sadness4

 



アンナは驚いた表情のまま、目の前にいる女性を見ていた。
白いワンピース姿の女性は、死んだはずのアヤだったのだ。
「アヤさん、一体どうして・・・・・?ヒロトやレンを殺したのはあなたなの?」
降りしきる雨の中、アンナはアヤに向かって聞いた。



アヤは顔を上げた。
そしてアンナの顔を見ると、不気味な笑みを浮かべながらうなづいた。
「・・・・そうよ。ヒロトもレンも、私が殺したのよ」
「どうして?どうしてそんなひどいことをしたの?」
「そんなひどいことをしたのか、ですって?」
アンナの言葉に、アヤはアンナの顔をじろっと睨みつけた。
そして大声でアンナに向かって怒鳴り返した。
「あなたのせいよ。あなたのせいでこんなことになったのよ!」



アヤの言葉にアンナは戸惑った。
「どうして・・・・?どうして私が?」
「どうして私が?何も心当たりがないって言うの?」
アヤがアンナを責め立てていると、アンナは後ろから誰かが来ているという気配を感じた。



後ろを振り返ると、アンナは驚いて声を上げた。
階段の上がったところには覆面の人物が立っていた。
覆面の人物はアンナに矢を向けて、いつ矢を放つか様子を伺っている。
すると後ろからアヤの声が聞こえてきた。
「ユウスケ、よけいな事はしないで。この女は私が始末するから」



「え・・・・・・!?」
それを聞いたアンナが覆面の人物の覆面を見ると、その人物はアンナに向けていた矢を下ろした。
そして右手を覆面にやり、覆面を取ると、アンナはさらに驚いた。
アヤの言う通り、覆面の人物はユウスケだったのだ。



どうして・・・・・?
2人とも死んだはずなのに、どうして今ここにいるの?
私が今見ているのは幽霊なの?それとも・・・・・・・。



戸惑っているとアンナに、アヤは声をかけた。
「死んだはずなのにどうしてって思ってるんじゃないの?」
アンナがアヤの方を振り返ると、アヤは話を続けた。
「アレはユウスケと組んだ芝居よ。あなた達に復讐するために、このホテルにあなた達を招待したの」
「芝居ですって・・・・?一体どういうことなの?」
「まだ分からないようね。なら教えてあげる。どうして私がこの格好をしているか分かる?」



アンナはアヤの服装を見るが、すぐに答えが出てこなかった。
「・・・・13年前に亡くなった女性の恰好しか分からないわ、どうしてなの?」
「そうよ」アヤはアンナの顔を睨みつけながらうなづいた。
「13年前に死んだ女性が来ていた服よ。その女性は当時付き合っていた男性がいたの。もう少しで結婚する予定だった。
 でも突然別れることになったの。そしてあんなことになったのよ・・・・・・」
「・・・・・・・・」
「その女性は、私の姉だったの。姉と付き合ってた男性が別れた原因はあなただったのよ!」



「え・・・・・!?」
それを聞いたアンナは愕然とした。
「私には腹違いの姉がいたの。私は父さんと再婚した母さんとの間に出来た子供だった。
 母さんが亡くなった時、父さんから初めてそれを聞かされて、姉に会いに行ったわ。
 その後父さんが亡くなって、姉がいるこっちに移り住むことにしたの。
 姉の母親にはすごく避けられていたけれど、姉とは気が合ったみたいで、会うといつも仲良くしてもらってた。
 姉とは何でも話せて、何かあるとすぐ姉に相談していたのよ。
 姉から付き合ってた男性のことも聞いていたわ。もうすぐ婚約することになったってすごく喜んでいたのに・・・
 急に姉から連絡が来て、別れることになったって。それから連絡が取れなくなったの。
 気になって姉を探したわ。途中でユウスケに会って、2人で探しに行ったの。そうしたらここで冷たくなっている
 姉を見つけたのよ・・・・・」



アヤは話を続けた。
「警察は姉は自殺だと言ってきたわ。私はどうして姉が死んだのか、納得がいかなかった。
 どうして姉が死ななきゃいけなかったのか、理由をどうしても知りたかった。
 姉の死について調べていくうちに協力してくれたのはユウスケだったの」
「・・・・オレはアヤのお姉さんの事が好きだった」ユウスケがアンナの後ろで口を開いた。
「他に好きな男がいるって事は知っていた、分かっていたけど、どうしても諦めきれなかった。どんな人なんだろうって 
 思って、いつもお姉さんの行動を見ていたんだ」
「ユウスケが姉のストーカーだったなんて知らなかったわ。姉も私もユウスケに全く気が付いていなかったから。
 でもユウスケのおかげで姉が亡くなる当日の事を知ることができたの」
「あの日、アヤのお姉さんはあの男と一緒だった。夜になって、2人がある店に一緒に入っていくところを見たんだ。
 しばらくすれば出て来るだろうと思って、外で出て来るのを待っていたら、レンが店から出てきたんだ」



「レンが・・・・・・?」
アンナが聞き返すと、ユウスケはうなづいて話を続けた。
「ああ、それでオレはレンがバイクに乗るところを行って聞いたんだ。そうしたら料理の注文があったから届けに来たって。
 誰が注文したのか聞いたら、ヒロトだって聞いた。シンゴとケンジもいたって言ってた。
 それからしばらくしても、2人はなかなか店から出てこなかった。さすがに気になって店に入ろうとしたら
 今度はケンジが店から出てきた。店に入ろうとすると止められた。今日は貸切にしてるから入れないって。
 どういう事か聞いたら、この店はヒロトの親戚がやっている店で、今日はパーティーだから関係者以外は入れないって言われた。
 仕方なくオレはその店から離れることにしたんだ」 
「・・・・・・」
「いったん家に戻ったけど、どうしてもアヤのお姉さんの事が気になって仕方がなかった。数時間して外に出たオレは
 偶然アヤと会ったんだ。いつもと様子が違うアヤを見て、ただ事じゃないと思った。姉を探していると聞いて、一緒に探しに行ったんだ。
 その時はまさかアヤのお姉さんがオレが想っている人だったなんて思わなかった・・・・・」
「その後、姉の死体を見つけた時、ユウスケは声を上げて泣いていたわ。やっぱりあの店から出て行くんじゃなかったって。
 出て来るまでずっと待っていればよかったって・・・・・・無理やりにでも店の中に入っていればよかったって。
 その後、警察を呼んで姉が自殺だったと聞いた時、誰が姉を自殺に追い込んだのか調べようと思ったの。
 最初は姉と付き合っていた男を問い詰めようと思ってたわ。でもユウスケの話を聞いて、その男じゃないって確信したの」とアヤ
「アヤのお姉さんが亡くなって数日経った日、オレはヒロト達と偶然会ったんだ。ヒロトとシンゴとケンジ、それに・・・」
ユウスケはそう言いかけると、アンナの顔を見てこう言った。
「それにアンナさん、あんたもその場にいたんだ」



「え・・・・私が?」
ユウスケに右手で指を刺され、アンナが戸惑っていると、ユウスケが続けた。
「あんたは覚えてないかもしれない。それにヒロト達もオレに気づいてなかった。オレはヒロト達の少し前を歩いていたから。
 それにオレはあの時、帽子を被っていたから分からなかったかもしれない。オレは後ろにヒロト達がいるっていうのは
 気が付いてた。そこでヒロトが女性が自殺したっていうニュースの話を始めたんだ。それを聞いたあんたが何を言ったのか
 オレはしっかり覚えてる。「邪魔な女がいなくなってスッキリした」って・・・・「これであの男と付き合えるようになる」って」
「ユウスケからその話を聞いた時、私は思ったわ・・・・・・あなたが姉を殺したんだって、姉を自殺に追い込んだのはあなただって」
アヤがアンナをじっと睨みつけると、アンナは困惑した。
「そんな・・・・・確かに当時、好きだった人はいたわ。付き合っていたけど・・・・」
「知らなかったとは言わせないわ。アンナさん、姉の彼氏に言い寄ったんじゃないの?姉と別れて欲しいって」
「複数の女性と付き合ってたのは知ってたわ、でも・・・・他の女性と直接会ったことはないし、話をしたこともない。
 アヤさんのお姉さんとも付き合ってたなんて知らなかったの」
「でも見た事はあるのよね?彼が他の女性と一緒にいるところを・・・あなた、直接姉に会って、別れてくれって言ったんじゃないの?」
「知らないわ。それに今さっき知ったのよ。アヤさんにお姉さんがいたなんて」
「どういうことなのか気になっているうちに、あんたはヒロト達と別れた」ユウスケが再び話を始めた。
「後ろにいるヒロト達がまた話を始めた。そうしたらシンゴが気になることを言ったんだ。
「ケンジはどうして途中で抜けたんだ?かわいいお姉さんと一緒でとても楽しかったのに」って・・・・。
 ケンジは酒を飲み過ぎて気分が悪くなったって言ってたけど、店の外でケンジと会った時、具合が悪そうには見えなかった。
 あの店で何かあったと思ったオレは、しばらくしてケンジに聞いたんだ。あの日、店で何があったのかって。ケンジは最初、何も話して
 くれなかった。何度か説得するうちにようやく話してくれたんだ、誰にも言わないっていう約束で」
「・・・・一体、何があったの?」
「アヤのお姉さんと付き合っていた男、ヒロトの親戚と友達だったんだ。それであの店のパーティーに呼ばれたらしい。
 2人が店に入ってきて、しばらくしてヒロトの親戚がヒロト達と合流して、一緒に飲むことになったって。
 そこで2人がちょっとした事でケンカになって、男がもう別れるって言って・・・・・・・。それでお姉さんが先に帰ろうと席を立った時
 酒に酔ったシンゴがお姉さんを無理やり引き留めて、ヒロトとケンジと4人で飲み始めた。
 しばらくして具合が悪いから帰るって言ったお姉さんに、ヒロトの親戚が心配して、しばらく個室で休むように個室に案内したって。
 歩けないほど酔っていたお姉さんをヒロトとシンゴが個室まで連れて行って、ケンジもその後をついて行ったけど、個室に入った途端
 シンゴがお姉さんを押し倒して、ヒロトも一緒になって・・・・・それを見たケンジは見ていられないって部屋を出たって」
「そんな・・・・・・・」
ユウスケの話にアンナはしばらく何も言えなかった。



「あいつらは最低だ・・・・・いくら酒に酔ってたからってそんなひどいことをするなんて」
ユウスケが怒りに体を震わせていると、アヤが続いた。
「ユウスケの話を聞いて、私はショックと同時に怒りがこみ上げてきた・・・・・警察に話すにも、もう時間が経っていてどうしようもない。
 だから今回の事を考えたの。姉を自殺に追い込んだあなた達に復讐をしてやるって」
「あいつらがこのホテルに来た初日、アヤがいなくなった後、ホールで3人が話をしているのを聞いた。それを聞いて確信したんだ。
 アヤのお姉さんを襲ったのはヒロトとシンゴだって」
「でも、そうだとしたら、どうしてケンジやレンも殺したの?ケンジは何もしていないし、レンだって・・・・・・」
「何もしてない、ですって?」アンナの言葉にアヤはギロッとアンナを睨みつけた。
「ならどうしてケンジは2人を止めなかったのかしら?レンだってそのお店に行ったんだから、何があったのか知っていたはず。
 どうして見ていながら見ていないフリをしていたのかしら?その時にケンジが2人を止めていたら、姉は自殺しなくて済んだはずなのに」
「知っていたのに、今までずっと黙っていた。それがどうしても許せなかったんだ。だから殺した」とユウスケ
「ナツキさんとミカさんはどうして殺したの?」とアンナ
「あの2人は卒業するまでずっと、私の事をいじめてた・・・・・だからその復讐よ」
アヤはそう言い終えると、ワンピースのポケットからナイフを出し、アンナに向けた。



「あとはあなたさえいなくなれば復讐は終わるわ」
アヤはアンナにナイフの刃を向けたまま、アンナに少しづつ近づいてきた。
「お願い、止めて」ナイフを恐る恐る見ながら、アンナは少しづつ後ずさりした「こんなことしても、お姉さんは喜ばないわ」
「うるさいわね、そもそもあなたが悪いのよ。姉の男に手を出すなんて」
「だから、アヤさんのお姉さんと付き合ってたなんて全く知らなかったのよ・・・・お願い、こんなことは今すぐやめて」
アンナは後ずさりをしながらスカートのポケットに手を入れると、右手からスマホを出した。
「お願い。もうこんなことは止めて・・・・・警察を呼ぶわよ」



アンナのスマホを見たアヤは不気味な笑みを見せた。
「警察を呼んでも無駄よ。ここには警察は来ないわ」
「ど、どうして・・・・・・?」
「このホテルと土地は私が父親の遺産で買い取ったの。電波も電気も今はわざと遮断して使えないようにしてる。
 あなたを殺したら、全ての死体は全部この地下にある処理場で処分するわ。
 いずれはこのホテルを壊して、別の建物にするつもりよ。あなた達の遺体は永久に出てこない・・・・・・・」
「そ、そんな・・・・・・・」
アンナがスマホの画面を見ると、画面の左上は「圏外」と表示されている。
「警察も誰もここには来ないわ。覚悟することね」
アンナがアヤの方を向くと、アヤがナイフを向けてアンナの方へ走り出した。



ナイフを向けて近づいてくるアヤに、恐怖心でいっぱいのアンナはその場を動けなかった。
もう少しでナイフがアンナの体を刺そうというところで、アンナはようやくその場から後ろに動いた。
避けられたアヤはアンナの顔を睨みつけながら再びナイフを上に上げ、アンナの体を刺そうとするが、アンナはアヤの動きを見ながら
恐怖で怯えながらも避け続けている。



そんな動きが何回も続いているうちに、アヤが今度はアンナの顔に向かってナイフを刺そうとした。
アンナの額にナイフを刺そうとするが、アンナが両手でナイフを持っている右腕を掴んで動きを止めた。
「お願い、止めて・・・・・アヤさん、止めて」
アンナが必死にアヤの右腕を抑えながら、アヤに止めるよう懇願した。
アヤはアンナの顔を睨みつけながら
「あなたさえいなくなれば全てが終わるの!あなたが悪いのよ!」と右手に力を入れていく・・・・・。



しばらくして力が尽きたのか、アヤがいったん右腕を下げると、アンナもアヤの右腕を離した。
アヤが諦めたのかとアンナがほっとしたのも束の間、アヤが再びナイフを向けてアンナに襲い掛かってきた。
アンナははっとして、再びアヤの右腕を左手で掴んだ。
「お願い、止めて・・・・・止めてよ!」
アンナはアヤから少しでも離れようと、力任せにアヤの体を押した。



その時だった。
「い・・・・・いやあああ!!」
アヤを押した少し後で、アヤの叫び声が聞こえてきたのだ。
その後で、下の方でドスンと何かが落ちたような音が聞こえてきた。
アンナに押されたアヤの体が屋上から飛び出し、地面に落ちていったのだ。



アンナは一瞬、何が起きたのか分からなかった。
「アヤ!」
事の一部始終を見ていたユウスケが大声を上げながら、驚いた顔つきで慌てて屋上から出て行った。



「アヤさん!」
ユウスケの様子にようやく気がついたアンナは大声でアヤの名を呼びながら、屋上から下を覗き込んだ。
そこには大雨に打たれながら、仰向けで倒れているアヤの姿があった。
アンナが見る限り、アヤが動く気配はない。



どうしよう・・・・・私、アヤさんを殺してしまったわ・・・・・・・。



アンナが困惑しながらアヤを見ていると、ユウスケの姿が見えた。
ユウスケがアヤのところに来ると、何度もアヤの名前を呼びながらアヤの体をゆすっている。
アヤが何も反応しないと分かると、ユウスケは落胆したようにアヤをしばらく見つめていた。



しばらくするとユウスケが後ろを振り返った。
そして屋上から見ているアンナを見つけると、背中に背負っている弓と矢を手に取った。
そして矢をアンナに向けようとするのを見たアンナは、思わずその場から離れた。



今度はユウスケに殺される、なんとかここから逃げないと・・・・!



アンナは再び恐怖におびえながら屋上を離れようと走り出した。



再びホテルの中に戻ったアンナはスイートルームの奥の部屋にいた。
床に転がっているミカの死体、ベッドに倒れているシンゴの死体には見向きもせず、アンナは床に落ちている矢を数本拾い集めていた。
下の階でもしユウスケに会った時、対抗できるようにするためだ。



しばらくするとアンナはそっとスイートルームの入口のドアを開けた。
辺りを見回してみるが、ユウスケの姿は見当たらない。



誰もいないわ。もしかしたら下の階で待ち構えているのかしら。
でも見つからないうちに外に出ないと、見つかったら殺されるわ・・・・・。



アンナはスイートルームから廊下に出ると、辺りを見回しながら外に出ようと移動を始めた。



アンナは辺りを見回しながら、1階のホテルの入口まで来た。
今のところユウスケがいる気配は感じられない。
アンナは自動ドアの手前まで来るが、ドアは開かなかった。



アヤさんが電気を切ってるって言ってたから、開かないんだわ。
手でこじ開ければ開くかもしれない。



アンナは床に矢を置き、両手をドアの右の扉にかけると、力を入れながら右へと動かし始めた。
右扉がゆっくりと動き出し、しばらくして人1人が通れるくらい開くと、アンナは扉から両手を離した。



アンナが外を見ると、雨は小降りになり、強く吹いていた風もピタリと止まっている。
嵐はすっかり去り、空は雲の合間から星が見えるようになってきた。



アンナがホテルの方を見ると、ユウスケの姿はない。
再び辺りを見回しているが、ユウスケの姿は見当たらない。



逃げるなら今しかないわ。



アンナは置いていた矢を拾い、ホテルから外に出ると、辺りを見回しながら走り出した。



しばらくしてアンナは砂浜に着くと、ボートがないか探していた。



1隻もないのかしら・・・・あの2人も確かボートでここまで来たはず。
どこかにあるはずだわ。



アンナは小走りで砂浜を走りながら、早くこの小島から出たいという思いでいっぱいだった。



砂浜の端の方まで来ると、プレジャーボートが数隻停まっていた。
アンナは手前に停まっているプレジャーボートに乗り、エンジンをかけようとするがかからない。



ダメだわ、動かない・・・・鍵がないとやっぱり動かないわ。



アンナが諦めて、次に停まっているボートに乗り換えようと運転席から離れた。



ボートを降り、次に停まっているボートへと行こうとした時、何かが放たれたような音が聞こえてきた。
アンナがはっと気が付いて思わず左へ避けるように移動すると、すぐ右側に矢がボートの船体に刺さっているのが見えた。
アンナが前を向くと、すぐ前に停まっているボートの後ろからユウスケが現れたのだ。



ユウスケの姿を見た途端、アンナは驚きと恐怖が入り混じった絶望感を感じた。
「ユウスケ・・・・・・!」
ユウスケは既に次の矢を射ろうと、矢をアンナに向けている。



アンナは向けられている矢を見ながら、逃げるタイミングを伺っていた。
ユウスケは黙っているアンナに矢を向けながら怒りをあらわにした。
「アヤのお姉さんばかりじゃなく、アヤまでも殺した・・・・・・許さない」
「アヤさんの事は謝るわ。だからもうこんなことは止めて。お願い」
「いいや、許さない!」ユウスケは大声でアンナの言葉を否定した「お前だけは絶対に許さない・・・・」



ユウスケはアンナに向け、矢を射ろうとしたその時だった。
突然弓の弦が切れ、矢はそのまま下に落ちていったのだ。
アンナはそれを見ると、その場から逃げようと走り出した。
「くそっ・・・・・・!」
ユウスケは弓を投げ捨てると、逃げ出したアンナを追いかけ始めた。



アンナはすぐにユウスケに追いつかれると、後ろから両手で首を掴まれた。
アンナは苦しそうな声を上げながら、首からユウスケの両手を放そうと両手を首に伸ばした時、後ろからユウスケの苦しそうな声が聞こえた。
「うっ・・・・・・・・」
持っていた右手の数本の矢が、ユウスケの手に刺さっていたのだ。
首からユウスケの両手が放れると、アンナはユウスケから離れた。



ユウスケの右手の甲には、矢が刺さった部分から血が流れている。
アンナは右手に持っている矢を見ると、矢の先には血の赤い色がついていた。



ユウスケが再びアンナを殺そうと襲い掛かってきた。
もう少しでユウスケの両手がアンナの首にかかろうとした時、アンナは持っている矢をユウスケの体に向けて刺した。
「うっ・・・・・・・・・」
数本の矢がユウスケの脇腹に刺さった時、ユウスケから再び苦しそうな声が上がった。



その声を聞いたアンナはいったんユウスケの脇腹から矢を抜いた。
「ううっ・・・・・・・」
ユウスケの声が再び聞こえると、アンナは再び脇腹に矢を刺した。
さっきよりも今度は深く突き刺すと、ユウスケからさらに苦しそうな声が聞こえてきた。
そしてその場にうつ伏せで倒れると動かなくなった。



アンナは持っていた矢から手を放した。
しばらくしてユウスケが動かないのを見届けると、アンナはその場から離れた。



砂浜の奥へと歩いて行くと、そこには1隻の小さなボートがあった。
古いのか、全体が茶色に汚れていたが、アンナにはそんなことは構わなかった。
アンナはボートに乗り込むと、オールがないか辺りを見回したが、オールも何も見当たらなかった。



オールがなくてもいいわ。手で漕いで行ってもいい。
これでやっと帰れる・・・・・・・。



アンナはいったんボートを降り、ボートを海へ向けて思いきり押した。
ボートがゆっくりと海の中へ進んで行くと、アンナはボートに乗り込んだ。
そしてボートの先端に移動し、両手で漕ぎ始めるとボートはゆっくりと進み始めた。



しばらくして漕ぎ疲れたアンナは、休もうと横になった。
スカートのポケットからスマホを出すと、画面にはわずかながら電波のアンテナが1本表示されている。



電波が・・・・・!
これで電話ができるわ。



アンナはスマホを右手で操作し、スマホを右耳へと近づけた。
スマホから電話の鳴る音を聞きながら、アンナの意識はゆっくりと遠のいて行った。



アンナが目覚めると、空はすっかり明るくなっていた。
雲ひとつない青空が広がっているのを見たアンナはゆっくりと起き上がった。
辺りを見ると水平線が見えるだけで、ボートは海上を漂っているようだ。



まだ海だわ、私どのくらい眠っていたのかしら・・・・・・・。
もうそろそろ岸に着いてもいいはずなのに。



近くの海面を見つめながら、アンナがぼんやりと考えていると、突然その海面から無数の泡が出てきた。



な、何・・・・・・泡?泡なの?



アンナは一瞬驚いたが、泡だと分かるとほっと胸を撫で下ろした。
そして泡を見ていると何かが海の底から上がってくるかのように、泡と共に渦巻のような波ができ、だんだんと大きくなっていく。
アンナが引き続き見ていると、海の底から何か人らしきものが上がってきた。
それが何か分かった途端、アンナは悲鳴を上げた。
それはユウスケだったのだ。



ユウスケはアンナの顔を見た途端、右手に持っている大きなナタを振りあげた。
「お前だけは・・・・・お前だけは絶対に許さない」
ユウスケがそう言い終わった途端、アンナに向かって振りあげたナタを振り下ろした・・・・・・・。



「いやああああああ!!」
アンナが大きな悲鳴を上げながらベッドから起き上がった。
すると周辺にいた人達がいっせいにアンナの方を向いている。



一瞬、辺りは静寂で静まり返った。



アンナは辺りを見回した。
辺りは白衣を着た看護婦や、パジャマ姿の患者、それに見舞いに来た人達がいっせいにアンナの方を向いている。



え・・・・・・ここはどこなの?病院?



アンナが状況が分からず戸惑っていると、1人の看護婦がアンナに近づいてきた。
「大丈夫。ここは病院よ。あなたは助かったの。落ち着いて」
「・・・・・病院?」
「そうよ」アンナが聞き返すと、もう1人の看護婦も声をかけてきた「もう大丈夫よ。安心して・・・・お水でも飲みましょうか?」
「・・・・・はい」
アンナが答えると、1人の看護婦が水を取りにその場を後にした。



しばらくしてアンナが落ち着きを取り戻すと、看護婦がアンナに聞いた。
「落ち着いて来たようね。もう大丈夫かしら?」
「あ、はい」アンナがうなづくと、別の看護婦が1人の男性を連れてやって来た。
アンナがその2人の姿を見ていると、さっきの看護婦が少し戸惑った様子でアンナに聞いた。
「刑事さんがあなたに聞きたい事があるって・・・・・大丈夫かしら?」



それを聞いたアンナは戸惑った。
「聞きたい事って・・・・・・?」
「気がついたばかりで申し訳ありません」刑事の男性が頭を下げた。
「昨日の夜、いや・・・・その前から起こった、小島のホテルでの事件について聞きたいことがありまして。お時間よろしいですか?」



それから数時間後。
アンナは刑事と共に病院を出た。
病院の外には数台のパトカーと救急車が停まり、多くの救急隊や警察官、刑事らしき者達が走り回っている。



アンナは刑事に連れられて、パトカーの後部座席に乗り込んだ。
「捜査にご協力、ありがとうございました」
刑事がその場を去ろうとすると、アンナが刑事に聞いた。
「刑事さん、私・・・・・・この後どうなるんですか?」
「あなたから聞いた話の内容ですと、逮捕にはなりますが・・・・・正当防衛ということですぐ釈放になると思います」
「・・・・そうなんですか。でも私、2人も人を殺したんですよ」
「でも、もしそうしなかったら、あなたは殺されていた。やむを得ない状況だったんです。そうだったんでしょう?」
アンナは黙ってうなづくと、刑事はうなづきながら
「なら、正当防衛です。大丈夫ですよ・・・・・当分の間は留置場に入ることになるかもしれませんけど」
「・・・・・・」
「じゃ、私はこの後もいろいろとありますので、失礼します」
刑事がその場を後にすると、入れ違いで2人の警察官が両側からパトカーに乗り込んで来た。
そして運転席にも警察官が乗り込むと、パトカーが動き出した。



病院から道路へ出るところでパトカーが停まった。
アンナが窓の外を見ていると、さっきの刑事の姿が見えた。
そして窓をコツコツ叩くと、警察官が窓を開けた。



窓が開くと、刑事がアンナに向かって聞いた。
「あの、すみません。ホテルにはあなたを入れて9人いたということで間違いないですか?」
「え、は、はい・・・・・そうですけど」
アンナが戸惑いながら答えると、刑事はさらに
「さっきも聞きましたけど、あなた以外は全員亡くなったということですよね?」
「はい」
アンナがうなづくと、刑事の顔がなんだか納得がいかないというような、複雑な表情になった。



「あの・・・・・何かあったんですか?」
刑事の様子にアンナが聞くと、刑事はアンナの方を向いた。
「さっき現地から報告がありましてね。死体が7体しかないって言うんですよ。1体は今も探しているんですが、見つかっていません」
「え・・・・・?」
「あなたは男性を海岸で殺したと話していましたが、その男性の死体がまだ見つからないんです」
「え・・・・・?」
「もしかしたらその男性は生きているかもしれません。今捜索していますから、では」
刑事がその場を去ってしまうと、パトカーが再び動き出した。



刑事の話を聞いたアンナは病院で見た夢のことを思い出した。



ユウスケが生きているかもしれない。
もし生きていて、私を探していたら・・・・・・・・。



そう思うとアンナはぞっとした。
恐怖と不安に駆られながら、アンナを乗せたパトカーは警察へと向かって行くのだった。





Darkside Production Notesはこちらからお入りください。