・・」
「まあまあ」
「えー、皆さん、お楽しみのところよろしいでしょうか?」
テーブル席の全員が声がした方をいっせいに向くと、制服の年配の男性がホールの入口に立っていた。



年配の男性はテーブルに着席している9人を見渡した。
「どうやら、招待状を出した人達は全員揃っているようですね」
右手に持っている小さな紙を見ながら、男性は確認するように言った。
するとそれを聞いたヒロトが戸惑いながら
「え・・・・・招待状を出した全員って、これだけなのか?」
「はい」年配の男性は深くうなづいた「本日のご予約は9人と伺っております」
「それって、最初から9人にしか招待状を出してないってこと?」
ナツキが年配の男性に聞くと、年配の男性はうなづきながら
「はい。依頼主からはそのように伺っております」
「依頼主ですって?」
ナツキが思わず聞き返すと、入口からもう1人、制服姿の年配の女性が入ってきた。



9人は年配の女性を見ていると、年配の男性がいる近くまで来て止まった。
そして9人を見ると、ゆっくりとした口調でこう言った。
「今回お集まりいただき、ありがとうございます。招待状を出されたご本人から、伝言を預かっております」
「伝言だって・・・・・?」とシンゴ
「じゃ、本人はここには来てないのか?」
ヒロトが年配の女性に聞くが、女性は答えることなく、ゆっくりと後ろを向いた。
「映像があります。後ろにありますスクリーンをご覧ください」



9人がホールの壁を見ると、長方形の大きなスクリーンが映し出された。
最初は真っ白だったが、いきなり画面が黒に変わると、男性でも女性でもない、機械のような声が聞こえてきた。



「・・本日、ここにお集まりいただいた皆さんに御礼を申し上げます。久しぶりの再会でお楽しみになっているかと思います。
 本日はクラスの中でも、私の方で選んだ方々をご招待しました。なぜあなた方が選ばれたかお分かりでしょうか?
 あなた方には共通点があるからです」



「共通点・・・・・?」
シンゴが戸惑いながらポツリと小声で言うと、スクリーンから再び声が聞こえてきた。



「共通点。それは・・・・・・あなた方は過去、重大な過ちを犯したのです。誰にも言えないような、許されない過ちを。
 私はあなた方がどのような過ちを犯したのか知っています。到底、許すことはできません。許してはならないのです。
 あなた方は近いうちに罰せられなければなりません」



それを聞いた9人は騒然となった。
「許されない過ちって・・・・・私たちが何をしたっていうのよ?」
ミカがスクリーンに向かって聞くと、その左隣にいるナツキも
「そうよ、一体誰なのよ、どういうつもりでここに呼び出したの?」
「一体、どういうことなんだ?ここに来て説明してくれよ」
ヒロトがスクリーンに向かって言うと、スクリーンから再び声が聞こえてきた。



「あなた方が過去に何をしたのか、事の重大さを全く分かっていないようですね。分かりました。
 なら、私の方で罰するしかありません・・・・・・たとえ法が許したとしても、私はあなた方を許しません。
 あなた方を1人づつ罰する事にしましょう。あなた方はもう、この小島から出る事はありません。
 今から罰を受けるのです」



音声が途絶えると、いきなり灯りが消え、辺りが真っ暗になった。



「な・・・・・・なんだ?いきなり暗くなったぞ」
「停電?」
「どうしたの?どうしていきなり暗くなってるのよ」
「どうなってるの?」
戸惑いの声や椅子を引く音、突然の暗闇に怯えているような女性の声が次第に聞こえてきた。
「おい、一体どうなってるんだ?おい!」
男性の大きな声が聞こえると、突然ホールの灯りがついた。



灯りがつくと、その場を立ち上がっていたヒロトは辺りを見回した。
「電気がついた・・・・・」
すると隣に座っているシンゴがある事に気がついた。
「あれ?・・・・さっきまでいた年寄りの2人がいない」
「本当だ、いつの間にいない。どこに行ったんだ?」
ヒロトが年配の2人の姿を探していると、向かいに座っているミカが立ち上がった。
「もういいわ、バカバカしい・・・・部屋に戻る」
「私も」
ナツキも立ち上がり、2人がテーブルを離れようとした時だった。



「うっ・・・・・・・」
突然苦しそうな声が聞こえ、8人がいっせいに声のした方を見た。
するとアヤが椅子から滑り落ちるように倒れ込んだ。
床にうつ伏せになって倒れたアヤは、動かなくなった。



アヤの隣にいたユウスケは、アヤに近づいた。
「おい、・・・おい、大丈夫か?」
ユウスケはアヤの顔を見ながら、アヤの右腕を右手で持ちあげた。
そしてアヤの脈を計ると、ゆっくりとアヤの右腕を床に置いた。
「・・・・・死んでる」



ユウスケの言葉を聞いた途端、女性の悲鳴が聞こえてきた。
「そ・・・・・・・そんな、死んでるなんて、嘘だろ?」
シンゴが信じられないという表情でユウスケに聞き返すが、ユウスケは黙ったまま首を振った。
するとケンジが椅子から立ち上がり
「これがさっき言ってた罰ってやつなのか・・・・・?」
「冗談じゃない!」ヒロトは両手でテーブルをバンと強く叩きつけた。
「このままだとオレ達も殺される、ここから早く出た方がいい。外に出るぞ!」
そう言った後、ヒロトはホールを出ようと走り出した。
「おい!待てよヒロト!」
ケンジがヒロトの後を追って走り出すと、シンゴは辺りにいる女性達を見ながら叫んだ。
「ケンジ待てよ!他の奴等を置いていくなよ!」
「なら後を着いて来ればいいだろ!来なきゃ置いて行くぞ」
ケンジの言葉にシンゴは戸惑いながらも、ケンジの後を追って走り出した。



ホールを出た3人がホテルの外に出ると、外は大雨と強風に見舞われていた。
「嵐だ・・・・・来た時は晴れてたのに」とシンゴ
「この嵐だとこのままホテルにいる方がいいんじゃないのか?波も荒れてボートも出せないぞ」
ケンジがヒロトにホテルに留まるように言うが、ヒロトは冗談じゃないと言うように
「ホテルに居ろだって?いたら殺されるかもしれないんだぞ、いいからボートを出せ!」
「ヒロト!」
ヒロトが砂浜へ走り出すと、あとの2人も仕方なく後を追って走り出した。



荒れ狂う嵐の中、3人は体を濡らしながら砂浜に着くと愕然とした。
停めてあったはずのプレジャーボートがなくなっていたのである。
3人が乗ってきたボートだけではなく、全てのボートが跡形もなく消えてなくなっていた。
「嘘だろ?ボートが1隻もない・・・・・・・」
何もない砂浜を見て、辺りを見回しながらボートを探すケンジ
「何で・・・・・どうなってるんだ?何が起きてる!」
ヒロトも大声をあげながらボートがないか探している。
「誰かがボートをどこかに移動させたんじゃないか?」
2人の後ろでシンゴがそう言うと、ケンジはシンゴの方を向いて
「辺りは何もない、どこにボートを移動したって言うんだ?他のボートまでなくなってる」
「もしかしたらホテルにいた、あの年配の2人がやったんじゃないか?」
「あの2人が?こんな短時間でボートを全部、どこかに動かしたって言うんだ?無理だ」
「このままじゃ何もできない、いったんホテルに戻るしか・・・・・・・」
シンゴがそう言うと、ケンジは黙り込んでしまった。



しばらくの間、3人の間に沈黙が続いたが、諦めたようにケンジがヒロトに声をかけた。
「・・・・・ここでこうしていても、ボートがなきゃどうにもできない。ホテルに戻ろう」
「・・・・・・」
ヒロトは荒れている海を眺めたまま、動かないでいると、シンゴがさらに
「ホテルに戻って、警察を呼んで来てもらおう。その方がいいって」
「ああ、それにもう他の誰かが警察に連絡しているかもしれない。戻ろう」とケンジ
「・・・・・・・」
ヒロトが仕方がなさそうに、海に背を向けて2人の方を向くと、3人はホテルへと歩き始めた。



ホテルに戻り、3人が再びホールへ入ると、そこにはユウスケだけが残っていた。
ユウスケが3人に気が付いて前を向くと、ケンジがある事に気が付いた。
床に倒れていたアヤの死体が見当たらないのである。
「あれ・・・・・・おいユウスケ。死体はどうしたんだ?」
ケンジに聞かれたユウスケは首を横に振りながら
「分からない。ここに戻ってきたら、いつの間にかなくなっていたんだ・・・・・」
「なくなってただって?」それを聞いたシンゴは思わず床を見ながら、聞き返した。「ずっとここにいたんじゃないのか?」
「ほんの少しの間、部屋に戻ってたんだ。それで戻ってきたら・・・・・」
「なくなってたって訳か」
「それで、警察には連絡したのか?」とケンジ
するとユウスケは首を振りながら
「お前達がここを出て行った後、すぐ警察に電話をした。でも電話がつながらなかった」
「え、電話がつながらないだって?どうしてだ?」
「この近くで電線が切れているのを見かけた。嵐の強い風で切れたらしい。ネットもダメだ。灯りだけはついてるが」
「そんな・・・・・・・」
「ところで他の連中はどうしたんだ?」
ヒロトが辺りを見回していると、ユウスケはそんなヒロトの姿を見ながら
「あとの人達は自分の部屋に戻ってる。部屋にいた方が安全だろうから」
「そうか・・・・オレ達も今夜は部屋に戻ろうか?」
シンゴがすぐ隣にいるケンジに聞くと、ユウスケは3人の姿を見ながら歩き出した。
「その方がいいと思う。オレも今日は疲れた・・・・・先に部屋に戻る」



ユウスケがホールから姿を消すと、シンゴがホールの出口に向かって歩き出した。
「オレも疲れたから、そろそろ部屋に戻るよ」
するとシンゴの姿を見て、ヒロトが呼び止めた。
「待て、シンゴ・・・・・・部屋に戻ったからって安全なのか分からないだろう?」
「何でだよ」シンゴは立ち止まって、ヒロトの方を振り返った。「他のみんなはそれぞれ部屋にこもってる」
「だから言ってるんだ。1人でいる時の方が危険だろう?」
「ヒロト、さっきから何を言ってるんだ?まるで何かを恐れているような、逃げようとしているような感じがする」
「シンゴの言う通りだ」ケンジもシンゴの言葉に同意した「何を恐れているんだ?何か隠し事でもあるのか?」
2人に責められ、ヒロトは2人を見ながらこう言った。
「お前等、ここにいる事が恐くないのか?」



ヒロトの言葉に2人は戸惑った。
「え・・・・・そ、それは・・・・さっき死体を見たばかりだし、それに昔のあの事件の場所だし」とシンゴ
「ヒロト、お前・・・・まだあの事を引きずってるのか?」とケンジ
「あの事件なら、もう終わった事だし。警察だってもう・・・・・」
「・・・ああ、分かってる。分かってるけど・・・・」
ヒロトはそう言いながら、途中で黙り込んでしまった。



そんな3人の姿を、ホールの入口から見ている影があった。
3人から会話がなくなると、その影はゆっくりとホールの入口から消えて行った。



次の日の朝。
嵐はすっかり収まり、空には雲ひとつない青空が広がっている。



「・・・・・なんだ、もうみんな起きてたのか」
ケンジがホールの中に入ると、ナツキとミカ、それにヒロトがテーブルの席について話をしていた。
「ああ、嵐は去ったみたいだな。静かな朝だ」とヒロト
「みんな、食事は終わったのか?」
「まだよ」ナツキがそこに割り込んできた「それにホテルの人が誰もいないみたいなの」
「誰もいないだって?本当に誰もいないのか?」
ケンジが聞き返すと、ナツキの隣でミカが深くうなづきながら
「さっき、みんなでこの辺を歩いたけど、私達しかいないみたい・・・・・お腹空いた」
「そんなことないだろ・・・・・ちょっと見て来る。厨房ぐらいあるだろ」
ケンジは戸惑いながらもホールを出て行った。



ケンジは1階の奥へ通じる廊下を歩いていると、奥の方から音が聞こえてきた。



なんだろう。何かを叩いているような、何かをさばいているような音が聞こえる。



ケンジは音がする方へ歩いて行くと、その音はだんだんとはっきりと大きく聞こえてきた。
しばらくして右側にある部屋に入ると、そこにはレンがちょうど魚をさばいているところだった。
「レン・・・・・レンじゃないか。こんなところで何やってるんだ?」
レンの姿を見て、ケンジが声をかけると、レンはケンジの方を向いた。
「ああ。ケンジか。朝ご飯を作ってるところだ」
「どうして、レンが朝ご飯を作ってるんだ?ホテルの人に頼めばいいだろう?」
ケンジがレンに近づくと、レンは右手に持っている包丁をまな板に置いた。
「ホテルの人を探したけど、誰もいなかった・・・・・だから仕方なくってところだ」
「この目の前にある魚は?」
ケンジがまな板の上の大きな魚の切り身を見ると、レンもそれを見て
「ああ、これはさっき冷蔵庫にあったやつだ。昨日のパーティーにも出てただろう?だから使おうと思って・・・・
 とは言っても、食料はこれしかないけどな」
「そうか。お前確か料理人になるって、卒業した時に言ってたよな?料理人になったのか?」
レンはうなづいて
「ああ。有名な店で修行を積んで来た。店も出したけど・・・・・事情があって戻ってきたんだ」
「そうだったのか」ケンジはレンを見て、続けてこう言った。「1人じゃ大変だろう、手伝おうか」
「ああ、ありがとう。じゃ・・・・向こうにある鍋を持ってきてくれないか」
「わかった」
ケンジが鍋を取りに歩き出すと、レンはまな板にある包丁を右手に持ち、再び魚をさばき始めた。



食事を終え、しばらくして7人は砂浜へと出かけた。
「あれ、ユウスケは?」
辺りを見回しながら、ケンジが隣にいるヒロトに聞いた。
「ユウスケは調子が悪いみたいだ。部屋に呼びに行ったけど、疲れたから寝てるって」
ヒロトはそう言いながら、ケンジが持っているバケツを見た。「そのバケツどうするんだ?」
するとケンジはバケツを見て
「ああ。今日の夕食用だ。レンと魚を釣ってこようと思って」
「レンと?お前レンと仲良しだったっけ」
「食料がないから魚を釣ってくるしかないだろ」
すると後ろからケンジを呼ぶ声が聞こえてきた。
ケンジが後ろを振り返ると、遠くの岩場で竿を持ったレンがケンジに向かって手を振っている。
「どうやら準備ができたらしい。じゃ行ってくる」
ケンジはヒロトにそう言うと、後ろを振り返ってレンのいる岩場へと向かった。
1人残されたヒロトはつまらなさそうにゆっくりと波打ち際へと歩き始めた。



一方、波打ち際では楽しそうな女性達の声が聞こえていた。
「水着を持ってきてよかったわ。すごく楽しい!」
赤のビキニの水着を着たミカが楽しそうに、シンゴに向かって水をかけた。
「冷てえ!何するんだよ」
水をかけられたシンゴがすかさず、ミカに向かって水をかけている。
水をかけられたミカは声を上げながら、シンゴと水を掛け合っている。



2人の楽しそうな姿をアンナが砂浜から見ていた。
「アンナさん、あなたは海に入らないの?」
ナツキが黒いワンピースの水着姿でアンナに声をかけた。
アンナはナツキの姿を見て
「水着を持ってきてないの。すぐ帰るつもりだったから・・・・あなたもミカさんのところに行ってきたら?」
するとナツキは首を振りながら
「海にさっきまで入ってたけど、寒くなってきちゃって。上がってきたのよ」
「そうだったの」アンナは波打ち際の2人を見て続けてこう言った「それにしてもあの2人楽しそうね」
「そうね」ナツキも2人をチラッと見た後、再びアンナの方を向いた。
「でも気を付けた方がいいわ。前からそうだけど、シンゴは今も手あたり次第、女には手を出してるから」
「そうね。知ってるわ」アンナはうなづきながらナツキの方を向いた。「ナツキさん、シンゴと付き合った事はあるの?」
「当時はかっこよくて、いいなとは思ってたけど・・・・彼女を頻繁に替えてたって噂を聞いてからは冷めたわ」
「そうだったの」
「アンナさんはシンゴとは付き合ったりとか、シンゴから言われたことはあるの?」
「当時付き合ってくださいって言われたけど、断ったわ」
「そうよね。やっぱりそうなるわよね」
「ミカさんとは当時、どうだったのかしら?」
「さあ・・・・・シンゴと付き合ってたなんて、聞いたことがないわ」
ナツキが首を傾げながら答えると、アンナは黙って波打ち際の2人を見ているのだった。



夕方になり、岩場からレンとケンジがホテルに戻ってきた。
2人は厨房に入ると、重そうにバケツを床に置いた。
バケツには釣った魚が大量に入っている。
「今日はたくさん釣れたな」ケンジが体を伸ばそうと両腕を大きく上に伸ばしている「今日は何にするんだ?」
「魚を見ながら考えるよ」
レンは調理場へと行き、まな板の上に置いてある包丁を手にした。
「もう魚をさばくのか?少しは休めばいいのに」
「今のうちに下ごしらえしておけば、後で楽になるだろう?」
レンは包丁を置くと、ケンジがいるところへ近づいた。
「疲れただろう?手伝いはいいから、部屋で少し休めばいい」
「ああ・・・・オレは少し休むよ。何かあったら呼んでくれ」
ケンジは厨房を出ると、レンはバケツの中の魚を手にした。



ケンジは廊下に出ると、部屋へと歩き始めたが、2,3歩歩いたところで立ち止まった。
後ろを振り返ると、一番奥に裏口なのか銀色の扉があることに気が付いた。



朝から気になってたけど、ホテルの裏口なのか・・・・・?
そういえば今日はまだ一服してないな。



ケンジは奥の扉へと歩き始めた。



扉を開けると、ケンジはホテルの外に出た。
ホテルの裏側なのか、辺りは木々や植物が一面に広がっている。
ただ、ケンジが出てきたところから数メートルは何もなく、手入れがされているのか草も生えていない。
ちょっとした休憩所になっているようだった。



従業員の休憩所らしいな。
ここでちょっと一服するか・・・・・・。



ケンジはズボンのポケットからタバコとライターを出した。
箱から1本出し、それを口にくわえると、箱をズボンのポケットに戻した。
そしてくわえていたタバコを左手で持ち、右手に持っているライターで火をつけた。



火のついたタバコを再びくわえると、ライターをズボンのポケットに戻した。
右手でタバコを取り、深いため息をついたその時だった。



「うっ・・・・・・・・!」



どこかから突然、1本の矢が飛んで来た。
その矢はケンジの頭を貫通し、矢先がケンジの両眉毛の間から出てくると、そこから赤い血が流れてきた。



「う・・・・・・・ううっ・・・・・・」



苦しそうな声をあげているケンジに、さらにもう1本の矢がケンジに向かって突き刺さった。
矢が背中からケンジの胸まで貫通すると、ケンジは苦しそうな声を上げながら、ゆっくりとその場に倒れ込んだ。



ケンジが動かなくなると、地面はだんだんと大量の赤い血で染まっていった。






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